魔女に魅入られた幼女は天使になりたい   作:もいもいん

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兆候

 

 

ベート・ローガ。

 

美形といって差し支えない容姿と漢らしい姿勢が評判で、実際に街中で黄色い声を聞くことも珍しくない。

20代で第一級冒険者として活躍する天才でもあり、特に【ロキ・ファミリア】入団以降の目覚ましい活躍から名声も十二分。

(おとこ)として大凡トップ中のトップと言えるこの青年だが、女性人気が高いかと言われれば、それには首を傾げざるを得ないだろう。

その理由は至極単純――彼の粗暴な振る舞いにあった。

 

「おい」

 

「あ、ベートさん!朝食の時間でも無いのにどうして此処に?」

 

「ちッ、朝飯に寝坊しただけだ。何か食えるもん冷蔵庫から勝手に取るぞ」

 

「馬鹿ねぇあんた。遠征帰りなのに、どうせまたダンジョン潜ってたんでしょ」

 

「うっせぇ、何をしようが俺の勝手だろ」

 

席に着くロキ達に近づき、ベートは一言無遠慮に投げかける。

ティオネに呆れた視線を向けられるが、意に介さずキッチンへ向かうベート。

その最中、自身が一目置く金色の少女――の腕に包まれる黒の幼女に目を()る。

剣のように鋭い雰囲気を纏っていたアイズが、目に見えて熱を上げている様子に面白くないと思ったのか、ベートは鼻で息を鳴らした。

 

「はッ、そいつが例の新入りか」

 

「そう言えばベートさんは昨晩の集会、来てませんでしたよね。この子が新しく入ってきたアマネちゃんです」

 

「はっ、はい!アマネ・アルカディアです!よろしくお願いします!」

 

「雑魚には興味ねぇよ。精々死なねぇように引きこもってることだな」

 

ベートはアマネに一言罵倒を飛ばすと、彼女達に背を向ける。

 

(アマネちゃんには悪いですけど、ベートさんがこの程度の小言で済ませてくれるなんてまだ幸運でした)

 

(流石のベートさんも5歳児には荒々しい態度を取る気は無いのかな。……隠れた優しさに気づくなんて大人でも難しいのに、子供にはまだまだ早いから)

 

嵐が過ぎ去ったことに、レフィーヤとリーネはそっと胸を撫で下ろした。

5歳児にとっては今のベートの発言も十分に暴言に値するだろうが、常日頃の彼を知っている彼女達からすれば大分穏やかな方である。

あとでアマネにはフォローを入れておこう、と気を取り直して手元のケーキにフォークを刺そうとした――

 

「申し訳ないけど、引きこもるつもりはありません」

 

「あぁ?」

 

――が、まさか過ぎ去った台風が戻ってくるとは思わず、ぴたりとレフィーヤとリーネのフォークが菓子の寸前で止まってしまう。

自身を見下ろすアイズも、周囲でアマネを凝視するロキ達も、アマネが返事をするとは思わず驚愕を瞳に宿している。

ベート本人もまさか吠えかかってくるとは思わなかったのか、歩みを止め、幼女を振り返った横顔で睨みつけた。

切り裂くような狼人(ウェアウルフ)の眼光に怯むことなくアイズの身体から顔を覗かせたアマネは、意思の光を含んだ眼差しをぶつける。

 

「ベートさんの気遣いはすごーく感じましたけど、僕には世界を平和にするという目標があるので止まるつもりはありません」

 

「世界を?平和に?そんな意味の分からねぇことやろうとしてんのか、てめぇは」

 

「はい!この世界全てに手を差し伸べてあげられるような人になります!今は兎に角強さが第一の世界なので、そのために先ずは力をつけることが目標なんです」

 

「はん、そらご苦労なこった。だが、雑魚のお前が何を(わめ)いたところで響かねぇよ。精々(うつわ)の2つや3つでも上げてから吠えることだな」

 

「器?は良くわからないけど、任せてください!何時(いつ)か、ベートさんを絶対見返しますよ!」

 

「ほざけ、クソガキが」

 

最後にそれだけ言うと、ベートは今度こそキッチンへと向かった。

アマネも言いたいことは言ったのか、満足気に顔を戻し、ケーキに手を付け始める。

リーネとレフィーヤは今度こそ胸に(つか)えていた息を吐き出した。

 

「アマネちゃん!ベートさんは気難しい人ですから、あまり喧嘩を売るような行動しちゃダメですよ!」

 

「あはは、レフィーヤちゃんったら大げさな。ただ夢を語っただけだよー。それに、確かに口は悪いみたいだけど、凄い優しい人だと思ったな~」

 

「は~?アマネ、人を見る目が無いんじゃない?」

 

「えー、そうかな~?そんなことないと思うんだけどな~」

 

「で、でも!ベートさんがいつもより穏やかだったのは間違いないですよね!」

 

「……うん。私もそう思う」

 

「ま、リーネの言っとることは間違ってないやろな。単純に5歳児に罵倒を浴びせかけるのは下品って思っとるだけかもしれんけど。でも昔からヤンキー×幼女は王道カップリングやから、相性は絶対悪くないはずやでー!」

 

「やんきー?かっぷりんぐ?」

 

ロキの謎ワードに首を傾げる一同。

ロキがとぼける一方で、ベート本来の(たち)に理解があるリーネと主神の2人だけは、彼が比較的(ぬる)い態度をとった理由が分かっていた。

ベートは本質的に弱者が弱者であることを認めず、強者に成らんと欲するものには唾を吐きかける。

それすら()ね退けて立ち上がる者のみ彼は歓迎するのだ。

大の大人にすら歯向かうほどのアマネの渇望を見て取ったベートは、先ずは様子見をしようと決めたのだろう。

ある経緯からベートの厳しさの理由を知る2人はそう判断していた。

 

(……でも、ベートとアマネのコンビが相性悪くないのはガチやろな。アマネが良いクッションになって他団員とベートの関係性も良化するかもしれんし。……何よりおもろそうやから、後でフィン達にも伝えとこ~。ふひっ)

 

ロキは脳内で自己完結すると、小さくなったケーキを口内に放り込む。

他の面々も食べ終わったタイミングで、ロキが両手を打ち合わせた。

 

「うん、中々美味かったなー!ところで、アイズ達はこの後予定とかあるんか?」

 

「……私はダンジョンに――」

 

「却下や却下。遠征から帰ってきたばっかなんやから、たまには身体を休めるのも大事やでー」

 

「全くよね。あんたもまだ若いんだから、今しか出来ない遊びをすることも大事よ」

 

「今しか出来ない、遊び?」

 

「そ。好きな服を着たり、カロリーを気にせず食べたり……それに、恋をするのも、うら若き乙女の特権よ!」

 

「あ、あはは……ティオネさんはもうちょっと恋を秘めても良さそうですが……」

 

レフィーヤの苦笑も気にせず、1人脳内の花畑に飛び込むティオネ。

通路で1人くるくると回り始めた恋多きアマゾネスを、アマネはまるで珍獣でも見るかのように観察していた。

とどのつまり、全員これといった用事が無いと理解したロキは1つ提案をする。

 

「ほな、指導役になるアイズ、レフィーヤ、ティオネの三人でアマネちゃんに街の案内してくれんか?」

 

「ほえ?僕、一応オラリオで暮らしてはいたんだよ?」

 

アマネの如何(いか)にも不思議です、と言わんばかりの表情にロキは唇を吊り上げる。

アイズの腕に抱かれる幼女の頭を撫でつつ、言葉を続けた。

 

「今まで過ごしてきた場所と、今後冒険者として必要になる場所はまた別っちゅーことや、アマネ。ギルド――は流石に分かるかもしれんけど、武器の購入や整備、うちらが懇意(こんい)にしとる医療系ファミリアや商業系ファミリア。ざっとこんくらいは覚えてもらわなあかん」

 

「はぇ~、なるほど。確かに知らないことばっかりだ」

 

「せやろ?うちらは探索系ファミリアやけど、ただ戦えばええっちゅーわけやない。ダンジョンの成果物を換金しないと生きていけへんし、傷ついた身体を癒やさないと次の戦いにも(おもむ)けん。商業系ファミリアからのクエストも大事な仕事の1つや。うちらは大手ファミリアやから、関係を持つファミリアも中々多いし、大変になるで~」

 

「記憶力には自信があるから、任せてよ!」

 

「むふふ、期待しとるでー。せやから、三人には街の案内を頼みたいってわけや」

 

「あの、私がいない理由は?」

 

「リーネはもう十分アマネと仲良くなったしなー。次は、この三人と仲良くする番ってことや」

 

ロキの説明にリーネは渋い顔を見せたが、理由には納得出来るからか、不平を呑み込むように「わかりました」と返事をした。

心穏やかなリーネにしては珍しい反応である。

その様子を見たロキは苦笑を浮かべると、団員の不満を解消すべく言葉を並べた。

 

「まぁ、今後何時でも会えるからな、アマネとは。もううちらは家族なんやし。な、アマネ?」

 

「勿論だよ!次は一緒に遊ぼう!」

 

「アマネちゃん……。そうだね、楽しみにしてるね」

 

アマネの言葉に漸く不満が消え去ったのか、将又(はたまた)幼女の前で渋い顔をするのは如何なものかと思ったのか、リーネは漸く笑顔を見せた。

その光景にロキは(いた)く感心する。

自身と周囲の精神不安を緩和するアマネのレアスキル――【神の美(イオフィエル)】。

アイズのように重い過去を持つ者から、日常生活の中に些細な不平不満を覚える者まで平等に癒やす、反則級の固有(ユニーク)と言ってよい効能だ。

ファミリアの規模に依らず、複数人子供を抱えているファミリアなら喉から手が出るほどに欲しいだろう。

不安や不満、恐怖を緩和し、健全な精神状態を保つことは円滑な組織運営を促すのみならず、未知が渦巻くダンジョンにおいても強い効果を発揮する。

今朝見せた【暴食(グラトニー)】といい、今(まさ)に振りかざしている【神の美(イオフィエル)】といい、あまりにも優良物件(大当たり)であるアマネにロキは内心舌を巻いた。

――それと同時に、精神安定剤であるアマネがいなくなった時が怖くもあるのだが。

 

「ほなゴミはうちが片付けておくさかい、三人共頼んだで~。アマネちゃん、観光楽しんできーや」

 

「……うん、行ってきます」

 

「行ってきまーす!」

 

どちらから口に出すこともなく、アイズとアマネは手を繋いで大食堂を出る。

特殊な出会いだったとはいえ、出会ってまだ数日なのに本当の姉妹にすら見えるその後姿。

その光景を何とも言えない表情で眺めるレフィーヤの背中を、急かすようにティオネは引っ叩くのであった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

北西のメインストリート――通称、『冒険者通り』。

オラリオで最も冒険者の往来が激しく、ギルド本部を始めとして多くの武器屋や道具屋、酒場などが軒を争っている。

時刻は14時を回った頃。

アイズ達はアマネを伴って先ずはギルド本部へ足を進めていた。

アマネも流石にギルドについては概ね理解していたものの、先ず冒険者登録をしなければ活動すら出来ないため、どの道一度は訪れる必要があったのだ。

行き交う人々の視線が自然、アイズ達に引き寄せられる。

オラリオ最大派閥のLv.5という肩書は、それだけで畏怖や敬意、羨望や嫉妬など様々な感情を一気に背負うことを意味する。

アイズやティオネにとっては日常茶飯事になっていたが、レフィーヤは未だに慣れず、初体験のアマネに至っては目を白黒させていた。

 

「ほわ~、なんだかすっごい見られてるね~」

 

「私、まだ慣れないです……」

 

「まぁ何時のことよ。レフィーヤもアマネも、第一級冒険者になりたいなら此の位は動じずにいなさい」

 

「お~、かっこいい!」

 

アマネはロキと(ちぎり)を交わした晩、主神からファミリア幹部の名前とレベルを事前に聞かされていた。

特徴や性格については自分で見極めてほしい、という主神の意図で教えてもらえなかったが。

それゆえ先のフィンに関する出来事でティオネには若干怖い印象を抱いていたが、先刻からは想像も出来ないほど格好良い現在の発言と態度に、アマネはティオネへの印象を改め、尊敬の念を抱いた。

その一方で焦りを覚えてしまうのはアイズ。

自分も先達としての威厳を見せたいと考えるのは自然な流れだった。

 

(私も、先輩らしいところを見せないと……)

 

心の中の幼いアイズも、白旗をせっせと振って応援している。

「白旗は降参の印やで~」という主神の言葉が何処からか聞こえた気がしたが、そんなのはアイズの気の所為に違いない。

何をもってアマネの気を引くか考えたアイズは、通りの武器屋に目をつけた。

 

「……アマネ、欲しい武器があったら何でも買ってあげるからね」

 

「アイズさん!?何となく狙いは読めますけど、よりによってモノで釣るんですか!?」

 

「えと、こ、これは……入団祝いとして」

 

「それにしても、いきなり武器は無いでしょアイズ。大体、初心者に使わせる武器は大抵本拠(ホーム)の武器庫に揃ってるでしょ」

 

「あ、あはは……気持ちはすっごい嬉しいけど、特別なことをしなくても、僕はアイズちゃんも尊敬してるよ?」

 

「そうですよアイズさん!普段通りが一番です!」

 

「……うん」

 

自分を慕う後輩2人からの気遣いをひしひしと感じ、アイズは若干落ち込む。

ここ数年ずっと剣一筋で生きてきたために、アイズは神々が言うところの『女子力』が最低限を下回るレベルになってしまっていた。

如何にもずーん、と音が聞こえそうな様子のアイズを見たティオネは、活を入れるべく友の背をぱしーん!と引っ叩く。

ロキお好みの背中がざっくり空いたタイプの衣服を着用していたため、白磁のような背中を紅葉が彩った。

 

「……ッ!?」

 

「色々悩んだところで、結局は自分の手持ちで闘うしかないのよ、人間は。アイズもまだ15歳なんだから、今から学んでいけばいいわ。それと……」

 

「それと?」

 

背中を(さす)りながら首を傾げるアイズ。

ティオネは片目を瞑って笑いかける。

 

「ファミリアであんたを育てたのはリヴェリアやロキ達なんでしょ?ま、ロキは兎も角……リヴェリア達にやってもらったことをそのまま下の世代にもやってあげれば、きっと上手くいくわ」

 

「ロキやリヴェリアに、やってもらったこと……」

 

ティオネの言葉を脳内で反芻(はんすう)するアイズ。

幼い頃から今の今まで、アイズはリヴェリアやロキ達には世話になりっぱなしと自覚していたが、その中でも何が一番嬉しかったかについて思いを巡らせた。

 

そうこうしている間にギルド本部でアマネの冒険者登録を済ませ、初心者向けの武具も講習も必要としない【ロキ・ファミリア】一行は早々に退散する。

最大手ファミリア相手だとギルド側も気を遣うし、周囲の視線でアマネやレフィーヤも居た堪れない思いをするしで、長居してもお互い良いことは無いのだ。

 

「意外とあっさり終わるんだね~」

 

「羊皮紙に必要事項を記入するだけで冒険者になれちゃいますからね。私も昔は拍子抜けしたな~」

 

「……私も、ほとんど何も書かなかった」

 

「【ロキ・ファミリア】って肩書だけで担保出来るのも大きいわよね。さっすが、私の団長よ!」

 

「あはは……まだティオネさんのじゃないですけどね」

 

アマネ達は商業系・医療系ファミリアの案内を終えた後、北西の『冒険者通り』から外れて本拠(ホーム)に戻るべく市井(しせい)の道を歩いていた。

通りを馬車が走り、道の脇で果物や雑貨が売買されている。

買い物とは無縁であったアマネは、露店に並べられた商品の数々を興味深そうに眺めながら歩を進めた。

いつの間にやらレフィーヤに懐いたのか、先輩半妖精(ハーフエルフ)の手を引っ張りながら質問を重ねている。

 

「あの果物大きい!なんて言うんだろう」

 

「あれはスイカですよ、アマネちゃん。皮は緑と黒の縞模様ですけど、中身は赤くて、とっても甘いんですよ」

 

「へー!いいなあ、美味しそう~」

 

「ふふ、今は無理ですけど、今度買ってあげますから一緒に食べましょう」

 

「いいの!?わーい、レフィーヤちゃんありがとー!」

 

「どういたしまして~」

 

「……!」

 

アイズと姉妹のように手を繋いでいたアマネへの微かな嫉妬は何処へやら、レフィーヤもすっかり絆されて頬を緩ませていた。

そんな理想の先輩後輩像を体現するレフィーヤとアマネのやり取りを目にして、アイズの脳内を電撃が走り抜ける。

 

(はっ……!これが正しい先輩像!レフィーヤ、凄い……!ご飯……私が子供の頃の思い出の品で、且つアマネに好かれそうなものと言えば……むむっ!)

 

アイズはカツカツと足音を鳴らして、前を行くアマネを追い越す。

自然アマネ達の視線は音の主に引き寄せられるが、今の彼女にそれを気にする余裕は無い。

(かかと)を軸に回転し、アイズは仲間たちに振り返るが、その目はどこかふらふらしていた。

 

「……そういえば、ここの近くに、美味しいお菓子があるんだった。久しぶりに食べたい、かもー」

 

(アイズさん、物凄く演技が下手ですーー!)

 

(普段無表情なのに、意外と顔に出やすいのよねこの子……)

 

レフィーヤとティオネがアイズの残念な部分に脳内でツッコミを入れる一方で、未だ憧憬補正が効いているアマネは興味津々といった様子で目を輝かせた。

 

「え、アイズちゃんのおすすめがあるの?見てみたいなー!」

 

「……うん、もうすぐそこだよ。本拠(ホーム)からもそんなに遠くないから」

 

「あれ、アイズさんの好きなお菓子で、私達本拠(ホーム)の近くといったら……」

 

「まぁ、取り敢えず付いていきましょう」

 

アマネを釣れたことで、心の中の幼いアイズが勝利の拳を(かか)げている。

その一方、アイズの好物×立地という条件で脳内検索した結果、2人には思い当たる節があったのだが、一先ずアイズに先導を任せることに決めた。

その間もアマネはレフィーヤの腕をぶんぶん振り回し、如何にも期待満々といった様子で飛び跳ねている。

やや歩いた後、右手側から芋を()げた香ばしい匂いが漂ってきた。

看板には共通語(コイネー)で『ジャガ丸くん』と(つづ)られている。

 

((あぁ……やっぱり))

 

「……ここだよ」

 

「ジャガ丸くん?名前的にじゃがいもを揚げた食べ物なのかな?」

 

「まぁ正直見た目的にはお菓子というよりおかずよね、これ」

 

「ティ、ティオネさんしーーっ!ここはアイズさんを立てて上げましょう!」

 

脳内で描いていた通りの店に連れられたティオネは耐えきれず小声でツッコむが、レフィーヤに制される。

遠征帰りということもあって久しく食べていなかったため、ここに来てアイズもどこか上機嫌な様子で店に並ぶ。

表情には中々出ないアイズのそんな機微を感じ取ったのか、アマネも釣られて笑顔を咲かせた。

 

「遠目にメニューが見えるけど、なんか色々な味があるのかな?」

 

「うん。気になるものはある?」

 

「うーん、どれも味のイメージが出来ないかも。アイズちゃんは詳しいみたいだし、同じものにしようかな」

 

「私も同じでいいわよ」

 

「私もアイズさんと同じものでお願いします。……皆で同じものを食べるっていうのも、それはそれで味わいがありますよね!」

 

本当に味が分からなくてアイズに任せるアマネと、何でもいいからと彼女に任せる2人。

しかし、アイズにそのような感情の差異を見破れる訳もなく、仲間からの期待に応えたいという思いを店員に託す。

 

「……ジャガ丸くん小豆クリーム味、4つお願いします」

 

「ジャガ丸くん小豆クリーム味が四点ですね!ご注文は以上でよろしいでしょうか?」

 

「はい」

 

(かしこ)まりました!右手にあります、商品の受け取り口でお待ち下さい!」

 

「ありがとうございます……」

 

数分待った後、「小豆クリーム四点の方~」と声がかかったため、アイズが回収に向かう。

お礼を言って受け取り、早速食べ歩きせんとアイズは三人に袋を開けて手渡した。

袋の中から芋と油の匂いがむわっと広がる。

中を覗くと、食べやすいように包装された揚げ物が黄金(こがね)色の輝きを見せていた。

 

「おー!美味しそうだね!」

 

「うん。私の、一番好きな味」

 

「アイズさんのイチオシなら私も何があっても食べます!いただきますー!」

 

「たかが食べ物でそんな熱くなる必要ないでしょ……」

 

ティオネのお前が言うな案件(フィンに関する暴走癖)にはスルーを決め込み、一同は本拠(ホーム)への帰途を辿りながらジャガ丸くんを食す。

レフィーヤとティオネの反応はごくごく一般的なものであったが、はむっと一口(しょく)したアマネは目をいっぱいに見開いた。

嘗てのアイズ同様、お子ちゃま舌には特段刺さるのか、小さい口を何度も開閉してジャガ丸くんの体積を減らしていく。

そんな幼女の姿を見たアイズは満足そうに口元を緩ませ、自らも食べ進めた。

 

アマネの手に持つジャガ丸くんが残り僅かとなったタイミングで、本拠(ホーム)の門や、それを挟むようにして直立する門番が視界に入る。

普段は閉じているその門も今は開いており、誰かが館から出てくる様子であった。

上級冒険者の優れた五感が、正確にその正体を(とら)える。

 

「あかんあかーん!酒飲んでたら、いつの間にか寝てもうてたわ!」

 

「あれ、ロキじゃない?」

 

「相変わらずですね、ロキは……。でも、珍しくドレスを着てますね?」

 

「うん、馬車もある。大事な用事みたい、だね」

 

Lv.1のアマネの視力ではまだ捉えきれないため、三人が話している間も目を細めたり、強く瞑ってから見開いたりしている。

そんなアマネの頑張りに応えたわけではないだろうが、馬車が一同の元へ駆け寄って来た。

「ストーップ!」という主神の声に反応し、アイズ達の目の前で御者が馬を停止させる。

4人の視線が注がれる中、ロキはニカッと白い歯を光らせた。

 

「お、観光案内終わったみたいやな!アマネ、どうやった?」

 

「バッチリだよ!アイズちゃんに美味しい食べ物も買ってもらったし、すごい楽しかった!」

 

「お、その手に持ってるのはジャガ丸くんやな?……なるほどな~、アイズたんも成長したみたいで嬉しいわ!」

 

唯一アイズの過去を知っているロキは、全てを見透かしたかのように彼女へ微笑みかける。

そんな親の顔を向けられて、アイズは僅かに頬を赤らめた。

ティオネからはリヴェリアの真似をすることを薦められたが、レフィーヤとアマネのやり取りを見て浮かんだ食べ物作戦において、アイズが参考にしたのは幼少期のロキとの思い出に他ならない。

ご機嫌な様子で笑声を上げたロキは、そのままレフィーヤとティオネも(ねぎら)った。

 

「ところで、ロキはこれから何処へ向かうんですか?」

 

「おーーっと!そうやった、今はおしゃべりしとる時間は無いんやったわ。久々に神会(デナトゥス)があるから、ちょっと顔を見せにな。うちが司会頼まれたもんで」

 

「それは遅れたらダメなやつじゃない……。さっさと行ってきなさい」

 

「おー!……あ、勿論夜ご飯は今日はいらんから、そこんとこ宜しくな!」

 

「はいはい」

 

「いってらっしゃーい!」

 

両手を振るアマネや、ティオネの呆れ声を最後に、再び駆け出す馬車。

太陽はもう沈む頃。

辺りはすっかり暗くなり、失われた日光の代わりに魔石灯が街を照らし始める。

本拠(ホーム)『黄昏の館』は街路の外れに広く構える立地上、ファミリア関係者以外が灯りに照らされることは滅多にない。

しかし一度通りへ戻ってしまえば、多種多様な種族が魔石灯の下を行き交い、喧騒に包まれる。

 

要はアマネたちが穏やかな時間を過ごしている一方で、世界は変わらず動いているということだ。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

蝋燭(ろうそく)の灯りがゆらめく。

微かな灯りでも全貌が伺い知れる程に、その部屋は狭かった。

窓は無く、机も無く、ベッドも無い。

ただ石が敷き詰められた床が広がるのみだ。

凡そ全ての必要物が排除され、世界と隔離されたような部屋。

そんな空間に、1人の少年が横たわっていた。

埃被ったその部屋の中で、少年の身体は不自然な程に清められており、ウェーブがかかった亜麻色の髪も、珠のような白い肌も(まばゆ)い煌めきを放っている。

しかし、その瞳だけは生気を失ったように淀んでいた。

 

「なんで……生きてるんだろうな」

 

独り言に応える相方はおらず、再び静謐(せいひつ)が訪れる。

そんなことは少年も理解しているが、その口は止まらない。

 

「……こんな力があるせいで、世界に厄災が降り注ぐというのなら、今直ぐ死んだ方がいいんじゃないか」

 

暗がりで独り言ち、僅かに口元に孤を描く。

そんなことを出来る勇気があるのなら、とっくにやっている。

自死を選ぶほどの意思も覚悟も気力も、この少年からはとうに消え去っていた。

瞼を下ろし、動かす唇が灯りに照らされる。

 

――あぁ、世界よ。どうか早く、僕を殺してくれ

 

 

 

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