東方史上最強の弟子 レンイチ   作:浜栲なだめ

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なんだか「自警団八武長編」じゃなくて「拳鬼編」に変えた方が良いんじゃないかとか今更思ってきた今日この頃。


第二十一話「悪夢」

 山の中を駆ける人影が周りに多く見える。

 皆一様に動物の毛皮を羽織り、その傍らに黒光りする猟銃を持っている。

 

「こっちだー! いたぞー!」

 

 どこかからそんな大声が聞こえてくると、周りの人影は皆一様に声の方向へと向かっていく。

 俺も同様にその人影を追う。

 またしばらくすると、今度は悲鳴が聞こえてきた。さっきの大声の主の悲鳴であった。

 少し進んだ所で木々の少ない開けた箇所に出る。そこにさっきの悲鳴の主であろう男が腹から大量の血を流しながら倒れていた。

 先に到着していた者達は急いでその男の応急処置に取りかかり、手当てを終えると一人が男の肩を担ぎ、一人が護衛として猟銃を構え、山を下るよう言って去って行った。

 最も、男が息をしているのかはわからなかったし、山を下った所であの出血量で助かるかどうかは微妙な所だろうが。

 

「また、やられたか」

「これで五人目だぞ……」

「たかが獣一匹に俺達が何てザマだ」

 

 周囲の男達の怯えた声が聞こえてくる。皆良く知る手練れの猟師達には違いなかった。さっき負傷していた男も自分より何倍もの経験を積み、何倍もの獣を仕留めて来た一流の猟師である。

 そんな彼がいとも簡単に致命傷に近い傷を負わされている。

 俺も周りの他の猟師達のように不安を抱えていないと言えば嘘だった。

 しかし、周りの猟師の中で一番年下で経験も浅く、技量も未熟な俺も泣き言だけは言うまいと決めていた。

 この場に猟銃を抱えて立っているからには自分も一人の狩人なのだ。そう自分に言い聞かせ、心を強く、鉄のように無機質に冷たくしていた。

 

「蓮一、恐ろしいか?」

 

 傍らに一人の男が立っていた。俺の父親だ。

 父は村の猟師の中でも長老に次ぐ実力の持ち主で、この猟師達のリーダーのような存在であった。

 俺もそんな父の姿に憧れ、幼いころから父と共に猟師をしているのである。

 そんな父からの問いに俺は何と答えればいいのかわからない。

 怖くない、と言えば嘘になるし、かといって怖いと泣き言を言いたくもない。

 俺が返答を決めあぐねて黙っていると、父はさらに続けた。

 

「蓮一、今お前が奴の事を恐ろしくないと思い込もうとしているなら、それは間違いだ」

「何で……?」

「恐怖は命の警告、死の予兆を感じ取る『力』だ。恐怖なくして生き物は生きられない」

「でも……それじゃ、戦えない」

「恐怖に呑まれるのではない、恐怖を一種のアラートのように利用するんだ」

「アラート?」

「そう、恐怖を戦いの中で利用する事ができれば、お前も一流の猟師だ」

 

 そう言って父は猟師達の輪に入る。

 俺には父が何を言っているのかはわからなかった。

 

「今のが君の父さんかい?」

「……武村さん?」

 

 気が付けば、俺の隣には武村が立っていた。そこでようやく気付いた。

 

「そうか、ここは夢の中」

「よくわかったじゃないか。夢の中で夢だと気付くなんて中々できないじゃな~い」

「これは、俺が8つか9つの時の記憶だ」

「だから身体もそんなに小さいのか。猟銃を持っているのか、猟銃に持たれているのか分からない位だね」

 

 横で武村が意外そうな声を上げているが、すぐ目の前の父や他の猟師達が武村の存在に気付く様子も俺が誰かと話している事に不信感を抱く様な事もない。

 何故なら、ここは夢の中、正確には記憶の中。その中に偶然武村の姿が混じっているだけなのだから。

 

「これは、確か村の近くの山に狂暴な獣がやって来たんだ。山から山へ渡ってはそこに住む動物を喰い荒らし、食糧がなくなれば次の山に移動する。そうやっていくつもの山を渡って生きて来た猛獣だって長老が言っていました」

「それで、自分達の狩場が荒らされない内に退治してしまおうという訳か、成程」

 

 この時の事は良く覚えている。まだようやく狩猟のいろはを覚えたばっかりの俺は父親にいい経験になると半ば無理矢理連れてこられたんだ。

 

「それで、一体どんな奴なんだい? その獣っていうのは?」

「見てればわかります。そろそろ来る……!」

 

 そう、まさにこのタイミングだった。

 一瞬、背中に悪寒が走ったかと思うと、すぐ傍の茂みから現れたんだ。

 その恐怖の元凶が。

 

 夜の高天原。普段、そこに集う豪傑達は協調性なく、広い道場の様々な場所で自らの修行に勤しむか蓮一に稽古を付けている時間帯である。

しかし、今日に限り、皆はある一室に集合していた。

その部屋の中心には苦しそうな表情で眠る蓮一が何故か大量の氷嚢を体に巻きつけられて布団に寝かされ、その周囲を取り巻くように高天原の豪傑達と蓮一を途中まで運んできた小夜、そして、その小夜達を高天原まで運んできた魔理沙がいた。

 

「どう? 霖之助、刃空?」

「ふむ、非常に危ない状態だ」

「ちょっと待ってるね、わいちゃん特製の秘薬を取って来るね」

 

 刃空は靈夢にそう言うと、蓮一の傍を立ち、急ぎ部屋から出て行く。

 現在、運ばれてきた蓮一は医術の心得のある霖之助と刃空の治療を受けていた。他の者は心配で遠目に見守っている。

 小夜も気が付き、応急手当を受けてからはずっと蓮一の傍に座って不安そうな表情で彼の顔を見ている。

 

「……で、具体的にどう危ないのよ? 蓮一は?」

「それはこれを見てくれればわかる」

 

 蓮一から一番離れた所から壁に背をもたれて尋ねる幽香に、霖之助は蓮一の上半身の着物を脱がす。

 一瞬、小夜が頬を赤らめて目を逸らしかけたが、他の豪傑達の尋常ならざる反応を見てすぐに視線を戻し、同じく絶句する。

 蓮一の上半身はその半分以上が青紫色に変色していた。

 その変色は彼の右脇の少し下辺りを中心に広がっており、まるで何かの毒が蓮一の身体を蝕んでいるようにも見える。

 

「これはおそらく内出血による変色だろう。何か皮膚を通り越したダメージがいくつもの血管を傷つけ、徐々に出血が広がっていったんだろうね。しかも、内臓のダメージも酷い。しかも、おそらくはこのダメージの中心であるここには肝臓と呼ばれる人間の体内環境の維持を担う重要な器官がある上に筋肉も付き難い。これは最悪の可能性も考慮しなければならない」

「さ、最悪の……可能性……?」

「死よ」

 

 小夜の質問に対し、霖之助の代わりに魔理沙が答えた。

 

「あまりにも内出血が酷すぎるわ。そのくせ外傷は少ない。まるで身体の内部に直接ダメージを与えたみたいね。今は内出血の箇所を冷やし、血管を収縮させて出血を止めるのが精一杯よ。でも、身体を冷やし過ぎれば生命維持に危険が生じる。この氷嚢の氷が解け終えるまでに出血が止まらなければ……」

 

 魔理沙は最後までは言わなかった。しかし、皆にはその続きが考えるまでもなくわかっており、一様に顔を俯かせる。

 

「諦めるにはまだ早いね!」

「刃空、早く薬を!」

 

 刃空は言われるまでもなく即座に蓮一の傍に駆け寄ると、手に持っていた大きな壺から柄杓(ひしゃく)一杯の緑色の液体を汲み、それを蓮一の口に流し込む。半分以上が喉に入りきらず口からこぼれてしまうが、構わずさらにもう一杯すくい出し、蓮一の口に運んでいく。

 

「よし、これで十分体内に入ったね。これは体の自己治癒能力を飛躍的に高めてくれる薬ね。これで蓮ちゃんの破れた血管も元通りになる筈ね」

「後は内臓のダメージを回復させたいな。特に肝臓は早く回復させないと血管が塞がっても安心できない」

「内臓の、さらに肝臓にまで限定して回復させるだけなら、今の手持ちの材料でも私なら可能よ」

 

 全員の視線が魔理沙の方に集まる。

 本当に大丈夫なのかという疑惑の目、何をする気なのかという不安の目、蓮一を救う事ができるのかという期待の目。

 様々な視線が集まる中、魔理沙は霖之助と刃空の了承を待たず、準備を始めた。

 

「ま、待つね! 何しようとするね!?」

「魔法陣を書くのよ? だからこれをどかさないと」

「魔理沙、蓮一君を乱暴に扱うのはよしてくれ、血管が治りかけで不安定な状態なんだ」

 

 蓮一をこれ呼ばわりした挙句、その頭を掴んで引っ張り出そうとする魔理沙を刃空と霖之助が慌てて止める。

 その後、他の全員が協力して魔理沙の師事した準備を整えると、魔法陣の中心に蓮一を寝かせ、全員部屋から出るよう指示する。

 

「後は大丈夫よ、私に任せなさい」

「ねぇ、魔理沙」

「何よ、靈夢」

 

 最後に残った靈夢が部屋を出る寸前、魔理沙に声を掛ける。

 

「……頼むわね」

「お前が心配する必要なんてないわ。私がやる以上、失敗はないから」

「そうだったわね、天才魔術師さん」

 

 そう言って部屋を出て襖を閉めていく。

 部屋に静けさだけが残ったのを確認し、魔理沙を息を吐き、精神を集中させる。

 魔理沙が小声で聞いた事もない言語をゆっくりと唱え始めると、魔法陣が薄く青白い光を発し始める。

 

「身体は治してあげるわ。後は、蓮一、お前の心次第よ。さっさと戻って来なさい……!」

 

 

 俺達の目の前に現れたのは巨大な熊だった。

 しかし、その口と毛は襲った猟師や他の動物達の血で真っ赤に染め上げられており、それは目にしただけでその場に居たほとんどの者を委縮させてしまう程の迫力に満ちていた。

 

「で、出たぞ!」

「は、早く! 早く撃て!」

 

 猟師達が叫ぶが、皆身体が震え、猟銃の照準を合わせるどころかまともに構える事すらできない。

 その猟師達に父は迷わず俺の元に近づき、その手を握りながら熊から離れるように走り、そして一喝した。

 

「撃つな! 散って逃げろ! 俺の話した通りに動け! 生きたいならなッ!」

 

 その一言で猟師達は多少落ち着きを取り戻し、全員即座に別々の方向に走って逃げだした。

 しばらく父に引っ張られるまま走り抜けた所で父は茂みの中に隠れ、息を潜める。

 

「はぁ、はぁ、蓮一、奴は来てるか?」

「い、いや……来てない」

「そうか、撒いたか……」

 

 父は汗を拭いながら、息をつく。

 隣で武村が愉快そうに笑っている。

 

「成程、確かにあの熊は随分と強そうじゃな~い」

「笑いごとじゃない」

「でも、君はあの熊を倒して生き残った。そうだろう?」

 

 武村はそう言って笑いかける。

 確かにそうだ。俺も、隣の父も他の猟師達もこの後見事に熊を倒し、生き残っている。彼らが死ぬのはもう少し後の事だ。

 そう、もっと後の――――

 

「蓮一君、何であの熊に君達猟師が押されているのかのかわかるかい?」

「え……」

 

 少し考え事をしていたせいか、俺はすぐには答えられなかった。今まであの熊に負けた猟師達が弱い訳ではない。しかし、現状たったの熊一匹に俺達は何人もの集団で挑み、完全に押されている。

 ならば考えられるのは一つだけ。

 

「……あの熊が、強すぎるから?」

「そうさ、じゃあ、何であの熊が強いのか、わかるかい?」

「……頭がいいとか?」

「違うよ。奴はね、『孤高』なんだよ。たった一匹でこれまで数多の敵と戦ってきた。そして、その戦いの中で知性や力を手に入れ、奴は生き残った。だから強いんだ。誰の助けも必要としない程に絶対的な強さをあいつは持っているじゃな~い」

 

 俺は先刻、あの熊に負傷させられた猟師の事を思い出していた。結局彼が熊に対して猟銃を放った音は気付かなかった。

 彼は猟銃を打つ前に応援を呼ぶ事を優先したのだ。つまり、心の奥底で誰かに頼っていたという事だ。

 そして、そんな助けを悠長に待っている内に、結局攻撃すらできないまま熊に襲われた。

 誰にも頼る必要がない、助けを求める必要がない、その差が俺達と熊の実力差になっているのだ。

 

「……孤高、か」

 

 途端に周りの景色が歪み、全てが真っ白になり消えていく。

 そして、次に目を開いた時、俺の周りは炎に包まれ、風景はあの時の、村が妖怪に全滅させられた時の景色へ変わる。

 目の前で一人、また一人村人が妖怪に斬られ、炎に焼かれ、消えていく。

 

「蓮一君、君も僕と同じ、『孤高』の道を辿る者だろう?」

「くそ! やめろッ!」

 

 俺は武村の事など気に掛ける暇なく、反射的に走り出していた。村の皆を、母を、父を、助けられないとわかっていても、頭ではそう理解していても、走り出さずにはいられなかった。

 骸骨武者の姿をした妖怪がまた一人村人を斬ろうと刀を振り上げる。そこに俺は滑り込むようにして間に入り、拳を叩きつけた、が。

 

「な…………」

「無駄だよ、蓮一君。これは君の夢だろう? 変えられないよ、事実は」

「ギャアアアアアア」

 

 俺の拳は透けてすり抜け、妖怪に当たる事はなかった。

 瞬間、俺の身体を妖怪の刀が通る。そして、すぐ後ろにいた村人は断末魔を上げ、血を流しながら倒れていった。

 無論、俺自身に傷はない。しかし、身体の中を妖怪の刀が通る気色悪さ。俺は力なくそこに膝をつく。

 肩に武村が手を置いて軽い口調で言う。

 

「まぁ、終わった事だし仕方ないじゃな~い。でも、君に力があれば、これからの事は変えられるかもしれないじゃな~い」

「…………これから?」

 

 武村が前方を指差す。そこにはいない筈の霊夢の姿が見える。何故か傷だらけで、苦しそうな表情で座り込み、動けない状態のようだった。

 その霊夢の視線の先には血の滴った刀を持って彼女に近づく妖怪の姿がある。

 

「霊夢ッ!」

「さぁ、どうする? このままじゃあの子は死んでしまうだろうね」

「くそっ!」

「ああ、それじゃ駄目だよ」

 

 俺は走って霊夢の元に急ぐが、不意に目の前に妖怪の拳が現れ、それをもろに顔面に受けた俺は吹っ飛ばされて倒れる。

 

「今の君の力じゃ、どう足掻いたって敵わないよ」

「……が……あッ!」

 

 顔を押さえながらもう一度立ち上がるが、既に妖怪は霊夢の眼前に立ち、刀を振り上げていた。

 そして、目の前でその刀は霊夢の身体に振り下ろされた。

 

「うわああああああああああああああッ!」

 

 

 魔理沙が魔術を発動させてから一時間程経ち、ようやく襖が内側から開けられた。

 中から少し疲れた様子の魔理沙が顔を出し、部屋のすぐ外で待っていた全員の顔を見渡す。

 

「全く、全員ここで待ってるとは、随分蓮一も愛されてるのね」

「蓮一は……!?」

「大丈夫よ、内出血も止まったみたいだし、身体の傷はほぼ完治したわ。後は蓮一の心の問題よ」

 

 靈夢の不安そうな顔を見て、魔理沙は端的に治療の成功だけを告げた。その裏にあったであろう彼女自身の苦労は全て棚上げにして。

 

「疲れたから寝るわ。蓮一が起きたら私も起こして」

「わかったわ、好きな部屋使っていいわよ。それと、有難う、魔理沙」

「……別に、折角できた弟子を簡単に壊すのはもったいなかっただけよ」

「あ、私付き添います! 何かふらついてて見てられませんし」

 

 少し気恥ずかしそうに靈夢から目線を逸らし、魔理沙はそのまま適当な部屋を探しに小夜と共にその場を去って行った。

 残った全員が部屋に入ると、蓮一の顔は大分血色がよくなっており、呼吸、脈拍も安定し、身体中に広がりつつあった内出血も徐々に引いていた。

 

「確かに身体はほぼ完治したみたいだね」

「命の危険はもうないね。後は蓮ちゃんが目覚めるのを待つだけね」

「ようやく寝れるわ」

「蓮一、よかっ……た」

「よかったよ! 阿八ずっと心臓バキバキだったよ!」

「皆、お疲れ様。後は私が看ておくからもう休んで頂戴」

「いや、休むのは君の方だ、靈夢。君は娘の様子を見に行った方が良い」

 

 靈夢が一人残って蓮一の様子を見ているという提案を霖之助は直ちに却下した。

 

「いや、でも……」

「靈夢どん、わいちゃんが大きい事言える立場じゃないけど、娘の事は何より優先すべきね。心配せずとも蓮ちゃんはわいちゃんと霖之助どんでしっかり看ておくね」

「だったら、阿八も残るよ!」

「妾も残……る」

「……仕方ないわね、私も残ってやるわよ」

 

 阿八、鈴鹿御前、幽香も同じように残っていると言い始める。

 靈夢はそれなら、と霖之助の提案に従い、博麗神社の方へと蓮一の元を後にした。

 そして、靈夢がいなくなってから、全員輪を作って座り、話を始める。

 

「さて、皆気付いているだろうが、今の蓮一君にはもう一つ重大な問題が残っている」

「蓮ちゃんの中に打ち込まれている『動の気』のことね?」

「この動の気めちゃくちゃよ! まるで毒みたいに蓮一の精神を壊そうとしてるよ!」

「妾達の弟子大ぴ~~~んち」

「で? どうすりゃいいのよ? 何か解決策はあるんでしょ?」

 

 霖之助はニヤリと笑みを浮かべる。

 

「勿論、目には、目を。気には気を、だよ」

「つまりどういう事よ?」

「わいちゃん達の気を蓮ちゃんにぶつけて悪い気を追い出すね」

「まぁ、かなり集中力が必要だが僕達なら問題はないだろう。一番は蓮一君が気の解放をしてくれる事なんだが」

「蓮一のためなら阿八も頑張るよ!」

「妾も……」

 

 全員の合意が得られた所で霖之助が全員に指示をして、それぞれを所定の位置に並ばせる。まるで蓮一を囲むように全員が座る。

 

「よし、では僕の合図で一斉に気をぶつけてくれ。くれぐれも蓮一君に過度のショックを与えぬよう、加減して」

「いつでもいいね」

「私もよ」

「あ、阿八手加減ちょっと苦手だけど頑張るよ!」

「妾達でふぉろ~す……る」

「いくぞ、いっせーのーでッ!」

 

 

 目の前には骸骨武者の姿をした妖怪が立っている。今さっき切り捨てた霊夢を見つめ、死を確認すると、次の獲物を探しに行こうと歩き始める。

 俺は頭が真っ白になっていた。

 真っ赤な血に染まり、目を開けない霊夢の姿を見て呆然としていた。

 

「あ~、やっちゃったねぇ、蓮一君。これが夢の中で良かったねぇ、現実だったら間違いなく死んでいたじゃな~い?」

「…………」

「でも、これは近い未来起こり得る事だ。そう、もしかしたら明日にでもね。そうなった時、君は彼女を救えるのかい? 仲間や絆に縋って孤独から目を背け、すぐ目の前にある『力』を眠らせてしまっている君に」

 

 感情が昂ぶり、抑えきれなくなりそうだ。血が沸騰したかのように熱い。

 今、目の前の妖怪に対して抱いている感情は間違いなく憎悪と憤怒。

 

「蓮一君、そうなった時、彼女が死んだのは、君のせいじゃな~い」

「……ッ!」

「君には『力』がある。ただ眠らせているだけで、君は他を圧倒する力を持っているじゃな~い? なのにそれを手に入れようとしない。それは罪以外の何物でもない」

 

 何も言い返せなかった。言い返すべきなのに、俺は確かに納得していたのだ。

 誰にも頼らず、一人で戦える、それだけの力を得られる。自分なら。

 

「あの時、孤高の熊を見てどう思った? 羨ましいと、自分もそのような力が欲しいと、そう思っただろう?」

「……確かに」

「その孤高の道が、今君の目の前には開けている。後一歩踏み出せば、君は間違いなく今まで以上に強くなれる。目の前の妖怪も倒せるじゃな~い」

「俺が、絆を捨てれば、孤独に身を委ねれば……」

「そう、人は独りの時にこそ真の力を発揮するじゃな~い」

「俺は……」

「どうする? それとも、まだ足りないかい?」

「――――ッ!?」

 

 いつの間にか妖怪の姿は父になっていた。あの時妖怪に奪われた、父の身体。その父の持つ刀は、今度は師匠に向けられていた。

 武村が耳元で囁く。

 

「ほら、また一人、君のせいで死んでしまうよ?」

 

 そこで俺の中で何かが切れた。

 憤怒、憎悪、悲壮、心の中に渦巻く全てが体の外に発散すると共に、俺はそれらの感情に身を委ねた。

 まるで嵐のような『気』に自分すら飲まれていき、肉体のリミッターが解放されていくのがわかる。

 

「そうだ、蓮一君。孤独の怒り、憎しみ、悲しみ、それを爆発させるんだ。誰にも負けない、孤高の道へ、『修羅』の道は目の前じゃな~い!」

「うがあああああああああああああああああ!」

 

 

「む……!? これは!」

「ぐ……蓮ちゃんの身体の奥からとんでもない『気』が溢れ出て来るね」

「ぐぐっ……阿八、負けないよ!」

「ちょっとキツイか……も」

「チィッ! これが本当に蓮一の気!? なんて静かで、掴み所のない――――」

 

――『動の気』!

 

 蓮一から溢れ出しているもの。それは間違いなく動の気に違いなかった。

 ただ、普通の動の気とは違い、その気はあまりにも静か。普通ならもっと暴風雨のような荒々しい筈の気は蓮一から発せられていなかった。

 まるで川の流れのように緩やかで、森林の中のように閑静な気。それなのに、抑える事ができない。そこに内包された爆発的な力はやはり動の気特有のもの。

 蓮一の放つ気はそのような異質な気であった。

 

「こ、これ、動の気の暴走じゃないかね!?」

「このままではまずいな……抑えようとすれば蓮一君の身体に損傷を与えてしまいかねない」

 

 現在、気の暴走により放たれている蓮一の気と霖之助達が発している気は互角であった。

 正確に言えば、達人級の気のコントロールにより、蓮一の気の暴走を本人に負担が掛からぬ形で現状維持していた。

 しかし、ずっとこの状態のままとはいかない。気の暴走は放っておけば『気に飲まれる』そうなっては精神的に危険な状態に陥ってしまう可能性が高い。

 

「このまま、僅かに僕達の気を強くし、徐々に気を封じ込めていく。一度でも失敗すれば、蓮一君は『修羅』に堕ちてしまう、皆心してかかってくれ!」

 

 霖之助の言葉に応答はない。皆それ程に集中を高めていた。

 かく言う霖之助も集中を一瞬でも途切れさせれば成功はないと確信している。

 しかし、そんな皆が集中している所に、気配なく、それは現れた。

 その存在に最初に気付いたのは霖之助だった。

 

「――紫!?」

「皆さん、ごきげんよう。良い夜ね」

「……何であんたがここに」

「幽香どん! 今は蓮ちゃんの方に集中するね!」

「そう怖い顔しないで欲しいわ。私はただ靈夢から力を貸せと言われて来ただけよ」

 

 あからさまに殺気をぶつける幽香に少しも物怖じせず、口元を扇子で隠して紫は笑った。

 一方で霖之助と刃空は靈夢にしてやられたと言った感じであった。全て彼女は見透かしていたのだろう。

 蓮一に動の気が撃ち込まれている事も、それを霖之助達が止めようとする事も、そして、想定外の事態が起こる事も。

 だからこうして八雲紫という助っ人を向かわせたのだ。かなり最悪のタイミングではあるがこれ以なく頼りになる。

 

「まぁ、後は私に任せなさい」

「何する気ね?」

「まぁ、今のままでもいいんだけど、そうねぇ」

 

 紫は何か一人で呟くと、部屋の間取りを見て頷き、霖之助達に言った。

 

「ここに布団を敷いて頂戴」

「は? 何のためによ」

「あら、知らないのかしら。布団は寝るために敷くのよ」

「知ってるわよ!」

「うわー、この妖怪、苦手なたいぷ」

「幽香どん! 鈴鹿どんまで集中乱すなって言ってんでしょッ!」

「やれやれ、阿八、刃空殿、しばらく僕らが抑えておくから、とりあえず布団を敷くの手伝ってやってくれ」

「わかったよ!」

「ふぅ、了解ね」

 

 霖之助と幽香、鈴鹿御前の三人で蓮一から漏れ出す気を抑え込み、その間に紫の指示に従って阿八と刃空が準備をする。

 少しして、蓮一のすぐ隣に布団を敷き終えると、紫は布団に向かって歩いて行き、パラソルと被り物を取って横に置くと、布団の中に潜り込んだ。

 

「おやすみ」

「おいちょっと待て」

 

 すかさず幽香が枕に頭を乗せて瞼を閉じかけた紫をすかさず制止する。

 

「何よ」

「何であんたまで寝てんのよ」

「蓮一の夢の中に入るのに必要なのよ。私が直接彼と精神的に繋がって様子を見て来るわ」

「幽香どん、ここは紫殿に任せてみるね」

「……チッ、失敗したら殺すわよ」

「殺せないけどね」

「あんたは……」

 

 最後まで嫌味たっぷりな紫の態度が気に食わなかったが、蓮一のため何とか怒りを抑え込む。

 紫はそれも計算済みのような顔で微笑むと、改めて瞼を閉じる。

 

「それじゃ、おやすみなさい」

 

 

 怒りで、悲しみで、憎しみで、身体中から力が溢れてくるようだった。今なら誰にも負けない、何だってできる。そう言った優越感に等しい程の圧倒的な自信に満ち溢れ、その力を目の前の妖怪に叩きつけたくて仕方がなかった。

 目の前で俺を見据えている妖怪。自分の全てをぶつける。そう拳を固めたその時、俺の夢に、記憶に、聞き覚えのある声と、見覚えのある姿の妖怪が介入してきた。

 

「全く、急ぎ入って来てみれば、随分と陳腐な()がやっているじゃないの」

「お、お前は……!?」

「…………紫さん」

 

 目の前に舞い降りた紫は普段と変わらぬ姿で、パラソルを優雅に掲げ、金色のウェーブのかかった長髪をはためかせ、その金色の瞳は無機質に俺を見つめていた。

相変わらず何を考えているのかわからないが、俺の方を見て何かを考えているのだけはわかる。

その後、チラリと俺の隣にいる武村を見ると、彼女は何か納得したような表情を見せた。

 

「少し、邪魔の入らない場所で話しましょうか」

 

 不意にそう呟き、紫がフィンガースナップを一回すると、俺と紫を残して周りが暗転し、次に光が差した時、そこは暖かな日差しが差し、際限なく草むらの続く、それ以外には何も無い平原であった。

 俺の記憶にこんな場所はない。

 

「ちょっと話し易いよう背景は私の心象風景にさせてもらったわ」

 

 そう言うと、いつの間にか紫のすぐ後ろには、一面草原のこの場所にはいささか不相応な安楽椅子が置かれており、彼女はそこにゆっくりと腰かけ、肘をつく。

 

「……草原の真ん中にそんな椅子が一つって随分とシュールな光景ですね」

「夢とはそういうものよ」

「あなたは、俺の夢の作り出した紫さんではなくて、現実の紫さんなんですよね?」

「さぁ、どうかしら。確かに私の能力なら夢と現の境界を操作して他人の夢に入り込む事など造作もないけれど、その操作には造作もないけれども。もしかしたら私は貴方の夢が作り出した八雲紫かもしれないわよ?」

「随分、不明瞭な言い方をしますね」

「夢とはそういうものよ」

 

 一向に話が進まない。

 そもそも、突然現れて一体どのように話を進めるのが正解なのか、それを考えあぐねていると、紫の方から話を始めてくれた。

 

「別に、大した話をしに来た訳ではないのよ。最近、貴方と話をしていなかったからなんて理由で私は今ここに居る」

「…………」

「さぁ、少し前にした話の続きでもしましょうか。『貴方は何故戦うのかしら』?」

 

 それは俺が師匠に弟子入りした時に、今目の前にいる八雲紫からされた質問と全く同じものであった。

 

「それは、俺の村が滅ぼされた理由を――――」

「それは以前も聞いたわ」

「この話自体以前もしましたよ」

「してないわよ。言ったでしょう? これは以前の続きよ。『今』、貴方は何のために戦うのか、と聞いているのよ」

「今?」

 

 俺はそこで考え込んでしまった。今、何のために戦うのか。

 以前の俺はあの妖怪に村を滅ぼされた理由が知りたいと答えた。それに偽りはなかった。俺は『納得』したかった。

 何故自分にこんな理不尽が降りかかるのか、何故あんな事になったのかと納得できるだけの理由が、逃げ道が欲しかった。

 そうでないと、俺の心に渦巻く醜い感情が行き場をなくしてしまうから。

そうでないと、一生俺は――――

誰かを憎しみ続けそうで

心が折れそうで

自分が嫌いになりそうで

心から笑えなさそうで

他人の幸せが妬ましくなりそうで

前を向けなさそうで

醜くなってしまいそうで

汚くなってしまいそうで

生きる希望が持てなさそうで

苦しみ続けそうで

――――怖かったから。

 

「でも、今はどうなの?」

「今は……?」

「今までの貴方は自分のために力を欲していた、自分のために戦う道を選んでいた。それも私は悪くはないと思っているわ。それもまた(まこと)の形だから。でも、今の貴方はどうかしら? 本当にあの時私に語った理由が貴方の真足り得るのかしら?」

 

『蓮一、あなたのその闘志が真である事を私は知っている。必要なのはその真の自分を曝け出す勇気よ』

 

 師匠の言葉が思い返される。

 今、俺は何のために戦うのか。自分では今までと変わってはいないと思っていた。

 だが、どうだろう。あれから数カ月とはいえ、色々な事があった。

 霊夢と戦って

 魔法の森で魔理沙に弟子入りして

 孤助と管狐と戦って

 師匠達と出会って

 自警団に入って

 キツイ修行の日々が始まって

 幽香師匠と一緒に大量の妖怪と戦って

 天体観測に行って

 小夜さんと知り合って

 武村さんと戦って

 今日まで一日として退屈な日々はなかった。毎日が充実していて、新しい事ばかりで、そして、そんな日々が――――

 

「……俺は、いつの間にか『楽しい』なんて思えるようになってたんだな。最初の頃は何度も悪夢を見てたのに」

「貴方の心の傷はたくさんの人や妖怪と過ごした時間と共に十分に癒えたわ。貴方はもう貴方のために戦う必要がない程度には強くなっているのよ。心が、精神が、魂が」

「…………」

「では、今の貴方の真は何? あなたは何故まだ戦い続けるの?」

「それは……」

「何故貴方は先刻、我を忘れる程に激昂したのかしら?」

「それは、目の前で霊夢や師匠が殺されると思ったから……」

 

 そうだ、あの時、俺は自分のために怒ったのではない。霊夢や師匠、自分の大切な人が奪われるのが嫌だったのだ。

 あの時、村が滅ぼされた時が思い返されるようで、嫌だった。二度と自分の目の前で大切な人を失いたくない、そう思ったからこそ俺は心の底から激昂して、暴走して、飲まれそうになった。

 

「紫さん、貴方の言う通り、今の俺の戦う理由は、真は以前と違っているらしいです。俺が、俺なんかが、誰かを目の前で失わないために戦おうとしている。あの時何一つ守れなかった俺が、今度は誰かを守るために強くなりたい、そう思っている」

「……そう、貴方は『活人の道』を選ぶのね。いいんじゃないかしら、私は好きよ、そういうの。誰かを心から守りたいという気持ちは、誰かを失った者にしか抱けないもの」

「……でも、決して何故村が滅ぶ事になったのか、納得したいっていう思いも消えていないですよ。ただ、主軸がほんの少しズレたってだけです」

 

 紫は何も言わず、笑って答える。

 何か、俺の中で食い違っていた歯車が噛み合ったような、そんな清々しい心境だった。さっきまでは本気で孤高の道、それに進もうと思っていた。

 しかし、もう迷いはない。今ならもう怒りに、憎しみに、悲しみに飲まれる事はない。

 心は決まった。

 

「心は決まったようね。良い顔をしているわよ、貴方」

「まぁ、でも、少し申し訳ないですよ、まるで村の事を切り離して、その荷を下ろしてしまったみたいで」

「これは以前も話したけど、そんな事は誰も望んでないわ。貴方に村の生き残りとしてその荷を背負わせたいなんて。死んだ人間を想うのは結構だけれど、それに引きずられてはいけないわ」

「達観していますね、人と妖怪の価値観の差ですか?」

「いいえ、貴方と私の経験の差よ」

「……じゃあ、そろそろ行きます」

 

 話を切り上げて俺は戻る事にした。まだ俺の中にいるであろう、武村の所に。

 それを紫も止める気はないと言った様子で安楽椅子に座ったまま静かに頷いた。

 俺が紫に背を向けると、また周囲の風景が暗転する。

 誰もいない闇の中を俺は独り歩き続ける。そして、前方から光が差すと同時に、いつの間にか、俺はどこかの花畑に立っていた。

 

「……やぁ、帰って来たかい」

 

その花畑の中心に武村は居た。

 

「さぁ、孤高の道へ進もうか。君の欲する力を得るために」

「…………」

「どうしたんだい? それとも、まさか君はまだ弱いままでいたいのかい?」

 

 蓮一は何も言わない。ただ、その目からは完全に迷いが消え、武村の言葉に揺れている様子はなかった。

 

「何でだい? 君は力が欲しいんだろう? 違うのかい?」

「ええ、確かに俺は力が欲しい。でも俺の欲しい力は他人を、仲間を捨てて手に入れたいものじゃない」

「何故わからない! 現に君は僕に負けたじゃな~い? 孤高、それがもたらす強さを、君はその身を持って知っている筈だろう!」

「……それは、俺が未熟で、師匠達から教わった事を何一つ満足にこなせていなかったから。決して仲間が居たからじゃない」

「だ、だが!」

「……俺は村が無くなって、帰る場所が無くなってから今まで、師匠やたくさんの人に助けられて、だから、ここまで強くなれた。あなたの言う孤高の道に進んでいたら今の自分はなかった」

 

 一歩、武村へと近づく。彼は怖気づいたように後ずさりする。

 

「だから、俺は孤高の道には進まない。俺は仲間と、師匠達と強くなります、自分のためじゃなく、誰かを守れる力を得るために」

「それが、君の答えかい……」

「はい、俺の求める『強さ』は孤高の道にはありません」

「……はは、ハーハッハッハッハッハ! そうか、駄目か、久々に同志って奴を見つけたと思ったんだが、やっぱり上手く行かないじゃな~い」

 

 笑い声と共に、武村の身体は少しずつ消え始めていった。

 その身体が瞬く間に半分以上消えてしまい、上半身が残るのみとなると、最後に武村は言う。

 

「わかったよ、蓮一君。ならば、証明して見せてくれ、君の『活人の拳』が僕の『孤高の拳』を上回ると」

「ええ、必ず」

「ふふ、楽しみにしてるじゃな~い」

 

 そう言い残し、武村は笑って消えて行った。

 

「活人の道、か」

 

いつの間にか花畑に差しているのは朝日だった。

長かった悪夢は終わり、徐々にその光が世界()を真っ白に包み込んでいく。

 

「さぁ、そろそろ目覚めの時間だ」

 




 今回この部分はあまり長々とやるつもりはなかったのですが、なんやかんや一話かかってしまったので、修行は次回からになります。
 さて、そういえば日常回みたいのがほとんどない事に最近気付きましたので、この拳鬼編が一段落したら日常的な話も入れていきたいとか思っています。
 里の人達との交流とかも描写したいので。

そして、次回はいよいよ修行回となりますが、新たな東方キャラを追加する予定です。
立ち位置的には馬蓮華ちゃんポジでしょうか。
どうぞお楽しみに。 
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