掲示板を一通り読み終え、端末をスリープモードに戻す。
姫がプレスリリースを発表し、建てられたスレッドはあっという間に埋まった。
ようやく落ち着いて内容が語られるようになったのはその後。
いわゆる潜在的なユーザーの反応というやつを確かめている、という意味では休憩になっていないのかもしれない。
だが、『今は』仕事が面白いのだからこれもまた息抜きだ。
温くなったコーヒー。その残りを喉に流し込みながら、思案するのは先のスレッドの反応。
確かにぶっ飛んだ発表の仕方をしていたし、内容もぶっ飛んでいた。
だが、まだまだそれが序の口であることを彼らは知らないし――
おそらくまだ発表された内容がどれほどヤバいことか。真の意味では『理解していない』。
「オー、こんなところにイマシタカ」
わざとらしいぐらいに片言な女性の声。
休憩時間は終わりかな、と振り返る。
そこに立っていたのは日本人離れした容姿を持つ女性だった。
背は比較的高く170cm近く、肩にかかる程の長い金髪を垂らしている。
青い瞳がこちらを見つめていた。
「ホワイトか。なにかあったか?」
「幾つか仕様を確認しタクテ。休憩が終わってからで良いのデ、『コアルーム』に来てイタダケマスか?」
「あぁ、それなら今行くよ」
「助かりマース! デハ行きましょウ!」
◇ ◇ ◇
「結局、スタート地点は固定で問題ないデスか?」
「問題ない、というよりそうした方が良いだろうと思っている」
このプロジェクトにおける俺の立ち位置はゲームデザイナーとでもいうべきか。
ゲーム全体の仕様決定権を握っている。
プランナーと呼ばれることも多く、また現代では複数人が分担してあたるような職務だが、
今回のプロジェクトではとある事情から俺一人が担当している。
「以前犬神サンが言っていたのは、エート。レベルデザインの都合デシタカ」
「バランスを取るのが難しい、というのも含むけどな。
この前のMTGでホワイトが『自分なら調整できる』とは言ってたが、正直今回はコントロール出来る要素は極力シンプルにしたい」
「アハハ……まぁ、初めてのことだらけデスシネ」
「それなぁ……」
目の前の女性、絵麻・ホワイトは極めて有能な……簡単にそれだけで括っては失礼だと思えるぐらいには有能なエンジニアだ。
彼女のお陰で、あるいは彼女のせいでこのプロジェクトが現実になった。
「最初の街から結ぶ街道でモンスターが陣取っている、というのモ?」
「同じ理由だな。暫くは街に留めさせたい。んで、試行錯誤させて最初の障害を誰かが取り除くことに期待、だ」
【--警告】
無機質な声が、急に響いた。
【「エインドリア」の人口は1万人程度です。
プレイヤー人口がそれを過剰に超える場合、経済活動に問題が発生する可能性があります】
「そこの対策は、たしかに要るんだよなぁ……」
声の主。それこそが。
FirstAI、「Iris(アイリス)」。
絵麻・ホワイトが生み出した特異なAI。そして--
【パパならどういう対策を取りますか】
「まず、「ティアードオンライン」は唯一無二の仮想世界ではあるがサーバーは分ける仕様だ。
これはパラレルな世界線が複数生まれることを許容するという意味でもある。
だが、仮にそれでも処理しきれない人数が発生するなら対策が必要ということになる」
【なら?】
「最初の街を増やす。要は完全ランダムにスタートさせる仕様が良くないのであって、
条件を満たす複数の街のどこかからスタートするようにして、その上でコントロールすれば良い」
【理解。納得しました】
俺が教育している、ゲームマスターでもある。
必要な学習データは既に読ませてあり、あとはこうしてできるだけコミュニケーションを取りながら成長させているところだ。
……いや、自分でも何言ってるんだろうなってぐらいの話なんだがな?
こんな風にコミュニケーションが取れて自発的に疑問を呈するってどういうことかと。
チャットボットに近いようで、実は話が違う……とは製作者のホワイト談でもあるんだが。
「じゃあ、最初の街を幾つか設定するとして、どれぐらいにしマス?」
「そうだなぁ。シンプルに1万人居るなら1000人ずつ分散させるので10個ってことになる。サーバーの最大想定ってどれぐらいだった?」
「5万ぐらいで収めたいと思ってマスが、最大なら10万まではいけマスネ」
「単純計算で100個の開始ポイントか……」
【大陸を問わなければ可能そうですね】
「正直多すぎるけどな」
苦笑する。
無理ではない、だが望ましい形でもない。
ならばまだより良い妥協案を示す他にはないだろう。
「もう少し分けよう。チャンネルで分けたい」
「おや?あまりやりたくない、というようなことを言ってましたカラ、敢えてサーバー単位でだけ対応してましタガ」
「正確には仮想サーバーという概念で考えてほしい。つまり、物理サーバー1個で10個のサーバーが動いているように見せたい」
「あぁ、ナルホド」
ポン、と手を叩くホワイト。
「可能ではありマス。ですが、そうすると1つのサーバーに最大1万人となるノデ、かなりこじんまりとする気がしマスが……」
「そこは上手くやりたい。あるタイミングで自然に統合していくように出来ないか?
大陸の各街におけるプレイヤー人口の密度を集計して、すべての街がその密度以下になった場合に統合できるようにしたい。例えば街の総人口の5分の1ぐらいだったら2つの仮想サーバーを統合しても良いとか」
【私の出番ですね】
「そうなりマスね。Irisの力があれば可能でしょう。逆も出来マスよ」
「なるほど、可変的にか。出来るなら助かるな。……ただそうするとNPCの持つ数値や財布をどうするか、となるが……」
「すべての仮想サーバーに応じた数値を持っていて、統合/分割の際に再計算すれば良いのデハ? ロジックはこれから組みますが、統合/分割でプレイヤーとの面識状態や経済状況がおかしくならなければ良いのでショウ?」
「あぁ、そのとおりだ。……全く、直ぐに懸念を汲んでくれる上に解決策を提示してくれるんだから助かるよ」
「もちろん、最終実装のロジックは全て仕様書に書き出しマース。その最終承認はお任せしまスネ?」
「助かる。正直なところ、仕様書と実装が乖離しないっていうのが一番のチートだわ」
「褒めても何も出ませんヨ?」
【働くのは私なので褒めてくださいパパ】
「流石だよ、Iris。流石はホワイトの最高傑作だ」
【ふふん】
全く、AIとは思えない感情の出し方だ。
褒めてくださいと言ってきて、自慢気にする。
パパになって欲しいと言われたことを思い出す。
「個人向けのVR機器はどんどん普及している。
専用のデバイスを追加購入しなければならないとは言え、ウチのお嬢があれだけぶち上げた以上、初動が数万人で収まるってことはないだろう」
「100万は無理なく収容したいデスネ。マ、仮にその10分の1で済んでも十分だとは思いマスガ」
「どうせ初動がそこまででなくても、絶対伸びるからな」
肩を竦める。実際のところ、大事故でも起きなきゃ勝ち確みたいなコンテンツなんだ。
これは贔屓目なくそう言える。
このコアルームに眠る技術は「Iris」だけじゃない。
ウチの姫が『情報工学の怪物』とさえ呼ぶこの片言言葉の同僚は、とんでもないものを作り上げた。
なんなら根幹技術は全てこの女性の頭の中から生まれたと言っていいぐらいだった。
「じゃ、まずはその開始ポイントの選定をシマスカ。アイリス、お願いできマスカ?」
【既に幾つかプランを提出済です。アップロードしたファイルを御覧ください】
「流石に仕事が早いデスネ。オーケー、では後ほど犬神サンにお送りするのでどのプランで決めとするか判断貰えマスカ?」
「もちろん。アイリスにも分かりやすいように得点化してフィードバックを送るよ」
【大変有り難いです。よろしくお願いいたします】
全く、仕事のできる同僚がもう一人居るようなものだ。
……いや、何人も、かな?