リアル〇プラ鎮圧後の次の休日、主犯格ではなかった男子達は、いかにも暇を持て増していますと言いたげに残暑に晒されるファストフード店でダレていた。既に完食し、丸められたバーガーの包装紙と、空のポテトのケースが無造作に丸められており、ジュースの氷が解け、既に希釈されてしまったことから如何に時間が経過しているかよく分かる。
とは言っても、ダレているのは暑さのためではない。
「……小夜風さん、いいよなあ」
……こういうことである。女子と一部の男子からは何かと不人気なアヤメだが、その美貌は大半の男子生徒の心を掴むには充分であった。というのも、
「アレ絶対、概念存在だって……」
「全くだな。人間じゃねえよ……あの人」
「きっと、オーバーテクノロジーで俺達の願望を具現化した立体映像なんだ……」
このように、良くも悪くも基本的に人間としては見られていない。射干玉の髪と、繊月のようでありながら虧月、盈月と表情の変化する眼。肌肉玉雪と称される白い肌。そして、立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花とされる佇まい。
神に授けられたのか、悪魔に魂を売ったのかとすら噂されるアヤメの美貌は、同世代の男子には刺激が強すぎるようである。
そして、鎮圧中に見せた剣技。恐れた者も多いが、憧れた者も多かった。その様はさながら
「「「口にするなよ。虚しいだろ」」」
三人は同時に、それはもう盛大に自律神経が整いそうな溜息を吐いた。憧れの同級生を脳裏に浮かべながら、同時に、その眼差しが自分達には向かない事も自覚している。とは言っても、アヤメがリンに好意を持っている事に気付いているわけではなく、勝手に憧れ、勝手にアヤメを神格化し、勝手に不可侵条約じみたものを結んでいるだけである。
どこぞの眼鏡も言っていたが、憧れは理解とは結び付かない感情なのである。それこそ、今のような言葉を本人の前で言えば、
「憧れは理解から最も遠い感情ですよ」
と、皮肉めいた声で忠告した事だろう。
なお、そんなアヤメだが、今はリンの家でかつてない体験をしていた。
「きゃ~~~~~~っ!?」
「反応がホラーゲームのそれなんだよな。なんでス〇ラトゥーンやっててそんな悲鳴が出るのさ」
何の事は無い。かつてない体験と言うのは、アヤメにとって生まれて初めてのデジタルゲームだったのである。
「ほらほら、攻撃しないと」
「あ、は、はい! って、なんでそっちに撃っちゃうんですかぁ!?」
「キャラの向いている方向と着弾位置は確認しようね……」
「方向、着弾位置、オールクリア。あ、攻撃が、ちょっと移動……ひゃ!? 落ちてしまいました!?」
「足元も確認しようね……」
きっかけは、アヤメがスプ〇トゥーンを全く知らなかった事である。リアル〇プラとは言っても、元ネタの方を全く知らなかったわけであり、アヤメからしたらリン達が意味もなく器物損壊をやらかしただけなのである。
それはいかんと、リンはアヤメにスプラ〇ゥーンをやらせてみることにしたわけである。結果は惨憺たるもので、タイトルを知らない事など些事に思えるようなゲーム下手っぷりが露呈したわけだ。
目をグルグルさせながら意味の無い方向にインクを乱射し、涙目で悲鳴を上げながら味方を撃っていた。
勝負結果は当然の如く惨敗である。リンはアヤメの健闘に拍手を送った。
「凄いね。一番簡単なコンピューター相手にここまで苦戦した挙句に大敗するなんて。逆に才能なんじゃないかな」
「うう……あんなところに隙間があるのがいけないんです」
「いや、そんな落ち方は開発者も想定してないって……始めたばっかの小学生でもしないミスだよ」
「い、意地悪な事言わないでください!」
ただの事実である。アヤメのプレイングはハッキリ言って小学生以下である。リンとてそれほどゲームが上手いわけではないが、アヤメ程ではない。
「おかげさまで僕も自分のキャラクターを見失ったよ」
「モラトリアムですね」
「アホな事言ってないでゲームプレイに集中してもらっていいですか」
その後、もう一度スプラ〇ゥーンをやってみたが結果は変わらず。「ま、まあ、何事にも練習は付きものだよ」と何度もやってみて、ようやくアメーバがミジンコに進化した程度には上達した。
「凄いな。リアルで大体のことをそつなくこなすアヤメさんが、ことゲームに関しては頭から煙を出して再起不能になっている」
「へ、へへ、どうも、ミジンコゾウリムシ小夜風です」
「なんか売れない芸人みたいなの出てきた。いたたまれないからやめて?」
リンは休憩がてらアヤメの頭をとりあえず撫でてみる。アヤメの頬がみるみる赤くなっていくが、リンは「ゲームやりすぎた処理落ちかな?」くらいにしか思っていない。赤くなったのはゲームの後じゃなくて撫でた後なんだけどね……
アヤメは休憩を満喫するべく、リンの肩に頭を乗せた。もっと撫でて欲しいとぐりぐり頭を擦りつけている。リンは「猫みたいな人だな」としか思っていないのが悲しいところだが。アヤメもそれを察知したのか、不満そうな表情で身体を寄せていく。
「アヤメさん……暑い」
「……そんなこと言っても離れません」
やがて、アヤメは完全にリンに抱き着く形となった。リンは過去の経験から、アヤメがこうなった時は時間経過以外の対処法が存在しない事は分かっていた。
「どうしたの?」
「敢えて理由を付けるなら、充電、でしょうか。でも、私はそんなこと関係なくリンさんに抱き着きたいですけどね」
「いつもそんな衝動と戦ってるの?」
リンは「大変だなあ」という、ややずれた感想を抱く。
こんな光景を見たら、序盤に描写した男子生徒達はアヤメのあまりの人間らしさに驚くか、幻滅するだろう。自分達で勝手に神格化していたアヤメは、何の事は無い普通の少女なのだ。傷つきもするし、人を愛しもする。
「愛してますよ。リンさん」
「友達に言う言葉としては不適切じゃ―――んむっ!?」
不適切な発言をするリンの唇は何らかの手段で塞がれた。ここまでストレートに思いを告げているのに、この期に及んでアヤメが抱いているのは友情だと思っているのだろうか。
(ムカつきます)
リンの事情は聴いている(詳しくはマルスプミラ本編を参照)。親に愛されず、親戚からも周囲の子供や教師からも阻害され、愛を知らずに育った経緯がある。しかし、知っていてもムカつくものはムカつくのだ。
それと同時に、泣きそうになる。当初は思いを伝えるつもりは無かったが、今ではストレートな告白の言葉が口から出るまでになってしまった。ほんのり小さな感情に、愛を一つ重ねる。夜に咲く常夜灯のように、暖かく優しい日々の連続が、とてつもなく涙を誘う。
「愛してます。愛してます。愛してます―――」
「本当にどうしちゃったの!?」
アヤメは歌うようにリンに囁く。告白という以外にも、リンを安心させたいという思いもあるかもしれない。いずれにせよ、アヤメの口からは言葉が零れ落ちる。喉の真下の心が、そう叫んでいるからだ。
「リンさん、私、幸せですよ」
「良かった。『愛してます』botになったわけじゃなかった」
「消えない悲しみも綻びも、あなたといれば良かったと笑えるのがどんなに嬉しいか」
「そうだね?」
「リンさんは、覚えていますか? 私が泣きながら電話した夜を」
「うん、覚えてるよ」
「その時の不安が、また襲って来ました。暫く、あなたの体温を感じさせてください」
ある雨の夜、突然アヤメからリンに電話がかかってきたのだ。リンが死んでしまう悪夢を見たという彼女は、泣いて、錯乱した状態だった。なんとか電話越しに落ち着けさせて、その夜はゆっくりと話した。ほぼ徹夜に近い状態だったので、翌日は終日眠かったが。
自分を抱きしめているアヤメの身体はいつの間にか震えていた。それに、残暑の厳しい気候だというのに彼女の身体は冷たい。きっと、その時の夢がフラッシュバックしたのだろう。
〝私は、周りが思ってるほど完璧な女の子じゃないんです〟
電話口のアヤメの悲痛な声が、リンの脳裏に蘇る。アヤメとて、理由の分からない不安に駆られる事もあるのだ。
〝何も聞きたくないのに、世の中はそれを許してくれなくて、それが終わりなく続いて、私は狂ってしまったのかもしれません。それでも、私はあなたを愛しているんです。深夜につき合わせてしまってごめんなさい。でも、こうすることでしか落ち着けないんです〟
リンがアヤメの声を脳内で再生し終わると、アヤメはリンから離れた。しかし、手は繋いだままである。
「ごめんなさい。少し、気が動転していました」
「ああ、うん、落ち着いたなら良かった。アヤメさんがそれほどまでに僕に友情を感じてくれるのは本当に嬉しいよ」
「……あなたの中ではあくまで友人の距離感なんですね。はあ……やっぱりムカつきます」
「なんで!?」
なお、徹夜で電話したこととその内容を悪友三人に話したところ、「コイツ等これで付き合ってないんだぜ?」「バカなの?」「参謀、確かに貴方は博識で、知恵者だ。しかし、
いずれにせよ、ゲームをするという雰囲気でもなくなってしまった。不用意な一言で再びアヤメを不機嫌にしてしまったリンは、とりあえずアヤメの好きにさせることにした。
それによって自分も幸福である事は、間違いないのだから。
アヤメの周囲からの評価、スプラトゥーン練習会、そして最終的にはリン君とアヤメのイチャつきに収束しました。
ただ、この話の主題は『周囲の評価とアヤメの実情との乖離』という部分は一貫しているように思います。外見もスペックも非の打ちどころの無いアヤメですが、夜に不安になって電話しちゃったりする普通の女の子な一面が描けていればと思いながら書きました。