次の話も多分遅れます(クソッタレ)
朝日が昇る。僅かな日の光が窓から差し込み、ベッドに横たわる一人を足先から照らし出した。常に纏っていた鎧は無く、隠されていた体が
それは、人の形をした異形だった。
皮膚は皺だらけで、身体は餓鬼のように痩せ細り骨という骨が浮かび上がっている。
全身を覆い尽くすように紫色の鉱物が生え、不規則に妖しく光る。
顔には特に多く、僅かに目と口が見える程度。
明らかに人では無く、人だとしても異常な死を迎えた死体にしか見えない。
日がだんだんと顔まで照らし始め、その死体の目を写した。
光はなかった。
生者のような輝きも、『不死者』の証である『ダークリング』すらも、なかった。
その深淵の瞳からは闇がうぞうぞと漏れ出すのみだった。
朝日が昇ったのがわかると、私はベッドから体を起こした。
2度目の朝だが、やはり朝日は良い。
外していた装備を再び身につけて、部屋を後にする。
「では、行ってくる」
聞く相手など誰もいないが、習慣はやめられないものだな。
酒場の娘に追い出されたあと、私はグランに紹介された宿屋(道端で寝ていたと言った時は大層驚いていた)で夜を過ごすこととなった。久しくできなかった人間らしい生活の一つができるようになったと言えるだろう。
代わりに懐は寒くなったが。
階段を降りて一階に向かえば、カウンターには既にメガネをつけた青年が腰掛けていた。
若そうだが草臥れた雰囲気の彼はカップを傾けていたが、足音に気づくと振り向いてにこやかに微笑む。
「……おや、早起きだね。あまり眠れなかったかい?」
「いや、あまり眠る必要がないだけだ。貴公こそ私よりも早いが、大丈夫か?」
彼の目の下は黒く、疲労が取れていないような雰囲気を感じる。
とは言っても初めて会った時からこの様子であったが。
「僕は長年この仕事をしてきたからね、慣れてるよ」
手に持ったカップをこちらに向けて、誤魔化すように笑う。
……機会があれば祝福派生の『鎧貫き』でも渡しておくか。効果があるかはわからないが。
「ところで、ベッドは焦げてない?」
「ああ。この火は燃え移らないし、鎧は脱いだから汚してもいない」
昨夜この宿に来た時、泊まる条件として汚さないことと火事になったら賠償金を払うことを約束されていた。
この状態も消した方がいいのだろうが、『篝火』が設置できない限りはこのままでいるしかない。
「へー、本当に燃えなかったんだ……とりあえず何か食べる?簡単なものならすぐ作れるけど」
「すまないが不要だ。私は味がわからないから、あまりに勿体無い」
そう答えると、彼は目を見開いた後に可哀想な目をむけてくる。
「君、人生の半分を損してるよ」
「そこまでではないと思うが……」
そもそも、人とは言えないからな。
「はぁ。無理やり食べさせるのは僕の主義に反するからしないけど、評判は良いから気が向いたら言ってくれよ」
「感謝する」
手を振る彼に背をむけて宿を出る。
まだまだ朝日が出たばかりなためか、大通りに人の姿はなく静かに雪が降っている。
「そこの貴公、通っても良いだろうか?」
眠そうに槍にもたれ掛かる兵士に声をかける。
「っ?!あ、えと……はい!」
びくんと顔をはね上げ、私がプレートを見せる前に駆け足で門の横の扉に入っていく。
この時間は人も少ない、というかほぼ皆無だ。仕事もないと思って新人を配置しているのだろう。動きがぎこちなく、他の兵士から感じる雰囲気と比べると棘がない。
しばらくののち、頬を赤く腫らして身分の確認に来たのでプレートを見せる。
「最近傭兵になったアッシュという。ランクはアイアンだ」
「ええと……アイアンランク傭兵のアッシュさん、ですね。外へは依頼で?」
「ああ。
「2つ一気にですか?新人なのに?」
ボルドーにも言われた気がするが、新人が複数の依頼をするのは意外なのだろうか。受けられるうちに受けておいた方が手間が少なくて済むだろうに。
「その方が一気に纏めて片付くだろう?」
そう言うと彼は呆れているのか引いているのか分からないような、引きつった笑顔を向けてくる。
「いや、まぁその通りだけど……と、とりあえず怪我にはお気をつけて!」
私は言いたいことがあるなら口にした方がいいと思うが、彼はそうではないらしい。そそくさと通用門の方に向かっていく。
「感謝する。貴公も気をつけたまえよ」
一言かけて、横を通り過ぎる。
今日もまたやるべきことをやるだけだ。
昨日よりも深く積もった雪に深い足跡を残しながら歩く。
今日の装備はロングソードではなく『ボルドの大槌』だ。
小鬼に対してロングソードは取り回しはいいが、長さと重さが足りず強引に突破したりまとめて吹き飛ばすなどの選択肢がなかった。あちらの世界であればそんなことをすればタコ殴りにあい、小回りの効く方が多対一の戦闘ではやりやすかった。
だが、この世界では回避を捨ててもさほど致命的ではない。
「……ふむ」
昨日と同じ場所を歩いていれば木々の先に一つの白い影が見える。
それは『霊体』のように半透明でふらふらとそこらを漂う青白い人影だった。冷気を発しているのか周りに白い
「あれが
今日はついているかもしれない。あたりを見渡しても雪精霊は一体しかおらず、他の気配も感じない。
『不死』が最も得意とする一対一の戦闘。
『太陽の王女の指輪』を『静かに眠る竜印の指輪』につけ変え、背後から近づく。
『ボルドの大槌』を両手で持ち、相手が気づくまで近づく。
「ーーー?」
「ッ!」
ゆらゆらとした規則的な動きが止まり、あたりを見渡そうと首を回そうとした瞬間に駆け出し、大槌を胸の中心めがけて右から左に振り抜く。
「ッ〜〜〜〜……a……」
手応えはわずか。
しかし、青白い人影は女性の叫び声のようにも聞こえる高音を全身から発して、
一撃だった。
「意外と、いや至極当然か。アイアンの仕事なのだからな」
先日の小び……鬼どもがおかしかっただけか?数も強さもなかなかだったし、奇襲するという知能と仲間を呼ぶという連携力も共に高かった。
大槌によってヒビが入った(ヒビが入るだけなのは随分頑丈なことだ)透明なガラス球、おそらく精霊石であろうそれを拾い上げ小袋に入れる。
「あとは
奴らの姿を思い出すと、無性に大槌を振り回したくなる。
街にたどり着くまでの道中では様々な化け物と戦ったが、一番私を苛立たせたのはあの
好戦的で狡賢い。木の上から木の槍やら小石入りの雪玉を投げてきて、尚且つ木の上から降りてこないのだ。
とは言え同じ場所から投げ物が無くなるまで投擲してくるだけで、投げナイフや弓矢を避けたり防いだりはできないようだった。
痩せこけていたのもあるだろうが、距離をとって戦えるのであれば楽な相手だ。
「……日が沈むまで歩けば見つかるか?」
『ボルドの大槌』を背負い直し、当ても無く歩き出す。
以前と同じように。
日もだいぶ傾き、もう少しすれば丁度真上だろうといったあたり。
私はようやく猿共を見つけた。
と言うよりも、見つかった。
「む」
後頭部にコツンという音と共に何かがぶつかる。
「Kyakya!Fhe〜!」
振り向けば、木の上に手を叩いて当たったことを喜ぶように飛び回る
よし殺そう今すぐ殺そう。
すぐさま駆け出し木の根元に向かう。
猿はそれに驚いて手に持った木の槍やら雪玉を投げつけてくるが、全て鎧に弾かれていく。
あっという間に足元に辿り着かれた猿は効果がないにも関わらずいろんなものを投げ続けている。
まったく、知識はあっても知恵がないバ「べちゃり」……。
『ボルドの大槌』を構え、力を最大限込める。
もう辛抱たまらん。『糞団子』を投げてくる
「……死ぃィィねぇェェ!!」
木の幹に力の限り大槌を叩きつけ、一瞬の抵抗の後に粉砕する。
「Kya!?」
根本がへし折れた木は当然倒れていく。猿と共に。
「Kyaaaーーー!」
耳障りな叫び声をあげるが、何かができるはずもなく地面は近づいていき……鈍い音とともに倒れた。
しかしまだ油断できない。確実に殺さなければ。何よりまだ腹の虫が治らない。
近づけば、確かに動いていない猿がそこにいた。だが木の下敷きにもなっておらず、鼻水を垂らし白目を剥いた間抜けな面で伸びている。
『ボルドの大槌』を両手で逆手に持ち、先端をその間抜け面に向ける。
そして一気に振り下ろした。
肩についた糞を雪で掻き落とし、右に親指を切り取って小袋にしまったあとはすぐに街に戻った。この猿は小人と違って一体討伐するだけでいいのだ。理由は知らないが、これで報酬が得られるならどうだっていい。
門のそばに立っている兵士に声をかけてプレートを見せれば、すぐに、とは行かなかったがある程度待てば入る許可を貰った。
やはり先日のことが影響してるのか、彼らの視線が厳しいように見える。
朝に見た新人兵士の彼だけはにこにこと手を振っていたので振り返しておいた。実に可愛らしいやつだ。死なないことを祈っておこう。
大通りを通って傭兵組合を目指す。血まみれじゃないおかげか視線も感じない。
見た目にそぐわず軽い大扉を開ければ、酒を飲んで騒いでいる傭兵達の姿があった。
来るたびに見かける者もいるが、彼らはずっといるのだろうか。
「依頼の報告に来た」
カウンターに向かって声を掛ければ、昨日対応してくれた女性の職員が来てくれる。若干怯えているが……今の私の機嫌はいいし血まみれではない。随分とましだろう。
プレートを外して渡す。
「えっと……はい。討伐証明はありますか?」
「ああ。精霊石とクソ猿の右親指が一つずつだ。あってるだろうか?」
小袋をひっくり返し、ヒビの入った精霊石と毛むくじゃらの指を出す。
「く、くそ?……あ、
ゆっくりと頷く。
まったく、小人どもにコケにされた時以上の屈辱だ。奴らはキーキー喚きながら避けては隙をついてくるが、まだ我慢できる。上裸の変態侵入者にいいようにやられた後、糞団子をぶつけられるのもだ。前者はただの
しかし!奴らはただ私を煽るだけがために糞を投げつけてきた!
命の取り合いをしているにも関わらず、残り僅かな時間を煽りに使うなど言語道断の行いだ。
「もし、クソ猿の依頼があれば優先的に回して欲しい。奴らを根絶やしにしてやろう」
あれは命を持つ価値がない。まだクソ犬のほうがマシだ。
「わ、わかりましたけど……
「な、何だと?」
「あの魔物は一度仲間が殺された場所には最低一か月は近づかないのです。理由は諸説ありますが、特殊なにおいを発するのだとか」
接近してこないとは思っていたが、それほど臆病だとは。あれの性格は狡猾というより平服の亡者のように小心者なだけか。
「うむむ…なら、次に依頼があれば私に連絡して欲しい。すぐに向かうとしよう」
「わかりました。宿泊中の宿の名前を教えていただければ、そちらに伺います」
……そういえば宿の名前を見ていなかった。
「すまない、宿の名前はわからない。場所はここから向かい側に大通りを一つ過ぎたあたりなのだが」
「え……」
名前、名前か。
……ダメだな。覚えていないどころか見ていなかった。
どうした物かと思案していれば、奥から老齢にさしかかりそうな男がやってくる。手慣れた雰囲気。私の知っている、「殺す強さ」とは異なる「強さ」を感じる職員だ。
「失礼します。こちらで調べておきますので、宿の主人の容姿とお名前を教えていただけますか?」
「名前はわからないが、容姿ならば。若い見た目だが、どこか草臥れた雰囲気で目の下にクマをもった青年だ」
そう答えれば、老齢の職員はしばらく顎に手を当てた後、
「……
「ああ、おそらくそれだ。1階は酒場のような雰囲気だった」
「ではそちらで登録しておきます。もし間違い、または宿を変更する場合はお声がけくださると助かります」
自分で言うのもなんではあるが、あれだけの情報で宿を特定したのだろうか。この街の宿全てを把握し、かつ自身で泊まらなければ難しいと思うが……案外そうしたのかもしれない。
「わかった、感謝する。貴公よ」
女性の職員が目を見開いている隣で、彼は手際良く書類に何かしらを記入し、まとめていく。
「いえ、お気遣い無く。アリシア、あとは任せました」
「え、あ、はい!」
そう言って奥の方に戻っていく。
……いい先人だと思う。同僚のできないことを手伝い、かと言って仕事を奪う訳でもない。
ー私にこのような、仲間がいれば何か変わっただろうか?
「変わらない、か」
断言できる。経験や感情を共有して、ともに壁を乗り越えたとしても、最後には私が全てを背負おうとしただろうから。
幾らか楽しかったかもしれないがな。
「……はい。
銀貨が二、三枚と銅貨数十枚を受け取り袋に入れる。
依頼三つ達成で銀貨三枚ほど。これだけあるならば何かしら買えるだろうか?武具はともかく、投げナイフや『火炎壺』など消耗品は補給する必要があるし、ここで買える商品にも興味がある。
今日は早めに帰って来れたのだから、行ってみても良いだろう。
組合を出ようと歩き出そうとし……くるりと向き直ってカウンターに戻り、先の女性職員に話しかける。
「貴公、投げナイフや武具などが売っている場所はどこだろうか?」
場所がわからないのをすっかり忘れていた。私に当てもなく歩き回る趣味はない。
……誰にも知られたくなかったり、
「武器屋の場所ですか?ここを出て右の大通り沿いに行けば一通りの武器防具を扱っている店がありますよ」
「ここを出て右だな。感謝する」
足早に組合の出入り口に向かっていく。
この世界の武具……収集癖が騒ぐな。
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魔術の故郷として知られるヴィンハイムにおいて、密かにあった裏の魔術師たちの指輪。
装備者の出す音を消す。
竜の学院は、ヴィンハイムの実質的支配者であり、多くの優秀な隠密を抱えていたという。
「かの灰が装備していた、所有者の出す音全てを消す、異質な指輪。
影を使役する者たちは後暗いことがあるのは当然の摂理だが、探られることを殊更に厭う者たちも同様である。
静かに生きたいと望む者は両者とも距離を置くのが良いだろう。」
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灰の人の収集癖は異常