火を絶やしたくない男   作:ヤチホコ

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9話です! どうぞ!


9話 それぞれの戦

~~魏軍左翼~~

 

「あれが我らの敵か」

 

ここ蛇甘平原の南側の丘で,魏軍左翼を率いる将である太呂慈は眼下で陣取る秦軍右翼を見下ろしながらそう呟いた。

 

彼もこの時点で北側の丘が敵の手に渡ったことは確認していたが,戦場全体を見れば依然としてこちらが有利なことには変わりなく,丘を取ろうと必死になるであろう秦軍に対して守りを固め,じっくりと敵の数を削っていけば良いと考えていた。

 

しかし,そう考えていた彼に声をかける者がいた。

 

「義兄上……このままでは戦況は膠着しかねません! この私に打って出る許可を下され!」

 

そう言ったのは大槍を担いだ男で,その名を"紫伯"といった。

 

彼は先代の紫伯が病に倒れた後にその名を継ぎ,父が死の生前に太呂慈に娘の一人を嫁がせていたことから,その縁で太呂慈の軍に入っていたのだ。

 

原作では紫詠が紫伯の名を継いでいたのだが,この世界では彼がいなくなったことによってその名は別の者に与えられていたのだ。

 

先代紫伯が太呂慈に嫁がせた娘も他の者になり,その目的も紫詠への嫌がらせではなく,家が魏火龍との繋がりを得るためのものに変わっていた。

 

更に彼は続けて言う。

 

「あそこにいる"紫"の旗を掲げる敵……恐らくはかつて家を出た我が家の恥だと思われます。どうか祖国を裏切った不届き者を除きに行くことをお許し頂きたく!!」

 

そう言って憤りを露わにする紫伯だったが,その必死な様子を太呂慈は冷めた目で見ていた。

 

というのも,太呂慈にとっては紫伯の個人的な感情などどうでもよく,強引な攻勢によってこの盤面を乱しかねない紫伯の提案は甚だ不都合であったからだ。

 

確かに太呂慈から見ても,目の前にいる男の武力は地位を金で買ったと囁かれていた先代と比べれば遥かに優れてはいたが,その将としての能力は良くも悪くも若さが感じられ,不安が残るものであった。

 

また,大方この言葉が本心ではなく,先代の振る舞いによる負の遺産によって失われつつある紫伯の名の権威を取り戻すために功を挙げようと焦っている様に見えたことも関係していた。

 

とはいえ,この男が持つ紫伯の名と彼が抱える兵の数はそれでも無視できないものでもあり,尚且つ敵の実力がどれほどかを探りたいと考えていたこともあって,最終的には許可を出すことにした。

 

「許す……ただし成果を上げねばただでは済まぬと思え」

 

しかし本来,太呂慈はひどく独善的な男である。

 

妻の身内ということもあって今までは寛容に接してきたが,度々自分に意見をしてくる紫伯が内心目障りで仕方なかった。

 

首尾よく敵将を討ち取れればそれでもよし……失敗すればその罪を着せて縛り付けることを考えたのだ。

 

言い終えた太呂慈は,そのまま見せつけるように剣の柄を握りしめ,目の前で頭を下げる紫伯をギロリと見下ろした。

 

「……」

 

その視線を受けた紫伯は,太呂慈が放つ威圧に無意識の内に鎧の下が汗ばむのを感じながらも,自身を鼓舞しようと威勢よく答えた。

 

「……ありがたく!」

 

 

 

 

 

「栄光ある我が紫伯軍よ! 敵を引き裂けぇ!!」

 

 

「我が黒剛軍の勇猛さを思い知らせてやれぇ!!」

 

 

――そして,両軍はぶつかり合った

 

果敢に丘を攻め登る黒剛率いる秦軍に対し,魏軍も紫伯率いる軍が激しく応戦した。

 

魏軍の先鋒を任された紫伯は高所からの突撃による勢いを活かした攻めによって,秦軍を貫くことで突破を図ろうとした。

 

それに対する秦軍の第1陣を率いる黒剛も,地理的に不利な状況から巧みな指揮によって,敵の突撃によって伸びきった隊列の一部に厚みがないと見るやそこを的確に突いて敵を囲い込もうとした。

 

どちらも攻撃的な軍の運用を行ったことで幾度か危ない場面はあったものの,その度に戦術を切り替えて上手く立ち回ったことにより,互いに大きな戦果が得られないまま戦は進行していった。

 

やはり地理的な不利が響いたのか,兵の被害は秦軍の方が大きかったものの,決定的なものではなかった。

 

更に,この間にいずれの本陣も積極的な増援を寄越さなかったため,このまま一進一退の攻防が続くのかと思われたところで――

 

「なんとしてもこの敵を打ち破る! 一点突破だ! ここが我らの正念場だと思え!」

 

――1人の魏将が大きく動いた。

 

その男とはもちろん紫伯である。

 

それは功名心によるものだったが,その内心は太呂慈に提案した当初のものとは異なっていた。

 

実は紫伯が積極的な攻めを提案したのは,理由は少々違えども彼が太呂慈に述べたように感情の部分が大きかった。

 

しかし自分が太呂慈にどう思われているかに気が付き,功を挙げなければ自分の身が危ういと考えていたのだ。

 

ここまでの戦いで秦軍が予想以上に固いことが分かり,それなりの数を維持したまま敵の裏に抜けるのは難しいと悟った。

 

そこで,目の前の軍を率いる将を討ち取る方針に切り替えたのだ。

 

そして紫伯は今までと違って自ら先頭を駆けて槍を振るい,それまでの戦闘で数的有利を得ていたことも合わさって,見事に黒剛のいる場所まで辿り着いた。

 

「あの男に付き従う恥知らずな山猿め! 大人しく俺の手柄となれ!!」

 

わざわざ馬の足を止めてそう挑発する紫伯に対し,黒剛は堂々と構えて応じる。

 

「勘違いするなよ。貴様がこの"星眼の黒龍"の手柄となるのだ! 殿を侮辱したことを悔いながら逝け!!」

 

そう言ってから2人は同時に馬を走らせると,紫伯は槍の,黒剛は矛の刃を相手に食らわせるべく武器を振るった。

 

しかし,この2人の一騎打ちは最初こそ互角の戦いを演じていたが,次第に黒剛が押され始めた。

 

それは,黒剛の動きを紫伯が型で捉え始めたからである。

 

紫伯は実家で師から槍の指南を受けていたため,反復による型に忠実な槍捌きを強みとしていた。

 

それにより,戦闘が長引けば長引くほど相手を見極める時間を得ることになり,黒剛が不利になっていたのだ。

 

「ふんっ!!」

 

「ぐっ!」

 

黒剛の鎧に傷が目立ち始め,紫伯の槍にも確かな手ごたえが乗るようになった矢先に,両軍が入り乱れる乱戦の端からどよめきが聞こえた。

 

思わず2人がそちらを見ると,そこには数十騎ほどを従えた男が魏兵を次々と串刺しにしながら凄まじい勢いで迫ってきていたのだ。

 

「殿っ!?」

 

「なんだと!?」

 

黒剛の言葉を聞いた紫伯は,驚きと共に頭に血が上るのを感じていた。

 

その状態のまま黒剛に渾身の一突きを繰り出すと,黒剛はなんとか防ぐも大きく吹き飛ばされた。

 

しかし紫伯はそれに追撃を行わず,新たに現れた紫詠と思しき男に向かって馬を走らせ始めたのだ。

 

「お前がぁぁぁ!!」

 

「あれか……」

 

紫詠はその声に気が付くと,その後方で傷を負った黒剛をチラと見た後,紫伯に向かって駆けだした。

 

「お前のせいで俺の槍は常に比較され失望されてきた! お前のせいで……! 半端者の癖にぃ!!」

 

紫伯がそう叫びながら槍を引き絞り,突き出そうとした直前――!

 

 

――気がつけば紫詠の槍が目と鼻の先に迫っていた。

 

 

そこから紫伯が最後に見た光景は,無表情で目の前に立ちはだかった山のように大きく見える紫詠の姿だった。

 

「あ」

 

そしてその言葉を最後に,紫詠の一撃によって頭が弾け飛んだ紫伯は沈黙した。

 

「紫は――」

 

紫伯に続いていた者たちも嘆きの声を上げる暇すら与えられずに槍で貫かれ,物言わぬ骸と化していった。

 

それらを一瞬で成し遂げた紫詠は,少し離れた場所に向かって声を掛ける。

 

「黒剛,兵に指示を……」

 

「はっ! 烏合の衆と化した魏軍を蹂躙しろ!!」

 

それを聞いた秦軍は,統制を失った魏軍を次々と討ち取っていき,その場は戦場から狩場へと姿を変えた。

 

その様子を横目に,紫詠は黒剛へと近づいていく。

 

「慣れぬ一騎打ちなどするからこうなるのだ。いくら農民兵の練兵も兼ねているとはいえ,些か危険を冒しすぎだ」

 

「はっ! 肝に銘じまする!」

 

「……」

 

「……なんでしょうか?」

 

「……さては危険が迫れば俺が来ると見越して敵を誘い込んだな……?」

 

「ええ,敵も焦れておるようでしたので丁度良いと。兵の士気も上がりましょう」

 

「ハァ……」

 

「それはさておき,殿が討ったその男……何やら殿に思うところがあった様子。殿の縁者か何かでしょうか?」

 

「さてな……昔のことゆえあまり覚えておらん……」

 

紫詠はそこで頭を振ると,色が変わり始めていた空を見上げた。

 

「これは明日だな……」

 

 

 

 

 

――初日からそれなりの首が挙がった南の戦場だが,他の2つの戦場はそれと比べると大人しいものだった。

 

 

 

~~秦軍中央~~

 

「フン……今日はこのくらいにしておいてやるかのォ」

 

そう言って戦場を見渡す麃公の目の前には,何かを解体し,そこから得た木材などを運ぶ秦兵たちがいた。

 

無残にも解体されているそれらは,紛れもなく魏国が誇る"戦車隊"が使っていた兵器である戦車だった。

 

ここから隣にある2つの戦場では,片方の丘は秦軍が手に入れ,もう片方は丘の近くまで接近を許してしまっていたためどちらでも運用が難しく,魏軍の戦車はこの中央の戦場に集められていたのだ。

 

本来であればその威力によって秦軍に多大な被害を与えていただろう戦車だが,それなりの被害は与えたものの,この状況からわかるように逆に大きな被害を受けることになっていた。

 

そこへ,麃公の後ろから声がかかった。

 

「今戻った」

 

それに対して,麃公は声のする方を見ることもなく答える。

 

「ご苦労じゃった"蒼源"よ。ところで,お前さんが今回目当てにしとった中華十弓は見つかったか?」

 

「いや,黄離弦は見つからなんだ。まだ温存されているのか……それとも隣の戦場か……」

 

そう言って考え込む男は,麃公軍の特殊弓騎兵団である「蒼弓隊」を率いる隊長で,秦国でただ1人中華十弓に名を連ねる蒼源という将である。

 

蒼源個人もこれまで何人もの名だたる将を弓で撃ち抜いてきた実績があるが,彼の率いる蒼弓隊も非常に強力である。

 

そして,魏国の戦車隊を壊滅させたのがこの蒼弓隊だった。

 

そもそも,戦車はその運用の難しさから騎兵に取って代わられた兵種だ。

 

実は,中華に騎兵を国家規模で取り入れたのは,今より3代前の趙王である"武霊王"が最初であると言われている。

 

また,この武霊王は中華十弓を定めたことでも有名で,当時の強国だった趙の象徴のような王である。

 

彼は北の遊牧民による騎馬戦術に影響を受けて胡服騎射を取り入れ,それが広がったことで戦車は廃れていったのだ。

 

……ちなみに,流石にそれだけの期間で広がりすぎだと思うかもしれないが,ここはキングダム世界なので細かいところは気にしてはいけない。

 

話を戻すと,戦車は高い破壊力を持つものの,運用にかかるコストや制御の難しさ,兵器特有の繊細さなどの問題がある。

 

ゆえに魏軍は平原という障害物が少なく戦車の運用に向いた地形を戦場に選んだわけだが――

 

「それにしても,お前さんの部隊にかかれば戦車といえど良い的に過ぎんな」

 

「うむ。複数の戦車を鎖で繋いだのは悪手だ。あれのおかげで戦車の機動力を効率的に無効化できた」

 

一般的な弓兵の主な運用方法は,弾幕を張るかのように大量に一斉に放って面による攻撃を行うことだが,蒼弓隊に所属する兵はそれぞれが弓の達人であり,細かな目標を正確に打ち抜くことが部隊規模で可能である。

 

魏国の戦車隊は,蒼源が率いる蒼弓隊との相性が最悪だったのだ。

 

対歩兵に特化していた魏国の戦車隊は,複数の戦車を鎖で連結させていた。

 

これによって,歩兵を隙間から逃がすことなく轢き飛ばすことができるが,走行中に異常が出たりすれば他の戦車にまで影響が及んでしまう。

 

そして,蒼源の目はその弱点を的確に見抜いていた。

 

彼はどの間隔で戦車が止まれば走行困難になるのかを瞬時に判断し,部隊に目標の戦車の御者や戦車を曳く馬を狙わせたのだ。

 

「恐らくは明日で決まるじゃろう。弓の弦を弛ませるでないぞォ」

 

「うむ」

 

 

 

~~魏軍右翼~~

 

「兵を退かせよ。これよりは夜襲への警戒態勢を強めるのだ」

 

目の前で繰り広げられていた両軍の攻防を見ていた晶仙は,部下にそう伝えた。

 

「はっ!」

 

そう言って離れていく部下を見送ると,晶仙は扇で口元を隠しながら息を吐いた。

 

この日の戦を経て,晶仙の内心に浮かんでいたのは安堵だった。

 

やはり心のどこかでは敵に対する大きな警戒があったのだ。

 

更に霊凰の言葉にあったように序盤……初日に何か大きく仕掛けてくるかもしれないと考えて色々と備えてはいたが,結局は無駄に終わったと言える。

 

また,今晩予想される夜襲に対しても万全の体制で臨める自信があった。

 

そう……敵は霊凰が言うような化け物ではなく,十分に対応が可能な相手であるという自信を得ていたのだ。

 

それと共に,やはり霊凰は衰えたのだという確信を持ち始めていた。

 

 

――この時,晶仙の心には微かな……されど確かな慢心が生まれていたのだった。

 

 

 

~~秦軍左翼~~

 

「慶舎様! 魏軍が退いていきます!」

 

「……そうか」

 

魏軍への応戦を任されていた慶舎は,知らせてきた側近の兵に対して短く答えた。

 

この日の戦で最も静かだったのは北側の丘であった。

 

それは,この戦場では秦軍は一貫して守りに入り,魏軍に付け入る隙を一切与えなかったからである。

 

「"縛虎申"千人将の隊が少し前に出過ぎていると思いましたが……」

 

「……あのような隊もいた方が良い。今この戦場で最も自由にしてはならないのは,丘を持たない目の前の晶仙軍だ。(奴が疑念を抱いて動かぬようこの丘に釘付けにしておく必要がある。それに縛虎申は我々と同じく本能型の気配を持つ。薄々何か感じているのやもしれん)」

 

そう言ってから,慶舎は左翼の本陣にある最も大きい麃然の天幕へ向かった。

 

その入り口に着くと,警備の兵に何かを話してから中に入る。

 

そして,そこにあった椅子に座ると,誰もいないその中で呟いた。

 

「……敵の鉞であろう魏将馬介の匂いは嗅ぎました。晶仙を討つのは私の役割ではありませんが,少なくとも奴の首は明日に必ず私自ら獲りましょう」

 

 

 

そうして蛇甘平原の各戦場でこの日の戦いが終わりを迎えていたこの時,魏軍の遥か後方で驚くべき事態が起こっていた。

 

 

 

 

 

――"滎陽城の陥落"である。

 




紫伯だの紫詠だののくだりで読者の方が混乱しないかが心配です……。
騎兵……それに中華十弓まで……この作品の戦車は武霊王を恨んでいい。
特に本編とは関係ないんですが,前々話(?)のアニメで"火兎"の笛の音を聞けたのは少し感動しました。何気に気になっていたんですよね!笑

それではまた!('ω')ノシ
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