食事を終え、宿題終え、風呂入った後は寝るまで自由時間。
「……相変わらず似合わねぇなぁ」
鏡の前に立って、自分の寝間着を眺めてみる。真っ白な一繋ぎのワンピース。どこぞのお姫様もかくや、といった感じだ。
こういう女の子らしい格好は我ながら似合わない。とは思いつつも、誰かに見せびらかすわけでもないから別に構わない。
そう考えて、私は早めに就寝しようとベッドに向かう。
トントンと部屋の扉をノックする音。同室のウマ娘が帰ってきたのかと、私は部屋の扉を開ける。
そこに居たのは、寝間着姿のウララだった。
「こんばんは、ディオスちゃん!」
視線が合うなり、右腕をびしっと真っ直ぐに挙げてにこやかに挨拶する彼女。
……私はその姿に嫌な予感がして、目の前の小動物に素っ気なく言葉を投げつける
「なにしにきた」
ウララは明るい笑顔を浮かべたまま、全くめげる様子を見せずに宣言する。
「約束通り『お母さん』になりにきたよ!」
残念だが、約束した覚えはない。
とはいえ、わざわざ訊ねてきたのを追い返すのも気が引ける相手なのは確かだ。
「まぁ、入れ」
そう言って、私は彼女を部屋に招き入れた。ウララはぴょこぴょこと跳ねながら私の部屋に入ってくる。
「えへへ、ディオスちゃんの部屋だぁ~」
彼女の寮室と大して変わらないだろうに、物珍しげに部屋を見渡す彼女。その視線が私のベッドに止まると、その上に行儀良く座って腕を大きく広げた。
「さぁ、どうぞ!」
得意げにそう宣言し、満面の笑みを浮かべるウララ。
「そういうのはキングにしてやれ」
私はわざと冷たくあしらって、部屋の椅子に腰掛けた。
……だが、そんな私の態度にもめげずに、ウララは明るい声色で返事をする。
「キングちゃんはねっ、ウララにときどきお母さんみたいな事をやってくれるんだ~」
「知ってる」
朝寝坊しているウララを起こして髪を結ってあげたり、風邪をひいた時は慣れない手つきで林檎を剥いたりおかゆを作ったりしてるだろう光景が易々と想像できる。
「だからね、ウララもキングちゃんみたいに誰かのお母さんになれたらな~、って!」
自信満々に胸を張るウララ。私はため息をついて、椅子をくるりと回転させて彼女の方へ向き直る。
「私はちゃんとお母さんがいる」
「うん、ライスちゃんだよね!」
即答されて、私は何度か咳き込んだ。
「……違う、実母がいる。ライスの姉さんはただの、そうただの親戚」
ありがたい事に、私は親無しなんてご身分じゃなく。両親共に健在だ。弟だっている。優しすぎるのが少々気恥ずかしいってくらい、家族に恵まれてる方だ。
だから、ウララがお母さん役なんてする必要が無いのだ。
とはいえど。
「?」
それらを既に知っているウララにそれを言ったところで、大した意味はあるまい。現に彼女は首を傾げて不思議そうにしている。
だから私は、ウララの好意を無下にしないように冷静に努めた。
「わかったわかった」
私がリードしてお姉さんぶればいい話だ。実際、私は五月生まれでウララは二月。九ヶ月近く私より年下なんだし、私が年上ぶる方が自然だ。
私もベッドの上に座って、ぽんぽんと自分の膝を叩く。
ウララはそれを見て、ぱぁっと表情を明るくするとこちらに身を寄せてきた。
「ディオスお姉ちゃんですよー」
やる気のない声でそう言って、私はウララの体を軽く抱きしめる。
柔らかな毛がさわさわと触れてくすぐったい。
ウララの髪はふわふわと柔らかく、まるで綿飴でも触っているかのような触り心地だった。
「えへへ~……」
髪を撫でるとくすぐったそうに身を捩る姿が微笑ましい。風呂上がりなので頭からは甘い香りが立ち上っている。
「臭うかな? お風呂入ったばかりだから、ちょっとしめっぽいかもっ」
「どうかな」
私はそう返すと、彼女の髪に顔を埋めて少し息を吸い込んだ。
いちごかりんごか。赤い果物をイメージさせる香りが鼻腔を満たしていく。
子供向けのシャンプーの匂いだろうか。幼い印象の匂いだが、とてもいい香りがする。
「ウララね、昔からこのシャンプー好きなんだ。いい匂いがするでしょ?」
ウララは髪の匂いを気にするような素振りはするが、嫌がりもせずに私の好きにさせてくれていた。
「……うん、良い匂いだ」
私がそう答えると、ウララは嬉しそうに笑って私の腰に腕を回してきた
彼女の体は温かくて柔らかい。ずっと抱いていたくなるような感覚を覚えつつ、私はそっと頭を撫でた。
「ディオスちゃんがよければ、妹にでもお母さんにでも、なんにでもなってあげるよっ」
そんな献身的な申し出に、私は眉が八の字に曲がってしまった。
……困った。軽くあしらうつもりが、未だウララの方に主導権がある気がする。
それでも、ここで急に突っぱねるほど不仲でもない。ここは素直に受け入れて、年上らしい振る舞いをさせてもらうとしよう。
そう結論付けて、私はウララの体を抱きしめる手を強める。
「うんうん、もっとぎゅーってしてもいいよ! ウララ、体はディオスちゃんよりちっちゃいけど丈夫なんだよっ!」
その言葉に従って、私は少しだけ強く抱きしめた。
柔らかな体と温もりが心地よい。私は思わず目を細め、彼女の体をより深く抱き寄せる。
とくん、とくん……という鼓動の音すら聞こえてくるような錯覚を覚えるほど密着すると、私の腕の中で彼女が小さく身じろぎした。
そして、彼女は私と視線を交わすように見上げると、ふにゃりと笑った。
その表情はまるで慈母のようで、見ているだけで幸せな気持ちになる微笑み。
私は……恥ずかしくなって思わず、視線を背ける。
顔が熱くなるのを感じながらも、やめどきが分からない。
「……ウララ……お母さん……」
思わずそう口走ってしまった。ウララに、私を甘えさせてくれる存在として認めてしまったのだ。
彼女は一瞬きょとんとした顔をしてから……またふにゃりと表情を緩ませた。
そしてそのまま私の胸に顔を埋めると、より強く抱きつき返してくる。
私よりも一回りも二回りも小さい体軀なのに、春の暖かさにつつまれるような包容力を感じる。まるで母親に抱かれた幼子のような安らぎを覚える。
「えへへ……ウララお母さんですよ~♪」
私の腕の中で、彼女はぽつりと呟いた。その言葉には喜びが多分に含まれていて、それが私を酷く幸せな気分にさせる。
彼女の望むままに振る舞って、彼女を喜ばしてあげたい。そんな気持ちが溢れてやまない。たとえそれがいくら不似合いな事でも
かちゃんと寮室の扉を開こうとする音が耳に届いて、瞬間的にウララから体を離した。
同室の者が帰ってきたのだと理解して、顔から火が出そうなほどの羞恥を覚える。はたして、抱き合っていたのが認識されただろうか。
同室の友は……何も言ってこない。軽蔑されてるのか、それとも「仲が良い」と呆れられてるのか。反応が無いせいで判別がつかない。
私はウララの方を振り返り、彼女の耳に向かって小声で語りかける。
「もう寝るから帰れ」
ウララは私の言葉を受けて、頷く。
「そっか、もう就寝時間だもんね」
その受け答えが少し残念そうに聞こえて、思わず付け加えた。
「……また別の日に頼む」
ウララは嬉しそうに笑みを浮かべて、ベッドからぴょんと飛び降りる。
そして、扉に手をかけながら振り返ると、にこにこと笑顔を浮かべた。
「寂しくなったらいつでもウララを抱きしめていいからね!」
それだけ言うと、彼女は静かに扉を閉じた。
同室の友から視線がこっちに注がれる。私は恥ずかしくて何も言えず……そのまま毛布をひっかぶって黙って眠りにつくしかなかった。
ハルウララ「どんなお母さんがいい?」
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あまあまとろとろ
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まじめで理知的