東方史上最強の弟子 レンイチ   作:浜栲なだめ

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幽香編ラストです。



第十七話「戦いの終わり、予兆」

「さて、それじゃあ、行くわよ、蓮一!」

 

 幽香のその声と同時に一斉に妖怪達が彼女と蓮一に襲い掛かってくる。

 一見して先刻蓮一が倒した二体の妖怪以上の強さを持つ者はいない。だが、その総数を見れば、その二体との戦いよりも熾烈なものになるであろう事は十二分に予想できる。

 その中で先行したのは幽香であった。視線は妖怪のままに、しかし言葉は蓮一に向けて、幽香が口を開く。

 

「いい? お前はきっとこれからも今みたいに多体一で戦う状況が増えてくるわ。だから、一人一人を両腕で相手にしてたんじゃ間に合わなくなる」

 

 妖怪の二匹が左右から同時に幽香に向けて突きを放つ。

 彼女は素早くそれぞれの突きを、片手で上から叩き落とす要領で下段に払い、腕をそこから上に振り上げ、敵の顎に手首を曲げた部分、鶴頭(かくとう)を打ちこむ。

 妖怪達は頭から大きくのけ反り、その場に倒れた。

 

「これは片手で相手を制する技よ、これをまずは習得してみなさい」

「や、やってみます!」

 

 蓮一は丁度自分の方に向かってきた妖怪に向けて今見た幽香の動きを再現する。

 敵の攻撃を右手で上から叩き落とし、下段に払う。そこから腕を振り上げて鶴頭を打ちこもうとする。

 

「うっ!? 避けられた!?」

「動きが遅い! もっと素早くこなしなさい、後――」

「ぐはッ!」

「技が決まらなかったからって動きまで止めてるんじゃないわよ、死にたいの?」

「す、すみません……」

 

 大きく空振りした蓮一の技はただ妖怪達に大きな隙を見せただけであった。すかさず、別方向から攻撃が入り、後ろに吹き飛ばされる。

 

「下段へ払ったらその反動を利用し、素早く鶴頭を跳ね上げなさい!」

「はい!」

 

 もう一度、今度は二体同時に蹴りと突きが来た。

 同じ要領で同時に払い落そうとするが、今度は僅かに蹴りの方がリーチが長い上に重くて払いきれない。

 寸前、霊力で身体を防御する事で致命傷は免れたが、側頭部に強い衝撃が走り、視界が揺れ、立っていられなくなる。

 

「チッ! 蓮一、攻撃がいつも同時に来るなんて考え方が甘いわよ! より早く自分に届きうる攻撃から順に、優先順位を付けなさい。もっと頭回さないと本当に死ぬわよ?」

「ぐぅ……は、はい……」

 

 頭を抑えながらもなんとか立ち上がるが、敵は蓮一が構えるまで待ってはくれない。

 すかさず、今度は三体が一斉に攻撃を仕掛けてくる。

 

「ゆ……優先順位……」

 

 妖怪の攻撃は右から順に噛みつき、突き、蹴り。

 これなら優先順位は蹴り、突き、噛みつきになる。蓮一はぼやけた頭でそれだけ確認すると、それぞれを下段に払う。

 比較的簡単に払える突きは左腕、蹴りや噛みつきなど払い落とすのに力や技量が必要なのは利き腕の右腕で。

 蓮一は左腕3、右腕7の割合で霊力を分散。左で突きを払い落とし、右で蹴りと噛みつきをそれぞれ地面に叩きつけるような勢いで叩く。

 噛みついてきた妖怪は脳天を叩き落とされる事になるので、それだけで十分致命傷になり得る攻防一体の攻撃となった。

 妖怪の一体が倒れ、他二体は次の攻撃姿勢に移る。

 

「鶴頭を振り上げるのはどうしたの! ただ払ってるだけじゃ勝てないわよ?」

「す、すいません……つい払いに集中しちゃって」

「払いと攻撃に思考を分けるのはやめなさい。払いからの攻撃までが一つの動きよ」

 

 少し離れた所から、蓮一以上の数の攻撃を捌いては反撃しながら幽香は的確な指示を送る。蓮一には背中を見せる形で戦っている筈なのに、まるで背中に目があるかのような正確な指導である。

 

「……このままじゃだめだ、優先順位の決定が遅すぎるんだ。何か明確な基準がないと」

 

 徐々に増えていく妖怪達に焦りばかりが募る。現在、蓮一が相手取っているのは五体。何とか数回に一回は鶴頭を当てる事が出来るようにはなってきた。この生死のかかったギリギリの状態で蓮一の集中力が極限まで高まっているからだろう。

 しかし、同じく数回に一回は払いすら追い付かず、妖怪の攻撃を何発も喰らってしまうのではジリ貧である。蓮一は向かって来る妖怪を一体倒すたびに、その倍の傷を負っていた。

 

――やっぱり、だめだ。優先順位のミス、遅延が一度起こればたちまち攻撃を喰らってしまう。何か、何か変化が必要だ。

 

 また優先順位を決めるのが遅れ、突きを最初に払おうと構えている所にそれより速く蹴りが蓮一の腹に打ち込まれる。

 一瞬、胃の中のものを吐き出しそうになる。口を覆う事で何とか抑えながら蓮一は後退し、距離をとる。

 

――今、急に蹴りが加速して、寸前で優先順位が変わった……! 初動を見ただけじゃ優先順位は確定できないのか……!

 

 多対一という不利を打開できないまま、蓮一はますます焦る。

 体に受けたダメージもかなり大きい。もう攻撃を喰らうのは避けたいが、どうしても多対一では自分は後手に回り易い。

 必ず相手の攻撃を捌かなければならない時が来る。

 

「蓮一、お前は相手を見過ぎよ」

 

 不意に、幽香が目の前に現れた。恐らくは敵集団を置いて蓮一の方へと跳躍して来たのだろう。

 蓮一は驚いて、さらに後ろへ飛び退く。幽香は続ける。

 

「今のお前の実力じゃ相手の攻撃を追って優先順位は定められないわ。もっとシンプルに考えなさい。お前は最終的に攻撃を払うんでしょう? なら、意識すべきは払う『手』の方よ」

「払う、手……?」

 

 それだけ言うと、幽香は追ってきた妖怪達の方へ再度戻って行く。

 蓮一の前には徐々にさっきの妖怪達が六体に増えて迫りつつある。

 

――払う手。そうか、俺の手の範囲はここからここまでだから……!

 

 突然、両腕を伸ばして上下左右に振り回し始める蓮一。それを見ても『人形』となった妖怪達が歩調を乱す事はない。ただ、その操者である鳥人は僅かにその動きに不穏な気配を感じていた。

 

「ホー、あの子供。まだ諦めませんか……」

 

 戦力差としては圧倒的と言っていい状況だった。確かに蓮一にも戦える力はある。先刻の二体の妖怪との華麗な戦いぶりを見て鳥人も自分の認識の誤りに気付いた。

 幽香、蓮一、両方とも一筋縄ではいかない。

 

――しかし、幽香さんはともかくあの少年にはこの数を相手取れる程の力はまだない。

 

 幽香に関しては鳥人も情報は知っていた。幻想郷の破壊神、四季のフラワーマスター、大妖怪中の大妖怪だ。

 彼女が蓮一の元に現れた時は大層焦ったものである。だから、幽香は仕方ない。

 しかし、蓮一は違う。所詮は人間の子供である。妖怪と戦う力は持っているものの、やはりまだその力は未熟。

 今の彼の姿を見れば一目瞭然である。さっき戦った二体の妖怪より遥かにスピードも遅いし力も弱い。だが、それが一対一から多体一になっただけで袋叩きにされている。圧倒的な経験値不足である。

 幽香から何かアドバイスを受けたようだが、それもまるで上手くいっていない。今度こそは確実に為す術ない筈。

 その筈なのに、蓮一はまだ、笑っている。

 

「これ以上、戦闘を長引かせたくないですね……」

 

 突然、鳥人のその言葉と共に、今まで幽香に襲い掛かっていた妖怪達が一斉に蓮一の方に向かって走って行く。

 幽香の近くに居た妖怪は彼女が足止めに回るが、残りは抑えきれず蓮一の方に向かっていってしまう。

 さっきまで妖怪総数の八割が幽香、二割が蓮一に回されていたのが完全に逆転していた。

 今度こそと、鳥人は蓮一の方に目をやる。

笑みは消え、決して余裕のある表情はしていない。体は傷だらけの上、疲労も蓄積されている。その上視界一面に広がる妖怪達。精神的にも体力的にも蓮一は追いつめられていた。

 しかし、笑みは消えてもその目から闘志は消えていない。

 

「……来い!」

「ガァァァァァ!」

 

 最初は六体、それぞれ鋭い爪で攻撃したり、噛みつこうとしたり、突進してくる者もしる。

 

――焦るな、優先順位通りに払えばいい。まずは攻撃を払う。それだけに集中するんだ。

 

 蓮一は動かない。攻撃してくる六体の妖怪を視界に収め、一歩も退かない。

 そして、妖怪の一体がある『境界』を越えた瞬間、蓮一は動いた。

 

「ガッ!?」

「よし」

 

 一体の妖怪の攻撃が捌かれる。続けざまに『境界』に入った妖怪達も順に一瞬で蓮一にその攻撃を捌かれ、無力化された。

 

「よし、これでいい。いける!」

 

 蓮一が作った境界、それは自分が攻撃を払う事のできる防御範囲、その境界。

 結局の所、最終的に攻撃を払うのは自分の手。ならば、攻撃の初動から払い落とす順番を決める必要はない。

 ただ、自分が払い落とせる範囲に入ってきたものから順に落としていけばいいのだ。

 

「ふん、全く駄目駄目だけど、一応、それらしいものはできてるじゃない、『制空圏』」

 

 少し離れた所で自分が足止めに回った妖怪達を掃討し終え、幽香は蓮一の動きを見てそう呟いた。

 

 

 「先に開展を求め、後に緊湊に至る」。最初は威力と正しい動作を重視し、その基礎を身に着けてから実戦的な命中精度や動作を重視するという中国武術に伝わる言葉である。

 この第二段階、『緊湊』に至った者にのみ見えてくる領域がある。

 それが制空圏、自らの間合いに気を張る事で作られる絶対防御領域である。

 蓮一はまだ『開展』の段階にある上に武人としては素人。故に、今蓮一の作り出した制空圏も本来のそれと比べ大きく劣化している。

 制空圏とは、本来自分の四方八方の間合い全体に気を密集させた球状の領域であり、気を感じ取る事で領域を侵した者へ半自動的に迎撃行動を取れるというものである。そのため、通常は死角である真後ろや真上からの攻撃、多人数の同時多角的な攻撃にも反撃、防御、回避と対応ができる。

 しかし、今の蓮一の制空圏もどきはその範囲、視界の及ぶ範囲のみ。また、特に気を密集させている訳でもなければ、気を察知などという技術もないため、目で追って迎撃しているに過ぎない。

 あくまで制空圏もどきは優先順位の把握のための基準線という形で利用しているだけであり、そこからの迎撃は全て蓮一の反射神経によるもので為されている。

 しかし、その効果は存外大きい。

 

「はぁぁぁぁぁ!」

「ガッ!?」

「グア!」

「ギィィ?」

 

 制空圏の超劣化版であるこの制空圏もどきが唯一制空圏足り得ている部分を挙げるとするならば、その間合い取り。

 その一点だけはほぼ完璧であり、今の所蓮一は優先順位の誤りなく攻撃を払い続けている。

 

「ガアアアァ!」

「よし、今だ!」

 

 一体の妖怪が振り上げた拳を見て、蓮一は次の段階へと戦い方を変化させる。

 制空圏もどきを使い、その突きを左手で下段に払い、その反動で素早く上に鶴頭を振り上げる。

 

「ギャ!」

 

 見事に顎に鶴頭が命中し、妖怪が倒れる。

 ようやく、払いから反撃へ。蓮一の身体に幽香から教わった技が身に付き始めていた。

 

「ようやく形になったわね、全く出来の悪い弟子を持ったものだわ。でも、問題はここから」

「くっ、くそ!」

「グオォォォォ!」

 

 幽香の技をマスターし、大分妖怪達との戦いに希望の光が見えてくる。そもそも、この下級妖怪達は蓮一の練った霊力で攻撃すれば、たちまち戦闘不能になってしまう程存在が不安定な者達。

 今までは蓮一が防御一辺倒であったために優勢に見えていたが、攻撃の術を手に入れたのならその優位は傾き始めていく。普通はその筈だった。

 しかし、やはり数。いつの間にか蓮一の周りは妖怪で埋め尽くされ、全方位から攻撃が繰り出される。最初は制空圏もどきを使い、回転しながら妖怪達の攻撃を捌いてこれたが、攻撃の手数はどんどん増えていく。

 このままでは二本の腕だけでは防御しきれない攻撃数に届きかけていた。

 

「ホー。さぁ、その数の妖怪、どう対処しますか? しかし……風見幽香、先程から彼女が動かないのが気になりますねぇ」

 

 苦しそうに攻撃を捌き続ける蓮一を楽しげに見つめる一方で、既に周りに足止めする者がいない筈の幽香の方が気にかかっていた。

 幽香は蓮一の戦う様子を傍観しているだけで助けようとはしない。まるで何かを待っているかのように、真剣に、追い込まれていく蓮一を見ている。

 

――あいつ(靈夢)の話では、こういう状況に追い込んでやれば発現するはず。

 

「くそ……手数が足りない!」

 

 蓮一の制空圏もどきによる多対一の戦闘はほぼ理想的な手段であった。攻撃を払い、拳や蹴りを打ち込み、余裕がなければ幽香の技を使う。それにより、全ての攻撃に対処、反撃する事ができた。

 しかし、あまりにも攻撃の数が多すぎる。一つの攻撃を払うのに一本の腕を使えば、二発は完璧に対処できる。腕が空く前に攻撃が来たならば、それらは避ければいい。

 その腕が空くまでの間、迎撃開始から約一秒弱。それまでは次の攻撃を捌く事は難しいのでひたすら回避に徹する。

 しかし、その一秒弱の間に六発も七発も攻撃が来ては流石に避けきれない。

 

――腕がもう二本あれば……!

 

 四撃、同時に来る。二つを両腕で捌き、二つを身体を半身にして躱す。

 六撃、同時に来る。二つを両腕で捌き、三つをしゃがみ込んで避け、残り一つを蹴りで打ち払う。かなり厳しい、薄皮一枚の所であった。

 八撃、同時に来る。二つを両腕で払い、三つを体裁きで避け、二つを横蹴りでまとめて薙ぎ払い、一撃間に合わず身体で受ける。吐血を拭う暇もない。これ以上はもう為す術がない。

 そして、十撃が同時に来る。

 

「うあああああぁぁぁ!」

「ホッ!?」

「……来たわね」

 

 目の前で信じられない事が起こっていた。

 十撃。二つを両腕で捌き、二つを躱し、一つを足で払う。そして、残り半分を捌いたのは突如蓮一の身体から顕現した二本の半透明な腕であった。

 

 

 それは最初、残像だった。

 蓮一が制空圏に入った二本の妖怪の腕を払い落とした時、彼の二本の腕の残像はそこで時間を止められたかのようにその場に留まり、消える事はなかった。

 そして、その残像は蓮一が捌き切れなかった五発の攻撃をとんでもないスピードで一瞬にして薙ぎ払った。

 それだけで周りの妖怪達は吹き飛ばされ、蓮一を中心に乱気流が巻き起こる。

 気付けば、蓮一の足元に彼を中心とした半径1m程の円が指でなぞる形で地面に描かれていた。

 それはまるでこの円内が自分の領域だとでも主張しているようにも見える。

 

「まさかッ! あれはあの子供の異能!? 馬鹿な……有り得ない!」

「これが蓮一の異能。聞いていたものと本数が異なるようだけど、成程、これはまた面白いわね」

 

 肩で息をして俯いている蓮一を、正確には彼の浅黒く変色した右腕を見ながら幽香はほくそ笑む。

 一方で鳥人の方に異変が起きていた。妖怪の制御が上手くできないのだ。具体的には蓮一から顕現した半透明な腕によって地面に描かれたと思われるあの円の中に向けて妖怪達を進ませる事ができなかった。

 『人形』にした筈の、操り人形に過ぎない筈の妖怪達は鳥人がいくら命令しようとも決して蓮一に近づいていく事はなかった。

 そうして手をこまねいている内に息を整え終えた蓮一が顔を上げる。

 

「――ホッ!?」

「蓮一……?」

 

 蓮一の顔は既に元のそれではなかった。その瞳は血のように真っ赤に染まっており、白目の部分は黒く染まっている。

 それだけならまだいい。一番の問題はその蓮一から放たれる強烈な殺気。

 それは周りの妖怪達に留まらず、離れた位置にいる鳥人や幽香にも同じように向けられている。

 今の蓮一に人間らしい部分は欠片も残されていなかった。

 

「こ、これは……まるで……」

「蓮一、あんたそれじゃまるで……」

「――妖怪」

 

 鳥人、幽香の声が、言葉が重なった。

 

「……妖怪。」

 

 蓮一、あるいはそれだったものが幽香と鳥人の言葉を反復するようにそう呟く。

 人語であった。声も蓮一のそれに相違ない。しかし、何かが決定的に違う。まるで蓮一の身体を何かが乗っ取っているかのような、そんな違和感を感じる言葉である。

 突然、蓮一は膝から崩れ落ち、意識を失って倒れた。

 同時に幽香の後方、人里の中心部の方から大人数の足音が近づいてくるのが聞こえる。

 

「……ホー、どうやら、ここまでのようですね」

 

 分が悪いと考えたのか、鳥人は妖怪達の催眠を解くと、空へと高く飛び上がり、そのまま夜の闇に消えて行った。

 それを幽香が追う事はしない。まずは、この状況に収集を付けるのが最優先と考えたからだ。

 

「そ、そこに居る者! 動くな!」

 

 声が響き渡る。女性の声だ。

 幽香は面倒そうに後ろを振り返る。意外な事に向かって来るのは武器を手にした人間、それも全員女性の隊であった。

 てっきりむさ苦しい男集団が来ると予想を立てていた幽香はほんの少し目を丸くして彼女達を見ていた。

 

「――よ、妖怪!? それに、お前は、風見幽香!?」

「そういうあなたはどこの誰かしら?」

「わ、私は自警団の者だ! 一体ここで何をしていたのか話して貰おう!」

 

 幽香の姿とその後ろで催眠が解かれて寝ぼけたように辺りを見回している数多の妖怪達を見て、恐ろしくなったらしい女団員はそれでも萎縮せず、高圧的な態度を貫く。

 身体を振るわせて既に涙目だが、その度胸たるや立派である。

 

「別に、何もないわよ」

「う、嘘を吐け! お、お前の後ろで寝転んだり、人里内を物色しようとしている妖怪共はなんだ!? し、しかも人間の子供まで、死んでいるではないか!?」

 

 成程、そう来たか。幽香は目の前の涙目の彼女を見ながら半ば感心していた。

 寝転んでいるのは幽香や蓮一に倒され、戦闘不能になって気絶している妖怪だ。人里内を物色しているように見えるのは単に催眠から解かれたばかりで状況が把握できず、あちこちを見回しているだけだ。

 そして、死んでいるらしい人間の子供はただ気絶しているだけの蓮一だ。

 よくここまで悪い方向へ勘違いしてくれるものだ。これでは自分が悪者にされそうではないか。幽香は嘆息する。

 

「あー、説明すると長いのよ、面倒だから今度でいい?」

「き、貴様! 喋らない気かぁ! わ、私達は自警団だぞ!」

「……ねぇ、あんた達自警団ってそんなに偉いの?」

「ひ、ひぃ!」

 

 幽香が声のトーンを低くして、一睨みする。それだけで、既に涙目であった彼女は半泣きになって隊列の中に逃げ帰って行った。

 同時に、隊の全員が顔を強張らせ、武器を構える。

 余計面倒な事になりそうだと幽香が頭を掻いてどう収拾を付けるべきか考えあぐねていると、突然、隊の後ろから声が響く。

 それと同時に数十人の隊列が中心から二つに割れ、そこから一人の少女が歩いてくる。

 さっきまで話していた涙目の女団員や隊列の中にいるどの者達とも明らかに格が違う。間違いなくこの女性隊を率いる隊長。

 その18歳位の風貌の少女は人間の中では珍しい金髪を後ろで一本の三つ編みにして流しており、その目もまた珍しい青い瞳をしている。

 その瞳と金髪に、胴と腰回りを銀甲冑が覆う群青色のロングスカートは不思議な位よく映える。

 ただ、幽香はそれ以上に彼女が首から下げている、円形に『Ⅷ』と浮彫が施された銀のペンダントに目が留まった。

 

「皆武器を収めなさい」

「……あなたは?」

「私は自警団『八武長』の一人を務めております、第八武長ジャンヌダルク。まずは部下の非礼をお詫びします、風見幽香さん。この後処理は私達が致しますので、もう行って頂いて構いません。お引止めして申し訳ありませんでした」

「……随分と話がわかるじゃない。本当にいいのかしら? 言っておくけど後から呼び出されても応じないわよ、私」

「そ、そうですよ、ジャンヌ様! 明らかに怪しいじゃないですか!」

 

 さっきの女団員が隊列の中から反対の声を上げる。しかし、幽香が声の方に目をやると、「ヒッ」と声を上げて隠れる。

 ジャンヌは彼女を見てやれやれと首を振る。

 

「ええ、行って頂いて構いません。あなたこの状況を作り出した元凶でない事はわかっていますから」

「ふぅん、この状況を見てよくわかるわね、そんな事」

「『天啓』です」

「は?」

「神の御声が聞こえるのです。貴女は悪人ではない、と」

「随分、面白い事言うのね」

「本当の事です」

「まぁ、帰してくれるんなら何でもいいわ。後――」

 

 言葉を一旦区切ると幽香は後ろを振り向き、未だ人里内に居座り続ける妖怪達に向けて、睨み倒しを放つ。

 それだけで大半の妖怪は尻餅をついて、気絶していた妖怪もその殺気に目を覚ます。

 

「お前達、さっさと人里から出て行きなさい……殺すわよ?」

「ひ、ひぃぃ! すいませんしたぁぁぁ!」

「おい! さっさと逃げねぇと殺されんぞ!」

「うわぁぁぁ、助けてくれぇぇぇ!」

 

 当然、幽香には殺す事はできないが、その事情を知らない妖怪達にとってそれは冗談には聞こえなかった。

 ものの数秒で、大量に群がっていた妖怪達は人里の出口の門から夜の森へと消えて行った。

 

「後処理位は私がやっておいてあげるわ」

「お気遣い痛み入ります」

 

 ジャンヌの部下達は全員幽香の放つ殺気に怯えているにも関わらず、少しも動じず、むしろ丁寧に頭まで下げるジャンヌダルクの落ち着きように少し幽香は苛立ちを感じるが、今は蓮一を連れて帰るのが先だと、何も言わず蓮一の方へと歩いて行く。

 蓮一も気絶していた妖怪同様、睨み倒しによる気当たりで目を覚ましていたが、どうにも寝ぼけているのか虚ろな目で辺りを見回している。

 幽香程の殺気に当てられればどんな眠気も一瞬で吹き飛ぶのだが、蓮一の胆力が僅かに勝っていたらしい。

 

「全く、この私の気当たりを目覚まし程度にしか感受しないとは。よっぽどの大物か、よっぽどの馬鹿ね」

「あれ、幽香さん、いや幽香師匠……敵は……?」

「とっくに撃退したわよ。さっさと帰るわよ、馬鹿弟子」

「は、はい!」

 

 蓮一を起き上がらせ、里の出口へと歩いて行く幽香と蓮一を、門の手前で再びジャンヌは呼び止めた。

 

「幽香さん、その子はあなたの弟子なのですか?」

「…………」

 

 門の手前、数秒幽香とジャンヌの間で視線が交わされる。目覚めたばかりの蓮一には何が起こっているのかわからず、両者の顔を交互に見回す事しかできない。

 

「ええ、私達の弟子よ、こいつは。もう行くわよ?」

「……ええ、お気を付けて」

 

 そうして去っていく二人を見送り、ジャンヌは再び自分の部下達の元へと戻って行った。

 部下達は幽香が行った事を聞くと、緊張が解けたようにその場にへたれこむ。

 

「ジャ、ジャンヌ様、凄いです。あんな大妖怪と対等に渡り合うなんて。私なんてもう泣きそうでしたよぉ」

「もう泣いているじゃないの、さあ涙をお拭きなさい。小夜(さよ)、あなたは戦えば強いのだから、心をもっと強く持たねばなりませんよ」

「はい……ジャンヌ様ぁ」

 

 涙で顔をぐちゃぐちゃにしている部下、小夜にハンカチを渡してやると、ジャンヌはもう一度幽香と蓮一の去って行った方向を見る。

 既に二人の姿はなく、門の奥は夜の深い闇に覆われていた。

 

「あれが、噂の道場の弟子、蓮一君ですか」

 

 里の方にも高天原の噂は届いている。何せあの博麗の巫女が自らの弟子を育てるため幻想郷中の豪傑達を集めて建てたというのだから、それはすなわち妖怪退治の後継者、人間の希望にも等しい。

 そんな道場の存在が知れ渡らない筈もない。何より、そこの弟子が毎朝重りを付けて死にもの狂いで人里内を走っているのだから、嫌でも知れ渡るというものだ。

 今までジャンヌは自警団夜の部担当、蓮一は昼の部担当だったので直接会う機会はなかったが、たった今実際に彼を見て少し感慨深いものがあった。

 

「あれは、来ますね」

「え? な、何がですかぁ? ズビー!」

「……そのハンカチ、貴女に差し上げますね」

「え? ほ、本当ですか!? やったぁ!」

 

 自分の渡したハンカチで鼻をかむ小夜を見て、ジャンヌは少しお気に入りだった花柄のハンカチを潔く諦める事にした。

 嬉しそうにハンカチを丁寧に折りたたんでポケットにしまい込むと、彼女はもう一度ジャンヌに質問する。

 

「そ、それで、一体何が来るんですか?」

「蓮一君です、彼きっと来ますよ、今年の『祭』」

「……えぇ、さ、流石にそれはないんじゃないですかぁ?」

「そう囁くのですよ、私の『天啓』が」

 

 そう不敵な笑みを浮かべながら、ジャンヌは門の方に向けていた視線を外した。

 

「私『達』の弟子、ですか」

 

 

「い、痛い痛い痛い! 霖之助師匠! もっと優しく手当してください!」

「全く、こんなに傷だらけで帰ってきて。骨に異常はないようだが、内臓までダメージが響いている箇所があるね。まだまだ鍛え方が足りないなっと!」

「ぎゃぁぁぁあ!」

 

 帰ってきて早々、蓮一は医術の嗜みがあるという霖之助と刃空から治療を受ける事になった。蓮一は、ほとんど痛みは感じないと言い張ったが、二人が言うには「それこそヤバい」らしい。

 確かによく思い返してみれば霊力での防御があるとは言え、半分妖怪達に袋叩きにされていた状況で戦い続けていたのだから無理もない。

 身体中を包帯で巻き、霖之助がそれを思いっきりきつく縛り上げる。そこでようやく激痛が蓮一の身体中を襲った。

 

「そうね、霊力の練りもあるけど身体の耐久力も上げてもらわないと蓮ちゃん、すぐに死んじゃうね」

「うぎゃああああ! 染みるぅぅ! 射命丸師父、何塗ってるんですか!?」

「わいちゃん特製の傷薬ね。大抵の傷は一日で綺麗に治るね。ただめちゃくちゃ染みるがね」

 

 刃空が蓮一の切傷や擦過傷に次々と緑色の軟膏のような液体を塗りたくる。その瞬間、さっきの激痛をさらに超える、まるで雷にでも打たれたかのような痛みが身体中を走る。

 その度に悶え苦しみ、暴れる蓮一を霖之助と刃空が抑え込み、半ば拷問のように治療を続けた。

 夜の高天原に蓮一の悲鳴が響き渡る。

 

「――そう、そんな事があったの」

 

 一方、高天原の縁側。少し離れた所から聞こえる蓮一の悲鳴を華麗に聞き流しつつ、靈夢と幽香は二人、茶を啜りながら人里であった事の顛末を話していた。

 靈夢が特に反応を示していたのは鳥人の方ではなく、蓮一の能力に関する部分であった。

 

「ねぇ、あいつ本当に人間なの? 異能が発現したと思ったらとんでもない殺気を放ち始めたわよ。普段の蓮一からじゃ考えられないような、獰猛で獣のような、まるで――――」

「――妖怪みたいな?」

「……そうね」

 

 靈夢は見透かしたような目で幽香を見つめながら幽香の台詞を代弁する。

 その視線に耐えられず、幽香は言葉を濁して茶を啜る。そして、それ以上、何も言えなかった。

 しばらく静かな時間が流れ、靈夢が口を開く。

 

「私にもあの子の事はわからないわ。だってまだ出会って三カ月も経ってないもの。だから、これから過ごす時間の中で知っていくわ。蓮一の異能の事も、蓮一自身の事も」

「……そう、あんたも知らないならいいわ。あんたの言う通り、どうせこれから嫌でも長い時間を共にする事になるんだから、蓮一の異能はその中で見極めていけばいいしね」

「へぇ……」

「何よ」

 

 幽香の言葉に靈夢は急にニヤニヤと何か言いたげな笑みを向ける。

 そんな彼女の視線から逃れるように幽香は顔を背けるが、若干言葉に動揺が混じる。

 

「随分と丸くなったわねぇ、あの幽香が人間の子供の修行に付き合ってやろうなんて」

「う、五月蠅いわね、ただの暇つぶしよ」

「長い時間を蓮一と共にするんでしょう? ん?」

「何なのよ、あんた急に!」

 

 愉快そうに笑う靈夢に顔を真っ赤にしながら幽香は思いつく限りの罵詈雑言をぶつけ続けた。




次回から新章「自警団八武長編」突入です。
オリキャラ大量投入の上になんやかんや長編になりそうなので気合入れて書いていこう思います。
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