誰かに頭を撫でられるような感覚が、私の目を覚ました。今の、まるでみくに撫でられてるみたいだった。
「みく……?」
「おっと、あぶないあぶない。起こしちゃったね、バレちゃうとこだった」
そんなはずはない、と思いながらも瞼を開く。そこは窓から差し込む月明りに淡く照らされた見覚えのない、だけどどこか懐かしい部屋で、私はその部屋にひとつだけあるベッドに寝かされていた。当然みくの姿はどこにもない。
「おはよう響、よく寝てたね」
分かりきっていたことだけど、やっぱり胸が苦しくなってしまう。
それにしても、ここはどこだろう、どうして私はここにいるんだろうか?
首を動かして周囲を見回す。窓からは月と、星がほとんどない夜空しか見えなかった。
「ここは病院だよ響。ふふ、ついこの間まで入院してたのになんだか懐かしいね?」
窓と反対側に目を向けるとゴテゴテした機械と点滴台があって、そこから伸びた管が私の腕と繋がっていた。
なるほど、どうやらここは病院か、それに準ずる施設なんだろう。どうりで懐かしいと感じるわけだ、私が死にかけたときもこんな部屋にしばらくお世話になっていたのだから。
そしたら次の問題は、どうして私は病院なんかにいるのか。それを探るために記憶をたどっていく。
確か、ノイズが現れて、それで、ノイズを倒して回ってたんだ。そしたら変なカッコウをした女が現れて、戦いになった。一瞬、勝ったと思ったんだけどあっけなく負けてしまって、そしたら風鳴さんが現れて、女が風鳴さんに向かってノイズを……ッ!?
「ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ!」
「あれ?もう、またなの?ちょっとそれ擦りすぎじゃない?擦るにしてももう少し期間開けないと飽きちゃうよ?」
どうしてこんな大事なことを忘れてたんだ、あの女はノイズを出して操った。そして風鳴さんが言ってた2年前のこと。2年前に起きたノイズの被害は私の知る限りあの件だけで、つまりあれは単なる事故なんかじゃなくって事件だったってことだ。
私は、みくは、それに知らず巻き込まれてたんだッ!
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ!」
「落ち着いて、深呼吸して?吸って~、吐いて~、ほら、もう一度、吸って~、吐いて~」
頭に血が上って沸騰しそうだ。視界がどんどん赫く染まっていく。絶対にみくを
ガラッと扉が開く音で我に返り、赫に染まった視界が元の色を取り戻した。いつの間にか両のこぶしを力いっぱい握り締めてしまっていたようだ。力を抜いて扉の方を見ると、そこにはいつぞやの赤い筋骨隆々の男性がいた。確か、風鳴さんの所属する組織の司令官、だったっけ。
「風鳴司令?こんな時間にどうしたんだろうね?」
「目が覚めたか、俺のことは覚えているかな」
「…………風鳴さんのところの司令官さん、ですよね」
「ああ、覚えてくれていたようで何よりだ」
「え、こっち来るんですか?あ、ちょ、まってまって!」
そういって司令官さんは電気をつけてベッドのそばまで来た。そしてベッドの脇にあった椅子に腰かける。
「ふぅ、あぶないあぶない。風鳴司令も座るなら座るって言ってください。焦っちゃったじゃないですか」
「さて、キミの名前を教えて欲しい。この間は聞きそびれてしまったからな」
「…………わざわざ聞かなくても、とっくに調べてあるんですよね?」
「確かにキミのことは申し訳ないが調べてあるし当然名前も把握している。だがそれとこれとは別だ、キミの口から教えてもらったわけではないからな」
なんなんだ、この人は。名前なんて知ってるならそれで構わないだろうに、なんでわざわざそんなこと聞く必要があるんだ。
「………………」
「ふむ、それなら改めて自己紹介しよう。俺は風鳴弦十郎、風鳴翼の叔父で特異災害対策機動部二課の司令官を務めている。趣味は映画観賞だ。さあ、次はキミの番だぞ。キミのことを教えてくれ」
「それ趣味しか増えてないじゃないですか、もっと真剣に自己紹介してください。あ、手品とかやればウケるんじゃないですか?」
「……こんなことに何の意味があるっていうんですか」
「意味ならあるさ、勝手に調べた名を呼ぶのは気が引けるからな。それに嫌とは言わなかっただろう」
「確かに知らない人に名前で呼ばれるのは怖いよね。私がそれやられるとその世界で会ってたかどうか記憶がごちゃついて分からなくなるから本当にやめてほしいよ」
……確かに直接嫌とは言ってないけども、言葉と態度で拒否の意思を示していたのが分からないのだろうか、それとも分かったうえで無視しているのだろうか。もしかして脳ミソまで筋肉で埋もれてしまって言葉を額縁どおりにしか受け取れないのかもしれない。いずれにしても私の意思が反映されない点でタチが悪いことこの上ないけど。
「……響。これで満足ですか」
こんなことでいつまでも押し問答するのもばかばかしい。名前を教えるだけで済むのなら、そうすることにする。
「ああ、教えてくれてありがとう響君」
いきなり名前呼び……。はぁ、この人にいちいち突っ込んでたらキリがないだろう。
「もう気づいていると思うが、ここは我々が抱える医療施設だ。響君は気を失う前のことを覚えているか?」
その言葉に、首を縦に振ることで返事をする。そういえば、戦いの記憶は途中で途切れている。結局あの戦闘の結末がどうなって、なぜ私がここにいるのかは分からないままだったことを思い出した。
「
「ッ!?」
「あ、風鳴司令怒りが抑えきれてないですよ?翼さんがあやうく殺されそうになって怒っちゃったのは分かりますけど、響は繊細なんですから優しくしてください」
その言葉に内心驚く。と同時に納得もした。
私が、風鳴さんを殺そうとした?それはそうだろう、だって風鳴さんはみくが死ぬことになってしまった原因のひとりなんだから、それは至極当然のことだ。
だけどこの人に馬鹿正直にそんなことを伝える必要はない。というかできない。そんなことをすれば、私がこの人に殺されてしまう。思わずそう考えてしまうほどに、感情を押し殺すために張り付けられた無表情というのは、時により多くの感情を伝えるのだということを初めて知った。正直、とても、かなり、すごく、こわい……。
「い、いえ……覚えてない、です……」
「あーあー、響ったら、すっかり怯えちゃってるよ。でも怯えた響も可愛いよ」
「そうか、いや、覚えてないならいいんだ。怖がらせてしまってすまない、怖がらせるつもりはなかったんだが、俺もまだまだだな」
「あ、アハハ……」
自重気味に笑って頭を掻いてみせるけど、もう仕草ひとつ、一挙手一投足がこわくてたまらない。こんなの、中学に通ってた時以来だ。私は今、うまく笑えているだろうか。
「…………………………」
「…………………………」
「……勤め先の店主にはこちらから話をしてある。響君の身体はあまり良い状態ではないようだから、しばらくは入院することになるだろう。明日は極めて重要な話もしなければならない、今日はもう休むといい」
「あ、逃げた。結局風鳴司令なにがしたかったんだろう」
それだけ言って、司令官さんは足早に部屋を後にした。
私、あんな恐い人がいる組織を敵に回さないといけないの?
響は自身に向けられる敵意や害意等のネガティブな感情に敏感
無事に筋骨隆々の大男に格の違いをわからされる
わからせの予定は微塵もなかったということだけ弁明しておきます