火を絶やしたくない男   作:ヤチホコ

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※麃然くんの顔つきは父親譲りの強面とする。
3話です! どうぞ!


3話 過去を知る男

~麃公視点~

 

「……ああ,では俺も頂くとしよう」

 

そう言った然の奴が顔色一つ変えずにワシ特製の盃になみなみと注がれた酒を飲み干すと,周囲から笑いが起こる。

 

「ギャハハ! いつも思うけどそれを軽く一気飲みできるの麃公サマと麃然サマくらいしかいないんじゃないの?」

 

「ハハハ! 間違いないでしょうな!」

 

「フフッ,人体の神秘ですな……」

 

フッ,別にお前さんらもその気になれば飲めんこともないじゃろうに。

 

目の前で騒ぐ者たちの姿を視界に収めながら,ワシはふと昔のことを思い返していた。

 

 

 

 

ワシはその日,1度だけでも領地に顔を出せと部下にしつこく言われて仕方なく立ち寄ったんじゃった。

 

だが生憎とその城の屋敷はワシがそこを手に入れるきっかけとなった戦による影響で焼失していたため建て直しの最中じゃった。

 

そこでその城で2番目に大きな屋敷を持つ商人のところに泊まることになった。

 

商人と言ってもこの辺りではかなりの影響力を持つ名士でもあるようで,一応はここを領することになったワシも無視できん存在……だと部下の誰かが言っておったな。

 

……まぁそんなものはワシには大して関係ないがのォ!!

 

だが相手もこちらを蔑ろにする気はなかったようで,その日はワシでも軽く驚くほどの豪勢な酒や料理による歓待を受けた。

 

更にはその商人が何を考えておったのかは知らんが,その夜に寝所に娘を寄越してきおったのだ。

 

……飯の時には中華一の器量良しな自慢の宝だと言っておったのだがな。

 

じゃがその娘と少し話をしたところ,そやつは父親の商人から言われたのではなく自分の意思で来たのだと抜かしよった。

 

更には戦場での活躍の話も聞かせて欲しいと目を輝かせて迫ってきおったのだ。

 

その度胸を気に入ったワシは,最初は長居するつもりはなかったのじゃが,その日以降もしばらく滞在することにした。

 

商人の男も最初こそ騒いでおったものの,数日すれば勝手に大人しくなりよった。

 

その期間にワシの勘が今まで感じたことのないような不思議な感覚を訴えておったが,その時のワシは気にすることはなかった。

 

言うなればそうじゃのォ……うまい酒のせいといったところじゃな。

 

 

 

 

 

それからしばらく経った頃,戦の後に1通の手紙を受け取った。

 

それはあの時の商人からのもので,娘に子が出来たから嫁にもらってほしいという内容が綴られていた。

 

子か……部下たちは喜んでおったが,その時のワシはまだ実感が湧かんかった。

 

なにせ今までワシに子が出来たことはなかったのだ。

 

そこでワシは馬を走らせてすぐにこの目で見に行くことにした。

 

 

「麃公様……この子が私たちの子ですよ。さぁ抱いてあげて下さい」

 

床に臥せながらそう言って差し出された赤子を抱き上げる。

 

「ほォ……」

 

ワシはよくわからんが赤ん坊としてはかなり大きいらしく,顔もワシと似ておるらしい。

 

抱き上げた体は戦場で猛き武将たちが振るう矛と比べると随分と軽いはずだが,なぜか今まで手にしてきた武器よりも何倍も重く感じた。

 

そしてそれと同時に得も言われぬ感情に襲われた。

 

「……よし! そなたの名前は然じゃ! これよりは麃然と名乗るがよい!!」

 

気づけばワシの口は自然とその言葉発していた。

 

「まぁ! でしたら今日より私達は一緒になれますね! あなた!!」

 

そう言って嬉しそうにする"妻"からワシは目を逸らした……決して気恥ずかしかったわけではない。

 

その後しばらくして祝言を上げたことでワシらは夫婦となったわけじゃが,やはり頻繁に会いに行くことは出来んかった。

 

それでも妻は嫌な顔1つせず,会うたびに楽しそうにワシに戦の話をせがんだり,然の自慢話をしてきた。

 

ある時は祖父ですら難航した商談をうまくまとめただの,またある時は城中の子供を従えただのという話だ。

 

そして然は天才だ,将来は立派な将軍になるだろうと言う。

 

偶然にもワシがここに来れたのは奴がいない時や寝ている時ばかりだったこともあってまともに話せておらんが,それでもその話を聞くたびに期待は高まっていた。

 

 

そしてまたしばらくしたある日……

 

ワシが久しぶりに家に戻ると,家の庭に座り込んで鳥と戯れる童を見つけたのだ。

 

ワシにはその顔と澄んだ瞳に見覚えがあった。最後に顔を見たのは随分と前であったが,それは間違いなく息子の然であった。

 

然はワシが声を掛けて顔を見つめると,一瞬だけ怪訝な顔をした後にむしろ力強く見つめ返してきよった。

 

ほう……近頃は味方ですらワシと目が合うだけで委縮する奴もおるというのに中々に肝が据わっておるようじゃな。

 

ワシがそう考えていると,丁度よく家の中より妻が出てきて出迎えてきた。

 

そこでそちらに向き直って少し話しながらも然の方に視線を動かすと,先ほどとは違ってよく見るとその表情には驚愕の色が浮かんでおるのが見えた。

 

む? まさかこやつ,ワシが父親だと気づいておらなんだのではなかろうな……?

 

…………

 

……これは由々しき事態じゃァ!!

 

ワシは妻に然を借りることを伝えて同意を得ると,然に近づく。

 

「ふむ……よし然よ! そなたもそろそろ戦場を知っても良い時期じゃろう!ワシに付いてくるがいい!!」

 

そしてそう言ってそのまま然を持ち上げると,家に背を向けて歩き出す。

 

こやつにとっては初めての城から出る経験かもしれんが,ワシの息子であれば問題ないじゃろうて!!

 

それにしても先ほどから腕の中で暴れておるこやつの力は目を見張るものがあるのォ……。

 

確かにこれほどの力ならば城の子供どころかそこらの大人でも容易に組み伏せることもできるじゃろうて。

 

じゃが力の使い方がなっておらんな! その辺りもワシがしっかりと鍛えてやらねばなるまいて!

 

しかし何やら後ろの方に意識が向いておるようだったのでワシも振り返ってみると,そこには大きく手を振る妻の姿があった。

 

「いってらっしゃーい!!」

 

するとその声が聞こえたと同時に然の抵抗も収まった。

 

バッハッハ! 意外と愛いところもあるではないか! 家族仲が良いようで結構じゃ!!

 

ワシは息子の様子を微笑ましく思いながら城の入り口まで向かったのじゃった。

 

 

 

 

 

……そしてそれからがワシにとって面白き日々の始まりであった。

 

あの後に然を戦場に連れて行ったのだが,ワシの部下たちは当然のように反対しよった。

 

じゃがワシが押し通して然を戦場で連れまわす内に,その者らの意識も変わっていった。

 

奴らも然が持つ戦の才能に気づき始めたのだ。

 

連れてきたばかりの頃の然は戦など経験したことのない童のはずであったが,最初の戦で馬の扱い方を覚え,次の戦では早くも敵を斬った。

 

普段は落ち着いた雰囲気であるにもかかわらず,戦場でのその全ての瞬間に命を賭けるかのような鬼気迫る戦い方は敵だけでなく精強なワシの兵たちでさえ恐れを覚えるほどじゃった。

 

その後も場数を重ねるごとに然が刎ねる敵の首の数は増えていき,奴の体の成長も相まってその才能が急速に開花していくのが感じられた。

 

武器も初めは戦場で拾った数打ちの剣であったのが,奴が斬る敵の階級が上がるにつれてそやつらに打ち負けぬために最終的には矛を欲するようになり,ワシが然に業物の一振りを贈るとそれを操るようになっていた。

 

フッ……あれを渡した時は年相応に緊張しておったのォ。

 

とにかくその過程で然は軍内でも実力を認められ,味方にも頼られる存在となっていきよったのだ。

 

それに器用で賢い奴でもあるから,兵站関連のことや戦略会議の進行などに加えて,ワシの息子という立場によって何かとワシの代理なども任せられるようになった。

 

なぜかこれらの内でも地味な作業を進んでやるところは若さを考えると変わっておると思うたが,むしろこういった部分の重要性を理解しておるのは良いことだと感心した。

 

戦以外では少し控え目なところが目立つ奴じゃが最近はワシのことを親父と呼ぶくらいの生意気さも身に着け始めておるし,これから先が楽しみで仕方がないわい!

 

 

 

 

 

ある日の夜,ワシらに敗北して撤退した敵が残していったマズイ酒を自陣の天幕の椅子で座って飲みながら,ワシは目の前に立つ者に目を向けていた。

 

「親父……大事な話がある」

 

そう言ったのは,以前と比べると見違えるほどに戦場が似合うような体格になった然じゃった。

 

……まぁそう言うてもまだまだワシに比べれば未熟じゃがのォ。

 

然は真剣な顔をしてワシの天幕まで来て2人きりにして欲しいと願ったかと思えば,座りもせずに目の前に立ってこちらを見下ろしながらいきなり話があると言い放ったのだ。

 

「なんじゃ改まりよって。それに他の者まで外へ出すとは…もしやワシに大将首を先に獲られたことに対する不満でも言いに来たか? ワハハハ!」

 

そういったことを言う性格ではないのは分かっていたが,ワシが冗談交じりでそう返答すると,然は呆れたようなため息を吐いた。

 

「はぁ……茶化すのはやめてくれ,真面目な話だ」

 

……なんじゃ,少しでも緊張を和らげてやろうと思ったというのに。

 

「フン……まぁいいじゃろう。それで,その話の内容とやらを言うてみるがいい」

 

ワシも空気を読んでふざけるのを止めて話を聞くことにする。

 

「ああ……少しこれから先の話がしたいんだ。……この際だから正直に言うが,軍内での今の役割は俺には向いてないんじゃないかと思っている」

 

ふむ,なるほどのォ……そのことは確かにワシも薄々は気が付いておった。

 

こやつがただワシの後ろをついてくるだけで満足できる男ではないということにはな……。

 

本人はいつも謙遜しておるが,実際にその武の才能は中々のもので,このまま成長を続ければ大成するだろうことは戦場で共に駆け回っておる内に確認しておる。

 

更にはワシに変わって兵に指示を出す役目をこなすこともあるため,部下を率いるための心得も既にある程度は備えておるときた……いや,賢しいこやつのことだからこちらの方が適性があるとすら言えるかもしれん。

 

それを踏まえた上でこれから先のこととなれば――

 

「……つまりお前さんはワシの元を離れて独立したいと言っておるのか?」

 

こういう話の可能性が高いじゃろうな……。

 

まぁ別にそこまで驚くほどの話でもあるまい。力のある若手が自らの力のみで成り上がろうとするのは至極自然なことじゃろう。

 

それに親の贔屓目なしでも然の実力であれば,あっという間に秦国を代表する将の1人まで駆け上がれるじゃろうという確信もあった。

 

そう思いながら然の方を見るが,その先にいたこやつは微妙な顔をしておった。

 

「……いや,俺は別にそういう話がしたい訳じゃあないんだ」

 

……む? なんじゃ,今の話の流れから完全にそう言った話をされるかと思ったんじゃがの……。

 

そういったワシの困惑をよそに然は話を続ける。

 

「そもそもここから独立して1からやり直すなんて面倒なことをやる気なんぞハナからない。俺が言いたいのは,親父と共に最前線を駆けるやり方が俺には合わないと思ったという話だ」

 

……そういうことか。ようやっとワシにも合点がいったわい。

 

要するにワシの近くにいては自分の持ち味が十全に活かせんから,自分が好きに使える奴らをよこせと言いたいんじゃろう……。

 

確かに然の考え方はワシとそれほど相性が良いと言うわけでもない。

 

こやつも本能型の才の片鱗は見せておるが,ワシと比べると大分理屈っぽい考え方をする故に知略型の面も持ち合わせておる。

 

加えて言うならば戦に対して夢のようなものは持っておらぬが,その結果による利益を求める俗っぽい部分が目立つ。

 

……ただ1つだけ確かなことは然が戦を愛し,そして愛されておるということじゃ。

 

これまでもワシのところで順調に功を積み重ねておったので心配しておらんかったが……なまじワシに合わせることのできる器用さを持っておることで,こやつなりにやりづらさを感じておったのかもしれんな。

 

じゃが今やワシらの突撃の際の主力でもある然が遠ざかるのは少し痛いな……。

 

 

……じゃがそれも悪くないかもしれんのォ! 息子と功の競い合いをするのも面白そうじゃ!!

 

そう考えたワシはこちらを見る然に向かって提案する。

 

「……そういうことであればお前さんには自由に使える精鋭を1000人付けようではないか! これでどうじゃ!」

 

最近は兵の数も以前より増えてきておるからある程度は融通が利く。1000の兵であればワシのところからすぐにでも用意できるじゃろう。

 

じゃがそれに対して奴は無意識なのかもしれんが,まるで期待外れだったとでもいうように天を仰いで首を横に振りよったのだ。

 

ほォ……よもやこれでもまだ足りんと言いよるか!

 

じゃが確かこやつは以前に一時的に軍の指揮を任せた時も良い働きをしておったな。そう考えれば1000の兵と聞いてそういう反応をするのも頷けるわい。

 

じゃがこやつはまだ若い……。数というものは大きな力以外にも責任と共に大いに危険をもたらす……果たしてどうするべきか……。

 

そう思いながら然の顔をチラと見たが――

 

!!

 

……そこにあった本気で訴えかける目を見たことでワシの目は覚めた。

 

フッ……どうやら無意識のうちに自分の息子だからということで過保護になっていたようじゃな……。全く本能型が聞いてあきれるわい! ここはワシの勘に従って大いに任せてみるとしようかのォ!!

 

「……ええいわかったわ! ワシの軍の半分をお前さんに預ける! 思う存分! 好きに使えィ!!」

 

兵や将の中には突然のことに対して流石に文句を言う奴も出てくるかもしれんが,然ならば今まで通りに実力ですぐに黙らせることが出来るじゃろうて!

 

「!? だから俺は別にそうじゃ「話はここまでじゃァ!!」……ハァ~,わかったよ」

 

然の奴はそれでもまだ不満がありそうじゃったが,流石にこれ以上となると相手にしておれんので話を打ち切ると,観念したのか大人しく自分の天幕に戻っていった。

 

バッハッハ! やはり引き際も確とわきまえておるではないか!!

 

それにしても少しばかり分をわきまえすぎなきらいがある奴じゃと思っとったがいつの間にか図々しくなりよって! 一体誰に似たのかのォ!!

 

ワハハハ!!!

 

思いがけず息子の成長を目にすることが出来て気分が良くなったワシは,またの機会に取っておこうと思い隠していた良い酒を取り出して飲みなおすことにしたのだった……。

 

 

……独立する気はないと聞けたことに少しだけ頬が緩んだのは気のせいじゃァ!!

 

 

 

 

「――やじ」

 

……ん?声が聞こえるのォ。

 

そこでワシがゆっくりと目を開けると,目の前には屈んでこちらを覗いている然の顔があった。

 

「おう,おはよう親父。もう朝だぞ」

 

「……おお,そうか」

 

ワシが体を起こして周りを見ると,そこが天幕の寝所だということがわかった。どうやらいつの間にか眠ってしまっていたらしい。…まぁ良くあることじゃな!!

 

ワシが起きたのを確認した然はゆっくりと立ち上がってから再び話し始めた。

 

「随分と気持ちよさそうに寝ていたじゃないか……。まぁいい,どうやら今日か明日には味方の軍が来るらしい,今回は早めに帰れそうでなによりだ……。そんなわけで俺は撤収のための準備に少し動き回るから,何かあったらいつも通りに俺のとこの"左慈"にでも言ってくれ。それじゃ……」

 

そう言って奴はこちらに背を向けて手をヒラヒラと振りながら出ていった。

 

フンッ,あやつももう慣れたものじゃな……。

 

そう考えながらものっそりと起き上がり,近くにあった甕を手に取ると,そこに入った水を飲み干した。

 

バハァ! ようやく完全に目が覚めたわ!

 

さて,ワシも皆に顔を見せにいくとしようかのォ!

 




流石は麃然くん……戦に対する必死さが周りとは違いますね笑
次話は帰還後の話になりそうです!

それではまた!('ω')ノシ
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