彼方楽園のレチタティーヴォ   作:三文小説家

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 リアルスプラ編最終話。グロホラーの刑です。ただ、マルスプミラでも時々話題に出た、アヤメとリン君の喧嘩についても言及してます。


天野リンという少年

「いやぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 リンの家で、リンの悲鳴が響き渡る。リンが今プレイしているのは某フリーホラーゲーム。ゲーム内の最初の罠に引っかかった際に上記の悲鳴を発した。なにしろ、壁に挟まれて、グチャアという音とともに主人公が開きになって現れる。しっかりと流血も描写されて。

 

 リンはグロテスクなものが大の苦手だ。ゾンビゲームの広告を見ただけで意識が遠くなるほどである。

 このゲームはドット絵だが、それでも流血と音の演出によって十分なグロさをリンに提供した。当然、気絶しかける。

 

「ふー」

「ひゃあ!?」

 

 アヤメが気絶する前に耳に息を吹きかける。それによってリンは意識が戻る。

 

「ねえ、完全に私怨だよね!? このゲームやらせてるの完全に何かしらの私怨だよね!?」

「リアル〇プラの罰です」

「学校で受けましたよ。現在進行形で受けてるよ! この刑罰には異議を唱える!」

「私に隠れてー、あんなことをー、考えてたんですねー。お出かけの誘いもー、全部ー、断ってー」

「完っ全に私怨だね!?」

 

 アヤメはリンにリアルス〇ラの罰として『グロホラーゲームプレイの刑』を執行していた。グロテスクなものが苦手なリンにやらせることで、悪事に対する恐怖を植え付けようという、『時計仕掛けのオレンジ』に登場するルドヴィコ療法のような発想でやらせているわけだが……

 

 なお、リンはアヤメにしっかりとホールドされているため逃げられない。

 

 その後も、巨大なクマのぬいぐるみに押しつぶされたり、腕を切り落とされたり、毒入りスープを飲んで血を吐いたり、本を読んで目から血を流して死んだり、下半身の無い少女に遭遇したりと散々な目に遭うゲーム内の主人公。ゲームの主人公に魂があったら間違いなく祟られそうな洗練されたプレイで、グロシーンをアヤメがリンの指を動かして回収していく。

 

 その都度気絶しかけるリンだが、そのたびにアヤメに耳ふーされて戻ってくるという無間地獄に陥っていた。

 

 やがて、気絶しかけた回数が両手の指の本数を疾うに超えた頃、ゲームはクリアとなり、リンは疲労から後ろに倒れ込む。アヤメは労わるように添い寝をするが、元凶である。リンはジト目でアヤメを見るが、アヤメは気にすることなくリンの腕を抱く。もはやアヤメはリンと一緒に過ごせるのならば何でもいいのかもしれない。

 

 時は九月、立秋は疾うに過ぎ、秋めいて白露を結ぶ時期である。怪談話で涼を求めるのは些か季節外れと言わざるを得ない。

 

「反省しましたか?」

 

 アヤメはリンに覆い被さって顔を両手で挟む。少しむくれたような表情はあどけない少女のようで、普段の大人びた振る舞いや、剣を持った時の鬼神も斯くやという様相からは想像できない一面である。

 

「うん、身に染みたよ」

「信用できません」

「……どうすれば、信じてくれる?」

「約束を果たしてもらいます。三日ほど私に時間をください。それで納得しましょう。ひとまずは」

 

 もう半日使ってしまうが、アヤメはこの時間が幸せだった。世界から時計以外の音が無くなる。

 

(私のこの想いが、全て貴方に伝わればいいのに)

 

 アヤメがいなくとも、地球は回り続ける。リンがいないなら、アヤメの朝はもうやってこないと言ってみようか。いや、いくらなんでもそんな悪趣味な事はしたくない。

 

 しかし、アヤメは少し怖かった。リンの背中にあった翼は、アヤメがもいでしまったのではないか。本来ならば繋がる道を、羽ばたけたはずの空を、アヤメが奪ってしまったのではないか。飛べた頃の記憶は、擦り傷のようには消えないだろう。

 アヤメはリンに弱さを与えた。それも、衝動的に。自分のエゴで。これを美談にしてしまって良いのだろうか。広い世界を知るはずだったニルスを、モルテンの背中から引きずり下ろすような愚行ではないだろうか。

 

「…………」

 

 リンはアヤメの腕の中にいる。ただ変わらないものがあるとすれば、この想い。アヤメはリンと出会った頃から彼の事が好きだった。嫉妬され、敬遠されて誰も話してくれなかった日々に、彼は現れた。

 

 我ながら単純な話だとは思うが、そうやって言葉を交わすうちに好きになっていった。だから、リンが強さだけを追い求めて、アヤメなどただの背景としか思っていなかったことがどうしようもなく悲しかった。そして、洗いざらいその想いをぶちまけて、更には剣で襲い掛かるという蛮行まで(おこな)ってしまった。

 

 そんな自分がリンを愛そうなどと、烏滸がましい願いなのかもしれない。しかし、アヤメは間違いなくリンに救われて……

 

「ねえ、アヤメさん」

 

 アヤメの思考が堂々巡りに落ち入りかけた頃、リンから声が掛けられる。気付かない内に、リンを強く抱きしめてしまっていたことに気付いたアヤメは力を抜く。しかし、リンの用件はそうではなかった。

 

「ありがとう。僕を虚無の世界から救い出してくれて」

 

 アヤメは首をかしげるが、リンは少なくともアヤメを恨んではいなかった。

 

 リンに自認では、嘗ての自分は現状より遥かに何もない虚無の世界に放り出され、ただ泣いている子供だった。しかし、悪友三人との出会いでその世界に輪郭が象られ、そしてアヤメとの出会いで色が付いた。

 

 たとえ、それによって強さを失ったのだとしても、リンはアヤメを責める気にはならなかった。

 

「大丈夫だよ。もう、どこにも行かないから」

 

 どうやら、アヤメが強く抱きしめているのはリンが嘗ての状態に戻る事を危惧してのことなのだと思ったようだ。リンとしても、あの頃の冷たい機械のような自分には戻りたくはない。

 

「いえ……私が貴方を絆したことは、本当に正しかったのかと自問していたんです」

「……どういうことだい?」

「私は……結局貴方を都合の良いように染め上げているだけなのではないかと、軽く自己嫌悪に陥ったんです。本来ならば貴方が至れた境地が、遠のいてしまったのではないかと」

 

 アヤメとて、性格が良いわけでも完璧なわけでもない、と本人は思っている。リンに上から目線で気持ちをぶつけたが、その思想は本当に正しいものだったのだろうか。そんな思いがアヤメから抜けなかった。

 

「或いは私こそが、冷たい機械なのかもしれません。人間的な皮膚に包まれ、人間的な罪を犯し、神様に縫い合わされた自動人形(オートマタ)。喧騒にかき消され、音が無くなった私の世界で、何処かの歯車が外れて、私はリンさんを殺しかけた。そんな殺戮機械(キリングマシン)となった私の蛮行に、リンさんが歪められてしまったのだとしたら? 私は……」

 

 泣き出してしまったアヤメに、リンは少し考えてから答える。

 

「……正直、アヤメさんの行動が正しいかどうかっていうのは、今はまだ分からない」

「…………」

「きっと、死ぬまで分からないと思う。正しさっていうのは、結局人生の終着点においての結果からしか分からないと思うから。でも、さ―――」

「でも?」

「一つだけ確かな事があるんだ。アヤメさんの言葉を受け入れずに覇王となった世界線と、今のアヤメさんと一緒にいる世界線だったら、絶対にこっちを選ぶよ」

 

 アヤメは顔を赤くして、リンの唇を貪りたい衝動に何とか抗う。言ってほしいことを、予想外の方向から言ってくる愛しい人に、アヤメは嬉し涙を流した。戒めとしてこの悩みを捨ててはならないと思いながらも、肯定されるのは無条件に嬉しいものである。

 

 アヤメは涙を拭って、リンに向き合って、ありがとうございますと礼を言った。

 

「正直、今でも迷いはあります。私と出会ったことが、リンさんにとって吉と出るか凶と出るか、とても怖いところは有ります。しかし、人形が集まれば演劇が作れるように、歯車が合わされば時計となって時を刻むように、私達もまた、美しい音を奏でられる。そう、信じてよいのでしょうか」

 

 リンは、その言葉を肯定した。背中にあった翼は、アヤメと悪友三人によって無くなった。飛べた頃の記憶は、今でも消えていないが、それでも地上にいる今をリンは有意義なものに感じていた。

 

 夜が弾け、光が空に飛び散る。これからは大地を踏みしめて生きてゆくのだ。

 

「そういえば、点と点がつながった気分だよ」

「どうしたんですか?」

「アヤメさんの赤い顔に嬉し涙。おまけに抱き着いて離さないこの態度」

(もしや、やっと私の好意に気づいて……)

「僕がグロホラーで無理矢理反省できたのがよっぽど嬉しいんだね、アヤメさん」

「つながった線から星座でも見えてんですかこの野郎」

 

 なお、リンは最後にはキッチリと外していた。リンがアヤメの好意に気付くには、まだまだ先が長そうである。

 

 そして、時刻は逢魔が時に差し掛かる。穏やかな時間から一変、二人に闘いの時が迫っていた。

 




 闘いの話まで入れようかとも思いましたが、切りました。というか、前回と合わせて一話でも良かったかもしれません……小説書いてるとこういうことが多くなりました。前は一話五千字くらいかけたのに、だんだん少なくなってます。
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