魔女に魅入られた幼女は天使になりたい   作:もいもいん

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先輩

 

 

照りつける日差しに瞼をノックされ、アマネは意識を覚醒させた。

時刻は正午を僅かに回った頃。

アマネはロキの私室の天井と、本日二度目の対面を果たした。

一度目の起床同様、ベッド上でことの経緯を思い出す作業に没頭する。

殆どの出来事は記憶にあるのだが、どうにも思い出せないことが1つ。

 

「……アイズちゃんを空に浮かせて、それから、うーん……何がどうなったんだっけ?」

 

「あ、起きましたか?」

 

扉が開き、相手への気遣いを感じさせる穏やかな声が耳を叩いた。

音の方へ目を()ると、背に流した一束の黒髪おさげと眼鏡が特徴的な少女が、アマネの体調を確認するように歩み寄ろうとしているところだった。

戦闘で感じていたはずの痛みが今現在消えていることからも、恐らくこの女性が治してくれたのだろう、と当たりをつける。

寝転がったままでは良くない、とアマネは上体を起こした。

目の前の少女に視線を合わせ、腰を折る。

 

「はい!色々ご迷惑をかけてしまったみたいで、ごめんなさい」

 

「いえいえ!気にしないでください。怪我した方を癒やすことが私達の役目ですから。……身体の方は治したのですが、どこか気になるところはありませんか?」

 

「はい!アイズちゃんとの訓練の結末だけが思い出せないんですけど、それ以外は全てばっちりです!」

 

「あ~、なるほど。ロキ様とアイズさんから話を伺いましたが、アマネちゃんは最後精神枯渇(マインド・ゼロ)で倒れたみたいですので、記憶が無いのも無理ないと思いますよ」

 

「まいんどぜろ?」

 

如何にも「なにそれ?」という心情がアマネの台詞と表情に込められていたため、思わずくすりと笑みを(こぼ)してしまう少女。

人差し指をぴん、と立て「精神枯渇(マインド・ゼロ)はね……」と幼子にも理解しやすいよう注釈を加える。

 

「なるほどなるほど。僕は魔力を使いすぎちゃったのかー。確かに、あの時はアイズちゃんに攻撃を当てようと必死だったから、そうなっちゃうのも仕方ないね」

 

「私としては、どうしたら入団二日目でアイズさんと戦闘訓練をする運びになるのかが疑問です……」

 

「ロキに誘われて庭に行ったら素振り中のアイズちゃんがいて、それを見学してたらいつの間に?」

 

「その、いつの間が一番大事なんですけどね……。でも取り敢えず、身体と精神に問題が無いなら良かったです」

 

「うん、ありがとう!……えーと……」

 

アマネが言葉に詰まった理由を察した少女は膝を折り、アマネに目線を合わせた。

目をぱちくりとさせる幼女に薄く笑みを浮かべ、穏やかに告げる。

 

「私は【ロキ・ファミリア】で治療師(ヒーラー)をしているリーネです。これからよろしくね?」

 

「改めまして、僕はアマネです!こちらこそ、これから仲良くしてくれると嬉しいな!」

 

元気な返事と共に、アマネは親愛の意を込めて右手を差し出す。

それに一瞬目を丸くしたが、リーネも握り返すことでそれに応えた。

ほんわかした空気が酒瓶転がるロキの部屋を満たす。

(しばら)く幼児特有のぷにぷにした手を人知れず楽しんでいたリーネだったが、今が昼頃且つアマネがまだ何も口にしていないことに気づくと、畳んでいた膝を伸ばした。

 

「アマネちゃん、まだ何も食べてないですよね?このまま一緒に大食堂に向かいませんか?」

 

「いいねー!……あ!あ、朝起きたら、フィンに食堂へ連れていってもらう約束してたのに、すっぽかしちゃった……」

 

それまで楽しげに振る舞っていたアマネだったが、入団二日目で派閥首領との約束を反故(ほご)にした事実に気づくと、手をわたわたと(せわ)しなく動かす。

あれだけお世話になった相手に対して、自分で楽しみと言っておいて、いざロキの部屋を尋ねたらもぬけの殻。

もしかしなくても大変無礼なことをしたと気づき、アマネは顔を青ざめさせる。

 

「ど、どどどうしよう……!お、追い出されちゃうんじゃ……!」

 

「だ、大丈夫だよアマネちゃん!団長は、一回の失態で切り捨てるようなそんな薄情な方じゃないから!」

 

あまりにも落ち着かないアマネの様子に、リーネもつい敬語を使うのを忘れて必死に(なだ)める。

リーネの預かり知らぬことだが、アマネは【ロキ・ファミリア】に来るまでの一年間は親代わりの人物と死別し、1人ぼっちで生きていた。

それゆえ、また孤独になることへの恐怖は尋常ではなく、そう安々とは不安が晴れない。

悪い方悪い方へと幼女の思考が傾く。

見る見るうちに、アマネの目に涙が(にじ)んでいった。

 

「え、え~とえとえ~と……えーい!」

 

「にゅ!?」

 

「ほら、もう大丈夫大丈夫、怖くないよ~」

 

どれだけ言葉を尽くしても不安や恐れを(ぬぐ)いきれないと判断したリーネは、身体的接触に解決法を見出した。

ベッドに膝をついてアマネをぐっと引き寄せ、自らの腕の中に抱きかかえる。

子供特有の、やや高めの体温が抱擁を通してリーネにも伝わってきた。

アマネも暫くは驚愕で身体が固まっていたが、やがてゆっくりと顔を胸に押し当てると、恐る恐る背中へ手を回す。

 

「大丈夫。大丈夫だよ~」

 

リーネは(かつ)て母親にあやしてもらっていた頃の記憶を脳裏から引っ張り出し、安心させるように、心を落ち着かせるように幼女の背中をぽんぽんと叩く。

アマネが久しく味わっていなかった感覚。

一年前まで度々おばあちゃんにせがんでいたその行為を再現されるとは思わず、先程とは別種の涙が浮かぶ。

しかしそうした感傷や未練によって、先程まで浮かんでいた孤独への恐怖や不安が押し流されていくのをアマネは自覚する。

暫し時計の針が進む音だけが部屋に響く、穏やかな時間が流れた。

 

「……落ち着いた?」

 

「……うん、ごめんなさい」

 

「ふふ、アマネちゃんは語彙力とか、昨日の全体挨拶での胆力が凄い子供離れしてるなあって思ってたから、年相応な部分もあると知って寧ろほっとしたよ」

 

「えへへ、そうだったんだ。だったら、将来世界を救う人間としてそのイメージはあまり崩したくなかったけどね……」

 

「私個人の意見だけど、無理してばっかりでも長続きしないんじゃないかな。気持ちを(さら)け出せる場所や人との出会いも大事だと思うな」

 

「……そうかな。うん、そうかもしれないね……」

 

「きっとそうだよ。それに世界を救いたいなら、誰かに優しくされた経験もきっと役に立つと思うよ。困っている人を助けるにも、方法は色々あるから」

 

「それは確かにそうかも。……う~ん、(かな)わないなあ。治療師(ヒーラー)って、リーネちゃんみたいな人ばかりなの?」

 

「ふふ。治療師(ヒーラー)に限らず、私より凄い人達ばかりだよ【ロキ・ファミリア】は」

 

「えー、本当かなあ?でも、それならきっと皆いい人なんだね」

 

「そうだね。アマネちゃんも直ぐに馴染めると思うよ」

 

「えへへ、それは楽しみかも……えい!」

 

アマネは最後にリーネの胸に顔を今まで以上にぐっと押し付けると、弾かれたように勢いよく顔を離す。

先程まで潤んでいた瞳はもう消え去っており、口角も僅かに上がっていた。

頭上にあるリーネの瞳に映った自らの晴れ晴れとした表情に、更に気を良くするアマネ。

対象的にリーネは若干名残惜しそうに表情を曇らせていたが、直ぐに笑みを纏い直すと腕の中の幼女に語りかける。

 

「もういいのかな?」

 

「うん、ありがとう!……でも、(たま)にでいいから、またこうして抱っこしてもらっても……いいかな?」

 

「……!勿論、また何時(いつ)でも甘えてね」

 

「!……うん!」

 

顔を見合わせ、笑みを深める両者。

どちらからともなく抱擁を解くと、アマネもベッドから降りた。

途端、ロキの部屋の扉がノックされる。

 

「アマネちゃーん?うっすら声聞こえたけど、もう起きたんかー?」

 

「あ、ロキ!うん、もう元気元気だよ~」

 

「そかそか、ほな良かったわ!入るでー」

 

「はーい」

 

扉を開いてロキが入ってくる。

主神が自分の部屋に入って、先ず一番に目に入るのはリーネの存在。

アマネの治療を任せていたため、治療師(ヒーラー)である彼女が此処(ここ)に居ること自体は特に不思議ではない。

しかし、何だかアマネとの距離が近い――まるで先程までくっついていたのかと勘ぐるくらいに。

ロキはその光景を己の中で咀嚼(そしゃく)すると、にんまりと不気味に唇を吊り上げた。

下界の美少女が大好物であるロキにとっては、麗しい彼女等がいちゃいちゃすることも勿論大歓迎。

将来花開く可能性を秘めた百合の種が()かれたことに、ロキのテンションはぶち上がっていた。

ただ、その感情の(たかぶ)りが表出しているのは大問題であったが。

 

「わぁー。なんかロキ、凄いはしゃいでるねー」

 

「あはは。まあロキ様は何時もこんな感じだから……」

 

2人は苦笑いを浮かべながらロキを眺めていると、その視線に気づいたロキはぴたりと動きを止めた。

つい今朝方、アマネと手を繋いだ時に胸の内で誓ったことを思い出す。

『この娘にだけは嫌われないようにしよう』。

全知を(うた)う神でありながら、半日も経たないうちに平気で誓約を踏み倒そうとした自身を脳内で叱咤する。

瞑目し、深呼吸。

気分を落ち着けたロキは、再び2人へ向き直った。

 

「いやー、アマネにもう心を許せる仲間が出来たことが嬉しくてな!ついつい小躍りしてもうたわ!」

 

言葉は軽薄ながらも、目元は優しく孤を描く。

所謂(いわゆる)神の顔を、寸分狂わずロキは表現する。

アマネはその顔と言葉をすっかり信じ込み、深く感動したように胸を押さえた。

哀れ、神が下界の住人の本質を見抜くことが出来ても、その逆は無いのである。

 

「え、そうだったんだ……嬉しい!僕、こんなに優しい団員と慈悲深い神様がいるファミリアに入れて幸せだよ!」

 

「はっはー!そやろそやろ~!うちのファミリア、最高やろー?」

 

「超最高だよ!昨日までずっと寂しい思いをしてたのに、たった一日でこんなに幸せを恵んでもらえるなんて夢みたい!」

 

「うちらがいれば、もう何も怖いものなんて何も無いんやてー!さ、そろそろお昼ごはん一緒に食べよ、大食堂まで行くでアマネちゅわーん!」

 

「わーい!どこでも着いていくよー!」

 

「て、掌で転がされてる……」

 

無駄な道化師(ペテン師)ぶりを発揮するロキの話術により、すっかり主神の(とりこ)と化してしまうアマネ。

幼気(いたいけ)な幼女の心を巧みに操る己の主神にドン引きしつつも、リーネはアマネの表情に気づき、目元を和らげる。

燦々(さんさん)と部屋に降り注ぐ太陽光に負けないくらいの笑顔が、アマネの顔を彩っていたのだから。

時はまだ正午過ぎ。

彼女の騒がしい一日は、まだまだ終わらない。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

アマネがロキ、リーネを連れて場所を移したのはすっかりお馴染みとなった大食堂。

大食堂から執務室、執務室からロキの私室までの道のりを昨晩の案内で記憶していたため、アマネは自ら先導役を買って出たのである。

ロキは兎も角、リーネは本当に辿り着けるか期待半分疑念半分といった心持ちだったが、実際に大食堂までの道のりが完璧であったため目を見張った。

大食堂の入り口で2人から絶賛を頂戴したアマネは、現在花丸笑顔の上機嫌といった様相である。

三人で1つの席に着くも、既に朝食の時間は大幅に過ぎているため食事の用意は無い。

どうするのかとアマネがロキを見上げると、時を待たずして入り口からぞろぞろと集団が近付く足音が耳に入ってきた。

 

「……ロキ、お待たせ」

 

「おお、アイズたん!ティオネもレフィーヤもお疲れさんな!グッドタイミングやでー!」

 

「ぐっど……?取り敢えず、頼まれたものは買ってきたよ」

 

「おおきになー。持つべきは有能な子供達や」

 

「まったく、調子いいわね」

 

「あはは……」

 

アイズは、ラッピングされた取っ手付きの箱をロキに手渡す。

礼を述べながらうきうきした様子でラッピングを解いていくロキを横目に、ティオネがアマネの右隣へ座った。

それに(なら)ってアイズとレフィーヤも席に着く。

現在の席順はアマネを中央に、その左右にそれぞれリーネとティオネ。

対面はレフィーヤとアイズでロキを挟む形だ。

心做(こころな)しか主神の表情もにやついている。

 

「アマネ、って言ったわよね?私はティオネよ。あんたの教育係に団長から任命されているわ。よろしくね」

 

「わ、私はレフィーヤ・ウィリディスです!ティオネさんと同じくアマネちゃんの教育係に任命されています。これから一緒に頑張りましょうね!」

 

「はい!改めましてアマネと申します。先輩方に指導してもらえるなんて光栄です!お二人共、よろしくお願いします!」

 

まさかいきなり指導員が付くとは思わず、アマネは感謝を述べながらも驚愕を瞳に宿す。

ただ対象的に、アマネの爽やかな返事を受けてもティオネの瞳の温度はやや冷ややかであった。

女戦士(アマゾネス)はアマネの背に手を回し、僅かに声の調子を落とす。

 

「ところでアマネ……早速質問があるんだけど」

 

「え?な、なんですか?」

 

ロキやフィンと執務室で「遠慮しなくて良い」というやり取りをしてからというもの、誰に対しても二言三言後には敬語を取り払っていたアマネ(あれはフィンやロキ等、首脳陣には気を遣う必要はないという内容ではあったが)。

しかし、ティオネからは本能的に何か感じ入るところがあり、アマネは口調を崩すことが出来なかった。

根源的な不安を呼び起こすオーラを(かも)し出しながら、ティオネは続ける。

 

「あんた……団長のことをどう思ってる?」

 

「団長……フィンのことを?ど、どうって言われても難しいです……?」

 

「ティ、ティオネさん!?アマネちゃんはまだ5歳ですよ!?」

 

「そ、そうですよ!あ、あと怖いですからアマネちゃんの背中に回している左手を離してください!同列に座る私からは見えてますからね!?」

 

「あら、ごめんなさいね」

 

リーネからの指摘に、しれっと目を逸らして左手をどかすティオネ。

猛獣から(かば)うように、リーネはアマネを強く抱きしめる。

背に触れていた手が氷のような冷たさから陽だまりのように温かく優しいものに変わったことで、アマネは僅かに緊張を()いた。

 

「まぁ子供相手に遠回しに聞いても仕方ないわね。あんた、団長と結婚したいと思う?」

 

「え?それは全然無いですけど……フィンがどうこうじゃなくて、僕は今夢を追ってる最中なので」

 

アマネの返事を聞いた途端、ティオネが()き散らしていた負のオーラは霧散した。

すっかり瞳に温度を取り戻し、満開の笑顔が上機嫌であることをこれ以上なくアピールしている。

ティオネはリーネに抱えられたアマネの頭をよしよしと撫で、声の調子もスキップしているかの如く弾ませた。

 

「悪かったわね、アマネ!私が見誤っていたわ!昨日の晩の全体挨拶で、団長があんたの頭を撫でていたものだから、勘違いしちゃったのよ!」

 

「え、えーと……よく分からないけど、あれは娘とか孫を褒めるような感じだったと思うよ……?」

 

「それもそうよね!私ったら、団長の隣に立つ女として相応しくなきゃいけないのに、すっかり冷静さを欠いていたわ!ごめんなさいね!」

 

「あ、あはは……。お、お気になさらず……」

 

「そんなに(かしこ)まる必要なんか無いわよ!私達これから師弟関係になるんだから、もっと楽にしてちょうだい!」

 

「は、はーい!」

 

いっそ不気味にすら見えるティオネの豹変に、アマネは上ずった声で返事をする。

まだ恋愛方面の感情は芽吹いていないアマネだが、結婚云々の質問とそれに対する返答を聞いた後の機嫌の回復ぶりから、目の前の狂戦士(バーサーカー)がフィンのことを好いているのだろうと察した。

根は悪い人で無いことを幼女は心の中で強くお祈りする。

 

「アマネちゃん、気を遣わせてごめんなさい……ティオネさんってば、団長が絡むといつもこんな感じで……。私達3人の他にもう一人指導役がいるんですけど、少なくとも私とアイズさんは至って普通ですから安心してください!ね、アイズさん?」

 

「う、うん……」

 

「あれ?ア、アイズさん?」

 

レフィーヤのアマネに対するフォローに、アイズは浮かない表情を浮かべる。

14歳の天才魔法少女が己の脳内で必死に原因を探求した結果、びかーん!と1つの結論に思い至った。

それは朝の大食堂の会話。

アイズが「アマネに教えられることは剣しかない」と言った時、確かにティオネはこう返したのだ。

 

『脳筋』と。

 

今さっきアマネがドン引きしていたティオネにすら脳筋と言われたアイズ。

果たしてその自分が『至って普通』なのか、それを思い悩んでいるに違いない。

レフィーヤはそう結論づけた。

 

「だ、大丈夫ですよアイ――」

 

「まぁそら、アイズたんは5歳児を入団二日目で二発殴った上に、最後にはアマネちゃんから『()たばれ』言われとるからな~。自分が普通かどうか、若しくは好かれとるかどうか自信無いのも無理ないわ」

 

「……うぐ」

 

「ロキぃぃぃぃぃいいい!?」

 

口を開くレフィーヤに先んじて、ロキがアイズを言葉の刃で容赦なく斬りつける。

あまりのショックに、がくっと顔を突っ伏してしまうアイズ。

ただ誰より混乱しているのは、対面で主神の台詞を聞いていたアマネであった。

 

「……え?え?僕、『くたばれ』なんて言ったの?いつ?」

 

「あー、やっぱり意識無かったんかアマネちゃん。多分アイズたんを空に吹き飛ばしたとこまでは覚えてるやろ?」

 

「!……うんうん!」

 

正に自分が覚えている範囲をずばり指摘され、アマネは何度も首を振った。

ロキは「やっぱりな~」と納得したように腕を組み、言葉を続ける。

 

「うちは何処かの色ボケみたいに魂を見通すなんて出来んけど、それでもあん時のアマネからはどす黒いもんが溢れてたのはモロに分かった。あれは明らかに自分由来の精神じゃない。分かりやすく言えば、何かに乗っ取られたみたいな状態やったと思うわ」

 

「乗ったられた……」

 

「せや。現にアマネはアイズに『死ね』なんて微塵も思っとらんやろ?」

 

「そ、それは勿論だよ!」

 

「ま、アイズに憧れてうちに来たんやから、そら当然っちゅー話やな。って訳でアイズたん、今自分が考えてることは全部誤解やから気にせんでええで~」

 

ロキはが突っ伏すアイズの頭を撫でながら諭すも、依然としてアイズの面は上がらない。

くぐもった声で「でも……」と呟く。

 

「私、鞘で2回も殴っちゃった……」

 

「いやいや!訓練なんだから気にしてないよ!」

 

「……でも、フィンは私との初訓練で、小突きは何回かしたけど、ちゃんとした攻撃は一回だったし……」

 

「こんなに落ち込むアイズさん初めてです!?」

 

「びっくりするほどネガっとるな~」

 

アマネのフォローも届かず、殻に籠ってしまうアイズ。

普段これほど感情を表に出さないアイズの人間的な一面に、レフィーヤ達も驚きを隠せない。

ロキは「まあまあ」と言いながら、(ほど)いたラッピングをテーブルの端に置き、箱の取っ手部分を開いた。

 

「これでも食うて元気出しやー、アイズたん!今日はうちの奢りや!」

 

白い箱から覗くのは色鮮やかな複数のケーキ。

ショートケーキやチョコレートケーキ等の、見た目・匂いから既に味が伺い知れる出来栄えに乙女達のテンションも上がる。

 

「たまには粋なことするじゃない、ロキ!」

 

「遠征前から甘いものは我慢してたので、久々です~!選ぶ時、どれにするか悩んじゃいました~」

 

「これって!あの、ケーキ!?凄い、僕初めて食べるよ!」

 

「アマネちゃん良かったね~。本当にどれも美味しそうで、悩ましいですね」

 

「むふふ、そんなに喜んでもらえるとプレゼントした甲斐があるわ~」

 

アイズを除いた4人の喜ぶ姿に、ロキは満足した様子でふんす!と鼻息を鳴らす。

漸く顔を上げたものの未だ暗い雰囲気を纏うアイズに、レフィーヤは「どれがいいですかアイズさん?」と声をかけるが、「何でも大丈夫……」と会話を切り上げてしまった。

 

どうしたものかと悩む一同だったが、アマネはぴこーん!と何かを思いついたように両手を打ち合わせた。

自分が選んだケーキをアイズの正面に置き、アマネは机の下に潜る。

一同に見守られる中、幼女が机下からぴょこっと顔を出した先はアイズの膝の上。

そのままアイズに抱き抱えられるような格好になり、アマネは背後の人物へ振り向く。

 

「えへへ、嫌いな相手にこんなことしないでしょ?出会った時から変わらず、今もアイズちゃんのこと大好きだよ!」

 

「……!」

 

膝の上で満面の笑みを浮かべるアマネに、アイズは今度こそ感激を瞳に映す。

神の瞳など無くとも、悪意の1つも無いことは誰の目にも明らかだった。

少女の存在が、不思議と己の精神を浄化してくれていることをアイズは自覚する。

アイズは漸く目に光を映すと、朝殴ってしまった分を取り消すように左手で抱きかかえ、空いた手で只管(ひたすら)幼女の頭を撫で回す。

その光景にアイズ・ヴァレンシュタインの復活を悟った他の面々は、ほっと胸を撫で下ろした。

 

「それでしたら、私がお皿とフォークを持ってきますね」

 

「おー、頼むわリーネ~」

 

「あ、僕も行くよ?」

 

「ふふ、大丈夫だよ。そのままアイズさんに付いててあげて?」

 

「ありゃ、了解!」

 

敬礼の姿勢を返すアマネにリーネは笑みを落とすと、食器棚へと移動していく。

暫しの談笑の後、扉を乱暴に開く音が一同の耳を叩いた。

音の出処(でどころ)へ向かう視線。

その先には、自身の気性を象徴するように荒ぶる銀の髪や尾を(なび)かせ、狩人にも獣にも見える琥珀色の瞳をギラつかせる狼人(ウエアウルフ)の姿。

第一級冒険者――【凶狼(ヴァナルガンド)】ベート・ローガが大食堂へ足を踏み入れていた。

 

乙女たちの視線を意に介することなく、ずんずんと足を進めるベート。

ファミリアきっての問題児の登場に、嵐が起こる前兆が大食堂を包んだ。

 

 

 

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