火を絶やしたくない男   作:ヤチホコ

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15話です! どうぞ!


15話 隠れた決意

~麃然視点~

 

「確かに遠出がしたいとは思っていたが……相も変わらず戦絡みだな」

 

平坦な街道を走る2台の頑丈そうな馬車,その後ろに続いて馬の上から周囲を警戒する仮面の男……まぁ俺なんだが……は,隣で共に馬を並べていた源さんに愚痴を零した。

 

「……私をわざわざこんなところまで連れてきた若がそれを言うのか」

 

――グサッ!

 

グフッ! こ,言葉の鏃が胸が刺さる……!

 

「…………そのことに関しては感謝してる。帰ったらメシでもご馳走するよ」

 

だが源さん……もとい蒼源がぶつけてきた正論によって俺の不満の言葉はあえなく霧散してしまった。

 

そんなこと言ってくれるなよ~。俺にとっても想定外だったんだって!

 

そもそも俺たちが領地から出たのは,咸陽まで昌平君に会いにいくためだったのだ。

 

だが,そこで色々とあって結果的にこんなところまで来るハメになってしまった。

 

……まぁ最終的にそのことを決断したのは俺自身なので完全なる自業自得なわけだが。

 

俺は自分の決めたことなので納得できるが,俺が咸陽行きの同行者……もとい護衛として引っ張ってきた蒼源にとっては完全にとばっちりである。

 

だって仕方ないじゃん,蒼源が暇そうだったんだもの。

 

自国内とはいえ,流石に1人で行くと何かあった時マズいから丁度いい護衛を探してたらお前が条件に最適すぎたんだよ~。

 

ここで自分の部下を使えと思う者がいるかもしれないが,あいつらの中で俺が安心して同行者に選べるメンツはあまり多くない。

 

ここで紹介しておくと,俺の部下には2種類の奴らがいる。

 

戦以外も出来る戦馬鹿と,戦しかできない戦馬鹿である。

 

戦しかできないというのは少し盛ったが,戦以外で連れまわすのが不安な連中と言うことだ。

 

逆に,慶舎たちのような俺の腹心を始めとした戦以外も出来る戦馬鹿は,同行者に選んでも不安が少ないタイプの者たちということになる。

 

しかし,後者がそれなりにいる俺の部下たちは,領地を差配する身としては非常に貴重な存在だ。

 

ウチの領地で純粋な文官が見下されているとかいう話では決してないが,戦も出来るハイブリッド文官たちが尊敬を集めるのもまた事実なわけで……。

 

戦の多いウチでは,そういった者たちに任せた方がうまくいく仕事というのも多くあるため,俺の直属の部下たちは割と忙しい奴が多い。

 

そんなわけで,部下たちを連れてくるのは難しかった。

 

それに今回は仕事のための移動じゃないから,忙しそうにしている彼らを無理やり同行させるのも気が引けたというのもある。

 

それならば同僚に人を貸してもらえば良いと思うかもしれないが,彼らも彼らで忙しい。

 

ウチの領地は広く,ああ見えて偉い立場の同僚たちは領内でそれなりの権限と共に責任を背負っているため,やることが多い。

 

あの頭がおかしそうな千斗雲ですら……ん? おかし"そうな"??

 

…………

 

……あの頭のおかしい千斗雲ですら平時は部屋で筆を執って仕事をしたりもしているのだ。

 

そんな彼らに,これまた仕事でもないのに人を借りるのも気が進まなかったのだ。

 

まあ,あいつらに変に借りを作るのが怖いというのもあるけどね……。

 

とにかくそんな中で白羽の矢が立ったのが,愛すべき弓馬鹿である蒼源さんである。

 

親父の下で自由にやっている彼ならば誘いやすいだけでなく,何かあった場合の戦力としても問題ないことに加え,ある程度は話が通じる方だということで俺の中の審査を見事に通過した。

 

なんやかんやで今現在の俺たちは軍師見習いたちの護衛をやっているが,誰にも言っていないその実態は,彼らの護衛である俺を更に護衛している蒼源に全てがかかっているのである。

 

彼は,2人の息子を残したまま家がある山を下りてウチの軍に加入しにやってくるような倫理観の持ち主だが,まぁ大丈夫だろう。

 

……本当に大丈夫だろうか?

 

今更ながら少し不安になっていると,今度は蒼源の方から話しかけてきた。

 

「今回のことも若にとっては計画通りなのかもしれんが,私のような生粋の武人にとっては混乱のもとだ。以降はもう少し手加減して欲しいものだな」

 

おいおい,それは本気で言っているのか? それとも俺に対する嫌味なのか!?

 

自覚がないのかもしれないが,お前は表情が硬いから判別がつきにくいよ!!

 

蒼源の言葉に俺の方が逆に少し混乱したが,脳死でいつものように返事をしておいた。

 

「……そうだな」

 

ええい! そもそも,こんなことになったのはどれもこれも全て昌平君という奴のせいだ!!

 

 

 

 

――それは,俺が咸陽を出立するより前のこと……。

 

 

「この階段長すぎだろ……」

 

俺は咸陽の一角にある建物に繋がるやたらと厳めしい石階段を上りながらそう呟いた。

 

秦軍総司令や呂不韋四柱,それら数々の大層な肩書を持つ男こと昌平君から俺の下に届いた文……その内容は別に公的なものではなく,単なる私的な誘いだった。

 

こう見えても俺と彼との付き合いはそれなりに長い。

 

秦六将である"胡傷"に師事する冷静男……昌平君と,蒙家の跡取りである怪力男……蒙武の2人組の噂は当時から有名だったが,かつて咸陽まで来た際にそんな2人になぜかちょっかいをかけられたのが最初の出会いだった。

 

それぞれ成長してしまったが,付き合いは続いている。

 

今も互いに立場は違うが,派閥だったりを気にすることなく茶をしばくことが出来るくらいには仲も良いと個人的には思っている。

 

蒙武にはわざわざ会いに行かない。どうせ戦場で偶に会うし……息子が息子だし。

 

今回のことも,偶にある近況報告的なノリだと思って気楽な気分でやってきたのだ。

 

だが,つい先日に発覚した重大事件のせいで話は変わってくる。

 

そうだね,趙国からの突然の侵攻だね……もうすぐ馬陽の戦いが始まっちゃうね!

 

ちなみに俺がこの報告を聞いたのは,ここにやって来るまでの道中だった。

 

心の底では引き返したかったさ……でも無理だよ。

 

だって遠いんだよ……ここまで来るのに何日かかったと思っているんだ! 今更だが,蜀の辺りは秦の端どころか中華の端だよ!?

 

……まぁこの行程にはもう慣れたけどさ。

 

それに,昌平君の誘いをドタキャンする勇気は生憎と俺にはない。

 

この侵攻に関して,俺も原作知識の裏付けのために趙国内を探らせていたが,思った以上に密かに準備が進められていたようで,事の発覚が遅れた。

 

原作知識があると言ってもこういった事件の正確な日付までわかるわけもなく,どうせ大丈夫だろの精神で予定を押し通したらこのザマだよ!

 

あ~,面倒ごとに巻き込まれそうな気配~。

 

流石にこの件で出陣命令はない…………と思いたい。

 

何度目になるかわからないが,同国内とはいえ成都から咸陽って遠いんだよ?

 

すぐそこまで迫る趙軍と戦うために俺の兵を引っ張って来る時間はないし,自分で言うのもなんだがこう見えて将軍位を得ている俺を着の身着のままで戦場へ放り投げるのはありえない…………と思いたいです,ハイ。

 

あとは戦略会議とかに参加させられても困る。

 

完全にアウェーな空気で胃が死にそうだし,下手に情報を出してその情報源を探られるのも痛い。

 

そもそも今回はお休み気分で来ているのに,そういう話に巻き込まれるのが本気で勘弁願いたい。

 

「……まぁなんとかなるだろう」

 

そう自分に言い聞かせるが,成都で手紙を受け取った時に感じた嫌な予感が俺を不安にさせる。

 

そうこうしているうちに階段を上り終えると,目の前にデカい建物が現れた。

 

そしてその門の前には1人の目つきが鋭い男……。

 

「……よく来たな」

 

「かの高名な昌平君様が御自らお出迎えとは……俺も偉くなったものだな」

 

家の主人自らの出迎えと言う謎な好待遇に対して俺がさも驚いたかのように言うと,その主人である昌平君は口角を少し上げた。

 

「フッ,相変わらず思ってもないことを言うな。さて,ここで話すこともないだろう。早く入るといい」

 

そう言うなりこちらに背を向けて門を潜る昌平君の背に俺も続こうとするが,ここで大事なことを思い出した。

 

「……ああそうだ。後から蒼源という俺の連れの者が来ると思うので,その時は通してやって欲しい」

 

彼は現在,この咸陽を絶賛遊び歩き中だ。一応はこの屋敷の場所を伝えているので,一通り回って気が済んだら来るだろう。

 

城内にはベッサの拠点などもあるが,今回の滞在中は昌平君の屋敷で厄介になるつもりなので,報連相はしっかりやるぞ!

 

「秦でただ1人の十弓と言われるあの蒼源殿か……。わかった,家人には伝えておこう」

 

少し考えてからそう言って再び歩き出した昌平君に今度こそ付いていき,そのまま屋敷の一室に移動する。

 

そして,そこにあった椅子……この時代は一般的じゃないだろうとか言わない……に互いに腰かけた。

 

俺たちがそこで一息つくと,その空間は少しの間だけ心地よい沈黙に支配された。

 

愉快に語り合うことだけがコミュニケーションの方法ではない。

 

武人の中には刃を交えることで互いを理解しようとする変態がいるように,俺たちはこの沈黙によって互いの日々の苦労を分かち合い,ささやかな安らぎを得るのだ。

 

いつもの仲間たちとの交流も楽しいが,あれは体力を使うんだよな~。

 

勿論ながら静かな仲間もいるが,寿胡じぃには気を遣ってしまうし,慶舎なんかは真顔でガン見してくるので怖い。

 

警戒対象である呂不韋の部下よりも同じ家中にいる味方の方が怖いってどういうことなんだろう……。

 

それはともかく,この空気感は現状だとここぐらいしか味わうことが出来ない。

 

……とはいえこのままでは日が暮れてしまいかねないので,こちらから話しかけることにした。

 

「今頃は皆して大騒ぎだろう? 韓に対して20万の大軍で攻め入っている最中での今回の趙からの侵攻だ。そんな中でわざわざ出迎えまでさせてしま…………ん? そういえば,よく俺が来る時間がわかっt「細かいことは気にするな」――お,おう」

 

少し食い気味に割り込んできた昌平君の言葉を受けて,俺はたじろいだ。

 

「招いたのは私なのだから礼は尽くすさ。それと,明日には馬陽への援軍に関して具体的に話し合われる予定だ」

 

こちらに合わせてなのか急に饒舌になった昌平君を見て,俺も話をする態勢に移る。

 

「なら、軍を率いるのはやはり蒙武になりそうか?」

 

俺のその質問に,昌平君は少し考えて間を空けてから答えた。

 

「…………いや,此度の総大将は王騎将軍に任せるつもりだ。既に彼からは承諾の連絡を得ている」

 

原作通りだ。これには俺も思わずホッと一息。

 

というか,そんなことまで俺に教えちゃダメだろうと思うが,ここは信頼の証として受け取っておくか。

 

「なるほど……蒙武の気質は今回の戦には向かないだろうからな」

 

蒙武の武将としての気質は攻め偏重型と言えるだろう。

 

原作の昌文君もそんな感じのことを言っていた気がするが,彼は防衛戦のような"負けないための戦"よりも敵に攻め入る"勝つ戦"において本領を発揮するタイプだ。

 

それに,現時点での蒙武は個人武力はピカイチでも,将としての力量はまだまだ成長途上にあるっぽいしなぁ。

 

俺がそんなことを考えていると,いつの間にか昌平君がこちらを見つめていることに気が付いた。

 

「……やはり驚かないのだな。将軍がやけにあっさりと今回の提案を受け入れたので妙だと思っていたが,さてはお前がまた何かしたな?」

 

「……まさかそんなわけないだろうよ」

 

昌平君ですら俺によくわからない濡れ衣を着せようとしてくる……。

 

うーん。原作でも承諾してるんだから俺は関係ない……よね?

 

もしかして,王騎将軍に入れ知恵しようと思って龐煖のことや趙やその北部の動きが怪しい的な内容をマイルドに仕上げた文を送ったのがバレてたりするのだろうか?

 

将軍からの返事に書かれていた文字の筆圧が強めだった事実が俺の頭を駆け巡るが,今は努めて無視をする。

 

流石にあの人も俺の話を聞いただけでそれを鵜呑みにしたりはしないだろうが,原作でも龐煖の情報は独自に掴んでいたっぽいし,その予測を補強してしまった可能性はあるか。

 

個人的には龐煖のことよりもその裏にいる李牧への探りに力を入れて欲しいところだが,よくよく考えると,龐煖にかなり執着していそうな今の将軍が龐煖との決着以上に優先するものなどないだろう。

 

なんてったって,かつて将軍と結婚の約束を交わしていた秦六将"摎"の仇だからな……。

 

秦国六大将軍の1人である摎……六将の中でも最も謎が多い人物とも言われたりするが,その正体は昭王の隠し子であり,後ろ盾のいない彼女の未来を憂いた母親の決断によって王騎の下に預けられた過去がある。

 

そんな環境で育った摎は王騎将軍に憧れて修練を積み,若くして見事に大将軍になったわけだ。

 

その過程でも育まれた王騎との愛や絆みたいなものがあったわけだな。

 

彼女が幼少期に放った『お城を百個とったら摎を王騎様の妻にして下さい』のセリフは原作を読んでいた時も割と胸にくるものがあったよ。

 

そんな摎を討ったことで因縁のある龐煖の打倒は,王騎将軍にとっては過去と決別して今の大王の下で働くために必要なことなんだろうな。

 

それにしても摎将軍ねぇ…………俺なら頑張れば助けられたのだろうか?

 

俺にとっての彼女は,会ったことはあるが特に話したことはない程度の関係だ。

 

彼女が討たれたのは今から9年前の紀元前253年で,当時の秦国は昭王も健在でまさにイケイケドンドン状態で戦も多く,麃公軍も今以上に戦に明け暮れていた。

 

それはつまり俺も戦に明け暮れていたわけで,今ほどの余裕は間違いなくなかった。

 

更に言えば,当時の俺が仮に龐煖と戦っていても普通にボロ負けしていただろうし……。

 

「……まぁいい。ふむ,話は変わるが,私が営んでいる軍師養成所の者が此度の戦の見学を求めていてな。有望な者たちゆえ少しでも多くの経験を積ませてやりたいが,何が起こるかわからん戦場はやはり不安もあるのだ」

 

昌平君は王騎将軍との件に関する追及をするつもりはないらしく,話題を変えてきた。

 

……昌平君の門下生となると,蒙毅や河了貂たちか。そういえば,原作でも彼らは戦の見学のために今回の序盤の戦場になる乾原の近くまで行っていたな。

 

そしてそこで――――

 

………………ふむ。

 

ここで王騎将軍まで死んでしまったら流石に寝覚めが悪いか……。

 

「……なぁ昌平君,1つ質問がある」

 

「……なんだ?」

 

訝し気にこちらを見てくる昌平君に対し,俺は大げさに手を広げながら問いかけた。

 

 

「――戦場を見学する大事な弟子たちに良い護衛を付けたくはないか?」

 

 

 

 

……ま,まぁ少しは俺のせいだったかも? ほ,ほんの少しだけね!

 

「む? 梟鳴の装いをした方の童がこちらに何か言っておるぞ」

 

周囲の警戒を続けながらここまでの経緯を思い返していた俺だが,蒼源のその言葉を受けて視線を先頭の馬車の方へ移す。

 

すると,馬車の窓を開けて体を乗り出していた河了貂の姿が見えた。

 

「おーい! もうすぐで到着するってよ〜!」

 

おお、それなりに長い道のりだったがようやくか。

 

「了解した!」

 

俺が向こうへ聞こえるように大きな声でそう答えると,河了貂も大きく頷いてから馬車の中に顔を引っ込めた。

 

それを確認した俺は,馬上で伸びをしながら言う。

 

「よし,では俺が先行して安全を確認してくる。その間は彼らのことを頼んだぞ」

 

「うむ」

 

俺は蒼源からの返事を聞くや否や馬の駆ける速度を上げると,視界の端に現れた古い山城跡目掛けて進んでいくのだった。

 




≪おまけ≫

――麃然から弟子の護衛として売り込みをかけられた昌平君

「……ふむ,なるほど。確かに虎に襲われたとしてもお前なら死なんだろうな…………頼もう」

「オイ」


次回は主人公が遂にあの人物と出会います。

それではまた!('ω')ノシ
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