竜胆サキから骨引っこ抜いて竜骨作るお話   作:ゾエア

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竜胆サキから骨引っこ抜くまで

 

 

 

 

 あたしは強かった。強いと思ってた。

 

 

 ケンカじゃ負けなし。地元で調子乗ってたヤツらは男だろうが女だろうが片っ端からボコった。

 

 中坊だからって見下してるヤツは目を見りゃ分かる。そっからケンカは始まってんだよな。

 

 ダチの妹に手ェ出してた古賀の野郎、アイツの鼻はへし折ってやった。薬売りつけてくる伊藤は泣くまで殴って土下座させたし、松尾と谷口が舐めた口で円光の誘いに来た時は前歯を折ってやった。拳で全部黙らせてた。

 

 カエシでやってきた男達にも負けなかった。囲んで殴られたって痛くもねぇ。ひたすら相手を殴ってりゃ立ってるのはどうせあたし1人になる。ニヤついてたアイツらの顔がだんだん引き攣ってくのは面白かったなぁ。

 

 あたしを姉御だって、番長って言って慕ってくれる舎弟もいた。親にも先公からも見放されたヤツら。そんなヤツらにも居場所をつくってやれてた気がする。

 

 特服着てりゃあ、いつでも仲間でいられたから。刺繍も全部あたしらで考えてたし、仕立ててくれる服屋とは顔見知りで、気のいい姉御がメシ奢ってくれた。

 

 メシ……そうそう。そういえば、ラーメン屋の龍骨。こってりな豚骨スープのとこ。あそこでもよく集まってメシ食ってたな。おやっさんはいつ来てもむすっとした顔だったけど、みんなのチャーシューは多めにしてくれてた。あたしらが騒いだら怒るくせに、金がねぇ時はタダでラーメン食わしてくれて……

 

 楽しかったな。三年になってからは、あたしが名実共にウチんとこを仕切ることになった。売られたケンカは全部買って、全部勝ってきた。あたしの天下だった。それなのによぉ……なんにも変わんなかった。

 

 昔から、地元じゃグレた女はすぐ体を売っちまう。喧嘩の腕っぷしがどうこう言う時代なんて終わっちまってた。あたしが頭になってからはそんなことやめさせたハズだった。

 

 だってのに……イブキのヤツがやめてなかったんだ。やめられなかったんだろな。タチの悪い男にばっか引っかかるから。彼氏に文句言いに行ったんだ。イブキじゃ言えねぇだろうし。

 

 そうだった。アイツに言ってやりたかったんだ。何してんだてめぇって。ダチに何やらせてんだって……あれ。あたし、なんで倒れて──

 

 

 


 

 

 

「起きろ竜胆サキ。お前にはやってもらうことがある」

 

 

 平坦な声だった。

 

 無機質な石床に力なく横たわる少女──竜胆サキの耳に届いた確かな声量。竜胆のぼやけた視界ではまともな人物像を捉えきれないものの、男の声であることは判断できた。

 

 

「……む゙ぅっ」

 

 

「後頭部への一撃だ。余程恨みを買ったらしいな」

 

 

 痛みに呻こうとするが、声すら満足に出ないようだった。もし後頭部へ手を回せたのなら、乾いた血で髪の毛が張り付いている感触を確かめられただろう。

 

 特攻服の刺繍は見る影もなく、胴体に巻かれたダクトテープによって、もぞもぞと身動ぎしかできない芋虫のような。胴と腕、それと足首を揃えて固定された彼女は荷物を届けるようにここまで運ばれていた。()()()()()()

 

 

「そのまま聞け。俺はままごとしていたガキに興味はない。お前がどこに沈められようが、薬に漬けられようが心底どうでもいいんだ。だが、半端に呪力を回せる素体が流れてきたんなら話は別だ。その辺をレクチャーしよう」

 

 

(ここ……どこだ?つうか、あたし……縛られてッ──!!)

 

 

 腹へ一蹴り。そのまま抵抗なく2、3回ほど体が転がった。口を塞ぐダクトテープによって悲鳴があがることもなかったが、彼女の思考が停止するレベルの一撃であった。鼻から必死に息を吸い込みながら、醜い芋虫は痛みを堪える。

 

 

「ぶふぅ━━……ゔぅ━━……ふぅ━━━」

 

 

「普通の女ならこれで内臓破裂。ところがお前は無意識に呪力を回せているようだ。それに……痛めつけるほど呪力が増す体質、いや、術式か。これは報告された特徴と一致する。よかったな。変態共に見つかる前で」

 

 

 竜胆の心中にあった混乱はじわじわと怒りに変わっていた。目を覚まして拘束されていた事実と、突然振るわれた暴力でようやく認識を改めることに。この状況では特に意味も効果も無いのだが。

 

 

「お前みたいな女を半グレ共が殺してしまうと呪霊化が起きる。だいたいマワした後だからだ。まずそいつらじゃ太刀打ちできん。しかし世の中上手いことできてた。下手に恨みも買わず、生かしたままここへ持ってきた頭のいい連中がいたんだ。お前の身体がキレイなままの理由だな。いくら顔と体が良くても厄ネタはごめんらしい」

 

 

 竜胆はようやく男の姿を捉えた。白い半着と白袴を身につけた黒い短髪。一見して特徴はそれくらいしかなかったが、後頭部への一撃で呪霊を認識出来るようになった竜胆にはそれ以上の情報が分かるようになっていた。

 

 呪力の認識。竜胆は男の話を聞き流していたが、己に流れる"呪力(チカラ)"を知覚出来るようにもなっていた。自在に制御可能とまではいかないが、痛みと怒りで出力が上がりつつあることを肌で感じ取っている。男の呪力の流れも目にした竜胆だったが、その一方で()()()()()()を感じ取ることはできなかった。

 

 

「呪力と呪霊化。簡潔に言うと──お前は手を出すほど威力の上がる爆弾。しかも殺すとスイッチが入るタイプだ。現場にはそこそこ頭の回るヤツがいたんだろう。下手に刺激せず爆弾処理班に任せることを徹底した結果がコレだ。理解したか?」

 

 

(あたしが爆弾?んなことどうでもいい。まずはあたしの腹蹴りやがったこいつをぶん殴ってやる……!!じゃなきゃ気がすまねぇ……!!)

 

 

 次第に剣呑な目付きへと変わっていく竜胆の双眸。長い金髪は汚れてくすんでいるようだったが、キリリとした眉を吊り上げると、溢れる闘志のままにじっと男を見やっている。

 

 

「何となく掴めたか。意外と筋がいい。ではまず、これからお前がどうなるかについて話そう」

 

 

 びりりっ。無理やり引きちぎるような音。後ろ手に拘束されたといえど、それは術師を縛り付けるには貧弱過ぎたようだ。竜胆は解放された両腕に呪力を纏いながら、幾重にも巻きついたダクトテープをちぎっては投げてその拘束を解除した。

 

 足首にテープ片を巻きつけ、まるで虜囚じみた姿の女は立ち上がると、苛つきを隠さずに口を開いた。

 

 

「べらべらと聞いてもねぇことをよぉ……蹴りやがったなテメェー!!一発は一発だからなァ!!んのやろ──」

 

 

「……呪霊の躾を思い出すな」

 

 

 竜胆は即座に男の前まで踏み込んだ。引き絞られた上腕の筋肉は解放を待ったままで。拳に呪力を纏って構えられた渾身の右ストレート。彼女の術式によって底上げされた呪力量も相まってかなりの破壊力が期待でき──

 

 

「──ゔぶっ」

 

 

 無造作に構えた右の縦拳。それが竜胆の鼻筋を真正面から捉えていた。ツンと鼻奥に刺さる血の匂い。

 

 意識が薄れ、膝から崩れ落ちる竜胆の金髪を男はそのまま掴んだ。ブチブチと髪の毛がちぎれるような音を気にもせず、男は語り続ける。ボタボタと滴る鼻血が石床を叩いていた。

 

 

「お前はこれから呪具になる。呪いの込められた武具になるんだ。加工屋は手際よくお前を捌いてくれるぞ。タバコはやってないな?内臓も幾つか取るらしい。肺が綺麗だと高く売れる」

 

 

「ぐぶ……でめ゙ぇ……!!」

 

 

 竜胆はなんとか気勢を持ち直し、自らの髪を掴んでいる男の腕へ手を伸ばした。なんとか引き剥がそうとして。

 

 

「ゔゔ……!!ごのっ!!ヤロォ!!離ぜやっ──」

 

 

「──1枚。まずは右の親指から」

 

 

 べりっ。こともなげに竜胆の爪を剥がしてしまった。空いたもう片方の手で軽く摘むように。先の切りそろえられた綺麗な爪が一枚。血に塗れたそれが男の指先で弄ばれていた。

 

 

(──ッ!!痛い!!痛いぃ、痛い!!いたい痛い痛い!!)

 

 

 一瞬で脂汗まみれになり顔を歪ませた竜胆。喧嘩慣れした彼女といえど、爪を剥がされれば当然痛みを伴う。血の気の引いていく白い顔と滴る鼻血のコントラストが見て取れた。

 

 

「ついでにもう1枚。すぐに生やせるから心配しなくていい」

 

 

「━━━ッづう!!」

 

 

 悶絶する姿を後目に、男は再び爪を毟りとった。竜胆は血と鼻水を垂れ流しながら顔をくしゃくしゃにしている。

 

 男は二枚の爪を石床に放り捨てると、続けて人差し指の爪を摘む。竜胆の抵抗すら及ばないほどの膂力で。

 

 

「いあ゙ぁぁぁ!!いたい!!痛い痛いぃいだい!!いだいいだい゙ぃぃ!!」

 

 

「話の続きだ。術師の素体を呪具として扱う。だが、すんなり加工するんじゃ面白くない。せっかくの生身の人間なんだ。使える部分はまだある」

 

 

 べきっ。べりっ。べりりっ。男が順番に爪を剥がすと、その度に竜胆の金切り声がリズムよく跳ね上がった。おおよそ人語とは認識できない声が。

 

 むちゃくちゃに振り回される腕を片手で捉えて爪を剥がす。握りこんだ拳を無理やり開いて爪を剥がす。後ろ手に隠した手から容赦なく爪を剥がす。左右交互に例外も躊躇もなく。

 

 竜胆は男のがら空きの胴へ拳を打ち込むが、殴った感触は人体とは思えない堅牢な鉄塊。痛みによって格別に呪力の増した彼女の打撃を受けているにも関わらず、男は身動ぎひとつも見せなかった。呆然とする間にまたべきりと爪を剥がされ、彼女の視界は滲み始める。

 

 

「なんっだよ!!いだい!!いやだ!!いやだっ!!やめろ!!やめろよ!!やめろって!!」

 

 

「例えばこの爪もだ。人間由来の素材だと呪力が馴染みやすいこともある。呪術ってのは面白い。そういうのを欲しがるヤツ、あとは一部の物好きなんかが買っていく」

 

 

 ぶちぶちぶちっ。髪の毛と頭皮を無理やり引きちぎって竜胆は男からなんとか離れた。頭頂部から流れる血は顔にまで滴っており、特服の襟を赤く濡らしていく。

 

 

「そうそう。人の毛髪もだ。ちなみに俺は集めていない。加工屋は死体から集めてるようだが、丸ごと()()に詰め込んでしまうんだ。アイツなりの"こだわり"ってやつだ」

 

 

「テ、テメェ……!!いかれてんのか……!!」

 

 

 竜胆は自らの声が震えないように努めるだけで精一杯だった。今まで喧嘩してきた相手とは何もかも違う。殴りつけた感触も暴力の振るい方も。そもそもの膂力(パワー)が余りにも違うために抵抗らしい抵抗ができない。

 

 

(いっつ)ぅ……!!」

 

 

 指を動かす度に激痛が走った。拳を握ろうにも力が入らないほどの痛み。竜胆は今まで全ての喧嘩を買ってきたが、脳裏には逃走の選択肢が過ぎっていた。ズキズキと痛む指先と無力感に彼女は思わず涙ぐんでしまう。

 

 

「全て加工屋に任せると、お前の死体がそのまま作品になってしまう。それは少々勿体ないだろう。術式もだいたい把握できたことだからな。加工屋とも相談して──生きたまま呪具にすることを決めた」

 

 

「──は?」

 

 

 男とは距離をとったハズだった。目測数メートルほどは離れていた。それが、瞬きの間に竜胆の手を男が掴んでいた。両腕を前に引き寄せられて一纏めにされている。

 

 

「そのためには仕込みが要る。爪の取れ高は1人当たり20枚だ。それが普通。だが──爪はまた生えてくるだろう?」

 

 

 淡い光が手を包んだ。痛みが和らいでいくと同時に、竜胆は指先に違和感を覚えて──息を詰まらせた。

 

 

「ひゅっ──」

 

 

「呪霊のしつけと同じ。反抗と抵抗の気力を削ぎ、分かるまで痛めつける。従順になれば痛くない──ということに気づくまで。骨身の髄に染み込むまで。お前の術式ともマッチしているし……こういうのは最初が肝心だからな」

 

 

 ミシミシと伸びていく自らの爪を見て、ピクリとも動かせない自身の両手を認識して、竜胆はついに恐怖を隠しきれなくなった。また剥がされる。またあの激痛がくる。予期したその未来を避けるために手を振りほどこうとして──

 

 

「いやっ!!やめろ゙っ!!」

 

 

 べりっ。

 

 

「いあぁぁ!!痛ぇ!!このっ!!」

 

 

 べきっ。

 

 

「あ゙ぁぁぁ!!いやっ!!いやだ!!いや!!」

 

 

 べきり。

 

 

「もういやだ!!やだ!!やだぁぁぁ!!」

 

 

 べりりっ。

 

 

「やめ゙ろ゙!!やめろっつってんだろ!!」

 

 

 べりべり。

 

 

「あぁぁ!!分かった!!もう分かったから!!」

 

 

 べりっ。

 

 

「──っ!!わ、わかりました!!大人しくする!!します!!だから!!」

 

 

 べり。

 

 

「大人しくします!!何もしません!!ここにいさせてください!!」

 

 

 べりっ!

 

 

「あぁもおぉぉ!!お願いします!!許して!!」

 

 

 べき。

 

 

「い゙ぃぃ!!なんでだよ!!もう許して!!なんでもするから!!」

 

 

 べきり。

 

 

「あぁァァ!!うぅぅぅ!!ゔぅぅ!!」

 

 

 淡い光。ミシミシと生えてくる爪を見て、両腕を押さえ込まれていることに対して、竜胆は唸り声を発することしかできなかった。反転術式は血液すら補充して失血死すら許さない。

 

 

 べりり。

 

 

「うぅぅ!!うぅぅ……!!」

 

 

 べきぺき。

 

 

「うぅぅ……おえっ」

 

 

 べりっ。

 

 

「うぇっ!!うぅぅぅ……」

 

 

 べり……ぶち。

 

 

「いぃぃ!!あぁぁ!!あぁぅぅ……」

 

 

 べりべり。

 

 

「ゔぅ……ごめんなさい……ごれんらさい……」

 

 

 べり。

 

 

「ごべんなざい……ごべんなざい……」

 

 

 べちっ。

 

 

「ごっ!!ごべんなざい!!ごめんなざい!!」

 

 

 べりっ!!

 

 

「ごべんなざいぃ!!ごべんなざいぃ!!」

 

 

 べり。

 

 

「ごぅっ!!おえっ……めんなざい……!!ごめんなさいぃ!!」

 

 

 べりっ。

 

 

「ゆるして……ゆるしてください……」

 

 

 祈りを捧げるように上げられた両手。力なく項垂れた竜胆はぶつぶつと謝罪の言葉を発していた。彼女は自らの語彙を総動員して必死に許しを乞うほかなかった。

 

 足元は血液やら体液が溜まり汚れていたのだが、男はなんら気にすることなく剥がした爪をそこへ放り投げた。数十枚もの爪が捨てられた血溜まり。

 

 

「そろそろいいか。竜胆サキ。お前は呪具になれそうか?どうだ?」

 

 

「あぁぁ!!なっ!!なります!!ならせてください!!なりたいです!!お願いします!!だからっ!!」

 

 

 返事を聞いて男は竜胆の頭へ手を添える。淡い光が頭部を包むと、男は傷を癒しながら優しく金髪を梳いた。

 

 

「そいつは重畳。本人がそう望むならきっと呪具になれるだろう。術師ってのはそういうもんだ」

 

 

 血溜まりに捨てられた爪をパキパキと踏み潰しながら、男は竜胆を俵担ぎして部屋の奥へと運び始めた。

 

 トレーの中には数種類の呪物が取り揃えられ、物々しい雰囲気を放つ手術台のようなナニカには札が幾枚も貼り付けられている。お手製の()()()であった。男の得意は専ら人体ではなく──人体を害するような呪具・呪物なのだが。

 

 

「加工屋を呼んでから諸々の説明をする。開示した方が成功に繋がるんだ。お前は大船に乗ったつもりで構えていろ」

 

 

 その男──裏鍛(うらか) 憚己(はばき)はそう言うと、器具や呪具の調整に取り掛かり始めた。

 

 竜胆は手術台に横たわると、ふわふわとした居心地で虚空を見つめていた。彼の作業音を耳にしながら。

 

 

 

 


 

 

 

 

「お。やっぱい〜い素材だなぁ。骨格がいい。久しぶりに呪具を作ろう。とびきり骨太な」

 

 

 部屋へ入ってきたのは筋肉質でスキンヘッドの大柄な男であった。上半身裸の上から黒い前掛けを身につけたその男──組屋鞣造(くみやじゅうぞう)は人体加工を得意とする呪詛師である。

 

 裏鍛が呪具の調整を終えて向き直ることで、ようやく一同が会した。うち1人は作業台に横たわっている竜胆である。彼女の心中は穏やかではなかった。

 

 

(もう嫌だ。もう嫌だ……!!呪具になるって。なったら痛くないって……!!)

 

 

「仔細は連絡の通り。現物を見たお前の意見を聞いておきたい。生かしたままで作れそうか。最悪四肢は外していい」

 

 

「そうだなァ……椎骨がいい。一番デカいのがいいな。コイツの術式もピッタリだ。衝撃を溜めて一気に噴出!!インスピレーションの泉だ!!こりゃ傑作になるぞ!!」

 

 

 噛み合っていない会話と、時折聞こえてくる物々しい単語。竜胆はその現実から逃げるように縮こまって目を閉じた。そうすれば血なまぐさいこの部屋の匂いも少しはマシに感じられた。

 

 

「──となると、第五腰椎と仙骨。あとは骨盤の一部も摘出する必要があるな。そこら辺の神経叢はもれなく繋ぎ直すとしよう。馴染めば脚も動かせる」

 

 

「早くやるぞ!!銘は竜骨(りゅうこつ)だ!!鍔には突起をあしらって……仙骨と腰の皮で柄を作る!!峰には削り出した噴出口だな!!」

 

 

 二人の呪詛師は詳細を詰めていく。組屋は専ら人体に特化した感覚派で、裏鍛はどちらかといえば金物屋としての側面がある理論派だった。しかしもうお互いの付き合いも長いので、いちいち議論して作業が滞るようなことはない。作りたいものを作る。その点で一致している二人だった。

 

 

「よし。あとは──竜胆」

 

 

「──ひっ」

 

 

 勝気な表情はもはや見るかげもなく、思わず漏れ出た自分の声にも怯えるほどで。竜胆は裏鍛の呼びかけに対して恐る恐る目を開けた。

 

 

「今から施術内容を説明していく。これは術式の開示に似たものだ。素体が生きた術師だからな。施術の手法を開示して取り出せば、呪具としての効力も上がる。お前は施術を受ける側として細かく内容を知ることができるんだ」

 

 

「あの、あたし……どうなるか分かんなくて……も、もう痛くないよな!!そうだよな!!……そう……っすよね!!ねぇ……!!」

 

 

 竜胆をうつ伏せに寝かせ、手際よく作業台へ両腕を固定していく裏鍛。不安そうに叫ぶ彼女を後目に、裏鍛は平坦な声で説明を始めた。

 

 

「まずは下半身だ。この"凍目針(こおまばり)"を打ち込んで局所的に麻酔をかける。完全に痛覚を残した施術だと十中八九ショック死するからな。それでもかなり痛いと思うがなるべく耐えろ。次に腰の部分を背中側から切り開いて第五腰椎・仙骨、それと骨盤の一部を取り出していく。だいたいこっから下のこの辺だ」

 

 

 そう言って腰を触る裏鍛の手つきには色気の欠片もなかった。労る気もない、ただの原材料を扱う仕草。被験者に内容を開示し施術に同意してもらうためだけの作業だ。

 

 呪物"凍目針(こおまばり)"は対象を一定時間昏睡状態にさせる10cm程の針である。上手く打ち込めば局所麻酔のようにも扱える代物だが、針の全部分を肉へ埋め込む必要があり、使った後は肉に溶けて再利用は不可。おまけに折れやすいので戦闘には向かない。ちなみに眼球を通して脳に打ち込めば、魂は覚醒状態のまま肉体が眠りにつく。悪質な嫌がらせに人気であった。

 

 

「骨を取り出したら換えの呪物を詰めていく。馴染むまでは激痛が続くだろう。気をつけろ。それと、坐骨・上殿・下殿その他諸々の神経を繋ぎ直して再建するんだが、しばらくはまともに機能しない。腰から下になると……消化機能は動いたままで排泄物は垂れ流しだ」

 

 

「激痛……!!痛くねぇって!!痛くないって言ったのに!!」

 

 

 竜胆はその単語にのみ反応を示していた。骨の部位や神経など彼女の知識量ではぼんやりとしかイメージが浮かばない。そのうえ中学の授業もまともに受けたことはなかったので、理解できる一部の単語を聞くだけで勝手にパニックを起こしてしまった。

 

 固定されていない足をバタバタと動かして抵抗しようとするが──

 

 

「──ひぃっ」

 

 

 指先を軽く摘まれる感触。それだけで竜胆の動きは凍りついてしまった。

 

 背中からじっとりと脂汗をかきながら、彼女は媚びるような表情で裏鍛を見上げる。拘束されていることも痛めつけられたことにも目を背けて、苦痛から逃れるためだけに。

 

 

「下肢の方は凍目針(こおまばり)を打ち込んでしまえば動かなくなる。だからそっちは拘束する必要がない。摘出後もすぐには動かせないし痛みは長引くだろう。歩きたければリハビリしかないな。もし垂れ流しが嫌だったら、特殊な蟲で食事は代替できるぞ。これがかなり不味いんだ」

 

 

「あ、あたし……歩けなくな、るんすか?」

 

 

 いつも使うような砕けた口調のものではなく、たどたどしく敬う言葉。この場でそれを笑うものはおらず、彼女の必死な表情を見れば誰もが心を痛めて慈悲をかけるだろう。しかしここに二人の例外が存在した。

 

 

「あぁ。しばらくは歩けない。それじゃあ打ち込んでいくぞ」

 

 

「竜骨!!竜骨!!待ってろ傑作ゥ!!」

 

 

 腰から下の感覚が──じわじわと痺れていった。

 

 

 


 

 

 

 変な感覚だった。なにか取り返しのつかないことをしたみたいな。でももう痛いのは嫌だった。だから呪具になるって、そうお願いしたんだ。でも、なんであたし……呪具になんて──

 

 

「ああ゙ぁ゙ぁぁ!?」

 

 

 熱い。熱い熱い……あつい!!あついあつい!!

 

 腰のところが熱い。根性焼きでもされたのかと思った。熱い。痛い。でも脚はぴくりとも動かない。腕も肩も変なベルトみたいなので巻かれてて、踏ん張ろうと思っても効かない。なんで。痛い。痛いのは嫌だ。もう嫌……!!

 

 

「い〜い骨してやがるぜ。ちゃんと牛乳飲んでたみたいだな。見ろよ。仕込みのおかげで呪力の馴染みもバッチリだ」

 

 

「骨身に染みたんだろう。呪具への転用には申し分ないが……少し痛みが強いか?竜胆サキ。聞こえてるか?おーい?」

 

 

 あたしの爪を剥がしたヤツ。でもあたしのことを許してくれた人。許し?許しって……そもそもあたしのせい……なんかじゃ、ないのに!!

 

 

「た、た!!たすけて!!たすけてください!!痛い!!熱いん、熱いです!!外して!!これェ!!外せ!!いたい!!いたいってぇ!!」

 

 

「興奮状態か……安心しろ。全部気のせいだ。熱くない、痛くない。復唱してみろ。息をゆっくり吸って──」

 

 

 こんなに熱いのに。こんなに痛いのに。頭を撫でて誤魔化してくる。コイツのせいで。でも、聞こえたそのまま叫んだ。そうしないとおかしくなりそうで。

 

 

「あ゙ぁぁぁ!!い、いたっ!!いだぐ……ない!!いだくな゙い!!いたい!!いたぐないっ!!すぅーっ、ふぅーっ!!」

 

 

「そうそう。その調子だ。痛くない……痛くない」

 

 

 あつくていたくて、くるしい。あぁ……い、痛い!なんかゴリゴリって振動がっ、腰らへんで……!!

 

 

「いいぃぃい゙!!い゙だぐっな、ない!!いたくない!!いたくないっ、いたくないぃぃぁああ゙!!」

 

 

「よーし切り離し完了だ!!見ろよこの造形美!!コイツが呪具の要……!!竜骨の核になる!!はっはっはっ!!早く仕上げてぇ!!」

 

 

「骨を再生しない理由について触れておこう。この呪物──"鈦聖(たいせい)"を仕込むスペースを確保するためなんだ。脊髄を通して脳神経にまで繋ぐとっておきの代物。骨を取り出してこいつを仕込む、という手間も"縛り"の差し引きとして扱える。これで反転術式を使えるようになるかもしれんぞ。呪力操作は要練習だな」

 

 

 鼻水と涙でぐちゃぐちゃ。腰んとこの痛いのがじんじんって響いてくる。いたい。いたい。いたいいたいいたいぃぃぃぃ……

 

 

「うぅぅぅ……!!うぶぅぅぅっ、うぶっ、おぼっ、ろええ……」

 

 

「凍目針の効果が解けてきたか。出すもんは全部出しておけ。効果が切れてきてからが本番だからな」

 

 

 気持ち悪い。いたくない。痛い。痛い。熱い。寒い。苦しい。きもちわるい。ぐわんぐわん回って。じくじくと熱い。

 

 男の人の手。あたしの口周りを拭いてくれる。あったかい。よごれてたのもきれいにしてくれる。あったかい。あったかい。痛い……痛い!!

 

 

「おぇぇっ……!!え゙ほっ。ふぅー……ふぅぅ……!!ゔぅぅぅ!!」

 

 

「拒絶反応には注意しろ。体に馴染まないまま弱って死ぬことも多い。だがお前は筋がいいからきっとうまくいくだろう」

 

 

 カチャカチャカチャって音。うでに巻いてたのはほどいてもらった。終わったのかな。気持ち悪い。痛くて震えて……怖い。寒い。怖い。熱い。痛い。

 

 

「反転術式で再生する体の感覚を覚えておいて損はない。お前もきっと使いこなせるはずだ。それと、下半身のリハビリには俺が付こう。組屋鞣造は解体にしか興味ないからな……完成前の作品をバラされても困る」

 

 

 汚れた台の上。あたしはなんにも分からねぇまま、そいつの体にしがみついた。ずりずりと腹ばいでにじり寄って。このまま1人なんて耐えられない。痛い。ずっと痛くて怖かった。我慢できない。

 

 

「ううぅぅぅ……あぅぅ……!!」

 

 

「そうだな。そのままだと確かに不衛生だ。療養には衛生的な環境が必要不可欠。組屋鞣造が作ってたベッドがあった。あそこに運ぼう」

 

 

 ひょいって肩に担がれた。ゲロと血にまみれたあたしを。

 

 あたしは痛くて怖いのがたまらなくて、コイツにしがみついた。胃液の酸っぱい匂いも、ただよう血の香りも嫌だったから、ぐちゃぐちゃの顔を服に擦りつけるみたいにして気を逸らした。コイツの白い和服は黄色がかってたり、血もついてたりして汚くなってる。

 

 

「このベッドには人皮シーツを敷く初期案があった。もちろん組屋鞣造の意見だ。だが、その場合一枚シーツにするための縫い目が少し気になる。シーツは綿がいいだろう?竜胆サキ。お前はどう思う」

 

 

 優しくベッドに下ろしてくれた。汚れた服もコイツが替えてくれた。痛くて痛くて泣いてるだけのあたしをお姫様みたいに世話してる。それがなんだか怖くて、意味分からなくて──

 

 

「ぇぇへ……えへ」

 

 

 気持ち悪い愛想笑いで返した。

 

 

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