竜胆サキから骨引っこ抜いて竜骨作るお話   作:ゾエア

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竜骨が完成するまで・した後のお話

 

 

 

 初めは穏当にアポイントメントを取って尋ねていた。竜胆と憚己が訪れたとある事務所の一室。呪詛師に死体を流すことのできる後ろ盾として当たりをつけたのは、そのスジの──いわゆる暴力と犯罪を生業にする集団であった。

 

 ()()()()には薄暗い経歴があるものの、その全員が竜胆の家族を殺した者ではない。昏倒した彼女の身柄を憚己達へ引き渡すように手配しただけの者もいる。手を出さずに穏当に引き渡すように指示した者もいる。そもそも竜胆サキの家族すら知らない者もなかには存在した。

 

 こういった場合のケジメの金と下手人数人の情報を差し出され──つまるところ、金を持たせてなあなあで収め、数人への報復で終わらせる方が互いの利益に繋がると。そう伝えてきたのだった。竜胆家へ押し入った実行員の中には、おいそれと情報を差し出すことのできない、組のメンツに関わるような人物がいたのだ。情報を出し渋るのも当然ではある。呪詛師の報復に対して組としても全面的に手を貸す訳にいかなかったようだ。

 

 誰もが血にまみれ、殺しに手を染めている訳ではないし、傍から見れば竜胆サキも呪詛師の一員である。お得意さんになるかもしれない相手を、無意味に苛立たせたいわけもなかった。

 

 しかしながら──ここには一人例外がいた。社会性も裏のルールもかなぐり捨てて、ただ作品の完成だけを求める埒外の者が。

 

 

「だいたい分かった。竜胆サキ。お前がやることは──」

 

 

「……我慢すればいいんですか。やっぱり殺すなって!!そうしろってことっすか!!」

 

 

 そう憤るのも当然であった。幾ばくかの金とチンピラ数人の情報をもらってこの場を後にすれば、丸く収まること。所詮自分は憚己の元へ運ばれた作品の素材であって、好きに復讐できる権利なんてないこと。全て事実ではあった。

 

 だが、家族を殺してのうのうと過ごしている者がまだいる。幾ばくかの金を握らせて帰ってくれと言われたところで、そう簡単に飲み込めるはずもなく。積もり積もった喧嘩の恨みとはいえ、家族にまで手をかけられた彼女が、冷静でいられるわけもなかった。

 

 

 一方で、彼女に言葉を遮られた憚己は特に気にした様子もなく、何食わぬ顔でその言葉を口にした。竜胆サキが待ちわびたそれ。言ってはならないそれを平坦な声で。

 

 

「──()()()だ」

 

 

「……えぁ?」

 

 

 一閃。気づけば体が動いていた。

 

 椅子に座る男が間抜けな声をあげる。横一文字に卸したその瞬間、彼女は本能で理解した。竜骨の使い方と──人間の壊し方を。

 

 

 突然の凶行に呆然とする組員達。その身体が次の瞬間には粗く刻まれていく。まるで()()()()()()()()()()()()()()()効率的な殺し方で。

 

 

「竜骨がようやく完成した。あとは存分に振るってしまえ」

 

 

 憚己が事前に仕込んでおいた結界を発動すれば、外から異常に気づかれることもなくなった。もう誰の目にも留まらない。彼女は思う存分鏖殺を行うことができる。できてしまう。

 

 

「あ゙っ──」

 

 

 頭蓋を輪切りにする音。

 

 

「おいゴラ゙っ──」

 

 

 頚椎を断ち切る音。

 

 

 男数人が彼女を囲んで大捕物に挑んでいた。掴み取ろうと伸ばした腕は竜骨の餌食となってボトボトと切り落とされていく。

 

 さらに部屋の入口から続々と男が入ってくるものの──死体の山が積み上がっていくだけ。

 

 

 すると慣れぬ拳銃を携えてやってきた1人の男。両腕で構えて懸命に狙いをつけようとするが──

 

 

「へ?」

 

 

 峰から噴出する呪力。一足で間合いへ踏み込んで。逆手に持った竜骨の刀身が猛加速して指ごと銃を真っ二つにした。

 

 

「いぎゃっ──」

 

 

 逆手のまま返す刀で刺突。脳天に突き刺した竜骨を握りしめると、そのままぐりんと回り込んで盾に使う。竜胆は黒い半着と白い袴を赤く色づかせながら、なおも止まらない。つり上がった口角は狂喜に満ちていた。

 

 

「囲めッ!!いいから抑えろ゙っ──」

 

 

 死体の頭蓋から竜骨を引き抜くと、再び峰から呪力を噴出させる。特徴的な噴出音が二つほど上がると──刃が猛然と男達に襲いかかる。

 

 

「あ゙ぁっ」

「え?」

「うぎっ」

 

 

 太い肉を割く音と、骨が折れる低い音。肉厚な刀身が突き刺さる音と悲鳴は同時に聞こえてくるようで。竜骨を持たない空いた片方の手指すらも呪力で強化され凶器と化していた。

 

 強化した手指は容易く肉を抉り骨を砕く。ずちゅりと聞こえたそれは喉元へ深く指を突き入れた証左であった。引き抜いた指を振るい竜骨を持ち替え、彼女はすぐに次の獲物へと駆ける。

 

 

 悲鳴すらなく絶命する者もいれば、運悪く生き残る者もいた。腹を裂かれたために零れ出そうなそれを、なんとか手で抑えながら彼女へ必死に声をかける男。

 

 

「ふぅーっ!!ふぅーっ!!あ、あのさぁ!!嬢ちゃん!!嬢ちゃん!!金!?金かい!?金ならさァ!!いくらでも゙っ──」

 

 

 返事をすることもなく唐竹割り。刃が眉間にまで到達していた。引き抜き、軽く振るって血を払えばやけに静かになった気がする。

 

 そこに投げ入れられた何か。ごとっ。少し重そうな物の落下音を耳にした瞬間──

 

 

「──ッ!!」

 

 

 ──爆風が竜胆の全身を叩いた。鼓膜と肺が損傷したことを認識する。さらに木片が瞼を貫通して左の視界を塞いでいた。彼女の呪力強化による防御は未だ完全ではない。対応も完璧とは言えず、その負傷は少なくなかった。

 

 だからと言って死ぬこともなく、むしろ負傷すら勝手に()()していくのだが。腰に埋め込まれたそれ。金属塊から削り出して成型された呪物──"鈦聖(たいせい)"は猛烈な痛みと引き換えに再生能力を発揮する。

 

 

「……化け物が」

 

 

「なんつってるかわかんねぇよ……でも全員殺していきゃいいよなぁ……だってよぉ──」

 

 

 鼓膜の再生にはもう少しかかるようだが、肺の破裂部の再生は既に終了していた。瞼に刺さった欠片を抜き取り血を拭いながら、竜胆は視界を万全に戻していく。

 

 

「──お前らがっ!!殺したんだろうが!!あたしの家族を!!なぁ!!聞いてんのかコラっ!!なめやがって!!」

 

 

「お、おい!!お前ら!!勝手に逃げんな゙っ──」

 

 

 倒れ込むように身を低くして男へ迫る。そこから逆袈裟に竜骨を振るって人体を軽く断ち切った。筋肉も内蔵も、骨すら裂く圧倒的な斬れ味は憚己の鍛えた刃によるもの。

 

 

 逃げた男の背中には──投げられた竜骨が突き刺さる。貫通して胸から生えた刀身に男はただ混乱するだけだった。

 

 

「え?──ぅごっ」

 

 

 後ろから蹴りを入れると、ボキボキボキと小気味良い音を鳴らして頭部ごと回転。背に刺した竜骨を引っこ抜くとすぐに次の獲物へ振るい、右袈裟、左袈裟と十字に切り裂く。ごぽりと血が吹き出すのを待たずに蹴り倒した。

 

 

 辺りが静かになったことで軽く見回し、この階において立っている者が他にいないことに彼女は気づく。次の階に向かわなければ。

 

 

「次ぃ……!!」

 

 

 竜骨を振って血を払うと、竜胆は階下へ向けて歩き始めた。呪力を滾らせ竜骨を片手に持ったその姿はどこか生き生きとしているようであり、瞼から血を滴らせて泣き腫らしたようにも見えた。

 

 

「──悪くない。動きに支障はなさそうで何より」

 

 

 憚己は竜胆の呪力操作や竜骨の扱いを含めてそう判断した。階下へ飛び込んでいく彼女をのんびりと追いかけていく。

 

 

 1階の四隅に打たれた特殊な杭によって結界を張ってあるので、爆発の衝撃音が外へ逃げることはなかった。

 

 事務所へ入ってくる者はもれなく彼女の犠牲となっていくうえに、結界の効果によって外へ出ることはできない。最上階から階下へ順番に、虱潰しに殺していくことで誰も生きて帰さないつもりだ。

 

 

 階を下りるごとに死体の数は増していく。火消しには少々手こずりそうではあったが、それは憚己の管轄ではないし、そもそも気にするぐらいなら彼女を焚き付けたりしない。彼は呪具の完成を見届けたかっただけである。

 

 辿り着いた1階に立ち尽くした姿。ぐっしょりと血を被って濡れた半着と袴は間違いなくこの殺戮の下手人であった。

 

 

「竜胆サキ。終わったようだな。竜骨はどうだった。手入れの方法ぐらいは聞いても構わないが……他に何か改造したい時は改めて依頼してくれ」

 

 

「……その人」

 

 

 竜骨で指し示す1つの死体。首をぱっくりと割かれて大量に失血した後のそれ。その男が今際の際に放った言葉を彼女は忘れられなかった。

 

 

「家族がいるんですね。こんなヤツらにも。なのにあんなこと……あたしの家族を殺した。あたしをぶん殴った。あ?……あぁ、あたしも……!!……殺した。殺したんです。大勢。な、なんで?あたしがっ、全員……!!うぶっ、おぇっ……ぉえぇ……」

 

 

 吐瀉物と血と脂。それらの匂いが充満する環境は憚己にとって苦ではなかったが、特に好んでもいない。そのため、憚己はここで彼女に突っ立ってもらうよりも外へ出た方がマシだと判断した。彼女はもう膝を着いて項垂れているのだが。

 

 

「ここまで派手にやれば掃除屋は呼んでも来ないだろう。得意先がまた1つ減ったが……特に問題はない。竜骨も完成したことだ。むしろ結果オーライか」

 

 

「あぁぁぁ……ひぐっ、ひゔっ……ぉえ゙っ」

 

 

 えずく竜胆を俵のように抱え、憚己は事務所を後にする。さしっぱなしの杭に刻まれた術式が遠隔発動して──小さな火柱が昇った。

 

 

「ゔぐっ」

 

 

 離れた路地裏のさらに奥。サイレンが遠くの方でうるさく鳴り響く中、憚己は担いでいた竜胆を放り出した。彼女は受け身も取れないままどさりと落ちて、小さく呻き声を発した。

 

 

「今のうちに竜骨の手入れについて教えておく。これから長く付き合うことになるだろうからな。それと……どうした。何か言いたいことでもあるのか?」

 

 

 放心しているような表情ではあったが、彼女の目は確かに憚己を捉えていた。視線の意図を推し量り、憚己は話を聞き出そうとする。

 

 竜胆はぱくぱくと口を開閉してから、一つ息を吸い、ぽつぽつと語り始める。

 

 

「もう……なんにもなくなったんです。みんな死んじまった。あたしのせいで。こうするしかなかったのかなぁ……ねぇ。あたしはどうすりゃいい?いっぱい殺しました。あたしが……これで──」

 

 

「あぁ。お前が殺した。その"竜骨"で。お前も竜骨も生き生きとしていた。呪具は呪うための道具だからな。お前は正しく扱った。作り手としてはフェアじゃないが、ホントに良い呪具だと思うぞ。そのまま呪詛師でも始めたらどうだ」

 

 

 殺しの高揚が冷えると、後に来るのは罪悪感だった。肉を裂く感触も、骨を断つ手応えも彼女の手にはしっかり残っている。もし、この非日常感が崩れ去ってしまえば、罪の意識と家族を喪った悲哀に押し潰されそうで。

 

 一方で憚己は特に気負わず助言を与えていた。既に竜骨の完成を見届けたため、あとは軽い義理立てのつもりで手入れの方法などを教えようとしていただけである。孤独と自責で震えて小さく縮こまる少女を前にしても、親身になって世話をする気はなかった。

 

 

「立てって……走れって、言わないんですか。もう必要ないんですか。あたし」

 

 

「竜骨は完成した。言っただろう。俺は完成したものに執着しない。もうそいつはお前のものだ。あとは好きに歩いていけ」

 

 

 沈黙したまま彼女は思案を続ける。手入れの説明も耳に入らない。ぐるぐると回る思考は負の連鎖に続いていくハズだった。竜骨の柄をぎゅうと強く握りしめ腕に抱き、血の匂いと呪いに縋り付く。

 

 

 だったら、このまま放り出されてしまうなら、いっそ全部──

 

 

 

 


 

 

 

 

 裏鍛工房の朝は早い。特に今日は予定があるので時間に余裕などなかった。憚己は早口で述べていく。素材となる身体──素体は眠りについた金髪縦ロールの女性であった。

 

 

櫛世(くぜ) 恒乃(ひさの)。昏睡状態で運ばれてきた。特徴的な呪印と複雑な呪いの気配が分かりやすく見て取れる。髪型は呪われた時からずっとこのままのようだな。解呪は困難、表の術師には頼れない。お前ならどうする?」

 

 

「はい!!ぶん殴って叩き起こしたら、爪を剥いで立場を分からせます!!」

 

 

 黒い前掛けと頭に巻いた黒のバンダナ。金髪を一つ結びにしたポニーテールの少女──竜胆サキは元気よく発言した。腰に佩いた竜骨。その抜き身の刃が鈍く光を返している。

 

 

「惜しい。恐らくぶん殴った程度ではまず起きないだろう。呪いの気配が一見複雑に感じられるが、注意深く観測してみろ。お前の感じたことを言葉にしてひとつずつ整理していけ」

 

 

 竜胆は誰かを呪う呪詛師としての道を選んだ。家族を殺した下手人はまだ生きている。真っ当な手段では辿りきれないうえに、大勢を殺した自分が表の術師として生きていけるとは思えなかったのだ。自らが竜骨を持っているだけの女であることは身に染みていた。

 

 復讐に必要なものは呪詛師としての立場と信用である。ただの殺人鬼では情報も金も手に入らない。だから彼女は憚己に頭を下げた。

 

 "私を鍛えてください"と。平伏した土下座スタイルに、初めの憚己は目もくれなかったが──しばらくすると思い直したように了承した。それから彼女はこの血なまぐさい裏鍛の工房で下働きに邁進している。今日の作業もその一環であった。

 

 

「縦ロール。なんかお嬢様っぽいッスね。眠ったままわざわざココに運んできた。バラしたりもせず色々使われてもない……じゃなくて使()()()()?なーんか、術師って感じにも……んん?」

 

 

「そう。違和感を覚えたなら上出来だ。裏鍛(ウチ)にわざわざ運んできた理由。それは非術師じゃ手出しできないからだ。見ろ。この巻かれた髪から棘のような弾が射出される。恐らく術式の自動操作だ。昏睡状態でも死なないように維持されているのも呪いによるものだろう。しかし、それにしては術師の肉体とも思えない気配。矛盾している」

 

 

 軽く工具で頭を叩こうとする。すると縦ロール髪がギュルギュルと音を上げて──棘弾を発射した。工具が弾き飛ばされると音は止まる。それが何かの術式だと理解できるが、肉体をみると術師にしては()()()()な呪力の回り方であった。

 

 

「俺もやったことがある。非術師に呪物を取り込ませたんだろう。結果的に呪物が主導権を握ったが、肉体は負荷に耐えきれていない。眠りについてそのままってワケだ」

 

 

「呪物が主導権を握る……?そもそも呪物って生きてんスか?」

 

 

 憚己は一通りの呪物・呪具をトレーに揃えながら、レクチャーを続けていた。作業台に載せて素体の固定を済ませると、リクライニングを作動させて位置を調整していく。

 

 

「モノに魂が宿ったり、呪霊じみた化け物になる場合もあるが……この場合、十中八九死人の魂が呪物に入っていたハズだ。肉体にその魂が上手く馴染んでないと言えばいいか。そいつを叩き起こして魂を折るのが今回の作業だ」

 

 

「へぇー。そういうのも分かるんスね。でも術式で邪魔されちゃうんじゃ──え?」

 

 

 憚己が持ち出した一刀。丸鍛えの、刃長67cmの日本刀であった。刃紋にも特筆すべき点はなく、美術品としての価値を削ぎ落とし実用だけの形を与えられたそれ。しかしそこには素人目にも分かるほどの圧倒的な呪詛が。

 

 幾人もの血を吸った██駅のレール鋼。そこから金属加工された呪具の一つ。レール鋼と成型技術の確保によって量産すら可能な点は特級相当たる所以である。

 

 竜胆はその刃から立ち上る異質な呪力を感じ取って冷や汗を流していた。

 

 

「銘は"軌哭(きこく)"。術式効果を薄める、または中和する時に用いる。扱いは要練習だ。お前はまだやめておけ」

 

 

「うっス……」

 

 

 ぎぃん。と鈍い金属音があがる。発射された棘弾を弾いた音だった。さらに続けて発射されたそれを2、3度ほど弾くと、憚己は一足で距離を詰め──髪の束を切った。

 

 計10本のロール髪の束を切断。その間、棘弾による抵抗はひっきりなしに行われていたが、憚己の身にはかすりもしなかった。

 

 "軌哭"には刃を振るった軌跡に領域を展開する効果があった。術式効果を領域へ流し込み中和することで、限定的ではあるが術式の無力化ができる。ざわざわと動いていた髪の毛も途端に力を失い、作業台の上に力なく倒れていった。

 

 

「次だ。脳を呪物の魂に慣らしたいんだが、そこは呪力とも密接に関わっている部分でもある。なるべく壊したくない。凍目針で適度に麻酔をかけながら呪力で程よく刺激をかけていく」

 

 

「なるほど了解っス。この辺っスか?えいっ」

 

 

「ぎぃっ!?」

 

 

 女の声。脳に直接凍目針を打ち込まれたショックで声を発したようだった。呪力で刺激せずとも上手く目を覚ますことができたらしい。

 

 彼女は寝ぼけ眼のまま正面の憚己に気づき、少しずつ状況を確認し始める。血なまぐさい部屋。まともに動かない体。そして──前方に立つ術師の存在感。圧倒的に格が違う。

 

 

「あ、あら。ごきげんよう。随分と手荒い目覚ましだこと」

 

 

「櫛世恒乃。お前にやってもらいたいことがある」

 

 

 白目の部分は黒く染まっており、先程とは打って変わって術師のように呪力が回っている。呪物が受肉を果たしていた。上品な言葉で返しているが、拘束された状態で的確に自らの不利を悟っているようだった。術式すら上手く発動できないために。

 

 憚己はいつも通りの調子で言葉を続ける。

 

 

「俺達はお前の脳梁を切断し右脳と左脳の繋がりを断つ。そうしたら、お前の受肉体の魂と呪物の魂、それぞれを左右脳に分けて役割分担してもらいたいんだ。術式による弾丸の構築ができるんなら……スナイパーとスポッターとしての運用はどうだろうか。これらを一体二役でこなすことができるんだ」

 

 

「な、なんですの……?わたくしの、脳?それは、その……仰ってる意味がよく分かりませんわ」

 

 

 竜胆は無言で憚己にペンチを手渡した。憚己はパチパチとペンチを鳴らしてかがみ込むと、恒乃の足先へと近づいた。

 

 

「あ、あなたも知っているんでしょう。受肉体のこと。呪物のことも。け……羂索の差し金かしら?わたくしとの"縛り"はどうなるんですの……?」

 

 

「これからお前が結ぶんだ。施術の内容を俺が開示する。お前が条件を呑んで呪具としての性能を発揮する。そういう"縛り"。呪物として体に入って主導権を握れても、お前自身が受肉体として目覚めきれていなかったのは運が悪かったな。()()()()()

 

 

 物騒な物音が聞こえたからか、それとも身動きがとれない恐怖からか、恒乃は不安そうな声を上げ始める。憚己はまともな返答も返さず、抵抗するように動く彼女の脚──その左足首を掴む。

 

 

「まず親指の爪からいくぞ。舌噛むなよ」

 

 

「ちょ、ちょっと!!あなたも受肉た──」

 

 

 べぢり。

 

 

「い゙ぃ!!あ゙!!あ、あなた達本気ですの──」

 

 

 ぶちっ。

 

 

「あ゙あ゙ぁぁ!!やめっ、やめなさい!!いくら呪詛師といえど──」

 

 

 ぶちぶちっ。

 

 

「ぎい゙ぃぃぃぃ!!お前っ!!やめて!!やめなさいったら゙っ──」

 

 

 べきっ。

 

 

「あぁ゙ぁ゙!?まさかっ、そんな縛りで上手くいくわけないでしょう!?無理やり結ばせても意味などなくってよ!!」

 

 

 べぢっ。

 

 

「があ゙ぁぁぁ!!」

 

 

「そうだな。竜胆サキ。"縛り"を他者と、特に術師相手と結ぶ際には気をつけろ。こんな風に痛めつけて無理やり結ばせても効力が発揮されない時がある。無理やり結んだとそいつが思ってしまえば効力が低くなったりしてな。だから──心の底から同意すると。そう思わせておく必要があるんだ」

 

 

「あー。あたしの時みたいな。でもこのやり方ってアリなんスか?」

 

 

 竜胆は器具を確認しながら疑問を投げかけた。憚己は剥がしたそばから爪を放り投げ、今は計5枚の足の爪が床に捨てられている。

 

 

「術師は痛みに強い。戦い慣れていれば特にな。しかしこういう時に限っていえば男よりも女の方が早く折れる。ある意味賢いんだ」

 

 

 右足首を掴むと、びくんと跳ねて体が強ばったようで。そのまま親指の爪にペンチの先を引っ掛けてからしっかりと挟みこむ。そして──

 

 

 ぶぢっ。

 

 

「━━ッ!!ふぅーっ!!ふーっ!!わ、わたくしの話を゙っ──」

 

 

 ぶぢり。

 

 

「いだいっ!!おま゙え゙っ!!いい加減にして!!ごのっ──」

 

 

 べきっ。

 

 

「あ゙っ!!あぁぁ!!もう!!わがったわ!!わかりました!!縛りでもなんでも結びっ──」

 

 

 ぶぢぶぢっ!!

 

 

「い゙ぎぁぁ!!!な゙っ、なんなんっですの゙!!」

 

 

 残る小指の爪をペンチで挟みながら、ゆっくりと、てこの原理でじわじわ荷重をかける。みちみちと肉から爪が剥がれる音とともに、憚己はモノを見る目で恒乃を捉える。

 

 

「それじゃダメなんだ。苦痛から逃れるために縛りを結んでいる。違う。苦痛がないことに喜び、従うことに安堵を覚えるまで。それまで丁寧に何度でも教えるしかない。竜胆サキ。お前もやってみていいぞ」

 

 

「あ゙あ゙あ゙ぁぁぁ!!やめて!!もうやめてくださいまし!!も゙うっ!!ねぇ!!聞いてったら゙ぁ!!」

 

 

「そうっスか。じゃ、じゃあ……オラっ」

 

 

 爪を剥がしきった足指。剥き出しになった指先の肉を竜胆は靴で軽く蹴った。

 

 

「お゙あ゙ぁぁっ!?」

 

 

「足先は神経が集中している。拘束する手間さえ惜しまなければ足指への刺激も効果的だ」

 

 

「確かにそうッスねー。石とか踏んだらめっちゃ痛いッス。あ、足裏も広く使えますね」

 

 

 血まみれになった足先を持ってぐいと足首を動かす。見えた足裏は白くキメ細やかで、乾燥肌も見られないほど綺麗に保たれていた。

 

 細い針を手に竜胆は足をがしりと掴んで固定すると、高らかに宣言した。

 

 

「じゃあ打ち込んでいきまーす」

 

 

「い゙ぃ゙っ!!あな゙だ!!ねぇ!!ふぅーっ!!すぅーっ!!ごの゙っ!!む゙ぐぅっ!?」

 

 

「おっと。こういう時に舌を噛まれたりすると面倒なんだ。呪詞の詠唱といった抵抗も考えられる。何か代わりに噛ませておくと無難だな」

 

 

 舌を噛んだ際の多量出血や切れた舌の肉が喉に詰まって窒息する恐れもある。手早くそれらを封じてから、憚己は竜胆の指導に徹していた。

 

 

「ん゙む゙ぅ!!ん゙ん゙ーっ!?ん゙ん゙っ──」

 

 

「オラっ。これって等間隔の方がいいんすか?あ、貫通しちまった」

 

 

「出血量には注意しろ。全体を俯瞰しながら判断していくんだ。貫通は問題ない。後で治す。それよりも……術師の魂を痛みだけで折るのは根気の要る作業だ。慣らさず殺さずでいけ」

 

 

 裏鍛工房の主。裏鍛憚己は相変わらず平坦な声だった。竜胆サキを鍛えることになってもそれは変わらない。彼女へ器具を手渡しつつ、全体を見ながら適宜助言を与えていく。

 

 

「ん゙む゙ゔぅ!!ん゙っ!!ん゙ぐっ……ん゙っ……」

 

 

「あ。やっちったー。これって白目むいてるんスか?全部黒くてわかんねぇや」

 

 

 加減を間違えて素体を気絶させてしまう。そんな竜胆の失敗にも何ら怒ることはなく、憚己は気つけの一撃を用意するのだった。

 

 

 

 






竜骨の話はこれにて終わりです。
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