重厚な木扉(かつて幾度も門を両手で開けて来た私にとっては軽い)をくぐれば、そこには活気あふれる街の光景があった。
目の前には商人らしき者たちの屋台と掛け声が広がる。
石造の建物には雪が積もっているものの、何人かの逞しい男たちが雪を落とし、木を打ち付けて壊れた場所の修理をしている。
ロスリックの高壁、不死街、イルシール市街、ロスリック城、輪の都。
今まで私は数多くの、かつて「人」が住み今や亡者が蔓延る場所を幾度も回った。
中身のない騎士鎧が彷徨い、城が人を食う。
農民は作物の代わりに死体を作り、呪われた大樹を拝む。
亡者と魔女と騎士が冷気に覆われた市街を練り歩く。
生を宿した武具を纏う旧人はとうに朽ちた都を守護する。
ここにはそれらのような壮大で美しい建造物はないが、代わりに人々の「生」というべきものがあった。
通貨の代わり、数字としての『
ーーー
私は、心の底からそう思った。
ロスリック騎士が頭をぶつけず入れるほどの大きさに反して、ロスリックの扉より何倍も軽い扉を開ける。
「失礼、ここが……は?」
私の言葉は飛んでくる男によって遮られた。
鎧を纏っているにもかかわらず、それは放物線を描きながら飛んでいき。
「ぐォ?!」
私のすぐ左の扉を吹き飛ばしながら大通りに着弾した。
どうやら、扉が軽いのはこれが原因のようだ。
扉に叩きつけられた男を見ると、結構な勢いで飛んだにしてはピクピクと痙攣しているのみで血塗れというわけではない。
……胸の鎧は拳の形に抉れているが。
傭兵組合という場所には脳筋ナックラーでもいるのだろうか。
そんなことを考えていると、中から野太い声が聞こえる。
「すまーん!そこの騎士様ぁ!怪我はないか!!」
奥の方に大声をあげる、筋肉質な大男が見える。オールバックの白髪から、結構高齢のようだ。
グランもあちらでは見られないような立派で健康的な体をしていたが、この大男はずば抜けて体格がいい。
半ば亡者のこの身としては、もう2度と手に入らないその肉体は羨ましいものだ。
「問題ない!ところで、ここが傭兵組合であっているか?」
そう応えると大男は豪快に笑い、こちらに手招きする。
「おおそうか!組合へ用事ならこっちが受付だ!こい!」
「感謝する!」
それにしても、賑やかな場所だ。
酒場もやっているようで、卓を囲んで酒盛りをする男たちが盛大に笑い声を上げている。女もいるが、彼女らはこの空気が合わないようで、隅の方にちらほらと見かける。
酒場といえば、高壁を思い出す。最初の頃は『火炎壺』持ちに気づかず突入して爆殺され、犬コロどもに噛み殺され、大斧に叩き潰された。10ほど殺されて、手に入れたのが『牢獄の鍵』と『エストの欠片』。
グレイラットにはよく世話になったものだ……。
「おう、よく来たな!今度はなんだ、外に
男は挑発するようなニヤけた表情で聞いてくる。
これは、何やら勘違いされているな。先ほども騎士と呼ばれた。やはり防具を変えるべきか……。
「いや、私は騎士ではない。組合への登録に来た。身元がわからずとも登録できると聞いてな」
大男は体格にそぐわないキョトンとした目をして、私の胸あたりを見る。
目を細め首を傾げ、最後には唸り声を出してやっと口元が動く。
「……うーむ、確かに王国のものでもなければ東の氏族でもないな。聖騎士って雰囲気でもねぇ。西の国家群にあったような…なかったような?わからん!どこで拾った?」
そう問いかける大男の目は若干の疑心を孕んでいるように見える。
ふむ、入手経路か。盗品だと疑われているわけだな。
「拾ったわけではない。動く騎士鎧から剥ぎ取ったのだ」
確か、3週目の世界だったか。
次週のためにアイテムを掻き集めるためロスリック騎士を狩っている時、ふと親衛隊が装備している青マントの鎧が手に入らないかと思った。
確か、何度も何度も殺したが全く残らなかったから生きてる状態で剥ぎ取ったのだったか。
『ボルドの大槌』の持ち手を目に突き刺し、兜を吹き飛ばせば鎧がそのまま残ると知るまで何度死んだか。
「動く鎧……ダンジョンか?お前さん、元
「トレジャーハンター?」
ダンジョンやら
「
魔道具、というのが何なのかは分からないが、やってることは私と同じなのだろう。死んだ遺跡を周り、亡者を殺し、その身から武具と
男の顔を観察する。黙る私を見ながら、違うのか?とでも言うような表情を向けている。
少なくともこの世界ではその
「そう、だな。私のいた場所では名称は違ったが、そのようなことをしていた。鎧やこの大槌もそこで手に入れたものだ」
私は平然と答えた。
『不死人』と答えて追い出されるよりはいいだろう。この地域では一般的では無いのかもしれないが、いつか
「おお、そうか!実践経験者は歓迎だ!冬は食に困った素人しかこねぇから困ってんだよぉ…」
さっそく登録しよう、と言うとカウンターに積まれた紙から1枚取り出す。
「んじゃ、いくつか質問するから正直に答えてくれよ?」
またか…ここに来てから質問しかされてないぞ。
若干うんざりしながらも、答えなければ登録出来ないのだから大人しく頷く。
「よしよし、まず名前は?」
「
「名無しのアッシュか……年齢は?」
「わからん。20はいっている」
「じゃ、20でいいか。……読み書きできるか?」
読み書きか。読むことはできたのだから恐らく書けるだろう。まあ、まともに文字を書いたことはないが。
若干悩んでから答える。
「どちらもできるが、書きの方は若干怪しい」
「ほう、珍しいな。読み書き出来るやつは大歓迎だ、俺たちの仕事が減るからな!」
男は満面の笑みを浮かべる。後ろの女性が酷く冷たい目をしているが、大丈夫なのだろうか。
……おい、紙を向けるな。私は書かないぞ。
「そんな野良犬みたいにあしらわんでも……はぁ、とりあえずこれで終わりだ。あとはランクの制定だな」
「ランク?」
私が聞き返すと、やっべと声を漏らす。
「ああ、すまん!ランクってのは傭兵の総合的な指標のことだ」
男はカウンターを乗り越え、裏を漁ると7つのプレートを私の目の前に置く。
それぞれ黒色、透明、金色、銀色、銅色、鈍色、青色をしている。
「低ランクから行くぞ。青っぽいのがブロンズランク、次がアイアンランク、カッパーランク、シルバーランク、ゴールドランク、ミスリルランク、アダマンランクだ。ランクは組合から実力を認められたり、信用にたると判断されれば上がる。例外として、アイアンランクまでは実力さえあれば上がれる。それ以上は組合からの信用がないと無理だな」
ふむ。ランクとは傭兵を仕分ける仕組みということか。
私は話がひと段落したタイミングで質問する。
「ランクを上げるとどうなる?」
今の話を聞く限り傭兵側にメリットがない。実力が一目で分かるようになるのだから、どちらかと言えばデメリットだ。
「より難易度と報酬が高い依頼を受けれるようになるのと、ブロンズランク以上からは組合の施設を利用できるようになる。上げておいて損はないぞ?傭兵って仕事は蔑まれやすいが、ランクが高ければ逆に
「……なるほど」
金か。それは大事だろう。先のは『錆びた金貨』で何とかなったが、手持ちは9枚しかない。それに『錆びた金貨』の用途は別にある。
通貨が機能しているなら『ソウル』は使えない。金がなければ消費した矢、ボルト、投げナイフ、『緑化草』などが購入できない。
『篝火』があれば補給ができるのだが……試しに螺旋剣を刺してみるか?
「女も名声にも興味はないが、金は必要だな。ランクの意図は理解した」
「よし、んじゃお前さんのランクは……アイアンでいいか。登録はこれでおしまいだ。プレートは明日作って渡す。今日依頼を受けるのは無理だ」
む、今日は無理なのか。
「なら、依頼の受け方だけ聞かせてもらいたい。金がなくてな」
「受け方か。あのボードが見えるか?」
男はカウンターから向かって左側の壁を指差す。
紙が大量に貼ってあり、何人かの傭兵がそれらを眺めている。
「ああ」
男は指を左から右に動かしていく。
「あそこから目当ての依頼を剥がしてここにもってこい。左から右に進むとランクが高く、報酬も高額な依頼になっていく。お前は一番左らへんのなら受けられる」
ふむ、基本早いもの勝ちということか。
「ランク以上の依頼を持ってきた場合はこちらで弾く。下のランクなら何でも受けられるが、アイアン以下の依頼は新人用だから、カッパー以上になったらあまり持ってくるなよ」
「承知した。いろいろと不慣れですまない、感謝する」
私は『貴人の一礼』をする。
「……本当に騎士じゃねぇのか?」
「貴公、流石にしつこくないか?」
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【錆びついた金貨】
錆びついた古い金貨
金とは呼べぬ紛い物だろう
粉砕すると、一時的に発見力を高める
富を失った者は、いつかより豊かな富に出会う
ならばより多くを失うべきではないか
「かの灰が持っていた人の身に余る金貨。
富を捨てることは無欲の証にも見えるが、それは間違いである。
清貧は欲望を肥え太らせるのだ。
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ルビ振り忘れを編集