東方史上最強の弟子 レンイチ   作:浜栲なだめ

14 / 55
そろそろ修行編に話数が溜まり過ぎている感があるので
話の区切りとかを見て新しい章を作ろうと思います。

別に修行編じゃなくなったからって修行しない訳じゃないです。
むしろ修行シーンは積極的に入れていきます。


第十四話「弟子は取らない主義」

 ここは幻想郷。数多の幻想が集まり世界を創る場所。その幻想郷に数日前、史上最強の武術修練場ができた。

そこに集うは六人の豪傑達。

 妖怪退治の達人、博麗の巫女、博麗靈夢(はくれいれいむ)

 自警団最強、人里の守護神、阿八(アバチ)

 幻想郷の古兵(ふるつわもの)、語られぬ伝説、森近霖之助(もりちかりんのすけ)

 あらゆる戦を制した鴉天狗の英雄、風神、射命丸刃空(しゃめいまるじんくう)

 妖刀振るう最凶の戦乙女、鬼姫、鈴鹿御前(すずかごぜん)

 幻想郷の破壊神、四季のフラワーマスター、風見幽香(かざみゆうか)

 人はここを道場とは呼ばずこう呼ぶ、『高天原』と。

 そして、その高天原に一人、人間の少年が居た。

 年端もいかぬその少年は何か際だって特徴を持つでもなく、周りの豪傑達に比べ、その存在感は薄い。

 しかし、彼こそがこの幻想郷史上最強の豪傑達の弟子である史上最強の弟子、蓮一である。

 その史上最強の弟子は現在、朝の五時、汗だくになりながら空気椅子の姿勢をとり、真横に大きく広げられた両腕には重そうな地蔵が握られ、また、その二の腕に鋭い刃のついたバンドが巻かれ、その腕が地蔵の重みで下がってくると脇に刃が刺さるように固定されている。さらにその手の甲と頭の上、曲げられた太ももの上に湯気を立てる熱湯の入った小さな盃が乗せられ、彼が少しでも姿勢を崩そうものならそれらに入った熱湯が彼に襲い掛かるようになっている。

 

「り、霖之助師匠ぉぉぉぉ! ま、まだこの姿勢を維持してなきゃダメですかッ!?」

「うん、まだだよ」

 

 悲痛な叫びを漏らす蓮一に対し、この筋力トレーニングを課している蓮一の師匠の一人、森近霖之助はそんな彼の姿を見て笑顔で続行を宣言する。

 蓮一はこのメニューに入る前から四時に霖之助に叩き起こされ、重量60キロはあろう地蔵を背負って長い博麗神社の石段を50往復している。

 まさに拷問のような筋力トレーニングであった。

 限界を迎えた蓮一の両腕がダラリと下がっていくと案の定、バンドに付いた刃が脇に刺さる。

 

「ッ!」

 

 痛みに身体が反応して沈みかけた両腕が再度持ち上がってくる。

 痛みにより両腕の筋力が限界を超えて働いていた。我ながら自分の身体を本気で褒め称えたいと思う程だ。

 

「し、師匠ー! 指がちぎれそうです!」

「そう言ってちぎれた者はまだいない」

「ぬあぁぁぁー!」

 

 霖之助の無慈悲な言葉に、恥を捨てて奇怪な悲鳴を上げながら蓮一はその十分後に霖之助が「終わり」と言うまでひたすら耐え抜くしかなかった。

 文字通り命懸けで。

 

「蓮一、そろそろ朝ご飯にしましょう」

 

 朝、六時頃、師匠からの朝食の合図を受けて霖之助の修行は終わりとなる。しかし、その時既に蓮一は真っ白に、真っ白に、燃え尽きていた。

 

「全く、まだまだ鍛え方が足りないなぁ、蓮一君。よっこらせ」

 

 霖之助は倒れて少しも動かない蓮一を片手で軽々と持ち上げると、そのまま皆の集まる茶の間へと担いでいった。

 茶の間に入ると、蓮一の見慣れたメンバーが長いちゃぶ台を囲んで座って彼らを待っていた。

 

「お! 蓮一、霖之助! 遅いよ、アバチ餓死しちゃうよ!」

 

 と阿八。

 

「なんだか蓮ちゃんの心臓の鼓動が弱いね。それ大丈夫かね、森近どん」

 

 と刃空。

 

「蓮一はまだまだ鍛え方が足りな……い」

 

 と鈴鹿御前。

 

「まぁ、死んだらそこまででいいじゃない。所詮はそこら辺の人間と大差ないし」

 

 と幽香。

 

「まぁ……生きているからギリギリよしとしましょう。きっとご飯食べればまた元気になるわよ」

 

 と師匠。

 それぞれが瀕死の蓮一に思い思いの言葉をかける。大半が気遣いの欠片もない言葉だが。

 何はともあれ蓮一はこの高天原での住み込み修行漬け生活が始まって数日。何度か生死をさまよったものの、何とかこの生活リズムに定着し始めていた。

 初日なんて修行の疲れで米粒一つ喉を通らない程まで追いやられていた程である。それが今日はむしろ身体が食物を欲している。

 これはこれで成果であった。

 

「ぐおおおお!」

 

 味噌汁と魚の匂いに蓮一は飛び起きて夢中で食べ始める。最早お腹が空いたから、ではなく、生きるために食事をしていた。

 まだ倒れる訳にはいかない。今日はまだ始まったばかりなのだから。

 朝食を終えると蓮一は霖之助から筋肉疲労を和らげるマッサージを受けてから身支度をして阿八と共に高天原を出る。自警団へ出向くためである。

 蓮一は月から金曜日まで日中は自警団で働いている。自警団では何かと荒事も多いので実戦経験を積める他、これからは里の人々とも交流を深めておいた方が良いという師匠の進言によるものだ。

 そう言う訳で七時からの朝の集会に向け、蓮一と阿八は自警団へと向かう。

 勿論、走って。それも霖之助お手製の重りを手足に付けて。

 そもそも、六時に朝食をとってからマッサージを受けると早くても出るのは六時半。どちらにせよ博麗神社の境内裏にある高天原からでは朝の集会に間に合うには走るしかない。

 

「うおおおおぉぉぉ!」

「アバァァァァァァァァァァァ!」

 

 阿八と蓮一は全速力で神社本殿を走り抜け、ほぼ落下していくように博麗神社の石段を駆け下りていく。

 しかし、阿八は達人級で蓮一は弟子級、しかも蓮一には手足に重りがついている。走力の差は歴然だった。

 阿八は目にも止まらぬスピードで石段の途中辺りから既に蓮一の視界から消えていた。

 

「今回は石段の所までは見失わなかった! 凄い成果だ!」

 

 しかし、蓮一はむしろ笑う。

 そうして、今日も自警団での一日が始まるのであった。

 

 

「ぎ……ギリギリセーフッ!」

 

 息を荒げながら蓮一は自警団まで七時数分前に辿りつきその場に腰を下ろす。

 中は既に先に来ていた自警団の面々が列を作り始めている所であった。

 自警団にはこの人里に住む約二万人以上の人々の内、おおよそ千人超の屈強な人々が所属している。割合としてはやはり若い男衆が大半を占めるが、中には初老や中年の者も現役で働いている上に男だけではなく、女性も所属しており、女性のみの隊もある位だ。

 そこまで大規模な集団が毎日朝七時から自警団に押し寄せてきては流石にこの広い建物でもおさまりがきかない。

 なので、曜日や時間帯ごとで自警団に出入りする人間を制限している。曜日ごとに昼の隊、夜の隊がおり、夕方と早朝を境にメンバーが入れ替わるようになっている。

 蓮一は月から金曜日の朝の隊所属である。

 蓮一が自分も集会の列に混ざらなければと腰を上げようとすると、そこに手が差し伸べられる。

 

「蓮一、おはよう。今日もギリギリだね」

「ああ、安里(あさと)さん、おはようございます」

 

 蓮一は目の前に立っていた男性の手を取り、立ち上がって挨拶する。

 目の前の眼鏡を掛けた優男風の青年は名を安里といい、自警団での蓮一のパートナーであった。

 自警団では原則として勤務中は最低二人一組(ツーマンセル)での行動が義務化されている。勿論、自警団最強の実力者である阿八や団長である辻秋など例外も存在するが、基本は皆二人や三人、多い者では十人単位の隊で行動する。

 自警団勤務初日にそうした決まりから、辻秋から蓮一に割り当てられたのが安里であった。物腰の柔らかい安里と蓮一が打ち解けるのはそう時間のかかる事ではなかった。すぐに二人は交友を深め、今では蓮一からすれば年上という事もあってか良い兄貴分となっている。

 

「さぁ、早く俺達も列に並ぼう。集会が始まる」

「はい!」

 

 程なくして団長の辻秋が下りてきて壇上に立つと集会が始まる。

 内容はその日によるが、大抵は昨日の治安状況などの報告を受け、辻秋が何に注意するかとか、どの方面の警備を強化するかなど一日の自警方針を発表する場である。

 

「――という訳で頼む。あ、後一つ」

 

 簡潔に今日の方針を話し終えた所で集会が終わると思っていたら、今日は珍しくさらに追加して話があるようであった。

 蓮一は一瞬、力を抜きかけた身体を再び引き締める。

 

「どうやら近頃、里の不良グループが何やら集まって怪しい動きを見せているらしい。今の所被害は報告されていないが、皆も用心してくれ。よし、今日の集会は以上だ、今日も一日皆頑張ろう! 解散!」

 

 最後に辻秋はそんな話をして解散を命じた。

 不良グループ。流石にこの人里程の規模にもなれば多少の反乱因子が生まれるのは必然であるといえる。小さな村では妖怪から身を守るためにお互いの協調性が求められるため、そんなものは生まれる事はない。蓮一の村にも若い男衆は何人もいたが、その内に暴力的、かつ反発的な人間など一人もいなかった。

 しかし、この人里は広大な面積と人口を誇る上に博麗神社が近くに所在しているために妖怪も簡単に近づいては来ない。つまりは安全地帯なのである。

 そんな生活が長く続けば、平和ボケして人の輪から率先して外れるような不良という存在が生まれても仕方のない事だ。

 しかし、蓮一はその存在を認めながらも、許すつもりはなかった。

 

「自分から人の輪を外れて勝手に死ぬならまだしも、人の輪を乱しておいて他の人まで巻き添えにする輩がいるなんて信じられないな」

「おいおい、蓮一。随分殺気立ってるね? 何か不良に嫌な思い出でもあるのかい?」

「あ……すいません、安里さん。いや、小さな村出身の俺からしたら少し信じがたいんですよ、不良っていうのは」

 

 同じ人間だからこそ足並みを揃えて妖怪から身を守るべきなのに、何故それに逆らおうとするのか。そしてそれが許される恵まれた環境に育っていながらその幸運を自覚していない彼らが蓮一にはとにかく腹立たしかった。

 安里も内心、蓮一の心境を察しているのか、苦い顔をして頭を掻きながら口を開く。

 

「まぁ、不良も最初から不良だった訳じゃないんだよ。本当にくだらない理由の奴もいれば、何か深い闇を抱えている奴もいる。一概に嫌わないでやってくれないかな? あいつらだって里の住人、俺達が守るべき人々なんだから」

「……すいません、確かにそうですね。不良も自警団の警護対象、ですもんね」

 

 諭すような安里の言葉に血が昇っていた頭が冷やされていく。

 『在るように在るだけ』。蓮一の頭を父の言葉がよぎる。

 

「よし、じゃあ気分を入れ替えて早速俺達はパトロールに出発するとしようか」

「はい、行きましょう、安里さん」

 

 その後、まだ土地勘の覚束ない蓮一を安里がサポートしながら、無事何事もなくパトロールを終えた。

 人里をくまなく一周して自警団に二人が帰って来たのは既に正午近い時刻であった。

 自警団の扉を開けると、皆パトロールに出ているのか中にはほとんど人はおらず、唯一団長の辻秋が書棚の整理をしているのが見えた。

 蓮一達が辻秋に気付くのと同時に辻秋もまた蓮一達に気付くと、書類を棚に戻し、笑って二人の方へ歩み寄る。

 

「やぁ、二人ともパトロールお疲れ様。何か異常はなかったかい?」

「いえ、特に異常は見受けられませんでしたよ。特に不良グループも見かけませんでしたし」

 

 安里が率先して辻秋にパトロールの報告をすると、辻秋は蓮一に向き直って問いかける。

 

「それで、蓮一君。自警団に入ってから数日が過ぎたけれどどうだい? 慣れてきたかい?」

「いや、まだ土地勘がないですし、パトロールも一苦労ですよ。しかも、これがついていれば尚更」

 

 蓮一は苦笑いで手足の重りを指差して言う。それには安里と辻秋も困ったように苦笑いを返すしかない。

 

「まぁ、安心していいよ。師匠は鬼のように厳しいけれど、それは確かに成果となって現れるからね」

「全く本当に鬼みたいですよ。最初に会った時は霖之助師匠もっと優しい人だと思っていました…………ん? 今師匠っていいました? 辻秋さん?」

「ああ、そういえば言ってなかったね。僕の師匠は実は君の師匠でもある森近霖之助なんだ。僕と君は兄弟子と弟弟子の関係という事になるのかな?」

「ええええええ!?」

 

 突然の衝撃事実に蓮一は驚愕の声を抑えられなかった。しかし、同時にどこか納得もしていた。

 辻秋のあの異常な筋肉。あれが霖之助の修行によるものだとしたら頷ける。

 

「まぁ、一度同じ地獄を掻い潜った僕が言うんだ。うん、大丈夫だよ、必ず蓮一君は強くなれるよ…………生きてさえいれば」

「ちょッ! 最後の! 経験者の口から出て来ると冗談に聞こえないんですけど!?」

 

 そんな若干不穏な談笑を交わしながらも蓮一と辻秋、安里の三人は一緒に昼食をとり、その後は割り当てられていた書類整理をひたすらに行った。

 蓮一としては身体を休められる貴重な時間であるので有難い事には有難いが、山のように積まれた書類の束を見ると何故か午前中のパトロール以上の疲労を感じる。

 そうして、自警団の仕事を夕刻までしっかり行った後、次々と自警団に入ってくる夜の隊のメンバーと入れ替わりで蓮一は自警団を後にする。

 そして、また帰れば修行が待っているのだ。

 

 

「違うね!もっと最初は大きく振るね!この最初の大振りが大事ね!」

「はい!」

 

 高天原。その中庭で射命丸刃空による修行が繰り広げられていた。とは言っても霖之助のように地獄のような筋力トレーニングをやっているのではない。

 刃空が教えているのはまごう事なき武術。その基礎の部分にあたるものであった。

 現在の霖之助が筋肉トレーニング担当と定めるならば、あらゆる拳法の達人たる刃空は高天原における技術指導を担当していた。

 

「では最初からもう一回やってみるね」

「はい、射命丸師父!」

 

 蓮一は気合十分に返事をすると、右足を前に出して両手を平手にし、Yの字になるよう上へあげる。

 その構えから肩を入れ替えて腕を上から下に真っ直ぐ振り下ろし、掘り切ったらまた振り上げる。

 何か奇妙なダンスにも似たそれを一歩ずつ歩きながら続ける。

 

「そう、完全に力を抜き、腕の関節が伸びきってどこまでも飛んでゆく感覚ね。腰の回転も意識するね」

「はい!」

 

 汗を滴らせながら何度も繰り返し腕を振る。

 腕が風を切る音に合わせ、汗が飛んでいく。徐々に腕や肩から力が抜けていく感覚を覚える。

 

「うん、いいね。じゃあ、後十歩だけ歩いたらその場で止まって、今度は今の脱力感を忘れないように腕の振りを小さくしていくね」

「はい!」

 

 交互に腕を振りながら十歩進んだ所で歩みを止め、その振りを少しだけ小さくする。

 あくまで脱力の感覚を忘れないようにという前提があるので、中々すぐには振りを小さく出来ない。

 

「くッ!」

「焦らなくていいね。徐々に小さくしていくね。重要なのは腕の振りを小さくしていく事ではなく、脱力感。ゆっくりでいいから脱力しながら腕の振りを小さくしていくね」

 

 呼吸を整えながら、蓮一は脱力感を意識しながら少しずつ、腕の振りを小さくしていく。

しばらくして、大分振りが小さくなったのを見計らうと、刃空が一枚の葉っぱを取り出し、それを蓮一の傍に浮かせる。

 流石は天狗。見事に風を操り、一枚の葉を見事に蓮一の目の前の宙に浮かせて見せた。

 

「よし、今ね! その振りの感覚で葉を突いてみるね!」

「はい!」

 

 腕の力を抜く脱力感、そして、腰の回転。二つが合わさり、蓮一から中の葉に向けて放たれた貫手(ぬきて)はビュンッという空を裂く音を辺りに響かせながら鋭い刃のように葉っぱを一刀両断した。

 しばらく、突いたままの状態で蓮一は固まって動かない。

 あまりの突きの鋭さに自分でも驚いていた。

 二つに裂かれ、地面に落ちた葉を拾うと、刃空はニヤリと笑って蓮一に見せる。

 

「蓮ちゃん、今のが本物の『突き』ね。腰の回転と腕の脱力によって矢のように放たれる拳。今の鋭い突きならおそらく顎に掠っただけでも相手を脳震盪にできるね。この感覚を忘れないようしっかり刻み付けておいてね。うん、いい時間だしそろそろ晩御飯ね。ここら辺でわいちゃんの修行はおしまいね」

「はい! 射命丸師父、ありがとうございました!」

 

 蓮一が刃空に丁度礼をするタイミングで師匠から晩御飯の支度ができたという声が聞こえてきた。

 朝からのハードワークで空腹の蓮一はすぐさま茶の間へ向かおうとし、中庭から屋敷内へ上がろうとした所で足を一旦止めた。

 そして、後ろを向いて刃空との修行の間もずっとその場所に立っていた高天原の豪傑の一人に恐る恐る話しかける。

 

「あの……幽香さん、何でここ最近ずっと俺の修行、見てるんですか?」

「何よ? 私は弟子は取らない主義よ」

「いや、そうじゃなくて……」

 

 ここ最近、というか、高天原での修行が始まった時から幽香は何故か必ず蓮一の修行の様子を近くから見ていた――いや、睨んでいた。

 別に何かアドバイスをするでも冷やかしをいれるでもなく、ただ見ている――いや、睨んでいる。

 正直、そろそろ幽香の真意を聞かなければ修行に集中できない。顔を合わせた時から敵意を剥き出しの彼女に内心怯えながらも意を決して尋ねた。

 

「風見どんは蓮ちゃんが気になるのね?」

「うるさいわね、地を這う蟻が象と戦うだなんて言っているのだからそれを見て嘲笑っているだけよ」

「俺は……蟻ですか」

 

 妖怪と戦う力を付けたいという意思でこれまで死にもの狂いで努力を重ねてきた蓮一を蟻と象に例える幽香にそれでも蓮一は反論できない。

実際それだけの差があるのだから。

 刃空もやれやれと無言で首を振っている。

 

「いや、蟻は自分の体重の何倍もの重さを運ぶ力があるんだ。蓮一君だっていつかは自分の何倍もの力を持つ妖怪を倒して見せるだろうさ」

「――! 霖之助師匠!」

 

 不意に後ろから声が聞こえたかと思うとそこにはいつの間にか霖之助の姿があった。

 

「幽香、君も一流の妖怪なら、時には蟻に学ぶべきだ」

「ふん、いくら蟻に力があったとして結局象には敵わないでしょう」

「蟻と象なら、の話だ」

「……何が言いたいの?」

「我らが一番弟子の蓮一君と妖怪ならば、不可能な話ではないと言っているのさ」

「……私は弟子は取らない主義よ」

 

 幽香の言葉を聞いて呆れたように笑うと霖之助は蓮一を茶の間へと促してその場を去っていく。

 その去り際に一言。

 

「君の強情っぷりには呆れるよ」

 

 茶の間に去って行った霖之助達の背中を睨みながら、どこか気怠そうに幽香は緑色の髪を片手で乱暴にかき回した。

 

「…………ふん」

 

 何か煮え切らない表情で幽香は夕闇広がりつつある空へと飛び去って行った。

 

 

「え? 幽香が何で弟子を取らないのかって?」

 

 夕食、高天原の全員が広い茶の間へ集まる時間。しかし、今日に限り、そこに幽香の姿はない。

 余った一人分の夕食は阿八の胃の中へ消えていくので問題はないが、一人壁を作って孤立した幽香の存在は結成して数日の高天原にどこか重たい空気を作り始めていた。

 蓮一は逆に本人のいない事を利用し、この場で幽香が何故あそこまで意固地に弟子を取らないのか皆に尋ねる事にした。

 

「はい。師匠、俺はできれば幽香さんにも、高天原全員に指導してもらいたいです」

「蓮ちゃんは贅沢な事言うね」

「全く、この高天原全員から教えを受けるなど一国の王でも叶わない事だよ」

「大丈夫よ、蓮一! きっと幽香は今、牛の胃袋が悪いだけよ!」

「まぁ、弟子の立場で強要する事はできないですけど、せめて何で弟子をとらないのか理由が聞きたいんです。後、阿八師匠、それを言うなら、虫の居所が悪い、です」

 

 この所、幽香の行動はおかしかった。さっきも蟻だのなんだのと蓮一を明らかに見下して興味がなさそうに振る舞ってはいたものの、彼女は修行が始まって以来、蓮一が修行に励む様子をいつも欠かさずどこかで見ていた。

 幽香の言動と行動に矛盾を感じているのは何も蓮一だけではないだろう。蓮一を決して弟子に取らないと言いながら、その実その修行の様子は何故かしっかりと見ている。

 蓮一にはこの幽香の振る舞いが理解できなかった。

以前刃空にその事を尋ねた時には刃空は『ツンデレ』という言葉で幽香を表現していたが、正直蓮一には何を言っているのかわからなかった。

 とにかく、幽香の不可思議な態度はこの所蓮一の中でも大きな問題になっていた。

 

「……きっと、あいつは迷っているん……だ」

「鈴鹿師匠?」

 

 突然、今まで会話に入ってこなかった鈴鹿御前が唐突に口を開く。

 鈴鹿御前は茶碗の中の白米を口に運びながら、さらに続ける。

 

「あいつは、根が優しい所があるか……ら、だからお前に修行をつけて万が一壊してしまわないか心配なんだ……と思う」

「あの幽香さんが?」

「ま、あれで風見どんは結構人当たりはいいね。ただちょっとやり過ぎて怖がられるだけね」

「アバ、確かに幽香は意外と人里の皆には慕われてるよ!」

「妖怪には容赦ないけど、人間にはちゃんと加減するからね、彼女」

「え? ええ!?」

 

 鈴鹿御前の言葉に始まり、他の師匠達も次々に普段からは想像つかない幽香の姿を語りだし、蓮一は驚きの声をあげる。

 

「だって、あんなに人間を見下しているような発言をしていたのに……」

「確かに幽香は人間の事を見下しているわ。でも、だからこそ彼女は人間を大切に扱う。自分より弱くて、儚い存在だと見下しているからこそ、その扱いには細心の注意を払う。まるで高価な陶器でも扱うかのように、壊してしまわないように、丁寧に、慈しみをもって接する。そういう奴なのよ、風見幽香という大妖怪は」

 

 自分より遥かに弱いからこそ大切に扱う。弱者への限りない慈しみ。それは形は歪であるものの、まさしく愛に違いない。

 しかし、ならばどうすれば良いのか。幽香は人間そのものを全て弱者とみなしている。一部師匠のような例外的な人間もいるようであるが、蓮一は間違いなく例外には入っていない。

 この人間の壁の内に居る限り幽香は決して蓮一を弟子には取らない。ではどうやって彼女に弟子入りすればいいと言うのか。

 

「なびかせ……ろ」

「え?」

 

 絶望的な人間という種族の壁、それに打ちひしがれていた蓮一に再び鈴鹿御前が口を開く。

 

「幽香に示せばいい。お前が、幽香の思うような弱い人間じゃないと、言葉でだめなら、行動で示……せ」

「で、でもそんなのどうやって……」

「それは知ら……ん」

「……フッ、そういえばさっきチラリと幽香が飛んで行った方を『偶然』見たが、あれは人里の方向だったね?」

「霖之助師匠?」

「あー、そうね。確かにわいちゃんも風見どんが人里に行ったかと思えば毎回花を買って帰ってくるのを、たった今『偶然』思い出したね」

「し、射命丸師父まで何を?」

「あ! アバチも知ってるよ! あの花の匂い確か自警団近くの花屋の花の匂いよ! 『偶然』知ってたよ!」

「阿八師匠……」

「ふふ、行って来いって事よ、蓮一。幽香を見事オとして来てみせなさい!」

「し、師匠まで……そんな急に言われても」

「善は急……げ、男は度……胸」

「あー、もう! わかりました! 行ってきます! 全く何も考えてないですけど、どうすればいいかもわかりませんけど、とにかく行ってきますよ! ご馳走様でした! そして行ってきます!」

 

 師匠達の見送りの言葉を背に受けて蓮一は高天原を出て既に夜空が広がる夜道を人里に向かって全速力で走って行く。

 

「さて、蓮一君は上手くやるかな?」

「まぁ、わいちゃん達の弟子なら上手くいくね」

「アバ! 絶対大丈夫よ!」

「お前達のその自信はどこから来るん……だ?」

「まぁ、なるようになるわよ。さて、皆洗い物手伝ってくれる?」

 

 皆思い思いの応援を心で送りつつ、綺麗に完食され尽くした皿を重ねていった。

 

 

現在は夜、である。

 幻想郷の人間は夜に外を出歩くという事を基本的にはしない。単に眠っているから、とか光が乏しいからという理由ではない。

 妖怪と人間の共存するこの幻想郷において、『夜』とは妖怪の時間だからである。

 別に昼間でも妖怪はいる。だが、夜はその量が桁違いに違う。比較的弱い妖怪や夜にしか活動できない類のもの達が『畏れ』を求めて一斉に動き始めるからである。

 人間は本能的に闇を恐れるから、弱い力しか持たない妖怪でも十分な畏れを人間から得る事ができるのである。

 妖怪の格とは如何に人間から畏れられているかである。畏れられれば畏れられる程、その妖怪の存在は忘れられなくなり、その存在は強固になるのだから当然である。

 だから、妖怪達はこぞって夜に出没する。怪談に時間帯が夜のものが多いのはそうした理由からである。

 だから、蓮一が今一人で走っている博麗神社と人里を繋ぐ暗い参道も当然、妖怪の出没地帯なのである。

 

「だからと言ってまさか……このタイミングで遭遇するとは……」

 

 蓮一は横の森から飛び出してきた妖怪を見て走っていた足を止め、即座に臨戦態勢に入る。

肉の塊が動いているかのような、肌色で毛の一本も生えていない人型の妖怪は蓮一の方にゆっくりと迫っていく。

正直、人里位までは高天原の誰かに付いてもらえれば何も問題は無かっただろう。

彼らの殺気なら、並の妖怪は半径20メートルにすら近づこうとしない。事実、博麗神社の境内裏の森の中という危険地帯に建っている高天原が一度たりとも妖怪に襲撃されないのはそういった理由がある。

しかし、今は蓮一の他には誰も味方はいない。むしろ、助けを求めた所でその声を聞きつけた他の妖怪が現れるだけだ。

今の状況を一人で切り抜けるしかない状況に蓮一は立たされていた。

 

「くそ……霖之助師匠の地獄のような筋トレで身体中筋肉痛だっていうのに!」

 

 蓮一は息を整えて身体の内の霊力回路を通じ、霊力の生成を開始する。

 久々の霊力生成ではあったが、特に問題なく霊力は一瞬にして蓮一の身体中に行き渡り、妖怪と戦うための準備が完了する。

 

「ふぅぅぅぅ」

 

 蓮一は身体中を巡る霊力の流れを操作し、その両手に霊力を集中させる。依然として妖怪の方はゆっくりと近づいてくる。

 どうやら蓮一が着々と反撃の体勢を整えている事には気付いていないらしい。

 蓮一は両手に霊力が集中したのを確認すると両手を上にあげ、脱力しながら肩を交互入れ替えながら繰り返し振り下ろす。

 数刻前に刃空に教えて貰った事を再度実践しているだけである。脱力が十分にできたのを確認して徐々に振りを小さくしていき、妖怪が自分の拳の届く範囲に入った瞬間、蓮一は一歩踏み込む。

 

――腕がどこまでも飛んで行くイメージで、腰の回転を意識して

 

 妖怪は攻撃に気付き、即座に後退しようとするが、とてもそののろまな動きでは回避が間に合う筈もない。

 

――矢のように真っ直ぐ打ち込む!

 

 修行の時同様――いや、それ以上の鋭い右正拳突きが妖怪の頭部に当たる部分に向けて放たれた。

 ただの正拳突きならその妖怪にも効果は薄かっただろうが、今の蓮一の拳には霊力が込められた対妖怪の突き。

 肉に包まれた頭部に蓮一の拳がめりこみ、妖怪は身体中を痙攣させ、仰向けに倒れてそこからピクリとも動かない。

 

「……殺してはいない、よな?」

 

 そう言って脇目も振らず、蓮一は再び人里に向けて走り出す。

 だが、その足はすぐに止まる事になる。

 

「おいおい、嘘だろ……?」

 

 すぐ目の前の参道にまた一匹妖怪がいる。今度は二本足で立つ犬のような風貌の妖怪である。

 しかも、それだけではなかった。不穏な気配を察知して蓮一が後ろを振り向くと、そこには参道を埋め尽くす程大量の妖怪達が蓮一の方を見ていたのだ。

 舌なめずりをしている者、笑っている者、目の焦点が合っていない者、手を叩く者と様々ではあるが、皆一様にして共通しているのは、間違いなく蓮一を狙っているという事だ。

 

「せ、せ……」

 

 蓮一は一目散に走り始めると、目の前の犬のような妖怪の頭を掴むと同時に膝に霊力を集中し、掴んだ頭部に全力の膝蹴りを食らわせる。

 阿八から教えて貰った基本技の一つ、『カウ・ロイ』である。

 突然の攻撃に反応すらできず、そのまま犬の風貌の妖怪も一撃で参道に沈む。やはり所詮は下っ端妖怪だからか、霊力の攻撃にかなり打たれ弱いらしい。

 しかし、そんな事は気にも留めず、蓮一はそのままカウ・ロイで前に膝を出した推進力を活かし、スタートダッシュに利用する事で、後ろの妖怪の集団から凄いスピードで離れていく。

 

「せ、戦力的撤退ィィィー!」

 

 絶叫しながら、蓮一は人里への道を後ろから追って来る大量の妖怪達から全力で逃げた。

 

 

「夜は流石に人里の中も、外に出てる人間は少ないのね。全く、暇つぶしもできやしないわ」

 

 人里まで来た幽香はついてから時間帯的に自分の行こうとしていた花屋は既に店を閉め始めている事を思い出し、仕方なく目的もなくぶらぶらとふらついているだけだった。

 店が開いているのは料亭や酒屋、後は所々商店が灯りを灯している程度であった。

 しかし、高天原にも今は戻り難い幽香はしばらく歩いて道の真ん中で足を止める。

 

「……太陽の畑に戻る、か」

 

 幽香の本来の自宅がある太陽の畑に戻れば多少退屈は紛れるだろう。しかし、それは高天原に住み込むという約束を破る事になり、それは『勝者は敗者に従う』という暗黙の掟を破る事になる。

 それは幽香の大妖怪としてのプライドが許さない。口に出た言葉を打ち消すように首を振り、改めてどう暇を潰すか考えていると、不意に、異常な妖気を感じてその方向に思わず目をやる。

 博麗神社と人里を繋ぐ参道の方に異常な量の妖気が漂っている。

 

「何あれ? とんでもない量の妖怪が集まっているわね。しかも、どんどん人里に近づいてきてる……?」

 

 幽香はしばらくその方向を見つめると、ふと笑みを浮かべる。

 

「まぁ、暇つぶし位にはなりそうじゃない? とは言っても、数十秒程度だけど」

 

 幽香は参道の入り口の方へと足を踏み出していった。

 




ちょっと来週もしかしたら投稿間に合わないかもしれません。
投稿できなかったら本当にごめんなさい。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。