火を絶やしたくない男   作:ヤチホコ

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今作を読んで下さる皆様のお陰で、前話の投稿で三千人将になっておりました!
それなりにタグに仕事させた気がする11話です! どうぞ!


11話 急変する平原

~~蛇甘平原・中央~~

 

「さぁて……そろそろ始めても良い頃合いじゃろう」

 

夜を乗り越えて明るさを取り戻した空からの光を浴びながら,それぞれの秦将たちは戦場に漂う空気の変化を感じ取っていた。

 

間違いなくこの日が本番であると……。

 

早くも2日目を迎えた蛇甘平原の戦い……その始まりを告げたのは――

 

 

「突撃じゃぁ!!!」

 

 

――麃公軍によるフルスロットルの全力突撃であった。

 

そして,それを正面の丘より眺める男が1人。

 

「来るか……全軍を配置に付かせよ」

 

鬼神の如き気迫をもって迫りくる麃公軍を視界に収めながらも,それに対峙していた呉慶は冷静を保っていた。

 

しかし,これは麃公軍の力を侮ってのものではない。むしろこの戦場にいる魏軍の中で最も早い段階で麃公軍の脅威を感じ取っていたのが彼だった。

 

昨日の戦……魏軍もただ損害を積み重ねただけではなかった。

 

呉慶は戦場に到着してからこの時に至るまで,持ちうる経験と技能を駆使して丘を要塞化しつつ,近づいた敵軍を跳ね除けて粉砕するための鉄壁の防衛陣を築き上げていたのだ。

 

原作では丘から降りた平地で衝突した2人だが,この時の呉慶は正に万全の体制を整えていた。

 

呉慶は魏火龍筆頭とも目されるほどの将だが,それだけではない。

 

長らく秦国の東進を阻んできた列国の4人の英雄,"戦国四君"……その1人である"信陵君"の知能とも呼ばれ、食客頭を務めた男の頭には,油断の文字はなかった。

 

 

「この地で奴らをすり潰せィ!!!」

 

 

そのまま最高潮に士気が高まった両軍の激突。

 

――瞬間,この日の中華で最も激しい戦場がその姿を現した。

 

 

 

~~秦軍右翼~~

 

「俺たちも出るとするか……」

 

「「ははっ!!」」

 

戦が動き出すとなれば,当然この男……秦右翼の将である紫詠も動き出す。

 

だが,それに黒剛が待ったをかけた。

 

「殿,まずは私に露払いをお命じ下さい。昨日の一戦を経た我が軍であれば容易く敵前線を崩せましょう。さすれば――」

 

「太呂慈が出てくると……?」

 

今の紫詠にとっての最大の関心は,如何に太呂慈を速やかに討つかということだった。

 

紫詠からすれば,戦争とは将の獲り合いである。そして,これは数多の名将が鎬を削った時代を生き抜いてきた麃公軍のような歴戦の軍においては主流の考えだ。

 

……その中にあって,土地の取り合いを重要視できる麃然は結構頑張っていたりする。

 

「ええ,必ず。中央の丘にいる呉慶なる将は,大殿といえど一筋縄ではいきますまい。しかしそれは敵も同じこと……ゆえに左右の丘を巡る戦場を制し,中央に加勢しようとする動きは大きくなりましょう。魏軍にとってその可能性が高いのは――」

 

「丘を持ち,俺たちに地形的有利を見せつけている目の前の軍になるか……」

 

黒剛はそれに対して頷くと,話を続ける。

 

「敵を崩すには敵に自ら動いてもらうのが最も良いでしょう。敵軍内にも少なからず焦りがあるはずです。副官である私ごときに前線がいいように荒らされていると分かれば,武に秀でる太呂慈がそれを除こうと前に出てくる可能性は十分に考えられます」

 

丘の頂上に座する太呂慈に刃を届かせるのは,いかな紫詠軍といえど時間がかかる。

 

しかし,紫詠が一騎打ちに持ち込みさえすれば必ず勝利できるという確信も彼らにはあった。

 

「いいだろう。俺の前まで太呂慈を引きずり出して見せよ……」

 

「はっ!」

 

 

その後は戦が進み,黒剛は昨日の戦いで戦に慣れた兵たちに加えて,麃然軍時代から紫詠に付き従う精鋭を纏めて魏軍を散々に乱した。

 

そして太呂慈はこれを受け,遂にしびれを切らして自ら黒剛を蹴散らすべく前線に出てきたのである。

 

「見事だ,黒剛よ……」

 

そして,それを待ち構えていた紫詠もその場所へ近づいていき,太呂慈と相対することになった。

 

魏火龍の中でも凱孟と並ぶ巨漢の太呂慈と,上背はそれなりにあれど細く引き締まった体を持つ紫詠の2人が向かい合う光景は,一見すると少し歪なものにも見える。

 

ここで太呂慈は,秦軍の様子と目の前に現れた男から感じられる風格から,自身が置かれた状況を把握した。

 

「なるほど,このワシが誘われたか……だが好都合だ。確かに見たところではお前もそれなりの槍使いのようだが,だからといってワシを討てるなどとは思い上がりも甚だしい」

 

太呂慈はそう言うと,背中に背負った剣を一気に引き抜いて目の前に掲げた。

 

「来い。我が剣の錆にしてくれよう」

 

「……」

 

しかし,何も言葉を返さずに俯く紫詠の心にあったのは,開戦当初より燻っていた得体のしれない怒りであった。

 

これまでは抑えていたそれが,太呂慈を目の前にしたことによって解き放たれようとしていた。

 

紫詠はそのまま全身の怒りを槍に込め,顔を上げて太呂慈に言い放つ。

 

「麃公軍副将"龍"の紫詠,参る……!!」

 

紫詠がそう言った直後,彼が俯いている間に振り下ろそうとされていた太呂慈の剣が視界に入った。

 

だが――

 

「シッ……!!!」

 

紫詠は神速の槍捌きによってその剣を弾くと,そのまま太呂慈を目掛けて怒涛の連撃を繰り出した。

 

「ぬぅっ!?」

 

流石は大将軍と言うべきか間一髪で防御が間に合った太呂慈だが,止むことのない五月雨の如き紫詠の突きによって反撃の余裕は一切なく,その衝撃によって徐々に馬ごと後退させられていた。

 

太呂慈に先ほどまでの余裕はとうに消えており,滂沱の汗をかきながら思わずといった様子で口を開く。

 

「なんなのだ!? これは一体……!?」

 

その間も紫詠の槍は勢いを失うことなく,むしろ薪をくべた炎のようにどんどんとその勢いを増していった。

 

太呂慈は魏火龍として,これまで様々な将と一騎打ちに臨んできた。

 

しかし,太呂慈は知らなかった……これほどまでの速さを。

 

太呂慈は知らなかった……これほどまでの槍使いを。

 

――バキンッ!

 

とうとう耐えられなくなった太呂慈の剣が音を立てて砕け散ると共に,槍を素早く引き絞った男の手がブレる。

 

彼の敗因は――

 

「ハァァアァァッ!!!」

 

「ゴフッ!?」

 

――紫詠を知らなかったことだ。

 

体に大穴を開けられ,そのまま馬上から崩れ落ちる太呂慈に背を向けて,紫詠は一言。

 

「火龍太呂慈……! この紫詠が討ち取った!!」

 

「「「ウオオオオオ!!!!!」」」

 

 

 

~~魏軍右翼~~

 

――時間は南の丘で戦闘が始まった頃まで遡る。

 

「馬鹿な……!?」

 

「……」

 

「晶仙様……奴ら,丘を――」

 

晶仙率いる魏軍右翼の目の前では,信じられない光景が繰り広げられていた。

 

「――丘を……捨てるだと!?」

 

彼らが見上げる先には,秦軍が丘の反対側から次々と下りていく様子があった。

 

昨日も想定通りに仕掛けてきた夜襲を見事に防ぎきり,今日こそは丘を攻め落とそうと身構えていた魏軍にとって,これは正に想定外の事態だった。

 

「しょ,晶仙様……このまま丘を取りますか?」

 

「…………(我が軍が登れば,魏軍が全ての丘を手に入れることが出来るのは大きい……とはいえ敵に何かしらの考えがあることは明白だ。それにしてもやはり信じられん。奴らにとっては自分たちが手に入れた唯一の丘だぞ!)」

 

晶仙にとっても敵のこの動きは想定外で,頭を悩まされていた。

 

「(こちらに丘を渡すことで敵が得る利点は何だ……我が軍を丘に押し込めて中央への救援に向かわせないことか? しかし,いずれにせよあのまま救援に向かおうとしても我が軍の背を突いて妨害するなどの手があったはず……)」

 

晶仙は敵の策が読めないまましばらく考えを巡らせていたが,戦場において時間を浪費することの愚かさを思い出して,指示を出した。

 

「……前方の軍から順に登らせるのだ。敵は行方を見失わぬようにしつつも,中央へ向かわない限り無理に追わせる必要はない。頂上の安全を確認することを第1の優先目標とせよ」

 

……晶仙が選択したのは動くことだった。

 

「「はっ!」」

 

 

 

 

――そんな展開を見せる北の戦場だが,その端にある崖の上では1つの集団が到着したところだった。

 

「おやおや~? もう終わってはいないかと心配していましたが……麃公さんにしては随分とのんびりされているようです。ねェ"騰"?」

 

「ハ! のんびりしすぎです」

 

麃然軍と晶仙軍による戦場を見下ろす集団の中で,その先頭で馬に乗る2人の男が話していた。

 

「中華全土が注目するこの大戦……! 1人の武将として、これを見逃す手はありませんよォ」

 

彼らは大将軍の戦、さらに15万人同士の衝突という大戦を間近で見るために遥々この地までやって来ていたのだ。

 

「それにしても目の前の秦軍ですが,なんだか臭いませんかァ? 常ならこのような時,麃然さんは一目でどこにいるかわかるんですがねェ。ココココ」

 

そう言って手の甲を口の横に添えるのは,昭王の時代に六大将軍の1人として中華を震え上がらせ,その神出鬼没さから"秦の怪鳥"とも呼ばれた"王騎"大将軍であった。

 

彼は第一線を退いたとも噂されていたが,その影響力は今でも計り知れないものがある。

 

「そう言えば……以前に麃然さんから面白い副官が加入したと聞きましたねェ。確か名前は……慶舎さんでしたか」

 

そう言って再び視線を戦場に戻す。

 

「こだわりの強い職人気質な武将だと聞いていますが……なるほど,ここからだとよく見えます。ねェ騰?」

 

「ハ! 見えすぎです」

 

王騎はそこで魏軍の方に視線を向けると,各所でたなびく"晶"の旗を見つめながら言う。

 

「晶仙さんは良くも悪くも手堅い将として名高いお人です。本来であれば揺るがぬ守りこそが恐ろしいのですが……やはり,今回の相手は些か相性が悪かったようです」

 

すると,丘の頂上付近が俄に騒がしくなる。

 

「ンフフフ。どうやら丘の上も盛り上がってきたようです。噂の慶舎さんと少しお話でもしに行きましょうか。ねェ騰?」

 

「ハ! 行きすぎです」

 

「…………」

 

「…………」

 

「……ちゃんと私の話を聞いていましたか? 騰ォ?」

 

「……ハ!」

 

 

 

 

 

そんな会話が行われていた中,魏軍右翼では――

 

「晶仙様,我ら以外は登り終えたようです。頂上付近にて戦闘が始まったようですが,宮元殿からは心配無用と」

 

「うむ。では――」

 

そこまで言ったところで,晶仙は視界の右端に驚くべきものを目にした。

 

「(あれは……王騎!?)」

 

そこには,この戦場を見下ろせる崖の上で不敵に笑う王騎の姿があった。

 

「(まさか別動隊……それも王騎がいたとは! 別動隊の兵力がどれほどかわからん以上,全軍で丘に登ってしまっては完全に囲まれかねんか……いや,その兵力の確認が先か?)」

 

王騎軍の思惑を考えればあながち勘違いでもない勘違いだったが,瞬時にそう考えた晶仙が口を開こうとしたところ,息を切らした兵が駆け込んできた。

 

「晶仙様! 後方より新手が!!」

 

「なんだと!?」

 

 

 

~麃然視点~

 

「おお,やってるな」

 

あれから滎陽城を発った俺たちは現在ようやくこの蛇甘平原に到着して,慶舎たちがいると思われる北の丘を望む魏軍の後方にある林の中に一旦留まって身を隠していた。

 

目の前にいるあいつらは……報告通り晶仙軍のようだな。

 

「殿……あれをご覧ください」

 

先ほどから隣で戦場に目を凝らしていた左慈が指した方を見ると,そこには極小の櫓のようなものを備えた馬車に乗った男が扇を構えて周りの兵に指示を出しているのが見えた。

 

「もしやあれが晶仙では?」

 

それを聞いて、俺が念のために連れてきていた梟鳴族の者に確認すると,ほぼ確実に本人であることが分かった。

 

なるほどね。それじゃあ俺たちの目標はあそこか。

 

うーん,周りの兵が少しばかり多いな……というのも,こちらが連れてきた兵は500人もいないぐらいなのに対して,晶仙の周りにはパッと見で3000人くらいはいるように見える。

 

慶舎が何らかの策を実行しているのか知らないが,魏軍の多くは丘に登っているのでこれでも少なくなっているとは思うんだが……。

 

ただ,見たところなんとなく兵の質ならこっちが上な気がする。

 

加えて飛び道具持ちであるあちらの弓兵は丘攻めの方に回されているのか、下には見当たらない。まぁ弓兵なんてものは高い場所に置けば置くほど良いからね。

 

それに、普通は丘攻めしている方に主力を置くだろうから,ここにいるのはそれなりの奴らだと思いたい。

 

そう考えると行けそうな気がしてくるが,俺は自分を過信しないぞ! ……というわけで仲間に聞いてみよう。

 

「……少々数が多いが,我々の敵ではあるまい?」

 

俺がそう尋ねると,仲間たちは口々に『勿論ですぞ!』『むしろ物足りませんな!』などと頼もしいことを言ってくれる。

 

こういう時は頼りになるなぁ~~(泣)

 

つまり目の前の敵は大した奴らじゃないってことになる。歴戦の戦士である彼らが言うんだから間違いないよね!

 

それにしても……都合よく目の前で弱兵に守られた敵将がいるなんて,日頃の行いに対する俺への褒美か何かではなかろうか!?

 

いっそのこと罠かとすら思える好条件だが,本当に罠なら,戦に限れば勘の鋭い部下の誰かが気付くはずだからそこは安心である。

 

俺は嬉しくて思わずニヤけそうになったが,流石に敵が弱いから笑うなんていう情けない姿を見せられないと思って咄嗟に口元を手で覆い隠し,天を仰いだ。

 

 

 

~左慈視点~

 

フッ,殿も久しく滾っておられるようだな。まぁ大将軍ほどの首ともなれば仕方のないことだろう。

 

俺は隣で笑みを隠そうとする殿を見ながら,それと同じような笑みを浮かべながらそう思った。

 

我らのように殿と長く接してきた者は皆いつも『殿は仮面を被っておられる』と言う。

 

無論本当に何かを被っているわけではないが,殿は戦以外で様々な顔を持つようになるにつれて,かつてのような猛る顔をあまり見せぬようになられた。

 

だが,戦場では殿も時々あの頃に戻られる。

 

俺がかつて殿に見出されてより初めての戦場で目にした時から目指し続けるあの顔に。

 

そして今目の前にいる敵は,自らの武力を持たない大将軍晶仙を守護するための精鋭部隊である。

 

だが,殿が言うように相手にとって不足はない連中だ。

 

およそ6倍の敵……そして全て精鋭。これを我らの中で喜ばぬ者の方がおかしいというものだ。

 

そう考えていると,いつの間にか気持ちが落ち着いたらしい殿から声がかかる。

 

「左慈よ」

 

「何なりと」

 

「これより少しばかり苦労をかける。生憎だが俺は戦場という場で周りを見つつ体力配分をするなんて芸当が出来るほど肝が据わっていないのでな」

 

周囲の者は殿の背を見ながらフッと笑みを浮かべる。ここにいる者たちは殿がいつもこうして話す冗談が大好物なのだ。

 

「ゆえにいつも通りだ。お前が道を作れ,俺はただそこを駆けよう」

 

ああ,流石は殿だ。1人でこの愉しみを独占することも出来ように,俺たちにも分け与えてくれる。

 

「御意にございます」

 

俺は固い拱手でそれに応える。

 

「戦って勝つ,それだけで良いのだ。では行くぞ……」

 

「「はっ!」」

 

この左慈,あなたにどこまでも付いていきましょう。

 

俺は改めてそう決意を固め,この集団の先頭に躍り出た。




はい,終わりませんでした……笑
というわけで、次回が蛇甘平原の戦いのクライマックスになりそうです!

それではまた!('ω')ノシ

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