彼方楽園のレチタティーヴォ   作:三文小説家

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 ここにきて学校サイドに新キャラです。

 タイトルはシャーロックホームズより。


緋色の研究

「星彩学園。なんだ、意外と目と鼻の先だね」

 

 星彩学園の校門で、一人の女性が佇んでいる。いかにも不健康そうな肌色に光が写っているのかいないのか分からない目。Tシャツにパンツスタイル、左腕に腕時計をしている。眼には隈がある女性で、傍から見たらかなり影がある。

 

 彼女の名前は(あさひ)八重加(やえか)。女王事変の後の教師の処分によって人手不足になった星彩学園に異動してきた教師である。

 

「小綺麗だが、どことなく死んでいるなぁ。まるで無菌室だ」

 

 八重加は手続きを終えて廊下を歩きながら、率直な感想を述べる。以前にいた高校は活気が有ったが秩序が死んでいた。そして、星彩学園は秩序が有り、活気が死んでいる。

 

「真逆と言うのも、中々良いな。しかし、喫煙スペースは無いのか。いや、前の高校にも無かったが、特に咎められはしなかった。しかし、この学校はそうはいかんのだろうなあ。如何せん、小綺麗が過ぎる」

 

 そう言いながら八重加は職員室に到着した。そして、見知った顔を発見する。

 

「……その声は」

「おやぁ? 誰かと思えば鬼川じゃないか」

「旭……」

 

 それは鉄鬼こと、鬼川鉄矢だった。

 

「久しぶりだねえ。大学以来かい?」

「そうだな。お前は相変わらず、不健全かつ不健康そうな顔をしているな」

「後者に関しては君も他人の事は言えないだろう? やれやれ、平和かと思えば、随分と闇が深いらしいな、此処は」

 

 八重加はドサッと乱雑に荷物を置いた。そして、鉄鬼にダル絡みする。

 

「おい、離れろ旭。相変わらず煙草臭くて叶わん」

「自分でいうのも何だが、私は美人だろう? 大学のミスコンで一位を取った事もある」

「だから何だ。今の時代ならばセクハラになるぞ」

「おっと危ない。一分で失業するところだった」

 

 八重加はわざとらしくそう言うと鉄鬼から離れるが、職員室の机に脚を乗せて鉄鬼の進路を塞いでいる。

 

「何の用だ。旭」

「案内しておくれよ。私はまだこの学校について、右も左も分からないんだ」

 

 鉄鬼は溜息を吐いて、案内を開始した。

 

 

 

 

 

 一方その頃、リンとスパイこと影山杏は一滋に対して〝ご襲儀(誤字に非ず)〟の準備をしていた。理由は一滋に星香という彼女が出来たからである。出会った頃から彼女がいた白はともかく、一滋には「裏切り者には死を」であった。

 

 なお、最後まで彼女が出来なかった者は焼き肉を奢るという取り決めもあり、いよいよリーチがかかってしまったのもある。

 

「それにしても、あなたどういう精神状態で参加しているんですか?」

「ん? 僕にだって彼女はいないんだから、当然やるだろ」

「…………」

 

 杏はリンにこの作戦に参加する意義を問うた。なにしろ、リンには彼に好意を寄せる絶世の美女こと小夜風アヤメがいる。普段の様子も恋人と言って差し支えないものであり、この二人がただの友人と弁明した所で信じる者は皆無であろう。

 

「脳筋は予定調和として、小夜風さんとまで敵対するのは勘弁ですよ」

「確かにアヤメさんは止めてきそうだね。でも、まだ気づいてないから大丈夫だよ」

「この野郎……」

 

 気付いてないというのも怪しいところではあると杏は思っているが、実はこれは当たっている。流石にアヤメとてリンの行動を逐一把握しているわけではないのだ。それでもアヤメの地獄耳の脅威は本物であり、リンがこういう計画を立てる時は彼女の耳に入らないように細心の注意をはらっている。

 

「さて、ピコピコハンマーという殺傷性皆無の近接最強ネタ武器を持って突撃だ」

「まあ、それはそれとしてご襲儀は実行しますけどね」

 

 格好いいのかダサいのかよく分からない宣言をあげながら突撃する二人。結果は、脳筋に返り討ちにされて終わった。

 

「なあ、参謀、お前は参加する意義無いと思うぜ」

「スパイにも言ったけどさ。僕にも彼女いないからね?」

「お前ホント刺されるぜ?」

 

 襲撃後の歓談もそこそこに、白も含めた四人に話しかける人物がいた。

 

「おやぁ? 随分と面白い事をしているじゃないか」

 

 その人物は教室の窓から身を乗り出した旭八重加であった。

 

「えっと……どちらさまですか?」

「ああ、自己紹介が遅れたね。本日付でこの学校に赴任する事になった教師の一人。(あさひ)八重加(やえか)。担当科目は物理だよ。よろしくね?」

「あ、これはご丁寧に……天野リンです」

「栗原一滋です」

「影山杏です」

「烏丸白です。老害と狼狽する教師と勉強する屍しかいない場所にお越しいただきありがとうございます」

「おい旭! 案内を頼んでおきながら勝手にウロチョロするんじゃない! あと烏丸、事実でも言っていい事と悪い事がある」

「え? 鉄鬼!?」

 

 遅れてやってきた鉄鬼。白の発言を事実と認めてしまっているのだが、反論する者はここにはいない。

 

「いやぁ、悪いね鬼川。いつもは泰然自若(ニル・アドミラリィ)を保つ私でも、この墓地街のような学校で活気のある場所となれば、興味を惹かれるのが人情というものでね?」

「でね? じゃない。お前達は今度は何をやらかしたんだ」

「何もやらかしてはいないみたいだよ? 実に健全なじゃれ合いだ。我々の出る幕ではないよ」

「そうか……」

「随分あっさり信用するんですね?」

「酷いなあ。私はこんな場所で嘘を吐くほど酔狂な人間ではないよ。尤も、嘘を嫌悪する程殊勝でもないがね? しかし、いくら教師であっても、民事不介入の原則はあるべきだと思うからねえ」

「というわけだ。旭は変人ではあるが、悪人ではない」

 

 変人、というのはリン達にも如実に伝わってくる。どことなく他人を揶揄う口調もそうだが、言い回しが変人のそれである。

 

「というか、鉄鬼と旭先生は知り合いですか?」

「大学の同期でね。とは言っても、私が鬼川に一方的に絡んでいただけだったんだが」

「なんか、独特な関係ですね?」

「他に選択肢が無かったんだよ。同期の中で話してくれるのが鬼川しかいなかったんだ。なにせ、私が唯一好意的に評価されたのは外見だけだった。教師を目指そうなんて堅物や陽の者には、私の性格は受け入れがたかったんだろうね? 鬼川はどちらかと言えば前者に近いが、そこまで凝り固まってはいなかった、ということだね」

「外見に関しては本物だな。大学時代のミスコンでは一位だった」

「それは凄い」

「あっは。珍しく褒めてくれるじゃあないか、鬼川。しかし、今の子はちょっと心配になるくらい誰も彼も美人だから、相対的に私の長所は消えつつある。まあ、君はそれで判断するような男ではないだろうけど」

 

 飄々とした人だ。と、リンは思った。言葉は論理的で実体的だが、質量だけが存在しないような不思議な喋り方をする。というより、鉄鬼の視界から短時間とはいえ消えることができるのか。まるで幽霊のような人間だとも思った。

 

「しかし、君が天野リンか」

 

 気付けば八重加はリンの目の前に居た。だが、今までのような親しみのある態度ではなく、どこか品定めするような目をしている。

 

「なるほど、これは前途多難だね。世界を救うというより、世界を創ると言った喩えが適切だ。アヤメちゃんも、難儀な男を好きになったものだね?」

「え、どういうことですか……というか、アヤメさんの知り合いですか?」

「そうだよ? まあ、主にアヤメちゃんと関わりが有るのは妹の方なんだが、私も二言三言話したことはある。ほら、栗原君のフィアンセがやらかしたことがあっただろう。あの服飾店の主が、私の妹だ。佳乃(よしの)と言うんだけどね? アレも私に似て孤独な奴だから、話してやってくれよ」

 

 妹の話もそこそこに、八重加はリンに向き直った。

 

「さて、基本的に民事不介入を掲げる私だが、アヤメちゃんはちょっと贔屓にしているからね? 忠告くらいはさせてもらうよ? 天野君?」

「……なんでしょう?」

「君はもう少し、思考を拡げた方がいいね? あの子の好意に気付かないのは、ハッキリ言って異常だ」

 

 それはある種禁忌の問い。クソボケなどの言葉を使わず、八重加は率直に異常と言った。そして、リン自身もそれは分かっている。

 

「……ええ、分かっていますよ。人を愛するということも、人に愛されるということも分からない。僕は悪意は分かっても好意の分からない欠陥品です」

「違う。全く違う。(れい)点だ」

「……部分点もなしですか」

「無しだよ。まず大前提として、感情なんて物を理解している人間はいない。分かった気になるだけさ。そういう意味では本質的に君は他の人間と大差無い」

 

 リンは予感した。この人は、旭八重加は、きっと誰よりも厳しい。

 

「おい旭」

「今だけは黙ってもらおうか、鬼川。仮に君が腕力で解決を図ったとしても、それは一時凌ぎに過ぎないことは、君なら分かるだろうが、この指導だけは譲れない。喩え、依怙贔屓(えこひいき)と言われようとも」

「それ、教師としては問題発言じゃねえの?」

「褒めて伸ばす方針でね? だけど、その分叱りもする。天野君、君が欠陥品を自称するのは好きにすればいい。ただ、私としてもあの子(アヤメ)の涙は見たくないんだよ? 仮に君の性質が変わらず、アヤメちゃんが諦めたとしても、きっとどこかで帳尻は合うんだろう。世界はそういう風に出来ている。あの子は世界がゴールドバーグ・マシンであると形容したが、それになぞらえるならば、君がいなくなった所で新たな分岐や仕掛けが出来るに過ぎない。だが、私は出来ればそれが、君であれば良いと思うんだ。君が、アヤメちゃんに踏み込んでくれれば良いと思うんだよ」

 

 八重加は一息ついて、「他の生徒は帰りたまえ。鬼川も、付き合わせてしまってすまないね。ここからは更に個人的な事になる」と言って人払いをした。最初からやるべきだったのかもしれないが、そこは彼女も人間、完璧ではない。

 

「さて、指導の続きだ。天野君、君が感情を知らない事は、実はたいした問題ではないというのは、先のことで証明できただろう。君は例外ではないし、特別でもない」

「納得と言うか、思考は追いついていませんけどね」

「では新たな論拠を追加しようじゃないか。英国の名探偵の言葉を借りれば、人間というものはそれそのものを知らなくとも、一滴の水から大海やナイアガラ瀑布の存在を思いつく事は出来る。斜方投射だって、縦と横のベクトルから考えるだろう? 感情というものが歯車が組み合わさった機械であるなら、その一つの歯車から全体を推察する事は十分に可能という事だ」

 

 八重加は行儀悪く机に座って足を組んだ。

 

「……よく分からないです」

「ふむ、確かに感情が機械だと言った点は我田引水が行き過ぎで言い過ぎだったかもしれない。その点は反省するよ? しかし、君が過去に何があったのか……ネグレクトされたのか仲間外れにされたのか、それともその両方かは分からないが、知らないという事は考えなくていい理由にはならないんだよ」

「別に、考えてないわけじゃ……!」

「仮説を考証無しに否定する事は、私の常識では考えていないに等しい。天動説を絶対だと信じて地動説を考え無しに棄却した大昔の学者と変わらない。正にそれだ?」

「…………じゃあ、だったらどうしろって言うんですか」

「一滴の水からナイアガラ瀑布を想像したまえ。ベクトルから斜方投射を考察しろ。波動散乱から元の物体を計算しろ。計算しかできないなら計算しつくせ。あらゆる可能性を観察し、推察し、考察し、洞察することだね? 否定の肯定を考え、矛盾の真理を考え、空想の構想を想像しろ」

 

 それは、天才であっても難しいことだった。前提に無い物事を考察するのは、学者ですら困難なのだから。しかし、リンが前に進むには、あり得ない事を考察する必要があると八重加は言う。

 

 考え込んでしまったリンを見て、八重加は机から降りた。

 

「まあ、お節介はこの辺にしておくよ。私の箴言(しんげん)にして金言(きんげん)にして提言であるこのお説教を生かすも良し、戯言であり盲言であり虚言であると否定するも良し。そこは君の好きにしたまえ? 時間はまだある。青春を謳歌せし若者である君は、もう少し羽目を外しても良いと思うよ?」

 

 八重加はそう言って教室から出て行った。まるで桜吹雪のような教師だった。

 




>旭八重加

 女王事変で首を切られた教師の代わりに赴任してきた教師。担当は物理。鉄鬼とは大学時代の同期であり一方的に絡んでいた模様。佳乃(よしの)という妹がおり、つながりでアヤメとも知り合いである。人を揶揄うような話し方をするが、思考回路は学者そのもので、その思考様式は常人には理解しがたい部分がある。

 名前の由来は重力加速度(9.8)。また、妹共々桜が由来である(八重桜、ソメイヨシノ)。

 鉄鬼以外の教師キャラ。基本的に社会規範や学校規則は鉄鬼担当、それ以外は八重加担当というイメージ。基本的に鉄鬼とは真逆のキャラクターとして作っている。鉄鬼であれば、ここまで生徒のパーソナリティーに踏み込んでお説教する事は無いと思われる。恋愛関係に口を出す事も鉄鬼はあまりない。

 コンセプトは『教師の鑑にして、教師のクズ』。


若干差し出がましいかなとは思いつつも、リン君の特性に全く言及しないのも不自然かなと思い、八重加先生に言わせました。ただ、かなり難解なのと、一隻一朝にできることでもないので、マルスプミラと矛盾は生じないようにはしました。
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