神様。私達の間柄に『自己紹介』なんてのは必要ないとは思う。
だから〝ライスの姉さんとの一件〟以来、私の身の回りで変わった事だけを伝える。
なんかウララのヤツがやたら引っ付いてくる。
このような状況に至るまでの経緯の説明が必要か?
そうだな。「ウララね、ディオスちゃんのお母さんになる!」とかわけわからん事ほざいて私に引っ付くようになった。以上。
……なんでだ。ライスの姉さんといいウララといい、なんで私みたいな巨女相手に年上振るんだ? 他に年上振り甲斐があるヤツいるだろ。ターボとかビコーとか。
「じゃんぷすけあ? 急に怖いシーンがどーんっ……ってきても、大丈夫だよ。ウララが一緒に観てあげるから」
トレーニングが終わって寮に帰ってきた後、夕ご飯が始まるまでの暇潰しにホラー映画を鑑賞している。
別に私は怖がりなんかじゃない。いや、強がりじゃなくて。じゃなきゃ好き好んで携帯でホラー映画なんて観ない。……さっき多少驚いて悲鳴はあげたものの、だ。
じゃあ、なんでムリヤリ引き剥がさないかって?
俯いて、ちらりとウララの顔を見やる。彼女は私の視線に気がつくと、顔を見合わせて「えへへ」と愛らしく笑った。
……ウララは、こう……なんか無碍に出来なくてな。うん。この点については他の学友達にとっても共通事項だと思う。
まぁ、純粋に甘えてるんだと思う。同室のキングヘイローに甘えればいいのに、とは思うが。
携帯の中で繰り広げられる動画が、スプラッターな場面になりかけたのを察知して私は視聴を閉じた。R-15映画。私達の年齢だと問題は無いはずだが、何故だろう。ウララには見せたくない。
「あれ、観るのやめちゃうの?」
ウララは携帯の画面を見つめながら不思議そうに言った。
「……あぁ、怖くなった」
そのように誤魔化して、私は携帯をテーブルに置いた。こうすれば、ホラー映画の続きをウララに見せずに済む。
「そっか。ディオスちゃんは、やっぱり怖いモノが苦手だったんだね」
彼女は納得したように、うんうんと頷いた。
……いや、うん。それはウララが同席してる時にスプラッターな場面は御法度ではないかと視聴を閉じるからだ。スペちゃんやキングとかは反応面白いけど。
とは言えず、グラスに注いでいた水を口に運ぶ。
しかし……なんでウララは「お母さんになる!」なんて言い出したのだろう。グラスの水をチビチビと飲みながら、そんな事を考える。
「そういえばライスちゃん、ママの役上手だった?」
「ごぶはっ!?」
むせた。盛大にむせた。
い、今なんて言った? 慌ててグラスをテーブルに置きつつ、ウララの顔をうかがう。
「え? ウララ変な事言った?」
彼女は私の反応に驚き、あたふたとしている。私は息を落ち着け、口を開く。
「何故知ってる」
そう尋ねながら、私は冷静を装い、再びグラスを手に取り水を注いで口に含む。ウララはきょとんとした顔で言った。
「えーっと、ディオスちゃんが『ライスママ……』ってライスちゃんに抱きついてる場面を偶然見かけて……」
ノーコメントだ。
「学園生活でホームシックになっちゃったんだよね。ウララも、寮に来たばかりの時はそうだったから気持ちはわかるよ!」
……それとこれは違う。
そんな突っ込みを胸に秘めながら、私は水をゆっくりと口に含む。
お互い、三十秒ほどはただ沈黙するだけだった。
やがて、おもむろにウララが語りだした。その顔は屈託の無い笑顔で。
「だからね。ディオスちゃんが寂しい時は、ウララがお母さん役してあげる!」
そういって両腕を広げ、抱擁を受け止める態勢を取る彼女。
「……………………」
だが私はその好意をやんわりと辞退した。自分より頭一つ以上背丈の小さい彼女に「ウララママァ♥」とかほざきながら抱きつく自分を想像しただけで悪寒がする。
ウララのご厚意はありがたいけど、私は遠慮しておこう。
「遠慮しなくてもいいよ? ほら、おいで!」
まるで犬猫を呼ぶかのような気軽さで両手を広げるウララ。いや、まぁ、どこぞのクラスメイト達から『大型犬みたい』とか言われた覚えはあるが。
まぁ、ウララを納得させる為には形だけでも「ママ扱い」した方が手っ取り早いか。
私はウララに寄りかかり、その小さな肩に顎を乗っける。身長差と体格の関係で、私が覆い被さってるような形に近い。
「よしよし、ウララお母さんですよー♪ 今日も学校でのお勉強よくがんばったねー!」
ご機嫌な声色で、私の背中を撫でるウララ。
………………うん。悪い気はしない……いや、ちょっと気持ちいいかもしれない。かなり、心地良い感じがするし。
彼女の温かい体温が伝わってくる。ウララは、やけに体温が高い気がする。
背中を撫でる手は、優しく温かい。ただ触れるだけでも心地よいその手のひらがゆるやかに上下する様子を見ていると……何故だかとても安心してくる。
「……寝ぼけて布団の中入ってきても追い出さないヤツの気持ちが分かる気がする……」
そう、思わず呟いていた。
「えへへ、キングちゃんは優しいから。ウララが寝ぼけてベッド間違えても、そのままそっと寝かせてくれるんだぁ」
照れ臭そうに笑った後、ウララは言った。
……それは実にキングらしいと思った。彼女の心根は純朴で優しいし、面倒見も良い。何だかんだで他人を放っておけない性分なのだろうと思う。
「ウララにとっちゃ、キングがママか?」
ふと、思いついた事を尋ねてみた。それに対してウララは満面の笑みで答えた。
「えへへ……そうかも? ウララもね、寮に入りたてでホームシックになっちゃった事があったんだ。その時にね、キングちゃんがずっと傍に居てくれたの」
その返答に私は静かに頷いた。その時の光景が、ありありと目に浮かぶ。
きっと、キングは親身になってウララの面倒を見てあげたのだろう。……その時からもう既に、二人は友人同士だったのだろうか?
そんな事を考えつつ……少し羨ましくなり、彼女へ体重を預ける。小さく息を吐くと肩が軽くなるような気がした。
「そうそう、それでいいんだよー。ウララがたくさんぎゅーってしてあげるからね~♪」
私が甘えていると思ったのか、彼女は嬉しそうな声で更に強く抱きしめてきた。
……悪くない。
学友との距離感として、適切かどうかはさて置いても……こうして彼女の体温に包まれているのは心地が良い。
誰かに身を委ねる心地よさは、どうしてこうしてよくよく知っている。彼女は、まるで猫や犬かのペットを可愛がるかのような手付きで私を撫で回している。こういった『母親役』はいかにも手慣れていないといった感じだ。
そんな愛撫がくすぐったくも心地良い感触に目を細めつつ、彼女の背に腕を回し、抱きしめ返した。
「えへへ……」
ウララは照れたように笑い、私の後ろ頭をくしゃくしゃと撫でていた。やがて、彼女の小さな手が私の髪を撫で付けるようにして優しく梳き始める。
無意識に目を閉じ、私はその感触に身を任せていた。
彼女の手は気持ちがいいが……それに甘えているだけでは不公平ではないかと思った。だから私もお返しをしようと思った。
「ウララお母さん……」
彼女のご希望通り、甘えるような声色で、彼女を呼ぶ。
「……なぁに、ディオスちゃん?」
耳元へ、ウララの可愛らしくも母親然とした不釣り合いな台詞が囁きかけた。
その瞬間「ぞくり」とした感覚が背筋を駆け巡る。
同時に、胸の奥がきゅーっとして、身体全体が熱くなるような感覚に襲われた。
………………待て、私にはそんな趣味は……いや、しかし……。
顔が熱くなってくるのを自覚しながら、私は続けて彼女を呼んだ。
「…………ウララ、お母さん……」
そしてしばらくした後、ウララは私の頭と背を優しく撫で続けてくれた。
撫で回すような手付きではなく、愛しむかのような優しさで。
「よしよし……ディオスちゃん、いい子だね~……♪」
赤子をあやすようにそう優しく囁かれると、心が蕩けるような錯覚を覚える。自然と口元が緩み、腹の底から温まってくるような多幸感と安心感に包まれる。
この行為をいつまでも続けてほしいような……そんな事さえ考え始めていた。だから、つい……。
……きゅっと、ウララを抱きしめている腕に力がこもる。
それに合わせ、彼女の腕の動きが止まった。私の髪を梳いていた手も止まって……代わりに私の背に回された手がぽんぽんと優しく叩かれる。
「うん、いいよ……甘えちゃって。落ち着くまで、ずっとこうしていてあげるっ」
彼女は私の背中をぽん、ぽん、と一定のリズムで叩きながら。穏やかかつ明るくそう言った。
耳元へ顔を寄せて囁くような彼女の声が、どこか心地よく響き渡り……私の意識を心地良さの微睡みへと誘う。
……彼女が同室の友でない事を、惜しんだ。夜寝る時にこうしてもらえば、どれだけ心地よく眠れるだろう……?
そう考えたが、それは多分叶わないだろう。……それに、彼女は私の『お母さん』ではないから。
その事を自覚すると、ほんの少しだけ寂しい気持ちになった。
「えへへ……甘えん坊さんだね、ディオスちゃんは」
ウララのそんな声が聞こえた。力を込めて、彼女の身体を抱きしめていたらしい。
……もう少しだけ……。
そう願望を抱いて、彼女の体を引き寄せるようにぐっと力を込めようとする。
「なにしてるの……?」
背後から、凛とした声が聞こえた。
思わず、心臓が口から飛び出そうになる。
振り返ると、そこにはキングヘイローが怪訝そうな顔をして立っていた。晩ご飯の時間だと呼びにきたのだろう。
私は慌ててウララとの抱擁を解いて、誤魔化すような笑顔を浮かべてキングに言った。
「あ、いや。ホラー映画観てたんだけど、ウララが怖がってたから、慰めててー……」
私は努めて平静を装いながら、キングにそう返した。
「ふーん……」
キングは私とウララを見比べた後、じっと私の方を見つめてきた。
普段はこの程度で誤魔化せると思っていたが……疑り深い目つきをしている事から、私を訝しんでいるのは間違いないだろう。
その視線に耐え切れずに、つい顔を背ける。
……キングはため息をひとつ吐いて、私に言った。
「ウララさんにあまり過激なものを見せてはだめよ」
キングはそう短く伝えると、そのまま踵を返す。
助かった……そう思ってウララの顔色を窺うと、彼女はニコニコとした笑みを浮かべていた。
「晩ご飯終わったらまたやってあげるね……♪」
しー、と。唇に人差し指を当てて、無邪気に彼女は笑った。
私としては複雑な感じだけれど、何も言わずにいるのが一番だろうと思い、静かに立ち上がる。……そうして足早に食堂へと向かったのだった。
ハルウララ「どんなお母さんがいい?」
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あまあまとろとろ
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まじめで理知的