今回はサブタイ名に大分悩まされましたが、これで行きます。
サブタイこれじゃなくね? とか思ってもそれは心の中にしまっておいてください(泣)
主人公空気回です、そっとしておいてやってください。
俺は妖怪の山に住みついた。
あの白い妖狐と共に、岩場を移り住みながら天狗達の監視の薄い麓から中腹までを日々渡り歩く平穏な日々はそれまでとは比べ物にならない位幸せな日々だった。
昼は果実や魚、時には狩りなどして食べ物を集め、夜は岩場の陰で身を寄せ合い眠った。
あの白い妖狐は俺に新たにできた家族のような存在だった。
このままあの村での生活を忘れて一生ここで生活していける、そう本気で思っていた。
あの魔法使いが来るまでは。
「お前、麓の村で手配されている人間ね?」
目の前に黒いローブを羽織った、金髪の神秘的な雰囲気を漂わせる女が現れた。
村の手配という言葉を聞き、瞬時に俺は悟った。
この女は俺をあの村に連れ戻しに来たのだと。
俺は一目散に逃げ出した。今あの村に戻れば一体どのような仕打ちをされるかわかったものではない。
白い妖狐の背にまたがり、俺達はこの妖怪の山を駆けた。
しかし――――
「さて、鬼ごっこはもうおしまいにしましょうか」
数分逃げ切る事も叶わぬまま俺達はまた金髪の女の目の前に、今度はひれ伏す体勢で戻されていた。
その時、ようやく女が魔法使いであり、俺達より格上の力を持つ事を知った。
もう立ち上がる事すらままならない。おそらくは女の魔法のせいだろう。
「ご、後生だ! 頼む、あの村には戻さないでくれ! 俺はもうあの村との関係は絶ったんだ! どうしてそっとしておいてくれない!?」
「お前が村との関係を断ったと言っても向こうは全くそんなつもりはないみたいよ? よかったわね、仲間思いの村人達に囲まれて」
皮肉めいた言い方をする女に交渉が通じない事を悟り、背筋が凍った。
村に戻されればあいつらはきっと俺を散々拷問してから殺すに決まっている。元々殺すために俺を手配しているのだ。
生きたまま帰れば酷い目に会うに決まっている。
「な、なら! せめてここで殺してくれ! 俺の死体でもなんでも村人にくれてやればいいだろう!?」
「駄目よ、お前を生かしたまま連れてこいと言われている。でなければ報酬はないと。だから、このまま拘束して連れて行くわ」
「い、いやだ! やめろ! 殺せ! 殺してくれ!」
一歩ずつ近づいてくる女が悪魔に見えた。
そして、その背後に俺を痛ぶるのを笑って待ち構える村人達の姿が見えた。
俺は必至に女から逃れようともがくが、身体がいう事をきかない。
もう駄目だと絶望しかけたその時、隣で倒れていた白い妖狐が不意に女に飛びかかった。
「――!?」
不意を突かれ、女は後ろへ飛び退くように後退する。
俺の目の前で白い妖狐がまるで子を守る親のように立ち塞がっていた。
魔法使いと妖獣がしばらくその場で睨み合う。空気が張りつめ、重く感じた。
「……獣風情が」
女は明らかな怒りの形相を妖狐の方に向けている。
同様に妖狐の方も唸り声を上げて目の前の魔法使いを睨む。
妖狐が飛びかかっていったその時、俺にはわかってしまった。そして、妖狐を止めるために動かそうとした手も届く筈もなく、予想通りの決着がついた。
「あ、ああ……」
俺は目の前で真っ白な毛を赤く染め、大量の血を流しながら倒れる妖狐を見て、放心状態になっていた。
夢かと思った。しかし、同時にこれがまごう事なき現実である事も同時に理解していた。
当たり前のような顔でまた俺に近づいてくるその女を見て俺は怒号をあげた。
「うおぁぁぁ! 何でだ! 何で殺した!? お前程の魔法使いなら麻痺させるだけでもよかったのに!? 何故だ、答えろ! 何で俺の家族を殺した、クソ女ぁぁぁぁぁぁぁ!」
「家族? 笑わせないで、お前と妖怪の間に血のつながりなんてないでしょう? お前は最初からこの世界で
「畜生! ブッ殺してやる! 絶対にお前を無残に、惨めに、
「……可哀想に」
突然、俺の首筋に衝撃が走ったかと思うと、やんわりと意識が闇にフェードアウトしていく。
おそらくは気絶させられたのだ。次に目覚める時はおそらく地獄だろう。
「クソ女、クソ女って五月蠅いわね。私は天下無敵の魔法使い霧雨魔理沙よ、覚えておきなさい。まぁ、もう会う事もないでしょうけど」
「霧雨……魔理沙……」
薄れゆく意識の中、憎しみと共にその名を心に刻みつけた。
――霧雨魔理沙、お前は必ず俺が殺す。
☆
魔法の森、そのある一帯に異常な量の呪詛が溢れかえっていた。
呪詛は周りの木々や生き物の生気を奪い、さらに勢力を拡大していく。このままならおそらく数時間後にはこの魔法の森全てを包み込むそれ程の勢いであった。
そして、その中心部に一人の人間兼、魔法使いの女性が立っていた。
霧雨魔理沙である。
「なんて呪力。このままでは私達だけじゃなくこの魔法の森も危ういわね」
呪力の塊の中で冷静にそれを分析する魔理沙は既に自分と近くで倒れた蓮一に防護魔法を張っていた。
しかし、この力がさらに増して来ればきっと防護魔法でも歯が立たない。一刻も早くこの暴走する呪詛を殺す必要があった。
呪詛は決して消す事はできない。何故なら呪詛とはあらゆる生命の憎しみや負の感情の塊であり、それはすなわち一種の生き物なのである。
生命体を消す事はできない。仮に消えたように見えたとしてもそれは目に見えない程細かい物質に分解されたか、単に見えないものへと変化しただけである。
では、呪詛を止めるにはどうすればいいか。簡単である、『殺す』のだ。巨大な力をもって強引に呪詛を押し潰せばその時点で呪力の放出は止まり、その存在は消え去る。
本来ならもっと穏便なやり方もあるのだろうが、今の状況でそんな悠長な事は言っていられないし、魔理沙はこういったやり方しか学んでいないのだから仕方がない。
霊力、魔力といった類は数少ない呪詛などの霊的、妖的存在にも干渉できる力。それなりに骨が折れるが魔理沙は自身の魔力で呪詛を殺そうとしていた。
「さて、まずは小手調べ」
魔理沙が右手をピストルのような形にして、その銃口たる人差し指を呪詛に向ける。
「BANG!」
瞬間、魔理沙の人差し指から虹色に輝く魔力弾が、凄いスピードで放たれ、直線軌道を描きながら呪詛、しいてはその中心にいる孤助の胸部に命中する。
すると、今までただ呪力を放出し続けているだけの呪詛が、うねったように蠢き、その動きを止める。
そして、その呪詛は突然、呪力を内部に取り込み始める。
その呪力の集まる先は当然、今まで呪詛の中心部に居た――――
「――ッ!」
強力な呪力の波がその中心部から発せられ、魔理沙は両腕を前でクロスさせ、防御態勢をとる。
呪波はしばらく続き、やがて弱まっていった。
魔理沙が慎重に防御を解き、自分と蓮一の防護魔法がまだ破られていないのを確認したその時、強烈な殺気を受けて、思わず魔理沙はその場からさらに数メートル飛び退く。
その殺気は呪詛の中心部、孤助の居た位置から発せられていた。
「お前……!」
「…………フゥゥゥゥ」
そこに居たのは孤助であり、孤助ではなかった。まるで狐と人間とを混ぜ合わせたような、そんな何かがそこには居た。
二本脚で立つそれは体格や顔は孤助のものに違いなかったが、頭髪のなかったその頭や身体中を真っ白な体毛が覆い、頭部には狐の耳のようなものが生え、その口には歪にかけた歯はなく、全てが獣の鋭い歯になっていた。
全身を包む真っ白な毛の中に僅かに赤く脈打つ呪詛の紋様が垣間見えるが、それによって孤助自身が苦しんでいるような様子はない。
「お前……呪詛と一体化して……!?」
「呪詛? 違うな」
孤助本来の声に被さるように別の声も同時に聞こえてくる。おそらくはこの呪詛の声と孤助自身の声が重なっているのだろう。
孤助は鋭い眼光を魔理沙に向けると、その足を一瞬屈伸するように動かした。
それだけで、彼はその場から消え、気付けば魔理沙の背後に回り込んでいた。
魔理沙は後ろから孤助の声が響くまでその事には気付けなかった。
「これは、この管狐は元々一匹の妖獣だった。お前も知っているだろォ? 何せお前が殺したんだもんなぁ、クソ女ァ!」
☆
目覚めた時、そこはどこかの薄暗い部屋だった。
目の前には見知った顔が数人見える。村の人間達だ。そこでようやく俺は自分が捕まった事を思い出した。
あれだけどれだけ眠っていたのだろう。自分の両腕と両足が縛られ、両腕を縛っているロープから伸びた部分が天井に繋がっており、自分が今サンドバックの様に吊られている事を確認する。
村人の一人が、俺が目覚めたのに気が付き声を上げる。
「おい! 目が覚めたみたいだぞ!」
「ちッ、やっと起きやがったか! 全く貧弱なやろうだ! まだまだ楽にはしてやらねぇから覚悟しろ!」
村人達の怒号が頭に煩わしく響き渡る。これから拷問を始めるのかと思うと逃げ出したくなる衝動に駆られるが、やはり体は思うように動かない。
「今度は気絶しねぇように頭は狙うなよ? お前ら!」
「へへ、いいぜ、こいつには今までしこたまやられてんだ。好きなだけ殴らせてくれるんなら多少は配慮するさ」
男の一人が棍棒を振り回しながらニタニタと笑う。確かあれは肉屋の主人だったか、村で浮浪児として生きていた頃は何度もあそこの肉を奪っていた。
そして、俺はようやく記憶を取り戻した。
そうだった、既に拷問は始まっていたのだった。もう三度は気絶していた。彼らの容赦のないリンチによって。
よく見れば既に俺の全身は痣や切傷だらけで、右手なんて人差し指と中指が捻じ折れており、今にも床へ落ちてしまう程に断裂しかけていた。舌で歯をなぞると、鉄の味と共に口の中の歯が半分以上折れたり欠けたりしているのがわかった。
気付いた瞬間、その強烈な痛みはジワジワとまた戻ってくる。
あまりの痛みに既に目が潤み、痛みに身体が震える。
「まぁ、待て。次も気絶するまで殴ってたら面白味がない。見ろ、このダラダラと伸びただらしねぇ髪を! こいつを毛根からひん剥いてやろうぜ、一本残らずな!」
「いいじゃねぇか! じゃあ、それは俺がやるぜ!」
次の拷問について話していると一人の大男が出てきた。体は全身筋肉に覆われ、身の丈は俺の二倍近くあるのではないかという程の巨漢。
そいつは俺の足より太い右腕を伸ばし、乱暴に前髪を鷲掴みにする。
そうしてから左腕で俺の顔を掴むと、握っていた髪を渾身の力で引き抜いた。
「そぉれ!」
「――!?」
ブチブチという音を立てて俺の髪が毛根から引き抜かれていた。
頭部に焼けつくような痛みを覚える。
しかし、男はすぐさま次の髪を掴み引きちぎる。
そうして、数十分後、俺は頭部から血を流しながら毛を一本残らず引き抜かれた。
息絶え絶えの俺に村長が出てきて俺に言う。
「おいおい、終わりじゃないぞ? これからこんどはその引き抜かれた髪の代わりを刺しこんでやるからのぉ。ほれ、皆、針を持ってきて一人ずつ刺していくいい」
「ヒッ!」
ジャラジャラと音を響かせながら大量の針が運ばれ、それを村人達が手にする。
「この針の先端には毒が塗ってあるからの、たんと腫れ上がるじゃろうて!」
「いやだぁぁぁぁぁ!」
村長の声と共に村人達がこぞって俺の所に集まり、その頭に針を刺していく。
終わりのない痛みにもうそこから先は記憶が曖昧だった。
気付くと俺の吊るされた足元は自分の血で真っ赤に染まっていた。
あの後、さらに棘のついた鞭で全身を傷だらけにされたあげく、そこに唐辛子の汁をかけられ悶え苦しむ所をまたリンチ。
その繰り返しが延々と続いた。最早、体の骨格すら変わって自分でも自分の姿が分からない。
もうあれから何日経ったのか、いつ俺は死ねるのか。そんな事をひたすら考えていた。
舌を噛まないように俺の口には布を噛ませてあるし、両腕両足は使えない。
息を止めようともしたが、どうしてもギリギリの所で呼吸してしまう。
そして、今日もまた拷問に村人達が扉を開けてわらわらと集まってくる。もう恐怖すら湧き上がってこない。
ただ諦めだけが俺の心を支配していた。
「さぁて、今日もたっぷり可愛がらせてもらうぜ?」
村人の一人がそう笑いながら呟いたその時、異変が起こった。
部屋の外から村人達の悲鳴が聞こえ、慌ただしく動いている。村人達が不思議がって部屋から出て状況を確認しようと扉に手を掛けたその時、その扉が突き破られ、部屋中に嵐のような突風が吹き荒れた。
「な、なんだ!?」
「逃げろ! きっと妖怪の仕業だ!」
「無理だ! 動けない!」
村人達の喧騒も俺には大して耳に入っていなかった。誰でもいいから殺してくれ、それだけを考えていた。
やがて、嵐がおさまると、部屋にいた村人達は皆一様に気を失っていた。
俺の両腕と両足の縄は風で切られ、俺は床に寝ている状態で目だけ虚ろに開けた状態だった。
その目の前に何か、細い生き物がいた。
筒にも入れそうなほど細い頭身で白い毛並の狐。それを見て俺は生気を取り戻し、飛び起きる。今まで両腕と両足を縛られていたからか起き上がるのすら一苦労だったが、その狐の姿はまさにあの白い妖狐のものであった。
「お前……まさか、俺を助けに来てくれたのか?」
狐は俺の質問に肯定を示すかのように一声鳴くと俺を誘導するよう出口へと飛んでいく。
周りを見れば、全く同じ姿の狐が十数匹そこで飛び回っていた。
俺は訳の分からぬまま狐達に誘導され、部屋から村へと出た。村は酷い惨状で嵐の通り過ぎた跡のようにそこら中滅茶苦茶にされていた。
「は、はは……ハハハハハハ!」
俺は笑った。まだ生きている事に、村人共に天罰が下った事に、そして、霧雨魔理沙に復讐できる事に。
狐達は細い竹筒を持ってきて俺の手に預け、さらに地面に何かを書き記して見せる。『管狐』と書かれたそれを見て、それがおそらくはこの狐達の名前だと判断し、俺は叫ぶ。
「よし、行くぞ管狐! 復讐を果たしになァ!」
それに呼応するかのように管狐達は周りを盛んに飛び回り、最後には掲げた竹筒へと入っていった。
☆
「……厄介ね」
魔理沙は箒の上に乗って全方位に防御魔法を広げていた。
突然、その一つが攻撃を受ける。魔理沙の右側の防御魔法だ。しかし、その数コンマ後、次はその逆の防御魔法に攻撃が当たる。
魔理沙は若干崩れた防御魔法を瞬時に立て直すが、その直後にまた別の防御魔法が攻撃を受ける。
完全に今の魔理沙は防戦一方だった。呪詛――管狐と一体化した孤助は既に人間の動きをしていなかった。
宙を浮いている魔理沙の所まで地面を蹴って文字通り目にも止まらぬスピードで次々に攻撃を仕掛けてくる。
「ハハハハハ! どうした霧雨魔理沙ァ! 攻撃しないのか? 攻撃しないとお前が死ぬだけだぞ?」
不意に空中に現れた孤助は魔理沙を挑発する。
魔理沙はそこに向けて攻撃するが、防御魔法を逆に足場にして加速し、空中で攻撃を躱して見せる。
また馬鹿にしたような笑い声がどこからか聞こえてくる。
「…………」
魔理沙はしばらく孤助の攻撃を見ると諦めたように防御魔法の修復をやめ、箒に座り、孤助からの攻撃をただ見つめているだけになった。
孤助もその戦意のなさに流石に一瞬動きを止めたが、しかしそれをチャンスとみてここぞとばかりに攻撃を仕掛ける。
徐々に防護魔法にヒビが入り、徐々に攻撃の余波が魔理沙の髪を揺らすようになっていく。
「そうか! 諦めたか! じゃあ、そのままじっと動かなければいい!一瞬でその首飛ばしてやるよォ!」
最初の方は何かの罠かと警戒していた孤助だが、ここまで追い詰められても攻撃を見ているだけで何もしようとしない魔理沙は完全に諦めたのだと確信した。
あの時の復讐がようやく果たされようとしている。その事に孤助は笑みが隠せなかった。
防護魔法のヒビが次々と増えていき、ついにその一つが割れた。
さらに矢継ぎ早に他の防護魔法も破壊されていき、魔理沙の周りは完全に無防備状態と化した。
――終わりだ!
地面を抉り、無防備状態の魔理沙の背後に回る。
そして、その首を刈り取ろうと鋭い爪の生えた左腕を伸ばそうとしたその時、魔理沙が動いた。
魔理沙は孤助の方を全く見ないままピストルの形にした左手を後ろに回し、銃口である人差し指を孤助の目の前に向ける。
「BANG!」
「ギャ!?」
魔理沙の人差し指から放たれた虹色の光弾が孤助の左目を撃ち抜いた。
孤助はその突然の攻撃に為す術もなく血を流す左目を抑えながら、地面に真っ逆さまに落ちていき、鈍い衝撃音と砂埃を上げる。
ゆっくりとその中から起き上がってきた孤助には落下によるダメージはほとんどない。
孤助は視界のある右目で遥か高くに浮かんでいる魔理沙を睨む。
「何故だ……何故だあァァァ!」
周囲の空気を揺らす程の叫び声と共に地面を抉りながら魔理沙の居る地点まで飛び、再度攻撃を仕掛ける。
だが、やはり魔理沙に攻撃しようとした所でまた目の前に彼女の指がある。
「BANG」
「――ッ!」
寸前の所で身を翻し、もう片方の目を撃ち抜かれるのは回避したものの、落ちていく孤助の顔にさっきまでの勝利を確信した笑みは消えていた。
ただ、得体のしれない不気味さだけがへばりつくように孤助を包む。
何故、魔理沙は動きが追えない筈の自分を正確に攻撃でいるのか。
しかし、その疑問は思考すら許されなかった。魔理沙が上空から急降下して追撃してきたのである。
足場もない空中でいくら身を翻しても攻撃を全て避ける事など不可能だった。
彼女の手から無数に流れ星のように降り注ぐ魔力弾が何発か直撃し、悲鳴を上げながらバランスを崩し、孤助は頭から地面へと落ちていった。
魔理沙は箒で減速しながら軽々と地に足をつく。
孤助が攻勢であった筈が結果を見ればダメージを受けているのは孤助一人という極めて圧倒的な戦況だった。
「な、何故だ……何で俺を攻撃できる……!? お前は俺の動きに目が追い付いていない筈だ!」
「簡単な事よ」
魔理沙が近づき、倒れる孤助の前に立つ。
「お前の癖を観察していた。だから私にはお前が次どう動くかわかった、それだけよ」
「癖……だと……?」
言っている意味が孤助には全く理解できなかった。癖がなんだというのだ、それがわかっただけで相手の次の動きが読めるなどそれは既に神の領域にも達している行為だった。
しかし、目の前の魔法使いはそれを当たり前のようにやってのけている。理論の不可能性と現実の矛盾――「有り得ないが、現に起こっている」――に孤助の頭は混乱状態にあった。
「まぁ、別に万人に通用するものではないわ。ただ、お前は癖が強いから」
「はァ?」
「だってその身体、全然使いこなせてないでしょう? お前が身体を動かしているというより体にお前が動かされているという感じだわ。だから攻撃に一定の法則性、癖が生まれてしまう」
「か、仮にそんな癖があったとして! どうやってお前が俺の動きを見る!? 動きが見えてなければ癖など分からない筈だ!」
相手の癖など相手の動きがまず見えなければわからない。魔理沙に孤助の動きが見えている筈がなかった。
動きが見えているのならわざわざ癖など探さないでも目でしっかり捉えて避ければ良いのだから。
そういった点で孤助の反論も頷けるものであった。しかし、魔理沙は嘲るかのように孤助を笑う。
「別に攻撃までの軌道を見る必要はないわよ。どこから飛んで、どこに攻撃したか、それだけわかれば十分でしょ? 飛んだ位置は抉れた地面が、攻撃は防護魔法が教えてくれるわ」
「な……!?」
「わかった? もうお前は私には勝てない。大人しくその一体化を解きなさい」
既にさっき打ち込んだ魔力弾が孤助の身体を麻痺させ、一切の動きを封じていた。
それに魔理沙は癖を見切り、もう勝てないとまで言い切った。そして今までの予知の如き読み。
誰が見ても降伏するしかないという状況で孤助は全く別の事を考えていた。
――そうだ、あの時もこうして麻痺させれば……。
「あの時もこうしてれば……」
「え?」
「あの時もこうしてれば! 狐は死なずに済んだはずなんだよォォォォ!」
突如、孤助の内部から大量の呪力が放出され、魔理沙はその勢いに飛ばされる。素早く箒で飛んで体勢を立て直したものの既に孤助のいた位置は高密度の呪力が彼を守る鎧のように包み込み、並大抵の攻撃ではダメージは通りそうにもなかった。
「まだ悪あがきを……」
「ウオォォォォ!」
孤助のものとは思えない、獣の咆哮と共に呪力の鎧が形を変える。
それはまるで巨大な一匹の狐、孤助を取り込んだそれはまるで彼の意思に従うかのように動き、魔理沙に襲い掛かる。
「アハハハ! 狐ダ! アノ狐ガ! 俺ニチカラヲ、カシテクレテイル! オマエヲ殺セト!」
人間としての声を失いつつある孤助が向かって来るのを魔理沙は避けようとしない。
ただ、一言、魔理沙は呟いた。
「……可哀想に」
☆
私がその村を訪れたのはその村でしか採れないある植物を譲り受けるためだった。
交渉材料として金は多少持ってきたが、そこまでの量はないためおそらく意味はなさないだろう。
そうなるとおそらく物々交換か、最悪何かしらの無償奉仕か。そうある程度の算段をつけて私はその村に入り、そこの村長と早速交渉に入った。
しかし、村長はその村でも希少らしいその植物の交渉に関して首を縦に振る事はなかった。
金、自分の持つ魔法道具や魔法の森にしか原生しない様々な植物を取り出して見せたが、交渉価値のあるものとは認めてもらえず、最後に何かしら手伝える事はないかと尋ねた時、村長の目の色が僅かばかり変わった。
「……ほう、我々に何か魔法で手を貸してくださる?」
「ええ、お前達に不可能な事でも私なら大抵可能よ。件の植物とそれで交渉できないかしら?」
「成程、そういう事でしたらある指名手配犯を探して頂けますかの?」
「指名手配犯? それって人間よね? そんな事でいいの?」
妖怪に指名手配犯という言葉は使わない。明確な名前を持つ者とそうで無い者があるからだ。
それを知っていた私はただ人間を捕える事が希少な植物と釣り合うのか若干疑問だった。
しかし、村長は笑みを浮かべ大きく頷く。
その笑みに醜悪さを覚える気色の悪さを覚え、思わず私の表情は崩れる。
「ええ、勿論それだけでよろしい。ただし、必ず生きてここへ届ける事が条件ですじゃ」
「……わかったわ、引き受けましょう。どの辺りで目撃されているとか、人相とか情報があると助かるのだけれど」
「ああ、その事なら既に調べがついております。そやつは浮浪児でして名前などはありませぬが、ただその一帯にいる人間などそやつ『だけ』ですので」
私は村長の言葉に疑問を禁じ得なかった。
ある程度の場所が絞れているなら何故さっさと捜索しに行かないのか。そして、その一帯に居る人間がその人物のみとハッキリと『だけ』と言い切れるのも不思議だった。別に周辺に村がなくとも誰かしら人間が住んでいる可能性は否定できない。
まぁ、単に村長が決め付けているだけの可能性はあるが。
しかし、次の村長の言葉で私はそれらの疑問の全てを解消できた。
「場所はこの村のすぐそこ、妖怪の山ですじゃ。やつは天狗の監視の薄い麓から中腹におり、どういう訳か妖獣と共に行動しております」
「成程、ね。わかったわ、一日以内に戻るわ。件の植物を準備しておいて」
「ほほ、何とも頼もしい。ではよろしく頼みますぞ」
妖怪の山ともなれば人間が入って生きて帰れるとは思えないし、そんな所に他に住む人間もいないだろう。
全てを脳内で解決させ、村の外まで村長に送ってもらう道中、村で異様な光景を見た。
「……村長、あれは?」
私の指差した方向には数人の男がいた。男達は一人の男を囲み、やりたい放題に蹴りつけ、殴りつける。
囲まれた男はどこにも逃げられず、全身を痣まみれにしながら必死に身体を丸めている。
それだけならまだいい。きっと何かの喧嘩だろうと納得がいく。異様なのはそれを見た周りの者が野次馬のように周りに集まりニタニタと笑って観戦しているのだ。中には石を投げて加担する者までいる。
そして、その中には老若男女全てが含まれて皆同様に笑っている。
しかし、村長も私に言われてそれに気付くとただ笑うだけで止めようともしない。
「ほっほ、いいのですよ。きっと彼は何か禁を犯したのでしょう。掟を破ったものには如何なる暴行も認める。それがこの村の掟ですじゃ」
「な、何なの、その掟……」
「まぁ、これは必要な事なのですじゃ。この村はお主も知っている通り妖怪の山に非常に近い。そのため村人達は日々妖怪の脅威に晒され、強いストレスを抱える。それを発散するための方法がアレなのですじゃ」
つまりは妖怪への恐怖と不安で心に募ったストレスを、暴力を振るう事によって、自分の力を誰かに誇示する事によって一時の安心感を得ていると言うのだ。
成程、道理で気色悪い訳だ。村長も、ここの村人の笑顔も。
私の蔑むような視線も気に留めず、村長は村の出口まで私を案内し、妖怪の山へと行く私を見送った。
「……私が捕まえてきた指名手配犯もここの村人のストレス発散のためのサンドバッグにするつもり?」
「ほっほ、人聞きが悪いですぞ、悪人には正義の鉄槌を。我が村ではそれを裁判官だけでなく村人全てが行えるというだけの話ですじゃ。ただの暴力ではない、正義のために振るわれた拳だからこそ皆の心には一時の安堵が宿るのですじゃ」
「件の植物の提供には感謝しているわ。だけど、この村は到底好きになれそうにないわね」
「まぁ、考え方は人それぞれでしょうな。では、話もこれ位にして早速行って来てくださいませ、魔理沙殿」
「ええ、指名手配犯でも何でも生きて捕まえてきてやるわよ。お前達のためじゃない、報酬のためにね」
静かな怒りを言葉に乗せて、私は箒に乗って妖怪の山の中腹に向けて飛んで行った。
多少時間がかかるかと思われたその手配犯の捜索は運良くすぐに終わった。
私が彼らの目の前に姿を現し、確認を取ると、手配犯の男は隣に居た巨大な白い毛並の狐にまたがり、凄いスピードで逃走を図った。
しかし、人間ならまだしも私から逃げられるような速度ではない。そして、数分も経たないうちに私の目の前には倒れた一人と一匹が居た。
「さて、鬼ごっこはもうおしまいにしましょうか」
「ご、後生だ! 頼む、あの村には戻さないでくれ! 俺はもうあの村との関係は絶ったんだ! どうしてそっとしておいてくれない!?」
男は私に敵わないと悟ったのか途端に命乞いを始めた。
だが、あの村の掟とやらの事を思えば、この男の姿を情けないなどとはとても言えない。
しかし、交渉は成立してしまっている。見逃す訳にもいかないのだ。
「お前が村との関係を断ったと言っても向こうは全くそんなつもりはないみたいよ? よかったわね、仲間思いの村人達に囲まれて」
あえて皮肉めいた言い方をした私を恐怖と絶望に包まれた瞳で見ている目の前の男を見ていると胸が痛むが、そんな感情は目的のための障害にしかならない。
私はこの時、まさしく心を鬼に、非人道的なものにしていた。
「な、なら! せめてここで殺してくれ! 俺の死体でもなんでも村人にくれてやればいいだろう!?」
「駄目よ、お前を生かしたまま連れてこいと言われている。でなければ報酬はないと。だから、このまま拘束して連れて行くわ」
「い、いやだ! やめろ! 殺せ! 殺してくれ!」
一歩ずつ近づいてくる私は彼の目にはどう映っているだろう。
きっと悪魔か死神だろう。
祈るように目を瞑る男に手を伸ばしたその時、隣で倒れていた白い妖狐が不意に飛びかかってきた。
「――!?」
不意を突かれ、私は後ろへ飛び退くように後退し距離をとる。
『おいおい、やめてくれよ。こいつは私が先に目を付けた獲物だ。横取りはさせんよ』
脳内に直接響く様な声を聞いた。おそらくは目の前に立ち塞がる妖獣のものだろう。
距離を取った私に妖狐はさらに続ける。
『やっと、この小僧も警戒心を解いて私を家族と呼ぶようになったのだ。拾った頃から大分健康的に肉がついてきたし、そろそろ食べ頃だったんだ。知っているかい、魔法使い? 人間の肉っていうのは絶望に落ちた時が一番美味しいんだ』
「…………」
私は何も言わなかったし、妖獣風情に何か言葉を交わす気もなかった。ただ、その代りにさっさとこの目の前の妖獣の口を塞いでしまいたいという欲求だけが募っていく。
『私の事を家族とまで呼んでいるこの小僧が私に食われる時、その絶望が一体どれ程のスパイスになってくれるのか……ああ、想像しただけで
「……獣風情が」
私の抑えきれなくなった殺気に気付き、妖狐の方も唸り声を上げて臨戦態勢に入る。
最初に妖狐が飛びかかって来た。しかし、妖術やある程度の知恵を持った所で所詮は獣。魔法使いに対して力任せの特攻など愚策でしかない。
私は手の平で高密度の魔力を矢のようにして妖狐の腹に向けて思い切り放つ。
私の目の前で真っ白な毛を赤く染め、大量の血を流しながら妖狐は倒れる。当然にして呆気ない決着。
私は表現しようのない苛立ちを抱えながら再び男に近づいていく。
「あ、ああ……」
男はしばらく放心状態で倒れた妖狐を見ていたが、近づいてくる私を睨み、怒号を上げた。
「うおぁぁぁ! 何でだ! 何で殺した!? お前程の魔法使いなら麻痺させるだけでもよかったのに!? 何故だ、答えろ! 何で俺の家族を殺した、クソ女ぁぁぁぁぁぁぁ!」
いっそ彼に真実を教えてしまおうか、そんな醜い感情が湧き上がるのを精一杯抑え、私は厳しく彼に言った。
「家族? 笑わせないで、お前と妖怪の間に血のつながりなんてないでしょう? お前は最初からこの世界で
「畜生! ブッ殺してやる! 絶対にお前を無残に、惨めに、
最早、聞く耳持たずといった状態だった。当然だろう、家族だと思っていた者が殺されたのだ。誰でも怒り狂うだろう、なまじ真実を知らないばかりに。
結局彼が救われる道など無かったのだ。妖獣と共にいようと村に戻ろうと辿る結末は同じ。
「……可哀想に」
私は男の首筋に手刀を当てた。彼の意識を一時だけ何者にも侵す事のできない闇に送る。そうする事で最後の安息を与えてやりたかった。
結果的に意味のない行為だと自覚しながら。
「クソ女、クソ女って五月蠅いわね。私は天下無敵の魔法使い霧雨魔理沙よ、覚えておきなさい。まぁ、もう会う事もないでしょうけど」
「霧雨……魔理沙……」
男は最後に私の名を呟き、意識を完全に失った。最後まで事情を知らない悪役の演技を徹底した私はどうだっただろうか。
何も知らない振りをして、見て見ぬふりをして、たかが希少植物一つにここまでやった私の判断はおそらくどこまでも間違っている。
そして、そこまで分かり切っていながらやはり何もしなかった私は所詮無力な人間なのだ。
☆
「……可哀想に」
もう駄目だった。孤助は既に我を失っている。今更全ての真実を話したところでそれを受け止める事はないだろう。
そして、そこまで彼を狂わせてしまったのは紛れもない魔理沙自身だ。
――人間として、お前を救いたかったけど……そんな都合のいい事はまかり通らないわよね、やっぱり。
あの時、人間として孤助を救えなかった自身をここで変えたかった。人間として孤助を憎悪の渦から救い出してやりたかった。
しかし、それはもう手遅れなのだ。あの時救えなかった時点で孤助はもう『終わって』いる。
――だから、私は。
魔理沙は右手を開いて前に出し、その手首を左手で掴み、しっかりと固定する。
「だから、私は魔法使いとしてお前を殺して終わらせるわ。そして、その全てを負う」
魔理沙の右手に巨大な魔法陣が現れ、その中心でこれまでになく高密度の魔力が形成されていく。
「私の全力全開の一撃で!」
「シネェェェェ、キリサメェェェ、マァリサァァァァァァァ!」
巨大な狐を模した呪力の塊が魔理沙の眼前に迫ったその時、『それ』は放たれた。
魔法に熟達した魔理沙でさえあまりの威力に制御がきかぬ魔法。しかし、その制御以外に関してはその『元となった技』に匹敵する程のクオリティを誇る。
全魔力を右手から放つだけ。ただ単純なだけに最強、魔理沙の攻撃魔法の中でも最強を誇るその魔法の名を魔理沙は叫んだ。
「マスタースパーク!」
その日、魔法の森は全体の三分の一もの面積を『更地』にする事となった。
次回で魔理沙編は終了となります。
次は何を書こうか考え中です。
おそらくは「人里編」になるんでしょうか。
そろそろ日常的な交流も描きたいですし。
まだまだ続きます! お付き合い頂ければ幸いです!