【ずいぶん昔のことだからだろうか、あるいは心を打つような出来事だったからか
どれだけ思い出そうとしても、自分も、家族も、風景も、何もかもが灰色で、何もかもに霞がかかったようだ
古い、古い記憶
確か物心ついた頃、世界の全てに興味があって、父や母にあれこれ質問をしては困らせていた頃
私は、母方の祖父母の墓参りに行った
子供だった私には、墓はずいぶん大きく見えた
母によると、祖父母は流行病で亡くなったらしい
祖父は優しく陽気で、とても力強い人だった、祖母は寡黙で、とても知的な人だった、そんなことを聞かされたと覚えている
そんな事を聞いたからだろうか、私はひとつ、疑問を抱いたのだ
祖母の祖母はどんな人だったのだろうか
優しい人だったのか、厳しい人だったのか
力強い人だったのか、知的な人だったのか
母は、知らないと答えた
父にも質問した、父方の祖父母にも質問した
近所の人に、店の常連に質問した
誰も、知らないと答えた
今となっては当然だと思う、昔の自分は馬鹿だったとすら思う
そりゃそうだ、会った事もない人の事を、しかも子供にわかるように答えるなど、とてもじゃないが難しい、納得できるような答えを渡すなんてできっこない
特に近所の人には申し訳ない、いきなりあんな質問をしてしまって、たぶん凄い困ったと思う
でも、まぁ、気になってしまったから仕方ないのだ、うん
それはそうとして、当時の私はそんな答えを聞いて、空恐ろしくなったのだった
確かに存在したのに、誰に聞いても「知らない」と答えられたせいか、まるで何処にもそんな人が存在していないような、そんな感覚に襲われた…のだと思う】
すらすらと走らせているペンをぴたりと止める
「う〜ん…やっぱりよく思い出せないな」
ひとつ呟いて、くるりとペンを回してみて、もう一度ペンを走らせる
【これから始まる私の旅を記録するなら、最初のページには旅の動機と目的を記すべきだと思ったのだが、いかんせんハッキリとしたことを思い出せない】
「にしても…さすがにやりすぎたよねぇ…」
【旅に出たいと両親の説得を試みたものの、まぁ全否定である
『物騒な世界だし、かわいい娘が一人旅など許可できない』
『そもそもパン屋はどうするんだ、常連さんもいっぱい居るのに』
『君が旅をするなら、僕も一緒に連れていってくれ、君と離れるなど僕にとっては死も同然だ』
いや、言い分はわかるんだよ、確かにその通りではあるんだよ、つーか呼んでもないのに何で許嫁居るんだよ
まぁ確かにさ、記憶に残る残らないなんて死んだ後のことだし、いくら名を残したっていずれ消えてしまうだろう
そもそも、記憶に残るって何するんだとか、私の子供や、そのまた子供に私のことを伝えていけば良いじゃんとか
でも、そういうことじゃない…と思うんだよ
たとえば、朝ごはんはオシャレにカフェに行こう!ってなって、メニューを見たらフレンチトーストがあって
『あぁ、そういえば、フレンチトースト好きな奴がいたなぁ』
みたいなことを思って欲しいんだよ
そのあとが『誰だっけなぁ、思い出せない』でも『たしかガイナだっけな』でもどっちでもいい、そのあと抱いた感情が喜怒哀楽のどれでもいい
その人の日常の、ほんのひとかけらに私は存在していたい…のだ、たぶん
あとこの世界100年1000年軽く生きる種族もわりと居るし、記憶が消えていく問題もなんとかなるだろう
………いや、白状しよう、正直殴った時はここまで考えていなかった
うるせ〜〜〜!旅に行かせろ〜〜〜!程度しか考えてなかった
でもまぁしゃーないのだ、日頃の鬱憤とかのアレだ
だって厳しいんだもんパン屋修行、その日の湿度や気温から仕込みを変えるとか本当にわからん、私にはパン屋のセンスがない
あと許嫁、正直顔がタイプじゃない、あと性格も趣味も色々好きじゃなかった
何より私は、追われる恋より追う恋がしたいのだ
そんなこんなでぶん殴って正面突破した、行く手を阻んできた常連のおじさんもノリで殴った
パン屋は、許嫁くんが継ぐだろう、アイツ何故か私と同じ修行してたし、私よりパン作るの上手かったし…マジでなんなんだよアイツは】
「さて、どうするかなぁ」
【前途洋々、一寸先は闇
天気晴朗ナレドモ波高シ
↑
これよくわかってなかったりする
そろそろ集中が切れてきたらしい、衝動的に落書きみたいなのを書いてしまった
最初はかっちりした文章にしようと思ったのだが、やはり素を出した方が書きやすいらしい
記憶に残るだとかの前に、まずは生き残るのが先だ、とりあえず近くの街を巡りながら日銭の稼ぎ方を学ぶことにする
これにて旅立ちの物語は終わりとする、無事1日が終わったなら次のページに書き込むことになるだろう
初めて日記を書くので終わり方がわからない、こういうのってそのうちフォーマットが決まるものなのだろうか?】
「…まぁ、これで終わりでいいかな」
「よし…ここからだ」
「やってみよう、どこまで飛べるかはわからないけど、羽が千切れて落ちるかもしれないけど」
「倒れるときは前のめりなんて、かっこいいこと言えないけど」
「私が選んだ道だ」