東方史上最強の弟子 レンイチ   作:浜栲なだめ

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遅ればせながら皆様明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い致します。

という事で新年の初投稿も無事に終える事ができました。

今年の目標はレンイチ「東方旧作の部」を無事に終了させる事です。
今までやっている東方旧作時代の話は大体大筋が纏まっているので、後は読者の皆様をどれだけ楽しめる展開に書き上げられるか、ですね。

まぁ、それ以前に連載を継続させるというのも一つの目標ですが。

今年の終盤か来年にwin版に入れると自分としてはベストです。
(勿論確定ではありませんが)

とにかく、まずは今を全力で書かせて頂きたいと思っています!


第二十話「不死身の男」

「ジィィィクフリィィィトォォォォォォッ!」

 

 謎の叫び声と共に突然現れた、というか降ってきた男に一同は口を半開きにして放心状態になっていた。

 数秒の後、不良の一人が我に返り、慌てて怒号を上げる。

 

「て、テメェ! 急に出てきて……いや、降ってきやがって、な、何者だコラァ!」

「ラ~ララ~! 今のスカイダイビングッ! 新しいメロディーが浮かんできそうです! ラララ~!」

「聞けぇぇぇぇッ!」

 

 不良の声など聞こえていないかのように、男は懐からメモ帳とペンを取り出すと、歌いながら何かをメモし始める。

 その自由奔放な様にようやく全員が我に返り、武村が男の元へと歩み寄っていく。

 

「なぁ、ちょっといいかい?」

「ラ~ララ~。そうッ! ここはまだメゾ・ピアノ! そして、ここから――――」

「……おい」

「――ムグッ!?」

 

 武村は一向に自分の言葉に反応しない西洋風の男に痺れを切らしたのか、突然右ストレートを男の顔面めがけて打ち込む。

 何かを書き綴るのに集中していた男に武村の拳を避けられる筈もなく、鋭いストレートが彼のこめかみ辺りに直撃し、男は小さく悲鳴を上げて倒れる。

 誰もが完全に気を失ったと思っていた。

 しかし、小さく唸り声を上げたかと思うと、数秒とたたずに、男はパンチを受けたこめかみを手で押さえて何事もなかったかのように起き上がってくる。

 そして、ようやくすぐ隣にいる武村の方に視線を送る。

 その次の瞬間――――

 

「……あなた、殺しますよ?」

「――ッ!?」

 

 さっきまでのどこかとぼけたような態度から一変、男からどす黒い負の感情と共に殺気が溢れ出してくる。

 思わず武村も瞬時に後退し、距離を取ってから構えをとる。

 

「音楽とは繊細なのです。ものの数秒、何かに気を取られただけで掴みかけたメロディーが跡形もなく消えてしまう事などしばしば。だから、私の作曲の邪魔をする者は何人たりとも許しません」

「おいおい、それはこっちの台詞じゃな~い。いい感じに盛り上がっていた僕と蓮一君の勝負に水を差してくれちゃって……許さないのは僕の方も同じじゃな~い」

 

 周りの不良達が委縮してしまう程の殺気を放つ西洋風の男に一歩も退かず、武村もまた鋭い殺気を放ち始める。

 武村の顔にはまだ笑みが残っているだけに、余計に恐ろしい。

 このまま一触即発するのでは、と蓮一は身構えるが、思わぬタイミングで西洋風の男の方から殺気が消え失せる。

 

「……ん? 『蓮一』? どこかでそんな名前を…………アアアアアアアアッ!」

「うわッ! ビックリしたぁ! 急にどうしたんだい!?」

 

 西洋風の男は何かを思い出したかのように突然大声を上げると、辺りをキョロキョロと見回し始め、よろめきながら立っている蓮一の方を見て、目をこれでもかと言う位に見開き、指差す。

 

「も、もしかして、貴方が蓮一(うじ)ですか!?」

「え? はい……そうですけど?」

「オオオオオオッ! 貴方がッ!」

「いちいち大声を上げないで欲しいじゃな~い! 耳がキンキンするッ!」

「そう! 私は貴方を助けに来たのです、蓮一氏!」

「俺を助けにって、あなたは一体……?」

 

 蓮一がそう尋ねると、男は羽根つき帽を外し、優雅に頭を下げて自己紹介を始める。

 

「これは申し遅れました。私は音楽家にして自警団八武長の一角に名を連ねる一人ッ! 第七武長ジークフリートという者です」

「なッ!? 貴方が八武長の一人!?」

「その通り~、ラララ~」

「……自警団八武長、だと?」

 

 驚く蓮一のすぐ横で、武村の目が鋭くなる。

 武村は何回かその場で軽くステップを踏むと、急にジークフリートの方に間合いを詰め、ジョブを放つ。

 

「おっと、危ない!」

「自警団最強の八人と名高い自警団八武長か。お目にかかるのは初めてじゃな~い。ここでお前を倒せば僕の野望の成就にも近づくじゃな~い!」

「……何を仰っているのかよくわかりませんが……いいでしょう、殴りたいと言うのならさぁ、な~ぐり~なさ~~い!」

「え!? ちょ、ジークフリートさん!?」

 

 ジークフリートは鼻歌を歌いながら、両腕を上げ、向かって来る武村を受け入れるようにその場に棒立ちになってしまう。

 武村のパンチ力をその身を持って知っている蓮一にはそれがどれ程無謀な行為かすぐにわかる。

 ジークフリートに避けるよう叫ぶが、聞こえていないのか、それとも聞こえていて無視しているのか、彼はその棒立ち状態をやめようとしない。

 武村はそれを見て笑うと、構わずジークフリートに渾身の拳を放つ。

 

「それじゃ、遠慮なくッ!」

「ラ~ラララ~」

「ボロパンチ!」

「――グッ!」

 

 武村は右腕を後方に一回転させ、その遠心力で拳のスピード、威力を底上げしたアッパー、通称ボロパンチを無防備に歌っているジークフリートの顎に容赦なく叩きつける。

 余りの破壊力に、ジークフリートは地面から数センチ浮かび、そして力なく地面へと伏してしまう。

 

「じ、ジークフリートさん!」

「…………」

 

 武村は何も言わない。ただ、ジークフリートに叩きつけた右拳を見つめ黙っている。

 蓮一が急いでジークフリートに駆け寄る。

 しかし、蓮一にも、そして周りで見ていた不良達にも結果は分かっている。

 絶対的な一発KO。それだけの拳を彼は撃ち込まれていた。もう、ジークフリートは起き上がってこない。誰もがそう思っていたその時、彼の指がピクリと動いた。

 

アニッ……マァァァァトォォオ(元気に生き生きと)!」

「なっ、なんだとぉぉぉ!?」

 

 謎の言語を叫びながらジークフリートは何事もなかったかのように立ち上がり、また歌い始めた。

 周りの不良達と蓮一は揃って驚愕の声を上げる。

 先刻の武村のボロパンチは明らかにクリーンヒットしていた。しかも、ジークフリート本人には回避行動や防御行動と言ったものは一切見受けられなかった。

 何故、彼が目の前で生き生きと歌っていられるのか不思議でならない。

 ただ一人、武村だけが何か納得したような表情をしていた。

 

「私は第七武長ジークフリート! またの名を『不死身の作曲家』ジークフリート! 残念ですが私に一切の攻撃は通用しません! ラララ~~!」

「ふ、不死身だとぉぉ!?」

 

 再度、不良達と蓮一の声が重なる。

 不死身、そんな人間がこの幻想郷にいるのだろうか。しかし、現に目の前のジークフリートという男はあれだけの攻撃を喰らってまるでダメージを受けていない。

 不死身、信じられなくてもこの場の全員がそう認めざるを得なくなっていた。

 ただ一人、武村を除いては。

 

「ハッハッハッハッ! 不死身? 不死身だって? ア~ハハハハハ!」

「……何が可笑しいのです?」

「それはもう、たまらなく可笑しいじゃな~い! 不死身なんて言葉を使うのは、僕の本気の拳を喰らってから言って欲しいじゃな~い!」

「成程、まだ上の攻撃があると! よろしい! さぁ、貴方の本気、私にぶつけてごらんなさ~い!」

 

 またジークフリートは手を上げて、棒立ちで武村の攻撃を無防備に待つ。

 同時に武村の周囲の空気が急変する。それは、気。今までにない程の禍々しく巨大な気が彼の周囲を乱気流のように吹き荒れ始めた。

さらに、今までの腕を顔近くに構え、小刻みにステップを踏む武村の戦闘スタイルも一変し、腰を低く、地に根を張るように足を付け、両の拳を腰の真横に引く。

 

「コォォォォ――――」

「ラ~ラララ~、いいですよ! 貴方の殺気、そしてその両拳に内包されたこれまでになく巨大な『動の気』! これが貴方の本気! これは、良いメロディーが浮かんできそうです!」

「――先に言っておく。今までこの技を喰らって立ち上がった者は愚か、生きていた者すら一人としていない。覚悟はいいじゃな~い?」

「不死身である私にそのような覚悟など不用! さぁ、打ってきなさい!」

「じゃあ、遠慮なく――――」

 

 瞬間、まるで武村を中心に突風が吹いたかのように、蓮一と不良達は体が飛ばされそうになる感覚を覚える。

 蓮一は以前にもこれに似た感覚を感じた事がある。

 

――これは、幽香師匠の『睨み倒し』と同等レベルの、強烈な気当たり!? いや、何か違う!?

 

 何か武村の発するそれは幽香が睨み倒しの時に発している気とはどこか違う。もっと荒々しく、攻撃的で獰猛な気。

しかも、これはあくまで技の前兆。技のために気を練り込んでいる段階。武村が技を放った時にはこの練られた気が何倍にも膨張し、爆発するのだ。

 どうやら武村が言っていた事は本当のようである。

 この技をまともに受ければ確実に死は免れない。

 

「鬼拳『三歩必(さんぽひっ)――――」

「そこまでだッ!」

 

 突如、どこからか男の声が響いたかと思うと、蓮一の前方に見えていた木造の廃墟が突如吹き飛ぶ。

 まるで爆発か何かのように木片が飛び散り、その場の全員の視線が集中する。

 木屑や埃が砂埃と共に舞い散る中、最初に現れたのは華奢な少女の体躯であった。

 

「れ、蓮一さん! 無事ですか!?」

「小夜さん!」

 

 現れたのはさっきはぐれた小夜であった。

 どうやらかなり必死にあちこちを探し回ってくれたのか、服は汚れ、あちこち釘に引っかけたのか何か所もほつれている。

 小夜は蓮一の姿を見ると、心底安心したような表情を見せ駆け寄っていくが、その肩を砂埃の中からがっしりとした腕が掴み、制止する。

 

「まて、まだ彼は敵陣の中にある。迂闊に飛び込むな」

 

 姿を現したのは、まるで全身が筋肉で包まれたかのような金髪の男であった。筋肉の鎧と言ってもいいだろう。

 おそらく、さっき声を上げたのも、あの廃墟を跡形もなく粉々にしたのも彼だろう。

 明らかに強者特有の気を感じる上、それはおそらくジークフリートと同等かそれ以上だ。

 おそらくあの男が合流する予定であったもう一人の八武長、『ベオウルフ』。蓮一はそう確信した。

 

「双方、聞けぇ! お前達のその勝負、この第三武長ベオウルフが預かる!」

「ベオウルフ氏! 貴方のせいで折角掴みかけたメロディーを逃してしまいました……殺しますよ!」

「やかましい! ジークフリート、貴様は小夜殿と合流してから一瞬ではぐれおって! 俺達がどれだけ必死で探し回ったと思っている!」

「……小夜、だと?」

 

 ジークフリートとベオウルフが口論を始める中、さっきまでの構えを完全に解いた武村の視線は今度こそ蓮一の元に駆け寄る小夜に向けられていた。

 小夜もその視線に気付いたのか、武村の方を見ると、蓮一を守るように前に立ち、睨み付ける。

 

「……まさか、お前がスラム(ここ)に帰ってくるとはね。しかも、自警団の犬として」

「……兄さん」

 

 その瞬間、周りにどよめきが生じる。

 蓮一も傍目で聞いていて驚いていた。小夜がこのスラム街出身である事は知っていたが、まさか武村と、拳鬼と兄妹関係だとは思いもしなかった。

 しかし、どうやら感動の再会という訳でもないらしい。武村はともかく、小夜の殺気が異常だ。明らかに兄に向ける類のものではない。

 そして、さらに異常なのはその小夜からの殺気を感じて武村は少しも悲しげな様子を見せない所か、むしろそれに呼応して闘気を発している点だ。

 まるで戦う事が当たり前のような空気。それが二人の間に渦巻いていた。

 

「兄妹の感動の再会を邪魔して悪いが俺達は早々にここを立ち去らせてもらう」

「残念ながらここまでのようですね」

 

 二人が互いに拳を固め、踏み込まんとする絶妙なタイミングで、その間に八武長二人が割って入る。

 それを見て小夜は我に返り、臨戦態勢を解き、武村はどこか残念そうな顔で拳を下ろして目の前のジークフリートとベオウルフを見て困った顔をして言う。

 

「君達の目的っていうのは、そこの蓮一君を連れて帰る事かい?」

「その通りです!」

「おいおい! そいつは無理だ! そこに居る蓮一は武村さんとの勝負に敗れて今日から俺達の仲間になるんだからよ!」

 

 今まで何も言わなかった不良達の中の一人が突然大声を上げて反論する。

 それに乗じて他の不良達も口々に騒ぎ始める。

 蓮一は下を向いて何も言わない。確かにあの時ジークフリートが落ちてきてうやむやにはなっていたが、蓮一は立ち上がれなかった。

 負け、と言われても蓮一は反論できない。

 

「ふふ、果たしてそうでしょうか?」

「何ィ!?」

「私もボクシングのルールについては知っていますし、貴方達の戦いも見させてもらっていました」

「え? あいつ、空から落ちてきたよな?」

「上空から戦いの様子を見てたって事か?」

「それは耳と目良すぎだろ? 人間じゃねぇよ!」

「いや、でもあいつそれ程人間らしくないぜ?」

 

 ジークフリートの言葉に不良達が困惑の声を上げ始める。

 ざわめきに混じって人間扱いをされていない旨の発言も聞こえてきたが、彼は意にも介さず続ける。

 

「確かに、蓮一さんはダウンし、カウントを取られた。しかし! 良く思い出してください、貴方達は(スリー)と数え終わっていない! 私の乱入に気を囚われてカウントをやめてしまっている! これはスリーカウントを取ったとは言えないのでは!?」

 

(ワン)! (ツー)! スリ――――え?』

 

 確かに思い出してみれば途中、とは言っても微妙な所ではあるが、一応言い終えてはいない。

 スリーカウントのコールは終わってはいない。

 

「って、そんなん屁理屈じゃねぇか!」

「そうだ! お前さえ来なければ明らかにあのままスリーカウント終わってたぜ!?」

「あの戦い、武村さんの勝利に揺るぎはねぇ!」

 

 不良達から口々にさらに反論が来る。

 流石に今まで涼しい顔で彼らの言葉を聞き流し続けていたジークフリートもこうなると若干冷や汗を流し、対応を考えあぐねている。

 しかし、それを制止したのは他でもない不良達の頭、武村の右手であった。

 

「……ははっ! アッハッハッハッハッハ!」

「た、武村さん?」

「確かに! 確かにそう言えば止めていた! カウントコール! これじゃルール上はスリーカウントにならないじゃな~い」

「で、でも、武村さん!」

「いいんだよ、僕は言ったじゃな~い、『審判は公平にやらせる』って。スリーカウントはカウントコールがなきゃだめだ、三秒とは違うんだから。それを途中で止めてしまったのは完全に僕達のミス! これは認めるしかないじゃな~い」

「ご理解頂けて光栄です。では蓮一氏は連れて行かせてもらいますよ?」

 

 そう矢継ぎ早に言うと、ジークフリートは蓮一を担ぎ、いつでもこの場から離脱できるよう体勢を取る。

 後でごねられてもすぐに逃げられるように、だろう。

 その意図に気付いたのか、小夜とベオウルフも同じようにすぐにでも走れるよう準備をしている。

 

「ああ、構わないよ。ただ、僕は蓮一君を仲間にするのを諦めた訳じゃないじゃな~い」

「……それでは失礼しますよ、武村氏。また共に戦いのメロディーを奏でられるのを楽しみにしていますよ」

「ああ、僕もじゃな~い、第七武長ジークフリート。後、蓮一君」

「……何ですか?」

「君は僕とどこか似ている。君がいるべきはそっちじゃない。僕と同じ、『孤高』の道さ」

 

 その後、スラム街の外まで三人は警戒態勢を取りつつ走り抜けたが、後ろから不良達が追って来る事はなかった。

 本当に彼らは蓮一を一時的に、ではあるが諦めたらしい。

 スラム街の外に出て、蓮一と小夜はその場に座り込んで溜息を漏らした。

 ジークフリートは背後のスラム街を、その中に武村の姿を透かして見るようにしばらく傍観すると拳を静かに固める。

 

「……世界は広い。我ながら打撃技の無力化に関してのみ言えば達人級の極みに達しているものと思っていましたが――――」

 

 ジークフリートは武村が自分に放とうとした最後の一撃を思い返す。

 

「未だ、この私が『受ける事が恐ろしい』と思う程の拳が存在しようとは……」

 

 

 四人はスラム街から出た後、すぐに自警団に向かう事にした。

 蓮一の誘拐、負傷、予期せぬジークフリートと武村との戦闘など想定外な事態が起こり過ぎた。今は態勢を整えるべきであるとベオウルフが判断を下したのだ。

 元々、今回は調査だけのつもりであり、戦闘に発展させるつもりなど微塵もなかった。

中途半端にこちらから仕掛けて向こうに迎撃されては警戒を一層に強めてしまうからだ。

叩く時は確実にその一回で倒す。戦闘を長引かせてもこちらに何もメリットがないからである。

だからこそ、今回は隠密に調査を進め、確実な勝利に向け準備を進めるつもりだった。

 しかし、蓮一が不良グループに誘拐され、さらに助けに来た八武長のジークフリートが不良達のリーダーである武村と接触してしまった。

 おかげで不良グループ『墓吐武頭』の調査は多少なりとも進みはしたが、自警団側の主戦力の一角を晒してまで集めた情報にしては割に合わない。

 誰もハッキリとは言わなかったが、今回の調査は事実上失敗に終わった。

 今後はジークフリートの実力を参考にしつつ、向こうも本格的な警戒態勢に入ってしまうだろう。

 彼らの根城であるスラム街ではただでさえ地の利があちらにあるのに、これでは下手にスラム街に入る事も叶わない。

 その他にも、もろもろ失策はあるが、とにかくこちらも今後の計画を練る時間が必要になってしまった。

 ジークフリートとベオウルフは急ぎ辻秋に報告へ向かうため、負傷した蓮一を小夜に任せて行ってしまった。

 蓮一は横で時折ふらつく身体を小夜に支えてもらいながら自警団へと歩を進めていた。

 

「くそ……すみません、俺がもっとしっかりしていれば……」

「な、何言ってるんですか、あれは私に全面的な責任があります。あんな路地を悠長に歩いていれば必ず何かあるとは分かっていた筈だったのに……」

 

 二人はお互いに謝り合う。

 しかし、いくら責任を被りあった所で調査の失敗という事実は覆りはしない。

 

「あの、武村さんって……」

「ああ、そうです。私の兄です」

 

 やはり聞き間違いではなかったようだ。

 小夜がスラム街で育った事は聞いていたが、まさか武村の――『拳鬼』の妹とは思いもしなかった。

 兄妹揃って武術の才能があったという事だろうか。

 

「兄も私と同時期に自警団に志願したんですよ、でも…………」

「合格、できなかったんですか? あれ程の実力で?」

「ええ、何でも里議会の議員の方を殴って大暴れしたらしくて。それ以降お尋ね者です」

「……あの人が」

 

 蓮一にはどこか意外なものがあった。武村と僅か数十分言葉を交わし、僅か数分拳を交わした、所詮はそれだけに過ぎない。

 しかし、蓮一にはどうしてもあの武村という男が議員を殴り大暴れするような危険人物には思えなかった。

 確かにスラム育ちのためか鋭い殺気を放ち、好戦的な性格ではあるが、同時に冷静な思考も彼は持ち合わせている。

 そもそも、ある程度頭が回る者でなければいくら力が強かろうとあれだけのスラムの荒くれ者達を見事に束ねる事など叶うはずないのだ。

 意外そうな声を洩らす蓮一に小夜が反論する。

 

「あの人は誰かに従うっていうのが気に入らないだけですよ。その程度の事も我慢できずに、あんな問題を起こして……一人でスラムに逃げ帰って……久々に会ってみればお山の大将やってるなんて、とんだ笑い者ですよ!」

「え? え?」

 

 何か地雷を踏んでしまったのだろうか。

 急に感情的になり、武村への罵詈雑言を並べ立てる小夜に蓮一は困惑しながらなんとか落ち着かせようとするが、彼女は一向に取り合ってはくれない。

 数分、人が変わったように悪口を言い続けた小夜は疲れたのか言葉を切り、俯く。

 

「そもそもあの人は昔からいい加減で……私との約束も……どうせ最初から守るつもりなかったんだ……」

 

 最後にそう消え入るように小夜が呟くのが聞こえた。

 何か、小夜の心の深い闇に触れてしまった、そんな気がした。

 この話はもう二度と軽々しく口にしないようにしよう、そう蓮一は心に固く誓う。

 

「はぁ、すみません、突然。歯止め効かなくなっちゃって……」

「いや、俺も図々しくこんな質問してしまってすみません」

「はは、何かさっきから謝ってばっかりですね、私達。ここは気分を変えて楽しい話とかしましょう! 蓮一さん、道場の方では普段はどんな修行してるんですか?」

「それはもう、地獄のような拷問を」

「修行ですらない!?」

「ええ、俺も何度死ぬかと思ったかわかりま――――せ、ん?」

 

 急に体が重くなり、視界がぼやける。

 蓮一はその場に立っている事すら厳しくなり、その場で膝をつく。

 さらに、身体全身に痛みが走る。まるで全身を棍棒か何かでくまなく殴りつけられたかのような、打撲痛。

 痛みに呼応してか、急に身体が熱くなり、脂汗が全身から滲み出る。

 

「れ、蓮一さん! 蓮一さん!?」

 

 必死に小夜が蓮一に何かを呼びかけているが、返事すらできず、ついに完全に倒れてしまう。

 体がジンジンと痛む。それが体の奥で心臓の鼓動のように響き、いつしか聴覚はその音ばかりを捉えていく。

 そして、最後には頭の中がその音で埋め尽くされ、意識をゆっくりと、しかし確実に刈り取っていく。

 

 ジン、ジン、ジン、ジン、ジン、ジン、ジン、ジン、ジン、ジン――――

 

「蓮一さん! 蓮一さん! し、しっかりしてください! どうして……急に……!」

 

 もう意識すら朧なのか、小夜の呼びかけにも蓮一は虚ろな目を向けるばかりで反応しない。

 急いで診療所かどこかに運ばなければと辺りを見回したが、今彼女達がいるのは伍番エリア。まともな治療が受けられ場所など早々簡単には見つからないだろう。

 さらに、既に日は暮れ、この近辺の人通りもない。誰かの助力を得るのも難しいだろう。

 

「な、なんとかしないと……! 蓮一さんが……!」

 

 小夜は必至に頭を回転させ、蓮一を助ける手段を模索する。

 

――今から中心部の弐番や壱番エリアを目指した所で手遅れになってしまうかもしれない。でも、この近辺のエリアでまともな治療を受けられる場所なんて、人里には……。

 

「あっ!」

 

 一つ、可能性のある手段を考えつく。

 確かに人里にはいま居る場所から辿りつける最短の診療所では小一時間かかってしまう。蓮一を置いていく訳にもいかないので、背負って行く事を考えると、さらに時間が掛かってしまう。

 だから、人里には手段は無い。しかし――――

 

「そうだ、高天原なら!」

 

 今いる伍番エリアなら里の入り口はすぐそこであるし、一か八か里の中心部を目指すよりは幾分かマシな筈だ。

 小夜はそう即決すると、蓮一を自分の背中に乗せ、立ち上がる。

 

「う、意外と重い……でも、担げない程じゃない!」

 

 蓮一の比較的細身の身体からは信じられないような重量を感じつつ、小夜は高天原に向けて走っていった。

 

 

「武村さん、良かったんですか? あいつらを逃がしちまって」

「ん? 不服かい、ヤス?」

 

 ボロボロのシーツが敷かれ、一人乗るだけでギシギシと壊れてしまいそうな音を立てるベッドに寝そべっていた武村は目を開き、目の前に立っている丸眼鏡の少年、ヤスにそう言った。

 

「いや、不服なんてことねぇですけど」

「ふ、いいんだよ。それにあれは逃がしたんじゃない、『泳がせてる』っていうじゃな~い」

「お、泳がせている!? 何てカッコいい表現なんだ、さ、流石、武村さんだぜ!」

 

 ヤスにはこんな感じで適当に対応すればこっちの言葉を勝手に自己解釈して自己完結してくれる。

 馬鹿は扱い易くていい、勿論いい意味で。武村はニヤリとほくそ笑みながらそんな事を思っていた。

 

「何笑ってるんですか? 俺の顔なんか変ですか?」

「いや、お前にはいつまでもそのままでいて欲しいと思っていたじゃな~い」

「勿論ですよ! 武村さんがそう言うなら俺はいつまでも俺のままでいますよ! あ、今の表現、なんかカッコよくないスか!?」

「うんうん、その調子じゃな~い」

 

 愉快そうに笑いながら武村はまた目を閉じる。

 しかし、さらにもう一人、武村に声を掛ける者が居た。

 

「いや、俺はあれで良かったなんて思えねーぜ、武村」

「……宇喜畑(うきはた)か」

 

 もう一度目を開くと、ヤスの後ろにサングラスを掛けた巨体の男がいた。

 宇城畑、と呼ばれた彼はさらに続ける。

 

「あの蓮一って奴を仲間に入れるってのは別に構わねーぜ? でも、仲間に入らねぇってんならしっかり潰しとくべきだったろ」

「……全く、お前考え方が厳し過ぎじゃな~い」

「お前が甘いんじゃねぇか?」

 

 瞬間、武村の目が僅かに鋭くなる。サングラス越しでは宇喜畑の目は見えないが、彼らの眼光がぶつかり、火花を散らしているのは傍から見ているヤスにもわかった。

 

「何が言いたいんじゃな~い?」

「妹と久々に会って心が揺れてんじゃねぇかって言ってんだ。なぁ、武田よぉ、今からでも遅くは――――!?」

 

 その言葉を最後まで聞き終える事なく、武村の拳が空を切る音を響かせ、宇城畑のサングラスの眼前に放たれる。

 二人の間に緊迫した空気が漂い始め、ヤスは急いで外の他の仲間達も呼びに行く。

 

「……宇喜畑、それ以上言えば、次は当てる事になるじゃな~い」

「……いいんだな? これだけの計画、もう後には引けねぇぞ?」

「言われずともわかってるじゃな~い。元より僕達には勝って生きるか、負けて死ぬか、その二択しか残されていないのだから」

 

 武村の目から感じ取れる決死の覚悟を見て、宇喜畑は溜息を一つついて一言「わかった」と呟く。

 武村も拳を下ろし、場の緊迫した空気は完全に消えた。

 それと同時にヤスが数人の仲間を連れて血相を変えて戻ってくる。

 

「あれ……? 二人共……喧嘩は起きてないんスか?」

「あ? どうしたよ、ヤス、俺はただ武村と少しばかり話をしただけだぜ?」

「そうじゃな~い、こんな所で、しかも仲間同士で喧嘩するなんてありえないじゃな~い」

「え? あぁ、そうッスよね、うん、確かに!」

「馬鹿は扱い易くていいな、武村」

「僕も丁度同じ事を思っていたじゃな~い」

 

 武村と宇喜畑はそう言葉を交わし、笑い合う。

 そして、ヤスを外に出るよう言うと、自分も武村の部屋を後にしようと歩いて行く。

 

「じゃあ、俺はもう行くぜ。聞きたい言葉は聞けたんでな」

「あ、宇喜畑、一つ訂正しておくじゃな~い」

「あ? 何だよ、訂正って?」

「僕はしっかりやる事はやってるじゃな~い。蓮一君は今頃僕の鬼拳の影響で倒れている筈じゃな~い」

「……成程、拳は緩めてねぇってか」

 

 そう言って宇喜畑は部屋を出て行った。

 武村は再度ベッドに横になり、倒れているであろう蓮一の姿を想像しながら笑う。

 

「さて、蓮一君。君なら、僕と同じ孤高の人間なら。その『毒』、乗り越えて見せてくれよ」

 

 

「わぁー……私って、本当にツいてないなぁ」

 

 ズシン、と鈍い音と共に妖怪の腕が小夜を薙ぎ払い、数メートル先に吹き飛ばす。

 小夜の目の前には一体の妖怪がいた。自分の身の丈の二倍以上あるその妖怪は小夜と蓮一を見て涎を垂らしながら鋭く伸びた爪を彼女に向けて振り下ろす。

 間一髪の所で横に転がり攻撃を回避すると、急いで立ち上がって距離を取る。

 蓮一を運び始めてからそろそろ三十分が立つだろうか。目の前に博麗神社の大階段が見える。

 今目の前に居る妖怪さえいなければ、高天原にはものの数分で辿りつける所までは来ているのだ。

 しかし、ここまで来てまさか妖怪に見つかってしまうとは、自らの運のなさを悔やむばかりだ。

 

「でも、諦める訳にはいかないんですよね……」

 

 チラリと後ろに寝かせている蓮一の姿を見る。

 蓮一は相変わらず苦しそうに息をしており、一人では逃げる事も叶わない状態になっていた。顔は青ざめ、汗が噴き出てその目からは生気を感じない。早く高天原に辿りつかなければ手遅れになってしまうかもしれない。

 その焦燥感が目の前の妖怪への恐怖と身体中の疲れと痛みを図らずも緩和していた。

 しかし、あくまでもそれらは緩和されているだけで消えている訳では無い、実際にはここまで蓮一を背負って走ってきた小夜の体力は既に限界が来ているし、妖怪の攻撃によってダメージも受けている。

 妖怪が小夜に詰め寄りもう一度爪を振り下ろす。

 しかし、身体が思うように動かず、僅かに回避が遅れる。

 

「ぐあッ……!」

 

 そのまま倒れ込んだ小夜に妖怪が一歩、また一歩と近づいてくる。もう立ち上がる力すらない。息が苦しい、視界が霞む、動く度に身体中が痛みに悲鳴を上げる。

 

「蓮一さん……私は……!」

 

 小夜は目を閉じる。

 そして、妖怪の鋭い爪が容赦なく、彼女の身体を引き裂――――かなかった。

 

「…………あれ?」

「ねぇ、お前、そこに転がっている私の弟子の知り合いかしら?」

 

 再び目を開いた時に見えたのは、太陽のように闇の中でも眩い、綺麗な金髪。

 そして、その後ろに見える無数の光の柱で全方向から串刺しにされている、自分を襲っていた妖怪の姿。

 

「あ……なた……は?」

「私は霧雨魔理沙。ただの通りすがりの魔法使いよ」

 




次回、蓮一の新たな修行が始まる(予感)
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