東方史上最強の弟子 レンイチ   作:浜栲なだめ

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先週は投稿できず、本当に申し訳ありませんでした。
ちょっとノーパソが壊れてしまって執筆活動が遅れてしまいました。
今週からまた再開致しますので今後ともよろしくお願い致します。

さて、今回からまた新展開が始まっていきます。
個人的には『自警団八武長編』の中での『拳鬼編』といったところです。
本当は章管理で反映したい所ではありますが、ややこしくなるのでやめておきます。


第十九話「拳鬼」

「え? 伍番エリア? 俺がですか?」

「その通りだ。頼めるかな?」

 

 天体観測が終わってから週が明けた、その月曜の朝。

 朝の集会が終わった後に蓮一は辻秋に呼び止められた。

 

「伍番エリアと言えば、確か貧困街のあるエリアですよね?」

 

 この人里は上から見ればおおよそ巨大な円形をした構造を取っている。

 そして、そのエリア分割は中心部から半径2、3km程の円形範囲を壱番エリアとし、さらにその半径を3、4km伸ばした壱番エリアを大きく囲む円形範囲から壱番エリアを差し引いたドーナツ状の範囲を弐番エリアとしている。

 それが大小様々で五つ程あり、数字が小さければ小さい程里の中心に近く、妖怪などの外敵から守られる安全な地帯となり、逆に数字が大きければ里の外周に近づき、妖怪に襲われる可能性も僅かながら上がる。

 里の外にさえ出なければ妖怪に人間が襲われる事は現状ないため、あくまで可能性だけの話に留まるが。

 それでもやはり、中心部には富裕層や人里内における権力者達が集まり、外周に近づく程貧困層の集まる地帯となっていく。

 最外殻の伍番エリアなど壱番と比べるととんでもない生活の差で、壱番には立派で煌びやかな屋敷が立ち並ぶ中、伍番には屋敷など一切なく、いくつも立ち並ぶ巨大な長屋で三十か四十人が押し詰められて窮屈に生活をする姿が見える。

 そして、何より伍番エリアには貧困街、詰まる所『スラム街』が存在している。規模としてはエリア内の5%を占める程度ではあるが、その無法地帯ぶりは最近大きく問題に上がっており、徐々に被害が増えてきているという。

 

「蓮一君にはそのスラム街の調査をお願いしたいんだ」

「え……」

 

 正直、蓮一は快諾できなかった。

 スラム街は前述した通りの無法地帯。そんな中に進んで調査に行きたがる者などまずいない。

 それに、蓮一は今までに一度もスラム街には立ち入った事がない。土地勘のない今の状況でそんな場所に入って果たして無事で帰れるのか心配でならなかった。

 

「いや、勿論、君一人ではないよ。今回の任務は少し事が大きくてね、八武長を二人、既に現地に向かわせている」

「え!? 八武長!? しかも二人!?」

 

 妖怪を霊力なしで倒す程の力を持つ八武長。それが二人もそのスラム街調査のために割かれている現状。

 それがどれ程の意味を持つか、蓮一にもわかる。

 

「もしかして、以前話していた不良グループの問題ですか?」

「察しがいいね。そう、先日、とうとう自警団の団員に被害が出た。場合によっては武力制圧も必要になるかもしれない。だからまずは不良グループを調査して、奴らの意図を探ろうと思う」

「という事はその不良グループの本拠地がスラム街にあるって事ですか」

「まぁ、そういう事だね。危険を伴うから生半可な者には頼めない。高天原で日々鍛練を積んでいる君の実力を買っての話だが、受けてはくれないかな?」

 

 言い方がずるい、そう蓮一は思った。

 辻秋がその実力を評価し、しかも高天原の話まで出せば、蓮一は断れないと分かっての発言だろう。

 武人は自身の実力を誇示してはならない。それは傲慢であり、武人としての本来の在り方を見失っている証拠だからである。

 武人は自身の実力を卑下してはならない。それは今まで積んだ武の研鑽に対する愚弄であり、同時に自身の師を蔑ろにする行為だからである。

 霖之助の言葉だ。

 今回は後者に該当する。ここで辻秋の提案を断る事はすなわち自分の実力を卑下する事になる。そして、しいては高天原での日々の修行や師匠達をも卑下する事になってしまう。

 それはできない。高天原の一番弟子として、自分の師の名誉を守る事もまた義務である。

 

「わかりました。行きましょう」

「有難う。あ、後八武長二人の他にもう一人案内役として手練れの者を付けてあるから、その子と一緒にスラム街まで行ってね」

「もう一人?」

「――あ、あのぉ……」

 

 不意に、声をかけられ、蓮一は驚いて声の方向に振り向く。

 すぐ後ろに同年代位の女の子がいた。

 黒髪のポニーテールのその少女は気弱そうな表情をして上目遣いで蓮一を伺い見ており、とても自警団の人間には見えない。

 きっと何か自警団に依頼をしに来た里の住民だろうと判断し、蓮一は対応を始める。

 

「あ、すいません。何かご用ですか?」

「え、いや、その、団長さんに呼び出されてきたんですけれど……」

「え?」

「あー、蓮一君。彼女が君の案内役だ」

「じ、自警団ジャンヌ隊所属、小夜(さよ)といいます。よ、よろしくお願いします!」

 

 緊張しているのか、何度もどもりながら、彼女は自己紹介を終えた。

 そして、蓮一はその場でしばらく固まっていた。

 

「じゃ、後は頼んだよ。合流地点は彼女に伝えてあるから」

「え? 辻秋さん!?」

「じ、じゃあ、行きましょうか! 蓮一君! ――ぐえぁ!」

 

 張り切って踏み出した第一歩。小夜は何もない所で見事につんのめり、顔から転倒した。

 蓮一はそんな彼女の姿を見て冷や汗が隠し切れない。

 

「あ、あははは……じゃあ、行きましょうか……はは」

「……不安だ」

 

 

「それにしても、八武長管轄の隊なんてあったんですね。それに女性の団員を見たのもジャンヌダルクさん以外では初めてですよ」

「あ、そっか、あなたはあの時ほとんど気絶してたから……よかった……」

「え? 何の話です?」

「こ、こっちの話です!」

 

 実際には蓮一は以前、ジャンヌ隊にも小夜にも出会ってはいるが、あの時は気絶から目を覚ましたばかりの半覚醒状態だったのでよく覚えていないのだろう。

 最初、小夜はあの時幽香に常時怯えっぱなしであった自分を蓮一に覚えられている負い目でかなり下に出ていたが、当の本人が自分の事を覚えていない、あの時の惨めな姿を知らないというのなら話は別だ。

 むしろ蓮一より先輩である自分はもっとリードしていくように立ち振る舞うべきだろう。

 小夜は改めて気合を入れ直した。

 

「それで、確かスラム街で八武長二人と合流するんですよね? 誰が待ってるんですか?」

「あ、えーと、確か第七武長『ジークフリート』様と第三武長『ベオウルフ』様です」

「なんだかジャンヌダルクといいジークフリートといい、ベオウルフといい、八武長って西洋風の名前が多いですよね」

「ああ、別に本名じゃないんですよ。団長が各々の戦い方とかを見て名前を付けられるんです。何でも外の世界の英雄の名前を冠しているとか」

「へぇー、そうなんですか」

 

 外の世界の英雄、と聞いて蓮一は天体観測の時に聞いた話を思い出す。

 確かあの時の星座はヘラクレスという英雄を模したものだった。もしかしたら八武長にも同じ者がいたりするのだろうか。

 

「あ、あの、ところで、蓮一さんは確かあの高天原っていう道場で修行をなさっているんですよね?」

「え? はい、そうですけど」

「あの……風見幽香は、いや、幽香さんは何か言ってませんでしたか?」

「え? 何か?」

「いや、例えば『あの口答えした人間、必ず殺してやる』とか『あの調子に乗った女はどういたぶって殺そうかしら』とか……」

「幽香師匠と何があったんですか!?」

「い、いえ!? な、何も、なかったですよ!?」

「その反応間違いなく何かありましたよね!? ……まぁ、別にそんな事は言ってませんでしたし、幽香師匠は別に小さい事を気にするような人じゃないですし、多分大丈夫だと思いますけど」

「そ、そうですか……よかったぁ」

 

 とても安心したように小夜は胸を撫で下ろす。

 一体、何をしたのか蓮一は非常に気になったが、既に泣きそうな表情になっていたのでそれ以上の追求はする気にはなれなかった。

 そうしてしばらく雑談をしながら歩いている内に、いよいよ目的地であるスラム街、その入り口に二人は来た。

 

「ここが、スラム街ですか……」

「あ、蓮一さん、大丈夫だとは思いますけど金目の物とか持ち歩いてませんよね?」

「え? ああ、はい。むしろ何も持っていない位で」

「じゃ、大丈夫ですね。ここはお金とか高価な物とか持って入ったら必ず袋叩きに遭いますから、この身一つで入るのが一番いいんですよ」

「あの、小夜さんは大丈夫なんですか?」

「え? 私は勿論大丈夫ですよ」

「いや、そうじゃなくて……見た所武器とかも持ってなさそうだし、女の子が入るのは危ないんじゃ?」

 

 それを聞くと、小夜はまるで珍獣でもみるかのような驚いた顔でしばらく蓮一を見つめていた。

 しかし、しばらくするとムッとした表情になり、頬を膨らませながら蓮一に詰め寄る。

 

「それは私が弱いって言いたいんですか!? 悪いけど私、これでも隊の中ではジャンヌ様に次ぐ実力ですし、あなたよりも場数は踏んでます! はっきり言って私はあなたよりも強いです! だから余計な心配は無用です!」

「え? あ、いや、そんなつもりじゃ……」

「そんなつもりじゃなくとも私にはそういう風に聞こえたんです!」

「ご、ごめんなさい」

「わかればいいんですよ、わかれば」

 

 突然の小夜の剣幕に圧倒され、蓮一は思わず頭を下げてしまう。何か、彼女の気に障るような事を言ってしまったようだ。

 蓮一も多少反論したい点はあったが、この場では抑える事にした。これ以上仲違いして良い事などないし、何よりこれから無法地帯であるスラム街に入っていくのだ。

 今優先すべき事は別にある。

 

「じゃあ、早速入りましょう」

「ええ、ここからは気を抜かないでください、いつ何が起こってもおかしくないですから」

 

 二人は気を張り詰めながらスラム街へと入って行った。

 スラム街の中に一歩入った途端、空気が変わる。下水を何十倍にも濃縮したような匂い、ギラギラとまるで野生の動物のように敵対心を剥き出しにしている人々、そして目の前で当然のように行われる暴行、窃盗。

 さっきまで立っていた伍番エリアではない。伍番エリアの中にあるというだけで、そこは完全に別世界。これ以上なく淀み切った、腐りきった空気、それがこのスラム街全体を覆っていた。

 

「さぁ、行きましょう」

「あの、目の前で子供が……殴られてます。大人数人に」

 

 蓮一は少し先を指差して言う。そこでは年端もいかぬ小さな男の子が酔っ払い数人の中年男性達に囲まれ、袋叩きにされていた。

 しかし、それを小夜は少し目を向けるだけですぐに踵を返し、歩を進める。

 蓮一はその態度に怒りを覚え、彼女の肩を掴み、その歩を強引に止める。

 

「小夜さん! 俺達自警団の仕事は里の人々を守る事でもあるんですよ!?」

「……そんなのここでは日常茶飯事ですよ?」

「――ッ!?」

 

 振り向いた彼女の目を見て蓮一は身震いした。きっとその震えは肩を掴む手を伝わり小夜にも届いただろう。

 あまりにもさっきまでの頼りなく、温厚な彼女とは程遠い、彼女の瞳はまるでドブのように光の差さぬ闇に包まれていた。

 そして、そこから発せられる静かな殺気。小夜の豹変に蓮一はそれ以上何も言えず手を離してしまった。

 

スラム(ここ)で窃盗、暴行、殺人とかを見かける度に取り締まっていたらここの住民全てを捕まえる事になりますよ? 確かにあなたの言う通り自警団の仕事は里に住む人々を守る事。でも、ここでもその常識を当てはめてたら、死にますよ?」

「…………」

「ま、ここは里の中だと思わない方がいいです。取り敢えずあなたは私から離れない事だけ考えてください」

 

 蓮一は何も反論できなかった。ただ、ここでは、スラム街の中に居る間は小夜に従った方がいい。そう直感した。

 そして、それから無言のまま歩き続ける時間が長い事続いた。時折スラムの住民から発せられる殺気に辺りを警戒してもいたが、今の状況はそれすら集中できない程に何とも言えぬ気まずさに溢れていた。

 

「……私は、スラムで育ったんですよ」

 

 しばらく無言のまま歩いていると、突然小夜はポツリと口を開いた。

 蓮一は何も答えない。ただ彼女の後をついていくだけである。

 

「結構、多いんですよ。私みたいに貧困層から自警団に志願する人。何せ自警団に入ればある程度の支給金と下宿が保証されますから。私みたいな底辺層の人間が成り上がるためには一番の近道なんですよ」

「…………」

「だから、その、今まで私は自警団に入るため強さに固執していました。何せスラム出身者なんてそれだけで害虫扱いですから。自警団入りを認めさせるだけの確実な実力が必要だったんです」

「……だから、さっきあそこまで怒っていたんですね」

 

 何故、蓮一の先刻の台詞に対し、小夜は弱い、強いという問題を挙げたのか。彼女にとってはそれが全てなのだ。

 さっきの台詞が自分の身を案じる言葉に聞こえなかったのは、それ以上に強さに執着しているから。全てをそれに繋げて考える程に、『強さ』が彼女に深く根付いている概念であるからに他ならない。

 

「だから、さっきはすみませんでした。あの時は私の身を案じてああ言ってくれたんですよね。その厚意を無下にして、私は先輩失格ですね」

「いえ、気にしてませんよ。あの時は俺の方も失礼でしたし。辻秋さんからあなたの実力は保証されていたのに、俺はそれを疑った」

「じゃあ、おあいこという事で」

「そうですね、そうしましょう」

 

 小さく、二人の笑い声がこだまする。

 さっきまで張りつめていた二人の空気が和らぎを帯び、ようやく打ち解けてきた、そう二人が感じた時。

 まるでその一瞬の気の緩みを狙い澄ましたかのように、それは始まった。

 

「――! 蓮一さん! 危ない!」

「え?」

 

 何かが上から降って来たかと思うと、それは地面に落ちた瞬間にボンッという爆発音と共に、大量の煙をまき散らした。

 周りが灰色の煙で覆われ、何も見えない。すぐ近くで小夜が蓮一を呼ぶ声がするが、姿が見えないため、声の方向を頼りに手さぐりで進むしかない。

 しかし、不意に蓮一は強烈な悪寒と凶兆を感じ取り、その場から後ろに飛び上がり離れる。

 その直後、蓮一が居た場所にサングラスをかけた巨体の男が全速力で突進してきた。

 一瞬、判断が遅れれば恐らくあのタックルをもろに喰らい、最悪意識を失っていた所であった。

 

「へぇ、今のを躱すとはやるじゃねぇか! でも、今更足掻いてももう遅いぜ。おい、ヤス!」

「はいよぉ!」

「ムグッ!?」

 

 突然、今度は視界が闇に包まれる。恐らくは皮袋を被せられたのだ。

 後ろから縛り上げられる感覚と共に数人が蓮一の近くへ集まっていく気配を感じる。

 

「迂闊だった……敵は一人じゃなかった……!」

「れ、蓮一さん! どこですか!? 返事をしてください!」

「さ、小夜さん……!」

 

 蓮一も声を上げようとするが、皮袋を被せられた状態では上手く喋れない。

 何とか脱出しようともがいていると、突然腹部に鈍い痛みが走る。鳩尾に拳が叩き込まれた感覚であった。

 激痛に声も上げられない。そして、二撃目、がら空きの頭部に鉄パイプか何かで殴られたような強い衝撃が走り、脳が揺らされる。

 そして、そのまま蓮一の意識は闇へと落ちて行った。

 

「悪りぃな、こんな手荒な真似はしたくなかったんだが、お前、こうでもしないと暴れそうだったからよ。連れて行くぞ」

「はい!」

「く……そ……」

 

 ようやく煙が晴れ、小夜が辺りを見回して蓮一の所在を確認する。

 しかし、周りには蓮一は愚か、人一人すら見当たらなかった。スラム街の中一人、小夜だけが取り残された状況だった。

 

「れ、蓮一さん……どうしよう……わ、私のせいで……!」

 

 

 目覚めた時、そこは蓮一の全く知らない場所であった。

 ベッドに寝ているのはわかったが、一体どこのベッドなのかわからない。現在、見知らぬ家屋のベッドで寝ているらしい事を蓮一は確認して、ゆっくりと起き上がる。

 

「ッ!」

 

 後頭部に鋭い痛みが走る。思わず頭を抑え、そこでようやく蓮一は自分の頭に巻かれている包帯に気付いた。

 

「……治療されてる。助けられたのか? 小夜さん?」

「悪いな、治療したのは僕さ」

「――!?」

 

 突然、後ろから声が聞こえたかと思うと、そこには長身の褐色肌の男が立っていた。

 長めの髪をオールバックにして後ろで一つ結びにして流しているその男は少し微笑むと欠けたマグカップを蓮一に手渡す。

 中には何か真っ黒な液体が湯気を立てていた。

 

「コーヒーっていうんだ。別に毒は入ってないから心配しなくていいじゃな~い」

「は、はぁ……」

 

 男はそう言って自分もひび割れたマグカップを持ってコーヒーを注ぎ、おいしそうにすする。

 よく周りを見渡せば建物は家屋と言えるのかも怪しいような酷い荒れ様で、窓は割れ、壁や床には大きな亀裂が入っている。

 どうやらまだスラム街の中にいるらしい事を確認しながら、蓮一も試しに一口コーヒーを飲んで見る。

 口一杯に苦味が広がり、思わず吹き出しそうになる。

 苦さに顔をしかめる蓮一を見て男はさも愉快そうに笑った。

 

「はっはっは! まだこの味はわからないか! まだまだ君も子供じゃな~い」

「あの、ここはどこでしょう? 俺は、どうしてこんな所に……?」

「うん、ここはね――――」

 

 男はマグカップを一旦机に置いて、こちらを見て不敵な笑みを浮かべる。

 

「君達が調査しにきた不良グループ、その本拠地じゃな~い」

「なッ!?」

「皆、入ってきていいよ」

 

 男のその声と共にぞろぞろとドアから大人数の青年や少年が入ってきた。皆一様に荒れた風貌をしている事からスラム街の住民達だろう。

 そして、その中には煙幕の中でタックルを仕掛けてきたサングラスの巨体の男の姿もあった。

 

「いや、僕の仲間が済まないね。あまり痛めつけないようには言っておいたんだけど、何せ加減を知らない奴らだから、どうか勘弁してくれ」

「お、お前達が不良グループ……!」

「そう、ようこそ、チーム墓吐武頭(ボトムズ)へ。僕は武村(たけむら)、一応このチームの頭をやらせてもらってる」

 

 笑って男はそう自己紹介した。

 咄嗟に蓮一はベッドから跳ね起き、臨戦態勢をとる。それを見て武村の後ろの他の不良グループ達もそれぞれ持っていた鉄パイプやナイフを構える。

 しかし、武村は右手でそれらを制した。

 

「まぁまぁ、そんなに警戒しないで欲しいじゃな~い、蓮一君」

「何で俺の名前を……?」

「君はもうちょっと自分が有名人である事を自覚するべきだね。あの博麗の巫女の弟子って言ったら否が応でも注目が集まるのは当然じゃな~い」

「……何で俺をここに連れてきたんだ?」

「いやね、ちょっとばかし――――」

「――!?」

「試したくなったのさッ!」

 

 不意に、武村の右腕が動く。

 鋭いジョブが彼から蓮一の顔面向けて繰り出されたのだ。紙一重の所で蓮一も身を翻してその拳を避け切る。

 耳のすぐ近くで拳が空を切る音が響いた。

 おそらく普段から師匠達の規格外の速さの攻撃を見慣れていなかったら間違いなく避けきれていなかった攻撃であっただろう。

 

「ヒュー、やるねぇ、今のを避けるかい!?」

「何のつもりだ!」

「いや、悪かったって。でも、やはり君は僕の見込んだ通りの実力の持ち主じゃな~い」

 

 口笛を吹きながら、激怒する蓮一に笑いながら武村は謝るが、その一切に反省が欠片も感じられない。

 

「うん、なぁ、蓮一君。君、僕らのチームに入らないかい?」

「はぁ?」

「君程の実力者なら歓迎だ。一緒に戦ってくれないか?」

「何のために?」

 

 蓮一がそう質問した途端、武村は突然押し黙り、しばらく沈黙が続いた。

 しかし、蓮一に向けて笑みをこぼすと、声のトーンを一つ低くし、彼は口を開いた。

 

「――――自警団を、潰すために」

「な!?」

 

 自警団を潰す。彼は確かにそう言い放った。

 一体どういうつもりなのか、蓮一には理解できない。

 何故里の防衛にこれまで貢献してきた自警団を潰そうと言うのか、そうした時一体どれ程の被害が及ぶのか考えて言っているのか、最初疑問に思ったが、武村の目を見てそれはないとすぐに悟った。

 彼は全てをわかった上で覚悟を決めている、そういう目をしていた。

 

「……武村さん、あなたが何を思って自警団を潰そうとしているのかは知らない。でも、俺はそれを聞いて仲間になるつもりも、はいそうですかと黙って見過ごす気もない!」

「ふーん、この数を相手に、ここで()ろうっていうのかい?」

「…………」

 

 蓮一は何も言わない。しかし、彼のとった構えが何より雄弁に語っていた。

 不良グループ達の総数はおおよそ30から40、一方、蓮一はただ一人、しかも治療を受けているとはいえ、後頭部を負傷。

 状況は圧倒的に不利。しかし、蓮一の目からは、その構えからは、溢れんばかりにほとばしる闘志が見て取れた。

 

「……やっぱり、君いいねぇ。本当に仲間にしたくなってきたじゃな~い」

「……フゥー――――」

「ならしょうがない、開戦だ」

「――ハッ!」

「ただし!」

 

 一瞬の出来事であった。最初に蓮一が踏み出し、右の正拳突きを武村向けて放った。

 しかし、先に相手の眼前に拳を届かせたのは蓮一の拳ではなく、武村の拳。

 まるで突然現れたかのような、神速の右ストレート。それは蓮一の眼前で見事に寸止めされ、蓮一はその拳に一切反応できず、そこで動きを止めているしかなかった。

 普通の組手であれば、武村の一本勝ちである。

 

「――ただし、だ。一つ、賭けをしようじゃないか」

「か、賭け……?」

 

 蓮一の眼前におかれた拳を突きだしたまま、武村は続ける。

 

「一対一だ。僕と君でサシで勝負しようじゃな~い。僕が負けたら潔くチームは解散し、自警団を潰す計画は破棄しよう。ただし、君が僕に負ければ、君は僕達のチームに入る。どうだい?」

「……それは、あなたが一方的に不利なだけじゃないか」

 

 ただでさえ今は多体一で武村が有利な状況なのだ。何故それをわざわざ一対一にしようとするのか。

 しかも、勝負の賭けもおかしい。蓮一は負ければ武村の仲間になる。しかし、武村は負ければこのチームと計画を失うのだ。明らかに釣り合っていない。

 いや、むしろこれは――――

 

「……ハンデ、のつもりですか?」

「いやいや、そんなつもりはないさ。この条件の代わりに勝負の形式は僕の提案したものに従ってもらうからね」

「勝負の形式?」

 

 蓮一が尋ねると、武村はポケットから白チョークと薄汚れた時計を取り出し、建物の外に出る。

 蓮一も黙ってついていくと、武村は地面に一辺7m半程の正方形を地面に描く。

 

「僕達はこの正方形のリングの中だけで闘う。勿論、この正方形から出た時点で負けさ。そして、勝負はラウンド制。1ラウンド三分間で一分休憩を3ラウンド繰り返す。そして、先に相手から三回ダウンを奪うか、ダウンしてスリーカウントを奪うかすれば勝ちさ」

「ダウン? ラウンド?」

「あー、わからないか。要はこの正方形内で僕達は三分間だけ闘う。その後一分間休憩してその後また三分間正方形の中で闘う。それを三回繰り返すのさ。相手を地につければその時点で1ダウン。ダウンしたら周りの奴らが(ワン)(ツー)(スリー)と数えるから、3を数え終わるまでに立ち上がらなきゃ負け。そうして3ダウンをとるか、3カウントをとるかすれば勝ちさ。念のため言っておくけど審判は公平に行わせるよ」

「……わかった、だが、あなたの踏んだリスクに見合ってるとは思えない」

「優しいね、いいんだよ敵の事なんて気にしなくて。それともこうハッキリ言った方が良いかい?何も問題は無い、負ける気しないから」

「……取り敢えず舐められている事はわかりました」

「ふ、良い目じゃな~い! さぁ、始めよう!」

 

 武村がそう声を上げ、着ていたボロボロのシャツを空高く脱ぎ捨てる。上着の下に隠れていた、鍛え上げられた、重厚な筋肉が姿を現す。

 

「うおおおおおおおおおおお!」

 

 その瞬間、周りの不良グループ達が盛大に歓声を上げる。

 武村が最初にリングに入っていき、人差し指で蓮一にも入ってくるよう挑発気味に示唆する。

 蓮一も沸々と闘志を燃やしながらリングの中へ入り、互いに向き合い、構えをとる。

 

「よし、ヤス! 審判は頼んだ!」

「あいよ、リーダー! それじゃ早速、このゴングが鳴り響いたら試合開始だ!」

 

 ヤスと呼ばれた丸眼鏡を掛けた少年が金属の塊のようなものにハンマーを打ちつける。

 カーンという音が鳴り響き、試合開始の合図が告げられ、同時に周りの不良達の歓声もより大きいものとなる。

 

「それじゃ、早速行かせてもらうじゃな~い!」

 

 先攻に打って出たのは武村の方だった。両手で固く拳を作り、腕を顔付近まで上げたその構えは蓮一が普段見慣れているものではない。

 誰に近いかと言われれば阿八のムエタイという武術の構えに似ている。

 あっという間に詰め寄ってくる武村を前に、攻撃が予測できず、後退しようと一歩後ずさるが、そこで足が止まる。

 既に蓮一の片足はリングの線を踏みかけている。これ以上後退すれば蓮一の負けだ。

 

「しまっ……!」

「ふ、ボクシングは初めてかいッ!?」

「ぐふぅッ……!」

 

 初撃、武村から放たれた右ストレートがノーガードだった蓮一の顎に直撃した。

 蓮一の視界が大きく揺れる。

 既に立っていられず膝をつき、最後には前のめりに倒れた。

 

「ダウーン! カウント!」

(ワン)!」

 

 不良達が声を揃えてカウントを始める。

 

「く、そ!」

(ツー)!」

「まだだぁぁぁ!」

「おっと、やっぱりまだこれじゃ倒れちゃくれないか」

 

 2カウントを取られた所で歯を食いしばりながら蓮一は立ち上がった。同時にカウントコールも止まる。

 

「ま、でもこれで1ダウンだ、後二回ダウンしたら僕の勝ちじゃな~い!」

再開(ファイト)!」

 

 ヤスの声から再度戦いが再開される。

 

――成程、このリングの形式、最初はあまり実感なかったけどかなり狭い! これはほとんど逃げ場のない戦いなんだ。だから後に回っているとみるみる追いつめられる! ここはこっちも正面から突っ込んでいくしかない!

 

「おおおおおお!」

「お! いい瞬発力じゃな~い! でも――――」

 

 戦いが再開されると同時に一気に蓮一は武村に突進し、拳を放つ。

 しかし、武村は後退しない。それどころかむしろ蓮一の方に向かって来る。

 

「まだまだ攻撃が単調過ぎて欠伸がでるじゃな~い!」

 

 蓮一の拳が武村の頬に掠る。しかし、そんな事微塵も気にしない。

 そのまま懐に潜り込んだ武村の拳が下から蓮一の顎を大きく突き上げる。

 

「が……はぁっ……!」

「ほらほら、君の実力はそんなものじゃないだろう?」

「ぐっ……!」

 

 頭を抑え、ふらつきながら後退する蓮一。

 まだ勝負開始から一分も経っていない。なのに、既に蓮一は倒れつつあり、一方で武村はピンピンしている。

 

「ほらほら、そっちが来ないんならこっちから行くよ!」

「くそ!」

 

 視界が揺れる中、容赦のないラッシュが蓮一に降り注ぐ。

 顎、鼻柱、こめかみ、腹、蓮一の身体中に容赦なく鋭い拳を浴びせ続ける。

 蓮一はろくにガードもできず、ほとんどサンドバッグ状態になっていた。

 

「1ラウンド目終了!」

 

 カーンという金属音と共に武村の拳が止まる。

 そのまま、何事もなかったかのように武村はリングを出て、さっき投げ捨てた上着で汗を拭う。

 

「ほら、蓮一君、休憩だ。一分後にまたリングの中で再開」

「ぐ……う……」

 

 蓮一は力なくリングの外に倒れた。

 呼吸が辛い。何度か肺を拳で強く圧迫されたからだろう。蓮一は体を上に向け、出来る限り体力が回復し易いよう仰向けになり、息を整える。

 幸い、鼻血は出ているものの、歯が折れていたり、内臓に深刻なダメージを負った様子はない。

 

「ふふ、大丈夫かい? 蓮一君? 今ギブアップしてもいいんだよ? 何せ僕とまともに打ち合って1ラウンド持つなんて中々できる事じゃないからね、誇っていいじゃな~い」

「……何を馬鹿な……!」

「いやいや、本当に。何せ、僕はかつて『拳鬼(けんき)』という名で通っていた賞金首でもあったからねぇ」

「――!?」

「一分、十秒前!」

「おっと、そろそろ時間だ。さぁ、続けると言うのならリングに上がりたまえ、蓮一君!」

 

 『拳鬼』という名前に聞き覚えはない。

 しかし、いままでの実力から武村という男が只者ではない事は明らかだ。

 蓮一は痛みに耐えつつ、リングに上がる。

 

「では、第2ラウンド、ファイッ!」

 

 再度金属音が響き、戦いが始まる。

 瞬間、このまま勝負を決めるつもりか、武村が間合いを詰めてくる。

 しかし、間合いを詰めた所で武村の動きが止まる。

 

「……なんだい、君。面白い事やってるじゃな~い?」

「フゥゥゥゥ……」

 

 制空圏もどき。蓮一が今やって見せているのはまさにそれであった。

 手を前に出し、境界線を作り出す。ここから先に入った者を問答無用に迎撃する境界線を。

 ここは狭いリングの中。通常の制空圏もどきでは補えない左右、後ろの死角に回り込まれ難い環境にある。今の状態の蓮一にほとんど隙は生まれない。

 それを直感的に察知し、武村は攻撃を止めた。

 しばらく、二人の間に硬直状態が訪れた。

 しかし、周りで見ている者には何が起こっているのか理解できない。

 

「いいね、面白いじゃなぁ~いッ!」

「ふっ……!」

 

 武村が間合いを詰め、ラッシュをかける。

 凄いスピードで両腕から様々な箇所に向けて拳が打たれるが、制空圏もどきにはさして関係は無い。

 元々、多対一に効率よく対処、反撃するために編み出した技なのだ。一対一で、しかも死角がリングによって埋められている今の状況なら攻撃を捌き切るのは容易い。

 さらに反撃する事も。

 

「ぐぅッ……!」

「今度は、こっちの番だ!」

 

 幽香に教わった技が上手く決まり、武村の顎に鶴頭が命中する。そのまま蓮一は畳み掛けるように攻撃を連打する。

 

「正拳突き! カウ・ロイ! 背負い投げぇぇぇ!」

「ぐおおおおお!?」

 

 見事に決まった三連撃により、武村は為す術なく地面に叩きつけられる。

 蓮一の突然の逆転に、不良達も驚嘆の声を上げ、静まり返っている。

 

「はぁ、はぁ……カウント!」

「あ、わ、(ワーン)!」

 

 審判がカウントを始める。武村は目を閉じたまま動かない。

 

(ツー)!」

 

 2カウント目が終わる。次のカウント内に起き上がって来なければ勝負が決まる。

 

(スリー)――――」

「――ッまだまだぁぁ!」

「うおおおおおおおおおおおおお!」

 

 三つ目のカウントが終わる直前、まるで稲妻にでも当たったかのように、武村は跳ね起き、立ち上がった。

 不良達もその復活に大歓声を上げる。

 

「はは、流石に今のは効いたよ、蓮一君。相当師匠の教えが良いと見えるじゃな~い?」

「あなたこそ、今のをもろに喰らって立ち上がるなんて随分頑丈だ」

「スラム育ちは鍛え方が違うんでね!」

 

 再開の合図が送られ、さっきと同様に武村が突進していく。

 蓮一も再び制空圏もどきを発動し、対処する。

 

「蓮一君、僕から1ダウン取った君に特別に見せてあげるじゃな~い。僕の『鬼拳(きけん)』を!」

 

 そう言って武村から放たれたのはただの右ストレート。今までと何も変わった様子はなく、むしろ速度は落ちている位であった。

 これで決められる。蓮一は右ストレートを打ち払い、間合いを詰めて攻撃態勢に入る。

 そして、武村の顔面向けて正拳突きを放つ――――が。

 

「ふ、やはり隙ができたじゃな~い!」

「なッ!」

 

 武村の顔面は蓮一の拳の目から消えていた。まるで蓮一の拳の下をくぐるように左に素早くステップを入れ、上体を横に反らし、拳を完全に躱して見せる。

 同時に蓮一は気付いた。今の瞬間、自分の制空圏もどきが解除されてしまっている事に。

 

「鬼拳『神便鬼毒拳(しんべんきどくけん)』!」

 

 制空圏もどきが解かれ、しかも攻撃を躱された無防備な状態の蓮一にその技を躱す術はなかった。

 蓮一の右側に踏み込み、上体のひねりと共に放たれた渾身の武村の左フックが蓮一の右脇腹を抉った。

 

「がッ……はァッ……!?」

 

 蓮一の呼吸が止まった。そして、身体中を走り抜ける激痛に、声すら上げられず、四つん這いになって倒れる。

 

「ダウーンッ! (ワン)! (ツー)!」

 

 痛みでカウントすら聞こえない。

 このままでは負けてしまう。立ち上がらなければならないが、身体が重い。

 立ち上がれない、負ける。蓮一が諦めかけたその時、それは起こった。

 

「スリ――――え?」

 

 今まで盛大に数えられていたカウントが突然、嘘のように止まった。

 蓮一が顔を上げると、皆一様に何故か上を見上げ、固まっている。蓮一も同じく上を見上げ、そこで皆が固まっている理由がわかった。

 

「……え? 人?」

「フォルテッシモォォォォォォォォォォォッ!」

 

 謎の叫び声と共にドガーンと爆発のような着地音を辺りに響かせ、丁度リングの真ん中を大きく抉りながら、西洋風の男が大量の砂埃の中から現れた。

 男は長いシルバーの髪を優雅にはためかせ、羽根つき帽を取ると、両手を天高く上げ、声高らかに叫んだ。

 

「ジィィィクフリィィィトォォォォォォッ!」




次回更新は年明けになりますね。
読者の皆様今年は自分の二次創作にお付き合い頂き有難うございました。
また来年からも気合を入れて書き進めていくのでよろしくお願い致します。

それでは皆様良いお年を。
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