火を絶やしたくない男   作:ヤチホコ

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14話です! どうぞ!


14話 次に向けて

~麃然視点~

 

蛇甘平原の戦いからもしばらく過ぎた頃,成都にある屋敷に備えられた庭に,俺と親父の姿はあった。

 

「「バハァァ!!」」

 

正面から向かってくる親父が矛を振り上げたのを確認するや否や,俺もそれに合わせるように全力で矛を振るう。

 

互いの矛がぶつかり合いガリガリと金属を削るような音がしたかと思えば,次の瞬間にはその衝撃で地面に足を引きずったような跡を残しながら共に後退した。

 

そこからすかさず馬を駆けさせて再び親父と切り結んでいると,親父が口を開いた。

 

「フッ,お前さんが珍しく頼みに来たからと久しぶりに打ち合ってみたが……中々に重くなったのォ!」

 

そう言いながらも矛捌きが一切緩まないことに緊張感を高めながら,俺もそれに応えるように口を開いた。

 

「先の一戦で自身の武に少し不安を覚えてなッ……鍛えなおさねばと思っていたんだ!」

 

それと同時に大振りの一撃をお見舞いするが,それにも対処されて勢いを相殺されてしまう。

 

「ワハハッ! お前さんは壁をもう一つ越えれば格段に強くなるぞ!」

 

「余裕そうな顔をしてよく言うッ……!」

 

この打ち合いが始まってから幾度か親父を仰け反らせることには成功しているが,それは向こうも同じことだ。

 

加えて現段階で,俺はなんとか内に留めているものの疲労が激しくてかなり体力がキツくなっているのに対して,親父は汗一つかくことなくいつも通りの恐ろしい笑みを浮かべている。

 

そこで気合を入れなおした俺は続けて斬りつけようとしたが,こちらに近づいてくる人影が見えたことで動きを止める。

 

その人影は少し離れた場所で跪くと,声を上げた。

 

「麃然様,貴重な家族団欒の機会をお邪魔をしてしまい大変心苦しいのですが,少しよろしいでしょうか?」

 

「お前は"敦"か……どうした?」

 

この男はここで文官をやっている敦という男で,口減らしのために捨てられていたところを拾ってからは,その筆の才もあって重宝している。

 

あとこれは拾った後に思い出したことなのだが,確か彼は原作では王弟である"成蟜"に侍っており,成り上がりと言う経歴が気に入らないとして主人である成蟜に殺されていたはずだ。

 

「ハッ! 寿胡王様からの伝言で,話があるため自室に来て欲しいとのことです」

 

寿胡じぃからの呼び出しか……となるとこれは取るに足らない話というわけでもないだろう。

 

「……すまない親父,行かねばならんようだ」

 

「フン,仕方ないじゃろう。ではワシは明の様子でも見に行くとするかのォ」

 

親父はそう言うと,目にも止まらぬ速さでピューと去っていった。

 

そのあまりの切り替えの速さに流石の俺も面食らって少し固まってしまったが,親父だからと納得して復活に成功すると,敦を下がらせてから寿胡じぃの部屋へ向かった。

 

しばらくして目的の部屋の前に到着したので扉を開けると,そこには部屋の隅で白湯を飲みながら書を読む寿胡じぃの姿があった。

 

「遅かったのぅ……」

 

手を止めると椅子から降りて近づいてくる寿胡じぃに,俺も冗談交じりに言う。

 

「悪いな,近頃は少し動くと体中が痛くて敵わんのだ。ハハッ,これも歳のせいかな?」

 

しかし,寿胡じぃはそれに対して呆れたようにため息をついた。

 

「ハァ~。あれだけ動けるなら元気な証拠じゃろ。ワシなんぞ常に体中が痛くて堪らんわ」

 

「お,おう……」

 

俺は少し反応に困ったが,気を取り直してここに来た目的を果たすべく問いかける。

 

「そ,そうだ。話があると聞いていたが何かあったのか?」

 

すると,1冊の竹簡を差し出された。

 

「咸陽の方は随分と騒がしくなっておるらしい。それに再度の出兵要請も来ておるぞ。今度は楚国との国境を警戒せよとな……」

 

俺は受け取ったそれに記された内容をしばらく読んだ。

 

「うーん……なるほど,あちらは相も変わらず魔境だな」

 

咸陽で起こった事件やそれに関係した人物の繋がり,果ては朝議の内容まで記されてある。

 

ちなみにこれらの情報は,ベッサによる中央からの報告や政府からの文などの諸々を纏めてくれたものだろう。

 

俺がいない時は寿胡じぃを通すようにしているので,こういう形で俺が知る場合もある。

 

この際に言っておくが,情報を運んでくるあいつらは必要な時に目的地に跳んで情報を掴んで持って帰ってくるだけが仕事ではない。

 

そもそも,それで集められる情報は労力の割りに限定的なものばかりだ。

 

梟鳴にピンポイントで蚩尤の里を探らせた時のようなケースは稀で,基本的には各地の……それも大都市なんかにいる協力者と連携して情報を集めている。

 

それはこちらから放った間者だったりもするのだが,中には現地で力を持った個人や勢力に力を借りることもある。

 

例えば咸陽だと後宮勢力とか……ね。

 

まぁだからこそ地方の情報封鎖が割と成功したりするんだが,それは今はいいだろう。

 

とにかくそういう諸々の活動も含めて彼らの仕事なわけだ。

 

俺が更に読み進めていくと,気になる箇所があった。

 

「大王の暗殺未遂か……大事件ではあるが,これもどうせ呂不韋丞相の遊びだな」

 

そこには原作イベントである大王の暗殺未遂について書かれていた。

 

正直なところ,ほとんどの者が呂不韋が黒幕だと分かっているはずだが,今の大王陣営にはそれを糾弾する力すらないんだろう。

 

ただでさえ強力なあの呂不韋相手に兄弟間で争って勢力を割るようなことをしたんだ……力の差は開くばかりだろう。

 

何かこのバランスを壊すような出来事が起これば話は別だろうけどね。

 

俺? 俺はもちろん静観してるよ。下手に関わって権力争いに巻き込まれでもたら,百害あっても多分……四利ぐらいしかない。

 

それに,俺はこれから大王派が巻き返していくと思っているし,何よりそれで特に不都合がない。

 

結局は昌文君や昌平君のような両方にいる個人と細々と付き合っていくのが無難なんだよね。

 

蒙武は……更に細々としたものでいい。あの一家はほどほどでいいんだよ本当に……。

 

すると,文字と睨めっこをしている俺を尻目に白湯の残りを飲んでいた寿胡じぃが思い出したように言った。

 

「その件にはあの小娘の身内が関わっていたと聞く。こちらに飛び火せねばよいがな……」

 

……恐らくはあの小娘とは羌象のことだろう。今回の大王暗殺未遂には,彼女の妹分である羌瘣が刺客サイドとして参加している。

 

流石に連座して彼女に累が及ぶようなことはないだろうが,誰かにこの繋がりがバレれば面倒なことになる可能性はある。

 

とはいえ,何か出来るのかと言われてもそれはそれで難しい。

 

実は前の蛇甘平原の戦いでも,せっかくなんだから妹に会わないのか聞いてみたら,どんな顔をして会えばいいのかわからないと躊躇していた。

 

俺も今更になって身近な原作ブレイクの恐怖にビビリ始めていたが,確かにこうなってしまえば彼女の背中を押して前に進ませることも必要なのかもしれない。

 

次に会った時にそれっぽいことでも言ってみるか……。

 

「それについては俺が何か考えておくさ……。そして,楚との国境部への出兵は特に問題ないだろう」

 

こう言うと変に聞こえるかもしれないが,まぁよくあることだ。

 

そもそもが異民族対策以外にも楚への警戒がデイリーミッションみたいになっている部分があるので,少し大変ではあるが困るほどではない。

 

なんなら親父がプライベートで勝手に行きかねない怖さがあるほどだ。

 

楚国も南部の異民族である"百越"と長く戦を続けていることもあって,その繋がりでも色々と関わりは出てくるし,その情報も自然と集まる。

 

地理的に俺たちが戦う機会が最も多い敵国ということもあって,原作にも登場した皆大好きドドンドおじさんこと"汗明"将軍や"媧燐"将軍なんかとも戦う機会があったが,やっぱり楚軍は癖が強いので仲間たちのお気に入りである。

 

……いやいやそんなことはどうでもよくて,とにかく互いに強く警戒しあっている相手ということだ。

 

ついでに言えば当然のように楚国側にもこちらの手の者がいるので,本格的に情報封鎖をされたりしなければ向こうの侵攻計画はすぐにこっちまで伝わるのだ。

 

この中央の采配について,原作ではこの時期の麃公軍は魏国との国境部を警戒していたはずでは?と思わなくもないが,距離的に何度もあんな北まで行くのも行かせるのも面倒だろう。

 

そうなると,魏への警戒は原作では楚を警戒していた"張唐"将軍あたりが赴くことになるのだろうか。

 

どうせ小競り合い以上のことにはなりはしないだろうから褒美も大したことはないだろうし,これは今回も親父特製のくじの出番かな?

 

ちなみに前回の滎陽攻めによる褒美に関してだが,普通に爵位の昇級や金品,宝物……後は権威的なアレコレをいくらか賜ってお終いだった。

 

……言うまでもなく論功行賞の場には俺が行った。今の大王を至近距離で見たのは初めてだったが,俺が言えることはあまりない。あえて1つだけに絞るなら,イケメンは羨ましいということくらいかな。

 

褒美の内容で疑問に思う者がいるかもしれないが,実はかつての昭王との話し合いの結果もあって,俺たちが新しい土地を賜ることはあまりない。

 

その代わりに南部地域の裁量権をある程度認められている部分があるからね。それはつまり南部の拡大は割と自由ということだったりする。

 

さらに今回の褒美として賜った金額は莫大なもので、部下たちにばら撒いてなおウチの倉が嬉しい悲鳴を上げてしまうくらいだった。

 

このことに関しては,魏国に捕虜を高く売りつけたのが効いてるんだろう。

 

これには流石の俺も思わずニッコリである。

 

臨時収入も入ったし、せっかくだからこの機会に大規模な公共事業でもしちゃおっかな〜?

 

その指揮のためって名目で出かけるのも悪くない。

 

近頃はなんだか遠出したい気分になってきているんだよ。

 

……もちろん戦に行くこと以外でね!!

 

そうなると何がいいだろうか……。この辺りは地形的に守るに易いと言えば聞こえはいいが,それは行き来がしにくいということでもある……そう考えるとやっぱり無難にインフラ整備か?

 

長江を用いた水運の強化や北の山道の舗装なら,皆にも割とわかりやすい気がする。

 

特産品である絹織物の増産も進めたいところだが,どうするか……。

 

……いや,待てよ。それより飢饉対策に食料の増産に向けた開発が優先か?

 

実はこの時代は,天候や蝗害の関係で割と頻繁に食糧難が発生する。

 

現状において秦国有数の穀倉地帯を預かっている身としては,この辺りの対策を疎かにするのは色々とマズイ。

 

丁度よく南部が落ち着く目処が立ったわけなので,まだ手をつけていないそっち方面の土地の調査に人と金を注ぎ込むのも悪くないだろう。

 

秦も北の方では韓から来た"鄭国"っていう人の主導で灌漑水路の建設を行っているみたいだし,流行()に乗ってみるのも悪くないか?

 

ついでにここで以前の満羽や千斗雲に任せた南方の戦に関しても話しておくが,彼らは期待通りに勝利を飾ってくれた。

 

これで南もしばらくは落ち着くだろうから,南部の城を任せている"段歯"や"龍羽"といった将たちだけで守りは事足りるだろうし,やっぱり楚との国境に行く奴はくじ引きで決めていいだろう。

 

あと今回は千斗雲が敵の王を捕らえたということで調子に乗っていたが,もはや恒例行事のごとく軽く〆ておいた。

 

また,同じく恒例行事のように敵の王に領内を見せて回ったが,未だ彼らによる心からの服属には至らなさそうだ。

 

そろそろ負けが続いた王の求心力が落ちてきているのではないかと心配しているところだが,王の反応的にかなり手ごたえは増しているので,早ければ次回の勝利で終わらせられるかもしれないと思っている。

 

ただ誤算だったのが,親父が顔を見せな過ぎるせいで彼らには俺がここらの王というかトップだと誤解されているってことだ。

 

彼らにとっては王が強くないと認められない的な価値観があるらしく,俺がもっと彼らとの戦場に出て力を見せつけないといけなさそうな予感がしているのがツラい……。

 

親父なら一発で認めさせられると思うんだけどな~。なんで俺なんだよ~。

 

そんな不満を抱きつつも,竹簡に書かれていた内容を一通り読みつくした。

 

どの情報も重要なものではあったが,そのどれもが俺の命を脅かすようなものではなかった。

 

原作で起きた次の重要な戦と言えば,趙との戦いとなる馬陽の戦いだろうか……。

 

序盤における一つの山場とも言える戦いだが,生憎と俺の参戦はないだろうし,総大将になるであろう王騎将軍に色々と情報を流すくらいしかできることはないだろう。

 

王騎将軍や,趙国側もリーボックこと李牧やワレブこと"龐煖"たち大将軍の中でも上澄みレベルの将が集まる戦いで下手にちょっかいを出して予想外の事態が起きるのも怖いので,今回は王騎将軍の実力を信じて任せるとしよう。

 

「フゥ~。こうなるとしばらくは内政に専念できそうだな」

 

しかし,俺がそう言ったのを見計らったように寿胡じぃがこちらを向いた。

 

「どうじゃろうな……ところで,軍総司令からも文が届いておるぞ」

 

そう言ってまた別の竹簡が目の前に差し出されたのを見て,俺はなぜか嫌な予感がした。

 

 

 

~~秦王都・咸陽~~

 

ここ咸陽でも有数の大きさを誇る建物……秦国の軍師養成学校にはこの日,その前に一台の馬車が止まり,近くには数人の人物が集まっていた。

 

「では先生,行って参ります」

 

その中の1人で青い服を着た"蒙毅"という男が,先生と呼ばれた男……この学校の長でこの秦国の軍総司令も担う昌平君にそう言った。

 

「ああ,此度の馬陽での戦はあの王騎将軍の戦いを見ることが出来る貴重な機会だ。蒙毅に河了貂,そして他の者も……机上の軍略を知るだけでは味わえない本物の戦場の空気というものを学んでくるといい」

 

「「「はい!!」」」

 

昌平君の弟子で,この軍師学校に通う生徒たち……蒙家の末っ子で,この学校でも1,2を争う成績を誇る蒙毅という少年や,まだ入学して日は浅いが,目覚ましい成長を遂げている河了貂という少女を始めとした面々が返事をした。

 

昌平君はそれを見て頷くと,そこから少し離れた場所にいた,仮面を付けた2人の男にも声を掛ける。

 

「……私は忙しいのでもう戻らねばならぬが,護衛の然殿たちも彼らをくれぐれもよろしく頼む」

 

「ああ,任された」

 

「うむ」

 

その言葉を聞いた昌平君はそれからもしばらく然と呼ばれた男を見つめた後,後ろの建物の中へと戻っていった。

 

それを見届けたその場の者たちは,続いてそれまで昌平君以外が誰も触れなかった護衛の2人に自然と視線が移る。

 

そしてそれに気が付いた2人のうち然と呼ばれた方が,彼らに近づきながら口を開いた。

 

「よし,総司令が先ほど言っていたように,俺のことは然さんとでも呼んでくれ。それでこっちが源さんだ。俺はなんてことないが,源さんはかなり強いぞ。なぁ源さん?」

 

「いや……う,うむ」

 

それに対して源さんと呼ばれた男は歯切れが悪そうにそう言うが,然は構うことなく話を続ける。

 

「……というわけで大船に乗った気持ちでいてくれていい。短い間だがよろしく頼むぞ,若き軍師の卵たちよ」

 

しかし,そう言われた軍師の卵たちの内心生じた思いは一つだった。

 

 

(((いや,怪し過ぎて全然安心できないよ/ぞ!!)))

 

 

――彼らの苦労は,まだ始まったばかりだ!

 




馬陽の戦いは今のところ軽めに書くつもりではあります。

それではまた!('ω')ノシ

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