そんなこんなで16話です! どうぞ!
~蒙毅視点~
――はっ はっ はっ
僕たち一行は,先生こと昌平君から教えられていた今回の目的地である古い山城跡まで無事に辿り着き,そこに備えられた階段を上っているところだった。
「ここは足元が脆いから気を付けた方がいいぞ」
「はっ,はっ……わかりました」
安全確認のためと言って先ほどここを上り下りしていた然殿の注意喚起を受け入れつつ,僕たちはそのまま城の頂上に繋がる階段を上り切った。
「よかった。間に合った」
上り切ったこの場所からは,乾原一帯に布陣して互いに陣形を整えながら,今にもぶつかり合いそうな気配を漂わせて睨みあう秦趙両軍が見渡せた。
もう始まってはいないかと不安になっていたが,この様子だとギリギリで間に合ったみたいだ。
せっかく先生に許しをもらっておいて,間に合いませんでしたでは笑い話にもならない。
僕が内心で安堵していると,"江亜"や"金良"を始めとした今回共に来ていた同輩たちが言う。
「おォ! しかし流石は先生だ」
「ああ。読み通り乾原が戦場となり,ここからはその全景が見渡せる」
「じゃが少々遠いか……」
ここは趙の侵攻を受けた馬陽より少し南へ下った場所にある乾原と呼ばれる荒地で,足場が悪いため趙国の武器である騎馬隊の機動力を封じることの出来る地だ。
先生は,王騎将軍ならこの地を戦場に選ぶだろうと考えて,この辺り一帯を見渡せるこの場所を教えてくれたのだろう。
「贅沢は言えませんよ。安全なところに身を置きながら戦を見学させてもらうんですからね」
戦とは始まりから終わりまで同じ場所に留まって行われるとは限らない。
その時の状況によっては,互いの軍は集合や離散も含めて大きく動き回ってもおかしくはない。
戦場が移動する可能性を考えれば,多少は大げさに距離をとっていた方が安全なのは確かだ。
とはいえ少し見づらいのも事実なので,僕は目が良い河了貂に尋ねることにした。
「貂は――あれ?」
階段を上った時はすぐ後ろにいたので今もそうだと考えていたが,気配がないので不思議に思っていると,少し後ろの方で声が聞こえた。
「えぇーー!? 源さんが帰った!? それで護衛の方は大丈夫なのかよ!?」
「失礼な。そんなに俺が頼りにならないか?」
「だって然さんってば出発の時に自分は大したことないって言ってたじゃん!」
「うーむ。ぐうの音も出ない正論だ。軍師河了貂は物覚えがいいようで将来有望だな。感心感心!」
「えへへ。それほどでも……って! 俺はそんなので誤魔化されないぞ!!」
「おっと,これは手厳しい! アッハハハ!!」
声のした方を見ると,同輩の1人である河了貂と今回の護衛を務めてくれている然殿が談笑していた。
その光景を目に収めた僕は密かにため息をつくと,2人に向かって声を掛ける。
「遊びで来ているわけじゃないんだよ河了貂。……それに然殿も彼女を揶揄うのはほどほどにして下さいね」
「「あ,ハイ……」」
それを聞いた2人は反省したのか,肩を落として落ち込んでいた。
だがその様子に,僕は少しばかり不安を覚えた。
然殿とはここに来るまでの道程を共に過ごしたことでいくらか打ち解けることができたように感じるが,未だに謎に包まれた部分が多いため,完全に警戒を解くまでには至っていない。
確かに最初こそ見た目の怪しさなどからなるべく距離をとっていたものの,彼の話す内容は興味深くて学べることも非常に多かった。
しかし,ここまでの道のりは平和そのものであり,彼の護衛としての実力は確認できていない。むしろ,河了貂の言うように彼の言動からしてもこういった仕事には不慣れなようにも思えた。
先生は多くの食客を抱えているため,そのうちの名士の誰かなのかとも思ったが,生憎と彼ら特有の高慢さのようなものを感じない。
警戒心の強いあの河了貂が心を許しているように見えるので,悪い方ではないのだろう。
そもそも,先生が自ら選んだ人物なのだからその辺りを心配するだけ無駄だとは思うが,そこは端くれとはいえ軍師の性と言うしかない。
それにしても……源殿と別れるという話は僕もここに着いた直後に聞いたことだが,これまでそんな気配が一切見られなかったことから,少し不自然に感じている。
然殿の様子から見て,源殿の方を本命の護衛なのだろうと考えていた自分としては驚きの知らせだ。
初めからその予定で,僕たちに伝える必要はないと思っていたのか……それとも何か状況が変わってその必要が生じたのだろうか。
護衛の件に関する不安だけでなく,その辺りも気になるところだ。
その時にそれとなく聞いてみてもはぐらかされたので,今考えても仕方のないことなのかもしれない。
そうやって僕が考えを整理している内に隣までやってきた2人だが,そこで然殿が河了貂に話しかける。
「さて,軍師蒙毅は君の目でどこまで見えるか知りたいらしいぞ?」
……!! 先ほどまでただ遊んでいたように見えたが,一応はこちらの話も聞いていたのか。
「うーん…………趙旗の文字は見える」
然殿の言葉を受けて,少しの間戦場を睨んでいた河了貂はそう言った。
「旗の文字じゃと!? 真か!?」
「どんな目をしておる……」
周りには驚いている者もいるが,普段から感覚の鋭い彼女のことなので,僕にとっては不思議ではない。
「なら,趙軍は5つの大隊に別れているように見えるけど,どうだい?」
「うん,それは間違いない」
僕からの確認の問いに対する河了貂の返答に対して,周りの者もそれぞれの考えを口にする。
「……ということは,単純に考えると向こうには少なくとも5人の将軍がいる。うむ」
「一方,こちらの将軍は王騎と蒙武殿の2人のみ」
「将の数においても向こうに分があるな」
確かに彼らの言う通り,敵の将軍は5人ほどと見て良いだろう。
ただ,秦軍が将の数で不利だという考えは早計だと思う。
僕がそれを指摘するために口を開こうとしたが,その前に然殿が話し始めた。
「いや,そうとも限らない。王騎将軍の副官である騰に加え,将軍の下にいる5人の軍長たち――第一軍長である録鳴未を始めとした彼らはそれぞれが実力者だ。将の数においても一概に不利とは言い切れんよ」
……流石にそこまでは僕も知らなかった。然殿は王騎軍の将の名前まで把握しているのか?
やはり彼は今の僕たちには不足している知識を持ち合わせている。先生はこのことも見越した人選を行ったのだろう。
僕は驚きつつも,その確信を強めた。
「ええ,僕も王騎将軍直属の配下たちは将軍級の実力者が揃っていると聞いたことがあります」
然殿の発言からも,こちら側の将の顔ぶれが敵に見劣りしないものだとわかったことは喜ばしいのだが,やはり趙国側の将の情報も気になるところだ。
そもそも秦国が20万もの大軍をもって韓に攻め入ったのは,後顧の憂いがないと考えていたからに他ならない。
攻め込んだ韓の他に国境を接している3国のうち,楚・魏との国境線には麃公軍と張唐軍を守備に就かせて守りを固めており,残りの1つである趙はこれほどの大軍を率いることの出来る将がいないとされていたのだ。
趙国は秦国とも長年に渡って争い続けてこられた強国だが,最近はその勢いに陰りが見られている。
その最大の原因は,趙王が代替わりする前後に起こったイザコザだ。
昨年の"孝成王"の崩御によって趙王の座を新たに継いだ"悼襄王"は,趙国で三大天と相国を兼任したあの廉頗大将軍との間に諍いを起こし,廉頗の魏国への亡命という事態を招いた。
それに続くように,廉頗追討の任を課したあの楽乗大将軍に対して任務失敗の罪を着せて謹慎処分を下したのだ。
これにより,趙国は自国が誇る大将軍2人を動かせなくなった。
この一連の騒動で列国は,廉頗だけでなく楽乗までいない趙軍など恐れるに足らんと思うようになり,趙国の武威は失墜した。
当然のように秦国は未だ趙国内に残る楽乗の動向には警戒していたが,趙王の怒りは相当なもので,当分の間は謹慎は解かれないだろうとの見解で一致していた。
ではやはり気になるのは,今回の趙軍を率いているのは誰かということだ。
ここに来るまでもその情報は不明のままだったが,考えられる候補としては邯鄲の守護神の異名を持つ"扈輒"将軍だろうか……それとも在野に埋もれていた新たな将が出てきた?
僕がそこまで考えたところで,戦場で新たな動きがあった。
「あッ!」
「見ろっ! 両軍の陣形が完成したぞ!」
どうやら戦場では両軍が配置に着き終わり,戦を始める準備が整ったようだ。
趙軍は全12万人からなる兵を各大隊に均等に2万ずつ与え,左軍に3つ大隊を集めて計6万となった軍を主力とするように見えた。
それに対して総兵数が10万人と数で劣る秦軍は,中央の軍に兵力を固めて厚みを作る形で布陣し,その中でも蒙武――我が父を先鋒に据えて主攻としたようだ。
この戦は,どちらの主攻がより早く相手の喉元を食いちぎるかで決まるはずだ。
それに備える守備の固さや全体を差配する両総大将の戦略も重要だが,やはり最も重要なのは攻撃を担う将の破壊力だろう。
そして,蒙武には多少の数の不利を覆すほどの武がある。
……彼は自分にも周囲にも厳しい人だ。
そして自らの武の力のみで自身の最強を証明しようとしている。
僕はそんな父を支えるために軍師の道を志すようになったのだけれど,未だに自分がそれを務めた際の具体的な景色が見えてきていない。
戦場での父を見るのは初めてだが,今は戦略戦術が必須の時代で,父の考え方はそれに真っ向から立ち向かうものだ。
しかし父は,軍総司令として国を背負う先生に……そして天才と謳われる兄すらも魅せられたあの圧倒的な破壊力で戦を支配する麃公軍……いや,僕は会ったことのないもう1人の友に負けじと研鑽を積んできたんだ。
そんな今の父は,間違いなくこれまでの蒙武史上最強だ。
――突撃ィ!!
こんな場所まで聞こえてくるハズのない父の声が聞こえた気がした。
父上……御武運を――!!
~麃然視点~
早くも開戦から4日が経過した。
……フーン。
………………いや蒙武つっっっよ!?
これまでの戦の感想で俺の頭の大部分を占めるのがそれだ。
あいつあんな強かったの!? 明らかに原作の馬陽より火力上がってない!?
確かに初日で違和感はあった。原作では初日の蒙武は手を抜いて農民兵の練兵を兼ねた突撃に徹していたはずだ。
しかしここでは,初日から趙軍に大打撃を与えていたように見えたのだ。
やっぱり,あいつとはこれからもあまり関わらないようにした方がよさそうだな。ウン!
それとは別にまず喜ばしいことは,我らが主人公こと信くん率いる飛信隊が軍師並みの頭脳を持つと言われる趙右軍の将"馮忌"を原作通りに討ち取ったことだ。
それにしても,あの無謀極まる飛信隊の行軍……まるで昔の自分を見ているようだった。
というか,百人隊で2万の軍の将を獲りにいかせるとは,やっぱり王騎将軍って良くも悪くも頭おかしいな。
ああいう人を見ると,自分はまともな将をやれていると心底思うね。
飛信隊の活躍に関しては,嬉しいというよりは安堵しているといったほうが正しいかもしれない。
蛇甘平原の戦いが原作と大分と違う展開になったので,信の成長に悪影響を与えていたらどうしようかと密かに心配していたんだが……それは杞憂だったのかもしれないな。
ただ,残念に思う部分も1つだけある。
それは,前の戦の時にあれだけラブコールを送ったというのに,どうやら信が原作通りに王騎将軍のところで修行しにいったらしいことだ。
あんな風に俺に啖呵切ってたし,素直に俺のところまで来るとは思っていなかったけど……ちょっぴり寂しい。やっぱり王騎将軍に風格で負けたのかな。
前の戦の時にせっかく信と王騎の初対面に割り込んで,こっそり原作より2人の絡みを減らしたのに,効果は特になかったみたいだ。
信は性格的にもウチの軍に合っていると思うんだけどな~。
そんな未練タラタラな思いはさておき,そろそろ俺の本来の目的の準備でもするか……。
「すまない。少し花を摘んでくる」
「今いいところなんだぞー! 早くしろよなー!!」
「はーい」
俺が少し離れることを告げると河了貂が少し不満げに言ってきたが,そのまま無事に城の外までやってくることが出来た。
城の周りを見渡すが,そこにはまだ人の気配は感じられない。
それを確認してから俺は城の陰に入って照り付ける日の光による暑さから解放されると,腰から剣を抜いた。
俺がこの頃いつも戦で使う武器は矛だが,それまでは長い間この剣を愛用していた。
手入れは欠かしていなかったので切れ味は落ちていない。
それは俺にとって好都合だが,これから俺がすることを考えると,戦場で数多の手柄を挙げてきたこの剣にとっては不都合なことかもしれない。
なんせ戦場外での不意打ち……暗殺まがいのことをやろうとしているのだから。
これから俺が狙う男は用心深い性格だ。しかし,原作ではこの後にここまで部下と2人きりでやってくると言う不用心さを見せた。
王騎将軍の命を救おうと考えた時,彼――李牧を討つことほど手っ取り早いことはないだろう。
なぜなら,この戦で王騎将軍を死に至らしめた直接的な要因は龐煖の一撃だが,この李牧が新手を率いて参戦するまではキングダム特有の背負った重い思いのバフ込みで王騎将軍は龐煖を圧倒とまでは言わないが優に押していた。
だが李牧が率いてきた趙軍の対処のために王騎将軍の気が散ったことや,一騎打ちを再開した際に趙国の中華十弓である"魏加"の横やりがあったことで結果的に敗北したのだと俺は考えている。
問題は俺が李牧斬りを成功させられるかどうかだが……これは万が一の場合に備えて保険もかけているので大丈夫だと思いたい。
恐らくは李牧と,原作で彼に付いてきていたカイネの2人だけであれば問題なく討てるハズだ。
そこまで考えた俺は,剣を鞘に戻してから城の壁にもたれかかった。
それからしばらくその場で待っていると,周囲の木々を揺らす風の音に交じって,上の方から騒がしい声が聞こえてくる。
「なんだ? 趙本陣の山が静かになったぞ」
「!? 何かあったのか?」
「あっ,見ろっ! 趙の中央軍が左右に割れていくっ!」
「何と!? あれでは蒙武将軍の前に本陣は丸裸だぞ!!」
その会話から戦場の様子を把握する。
趙軍が本陣を退げたか……ならもうすぐだな。
上から聞こえる軍師ーズの声に耳を傾けながらも周囲の音に注意していると,遂にその時はやってきた。
――ザッ ザッ
この足音……ようやく来たか"李牧"!!
俺がそう思って腰に差した剣を握る手に力を込めていると,足音に続けて声が聞こえる。
「ほー。早くも趙軍は雲隠れするようですねーー」
この森川ボイス……間違いなく李牧だ。
「そうやっておひとりで前に行かれると危険ですよ李牧様!」
……これは李牧側近の"カイネ"だな。うん,予定通りだ。
俺は気持ちを落ち着けるために深呼吸をした。
自分のことながら,緊張するのも仕方ないだろう。
俺がこれからやろうとしているのは,これからのキングダムという物語を別物に変えかねない程の暴挙だ。
だが,ここで李牧を討った場合の秦への利は計り知れない。
何より王騎将軍を救える可能性が跳ね上がる上に,龐煖までここで討てるかもしれないのだ。
原作ブレイクとか今更だろ! 覚悟を決めろ麃然……!
ふぅ…………さて,初めましてだな李牧。早速だがさようならだ。
その思い,振り返る勢いのままに剣を抜こうとしたところ――
「カイネの言う通りですぞ。あまり儂の側を離れんで下され」
もう1つ別の声が聞こえた。
…………は?
俺が振り返ったままの姿勢で思わず固まっていると,その元凶がこちらに気が付く。
「……おや,李牧様。先客がいるようですな」
予想だにしなかった最後の1人がそう続けると,彼ら3人は一斉にこちらを向いた。
「やーどーも!」
「…………」
その集団の先頭を歩く優男――李牧がそう話しかけてくるが,俺は返事どころではない。
李牧とカイネ……ここまでは良い。元々この2人はここで討つつもりでやってきたのだから。
だが――
「……ふむ。お下がりを李牧様。この者,かなりの手練れですぞ」
――雁門の鬼人"馬南慈"までがなぜここにいる……!!
これは……もしや予定変更せざるを得ないかな?
俺は予想外の事態に思わず叫びたくなるが,それをなんとか抑えて彼らを睨み返した。
世の中そんなにうまくはいきませんね!
なぜ彼がいるのかは次回で……。
それではまた!('ω')ノシ