火を絶やしたくない男   作:ヤチホコ

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7話です! どうぞ!


7話 王と剣

~嬴政視点~

 

ここは秦国王都・咸陽……その宮殿で,俺は回廊から身を乗り出して風に当たっていた。

 

だがそこで,俺に近づいてくる影があった。

 

「大王様,ここにおられましたか」

 

そう言ったのは,俺の腹心で我が大王陣営の要とも言える"昌文君"という男だ。

 

「少し風に当たっていただけだ……すぐに戻る」

 

俺がそう言うも,昌文君は語り掛けてくる。

 

「今回の戦の……信のことが心配ですかな?」

 

……確かにその思いがないとは言い切れないが,俺はあいつを信じている。天下の大将軍になると豪語する男がこんなところでくたばるはずがない。

 

「確かこの戦の総大将は麃公という男であったか……」

 

「ええ,麃公・麃然の2人に任せておけば心配はいらぬでしょう」

 

どうやら昌文君はその者について知っているようだな……。それにしても麃公だけでなく麃然とは……?

 

「生憎と俺は麃公という名の将軍は耳にしたことがないが……どのような将だ?」

 

「……大王様がご存じないのも無理はないでしょう。なにせかつて時の文官たちがその情報を制限したのですから……」

 

!!

 

「なにっ? なぜだ,強き将軍であれば秦国の国威発揚のためにもその存在を喧伝すべきではないのか?」

 

俺が王としてはまだまだ未熟な身であるから知らぬだけかと思っていたが,何かそれ以外にも理由があったのか…。

 

「そのお考えは最もですが,それには理由がございます。まずあの者の軍はいささか強すぎた……そして,麃公将軍はあの昭王からの咸陽への招集すら全て興味がないと断ってきた男でもありました」

 

「!! あの戦神として列国に恐れられた昭王の!?」

 

昭王は"秦国六大将軍"……六将制度とも言われるものを制定し,彼が絶大な信頼を置いた6人の大将軍に戦争の自由という特権を与えて領地を拡大したことで大いに秦国を成長させた,この国が誇る大人物である。

 

「はい。そこで中央の多くの者たちはそれだけの力を持ちながら大王の命に従わぬ者がおるとなれば王の権威が揺らぐと考えました。王は戦のみに執着する一貫した姿勢をむしろ気に入っていたようですが,王の周りを取り巻く文官たちにとっては悩みの種だったのです。本来であればなんらかの罪に問うなりして罰を与えて然るべき行いではあります……。しかし先ほども申しましたように麃公軍の力は強大……故にここより南,中華の西南に位置する異民族たちの対応という任に付けて中央から遠ざけた上でその情報を拡散せぬようにすることで,戦力と影響力の双方の面でうまく力を削ごうとしたというわけです」

 

そこまで警戒されるほどの力か……。

 

だが――

 

「先ほどの話を聞いたところでは実際にその任に就いているようであるから成功したのだろうが……。しかしその麃公はあの昭王の招集を断るような者であろう……その提案にも従わない可能性は考えなかったのか?」

 

「もちろんその考えを持つ者もおりました。……ですが多くの文官たちは高位の名家の出身でもない麃公という男を見下していたため真剣にそこを考えておらなんだのでしょう。そして実際に大王様が仰ったように麃公だけなら従わない可能性は高かったはずです。しかし彼には利に聡い息子が1人おりました」

 

息子,ということは……。

 

「……そうか,それが麃然か」

 

「左様でございます…。彼はこのままでは自分たちと国の距離が離れすぎることを危惧しておったのです。そして咸陽が麃公の扱いで騒がしくなっている時,彼が政府中央で知られるようになったきっかけとなる事件が起こりました。それはある日のこと,麃然がここ咸陽の宮殿まで単独でやってきて昭王との謁見を迫ったのです」

 

「ほう……最悪殺されるかもしれんというのに随分と勇気があるな」

 

「昭王も今の大王様と同じように考えられたようで,その度胸を認めた昭王は麃然に興味を持たれたのでしょう……そのまま彼と問答をされることになりました。しかし王の前でも麃然は臆することなく,むしろ麃公の存在が秦国にとってどれほど有益な存在かを語ることでその場にいた者を唸らせました……。そして最終的に昭王はかの者を気に入り,南方の件に加えて麃公・麃然父子の爵位の昇級及び,本来は与えるはずではなかった成都の地まで与えることになったのです」

 

「なるほど,役目は予定通りに与えて制御するようにしたが,名誉だけでなく実益も相応に与えることで双方にとって良い落としどころになったということか……。ある程度は理解できたが……それにしても昭王時代らしい実に破天荒な話だな」

 

「フフッ。確かにそうですな……更にこれは噂ではありますが,その際に昭王は麃公をあの秦国六大将軍に任命する提案を持ちかけたそうです」

 

そのわずかなやりとりで昭王にそこまでの期待を抱かせるとは……麃然とは一体何者なのだ。

 

「……だが断ったのだろう?」

 

「ええ……麃然は父である麃公がその誘いに乗ることは決してないと毅然とした態度で伝え,より相応しき者に与えて欲しいと固辞したとか」

 

「……本当に大した度胸だな」

 

「……さて,話を戻しますと,麃公の勢力はそれ以降は現在に至るまでその役割を見事にこなしており,それに加えて七雄同士の戦いにも積極的に参加して秦国にとってもなくてはならない存在となったのです。そして中央と麃公の繋ぎ役となって双方を結び付けている者こそが麃然なのでございます」

 

「つまり中央の文官たちの思惑はある程度は成功したが,その代わりに更なる力を与えてしまったということか」

 

「そうなりますな」

 

「……しかし今までの話を聞いたうえで思ったのだが,麃公には外に軍を向ける程の余裕があるのか?」

 

いくら六将級の大将軍といえど,それほどの大事を熟しながらそこまでの余裕があるとは俄かには信じられん。

 

「結論から言わせて頂きますと……あります! といってもそれは余裕の有無という話ではなく,麃公軍は南方での任に就いて以降は元々そういう戦い方を行ってきているということです。そしてそれが可能なのは,麃公軍の最大の強みがその層の厚さにあるからです」

 

「層の厚さ?」

 

俺が思わずそう聞き返すと,昌文君は頷いてから4本の指を立てた。

 

「4人です!」

 

……4人?

 

「我々が現在わかっているだけでも,あの男の下には獣の如き凄まじき武を持つ4人の将がおります」

 

「獣だと……」

 

「麃公軍が多方面で戦を展開できるのは,この4人がそれぞれの戦場で勝利を挙げ続けているからです。麃然,満羽,千斗雲,紫詠……知る者には"四獣"と恐れられる彼らは,個々の実力が麃公に引けを取らぬほどの力を秘めております」

 

この秦国にまだそれほどの力を持つ勢力があったとは……。

 

しかし,やはり俺は現在の呂不韋との権力争いについて考えてしまう。

 

「なんとか我が陣営に迎え入れることが出来れば……」

 

「……私も既に声を掛けてはおりますが,未だ確かな答えは返ってきておりません」

 

やはりそうか……。今後も引き続き勧誘は行いたいが,今はせめて呂不韋側に付いていないことを良しとすべきかもしれない。

 

「ただ……麃然は大王様に随分と好意的であるという話も聞きます」

 

……なに?

 

「恐らくは中華を統一なさろうとしている大王様の治世の方が激しい戦に臨めるとでも考えておるのだと予想しておりますが……奴が何を考えておるのか本当の意味で知る者はおりません」

 

俺と共に歩める者か相容れぬ者か……どこかで見極める必要がありそうだな。

 

「機会があれば会ってみたいものだ……」

 

俺は,やはり王として知っておかねばならんことがまだまだ多そうだと感じた……。

 

 

 

~~信視点~~

 

「う~ん?」

 

俺は行軍中に遠くの方で"河了貂"みてぇな見た目の奴が走ってるのが見えた気がしてそちらを睨んだんだが,見失っちまった……。

 

「ん? どうした信? 何か見つけたのか?」

 

俺に話しかけてきたこいつは"尾平"っつう地元のチンピラ兄弟の片割れだ。

 

こいつは今回組んだ"伍"って集団の仲間の1人で,他にもこいつの弟で体だけはデケェ"尾到"や俺らの伍長になった"澤圭"のおっさんこと澤さんに,愛想のねぇ"羌瘣"とかいうガキ……んで俺を含めた5人が同じ伍の仲間だ!

 

俺らは他の奴らには"最弱の伍"なんて言われてるらしいが,んなこと言えるのも今のうちだけだ! 今回の戦ででっけぇ武功を挙げて見返してやるぜ!!

 

「……いや,なんでもねぇ。知り合いに似た恰好した奴がいたような気がしたんだが,気のせいだったみてぇだ」

 

俺が尾平にそう返事をしていると,俺たちが並んでいる列の前の方がやけに騒がしくなり始めた。

 

俺たちも何があったのか気になっていると,他の奴から話を聞いたらしい澤さんが説明してくれた。

 

「どうやら私たちが今向かっている丸城に魏の兵が押し寄せたようなのですが,麃然将軍が率いる先行した秦軍がそれを返り討ちにしたそうです」

 

「マジかよ!」

 

ここに来るまでに聞いた話では,麃然将軍ってのはこの戦いで秦軍の副将を務めていて,俺たちが所属する軍も含めた丸城に向かう兵たちを率いる将軍らしい。

 

なぜか他の伍には名前を聞いてビビってる奴らも多かったが,すげぇ強いのは確からしい。

 

やっぱり"将軍"ってのはすげぇんだな! クー! 俺も早く一緒に戦いてぇ!

 

澤さんの話を聞いて,俺以外の奴らも興奮しているみてぇだ。

 

「流石は俺らの将軍ッスね! なぁ到!」

 

「そ,そうだな兄貴……!」

 

「……」

 

……まぁ羌瘣の奴は何考えてんのかよくわかんねぇけどよ。

 

それに戦はもう始まってんのか! 今からワクワクしてくるぜ……!

 

「……ですが,それによって我々の動きも変わって来るかもしれません。ここからは気を引き締めていきましょう」

 

「おう!」

 

俺は澤さんの言葉に頷き,まだ見ぬ戦場に思いを馳せた……。

 

 

 

~~麃公視点~~

 

「まずは思惑通りといったところかのォ……」

 

ワシは目の前で議論を交わす我が軍の者たちを見ながら微かにそう呟く。

 

ここは亜水の城の一室で,ワシが率いる軍の主だった者が集まっておる。

 

ここまでがある程度は想定された流れだというのは,魏国の間者を警戒して一部の者にしか伝えておらん。

 

……それゆえに今はあえてこういう場を設けておる。

 

じゃがもうよかろう……。

 

「面白いのォ」

 

ワシがそう言ったことでその場の全員が話を止めてこちらを向く。

 

「平地戦に切りかえる! 滎陽と亜水の中間にある蛇甘平原を決戦の地とする! いち早く丘に布陣するべく今すぐ発つぞ!」

 

「お,お待ちください! それでは他の軍との連携が――」

 

将の中にはそう言ってくる者もおるが,そ奴らは決まってワシらの戦を知らぬ小童ばかりじゃ。

 

「あ奴らもすぐに動く! ここで動かねばむしろワシらが出遅れてしまうわ!!」

 

そう一喝してやるとすぐに静かになってしまう。

 

……ここで言い返すくらい骨のある者もおらんか。

 

それを確認した後に徐に立ち上がったワシは,その場の将全員に向けて改めて言葉を発する。

 

「さぁ皆の者――――」

 

 

 

 

その頃別の場所では――

 

 

ここは成都より更に南にある秦国の国境近く……そこに展開された数万人の兵から成る軍の本陣では,3人の男が机を囲んで睨みあっていた。

 

「むんむむむ……くっ! 一体どうすれば……!」

 

「殿,ご決断を……」

 

そのうちの1人……千斗雲は,自分を殿と呼ぶもう1人の男を睨みつけながら唸っていたが,やがて意を決したように手を伸ばした。

 

「……よし決めた! こっちだぁーー!! ……ぐぁ~!? ババだぁーー!!」

 

そう叫んで手に持った札を周囲にばらまきながら頭を抱えた千斗雲と,それと対象的に勝ち誇った笑みを浮かべるもう1人を見て,同じ机にいた満羽は笑い声を上げた。

 

「ハハハッ! おいおい"満童"……少しは手加減してやったらどうだ?」

 

「いえ,普段から殿の奇行には苦労させられているのでこういう時に鬱憤を晴らしておきませんと!」

 

鼻息荒くそう言った千斗雲の部下の様子を見て,満羽は苦笑いした。

 

「それにしても千斗雲は顔に出るからババを持ったら負けが決まるのは面白いなぁ。この遊戯を伝えて下さった麃然様もきっと呆れておられるぞ」

 

「……だから勝てないのが悔しいから何回もやってんの!! わかるだろ!? あ~イライラしてきた……」

 

そうして千斗雲の目がキマり始めた頃,本陣に伝令がやってきた。

 

「満羽様ー! ハァ,ハァ……」

 

「おお"青多"! どうした,お前も混ざるか?」

 

呑気にそう答える満羽に対して,青多と呼ばれた青年は目を見開く。

 

「え!? そ,それは光栄ですけど今は遠慮しますよ! 実は偵察で奥に出ている部隊から,敵が予想以上に近い距離まで来ているとの報告が! そしてその数はこちらの倍近くとのことです!」

 

彼がそう言い終わったと同時に,今まで机に突っ伏していた千斗雲が勢いよく立ち上がった。

 

「ヒャヒャヒャ! 丁度良く俺の苛つきをぶつけられそうな相手が来たなぁ! おい満童! 急いで準備するぞ!!」

 

そう言うとズンズンと自分の馬が繋がれている方角に歩いていくが,そこに満童が待ったをかける。

 

「殿,お待ちを……」

 

「なんだよ!?」

 

意気揚々と進んでいた千斗雲は,それを邪魔されて不機嫌そうに振り返る。

 

 

「靴をここに忘れておりますぞ」

 

 

「……あっ,ホントだ」

 

 

……戻ってきた千斗雲が靴を履きなおしているのを尻目に,満羽は青多と話す。

 

「それにしてもこちらの倍か……敵も本気だな」

 

「前回の戦では,捕らえた敵の王を心服させるためと言って麃然様がわざわざ解放されましたから……」

 

「ハハハ! 敵はさぞ屈辱的だっただろうな! だが確かにあの王は強さだけでなく人望も厚い。あの者が従えば一気に周辺が秦に降ることになるのは間違いないだろう」

 

2人がそこまで話したところで千斗雲も靴を履き終わったようで,ここを去る前に満羽に言い放つ。

 

「おい満羽! 今回の敵の大将は俺の獲物だからな! お前は大将らしく本陣で見ていやがれ!」

 

そう言われた満羽は薄く笑みを浮かべると,それに返答する。

 

「おいおい千斗雲,ここは麃公軍だぞ? 大将が本陣から離れないなんてどこの常識を語っているんだ?」

 

「ウケケ! 言ってみただけだよ! お前が来る暇もなく終わっちまった時の言い訳づくりのためによぉ!!」

 

千斗雲はそう言って馬に乗ると,満童と共に自軍に向けて駆けていく。

 

「殿……3か月の時は長かったですな」

 

「ヒャヒャヒャ! そうさ! さぁ久々の――――」

 

 

 

 

 

――この時,奇しくも全く違う場所にいた麃公と千斗雲の言葉が重なる

 

 

 

「「戦じゃぁ!!/戦だぁ!!」」

 




これから戦の内容も詰めていかなきゃ……!
次回は遂に開戦の予定です!

それではまた!('ω')ノシ
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