東方史上最強の弟子 レンイチ   作:浜栲なだめ

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新キャラ登場回。


第二十二話「妖怪の山」

「この度は師匠方、小夜さんには大変迷惑をかけました!」

 

 目覚めて早々、蓮一は目の前の魔理沙を含めた師匠達、そして、夜通し自分に付き添ってくれていたらしい小夜にまず土下座をした。

 

「ま、済んだ事だしいいわよ。まさか久々に顔見に来た弟子が死にかけてたのは流石に予想外だったけど」

「そ、そうですよ……それに、蓮一さんのせいではないですし、どうか頭を上げてください」

 

 魔理沙が呆れたよう、小夜が慌てたように蓮一に言う。

 

「しかし、わからないわね。一体、どうしてあんたはそんなダメージを負って帰って来たのよ?」

「そうだね、まずは情報の整理から始めよう。蓮一君、昨日何があったのか君の口から話して貰えないかい?」

 

 そうして、しばらく蓮一は師匠達に昨日のいきさつを語った。

 スラム街へ行ったこと、そこで墓吐武頭という不良グループに攫われ、そこのリーダーである所の武村と一対一の勝負をする事になったこと。

 そして、そこで自分が敗北したこと。

 

「成程、思いの外無様ね」

「しかし、その武村という武人、相当の使い手ね。ボクシングが基本ベースって話だったけど、蓮ちゃんに打ち込んだのはおそらくボクシングのレバーブローに中国拳法の浸透勁を混ぜ合わせたものね。これ程の技を使うとは、只の荒くれ者じゃなさそうね」

「どうやら『気の開放』も終えているようだし、これは今までにない強敵だねぇ」

「蓮一が勝てなかったのは仕方がな……い」

 

 最初の幽香の台詞と最後の鈴鹿御前の言葉が妙に心に突き刺さる。やはり、これだけの師匠から武術を叩き込まれておいて完膚なきまでに敗北するとなると、弟子である蓮一は責任を感じざるを得ない。

 

「まぁ、蓮一君、気に病む必要はない。負けたのならもっと強くなればいい。それだけの事だよ。取り敢えず今日からしばらく自警団の仕事は休もう」

「は、はい霖之助師匠。ところで、さっきから妙にニコニコして優しいですけど、……一体何を企んでいるんです?」

「ははは、企んでいるだなんてとんでもない。ただ僕は――――」

 

 その時点で蓮一は立ち上がり、既に逃走ルートを把握し、全力疾走が出来るよう準備を整えておく。

 

「――ちょっと自警団を休む間に我が弟子を改造してやろうかな~とか考えているだけだよ」

「戦略的撤退ィィィィィィィ!」

 

 蓮一は目の前のちゃぶ台を踏み台にし、飛んだ。以前のちゃぶ台竜巻返しの時のようにはいかない。

 あえて重心の偏った踏み方をする事でちゃぶ台を倒しておく。さらに、自分はジャンプで出口までの距離を稼ぐのである。

 今度こそ勝った、そう蓮一が確信した瞬間だった。

 

「あ、そこ……畳の縁」

「え? ――――ギャアアアアアア!」

 

 蓮一の着地地点には畳の縁があった。蓮一がそこを踏んだ瞬間、四方から刀が飛んできて、神がかり的に蓮一を包囲するように刺さる。

 ここで何より神がかり的なのは、ここまでやって蓮一に傷一つ付いていないという点だ。

 

「ちゃぶ台を踏み台にする事で僕のちゃぶ台竜巻返しを封じ、距離を稼ぐ所までは良く頑張った。が、今度は鈴鹿御前の罠に引っかかったか」

「くそ! 今度はあなたですか!? 鈴鹿師匠!」

「ごめ~~ん……ねっ」

「ちょっと可愛らしく言ってみても駄目です!」

「さて、修行を始めようか、蓮一君?」

 

 悲鳴を上げながら霖之助に引きずられ、どこかへと連れられていく蓮一。それを、口をポカンと開けて小夜はと見ているだけだった。

 

「あ、あの……いつも、こんな感じなんですか……?」

「師匠と弟子の、こみゅにけ~しょ……ん?」

「いや、疑問形で言われても……」

 

 

 一方、その頃、人里の壱番エリアのさらに中心部にある里の最高機関、『人里議会』にてこの人里の有力者達が早朝から顔を合わせ、とある議題について会議を始めようとしていた。

 

「……さて、皆早朝から足をお運び頂き申し訳ない。今回急遽皆に集まってもらったのには、とある決断を審議するためだ」

 

 円形の高級感溢れる黒塗りの机、そこに座るのは人里において大きな発言力を持つ有力者達。そして、それを纏める人里議会の議長はその名を安里正義(あさとまさよし)といい、長年、人里議会の議長の席に座り続ける白い長髭が特徴的な、まさに威厳の塊といっていい風貌の老人である。

 彼の言葉と共にすぐ隣の席に座っていた男が立ち上がり、手元の紙を右手に持ちながら話を始める。

 

「あー、自警団団長の辻秋です。皆さん、今日はお忙しい中早朝から集まって頂き有難うございます。今回は先月の議会でも問題に上がった人里の伍番エリアにある貧困街についてです」

「貧困街。あの薄汚い鼠共の巣か」

 

 貧困街という言葉を耳にして、真っ先に反応を示したのは辻秋の正面に座っていた議員の一人、豊金(とよがね)という名の男だ。

 まだ若く、同じく議員であった父の七光りでこの場に座っていられるだけの、名門貴族と名高い名家の長男。所謂「おぼっちゃま」である。

 辻秋を含め、この場の全員が口には出さないが、正直、豊金の事は好ましく思っていない。彼の独善的かつ自己中心的な態度や意見によって今まで何度滞りようのない議論が滞ったかわからない。

 先代の彼の父は極めて聡明な議員であったらしいが、その知性の片鱗は息子である彼には見えない。

 辻秋は、ここは何も言わず、まず議題について説明してしまう事にした。

 

「ここ一カ月、特に最近の一、二週間の範囲で不良グル―プによる被害が増加傾向にあります。既に自警団の者も数人重傷を負わされています。また、昨日調査隊を編成し、その不良グループを調査させた所、彼らの目的は我が自警団の壊滅である事が判明しました」

 

 ここで、豊金以外の議員達からも何かしらの反応の声が洩れる。一方では不安や恐怖を覚えている者もいれば、世迷言だと笑い飛ばす者も居る。

 当然、豊金は後者である。

 彼は何不自由なく、しかも甘やかされて育ってきたせいか、世間知らずな癖に他人を見下すきらいがある。

 きっと不良グループのリーダーの名を聞けばその態度も少しは改まるだろうと、辻秋はその男の名を口にする。

 

「尚、その不良グループ『墓吐武頭』のリーダーはあの武村、賞金首『拳鬼』です」

「なんと……」

 

 これには安里議長も驚嘆の声を上げていた。

 他の議員達も同様である。特に豊金の反応は、言い方は悪いが、ずば抜けて面白かった。武村、そして拳鬼という言葉を聞いた途端にさっきまで嘲笑を浮かべていたその表情は固まり、青ざめ、冷や汗まで流している。

 内心でほくそ笑みながら辻秋は続ける。

 

「そこで、自警団はこれに対し、なんらかの対抗手段が必要と判断し、不良グループへの攻撃許可の許可を求める次第で――――」

「な、何をしている!? きょ、許可などとっている暇があったらさっさと奴らを根絶やしにしろ!」

 

 豊金の罵声が辻秋の言葉を遮る。その声色には明らかに怒りよりも恐怖や焦燥の感情が多く滲み出ている。

 

「まぁ、落ち着いてください。我々自警団が公に里の人間を傷つける事は許されません。こちらが彼らを攻撃するにはここに居る全議員の三分の二以上の賛成意見が必要となります」

「で、では、さっさと可決を取ってしまえ! スラムは危険だ、他の住民に害を為すと言うのならもうこの人里でわざわざ守ってやる義理もあるまい!?」

「おいおい、落ち着けよ、青二才。お前さえ黙ってくれるんならもっと議会はスムーズに進むんだからよ」

「あ、青二才、だと!? 貴様、誰に向かって口を利いている!? 霧雨!」

 

 怒りと焦りの混濁した半混乱状態の彼を諌めたのは、今まで辻秋の話にも大きな反応を見せず、ただ場を見ているだけであった商業組合代表議員、霧雨である。

 激昂して睨んでくる豊金に対しても霧雨は至って冷静に、彼を睨み返す。それだけで豊金は避けるように目を背けてしまう。

 

「辻秋殿、一つ聞きたいんだがな。その武村って奴に何故自警団を潰したいのか理由は聞いたのかい?」

「いえ、そこまではまだ判明しておりません」

「じゃあ、その武村って奴の話も聞いてやってくれねぇか。あいつらの言い分も聞かずに一方的に悪者って決め付けるのは後悪いだろう?」

「ふん、流石、貧困層から成り上がった成金商人はスラムの奴らにも理解があるようで」

「ビビリな温室育ちのぼっちゃんとは違って、俺は肝が据わってるんでな」

「おい、貴様、もう一回言ってみろ……」

「そこまでにせい、霧雨、豊金! 神聖な議会の場を乱すでないわ、このうつけ者!」

 

 豊金と霧雨、二人の間の空気に険悪さが満ちた瞬間、その空気を安里議長が一喝して断ち切った。

 こういう、言葉を挟むタイミングが絶妙な者が議会を取り仕切っていると、安心できる。辻秋は一つ息をつくと、手順通り、議員の投票を求める。

 議員達の票は圧倒的に攻撃許可を下すものに偏っていた。やはり、自分に害為す存在は早急に排除したいというのが常であるのだろう。

 一方で、霧雨などは許可を下すには早いと票を入れたが、多数決では誰が入れようと一票は一票。

 結局、五分の四以上もの可決票を獲得し、自警団の不良グループに対する攻撃許可が下される結果となった。

 ただし、霧雨の意見を尊重し、事情聴取と原因解明が義務として辻秋に課せられる結果となり、議会は終わった。

 

「なぁ、辻秋殿、ちょっといいか?」

 

 議会を終え、外に出て自警団へ向かおうとした所で霧雨に声を掛けられた。

 

「ええ、なんです? 霧雨殿」

「……拳鬼、いや、武村って奴の事なんだがよ。あいつ、確か二、三年に自警団の入団試験を受けに来てたんだ」

「はい……?」

「実はその時、偶然そいつが俺の店に立ち寄ってよ、少し話をしたんだ。その時、あいつは嬉しそうに話してたぜ? 自警団に入団できそうな事とか、自警団に入った後のこれからの生活の事とか、それと、妹の事とかよ」

「妹……」

 

 おそらくは報告にあった小夜の事を指しているのだろう。しかし、辻秋は今まで武村が自警団の試験を受けに来ていたなど知りもしなかった。

 最終試験にだけは必ず立ち会っているから、相応の武人に関しては記憶している筈だが。

 

「あいつ、最終試験直前に何かとんでもねぇ事しでかして賞金首にまでなっちまったんだって話だが、でも、あいつが、あんな性根の優しい奴が大した理由もなく自警団を潰すだなんて言う筈がねぇと思うんだ」

「……心配せずとも、不良グループの人間は一人として殺める気はないですが?」

「ああ、お前にはそんな気はねぇだろうな。でもあいつは、豊金は別だ。何か妙に武村って奴の事を意識しているみたいだし、奴なら問答無用で死刑だ、何て事もあり得る」

「つまり、何をおっしゃりたいのですか? 霧雨殿」

「時と場合によっちゃ、お前が不良達(あいつら)を守って欲しい、頼む」

 

 難しい事を簡単に言ってくれる。

 決して表情には出さないまま、辻秋は心の中で嘆息した。

 

 

「うん、霖之助どん、ちょっと提案があるね」

「ん? 何です?」

 

 二等辺三角形型に建てられた短い木柱。その底辺部分の二柱に腕を、残った一柱に両足を乗せて腕立て伏せを続ける蓮一を他所に刃空が霖之助に声を掛けた。

 

「あの……霖之助師匠……100まで終わりまし……た……!」

「うん、じゃあ、この話が終わるまでさらに追加で続けてね」

「あなたに弟子を気遣う心は存在しないんですか!?」

「それで、刃空殿、提案とは?」

 

 弟子の悲鳴を完全に無視しながら霖之助は刃空の方へと体を向ける。ここまで鬼になれる師匠も珍しいと多少たじろぎつつ、刃空は話を始めた。

 

「うん、実は蓮ちゃんを数日わいちゃんに預けて欲しいね」

「……ほう、またどうして?」

「蓮ちゃんに本格的に制空圏を覚え込ませたいね。そのためにはもう少し蓮ちゃんと実力の近い相手との組手が必要ね」

「成程、確かに今の蓮一君に制空圏を覚えさせるのには賛成ですが。アテはあるのですか?」

「ふむ、ちょっと実家に帰ろうかと思うね」

「え……大丈夫なんですか?」

 

 霖之助が心配するような目で刃空を見つめる。刃空の方も気の進まないような難しい顔を浮かべている。

 

「し、正直できれば避けたかったけど、仕方ないね、大事な弟子のためね」

「り……霖之助……師匠……まだ……ですか?」

「まだ、大事な話の最中だ。刃空殿、取り敢えず一旦皆に相談しましょう」

「お……鬼……」

「わかったね、すぐに全員を招集するね」

「よし、蓮一君、僕達は少し全員で話をしてくるから、その間もサボらず続けておくように」

「できる……訳……」

 

 蓮一の悲痛な叫びが去っていく霖之助の耳に届く事はなかった。

 

「――それで私達を呼び出したという訳ね、刃空」

「そうね、靈夢どん。どうか、蓮ちゃんをしばらくの間わいちゃんに預けて欲しいね」

 

 高天原のとある一室。刃空は自分の提案を他の豪傑達に話、靈夢に頭を下げた。

 

「わかったわ、いいわよ」

「随分あっさり了承してくれたね?」

「まぁ、僕自身には異論を唱える事はできませんよ、蓮一君のためというならそれに勝る理由もないでしょう」

「上に同……意」

「ま、別にあいつの修行に縛られる時間が無くなるんだから、むしろ私は願ったり叶ったりよ」

 

 最初、刃空は全員から何かしら不平不満を訴える声が響くと想定していた。何故なら、蓮一はあくまで靈夢の直弟子であり、それを高天原にて他の豪傑全員で指導する方針であるからだ。

 それを一人が、しかも数日間独占して修行を漬けるというのには何かしら皆思う所がある筈であった。事実、幽香は大分無理をして強がっているのがよくわかる。

 しかし、それでも皆快く認めてくれるというのは、全員が射命丸刃空という達人に対して絶対の信頼を置いている事の表れでもあった。

 少し、目頭が熱くなるのを覚えながら、もう一度刃空は全員に向けて頭を下げた。

 

「皆、感謝するね」

「でも、時間の猶予はないわよ。さっき、久しぶりに霧雨の親父さんが来たわ」

「霧雨師匠が?」

 

 以前、霧雨商店にて霧雨を商いの師として弟子入りしていた霖之助が反応を示す。

 

「彼の話によれば、近々不良グループと自警団との全面戦争が始まるらしいわ」

「それは本当ですか!?」

「ッ!? 蓮一君!?」

 

 突然、襖を開けて入って来たのは蓮一であった。おそらくは鈴鹿御前あたりが気配の消し方を教えていたのだろう。しかも、今まで話の内容に集中して周囲の警戒を怠っていたために寸前まで気付けていなかった。

 一方で自分以外の全員は気付いていてわざと立ち聞きさせていた感が見られるが。

 

「だ、黙って修行を投げ出して、立ち聞きしていた事は謝ります。しかし、どうしても気になって。あの、自警団と不良グループの戦争が始まるって……」

「ええ、自警団に攻撃許可が下りたそうよ。おそらくは戦力が整い次第、攻撃をしかけるでしょうね」

「……射命丸師父! 今すぐ、修行を始めてください! 俺は、まだ武村さんに伝えなければならない事があります!」

 

 蓮一の目は既に修行でボロボロにも関わらず、強い光を宿していた。

 刃空はそれを受けて立ち上がると、蓮一を連れ、中庭へ出る。

 

「よし、では早速行って来るね。出来る限り早く戻るね」

「ええ、蓮一をよろしく頼むわ」

 

 師匠達に中庭で見送られ、蓮一と刃空は出発する事になった。

 

「ところで、射命丸師父、目的の実家とやらにはどうやって行くんです?」

「蓮ちゃん、わいちゃんは天狗ね。だったらそんなの決まっているね」

 

 不意に刃空は蓮一の胴回りを抱え、膝を屈伸させ、同時に普段は折り畳まれている巨大な黒い翼を広げる。

 辺りに黒い羽根が散り、そこで蓮一は次の刃空の行動が読め、顔を青ざめさせる。

 

「あの、射命丸師父、俺、高い所っていうのはあんまり得意じゃ――――」

「しっかり掴まってるね。死なない程度に全速力で飛ばすね!」

「ギャアアアアアアアアアアアアア――――」

 

 次の瞬間、刃空を中心に激しい突風が吹いたかと思うと、蓮一の絶叫と共に二人の姿は跡形もなく消え失せていた。

 

「……蓮一、残された時間は短いわよ。おそらく長くとも二週間、いえ――――」

 

 

「一週間だ、それまでに戦力を整え、攻撃に打って出る」

 

 自警団の集会、そこで辻秋が早朝に議会で話した内容を自警団の団員達に話していた。

 

「蓮一、今日は休みって事はやっぱりそれだけ重傷って事か……」

 

 安里は集会の最中、今日はいない蓮一の姿を思い浮かべ、一人言葉を洩らす。

 昨日は別の村の自警団へ助っ人として派遣されていたために、蓮一に付いていてやれなかった。

 帰ってきて蓮一が武村という男に負け、重傷を負ったと聞いた時にはその時に自分いなかったのが悔やんでも悔やみ切れなかった。

 

――あの時、俺がいれば……蓮一は……!

 

 思い返すだけで自分に腹が立つ。

 

「蓮一、お前の仇は俺がきっと取ってやるからな……!」

 

 一人、拳を固め、安里は一週間後の不良グループとの決戦に向け、決意を露わにする。

 一方でもう一人、蓮一の身を案じる少女の姿があった。

 

「蓮一さん……皆さんはもう大丈夫と言っていたけど、霖之助さんがしばらく自警団は休もうって言ってたし、やっぱりそういう事だよね」

 

 今日の朝、自警団に遅れるといけないからと、小夜は靈夢に送られ人里へと帰り、そのまま自警団へと来ていた。

 

「巫女様はもう大丈夫だからって言ってたけど……やっぱり心配だなぁ。お見舞いとか行った方が……」

 

 そこまで口に出して小夜は口をつぐむ。

 そもそも、誰のせいで蓮一がああなったのか、自責の念が渦巻いたからだ。

 小夜は未だ蓮一の武村から受けた傷を自分の責任だと思っていた。あの時に蓮一の誘拐を防いでいられれば何事もなく、今日もきっと彼に挨拶をしてから何か適当な話題で盛り上がる、そんないつもの時間があった筈なのだ。

 

「……まずは私が出来る事をやろう。でないと合わせる顔がない」

 

 自分の身内がやった事でもあるのだ。これは自分が決着を着けるべきでもある。そう小夜は考えていた。

 そして、考えが纏まってからの小夜の判断は早かった。

 

「……スラムに、兄さんに会いに行こう。そして、そこで全ての決着を着ける。それが今の私がすべき事……!」

 

 

 幻想郷の上空。いつもはのどかで壮大な青い空を、今日は謎の物体が超高速で飛んでいた。

 天狗の英雄、『風神』射命丸刃空とその弟子、蓮一である。

 最も、今の蓮一はとんでもないスピードで空を駆ける事で身体に掛かる負担に耐えかねてぐったりとしているが。

 

「あ、あの……射命丸師父、そう言えば聞いていなかったのですが、師父の実家というのは一体どこなのでしょうか?」

「ん? ああ、そういえば言ってなかったね。もうすぐ着くから、今にわかるね。――――む?」

 

 突然、刃空は正面を見据え、スピードを落とし始めたかと思うと、やがて空中で制止する。

 蓮一がどうしたのかと前方を見ると、遠くから何かがやって来るのが見える。

 それは、刃空と同じように大きな翼を持った人型の妖怪。天狗であった。

 

「そこの者、止まれ。ここから先は我ら天狗の領域。何人たりとも理由なくこれを侵す事は許されぬ」

 

 やって来たのは三人の女の天狗であった。皆山伏のような恰好をしており、その手には槍や刀を持っている。

 場合によっては戦闘をする意志もある、という事だろう。

 少し面倒な事になりそうだと身構える蓮一だが、二人の姿を、特に刃空の姿を見た天狗達の顔はみるみる内に威圧的なものから畏まったものへと変貌し、空中で頭を下げて膝をつくような仕草を見せる。

 

「こ、これは射命丸刃空様。気付かずに申し訳ありません」

「無礼をどうかお許しください」

「あぁ、別に気にする事はないね」

「射命丸師父、随分と天狗達の態度が変わったように見えるですが、そんなに有名人でしたっけ?」

「失礼ね! わいちゃん、天狗の界隈では英雄と呼ばれる超有名人ね。あー、ちょっと君達、わいちゃん達はこれから妖怪の山に入るから道を開けてはくれんかね」

 

 そう刃空が宙で膝をつく女天狗達に言うが、彼女達はそれを聞くと元の姿勢に戻ると、むしろ道を阻むように目の前を塞ぐ。

 明らかにその態度からはとてもこの先に自分達を通す気は感じられない。

 

「誠に申し訳ございませんが、天魔様から直々に刃空様だけは妖怪の山にお通しするな、との仰せです」

「ここを通す訳には参りません」

「どうか、お引き取りを」

「……師父、何やらかしたんですか?」

「……何、ちょっとした痴話喧嘩ね。全く、天魔の奴も頭が固すぎていかんね。過去の事は水に流せというに。まぁ、ともかく――――」

 

 瞬間、刃空から静かな気が溢れ始める。それを察知し、天狗達も本格的に武器を構え、臨戦態勢に入っている。

 幻想郷の上空で、三人の女天狗達と一人の鴉天狗が一触即発の勢いで向かい合っていた。

 

「――押し通るしかないね。蓮ちゃん、しっかり掴まってるね」

「はい!」

「……残念です」

「ここは通しません」

「参りますッ!」

 

 三人の天狗が一斉に三方向から襲いかかって来る。しかし、刃空はその状況に微塵も動じない所か、一人一人の体格や顔を舐めまわすように見ては値踏みするかのようにニヤける。

 そして、彼女達の武器が刃空の身体に触れる寸前、彼の身体が空に溶けたかのようにして消えた。

 

「遅い、遅いね!」

 

 完全に相手を見失った彼女達に刃空の掌底が彼女達に襲いかか――――

 

 ムニュ。

 

「きゃあッ!」

 

 ムニュムニュ。

 

「ちょ、ちょっと! どこ触って――――」

 

 ムニュムニュムニュ。

 

「へ、変態ッ!」

「おほぉぉぉぉ! いい、揉み心地だったね! やっぱり若い女の子の胸とお尻は格別ね!」

「…………何やってるんですか、師父」

 

 今まで以上のスピードで空を舞い、女天狗達へと反撃を加えるのかと思っていたが、その範疇を飛び越え、刃空は攻撃する代わりに次々と女天狗達の胸や尻をいやらしい動きを見せる両腕で交互に揉みしだいていっただけであった。

 緊迫した空気が一変、桃色の嬌声に包まれる。

 

「く、変態めッ!」

「変態? 違うね、仮に百歩譲って変態だとしても、わいちゃんは『変態』と言う名の『紳士』ねッ! 可愛い女の子が居たら揉まなければ失礼、これ紳士の嗜みねッ!」

「俺もうこの人の弟子やめたい……」

「じゃ、先を急ぐからこれにて失礼ッ!」

「あ、待てッ!」

 

 やる事だけやり終えると、刃空は女天狗達の制止の言葉も待たず、一瞬で彼女達を置き去りにして妖怪の山へと一直線に飛んで行ってしまった。

 

「くそ、待て!」

「いえ、追っても無駄よ。私達程度では追い付けないわ。それはさっきのやりとりで証明されている、腹立たしい事に」

 

 先刻、殺す気でまでとはいかずとも、ある程度気絶位までさせる気で放った女天狗三人の同時攻撃をいとも容易く掻い潜り、しかも、胸とお尻まで全員が揉みしだかれている。

 これは、彼女達と刃空との間に圧倒的なスピードの差があるという事。

 今から彼女達が全速力で追ったとしても、もう刃空の姿を捉える事すら難しいだろう。

 

「では、あれをどう止めるの……?」

「……この場合、天魔様へ報告に向かった方が早いわ」

 

 一人がそう言うと、三人は頷き合い、全速力で山の頂上を目指し、飛んで行った。

 

「ふぅー、追ってこないみたいだし、どうやら見事撒けたようね」

「ああ、師父の知りたくもない一面を知ってしまった」

「まぁ、そう言わないで欲しいね。もうちょっとしたら蓮ちゃんにもわかるね、男の浪漫が」

 

 完全にさっきの三人の女天狗達を振り切り、しばらくルートを迂回するように飛び続けた後、目的地の妖怪の山、その上空にまで辿りついた二人は降りる地点を探して、空中で制止している。

 

「それはともかく、ここで俺の修行をやるんですよね?」

「そうね、蓮ちゃんにピッタリの修行相手が――――!?」

 

 突然、真上からまるで竜巻の塊のような風の砲弾とも称するべき何かが蓮一と刃空めがけて飛んできた。

 刃空が寸前で攻撃を察知して慌てて場所を移動して避けるが、その時、あろう事か蓮一の身体を掴んでいた右腕を離してしまう。当然、刃空の動きに飛ぶ事のできない蓮一が空中でついていける筈もなく、蓮一は宙に投げ出されるような形になる。

 

「あ、やっちゃったね」

「ちょ、まさか――――」

 

 そのまま、蓮一は重力に引っ張られ、上空約四千メートルから真っ逆さまに妖怪の山へと落ちて行った。

 

「うわああああああああああああああああっ!」

「蓮ちゃん今助け――――!?」

 

 刃空が落ちていく蓮一の元にすかさず向かおうとした所に、それを阻むように再度風弾が何発か撃ち込まれる。

 それを避けている間に、蓮一はあっという間に深い山の中へと消えて行った。

 刃空は風弾の発射点の方を、自分の真上を睨みつける。太陽と重なりその姿を明確に捉える事はできない。

 ただ、刃空にはわかっていた。そこに居るのは自分と同等かそれ以上の力を持つ者。そして、自分の良く知る相手。

 天狗達を束ねるこの妖怪の山の頂点、天魔。

 

「これは、参ったね……」

 

 刃空は蓮一が落ちて行った辺りを横目で見て大きく息を吐く。

 

 

「――――う……ん……?」

「思ったより早く目が覚めましたね、侵入者」

 

 蓮一が目覚めた時、最初に見えたのは縄で木に縛られた自分の身体。どうやら、今蓮一は捕縛されている状態にあるらしい。

 顔を上げて辺りを見回すと、辺りに無数にそびえ立つ木々と、その中にこちらを向いて立つ一人の少女の姿が目に入った。

 真っ白な髪に、先程襲われた天狗達同様の山伏姿。天狗のようではあるが、大きな翼は見受けられない。そしてその左手には紅葉が大きく描かれた円盾、右手には抜き身の大剣を持っている。

 そして、何より気になったのは、彼女に生えた犬のような耳と尻尾。

 

「質問される前に答えさせて貰いますと、ここは妖怪の山の中腹辺り。そして、これより貴方は侵入者として天狗の里に連行される所です。今仲間の哨戒天狗がこちらに向かっていますから、そのまま大人しくしていてください」

 

 最初はあの高さから落ちて死んでいないだけマシと思っていたが、現状、あまり死からは遠ざかっていないらしい。

 見た所刃空とは完全にはぐれてしまい、しかも目の前には敵の天狗。天狗の里に連れて行くという話だったがおそらくはただでは済まないだろう。

 彼女の話を聞く限りでは自分は『侵入者』なのだから。

 

「言っておきますけど、逃げようなどと考えない方がいいですよ。貴方の罪が余計に増えるだけですから」

 

 まるで蓮一の考えを見透かしたかのように彼女は冷たい目で蓮一を射抜く。

 万策尽きたかと思われたその時、最初に聞こえたのは耳元で風が吹き抜けるような音。そして、次に聞こえたのは――――

 

「右に避けて!」

「――――!」

 

 それがだれの声かはわからない。聞き覚えのない女性の声だった。しかし、蓮一は半ば反射的にその声に従った。

 別に何か強制力があった訳でもない。ただ、直感的に従わなければならない、そう感じたからだ。

 蓮一が身体を右に攀じると、今まで固く結ばれていた筈の自分を縛る縄はいとも容易く切れ、蓮一に再び身体の自由が戻る。

 驚きに包まれながらも、素早く蓮一は立ち上がって右へ飛び出す。

 

「な!? 待て――――」

 

 動けぬよう縛っていた筈の蓮一が突然逃げ出した事に驚き、蓮一の方に気を取られた。それが失敗だった。

 直後、まるで台風のような風の塊が蓮一の縛られた場所と彼女とを結ぶ一直線に吹き荒れ、彼女だけが避けきれず、それに巻き込まれた。

 蓮一自身もあの謎の声に従って避けていなかったら巻き添えを喰らっていただろう。

 おそらく彼女自身も通常なら避けきれていたのだろう。ただ、蓮一が急に動くというイレギュラーに一瞬、頭が困惑し反応が遅れたのだ。

 局所的な嵐が収まった後、そこにはボロボロになって倒れる少女の姿だけが残っていた。

 どうやら生きてはいるようだが、あの様子では当分動く事はできないだろう。

 

「ふぅ、なんとか上手く行ったわね。やるじゃない、ちゃんと私の声に従って右に避けるなんて」

「君は天狗……?」

 

 いつの間にか蓮一の背後にもう一人少女が立っていた。今まで出会った天狗達とは異質な少女だった。

 頭に頭襟(ときん)を乗せてはいるものの、その服装は半分に紅葉柄の描かれた白の半袖にフリルのついた黒いミニスカートと、今まで見てきた山伏姿とはかけ離れた実にシンプルで軽やかな外見である。

 声からしてさっきの声はこの少女のものだろう。だとしたら疑問であった。

 何故同じ天狗である彼女が仲間の天狗を攻撃し、あろう事か侵入者であるはずの蓮一を助ける真似などするのか。

 

「まずは取り敢えず安全な場所に移動したいからついて来て」

「ああ、でも何で俺を助けてくれるんだ? 君は一体何者なんだ?」

「……急いでるんだけど、まぁ、名前位は名乗っておくべきね」

 

 彼女は蓮一の方に向き直ると、自分の名前を口にする。

 

「私の名前は(あや)、射命丸文よ」

 

 蓮一の師匠、『風神』射命丸刃空と同じ姓、同じ漆黒の翼を持つ目の前の少女は風になびく長い黒髪を片手で軽く押さえながら、そう名乗った。

 




普段より投稿が遅くなってしまいました、すみません。

前回、修行は次話からと言ったな、あれは嘘だ、すみません。

また、来週から期末試験日程に入るので次週休載します、すみません。



二月からは頑張るのでどうか生温かい目で見守ってやってください。
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