東方史上最強の弟子 レンイチ   作:浜栲なだめ

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魔理沙編のラストになります。
この話から少しケンイチ要素を色濃くしていこうとか思ってます。

所詮にわかですが、温かく見守ってやってください。


第十二話「魔法使いの弟子」

 蓮一が耳をつんざくような轟音と激しい突風にさらされ目を覚ました時、決着はついていた。

 蓮一の目の前には魔理沙の姿があり、その彼女の目の前にほとんど異形と化している孤助の姿があった。

 既に孤助から無限に放出されていた呪力は消え、さらにその身体も少しずつ細かい粒子のようなものとなって消えていく。

 

「……悪いわね、こんな決着で」

「…………」

 

 魔理沙はそう一言謝り、孤助の身体が崩壊していくのを見届けている。

 また孤助もそんな魔理沙の方を虚ろな目で見つめる。

 

「あの膨大な魔力に飲み込まれた時、お前の思念の欠片を見た」

 

 ポツリと孤助は口を開きそう呟いた。

 おそらくはマスタースパークの中に魔理沙の記憶や思念も混ざり合って放たれてしまったのだろう。

 魔力とは魔法使いの全てだ。その魔力を全身全霊で放つマスタースパークに少なからず強い思念や記憶が混ざり合って、攻撃を受けた相手にそれが届いてしまうというのはあり得ない事でもない。

 限りなく稀な事でもあるが。

 

「俺は……あの白い妖狐の事を本気で家族だと思っていた。まぁ、実際狐の方は俺をただの餌だとしか思ってなかったらしいが」

「…………」

 

 最後まで孤助には隠し通そうとした事実、それが最後の最後に伝わってしまった。

 これで何度彼に絶望を与えたのだろうか。魔理沙は目の前の孤助に何も言う事はできなかった。

 

「……お前、まさか俺に同情してんじゃねぇだろうな?」

「……してないわよ、お前は私に戦いを挑んで、負けた。それだけでしょ?」

「そうだ、それでいい。俺が敗者でお前が勝者だ。この戦いにはそれ以上の干渉も、感傷も、決してあってはならねぇ」

 

 孤助はニヤリと不敵な笑みを浮かべ、魔理沙もそんな消えゆく彼の最期を目を逸らさず真っ直ぐに見下ろす。

 そこには明確な勝者と敗者の姿があり、その二人の姿は一種の神聖ささえ帯びているように感じられる。

 

「勘違いしているようなら訂正するが、俺はこれっぽっちもあの狐に憎しみなんて抱いていない。俺は、初めて狐と出会ったあの時に死んでいてもおかしくなかった。それを一カ月も生かし続けてくれたんだ。例えそれが悪趣味な嗜好によるものだったとしても、俺はあの狐に感謝してもしきれねぇよ」

「……やっぱり狂ってるわね。頭の螺子がどっか飛んでるのよ、お前」

「ハハハ、そうだろうな。きっと俺はもうどうしようもなく狂っている。そのせいか、これから消えるっていうのになんだか……悪い気分って訳でもねえ」

 

 孤助の身体はもう肩から下が消えてしまっており、後数十秒話せるかどうかという所だった。

 しかし、孤助の表情には魔理沙への憎しみも、救いのない人生への後悔もなく、何か重荷を下ろしたような、そんな清々しい表情をしていた。

 

「霧雨魔理沙、最後に一つ忠告してやる。まだ『終わり』じゃない。せいぜい気をつけるんだな」

「それは、どういう意味?」

「それ以上はテメェで調べな。全くもって良い事なんざ一つもないクソみたいな人生だったが、最後に全身全霊をお前とぶつけてほんの少しスカッとしたぜ。あばよ、クソ女――――」

 

 魔理沙が追求する前に途端に消滅が速まり、孤助は跡形もなく消えていった。

 後にはマスタースパークによって更地となった魔法の森と魔理沙と蓮一だけが残された。

 こうして孤助という復讐者は狂気に包まれたその人生を終えた。

 

 

 魔法の森、北端。魔理沙と孤助の戦っていた場所から遠く離れたその地帯に高くそびえるとある木の頂上に『何か』がいた。

 カラスと人間が入り混じったような外見のそれは木の頂上につける足こそ人間のそれだが、上半身は漆黒の羽毛に包まれ、その両腕は全身を包み隠せる程大きな翼となっている。その頭もカラスのそれであるが、その目は無機質に白くぼんやりと光っている。

 

『やはり駄目でしたか』

 

 決してその口は動いてはいなかったが、その低いとも高いとも言えぬ声は確かにその鳥人から発せられていた。

 そして、その視線の先にはたった今消滅した孤助の姿が映っていた。

 

『しかし成程、これがこの幻想郷の術。ある程度構想は掴めましたし、孤助と管狐(実験材料)を失ったのは残念ですが、とりあえず良しとしましょうか』

 

 そう呟き、その場を去ろうと膝を大きく屈伸させたその時、後ろから別の声が響き、鳥人はその動きを止める。

 

「やぁ、散歩かい? あまりここらでは見ない妖怪のようだけど」

 

 鳥人の後ろの少し低い所にある木のてっぺんに同じようにある人間が立っていた。いや、僅かな妖気を漂わせている事から人間ではない。半妖だろう。

 その半妖は一見白髪で銀縁眼鏡を掛けた青年に見えるが、気配を完全に消していた自分の存在に気付く辺り只者ではない事を鳥人は悟り、横目でその姿を捉えつつ素早く戦闘態勢に入る。

 

『気配は消していたつもりだったのですが……』

「いや、そんな木の上に立っている人間大の生物いたら嫌でも目に留まるだろう?」

『…………』

 

 今まで鳥人が行っていた気配を消すという行為はたかが視界に入る程度で気付かれるようなものではない。

 この鳥人は自らをこの森の一部として溶け込ませ、自らと魔法の森の気配を一体化させる事で完全に自分を自然化していた。

 つまり、いくら木の上に人間大の謎の生物が止まっているのを見た所で、まずその不自然さに気付けない。しかし、今目の前にいる半妖は容易く自分を見つけて見せている。

 その不可思議な現象に鳥人の目の前の半妖への警戒心はますます上がっていく。

 

「まぁ、そんなに警戒しないでもいいじゃないか。僕は森近霖之助、この魔法の森で商店を開いているんだ、君は?」

『悪いですが、先を急いでおりますので』

 

 これ以上この半妖に関わってはいけない。そう判断して、翼を開こうとした矢先、いつの間にか透明な糸のようなものが身体中に絡まっており、鳥人の動きはその場で制止させられた。

 霖之助はにこやかにほほ笑みながら繰り返す。

 

「君の、名前は?」

『……ッ!』

 

 異常な緊迫感を霖之助から感じ取り、必死に糸を振りほどこうとするが、むしろどんどん絡まっていくばかりで一向に逃げられる気がしない。

 その間に木から木へと飛び移り、近づいてきた霖之助は糸を解こうともがく鳥人の耳元で囁く。

 

「君の狙いが蓮一君か、魔理沙か、はたまた別の誰かかは知らないけど、僕の目の届く範囲で今回みたいな悪戯は控えた方がいい。僕はあの二人がお気に入りでね。あまり横槍を入れられるのは僕にとって好ましくないんだ」

『…………』

「さぁ、君の目的を洗いざらい話してもらおうか」

『致し方ありません』

 

 急に力が抜けたかと思うと、次の瞬間鳥人の身体はまるで風船のように急激に膨らみ始める。

 霖之助が危険を察知して急いでその場を離れた数秒後、大きな爆発音と共に鳥人の身体は爆散し、その後には何も残ってはいなかった。

 

「……自爆、という事はあれは使い魔か。やっぱり別に主がいるのか、面倒だなぁ」

 

 頭を掻きながら眼鏡を指で軽く押し上げると、霖之助はそれ以上の詮索を諦めて魔法の森の中へと再び消えていった。

 

 

 呪術師、飯綱使いの孤助との戦いから一日が過ぎた。

 あの後、魔理沙のマスタースパークで更地にされた魔法の森、そのおおよそ三分の一は依然として荒廃した大地が続いている。

 現在、魔法の森はまるでその一部をスプーンで抉り取られたかのように非常に不自然で歪な地形に変形していた。

 そして、あの戦いで最も疲弊した蓮一はというと、あれから二日間の絶対安静を魔理沙から命じられ、そのほとんどをベッドの上で過ごす事となった。

 しかし、あれだけ受けたダメージもおおよそは魔理沙の秘薬によって二日でほとんど完治してしまっているのだからとんでもない。ただ、凄惨に食いちぎられた両耳だけは薬でどうにかなるものでもないようで、元通りとはいかず両耳の上半分は潰れたように平たくなってしまっている。

 しかし、それも髪を少し伸ばして耳を隠せば済む事。聴力に影響がなかったのは不幸中の幸いであった。

 そして、今日三日目の朝に蓮一は絶対安静を解かれ、ようやく外出許可をもらった。

 

「本当はもう少し大人しくしてもらいたいんだけどね」

「もう二日間も無駄にしてしまったからな。もう一時も無駄には出来ない」

 

 既に世間一般では本格的に夏という季節が到来している。ただ、日が差しにくく、濃い霧が頻繁にかかる魔法の森は例外的に現在も涼しい気候が続いている。

 もう慧音に天体望遠鏡を届けるべき期限が差し迫っていた。

 

「……まぁ、お前ならそう言うと思ったわ。では、まずお前にはこの三つの薬を渡すから今すぐつけてきなさい」

 

 魔理沙はそう言って、液体の入った三つの小瓶を蓮一の目の前に置いた。

 

「これは?」

「右から順に視覚、聴覚、触覚を取り戻す薬よ。視覚の薬は目に差し、聴覚のは両耳に垂らし、触覚のは全身に軽く塗りなさい」

「あ、ああ! ありがとう、魔理沙! でも、もっと時間が掛かる筈じゃ?」

「ちょっと『あるお方』の力を借りたのよ。そんな事はともかく、浴室使っていいから早く三つの薬を使いなさい」

 

 魔理沙に『あのお方』なんて丁寧な表現を使わせる程の相手が少し気になったが、魔理沙に促され、蓮一は三つの薬を持って浴室に向かう。

 服を全て脱ぎ、最初は目と耳に薬を、そして最後に触覚の薬を全身余すところなく塗った所で、蓮一は目、耳、全身の皮膚に焼けつくような痛みを感じ、手に持っていた小瓶を落としてその場で蹲る。

 しばらくその痛みに耐え、悶えていると、いつのまにか浴室の床のひんやりとした冷たさが皮膚を伝わってくる。

 痛みに閉じていた目をゆっくり開くと、眼鏡を掛けていないその目に浴室の床がはっきりと映っており、時折水のしたたる音も耳から聞こえてくる。

 

「おお、おお!」

 

 全ての感覚が元に戻り、感動を露わに蓮一は浴室を飛び出して魔理沙に心から何度も感謝の意を伝える。

 

「…………」

「魔理沙……?」

 

 魔理沙は何度も礼を言う蓮一を見てずっと固まっていた。何も反応しない、彫刻のようになってしまっている。

 そして、心なしか魔理沙のその肌は赤く上気しているようにも見える。

 そこでようやく蓮一は気付いた。

 自分が今、裸であった事に。

 

「…………」

「あ、いや違うんだ魔理沙、これはその、あまりの感動に」

 

 わなわなと唇を震わせる魔理沙が手を蓮一の前に向け、そこに魔力が集中し始める。

 蓮一がやばい、と思った時にはもう遅かった。

 魔理沙のその手から魔力弾が放たれる。

 

「消えろ変態」

「ぐああああああ!」

 

 その後、蓮一は死なない程度に痛めつけられたあげく、それを回復されてまた痛めつけられるという拷問を小一時間ほど受ける事になった。

 そして、その後。

 

「……すいませんでした」

「全くね」

 

 しっかり着替え終えた蓮一は魔理沙の前で土下座をしていた。

 その前で腕組みをして蓮一をしばらく睨んでいた魔理沙は一つ息をついて腕組みを解く。

 

「まぁ、いいわ。これでお前も元通り五感を取り戻した訳だし、これで後ろ髪惹かれる事なくお前を送り出せる」

「え?」

 

 蓮一は驚いた表情で顔を上げる。その言い方ではまるでもう自分が魔理沙の元から去るような言い方ではないか、そう驚いた。

 そして、その心を読んだかのように魔理沙は肯定するよう頷く。

 

「もう、お前に私から教えられる事はないわ。元々武術は専門外だし、お前は魔術的な素養もないしね」

「でも、俺はまだ第六感っていうのを教えて貰ってない」

「あら、気付いてなかった? もう無意識に第六感は習得しているわよ?」

「え?」

 

 魔理沙の言葉に蓮一は先程から驚きを禁じ得ない。

 

「孤助との戦いの時、お前は管狐に眼鏡とイヤーカフを壊され視覚、聴覚を奪われ絶体絶命。そこでお前はあらかじめ臭いをつけておいて、その臭いを魔法の森で活性化された嗅覚で辿る事で孤助と戦ったわね?」

「ああ」

「でも、流石に嗅覚が活性化されていたからってあそこまで正確に攻撃はできないわ。嗅覚でわかるのは大体の位置。そこから一発も空振りしないなんてありえないわよ。ましてや最後なんて狙ったかのようにあの竹筒を破壊した」

「なんだかあの時は手に取るように嗅覚だけで孤助の場所がわかったんだ。勿論、竹筒とかの位置まで」

「それが第六感よ。どうやらしばらく五感が機能していなかったのは図らずもトレーニングになっていたようね」

「そう、だったのか……?」

 

 未だ実感が湧かないまま、蓮一は自分の手を見つめる。あの時竹筒を破壊した手を。

 あの時、何故あの位置に正拳を突いたのかはわからない。だが、確かにあの時自分は何か確信を持ってあの位置に狙って拳を突いた。

 不思議な感覚に包まれながら蓮一は首を傾げる。その姿を見て魔理沙は笑みを浮かべる。

 

「ま、そういう訳だから。お前の修行は今日をもって終了よ。第六感と最低限の霊力操作。確かに伝授したからね」

「ああ、わかった……今までありがとう、魔理沙」

「後、私にできるのは香霖堂まで連れていく事だけよ。後は、頑張った弟子に選別をくれてやる事位かしら?」

 

 そう言って魔理沙はローブの中から透明な球体カプセルを取り出す。その中身は透明な液体に満たされ、その中心に根を伸ばした綺麗な花があった。

 その花弁は七色に輝き、その美しさは蓮一の目をしばらく奪う程の美しさであった。

 

「これが七色花よ。お前が探していた霖之助に依頼された最後の一つ。さぁ、これを持っていきなさい」

「魔理沙……」

 

 伝えきれない感謝を込め、蓮一は魔理沙から七色花を受け取った。

 そして、全ての荷物、とは言っても大半が魔理沙から新たに譲り受けた物ばかりだがそれらをまとめ、蓮一は魔理沙に連れられ、香霖堂へと向かった。

 蓮一は魔理沙の家と香霖堂がもっと離れた物だと想像していたが、ものの十五分程歩いた所で香霖堂が構えられた魔法の森の出入り口が見えた。

 魔法の出入り口まで来たところで立ち止まると魔理沙は蓮一の方に降り返る。

 

「蓮一、ここより先は魔法の森の外、すぐ傍に香霖堂があるわ。そして、この魔法の森を出たのなら、私とお前の師弟関係も終わる」

 

『お前、名前は?』

『え? 蓮一、だけど』

『よし、じゃあ蓮一。お前は今日からこの魔法の森から出るまでの間、私の弟子になりなさい』

『はぁ!?』

 

 出会った時のあの会話が懐かしく蓮一の脳内に響く。そう、魔理沙との師弟関係はあくまでも魔法の森を出る間まで。

 香霖堂に行く時、魔法の森を出る時こそ魔理沙の師匠としての役目は終わりである事を示していた。

 

「……ああ、そうだな」

「では、いきなさい蓮一。恐れる事はないわ。お前は短期間とはいえこの天下無敵の魔法使い霧雨魔理沙の弟子だったのだから。ここで得たその力、お前の師匠に存分に見せつけてくるといいわ」

「ああ、勿論だ」

 

 蓮一は魔理沙に並び立ち、魔法の森と外との境界に立つ。あと半歩も踏み出せば魔理沙との師弟関係は終わる。

 魔理沙はそれを認めているようではあるが、蓮一はそれを認める事はできなかった。

蓮一は魔理沙の方を振り返らず、言う。

 

「魔理沙、俺がここで魔法の森から出たところで師弟関係は終わりにならないよ」

「え?」

 

 最初の頃は確かにこんな怪しげな魔法使いの弟子は勘弁とも思った。しかし、これまでを振り返り、蓮一の魔理沙への印象は少なからず変わっていた。

 

「別に師匠が一人だけじゃなきゃいけないって道理はない。俺は今も、これからも魔理沙の、天下無敵の魔法使いの弟子だ!」

「……ええ、お前がそれを望むのなら、私はこれからもお前の師匠でいましょう」

「ああ、これからもよろしく頼む、魔理沙師匠!」

 

 そう言って笑うと蓮一は魔法の森から一歩踏み出し、香霖堂へと歩いて行く。

 魔理沙は追わない。ただ歩いて行く蓮一の姿を見送っていた。

 

「またいつでもいらっしゃい、ビシビシ特訓してあげるわ、蓮一」

 

 

 久々に来た香霖堂は相変わらず人の気配がない。

 店内に入ると埃を被った珍品に囲まれた霖之助が出会った時と同じようにアームチェアに腰かけ、本を読んでいた。

 

「お久しぶりです、霖之助さん」

 

 蓮一が声を掛けると、霖之助も本を閉じて笑顔で蓮一を迎える。

 蓮一は霖之助の前にある机の上に、今まで採集してきたマダラ茸、魔法杉の葉、そして七色花を置く。

 霖之助は特に驚いた様子もなくそれぞれを手に取ると、納得したように頷く。

 

「うん、全て僕が依頼したものだね」

「じゃあ、天体望遠鏡を貸してくれるんですね!」

「ああ、勿論さ」

「じゃあ、早く慧音先生に伝えないと!」

「ああ、その必要はないよ」

 

 慧音に一刻も早くこの事を知らせようと香霖堂を後にしようとした蓮一を霖之助が呼び止める。

 

「え?」

「彼女には一週間前に僕が既に天体望遠鏡を渡しているからね」

「え、何で……?」

 

 何故、まだ依頼を達成していない内に天体望遠鏡を貸してくれたのか、そして何より慧音先生の事を知っているのか。

 蓮一の何で、にはそんな二つの何でが含まれていた。

 

「いや、それは君の師匠から聞いているからね。まぁ、依頼品を早めに渡しておいたのは君を信じていたからだよ、蓮一君」

 

 にこやかにほほ笑む霖之助に改めて背を向けて蓮一は店内を出る。

 その際に蓮一は一言。

 

「霖之助さん、こんな事言うのはあれですけど……霖之助さん、商売向いてませんよ」

「はは、よく言われる」

 

 そう言って蓮一は香霖堂を後にして、人里に向かって駆け出して行った。

 

 

 魔法の森、魔理沙の家。

 あれから蓮一と別れて魔理沙が自宅に戻ってくると自宅の前に一体の悪霊が佇んでいた。

 何故、人間や妖怪ではなく、はっきり悪霊と分かったかというと、それはその者に足がなく、宙に浮かんでいたから、というのと、その悪霊が魔理沙にとって良く知る人物であるからである。

 

「魅魔様」

 

 緑色の髪に緑の瞳、青を基調とした胸に大きな黄色いリボンのついたワンピースのような西洋服を身に纏い、太陽の紋の描かれた青の唾のないとんがり帽を被ったその悪霊に魔理沙は敬意をもってそう呼んだ。

 また、魅魔の方も魔理沙に気付くと笑って魔理沙の方へと寄ってくる。

 

「あら魔理沙、弟子との感動のお別れは済んだのかしら?」

「ええ、滞りなく」

 

 魔理沙がそう言うのを見て、魅魔には少なからず彼女が少し嬉しそうにしているのが見て取れた。

 おそらくは蓮一との関係が断たれなかった事によるものだろう。傍目から見ても魔理沙は蓮一にかなり熱を入れていたから。そう、内心で魔理沙の心を読み解きながらにんまりと魅魔は笑った。

 

「まぁ、しかし、突然会いに来たかと思ったら、まさか五感矯正の薬の調合を手伝わせられるとは思わなかったわ。 あんたも師匠使いが荒くなってきたわねぇ、魔理沙」

「う……すみません、魅魔様」

 

 本当に申し訳なさそうに謝る魔理沙に魅魔は冗談だと言ってまた笑った。

 魅魔は魔理沙にとって親代わりであり、魔法の師匠でもある存在だ。

 昔、魔法使いになると言って親に勘当され、家を追い出された魔理沙を助け、魔法を教えたのが魅魔であり、そのため魔理沙は魅魔を親として慕っているのと同時に師匠として尊敬している。

 あらゆる意味で魔理沙が頭の上がらない人物であり、魔理沙がこの世界で唯一敬称をつけて呼ぶ相手である。

 

「ほら、あんたに頼まれていた失われた森林の復元ももうやっておいたわよ」

「もう、終わったのですか!? あの量の森林の復元が!?」

 

 蓮一と香霖堂に向かった時にはまだ更地だった魔法の森が今は完全に元に戻っていた。

 驚く魔理沙に魅魔は溜息をつく。

 

「全く、一流の――達人級(マスタークラス)の魔法使いともなればこの程度十分かそこらで終わらせなさいな。うーん、あんたに達人級のお墨付きを与えたのは早計だったかしら?」

「う……精進します」

「だから、冗談だって! 流石に並みの達人級には無理よ、私のような達人中の達人にならないとね、ハッハッハ」

「魅魔様ぁ……」

 

 蓮一と会話していた魔理沙とは一変、いいように手篭めにされている魔理沙の姿がそこにはあった。

 

「それで、あの蓮一とかいう少年、数週間見てあんたはどう思った?」

「……正直、彼には驚かされてばかりでした。孤助との戦いぶりといい、霊力回路の形成と熟達の速さ。そして何より第六感の修行の時に見せた五感の究極形。あの後五感を失ってしまったとはいえ、あれは間違いなく六徳(りっとく)の感。あんなのとても弟子級ができる技じゃありませんよ。ましてやまだ武術を習ってもいない素人に」

「ええ、そうね。彼には何か秘密があるみたいね。どうやら異能の力も宿しているようだし」

「――!」

 

 異能の力を宿していると聞いて魔理沙は驚いた。まさか、霊力回路だけでなく、異能にも道を開いていたとは思わなかった。

 蓮一には霊力回路をその身に宿せるのは人間以外の種と例外的に博麗の巫女と説明したが、人間が霊力を得られるケースがもう一つある。

 異能を持った人間である場合である。異能の力もまた霊力回路を形成する起点となるのである。

 霊力と異能、二つの力を持っている蓮一は成長すれば妖怪の脅威どころか天敵にすらなりかねない存在なのだ。

 

『蓮一、妖怪の脅威と成り得る力を手に入れた今のお前だからこそ考えてもらいたい。お前はその力で妖怪を『退治』するのか『殺戮』するのか』

 

 蓮一に言った言葉の重みがさらに増していく。

 しかし、一方で魔理沙の中では安心もあった。彼女の中で蓮一に関してよからぬ予測があったからである。

 

「でも、良かったですよ。蓮一が異能の力を有した人間だと言うのなら霊力回路が形成されるのは不思議ではありませんから。私はてっきり蓮一が()()なのではないかと」

「……そうね、それはあまりに憶測が過ぎるんじゃないかしら」

 

 魅魔はそう言うと、振り向いて歩いて行く。

 

「魔理沙、お茶にでもしましょう。あんたが一丁前に弟子をとってそれを育て上げたんだ、今日はその労をねぎらって特別に私が淹れてあげるわ」

「ありがとうございます、魅魔様!」

 

 話を終わらせ、魔法使いの悪霊とその弟子は共に家の中へ入っていった。

 

 

 蓮一は今、驚きに包まれていた。

 魔法の森から人里へと帰る道。そんな道はない。魔法の森に向かった時も地図を持って方角だけを確認しながら道なき道を進んできた。

 一度迷えば永遠に迷い続ける。そんな道を長い時間をかけて向かっていたのだ、最初は。

 しかし、今はどうだろうか。地図を失くした状態で香霖堂から歩く事三十分。人里の入り口に辿りついていた。

 別に行きで歩いた道を覚えていた訳では無い。ただ、直感的にこの方角に進みたいと思った方向に進んでいったら最短で人里に帰りついていた。

 

「これが、第六感……! 霊夢はいつもこんな感覚を生まれつき持っていたのか」

 

 改めて自分がこの修行で第六感を身に付けた事を知り、蓮一は少し目頭が熱くなっていた。

 魔力瘴気で死にかけたり、五感を失ったり、狐に耳を食いちぎられたり色々あったが、その末に成果は出ていたのだ。とこれまでの事を振り返り、報われた気持ちになっていた。

 しばし、その感動に浸ってから、気持ちを入れ替え人里の中へと入る。

 久々に見る人里は相変わらず人々で賑わい、生命の気配の薄い魔法の森とは対照的な雰囲気であった。

 そして、何よりも暑い。本格的に夏が到来しているのを額に滲む汗が教えてくれていた。

 久々の帰還にあっちこっちを見回しながら人里から博麗神社へ戻ろうと道を歩くと、名前を呼ばれて蓮一は立ち止まる。

 

「蓮一! やっぱり蓮一だな!」

「慧音さん!」

 

 蓮一の右方向数メートル先に手を振って満面の笑みで駆け寄る慧音の姿を捉えた。

 蓮一としては天体望遠鏡の件もあり何となく恥ずかしく、今日の所は出向かないつもりであったが、こうしてはち会ってしまえば仕方がない。

 少し目を合わせにくいが、蓮一も同じように慧音の方に手を振った。

 

「蓮一! 探していたんだぞ。博麗神社に行っても留守だと言うし」

「す、すいません、少し修行の旅? に出ていたので」

「そうだったのか、どうりで少し逞しくなった訳だ」

 

 慧音が蓮一の全身を見つめてその成長を確かめている。

 蓮一としては彼女の視線が全身に当たっているのはなんだか恥ずかしくなってしまう。

 

「慧音先生は、その様子だと買い物ですか?」

「ん? ああ、今日の夕飯の買い物にな。そうだ、折角だからうちで食べていかないか? 望遠鏡のお礼もしたいし、夕飯まだだろう?」

「え?」

 

 確かに今日は夕飯はまだだし、お腹も空いてはいる。それに慧音の折角の誘いを断るのも気が引ける。

 しかし――――

 

「折角のお誘い嬉しいんですけど、すいません。長い事師匠と霊夢の元を離れていたので。また誘ってください」

「そうか……そういう事なら仕方がないな、またの機会に誘わせてもらうよ。天体望遠鏡、蓮一が色々頑張ってくれたと聞いたよ、本当に感謝してる」

「いえ、俺が慧音先生の課外授業を受けたくてやった事ですから」

 

 少し残念そうな表情になる慧音を見て罪悪感と何だか勿体ない事をした感覚が胸を締め付けてならない。

 慧音と軽く話をしてから、帰路につく手前、別れ際に慧音が言った。

 

「天体観測は二週間後の今日、夕刻に寺子屋集合だ。もし良かったらお前の師匠や霊夢も誘って来るといい。じゃあ、またな」

「はい、楽しみにしてます!」

 

 二週間後、夕刻、寺子屋。慧音の言葉を心に刻み、上機嫌に蓮一は博麗神社へと帰ってきた。

 久々の博麗神社も変わりなく、いつも通り境内に参拝客の気配はない。

 霊夢と師匠がいるであろう、神社内に構えられた木造の家まで行き、玄関を開けると、丁度そこに師匠の姿があった。

 

「お、蓮一、ようやく戻ったのね」

「あ、師匠。ただいま帰りました」

 

 あまりに軽い。あまりに軽い再会の挨拶だった。

 蓮一はもっと感動的な、あるいは貫禄溢れる師匠の台詞を期待していたのだが、そんな事はなかった。

 まるで放し飼いしている猫なんかがふらっと帰ってきた時のような、そんな呑気さで師匠は笑顔で蓮一を出迎えた。

 

「丁度、そろそろ晩ご飯ができるわ。お腹空いているでしょう?」

「はい、それは勿論」

「はは、それは良いわ。じゃあその荷物を置いて手を洗ってきなさい。久々に三人、いや『四人』の晩ご飯ね」

「え?」

 

 なんだか一人多いような気がするが、取り敢えず蓮一は荷物を自室として割り当てられた部屋に置き、洗面所で手を洗って来てからお茶の間に入る。

 そこには久々に見る霊夢の姿があった。

 突然の遭遇に霊夢は蓮一の姿を見て硬直している。

 

「あ、霊夢、ただいま」

「な、な、な! あんたいつの間に帰って来たのよ!?」

「ああ、そうだよな、やっぱり普通こういう反応だよな。これを求めてたんだけどな」

「何訳わかんない事言ってんの!?」

 

 師匠のあまりに拍子抜けした出迎えを思い返し、霊夢の反応に満足気に頷く蓮一。そして、その一方で霊夢が蓮一に怒鳴り続けていた。

 その様子を聞いて、皿に山のように積まれたから揚げを持って師匠が茶の間に現れる。

 

「お、霊夢。良かったわね、待ちに待った蓮一が帰って来たわよ」

「ま、待ちに待ってない!」

「え? そうなのか、霊夢?」

「待ってないって言ってるでしょ!」

「いや、霊夢が寂しがってねぇ、蓮一は今日も帰って来ないのかってほとんど毎日聞いてくるのよ?」

「ちょ、母さん!?」

 

 顔を真っ赤にした霊夢とそれを楽しげに見ている師匠。その姿を見ているだけで蓮一の顔も綻んでしまう。

 何はともあれ、帰ってきた。そんな感じがした。

 

「あらあら、今日は随分賑やかなのねぇ」

「――! 紫さん!?」

「あら、紫いらっしゃい。いつもの事ながら本当に晩ご飯ピッタリに現れるわね」

 

 霊夢の喧騒を聞きつけたかのように突然、空間に裂け目が生まれ、そこからウェーブの金髪をたなびかせた紫が現れた。

 四人、というさっきの師匠の台詞の意味を今ようやく理解する。

 

「あら、蓮一じゃない。久しく見ていなかったようだけど?」

「いやぁ、ちょっと修行でこの所魔法の森に住みこみだったんですよ」

「あら、興味深い話ね」

「はいはい、蓮一と紫も座って。晩ご飯を食べながらでも話を聞けばいいでしょ?」

 

 師匠に促され、四人分の食器が並べられ、真ん中にから揚げの置かれたちゃぶ台にそれぞれが座る。

 

「それじゃあ、いただきます」

「頂きます」

「いただきます」

「戴きます」

 

 師匠の声に合わせ、蓮一、霊夢、紫もそれぞれ手を合わせて賑やかな食事が始まった。

 

「それで、どうして魔法の森なんかに籠っていたのかしら?」

 

 紫が箸で器用にから揚げを二つ挟み取りながら蓮一に尋ねる。

 

「そうね、蓮一、私の課した修行をやっている間一体何を見て何を得てきたのかしら」

「別に私はあんたの話なんて聞きたくないけど、母さんが聞くなら聞いてもいいわよ。ほら、さっさと話しなさいよ」

 

 立て続けに師匠と霊夢からも――霊夢はどうなのか知らないが――話を聞かせて欲しいと言われ、蓮一は一旦箸を置いて茶をすすると、三人の要望に応えて口を開く。

 

――そうだな、この話はこう語り始めようか。

 

「俺は魔法の森でとある魔法使いの弟子になったんです」

 




次回は新キャラ登場、「梁山泊(仮)結成編」行きます。
人里も絡めていこうと思います。

「人里編」なんてなかったんや……





ちなみに魅魔様は当然特A級の達人級です。
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