麗しの世捨てロリババア生活を邪魔する奴は全員殺す(涙目) 作:がぱおら
フォウエンにとって、「賢者が王子を鬱陶しく感じる理由」は、まだ判明していなかった。
故に、夜遅くまで魔導学園の書庫で、歴史書を読んでいた。
魔術開発の歴史、過去の戦乱、地方の民間伝承。
様々な文献を読み漁り、ひとつの確信を得た。
「私達の身体に流れる『魔力』とは、賢者様を原初とする概念……」
賢者とは、魔法の祖であり、源である。
賢者が歴史に現れるまで、この世界に『魔法』も『魔力』も存在していなかった。
あらゆる魔術は、賢者の御業を、どうにかして『構造式』という形で再現したものだ。
図抜けたひとりの天才が、生涯を投げ打って研究して、ようやく昨今の魔法技術が確立された。
人類の英知と言われたその天才すら、賢者の技術の一端に触れるのがやっとだった。
天才にありがちな、「寿命が許さなかった」という穏当な結末ではない。寿命を克服する手段すら賢者の技術には含まれていて、それも天才には解き明かせたのに、
「『人智の及ぶ地平に無し』……ね」
そう言い残し、燃え尽きたかのように諦めてしまったのだ。
晩年の天才の姿は枯れ木のようで、知恵の欠片も振り絞れぬほどに疲弊していたという……。
文字通り、ひとりの傑物に「人生を捨てさせて」、やっと魔術の基礎は芽吹いたのである。
技術の中身も、発動に必要な魔力も、全てが賢者からはじまった。
そして、賢者は魔力の権限を未だに手放していない。
この世の全ては賢者の手中と言える。
フォウエンが知らないところで、賢者が"魔力遮断"を無効化できたのは、魔力操作の権限が一番上だったというシンプルな理由。
闇医者が現場職員で、賢者は社長。最初から通用する道理は無かった。
現在の「この世の全て」の例外は、久々に賢者が動く理由となった邪剣のみ。……今のところは。
「……そして、賢者様は、孤独を好まれている」
数多くの文献は、口を揃えて警告している。
『虎の尾を踏むな』
『彼女に近づいてはいけない』
『女の幼子のみが、賢者を癒す』
「……最後のはいったい何なのかしら」
さて、フォウエンは自らを魔導学園生徒会長と思い込んでいる一般人ではあるが、思い込めるだけの魔法技術は会得している。
身に着けるための才も、群を抜いていると言っていい。
その現代の天才が、先人の残した書物を通じ、賢者の人となりについて導き出した結論とは。
「……そんな、ありえない。賢者様は、男嫌いで……えええ……幼い少女が好き……ですって?」
フォウエンは頭を抱えた。
今の世を支える魔術の祖が、特殊な性嗜好の持ち主だったなんて。
この事実をストレートに残したら、魔導学園は流石に面目丸つぶれだったろう。
先人達が、やんわりと伝えるに留めていた理由だ。
女性が女性を好きなのは、まあ理解を示してもいい。フォウエンは一般的な性嗜好でありディッツが好きなので相容れないが、賢者は分かり合いを求めていないだろうし無問題。
「ロリコンは流石に駄目でしょう……!」
ロッカというスラム育ちの少女を連れ回している理由が、途端に鮮明になってきた。
好みというだけなら見逃せたが、いろんな意味で「手を出して」いそうな辺り、ブレーキが存在しないのは明白。
というか、本人が幼い少女の姿をしている理由も、いきなりおぞましく思えてきた。
「……だ、駄目だわ……この事実は公表できない。一生私の胸にしまっておかないと……」
フォウエンは、書物を通じて警告してくれた偉人達と同じく、真実の遺棄を決めた。
リーヴァスの森に、生贄の幼女を連れた不埒者が列を作る光景を想像したフォウエンにできることは、それくらいしかなかった。
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賢者の魔法によって、すっかり新築同然になった王都城。
その地下牢にて、闇医者は鎖に繋がれていた。
「……何故だ……何故"魔力遮断"を無効化して……そもそもどうして見つかったんだ……」
闇医者は全身に邪剣の欠片を埋め込んでいたため、"邪剣封印"により指一本動かせなくなっていた。
牢の壁にもたれかかったまま、唯一自由な脳みそでぶつぶつと敗因を分析している。
フォウエンと同じく、彼もまた天才に分類される存在。
その為、おとぎ話の「賢者」に思考が至ることも容易い。
「……まさか、ククク……まさかだろう。ああ、僕はおかしくなったのか? あの女を理解できないからって、伝承の存在に結び付けるだなんて……でもそれでしか、辻褄が合わない……!」
荒唐無稽な真実に、闇医者は震えた。
東で国を滅ぼし、西で国を助け、南で国を興し、北で国と共闘した、常に単身の超存在。
突然現れ、全てを台無しにして去っていく、無敵の魔術師。
実在し、今も生きていて、闇医者の前に現れ、絵本の活躍そのままに闇医者を完封した。
「……ああ、僕は絵本の悪人になってしまったのか。クハハハハ……!!」
闇医者はその事実に、悦んでいた。
「僕は、賢者直々に潰すだけの存在になれていたのだ! ああ、死後まで残る名誉だ! 邪剣を研究した甲斐は果たされた!!」
「いや、まだ果たされていない」
突然、牢屋に新たな男の声が響く。
闇医者は驚きもせずに、声の方向に顔だけを向けた。首から下は動かせないのだ。
「アイオー……僕を回収に来たのか」
「ああ、お前の知恵は惜しい。まったく、何故お前ほどの天才が、こうも易々と捕まった?」
地下牢の闇から、滲むように現れた、黒衣の男。
アイオーと呼ばれた彼の疑問に、闇医者は事も無げに答えた。
「聞いていただろう。賢者が来たんだ」
「……頭をぶつけたのかと思って、聞かなかったことにしていたんだが、真面目に言ってたのか」
「僕は正気だ。正気を失う暇すらなかった。僕が断言する、誰かに嗅ぎつけられるようなことはしていなかったし、対策もしていた」
「魔導学園の生徒に手を出したのが失敗だったんじゃあないか?」
「逆だよ、魔導学園の生徒に埋め込んだ邪剣は"ニトロと自爆"だ。人質として機能する予定だった」
「ああ、あれか。今すぐ起爆させよう」
「無理だ。無理な理由を聞けば、敵が王子ディッツの新しい仲間ではなく、賢者だとわかる」
「そこまで確信できる理由が?」
「邪剣スキルを書き換えられていた」
黒衣の男は絶句した。
「……馬鹿な」
「もうあの生徒は、人質ではない。王子陣営で邪剣の力を振るう敵でしかない」
「賢者め、伝承の時期から衰えてすらいないのか。むしろ近年現れた新たな力『邪剣』も、既に掌握しつつある」
「これからの戦いは厳しくなるぞ、アイオー」
「ああ、お前の頭脳も限界までこき使わせてもらう」
ふたりの男が笑いあうと、地下牢の闇が一段と濃くなる。
そして、闇が晴れた地下牢には、
「……ん?」
「……!!!」
依然として、ふたりの男がいた。
「アイオー、脱出だろう。キミの"絶望と闇"なら簡単に……」
「違う、罠だ! くそっ賢者め!! どこまで我々を上回っている!?」
「……ま、まさか、アイオーまで邪剣を封じられただと!?」
「むしろなんで、逃げられるつもりだったのさ」
新たな声。
少女の声だ。
闇から滲むように、賢者が牢内に姿を現した。
「どう? 意趣返し。そっちの邪剣スキルっぽく登場してみたんだけど」
フードで表情は見えなかったが、声音は楽しげだ。
「……な、何故だ。僕のアトリエを見つけられたことは、お前が賢者なら理解できる」
「えー、やっぱ賢者ってそんなメジャーな伝承になってるの……?」
「だがアイオーの潜入まで読むことは不可能だ! どうやって、僕に仲間がいて、助けに来ることを予測できた!?」
「それ説明いる? 滅茶苦茶わかりやすいじゃん」
アイオーは邪剣を抜いた。シンプルな直剣。
彼の額には汗が滲んでいた。
(……どこまでも、得体の知れない敵だ。なるほど、これは賢者でしか、説明がつかない……!)
「地下牢に敵がひとりで捕まってたら、見張りが殺されたりして、勧誘役が来るのはお約束だよ。で、敵は化け物みたいに強くなるんだよね。主人公が殺しても仕方ないって流れのために」
賢者は心底愉快そうに続けた。
「私はそういう展開、昔から壊してみたかった。夢を叶えてくれてありがとね」