~麃然視点~
現れた李牧一行……というより馬南慈と俺の間に緊迫した空気が流れる中,俺は少しの焦りを感じながらも頭を高速で回転させていた。
まず考えなければならないのは,この場で李牧の首を狙う方針を変えるか否かだ。
その判断をするためには,目の前にいるイレギュラーである馬南慈の実力を測る必要があるが,生憎と俺は自身の洞察力に自信がない。
原作を思い出せば,確か馬南慈は李牧配下きっての猛将……というか,三大天としての立場抜きで考えた場合の李牧直属の配下としては恐らく最強の武将だ。
李牧の古巣である趙国北部にある雁門という地域で,北方の異民族である匈奴の侵攻を防ぎ続けてきた歴戦の将だったと記憶している。
そこでの暴れっぷりを受けてつけられたのが,雁門の鬼人という異名だ。
それに,李牧配下には標準装備されていると言ってもよい李牧に対する高い忠誠心も備えている。
そんな男と戦った場合の労力はどれほどか……そもそも勝てるのか。
流石にカイネ程度なら鎧袖一触に出来ると思うが,原作の描写を考えても馬南慈の強さの目安がイマイチ分からん。
ただ,この世界特有の理不尽性能をしていることは確かだろう。
少なくとも原作登場時点で,準主人公クラスの王賁や王翦軍の第一将を務める不死身()の"亜光"将軍との戦いから,彼らと同等かそれ以上の実力を持っていそうな雰囲気だった。
下手すると親父クラスでもおかしくないんだよな~。
きっと豆腐を切るかのように敵を斬るし,射られた矢も避けるし,重症もすぐ治るのだろう。
そして,最大の問題は李牧がどう動くかだ。
俺の目的は李牧の首さえ獲れればどうにでもなりそうだとはいえ,周りのコイツらはそれこそ命を捨ててでも守ろうとするだろう。
死兵は怖いからな~。
それに,今の俺にとって大事なのは彼らの立ち位置や互いの距離だ。
俺としては,この3人が散らばってくれるほど都合がよく,密集されるほど苦しい展開になる。
その視点では,今の状況はあまりよろしくない。
また,展開的に最悪なのは,3人がかりで俺に襲いかかってくることだ。
これをされると冗談抜きで死を覚悟する必要があるかもしれないので,是が非でも避けたい。
ここまで触れてこなかったが,李牧も決して雑魚じゃない。
それに彼は原作でも何度も死地から生還しているので,メタ的視点で見てもそう簡単には殺せないだろう。
それも踏まえて,少し卑怯だとは思いつつもここで速攻襲いたかったわけだ。
なんなら李牧が馬南慈を置いて逃げてくれるのも今の状況だとアリ寄りのアリではある。
というのも,彼らはそれなりの距離を徒歩で来たはずなので俺が馬で駆ければ追いつける可能性はそれなりにある。
それに,これならば例の保険が活きる可能性が残るというのもある。
ただ先ほども言ったが,李牧ほどのキャラだと何か不確定要素が残っていれば危機に瀕しても原作バリアで守られそうな恐れがあるので,出来るならこの手で首を落としたいところだ。
俺にとって,今は欲をかきたくなる場面であることは間違いない。
一応は最悪この場で狙わずとも,原作通りであれば李牧たちとはしばらく行動を共にすることになると思われるので,隙を伺って再度機会を生み出すことも不可能ではないかもしれない。
ただ,この場で李牧を討つつもりで計画を建てていたので,臨機応変にとなると成功確率が下がるのは間違いない。
それに,今目の前で警戒心MAXな馬南慈を見ていると,彼らが隙を見せるかもしれないというのは希望的観測だと思わざるを得ない。
うーん,非常に困った。
改めて李牧一行の武装を見ると,防具は鎧などを身に付けてはおらず皆が軽装で,武器は李牧とカイネは剣,馬南慈は矛……。
……矛ォ!?
おまッ,お前だけ一丁前に矛携えてんのズルイだろ! 仮にも今は李牧の護衛やってんなら取り回しが良い剣にしとけ!! この周囲は割と開けてるんだからこっちとのリーチの差を考えろ!?
己の武器の不利と馬南慈の謎に満ちた殺意の高さに脳内で文句を並べながらも,時間の問題と一摘みの面倒臭さから決心する。
――まぁなんとかなるだろ,殺るか。
いつもなら日和っていたところだが,覚悟を決めた俺は一味違うぞ!
そこまでを瞬時に考えて覚悟を決めた俺が剣を抜き放つと,それに呼応するように馬南慈が矛を構えた。
「フンッ,よかろう。何奴かは知らんがこの馬南慈の鉄槌を食らうがいい!」
そういうや否や,なぜか気が立っているっぽい馬南慈が1人で右腕に構えた矛を振り上げながら駆けてくるのが見えたので,一騎打ちなら好都合と姿勢を低くしてこちらも突貫する。
だが相手の刃先はこちらに向いておらず,斬るのではなく刃の側面で叩きつけようとしているのが明らかだった。
おいおい,強者特有の余裕か? だがその油断が命取りだとご存知ない!?
俺は馬南慈の右側から接近し,遠心力を利用して倒れるスレスレに体を傾け,振り下ろされた刃の側面に頬を沿わせるような角度で曲がりながらその懐に潜り込んだ。
「ヌゥッ!?」
驚いた馬南慈は咄嗟に残った左腕でこちらに殴りかかろうとするも,間に合いそうにないと悟ったのか首を含めた上半身を守ろうとする……だが残念! 俺の目標はそこにはない!
「甘いィィ!」
俺はその場で回転するように体を捻り,すぐ横で振り下ろされている馬南慈の太い腕に狙いを定めた。
――弱者の知恵を思い知れェェェェェ!!!
俺がこのまま思い通りに剣の軌跡が描かれることを確信していると,次の瞬間に後方からの声が辺りに響き渡った。
「待ちなさい馬南慈!/何をしているんですか然殿!」
後ろから李牧の声だとッ……というか蒙毅の声も!?
あ,ヤベッ!? 軍師ーズの存在忘れてた! 流石にこの騒ぎじゃ気づくよね!?
「甘いのはどちらかのォ!」
「……ッ!?」
俺が後ろに意識を奪われた一瞬の間に,先ほどより俊敏な動きで矛を引き戻した馬南慈は,俺の剣を矛の柄部分に辛うじてぶつけ,傾けながら俺の剣をその柄の上でなぞるように滑らせた。
「チッ……!」
そのまま体制を崩されそうになった俺は,咄嗟にその矛を無理やり蹴り飛ばして距離をとった。
「「…………」」
互いに距離を得て,息を整える余裕を持ったことでまた最初のように睨みあいが始まるかと思われたが,実際にはそうはならなかった。
「ハイハイ! 2人とも落ち着きましょう!」
手をパンパンと叩きながら近づいてきた李牧が俺たちの間に入ってきたからだ。
「どうやら不運な行き違いがあったようですが,一先ずは話し合いましょう! ほら馬南慈も,いつものあなたらしくありませんよ!」
そう言われた馬南慈は,渋々と言った様子で矛を収めた。
俺はそれをよそにチラと後ろに目をやると,そこにはいつの間にか軍師ーズとカイネが揃って仲良く緊張した面持ちで並んでいた。
……マズイな。
あそこにいる軍師ーズに武力はないものと考えて良い。カイネがどこまで理解しているかは分からないが――
李牧に視線を戻すと,彼は何かを期待するような目でこちらを見ていた。
俺は周りに気づかれないように小さくため息をつくと,手に持った剣を腰の鞘に戻した。
俺も流石に彼らの安全を犠牲にするほどの覚悟はキメていない。
すると,いつの間にか馬南慈を連れていた李牧は俺の様子を見ると笑顔を浮かべて更にこちらへ近づいてくる。
「いやーありがとうございます! 実は最近,私の家の周りで怪しい者がうろついているという噂がありまして,彼も気が立っていたみたいで――」
家の周囲に怪しい者だって? …………あっ。
……もしかして李牧を探らせた梟鳴たちのことか? 彼らがちょっとヒャッハーしちゃったのかな!?
流石に李牧の自宅の周りに潜んでいたってことはないだろうから比喩だろうが……えっ,比喩であってくれよ?
李牧って確か原作でも情報戦得意みたいな描写あったし,彼が張っていた網に引っ掛かってしまったのだろう。
その警戒の為に護衛が増えたと…………OH……。
悲報)この状況を招いたのが普通に自分だった件。
……あ~,やる気の炎が消える音が聞こえる~。
俺は自分の詰めの甘さに死んだ魚のような目になりながらもなんとか返答する。
「…………いえ,そもそも先に剣を抜いたのはこちらですから」
それを聞いた李牧はどこか安堵したような表情をしてから,軍師ーズたちやカイネの方に向かって言った。
「では,仲直りも済んだところで我々もご一緒させてもらいましょう!」
そのまま合流した彼らだったが,案の定そこですぐに軍師ーズと軽い言い合いをし始めた。
はぁ……今は諦めよう。
そう考えた俺は,先ほどから顔の周りを飛んでいた虫を追い払おうとして首を大きく振ると,その諍いを仲裁するべく歩き出した。
~李牧視点~
「おやおや,趙軍の皆さんは山の向こう側に行っちゃったみたいですね。それに秦本陣も動きましたよ。恐らくは指揮がとりやすいように向こうの山へ本陣を移すのでしょう」
ようやくたどり着いた山城の天辺から,乾原に広がる戦場を眺めながら私はそう言った。
どうやら戦場が移り変わってしまいそうですが,その事実と秦軍の様子を確認することが出来ただけでも,この長い道のりを歩いてきた甲斐はありましたね。
当初の想定よりも趙軍の被害が大きいですが,どうやら私は王騎将軍の実力をこれでもまだ甘く見ていたということでしょう。
……とはいえ,少なくとも現段階では我々が立てた策からそう大きくは外れていないことが分かりました。
今回の戦は趙軍にとって,王騎を討ち取るためのものです。
龐煖という王騎と因縁のある男の発見,そして列国に名だたる趙将の戦線離脱といった好ましくない状況を受けながら舞台は万全に整ったわけですが,気を抜くことは出来ません。
彼を討つために長い時間と労力をかけて準備を重ねてきましたが,彼ほどの武将であれば何かのきっかけで策が崩壊してもおかしくはないのですから。
討ち取ることが出来たその瞬間まで,我々は常に様々な想定を重ねる必要があります。
久しく席が埋まった趙国三大天の一席を任されたからには失敗は許されませんからね。
先ほどは先客の方々との間で少し問題が発生してしまいましたが,それも無事に解決して簡単な自己紹介も済ませ,今では仲良く戦場を眺めることが出来ています。
すると隣にいる先客の方たちの集団の中から,私の言葉に対する反応が返ってきた。
「分かっとるわそんなこと! バカにするな!」
おや,どうやらまだ仲良くなり切れていなかったみたいです!
ですが,今はこれからの話をしましょう。
「さァ,我々も移動しましょう。ここにいても戦は見えませんよ」
私は手を一つ叩いて周囲の注目を集めると,そう提案した。
私は以前この地を下見に来た際に周囲の地形などを頭に入れていますから,候補はいくつかあります。
予定ではこの後,王騎が趙本陣の誘いに乗るのを確認するために山間を広く見渡せる場所に移動するつもりでいました。
しかし,王騎が軍略だけでなく武力も想定以上で龐煖が苦戦した場合に備えて素早く戦場に向かえるよう決戦予定地付近の場所を提案することにしましょう。
「ちょっと待て! どうしてお前たちとそこまで一緒に行くことになっておるのだ!」
やはりこれにも先ほどと同じように否定的な反応が返ってきましたが,私がこの先に観戦にうってつけの山城があることを説明すると,彼らも考え始めたようです。
我々はここまでの道のりを近道するために,途中からは歩いてやってきました。
そのため我々の馬は少し遠いので,出来れば彼らが乗ってきたであろう馬車に同乗させてもらえるとありがたいんですが……。
私がそう考えていると,意外なところから後押しの声が聞こえた。
「……武器を預かる条件で許可してはどうだ? あとは目的地まで馬車に乗せてやればトントンだろう。まぁ,最終的に決めるのは軍師蒙毅に任せるが」
声のした方向に目線を向けると,そこには先ほど馬南慈との一騎打ちを繰り広げた然殿がいた。
彼はここにいる方々の護衛としてここまでやってきたようなのですが,先ほどは明らかに我々に対する殺意を持って攻撃してきた人物です。
馬南慈が先に手を出したとも言えるのでおかしなことではありませんが,何か異様な雰囲気を感じました。
今は穏やかそのもので先ほどの雰囲気は欠片も感じられませんが,今の提案のように周りもよく見ている方のようですね。
すると,また別の場所から言葉が聞こえた。
「……わかりました。あなた方にその条件を飲んで頂けるなら,こちらも同行を認めましょう」
どうやら,彼らのまとめ役的な存在である蒙毅殿からは承諾を頂けたようで何よりです。
ですが,こちらには納得のいかない人もいるようで――
「貴様,李牧様に向かっt「はい交渉成立ですね! では我々の武器は預けましょう!」――ちょっ,李牧様!?」
私はカイネの言葉に被せるようにしてそう言うと,手早く同行者2人の武器を回収しにいく。
「えっ,ちょっと! 私のは預けませんよ!?」
「これ,カイネ。主君である李牧様の言には従わんか」
「馬南慈殿はいいんですか!?」
カイネはまだ少し不満そうですが,馬南慈は然殿を一瞥すると,決意のこもった瞳でこちらを見てきました。
それに対して,私は大丈夫だという思いを込めて笑った。
馬南慈は彼に殺されかけているわけですから,その警戒は当然だと思います。
実際につい先ほどまで、彼の蹴りを受け止めた矛を握っていた手の痺れが取れていない様子でした。
確かに然殿ほどの武人であれば万が一の場合は非常に危険ですが,先ほどの一件で彼の優先順位は確認しました。
彼は,ここにいる彼の同行者たちを危険にさらしてまで私たちに危害を加えることはないでしょう。
その対策を常に打っておけば,安易に彼が我々に牙をむくことはないハズです。
そう考えながらも私は武器を集め終わると,そのまま然殿の元へもっていく。
「我々の大切な物なので,丁寧に扱ってくれると嬉しいです」
「……心得ました」
…………
……渡す瞬間にさりげなく彼を観察してみましたが……なるほど,彼は間違いなく武将の類の人間ですね。
これまでも私は様々な人間を見てきました。
そして,彼の足さばきや目線の動かし方,肉の付き方や会話の抑揚などから判断するに,ありふれた金持ちの私兵などではなく,非常に戦慣れした武将であることが伺えます。
さらに,先ほどの戦いを見るに一騎当千の将です。
今も馬南慈が扱う特注の矛も軽々と肩に担いでいますしね……。
我々と彼ら一行は互いに素性を明かしあったわけではないので,どちらも不明点は多い状態です。
場所を考えると彼らは恐らく秦の人間――我々にとっては敵国の人間なのでしょうが,一体何の目的でここまで来たのか,我々の障害となりうるのか……懸念すべき点は数多く存在します。
……ですが,叶うのならばせっかく知り合えた彼らと戦いたくはありませんね。
そう思ってしまうのは私の弱さゆえなのでしょうか……。
そういった思いを頭に浮かべながらも,私はそのまま無害な男の仮面を被りながら彼らに語り掛ける。
「では早速発ちましょー! もうすぐ日が暮れそうですからね!」
――とにかく,今は自らの責務に集中するとしましょう。
主人公が普通にヤバイ奴で泣ける……笑
今のところ,馬陽の戦の決着自体は次回でつけるつもりでいます! 転んだ主人公はどのように立ち上がるのでしょうか!?
それではまた!('ω')ノシ