東方史上最強の弟子 レンイチ   作:浜栲なだめ

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『自警団八武長編』開始です。



拳鬼編
第十八話「天体観測」


 それはある朝の事だった。

 霖之助と刃空の施した治療で傷も瞬く間に完治し、いつも通り朝の修行を終えて自警団に向かう途中、朝から賑わう人里の中で蓮一は聞き覚えのある声に呼び止められた。

 

「あ、慧音先生、おはようございます」

「ああ、おはよう。本当に噂通り重りを付けて走っているんだな」

「ええ、まぁ」

 

 慧音と蓮一が足についている鉄の塊を見て同時に苦笑いを浮かべる。

 蓮一としても外したいのはやまやまだが、鍵がかけられるようになっていて外せないのだ。

 霖之助の自作らしいが、本当に人を苦しめる事――いや、鍛錬させる事に余念がない。

 

「あの、それで何か……?」

「ああ、急いでいる所すまない。確認しておきたい事があってな」

 

 慧音は蓮一に促されて本題に入る。

 

「明日、課外授業の日だがお前以外には誰が来るんだ? 一応おおよその人数だけでも確認しておきたくてな」

「……あ」

「え? 『あ』って? まさか、蓮一、課外授業の事忘れて……」

「いや! 違いますよ、忘れている訳ないじゃないですか!」

 

 毎日生きる事に必死で忘れていたなんて言えない。

 

「そうか、ならいいんだが。ほら、道場の皆も来るのかどうか、とか聞いておきたくてな」

「あー、はいはい! 勿論、来ますよ! 霊夢も楽しみにしてるって言ってました!」

 

 夢の中で。

 

「おー、そうか! それは良かった、私も頑張らないとな、うん。じゃあ、明日の夜六時頃に寺子屋の前に集合するよう皆に伝えておいてくれ」

「は、はい! わかりました。あの、でももしかしたら、皆急用で来れない事も――――」

「じゃあ、明日は楽しみにしているからな、蓮一」

「あ、慧音さん!」

 

 慧音は嬉しそうに笑いながら、雑踏に消えて行ってしまった。

 蓮一は頭を抱えずにはいられない。勢いで思わずとんでもない事を口走ってしまった。

 師匠や霖之助、刃空、阿八はいい。きっと頼めば来てくれるだろう。

 問題は幽香と鈴鹿御前、この二人だ。

 きっと一筋縄ではいかないに違いない。どうにか二人を天体観測に連れて行く口実を考えなければならない。

 確かに、きっと慧音であれば二人が来なくても笑って流してくれるのかもしれない。

 だが、それでは駄目だ。これはそういう問題ではなく――――

 

「俺の、男のプライドの問題なんだぁぁぁぁぁ!」

「れ、蓮一!? 突然どうした!?」

 

 自警団、朝の集会中、突然心の内を叫ぶ蓮一に集会は中断し、その視線は余さず蓮一に向けられていた。

 蓮一はその視線と気まずい空気でようやく我に返り、周りの状況にその表情は青ざめていく。

 

「……あー、随分と元気が有り余っているようだし、蓮一君、安里君。君達、今日は見回り八番ルートね」

「えぇ!?」

「え? 何で俺まで!?」

「じゃあ、頑張ってね」

 

 瞬間、周りからドッと笑いが巻き起こり、蓮一の顔は青から赤へとみるみる変わっていく。

 ちなみに、八番ルートとは見回りの中でも人里内のほとんどを回る最長のコースで集会終わりからすぐに出発しても戻ってくる頃には日が暮れているという休みなしのルートである。

 普通は少数の隊を組んでルートをさらに分割して昼休憩できるようローテーションして回るのだが、今日は例外的に蓮一と安里のペアが八番ルートをたった二人だけで担当する事となった。

 

「……さて、話が逸れたが、皆。わかっているだろうがいよいよ今年も近づいてきている」

 

 その辻秋の言葉に、急に皆の目付きが変わる。所々から「おお」と高ぶりを隠せない声も聞こえる。

 

「そうだ、『祭』だ。今年も『人武祭(じんぶさい)』がやってくる!」

「うおおおおおおお!」

 

 瞬間、自警団の中が興奮の雄叫びに包まれ、ただでさえ暑い夏場の空気にさらに熱気が溢れかえる。

 ただ一人、蓮一だけはその熱気についていく事ができず、隣の安里に人武祭について尋ねる。

 

「ああ、そうか蓮一はまだこの里に来て日が浅いから知らないよね。人武祭っていうのは年に一度、八月の初めから二カ月に渡って開かれる武闘祭だよ。元々自警団の士気を高める目的で始まったんだけれど、いつの間にか自警団以外からの参加者も現れるようになってね。この人里の一種の名物みたいなものになってるんだ」

「へぇ、そんなものが……」

「結構な賞金もでるからね、祭りの期間は随分と賑わうよ」

「え? その資金源はどこから……?」

「この里からだよ。元々自警団は妖怪から自衛手段として里が資金を出して作った機関だからね。まぁ、人武祭の賞金も行事予算みたいな形で出てるんだと思うよ」

 

 思った以上にスケールの大きい祭りらしい。蓮一としても腕試しに参加してみてもいいかもしれないと興味が湧いてきていた。

 安里はさらに続ける。

 

「まぁ、でも。この祭りの最大の目玉は何と言っても『八武長』が一堂に会する事だね」

「八武長……確か、あの時会った――」

 

 幽香と共に妖怪達と戦ったあの夜を思い返す。

 途中で気絶してしまったためにあの時はわからなかったが、幽香の話ではあの時幽香と話していた金髪の女性。彼女が八武長の一人であった筈だ。

 

「八武長っていうのは辻秋さんと阿八さんを除いた自警団の中で最強の八人の事さ。しかし、そう簡単には会えない筈なんだけど、ラッキーだったね」

「へえ、最強の八人ですか。でも、何でそう簡単には会えないんですか?」

「ああ、簡単な事さ。彼らは昼も夜も人里の外を警備しているから」

「え?」

 

 人里の外、という事はすなわち妖怪の出没するエリアという事である。

 出没頻度が少ない昼ならまだしも、夜まで里の外を警備するとなると確実に妖怪との戦闘は避けられない筈だ。

 つまり、それは――――

 

「八人全員が、妖怪を倒せるだけの実力を持っているって事ですか?」

「……まぁ、そうなるね。別に霊力がある訳じゃないから、撃退するといった方が正しいかな」

 

 衝撃的であった。まさか、自分以外にも妖怪と戦う人間が八人もいるとは思ってもいなかったからだ。

 しかも、妖怪に対抗する手段である霊力がない以上、殺す事はできない。そんな不利な条件で妖怪を撤退させるという事は大きな実力差がなければ為し得ない事だ。

 何しろ、妖怪側は殺されない事がわかっているのだ。何も戦う事にリスクがない。今まで蓮一が妖怪と戦ってこれたのは霊力という妖怪にとってのリスクがあるからだ。

 死んでしまうかもしれない。だから、弱い妖怪ならば逃げていくし、力のある妖怪でも不用意に近づけない。

 その霊力なくして妖怪を撤退させるという八武長とはどれ程の実力を持っているのか。考えるだけでゾッとする。

 恐らく、今の自分では勝てない。そう蓮一は確信した。

 

 

「それで、そろそろ話してくれよ」

「え? 何がですか?」

「いや、その、朝の集会で叫んでた男のプライドがなんたらとか」

 

 集会が終わり、早速蓮一と安里は八番ルートの見回りコースに直行した。

 そして、しばらく歩いてから他の自警団員がいない事を確認し、安里は恐る恐る朝の件ついて蓮一に問い質してきた。

 

「え? い、いや……そんなに大した事じゃ……」

「まぁ、言うだけ言ってみなよ。相談に乗れるかもしれない」

「……じゃあ、お言葉に甘えて」

 

 気になっていたのか、どこか押しの強い安里に負けて、蓮一は渋々今朝の慧音との出来事を語る事にした。

 安里はそれを黙って聞いてから、しばらく考え込むと、再び口を開く。

 

「うん、完全に蓮一が悪いな。慧音先生に謝るか、道場の師匠達に土下座するか選ぶしかないんじゃないかな」

「それを避けようって話じゃないですか……」

 

 思いの他、安里の慈悲のない言葉に蓮一は改めて後悔の念にうなだれる。

 

「まぁ、一応高天原の豪傑方に相談してみなよ。皆案外快諾してくれるかもしれないよ?」

「ええ……我が強い人達ばかりだからなぁ……」

「意外と弟子からの頼みっていうのは師匠も断りにくいものという諸説がある。どうも長く教えていると弟子が可愛く見えてくるらしい」

「ええ……」

 

 あの人達に限ってそれはないと断言できる。何故なら、今までいくら悲鳴を上げても、また、命の危険を訴え出たとしても、彼らは無慈悲な笑みを見せて平気で聞き流す鬼畜ぶりを散々蓮一は見せつけられているからだ。

 特に霖之助はいけない。あの人が優しいのは表層面だけだ。

 しかし、今から慧音の所に行くのも心苦しい。

 

「わかりました……そうですよね、俺だって毎日あんなにキツイ修行をこなしているんだ、きっと師匠達も少し位無理を言っても通してくれますよね!」

「ああ、きっとそうさ。そう、前向きに考えよう」

「はい、何だかいけるような気がしてきました!」

 

 今日の長い見回りルートをそんな話を安里としながら済ませ、夕方になった頃にようやく蓮一はクタクタになりながら高天原の門をくぐった。

 そして、一同が集まる夕食の時間、しばらく時間が経った所で蓮一は箸を止めて勢いで本題を切り出した。

 

「師匠方、明日の夜は皆で天体観測に行きませんか!?」

「…………」

 

 全員が箸を止めて、蓮一の方に視線を向ける。

 少しばかりの沈黙が続いた。

 

「……明日? 急だね、何でだい?」

「え……いや、その慧音先生の課外授業があるらしくて」

「その授業になんでわいちゃん達も参加して欲しいのね?」

「あの……親睦とかを深めようかと……」

 

 何故だろう、手汗が滲む。心臓の鼓動がどんどん早くなっていくのがわかる。

 

「なんか、あやし~~~~……い」

「そ、そんな事ないですよ! 行きましょうよ、この時期の星はすごく綺麗なんですよ!?」

「正直、星なんて見飽きてるわ、興味ないわね」

「そ……そんな事言わず!」

「アバ……アバ……! 皆、何か威圧的よ? 蓮一怖がってるよ!?」

 

 阿八だけが他の師匠達の追求から蓮一を守ろうとしてくれているが、追及の目からは逃れられそうにない。

 そして、最後の師匠の言葉がトドメとなった。

 

「蓮一、何か後ろめたい事があるんでしょう? 言いなさい」

「はい……師匠……」

 

 それから蓮一は今日の朝の出来事を全て吐露する事となった。

 事情を話進める内にだんだん師匠達の顔が呆れた顔になっていくのが明らかに見て取れる。

 

「……全く、つまりは君の嘘を真にするために僕達を利用しようとしたという事か」

「蓮ちゃん、女性を喜ばせたいのは男の常だからわいちゃんも理解があるね。でも、流石に嘘はよくないね」

「返す言葉もございません……」

「それで、どうす……る?」

「知らないわよ、蓮一が自分で撒いた種でしょ?」

「うう……」

「ア、 アバチは行くよ! アバチ星好きよ! 死兆星とか綺麗よ!」

「その星は見えちゃいけな……い」

 

 こてんぱんに打ちのめされた蓮一を見つめて師匠はしばらく考えると、手の平に拳を乗せ、軽く頷く。

 

「よし、わかったわ、蓮一。今回は特別に尻拭いをしてあげるわ」

「本当ですか!?」

「ただし――――」

 

 喜びも束の間。蓮一はその時、確かに見た。

 師匠の視線が一瞬、霖之助の方へ向けられた所を。そして、霖之助が何かを理解したかのように、師匠に向けて笑みをこぼした所を。

 間違いなく、あの霖之助の笑みは蓮一に課す新しい修行とは名ばかりの拷問を思いついた時の笑み。

 そして、決まってその後蓮一は生死の境をさまようレベルでろくでもない目にあうのだ。

 

「蓮一、明日の天体観測で遅れる分の修行、今日やってしまいなさ――」

「戦略的撤退ィィィィ!」

 

 師匠の最後の言葉を待たず、蓮一は全力で茶の間を走り抜ける。

 茶の間はこれだけの人数が共に夕食を食べる場なので流石に広い。しかし、完全に意表をついて完璧なスタートダッシュを切れた。

 このまま逃げ切れるだろう、と蓮一は全速力で茶の間の入り口へと走って行く。

 その様子を半ば感心して、また半ば呆れて見ていた霖之助は立ち上がると、ちゃぶ台の端に右手の指をかける。

 

「逃がすかあああぁぁぁ!」

 

 瞬間、霖之助が右腕を大きく振り上げると、長方形型の巨大ちゃぶ台は竜巻のように回転しながら逃げる蓮一の方へと飛んで行き、そして、衝突した。

 蓮一はちゃぶ台の下に潜り込んでいるような体勢になって起き上がれなくなっている。

 出口まであと数センチの距離であった。

 

「秘技! 『ちゃぶ台竜巻返し』!」

 

 後の霖之助の話では、この技の最大の特徴はあれだけ回転させたにも関わらず、ちゃぶ台の上に乗っていた食器や夕飯は遠心力で少しもこぼれないまま、また、衝突時にはちゃぶ台の足が地につくよう精密な回転の加減が為されている点にあるという。

 確かに最初と最後だけ見れば、まるでちゃぶ台だけが瞬間移動したかのように、ちゃぶ台の上の食器や食べ物には一切の乱れはなく、その足は畳についている。

 世界で最も美しいちゃぶ台返しだと霖之助は自慢げに語っていた。

 そして――――

 

「ぎゃああああああ! 人殺しいいい!」

 

 数分後、蓮一は逆さ吊りにされた状態で、真下から火で炙られるという修行、いや拷問を受けていた。

 炎の熱さから逃げるためには背筋、腹筋をフルに使ってブランコのように動いて高位置まで身体を持っていくしかない。

 下からうちわで炎に空気を送る霖之助はその蓮一の姿を見て唐突に呟いた。

 

「名付けて……スルメ踊り!」

「名前を付ければいいってもんじゃない!」

 

 腹部が焼ける前に背筋を使って背中を下に向けなければならない。また、背中が焼ける前に今度は腹筋を使って腹部を下に向けなければならない。

 これ以上なく命懸けの腹筋、背筋トレーニングであった。

 

「人間、追い込まれると実力以上の力が出るものだ。人間の君は命懸けという諸刃の剣を使わなければ、妖怪と戦える水準を超えるのは不可能だからね」

「こ、これは立派な殺人未遂ですよ!」

 

 続けて、鈴鹿御前との修行。

 彼女は蓮一を仁王立ちさせて、手の平を上に向けさせると、両の掌、頭に木片を置き、耳には大きめのイヤリング、胴回りには分厚い腹巻、足元に蝋燭をそれぞれ置く。

 蓮一にはそれが何の修行なのか未だ理解できない。

 

「あの、鈴鹿師匠……これは?」

「恐怖を克服するための修行……だ」

 

 そう言って、突然鈴鹿御前は懐から長刀を取り出し、その鞘を抜く。

 月明かりに銀色に鈍く輝く刀に後退しようとする蓮一を鈴鹿御前がその殺気で動きを縛る。

 

「動く……な。余計危ない」

「え?」

 

 次の瞬間、刀を持った鈴鹿御前の手が消え、一秒も経たない間に数えきれない斬撃が蓮一の身体のすぐ近く、紙一重で抜けていく。

 気付くと蓮一の手に持っていた木片や耳のイヤリング、足元の蝋燭、腹巻が全て綺麗に一刀両断されていた。

 蓮一は皮膚を切らない程度に撫でていく刀身の感触を思い出し、その場にへたれて座り込む。

 

「こ、これは……怖すぎる……だって、刃が耳の近くでヒュンって! 手の平に刀の腹の冷たい感触が!」

「次はもっと多くなるから絶対動くな……よ。斬れちゃうから」

「怖すぎる!」

 

 続いて幽香。

 

「ほら、もっとスピード上げなさい!」

「ぎゃああああああ!」

 

 幽香は蓮一の両足を掴み、前に押していく。

 蓮一はそれから逃れようと必死に腕で地面を蹴って走る。

 いつもは足が担うはずの走行を今は両腕がやっていた。

 

「足は腕の三倍の力があるわ。何でだと思う? それは人は足で歩くからよ!」

「ちょ! 幽香師匠、押し過ぎです! 顔が地面についてすり減る!」

「蓮一、手っ取り早く強くなるなら突きを蹴り並みに強くするか、蹴りを突き並みに器用にするか、そのどちらかよ!」

 

 手の回転が少しでも遅れると押し出された蓮一の顔が地面にこすり付けられる事になる。

 蓮一は手の限界など考える余裕もなく、ただひたすらに腕を回し続けた。

 さらに続いて阿八。

 

「さぁ、蓮一! 楽しいミット打ちの始まりよ!」

「ハッ! ハッ!」

「いいよ! レウ(速く)! レウ(速く)!」

 

 比較的、阿八による修行らしい修行が続く。

 しかし、この後蓮一が数発の拳をミットに叩きこんだ直後、悲劇が起きる。

 

「はーい、じゃ、そこで避けるよ!」

「え?」

 

 最初、蓮一に見えたのは何か巨大な物体が蓮一の顔面に向かって飛んできた、その残像。

 

「イ~ヤバダバドゥゥゥゥゥゥ!」

「――――」

 

 蓮一の顔面を上に抉り、宙高く吹っ飛ばしたその物体が、阿八の持っていたミットであった事を知るのは、ここから約数分後。

 刃空と霖之助の尋常ならざる蘇生術によって蓮一の心臓が再び動き出した後であった。

 

 

「あら、お疲れ様。どうやら明日の分までしっかりやってきたようね」

「ええ……なんとか生きています」

 

 修行の終了を報告しに久々に蓮一は博麗神社の居住区に足を踏み入れた。

 毎朝通り過ぎているため、久々という感はないが、やはり高天原とはまた居心地が違う。

 そして、その原因が師匠の隣に居たもう一人によるものだろうと蓮一は気付く。

 

「……随分ボロボロじゃない。そんなんでこれから大丈夫なの?」

「霊夢、何か久々だな」

 

 今までずっと高天原で生活していた蓮一にとって、霊夢はかなり久々に見る相手であった。確かに毎朝通る博麗神社にいつでも彼女は居たのだが、今まで修行漬けの生活で疲労が溜まり、中々会いに行く機会がなかった。

 だから、こうしてお互い顔を合わせるのは久々の事であった。

 

「そうだ、霊夢。お前も誘おうと思っていたんだ。明日の天体観測、一緒に行かないか?」

「いや」

「霊夢!」

「はは、いやかぁ、参ったな。どうしても、駄目か?」

 

 既に疲労困憊故、まともに頼み込む事もできない。

 霊夢はしばらくそっぽを向きながら、そんな蓮一をまじまじと横目で見つめると、人差し指を立てる。

 

「行ってもいい。でも一つ、条件があるわ」

「わかった、言ってくれ」

「……たまには、博麗神社(こっち)にも顔見せなさい。なんか、気に掛けるのも面倒くさいから」

「……霊夢」

 

 師匠がにっこりと笑って霊夢を見る。霊夢は若干恥ずかしそうに頬を赤らめながら未だそっぽを向いて蓮一と視線を合わせようとはしない。

 きっと少なからず自分が博麗神社に行かなかった事で霊夢にいらない不安をかけてしまっていたのかも知れない。霊夢なりの気遣いを感じ、蓮一も自然と頬が綻ぶ。

 

「ああ、わかった。約束する」

「……破ったら、滅するから」

 

 そう言い残して霊夢は奥の方へと走って行ってしまった。

 師匠がやれやれと言った感じで溜息をつきながら蓮一の方に向き直る。

 

「ま、そういう事だから、たまには霊夢にも構ってやってね。多少の修行への遅刻はそれで黙認してあげなくもないわ」

「はい、そうします。あと……ありがとうございました」

「何がよ?」

「いや、俺の我が侭を聞いてくれて。本当に感謝してます」

 

 蓮一は師匠に深く頭を下げる。

 元々師匠があの時に行こうと言ってくれていなかったら今頃は誰も行こうとはしなかっただろう。

 師匠は笑って顔を上げさせるよう蓮一に言う。

 

「別にいいわよ。私も慧音の授業には興味あるし、それに――――」

 

 一旦言葉を区切りつつ、師匠は蓮一に背を向け霊夢が走って行った方向へとゆっくり歩いて行く。

 

「それに、可愛い弟子の頼みは不思議と聞いてやりたくなるのが師匠ってもんよ。私に限らず、ね」

 

 そう言って、師匠は去って行った。

 これで、天体観測への懸念は全て晴れた。後は当日まで体力を温存しようと、師匠の姿が見えなくなった後、蓮一も高天原に戻り、就寝した。

 

 

「お、来たか!」

 

 午後六時、まだ辺りが明るい内に、慧音が講師を務める寺子屋の前にはたくさんの人が集まっていた。

 そのほとんどが慧音の生徒達とその両親だが、噂を聞きつけて、村の若者のグループや、杖を突いた老夫婦も中には見受けられる。

 そして、その中でもさらに異彩を放つのが、たった今到着した蓮一と高天原の豪傑達であった。

 蓮一達の姿を見つけると、慧音は手を振って場所を示す。同時に、里の人々達の視線も蓮一達の集団に一気に集まってくる。

 当然であろう。何せ、人間の英雄である博麗の巫女、さらに巫女がその実力を認めた大妖怪達、そして、それらの一番弟子。

 これが注目を集めない筈がない。

 

「すいません、ギリギリになっちゃって。これ、師匠からの差し入れです。きっと夜食の分量足りないからって」

「――! すまない、丁度困っていたんだ。助かる」

 

 蓮一が大量のおにぎりの詰められた重箱を慧音に手渡す。

 さらに、背中に大きな袋を背負った霖之助が慎重に袋を置いて、慧音にその中身を見せる。

 

「これは、天体望遠鏡! こんなにたくさん!」

「今日、無縁塚で拾ってきたんだ。きっと一つだけじゃ足りないと思ってね」

「い、いいのか!? 使っても!」

「ああ、構わない。これはアフターサービスみたいなものだからね。香霖堂(ウチ)はお客さんが少ないからね、サービスしないと」

 

 そう言って袋をまた閉じると、霖之助はそれを背負い直す。

 続いて、師匠が慧音の方に歩み寄っていく。

 

「慧音、久しぶりね」

「ああ、どうやらもうあの時みたいな無茶はしていないようだな」

 

 恐らく、慧音は師匠が自分を妖怪退治に連れてった時の話をしているのだろうと気付き、蓮一はあえて何も言わない。

 というか、実際はあの時よりもさらに生死をさまようような無茶ばかりの修行をしているとは言えない。

 

「よし、これで全員集まったな。皆さん、それではこれから星がよく見える場所に移動します! 私の後ろについて来てください! 親御さんはお子さんが列からはぐれぬよう手を握ってついてくるようにお願いします! それでは、移動します!」

 

 慧音の声に合わせ、慧音の後ろに列ができて、ぞろぞろと歩いて行く慧音の後を歩いて行く。

 蓮一達もそれに合わせ、最後尾に並んでついていく。

 

「あの、師匠。そういえば紫さんは誘わなくても良かったんでしょうか?」

「ああ、大丈夫、あいつどうせ寝てるから。来やしないわ」

「ああ、そうなんですか」

 

 師匠の紫に対する態度が何故そこまでラフなのかが少し気になったが、今は天体観測を楽しもう、そう気持ちを切り替えて師匠の隣を歩く。

 すると、蓮一と師匠の間を裂くように、真ん中に急に霊夢が現れる。

 

「ちょっと、蓮一! そこは私の位置よ、どきなさい」

「え? 何で……?」

「聞いてたでしょ? 親御さんはお子さんが離れないよう手を繋いでろって。はい、母さん」

 

 そう言って、笑顔で師匠に手を伸ばす。師匠も笑って霊夢と手を繋いでいる。

 こうしてみると本当にただの母子のようにしか見えない。

 とても、片方が人間の英雄、片方が稀代の天才、そうは見えない程ありふれた親子の絵がそこにはあった。

 

――ただ、俺はもう二度と感じる事のない温もりだな。

 

 霊夢と師匠に前を譲って、蓮一は後ろの刃空や阿八、幽香、鈴鹿御前達に混じって歩く。

 何も蓮一にとって寂しい事はない。今の蓮一の居場所はこの高天原であり、師匠達は皆家族のようなものなのだから。

 そう自分に言い聞かせ、師匠達と何気ない会話で盛り上がりながら、慧音の後をついていった。

 

 

「わー、すごいきれー!」

「ねぇ、お母さん! 凄く星が綺麗だよ!」

「何でこんなに綺麗にみえるんだろう?」

 

 慧音が皆を案内したのは里の外れにある小高い丘の上であった。

 子供達は上を見上げて、その星空の流麗さに目を輝かせている。

 

「いつも皆が暮らしている人里には夜にも街灯が立っているから明るいですね? 普段はその灯りが星の明かりを弱めてしまっていたのです。でも、今いるここは周りに一切の光がないから、星を本来の明るさで見る事ができるんですよ」

「よくわかんないけど、凄い!」

「うん、凄い!」

 

 慧音が簡単に何故星が普段より明るく見えるのか説明したが、子供達にはまだ難しかったらしく、ほとんど理解はされていなかった。

 しかし、気を取り直して後ろの方で若い男達が引っ張っていた荷台から、大きなホワイトボードを取ってくると、上部に取り付けてあるライトを照らし、そこにマジックで簡単な絵をいくつか描いていく。

 

「はい、皆さん。今日は夏の夜空について勉強しましょう。まずはこの絵を見てください」

「あ! 知ってる! 先生、それ天の川でしょ!」

「はい、その通りです。天の川はたくさんの星が集まって、まるで空を流れる川のように見える事からこう呼ばれるようになりました。この天の川には悲しい恋物語がありまして――」

「先生、俺知ってる! それ彦星と織姫だよ!」

「はい、その通り、よく知っていますね。天の川の左右に分け隔てられた彦星と織姫。この二人は一年に一度、七月七日、七夕の日に再会する事が許されているのです。今日はこの彦星と織姫星をこの夜空から天体望遠鏡で探してみましょう!」

「はーい!」

 

 中々良い調子で授業は進行している。

 蓮一の村には寺子屋のようなものがなかったので、夜空を見上げた所で星座など見当もつかないが、それでもこの美しい夜空には心惹かれる何かを感じる。

 そんな事を考えながら夜空を見上げてようと首を動かす。その時、不意に少し離れた所に人影が見えたような気がして、蓮一は上げかけていた頭をその方向へ急転換させる。

 辺りは暗く、遠くまでは見えない。だが、確かに少し遠くに何かが動いているような影が見える。

 

「……妖怪だったら、拙いな」

 

 蓮一は出来る限り音を立てないようにしてその場を離れると、影の方に近づいていく。

 徐々に影の方へと近づき、もう少しで姿が捉えられるという時、突如として影が消えた。

 そして――――

 

「なんだ、人か。妖怪かと思ったぞ」

「うわぁ!」

 

 いつの間にか後ろに巨人のような人間が立って蓮一の方を見ていた。

 顔が黒髭と黒髪でほとんど覆われているが、その眼光は明らかに蓮一を捉えている。

 どうやら人間のようではあるが、果たしてここまで巨大な人間が存在するのか疑問である。その身長は阿八をも越え、おおよそ三メートルは下らない。

 そして、全身を覆う鎧のような筋肉質な巨体と着物から見える肌の所々に目につく大量の古傷。

 一体、どのような人生を送ってきた者がこのような風貌になるのか見当もつかない。

 

「驚かせたようですまんな、少年。お前も慧音殿の天体観測の授業に参加しに来たのか?」

「え、あ、はい。そうです。あの、あなたは……?」

「うむ、私は自警団より派遣された者だ。一応里内とはいえ、大分ここは人気が少ないからな。念のための警護だ」

「あ、自警団の人だったんですね、良かった。俺もてっきり妖怪かと」

「ハハハハ! お互い同じ勘違いをしていたようだな! まぁ、何事も無くて良かった」

「ええ、全く」

 

 この威圧感たっぷりの外見からは想像もつかない程に話し易い男だった。

 同じ自警団員という事もあり、話が合い、その場で二人は腰を据えて色々と話を始めた。

 

「――いや、それはたまげたな!」

「はい、本当に!」

 

 ひとしきり盛り上がった後、蓮一は男に尋ねる。

 

「あの、星が好きなんですか?」

「む。何故そう思う?」

「だって、さっきから上の方に視線を向けて話しているから」

「おっと、それは無礼であったな、すまん。お前の言う通り私は星座が好きでな、特にあの星座が好きだな。見えるか? 南南西の空、H型にならぶ星が」

「ああ、あれですか?」

「うむ」

 

 男は空を指差して蓮一にどこの星を言っているのかを示す。蓮一もすぐに彼の指す星を見つける。確かにH型、もしくは逆さにしたKにも見えるような星の並びがある。

 あれが男の好きな星座なのだろう。

 

「あれは、ヘラクレス座という星座だ。外の世界の伝説に出て来る英雄の名を冠しているらしい。さらに沈みゆく西の空には彼が倒したという獅子、蟹、海蛇の怪物達を模した星座がある。星座となっても尚怪物達はまるでヘラクレスから逃げるよう動いているのだな」

「へぇ、面白いですね。どこでそんな事を知ったんですか? それに何でヘラクレス座が好きなんです? あっちの方には彦星や織姫がいるのに?」

「ああ、それは簡単だ。私は――――」

「おーい! 蓮一! 帰って来なさい! 夜食皆で食べましょうー!」

 

 男の言葉を遮って、師匠の声が後ろから響く。後ろには師匠だけでなく、高天原の皆や霊夢も蓮一の方を見ている。

 蓮一は名残惜しそうに立ち上がると、男に提案する。

 

「そうだ、是非一緒に夜食食べませんか? 美味しいですよ!」

「うむ、少年よ、その気持ちだけで十分だ。私は警護の途中なのでな。もう少し辺りを見回ってから頂こう。さぁ、皆が待っているぞ、行ってやれ」

「でも……」

「なぁに、同じ自警団なのだ。きっとどこかでまた会いまみえる事もあるだろう。その時はまた共に語らおう」

「はい!」

 

 蓮一は男に会釈をすると、急いで師匠達の待つ場所へと駆けて行った。

 男もまた立ち上がると、蓮一の背中を見送りながら逆の方向へと歩いて行く。

 

「ふう、これが見つからなくて良かった」

 

 少し歩いた所に布を被せてある、大きな岩のような大きさの何かがあった。男はその布を取り払う。

 そこにあったのは何かの物資ではない。意識を失い、戦闘不能と化した妖怪達で積み上げられた山であった。

 

「やはり、妖怪が寄って来ていたな。だが、もう心配は無い筈だ。これで慧音殿も安心して授業ができるだろう」

「カーッ、全く、相変わらずその見かけに似合わず優しい奴だねぇ、おめぇは」

「む? その声、クーフーリンか」

 

 突然、少し離れた所から一人の男が現れる。男は筋肉質な身体をしており、特徴的なのは異様な気を放つ長槍をその肩に背負っている点だ。

 クーフーリンと呼ばれた男は後ろに視線をやって言う。

 

「おいおい、俺だけじゃないぜぇ?」

「む? なんと、全員で迎えとはなんとも感慨深いな」

 

 クーフーリンの言葉と同時に、さらに闇から六人の人間が現れる。鎧を纏ったもの、武器を持っている者、無手の者。

 それぞれ様々ではあるが、皆ただものではない気を放っている。

 

「貴方も私達の大切な仲間ですから。迎え位は当然です」

「ラーララ~、友情のリズム! 曲が、曲が浮かんできましたぁぁぁ! しかし、この暗さでは書けないッ!」

「ジークフリートの旦那、少し静かに頼む。妖怪がまた集まってきちまうだろう?」

「ま、それでも僕達に負けなんてありえないけどね」

「これで頭数はそろったな」

「ああ、悪いな。早々に『外』で仕事が入った。君の力も借りたい、自警団第二武長『ヘラクレス』」

「……無論、是非もない。他ならぬお前の頼みだ、自警団第一武長『アーサー』」

 

 一際煌めく、黄金の鎧に全身を包んだアーサーと呼ばれた男は他七人の武長達を一瞥すると、マントを翻し、先導を始める。

 それに皆何も言わず、従いついていく。

 

「さぁ、自警団八武長。今宵も里に害為す妖怪共を討ち払うぞ」

 




ちょっと忘れかけていた慧音先生の課外授業回を半ば無理矢理に組み込みました。
次回はまた新展開に移って行こうと思います。
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