~麃然視点~
あの宴の日からしばらく経ち,俺たち麃公軍は現在,大勢の民からの歓声を浴びていた。
「麃公様の軍が帰ってきたぞ!」
「今回の楚との戦にも大勝したそうだ!」
「「「ワァァァ!!!」」」
あれから南虎塁にやってきた他の軍に現場の引継ぎを済ませてそこを発ってからしばらく…それなりの行軍の末に領地である"成都"に凱旋した俺たちが城の門を潜ると,中で待っていたのは城の民たちによる熱烈な出迎えだったのだ。
「流石は我らの領主である麃公様だ!」
「キャー! 今日もお美しいです紫詠様!」
「満羽様のあの逞しい体はやはり頼もしいな!」
「確かにそうだが,千斗雲様のあの華奢な体から繰り出される矛捌きも頼もしいだろう!」
「でもやっぱり麃然将軍が1番カッコイイよ!」
うんうん。こういう反応があると俺も頑張った甲斐があったというものだよ。あと最後の君は凄く見る目があるね! ぜひとも将来は周りの戦馬鹿どもではなく俺の元に来てくれたまえ!
ここまで来る中で兵の大多数は既に解散しているので城内に入った人数はそこそこだが,彼らも手を天に突き上げたりして嬉しそうに歓声に応えている。
「イヤッホーイ! 皆大好き千斗雲様のお帰りだぜーい!!」
「ハハハ! 今回お前は大して戦功を挙げていないんだから端で大人しくしていたほうがいいんじゃないか?」
「なぁっ!? おい満羽お前今俺が一番気にしてること言ったぞ! マジで一番言っちゃダメなこと!!」
ここまでの道のりでそこそこ疲れていると思うのだが,満羽と千斗雲は相変わらずじゃれ合っているみたいだ。ただ,こいつらは喧嘩しているように見えてもなんだかんだで仲が良いから心配はいらない。
その様子を見て楽しそうだと思った俺は,自分も混ぜてもらおうと冗談を言ってみることにした。
「はぁ……もう少し静かにしてくれ千斗雲」
「はぅ…!? な,なんで俺だけ!?」
だが返ってきたのは,まるで原作で某ココココもとい"王騎"将軍に詰められていた"録鳴未"軍長のごとき戸惑いの反応だった。
ホントからかい甲斐のある奴だよ。
……なぜ軽い冗談でそこまでガチめな反応をされなければならないのか甚だ疑問であるが。
「バッハッハ! まぁ今ぐらい別に良いじゃろうて!」
親父も面白がっているし……うーむ,解せん。
「ではワシは一足先に屋敷に戻っておるからの!」
「え~!? またそれはズルいってー! 麃公サマこの後どうせ暇でしょ!」
親父は当然のように後始末を放り投げて帰ろうとしているが,それに千斗雲がブーたれている。
「ワシはお前さんたちが思っておるより忙しいんじゃ。いつも通り面倒なことは然に任せるわィ! では行くぞ! ついてこい岳牙!!」
「はっ! それでは若! 私もお先に失礼します!」
親父はそう言って副官の岳牙と側近を数騎引き連れて離れていった。
…………
「逃げましたな……」
「ありゃりゃ~」
ほら親父! 紫詠はおろか千斗雲にすら呆れられているようじゃ秦国の大将軍の名が廃るぞ~。
今のように戻ってきてして早々にカオスな状況が繰り広げられているが,何はともあれ俺たちは無事に戦を終えて帰って来ることが出来たのだ。
そうだ,あれから王都でのことにも進展があったからそのことについても少し話しておこうか。
ここに戻って来るまでの間も王都に潜ませた密偵からの報告によって内乱の様子は逐一情報を得ていたのだが,どうやら原作通りに大王派が西に住む山の民を味方につけて王都を奪還することに成功したらしい。
それにしても山の民ね~。直接的な関わりはないけどウチには彼らと以前敵対していたらしい梟明族がいるし,西にはいくらか別のツテもあるからあんまりお近づきになりたくないな~。
ちなみに梟明族っていうのは,わかりやすく言うなら原作主人公のヒロイン候補の一角である"河了貂"の一族である。
……まぁウチにいるのは山の民のトップである"楊端和"一派に敗れた後に分裂した一部っぽいので河了貂は原作通りに黒卑村にいるだろうけどね。
俺が彼らと接触する動機といえば,強いて言うなら彼らの女王である楊端和に少し会ってみたいことくらいかな……。べ,別に美人らしいからとかじゃないんだからね!?
まぁそれは置いておき,王弟反乱編が終わったとすると原作通りに魏との戦である蛇甘平原の戦いが3か月後くらいには始まると見て良いだろう。
原作でもこの戦は親父が大将として戦っており,確か勝利していた記憶があるものの,俺がいることによってどんな変化が出てくるかもわからないから楽観視はできない。
更に言えば,戦に勝つのと俺が死なないは必ずしもイコールではないんだよな~。
トホホ……イヤになっちゃうよホントに……。
だが,そうした俺の思考は前方から聞こえた声によって中断させられることになる。
「……お帰りなさいませ」
そう言って俺たちの前に現れたのは,頭の後ろの左右で髪をマラカスのような形に整えた不思議な髪型の男だった。
「おっ!"慶舎"っち出迎えありがと~! それより俺たちがいない間は寂しくなかった~?」
「……ええ,ご心配には及びません」
「ニャハハ~! 相変わらず固いねー!」
早速絡みにいった騒がしい千斗雲とは対照的に,静かに落ち着いている彼は名前を慶舎と言う。
今回の戦の間は念のためにここの留守を任せていたが,普段は俺の副官として働いてもらっている。
つまりは俺が預かる第一軍の真の頭脳というわけだ!
彼は原作では趙国の将軍で,作品内では麃公のように苛烈なものとはまた違ったタイプの本能型の武将として登場し,趙国の大将軍位である趙国三大天にその時点で最も近いとまで言われていた男である。
元々は趙国で住んでいた村が賊に襲われたことで孤児となっており,彼が偶然出場していた田舎の軍略大会で,後に趙国の宰相兼三大天となるリーボックもとい"李牧"という男の弟子に圧勝したことで彼に見出されて国に仕えるようになるのだ。
だがこのことも原作知識で知っていた俺は,なんとか彼をリーボックよりも先に探し当てて青田買いしたのである。
これほどの逸材に率いられる俺の軍は俺と言うお飾りがいようが紛れもない強軍認定不可避だな! ガハハ! 勝ったな風呂入ってくる!
「よし! 戦勝を知らせる練り歩きもこのぐらいでいいだろう。ではそろそろ解散する! 皆はそれぞれの――」
それから俺は切りの良いところで引き連れていた軍を解散させることにして,その場の後始末を行った。
そして一通りの作業が終えた俺は馬を城の者に任せてから,共にそれを行った慶舎と並んで城内を歩きながら話すことになった。
「留守居役の任,ご苦労であった慶舎よ。そなたの様子を見る限りでは心配なさそうだが,何か緊急の報告などはあるか?」
「……はっ,手紙でご報告した以上のことは今のところ起こっておりません」
「そうか……だが報告によると妙な動きをする奴らがいるとあったが,その件はどうなっているのだ?」
「……詳しくは屋敷でお話しますが,あれから梟鳴族による情報網のみならず"先生"にもお力を借りて偵察を行ったところによると,前回の戦いで我らに敗北した雪辱を晴らすの為に南の"夜郎"どもがおよそ3か月後に軍事行動を起こす恐れがあると判明しましたため,少しずつ戦の準備を整えております」
「なるほど……よくぞそこまで調べてくれた。それにしても流石だな,やはりそなたに任せて正解だったようだ」
「……恐縮です」
「では次に別の件だが――」
慶舎との会話を重ねながら,俺は思った。
兎にも角にもまず1つ言わせて欲しい――
……そっちの戦が起こりそうなのが3か月後ってマジかよー!?
うわ~完全に次の魏国との戦と時期が被ってるじゃん!軍の振り分けどうしようかな~。
今の会話の流れから,一体どんな敵からの攻撃を警戒しているのか疑問に思うかもしれないが,それを説明するには少しばかり時間をもらいたい。
まず始めに今俺たちが置かれている状況について聞いて欲しい。
俺たちが今いるこの成都という都市は,中華全体を見渡しても上位に入るぐらいの大都市であり,前世の現代では中国の四川省あたりにある。
ここはかつて旧"秦国六大将軍"の1人であった"司馬錯"が整備した城であり,彼は当時の秦国領の南に広がっていた巴蜀地域の征服を王に献策してそこにあった国を滅ぼしたのだが,そこで滅ぼされた"蜀"の国の都として機能していたのがこの成都である。
成都はこの時代では"天府(天然資源が豊富な地域)"と呼ばれるような非常に豊かな土地であると共に,秦の穀倉地帯としての役割や異民族への対応を求められる秦国南部の要となる場所でもあるのだ。
なんなら前世では今から数百年後にやってくる三国志の時代で有名な劉備玄徳がこの地で蜀の国を建国して皇帝になるなどの中々に濃いエピソードを有する地域でもある。
さて,原作では親父がどんな場所を領していたのかは知らないが,少なくともこの世界ではそんな大層な土地が戦馬鹿である親父に与えられているのが不思議だろう。だが俺は実のところその理由に予測を付けているのだ。
それは――
きっと親父が当時の秦王だった"昭襄王"を怒らせたから南部の面倒ごとを押し付けられたんだよ!
そう! 原作では戦神とか言われて持ち上げられてる大人気なあの愉快なジジイにね!
因みに昭襄王……一般的には昭王と言われる男は今の大王である嬴政の曽祖父で3代前の秦王だが,実はその退位からまだ数年しか経っていない……というのもその後に即位した孝文王が1年,荘襄王が3年とそれぞれ王になってから僅かな期間で亡くなっているからである。
話を戻すが,そりゃあ親父が王様からの要請を断り続けているにも関わらず一丁前に戦力を持っているものだから国から睨まれるのも当然である。
下手したら国から追われていたかもしれないんだぞ! 俺が当時どれだけ親父のために駆け回ったことか!
咸陽まで言い訳をしに行った時に昭王から怖い顔で圧迫面接された上に,よくわからないうちに『領地替えするから南のことはよろしくね(肩ポン)』とかされたら拒否できるわけないじゃないかいい加減にしろ!
正直に言うと緊張しすぎて何を言ったのかも覚えてないし,話が終わった後のあちらの反応が怖すぎて話の後半の内容は半分くらいしか頭に入ってこなかったよ!
……豊かな土地をもらえて嬉しいだろうと思うかもしれないが,どうせ中華統一したら郡県制が徹底されて領地は国に取り上げられるんだから,そこではしゃいでも仕方ないと思うんだよね……。
さらにはこの世界の国々は皆好戦的なのかは知らないが,長江以南にある"夜郎"という南の異民族の国を始めとした奴らが頻繁に喧嘩を吹っ掛けてくるものだから,その対応をしっかりやらないといけない。
俺が先ほど言った敵というのは正にこいつらのことである。
そんな奴らへの対応を任せるって,もはや戦をしろと国から言われているようなものじゃありませんかね? ……上層部は親父をよくわかっておられるようで……。
そういうわけで麃公軍は常に戦が絶えないのだが,親父はそれだけでは足りないらしくて戦国七雄の国々とも戦いたがるのだ。……頭がおかしいとしか思えない……。
下手に抑圧して暴れられても困るのでそれを止めたりはしないのだが,この地を任せる将がいなければ何かあった時に対応することが出来ず,国から今度こそ『ルアァ!』と斬られてしまうかもしれない。
そのせいで麃公軍の将を1つの戦場に揃えることは難しいのだが,今回は王都で起こった乱の方はともかくとして南の方は以前に俺たちが大勝したお陰か大人しかったので,愉快な4人組もとい俺,満羽,紫詠,千斗雲の4人が久しぶりに親父に従って1つの戦場で共に戦うことが出来たのだ。
それでも,俺の副官でありほとんどウチの大将みたいに個人的に思っている慶舎を置いていく程度には用心深くやっているわけだが……。
まぁ,基本的には麃公軍は南と東でバラバラに戦っているということだね。
まぁ何はともあれ,甚だ不本意ではあるが国からそういうお役目を授かっているからには,長いものには巻かれろのことなかれ主義である俺としては真面目に職務をこなすしかないのである。
幸いなのは実入りも多いから毎日美味しいご飯が食べられることかな……。
あ! それと王都のお偉いさんたちが俺たちの情報をあんまり広めないように取り計らってくれたことには感謝したいね!
おかげで思ったより悪目立ちしなくて済んだので助かったよ……。
原作で起こった旧六大将軍の"摎"の件と併せて考えても,秦は内側の情報統制が得意っぽいよね。
そうだ! そういえば慶舎にも何かご褒美を上げなくちゃ! こういうところで気遣いを見せないと愛想をつかされてしまうかもしれない!
俺は慶舎に向かって語り掛ける。
「そなたは今回の戦には参加しておらぬ故に国からの褒美は与えられんが,そなたの仕事も戦場でのものに劣らぬ働きだった。何か欲するものがあれば配慮するが……どうだ?」
それに対して,慶舎は特に迷うこともなく口を開いた。
「……では殿,叶うならば次回の戦には是非とも私をお連れ下さい」
これを聞いた俺は頭を抱えたくなった。
出たよ……君さ,原作ではそこまで好戦的なキャラだったっけ? 一体どうしてこうなってしまったんだい?
もっと何かあるでしょうに……例えば休みが欲しいとか休みが欲しいとか休みが欲しいとか!
実はこれは慶舎に限ったことではなく,麃公軍の将や兵全体にも言えることであったりする。
満羽や千斗雲も原作と違って絶望による虚無に陥って心が壊れたわけでもないはずなのに戦いが大好きなんだよな~。
紫詠も戦場では紫季歌といる時に並びかねない程に,普段と比べるとイキイキとしているように見える。
……やっぱり戦馬鹿である親父の呪いか? 親父が全ての元凶なのか!?
そもそもこのキングダムの世界の原作は少年漫画である。
そのため,登場キャラの体の頑丈さや主人公信くんのヒロインである"羌瘣"が使う巫舞という特殊な剣技の存在を始めとした前世では非現実的とされるような要素が見られたりするので,そういったオカルトを完全に否定できないのだ!
そして,もし本当にそうだとしたら俺に打てる手はないに等しい。そんな呪いじみたものに対応できるほど俺は高性能ではないんだよ……。
くっ……! この軍でまともな感性を有しているのはもはや俺1人だけだというのだろうか……!
まぁそんなどうでもいい妄想もほどほどにしておき,俺はこちらを見ている慶舎に返事を返す。
「勿論だ。次の戦も激しいものになるだろう……もはや俺の半身とも言えるお前は頼りにしているぞ」
具体的にはもう君が第一将やったらいいと思っているぐらいには頼りにしているよ!
かー! こんなこと言われたら千斗雲なら大はしゃぎ不可避だよ!
「!! ……ありがたき幸せ。必ずご期待に沿える働きをご覧にいれましょう」
だがそれを聞いた慶舎はよく見ると少し震えているみたいだった。
……もしかしてこれ『臭いセリフだな~笑』って笑われてる!? ちくせう! でも事実だから否定できない!
その空気にいたたまれなくなった俺は,心の動揺をごまかすために慌てて話を変えようと口を開く。
「そうだ……寿胡じぃはどうしている?」
「……はい,先生は今も自室で政務に取り組んでおられるかと」
「そうか……ならば優先して顔を出すとしよう」
慶舎も会話を無視することはなかったので俺は気まずいあの空気から解放されたのである。やったぜ!
ちなみに俺が今言った寿胡じぃというのは"寿胡王"という男のことであり,原作では満羽や千斗雲と同じく什虎四将に数えられる楚の将で大軍師として有名だった。
俺は彼も今挙げた2人と似たような境遇を経て楚にいたことくらいは原作知識で知っていたのだが,予想外だったのはなんと彼の国は俺がこの世界で確認した頃には既に滅んでいたのだ。
だが例の如く俺はあの手この手を用いてなんとか我が軍に引っ張ってきたのである。
それによく考えると彼は自身の国の王族だったらしいので,不謹慎だが我が軍に引っ張って来るには国が滅んでいた方が都合が良かったのかもしれない。
ただ,彼は原作で描写された什虎の戦いでは結構やらかしていた疑惑のある軍師だったこともあって戦場に出すのは謎の不安感が拭えなかったため,俺のところでは文官として頑張ってもらっている。
……いや別に戦に出しても普通に強いんだろうけど勘みたいなものはこの世界では馬鹿にしちゃだめなわけよ。
彼は元々は学者であり,世代が違いそうなので彼らは会ったことはないかもしれないが,"李斯"や"韓非子"ら有名人と同じく,"荀子"という性悪説で有名な儒学者の下で学んでいたこともあって普通に文官としても滅茶苦茶優秀だった。
そのため,彼の加入で俺の内政方面の仕事は一気に楽になったものである。
いや~もう本当は寿胡じぃにそっち方面のことは全て任せておきたいところではあるんだけど,彼も謎に俺を立ててくれて重要な判断は俺に回してくるので中々任せっきりに出来ないのである。
これでもかなり楽になったので,確かにこれ以上は贅沢かもしれないね。
そうだ,慶舎が彼のことを先生と呼んでいることに気が付いたかもしれないが,それは彼には慶舎の師匠を頼んでいるからである。
俺みたいな奴が下手に天才に何かを教えようとするとむしろ逆効果かもしれないと思って頼んでいるのだ。
……決して自身との才能の違いを突き付けられたくないわけではないのだ!
そんな風に心の中で言い訳をしながら,俺たちはいつの間にかもう目の前にあった屋敷の門の中に足を踏み入れたのだった。
というわけで,アニメ第5シーズンで描かれる黒羊の戦いで主人公たちと対峙する趙国の総大将を務める慶舎さんの登場です!
次話は日常回になる予定です。
それではまた!('ω')ノシ