~~滎陽城~~
ここは魏国,滎陽城。今回の秦軍の攻略目標にもなっているこの城だが,その城壁の上で見張りに着く兵たちの間には弛緩した空気が漂っていた。
「ふあ~ぁ。ったく眠いったらありゃしねぇ」
「おいおい,仮にも戦争中だぞ」
城を囲む城壁の一角……戦場の方角である南側の壁では,それぞれ足か頭に包帯を巻いた2人の男が壁にもたれかかりながら話をしていた。
「だけどよ~。あの魏火龍が3人も戦場に出てるんだぜ? 万が一にも負けやしねえって」
「まぁそれは確かに……けど夜盗や山賊みたいな奴らが攻めてこないとも限らねぇぞ? 今回の戦で駆り出されたせいで今この城には真面に戦える奴はマジでほとんどいねぇんだから。それこそ俺らみてぇな怪我人や戦に出たくねぇ金持ち,それから――」
「あ~もうわかったわかった! お前の方が正しいんだろうよ! ハァ~,でもいくらなんでもこの規模の城をそんな奴らが狙うとは思えねぇよ。あ~あ,俺も仕事で足折るヘマしてなけりゃ戦場で一稼ぎしに行けてたのになぁ~」
足に包帯を巻いた男の方がそう言うと,もう1人の男はその様子を見て肩を竦めながら言う。
「その気持ちもわかるがこのくらいにしとこうぜ? でなきゃまた……お,おい!」
「んあ? ゲッ!?」
その2人が目線を向けた先には,いつの間にか後ろから仁王立ちで彼らを睨む男がいた。
その男は彼らが自分に気が付いたと見るや大声を上げた。
「『ゲッ!?』とはなんだ貴様! 私は貴様らの上官だぞ!!」
「「す,すいません!!」」
そう言って頭を下げる2人を見て,その男は満足したのか続けて何かを言うこともなく去っていった。
「うひ~! 俺らの隊長怖え~!」
「おい声がデカイって。もし戻ってきてどやされても俺は知らんぞ!」
「へいへい。それにしてもあの人は戦に出たくねぇ金持ちの筆頭だよな。少し前に来たばかりなのに賄賂で取り入って城の守備隊長ってか?」
「そりゃあ金くれる奴は大事だろ? お上はどこもそういうもんさ」
そこまで話したところで,彼らはどちらともなく再び見張りの任に戻った。
……これが現在の滎陽城の様子だった。
城で生活する多くの民だけでなく,城を守っている兵たちでさえこういった愚痴を零す余裕がある程度には,この城が安全だという意識があったのだ。
――だが直後,この城は予想だにしていなかった衝撃に襲われることになる。
「ん? 今なんか遠くから音がしなかったか? ……!! お,おい!」
「ったく今度はなんだよ……なっ!?」
先ほどと似たやり取りだったが,先ほどと違ったのは彼らの目が城壁の外に向いていたことだった。
「て,敵襲ーー! 敵襲だーー!!」
そう叫んだ彼の視線の先にいたのは,砂煙を上げながら城に近づいてくる,秦の旗を掲げた集団であった。
それによって城壁の上が慌ただしくなる中,先ほど離れていった隊長が彼らの元に戻ってきて命令する。
「私は一刻も早く城主の"隆太"様にこのことをお伝えしに行かねばならん! お前たちは念のために,戦場にいる呉慶様たちに城の危機を知らせるための狼煙の用意を!」
「「は,はい!!」」
そう答えた2人が隊長に背を向けて駆けだそうとした瞬間――
――その首が宙を舞った。
そのままゴロリと地面に転がった首を見下ろしたのは,この状況を作り出した本人である隊長その人だった。
「……他の場所はどうだ?」
「概ねうまくやってますよ。族長の根回しが効いてますね」
「そうか。ちょっくら時間かけて面倒くさいことをやった甲斐はあったな」
剣に付いた血を払って腰の鞘にしまいながら隊長が誰かに尋ねると,近くにあった階段の陰から出てきたミノムシのような恰好をした人物が現れて答えた。
「それにしても今の人たち,さっき族長を見て『ゲッ!?』って……ププッ! 嫌われてたんですね……アイタッ!?」
「フンッ! まったく,命の恩人に対して生意気になりよって。私は普段からお前のような面倒くさい奴ばかりと接しておるから鬱憤がたまっておるのだ!」
「イテテ……2つの意味で酷い」
そう言って頭をさする羌象に対し,族長と呼ばれた男……梟鳴族の族長は続けて話す。
「お前は剣の方は中々やるが……こういった仕事全般の能力に関しては,以前に殿たちが退けた先代蚩尤にすら遠く及んでおらんだろう。この先どうするのかは知らんが,少なくとも今は部下として敬っておけ。幸いなことにここでは腕を磨く機会は多いからな」
「はーい。……先代蚩尤か~,族長たちを出し抜いて麃然様たちのところに辿り着いたなら凄かったんだな……」
「なーにか言ったか? ちなみにその時に守りについてたのは屋根裏大好きなベッサの奴らだぞ~?」
「い,いえ何も! ところで! 晶仙軍の襲撃を任せていた部隊を呼んで良かったんですか?」
この言葉の通り,初日に晶仙軍の襲撃を行い行軍を遅らせていた部隊の約半数ほどは,その任務の完了と共にこの滎陽城内に引き込まれていたのだ。
「ああ。加減が苦手なあいつらがそのまま続けるとなると,少し面倒だからな」
「それはどうして?」
「軍師なんてものは自分に自信がないと務まらない職だ。そんな中で自分を疑い続けられる人間なんてそうはいない。晶仙みたいに大将軍ぐらいになればその匙加減もうまいが……だからこそ少ない機会で効率よく自信を付ける術を身に着けている」
「……つまり,あえて襲撃を完全には成功させないことで敵に自信を付けさせて大胆にするってこと?」
「正解。ついでに言えば規模はともかく襲撃自体はするのがミソだ。敵がやった備えの効果を感じさせてやらんとな。……まぁそれとは別に単純にこっちの人数がもう少し欲しかったのもあるが」
「ふーん。面倒くさいんですね」
「だろう? よし,お喋りもこのくらいにして,そろそろ仕事を再開するとしようかね」
「了解でーす!」
~麃然視点~
「うーむ。どちらにせよこうなるか……やはりわざわざ魏の旗を用意しないで良かったのか」
俺は,秦軍が近づいてきているにも関わらず大した抵抗を見せてこない滎陽城を見上げながらそう呟いた。
本当は魏軍に偽装して近づくみたいなカッコイイやり方をしたかったのに,作戦段階の時点で『別にそれなくてもよくないですか?』的な空気になったことで,空気を読んで断念したのだ。
……ちくせう。どうせお前らは少しでも抵抗があった方が面白いみたいな理由でそう主張したんだろうが!
……でも結果的に本当に不要だったみたいだ。俺のワクワクを返しておくれ?
俺が内心で嘆いていると,隣にいた男が話しかけてきた。
「私としてはもう少し歯ごたえがあると思い期待していたのですが……少しばかり期待外れですな」
ハイ,左慈さん答え合わせありがとうございます。まぁ流石に君たちにそういった思惑があったのは知っていたけどね。
俺はそこで改めて自分が率いてきた兵たちを見る。
そこにいた兵たちの数は3千にも満たないものであり,更にはその内のほとんどが騎兵で占められている。滎陽城の規模を考えれば,いくら城の兵が空っぽ同然とはいえど,この軍での城攻めは正気を疑われるレベルだろう。
それでも集まればそれなりに目立つ数ではあるので,道中はいくつかに別れて行軍してきた。
きちんと全員が最高のタイミングで合流できたのは,日頃の練兵の賜物だろう。
「慶舎はうまく丘を取れたでしょうか?」
すると,横から左慈がそう聞いてきた。
おお,後輩の心配ですか? 昔はもっと我が我がな感じだったのに……君も変わったよね~。
そう思いつつも,その問いに答えることにする。
「あいつも俺が副官に選んだ男だ。あいつを選んだ俺を信じろ」
……というより俺の脳内にある原作知識を信じろ!
ちなみに俺たちが丘を狙うのは,単純に守りやすい場所を抑えるためという理由もあるが,最大の理由は敵に高所という見晴らしの良い地点を与えないためである。
ここに俺たちがいることからもわかるように,今の麃然軍は兵の一部だけでなく大将である俺までいない状況なのだ。
その状態で丘を取られてしまうと,それらが欠けた俺たちの軍の全容を相手に見せることになってしまう。
今までの経験上,厄介なことにそれなりの将であれば,そういった微かな違和感すらも見抜いてこちらの狙いを看破してくることがある。
そこで,こちらの軍容と敵の視界の両方を隠せる丘という地形を手に入れることが重要なわけだ。
まぁ我らが影の大将である慶舎に加えて梟鳴族たちの力があれば,正直なところそこまで難しいものでもないでしょう。
そこまで考えたところで,俺たちの進路の前方に聳えていた城門が大きな音と共に少しずつ開き始めた。
城内に潜ませていた梟鳴族の者たちがうまくやったのだろう。
すると,その上の城壁から梟鳴族の族長が手を振っているのが見えた。……よし。
俺は少し前に出ると,右手を開いたまま前に突き出して叫んだ。
「魏国よ,この地を……滎陽を渡せ!」
「「「うおおおお!!!」」」
俺の号令と共に,兵たちは我先にと城内に突入していった。
味方が城門を開けたということは,恐らく罠の類もないだろう。これで滎陽城の陥落は決定的となったはずだ。
これで一応の原作越えは達成できたな……。今回の攻略目標である滎陽を落とせるかどうかというのは秦国本営からの評価に関わって来る。
別に気にしすぎるほどのものでもないのだが,変につつかれかねない材料を作るのも面白くないからね。
「殿……お見事です」
左慈がそう言って話しかけてくる。
「お前はあいつらと共に行かずとも良いのか?」
「ええ,その必要もなさそうですから……して,この後はやはり向かわれるのでしょう?」
そう聞いてくる左慈の目には,どこか期待するような色が浮かんでいた。
ハァ~~。本音を言えばこのまま城に籠ってのんびりしていたいんだが……それでは左慈だけでなく他の部下たちの中にも不完全燃焼で納得しない奴がいるはずだ。
なるべく自制できる奴を選んで連れてきたつもりなんだが……この兵数ですらそこからあぶれる奴がいるのってどういうことなんだ……。
それに親父の酒の件もあるから,どちらにせよ行きはするんですけどね。
「……当然だ。だが大半の者は城に残し周辺を探らせる。そうだな……城に残る者たちは"郭備"に纏めさせろ。あの者ならうまくやれるだろう。左慈は血の気の多い者たちを集めてこい」
「はっ! お任せあれ!!」
そう言って左慈は城内に駆けていった。
俺はそれに続いてゆっくりと城門を潜りながら,周りに聞こえない声量でボソっと呟いた。
「ホントに……ままならないなぁ」
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・
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~~秦国・南部国境地帯~~
この地における戦いでは,初日から各所で激しい戦いが繰り広げられていた。
「ハァッ!! ……ぐっ!?」
「"練"! 無事か!」
「ハァ,ハァ……”流邦”様! 自分は問題ありません! それよりも奥にいる"荘"のところが少し厳しくなりそうです!」
「わかった! おい"中歩"! ここは頼んだ!」
「任された! お前は早く行け!!」
特に満羽と敵の王が対峙する互いの本陣前に広がる戦場では,敵味方が入り乱れた激しい戦いとなっており,双方にとって気の抜けないものになっていた。
その戦の様子は,休息をとるために本陣へ戻っていた満羽たちからも伺えていた。
「我らの精鋭部隊である"迅樹"がここまで苦戦するとは……やはり敵も侮れませんな」
「ああ。数で負けているのもそうだが,相変わらず士気が高い。王が率いる軍とは俺たちのように将が率いる軍ともまた違う顔を持つものだ」
満羽の近衛兵団である"迅戈"に所属する"界邦"の言葉に対し,この軍の総大将を務める満羽が答えた。
「とはいえ,全体としてはむしろ優勢だ。やはり敵は数々の修羅場を潜り抜けてきた俺たちとは違う」
確かに敵は屈強で士気も高い兵たちを揃えていたが,満羽たちは中華各地の戦場を荒らし,その力を研鑽してきた生粋の強軍だった。
「さて,もう1度出るぞ。今度はこっちの前線を更に1段階押し上げる」
「「はっ!」」
彼らが動き出そうとしたその時,戦場の一角で異変が起こった。
「な,なんだ?」
「左奥の敵軍が爆ぜるように崩れていく! まさかあれは……」
「ほう……ようやくか」
「イヤッホー! 目の前の奴らを蹴散らすのに少し手間取ったがようやく抜けたぜ! さぁ新しい目の前の奴らも一気に貫くぞ!!」
「「はっ!!」」
「千斗雲軍! もう敵を抜けてきたのか!!」
「流石は四獣の中で最大の貫通力を誇ると言われるだけのことはある……!」
「…………」
「……ど,どうされましたか?」
「……お前たちもその呼び方をするのか,なんだか恥ずかしいな」
「えっ!? だってそれは――」
「まぁそういった冗談はさておき"孫備"よ,お前は軍の一部を率いて敵の注意を惹きつけて,千斗雲を支援してやれ」
「は,はっ! ……しかし,よろしいのですか?」
「構わん。あいつなら,このままいけば敵本陣に寸分の狂いなく突き刺さるだろう。癪だが今回の第1功はあいつに譲ってやることにしよう」
そのまま彼らはそれぞれの用意を整えると,再び戦場に向けて駆けだした。
満羽はその先頭で矛を握りしめると,勢いよく敵に向かい突っ込んだ。
そして敵に突入する瞬間,彼がこの日で1番とも言える程の力でそれを一振りすると,前にいた敵はまるで災害に遭ったかのように舞い上がり,命の灯を消した。
彼は再び矛を振り上げると,目の前に広がる敵の波を見て口元を緩ませながら言った。
「クヒ……! さて,俺たちも最後にひと暴れするか」
――こちらの戦場でも,その決着は近かった。
満羽さん……あなたのとこだけネームド優遇が凄いよ!
次回で蛇甘平原の方も粗方決着する……かなぁ? しない?笑
それではまた!('ω')ノシ