もしも不知火カヤが幼少期から体を売ってどうにか生きていたら 作:平たい胸族万歳
「……なあ、カヤ」
「なんですか慎ちゃん。今私はとても大事な事をしているのですが」
「いや毎度思うが腕に抱き着きながら言う事なのかそれは」
「良いじゃないですか、大好きな人に抱き着いていると嫌なしがらみや過去を全て忘れられるんですから。……それとも、こんな傷物の私はやっぱり汚らわし――」
「それ以上言うなッ……お前はそんなんじゃ絶対無い。何度も言ってるだろうが」
小刻みに彼女の身体が震えているのが分かった。
そして俺はその身体をそっと抱き締める事しか出来なかった。
そもそも、俺は本来キヴォトスに来る人間では無かった。
俺の従兄弟で10弱年上の兄貴分だった教師1人がそこに配属される、その手筈で終わる話のはずだった。
しかし、俺の運命はその従兄弟の一言で変わる事になったのだ。
「良かったら慎太郎も来ない?」
「は?なんで俺が……」
「だって慎太郎は僕が引き取ってるんだよ?その僕が居なくなった後の君の事を考えると心配なんだよ、だから一緒に来てよ。慎太郎なら強いから僕の護衛にもなるしさ」
「……はぁ。そう言われたら断れねえだろ。わーったよ、着いてく」
俺の両親は小さい頃飛行機事故で死んでいる。
その後引き取られたのが所謂ヤクザ組織、そこで生きる為にどんな事をしてでも強くならないとともがき、結果として何回も手を汚した。
生きられるなら何だってしたかった、待遇が悪かった訳でもなかった、寧ろ実力に合わせてしっかりと待遇は良くなっていった。
仲間達もそういった連中なりに良くしてくれた。
そんなある日現れたのがこの男、
親戚が死に、行方不明になっていたその子どもを引き取ると言ったその男に根負けした連中は
「こんな生き方しかさせてやれなくて済まなかった」
そう言って俺をこの人、輝に託した。
そうして俺は人間らしい生き方を紆余曲折経て覚えた。
大恩だ、返しきれない程の恩だ。
あの組織にも恩はある、だが輝への想いが一番ある。
だからこそそんな事を言われては断れなかった。
そうして来たキヴォトス。
学園都市と言うからもう少し華やかな場所かと思えばそこは銃声も爆発音も飛び交う正に戦場と呼ぶに相応しい場所。
もしかして輝だけで来ていたらまずかったのではと思う場面もいくつもあり、溜め息を吐かないとやってられない毎日を過ごしていた。
そんな中で暗躍、もとい暴走する連邦生徒会会長……不知火カヤの話を聞き飛び込んだ……と言うよりはこれもまた輝に巻き込まれるように着いてっただけだが。
本来ならとんでもない騒ぎを起こした大バカだ、何かしら巻き込まれた文句でも浴びせてやろうと息巻いていた。
そう、あの時までは。
「うぐ、城戸先生……それにやっぱりいましたか、宇津木慎太郎……」
「そろそろ観念したらどうだ?」
「カヤ、君の罪を認めてくれないかい?」
「す、少しお話をしましょう!先日ご提案させて頂いたものは、確かに少し不十分だったかもしれません……先生はキヴォトスの様々な問題に対して、責任を持って解決してくださいました。そんな先生を私が管理するなんて……その事に関してはお詫び申し上げます。提案は無かった事にします!」
矢継ぎ早に繰り出される不知火カヤの発言に『あ、コイツ思った以上に小物だな』とその時は対して違和感も抱かずに呑気に考えていた。
「その代わり、お約束した支援は例外無く全てを提供しますので……シャーレの運営に必要な費用も、人手も、なんでも提供します。ひ、必要でしたら私自らが出向いてお手伝いも出来ますよ!?」
しかし、徐々に様子がおかしい事に気付き始めた……尤も、気付いているのは俺だけだったが。
忙しなく目線をウロウロさせ、息遣いが不自然に小刻みになり、額からも汗をダラダラと流している……確かに追い込まれてはいる、そうなるのもおかしくないのかもしれない。
だが、彼女の瞳は見間違えでなければ……尋常ではない恐怖に満ちていた、そしてそれが見間違えでなかったとその直後に気付く事となる。
「せ、先生の言う事なら何でもします!!誰にでも謝ります!!罰として私を労働でも性処理でも何でも使ってください!!だ、だからい、痛いのはやめてください……も、もう痛いのもひもじいのも嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……」
「ど、どうしたのカヤ!?」
「……ッ!」
遅れて到着したハイネやRABBIT小隊等もこの光景を見て絶句している。
そりゃそうだ、いつも上手く、冷静に立ち回っているように見えた不知火カヤがこんな動揺と恐怖を見せているなんて誰も知らなかったのだから。
「……どうすんだよこれ」
「わ、分からないわよ。とはいえやった事を省みるに矯正局行きは免れないと思うけど……」
「きょ、矯正局……痛いのは嫌!!嫌ぁ!!!」
RABBIT小隊の話し声矯正局、その単語を聞いて更に発狂するカヤ。
俺はその時点で確信に変わっていた、この女の子がどういう過去を持っているか、何がトラウマになっているか。
「か、カヤ落ち着いて!大丈夫、大丈夫だから……」
「待った輝」
「慎太郎……?」
「……そいつはこの傾向を見るに恐らく幼少期にとてつもない虐待を受けトラウマを抱えているものと思われる。頭を撫でると言う行為は『叩かれる』と言う事を想起させるからそういった人間には逆効果だ」
「なるほど……やっぱり君を連れてきて良かったかもね」
俺は膝から崩れ落ちてガクガクと震える彼女と同じ目線になるように膝を付き、らしくも無いが至って穏やかな顔を作る。
恐怖しながらも目線をこちらに合わせて来たのを確かめ、そっと手を握りそこから彼女がまた少し恐怖が和らいだと感じたらあやすように背中に手を回し優しく撫でる。
抱き締めている格好になってしまっているがこの際体裁なんぞ気にしてはいられない。
ただ、今は目の前で死にそうな表情をしている女の子を放っておく事がどうしても出来なかった、それだけだった。
「あっ……」
「……心配するな、痛い事は何も無い。ひもじい事も何も無い。だがまずは、お前が何故こんな事をしたのか、何に恐怖しているのか……話せる範囲で良い。話してくれないか? 」
「……わ、かり……まし、た」
彼女はゆっくりと俺から離れ、まだガタガタと震える身体を抑えながら深呼吸をして話し出す。
そしてそれは、俺がその時思っていた以上にあまりにも、あまりにも残酷なもので――