東方史上最強の弟子 レンイチ   作:浜栲なだめ

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 投稿が一日遅れてしまい本当に申し訳ありません。
 拳鬼編、妖怪の山パート続きです。


第二十四話「千手先を見通す目」

 私が物心ついた時から、既に父親の姿はなかった。

 母は自分の父がどこにいるのか尋ねる幼い私を強く抱きしめて言った。

 

『文、父親の事は忘れなさい』

 

 幼いながらもその時の私にはもうおおよその事情はなんとなくわかっていたのだろう。はい、とだけ答えて私はそれ以降父親の話を母の前でするのはやめた。

 母は天狗達の長だった。

 そんな母からの命令だろうか、小さいころから里の皆はよく私を気遣ってくれたりもした。

 しかし、そんなものは余計なお世話だ。別に、私は顔も知らぬ父などに興味はないし、持とうとも思わない。だから、やめてくれ、そう憐れんだ目で私を見つめるな。

 ――――苛々する。

 まるで憂さ晴らしでもするかのように私は『趣味』を作った。

 掃除洗濯、料理や裁縫など家事全般の他に、読み書きそろばん、地理や歴史、薬草学、動物学、昆虫学など天狗の里の持つ学問知識など、分野を問わず、自分の知らないものには所構わず手を出した。

 とにかく父親の事を考えずに没頭でき、それでいて周りと隔絶できるような何かが欲しかった。しかし、家事全般は母が家に帰らない事が多かったために幼い頃からある程度は習得していたため新たに知るべき事はほとんどなく、すぐに飽きた。

学問分野についても天狗の里の貯蔵図書全てに目を通したが、それも二十年か三十年程度で理解し尽くした。

 一番長く続いたのは武術だった。

 天狗特有の舞空術は勿論の事、棒術、槍術、剣術、弓術などの武器の扱い、そして何よりも数多の種類に派生した拳法。

 まず、天狗が扱う武器術全てを師範代クラス程度にまで扱えるようになるまでにはおおよそ二、三百年の年月がかかった。

 こんなに時間のかかる事は初めてだった。

 私は豊富な才に恵まれていたらしく、家事、学問に関してはすんなりと吸収していけた。

 舞空術に関しても、天狗の長である母の遺伝子が見事に受け継がれたのか、私は生まれた時から既に天狗の中でも特筆すべき速さを獲得していた。

 しかし、どうも武術の才だけには恵まれなかったらしい。元より戦闘を好まない性格である事も起因しているのだろう。周りの哨戒天狗が容易くやってみせる事が私には異様に難しく思えた。

 しかし、それだけに楽しかった。これだけ難しければ武器術より種類の多い拳法ならおおよそ五百年相当は父の事を考えずに済む。周りからも隔絶できるからだ。

 武器術をおおよそ全て修めた後、私は修行のためと言って、母と共に住んでいた家を出て、里から少し離れた場所に居を構えた。ほとんど雨風をしのいで寝るためだけに建てた家だ。かなり簡素な上、母と住んでいた屋敷に比べて圧倒的に狭いが、私には十分に思えた。

 何、時間はいくらでもあるのだ。才の無い分は膨大過ぎる時間でカバーできる。

 私は武術に没頭した。別に特別戦うための力を欲していた訳でも、戦う事が好きな訳でもない。私の意欲は低く、その上、才も無かった。そのために、本当に膨大な時間が掛かった。

 そんなある日、父からの、射命丸刃空からの『風の噂』が届いた。

 父の事は色々な人から聞かされて既に知っていた。母は何も言ってはくれなかったが。

 射命丸刃空。天狗歴代最速と謳われた天狗で、ついた二つ名が『風神』。そして、かつての『戦争』から天狗の里を纏め上げ、果敢に戦い、数々の勝利と栄光を連ねた天狗の英雄。

 そんな父からの初めての接触。その内容は最初から最後までほとんど私や母への謝罪文のようなものであったが、その中に最近人間の弟子を取ったという話があった。

 しかも、近日中に修行のために連れてくるからその時はその弟子を頼む、きっとお前も気に入るだろう、ともある。

 私の内では父への怒りよりも困惑の方が大きかった。

 何故今頃になって? 

 しかも、顔も合わせた事のない娘に頼み事? 

 弟子を頼むとはどういう事だろうか、修行と言っていたから強くなりたいという事なのか? 

 何だ、きっと気に入るとは。何を根拠に言っているのだ?

 様々な疑問が頭の中を巡り、私はどう対処すべきか考えあぐねた。この際、無視も有りだと考えた。どうせ、顔も合わせた事もないのだ。そんな父親の頼み事など聞く義理はない。

 が、私は一度思い留まった。

 約束を無視するのは良いとして、その弟子とやらはどうなるのか。当然あの父を母が山に入れるつもりはないだろう。

 そうすれば、彼らが妖怪の山に入った時点で侵入者扱いになる。そうなると、弟子の方はあっさり殺されるんじゃないだろうか。

 それはあまりに可哀想だ。何で父に弟子入りしたのかは知らないが、それだけで特に罪のない弟子が死んでしまうというのは不憫だ。

 うん、父の頼みを聞くかどうか、その弟子とやらを見て判断しよう。

 そうして、今日。その弟子が、蓮一が、空から降って来たのだ。

 

 

「椛様。この五合目全体に警備隊を配置し終えました。これで侵入者らに六合目以上の侵入を許す余地はありません」

「御苦労。下がりなさい」

「はっ!」

 

 周りに生える木々の中でも一際高い木の頂上で報告を聞き終えた椛は配下の哨戒天狗を下がらせ、無表情に眼下の妖怪の山を見下ろす。振り向けば今いる六合目より上。天狗の里の広がる六合目から頂上が見える筈だ。

 煙玉による煙幕で文と蓮一を逃がした後、椛はすぐに自分の居る五合目を封鎖した。理由は簡単だ。彼らは確実に山を下るよう麓に向け、逃げて行った筈だからだ。

 何故、そう言い切れるか。これも簡単だ。山という地形の中、逃げるとしたら麓の方へと行くのが最善だからだ。

 山は大雑把にいえば皆円錐の形をしている。この妖怪の山もその例外ではない。敵に見つかり難いように逃げるとすれば、当然広い範囲へと逃げるのが良い。狭い範囲に逃げれば見つかり、捕まり易くなる。

 となれば、山の中逃げるとすれば、当然開けていく麓の方だろう。山の頂上目指して逃げるなど、逃げられる範囲を狭める上に天狗の里にも近づく事となり、両挟みとなる。

 そして、そんな愚かしいミスを射命丸文が犯すかと問われれば――――

 

「そんな事はあり得ない」

 

 椛は知っている。射命丸文の高い実力と、その頭の回転の速さ。文句のつけようもなく優秀。優秀だからこそ、その行動はセオリーそのもの。逆に読み易い。

 椛は薄らと笑みを浮かべる。

 そして、捜索部隊の編成が完了した報告を受けると、木から下りて、地に降り立つ。

 目の前には列を作って並ぶ屈強な哨戒天狗達が椛の指示を待っている。

 

「では、準備ができたようなので、これより侵入者、文様の捜索を開始します。この五合目から麓に向け、等高線を引いていくように等間隔の範囲で捜索を開始。尚、侵入者、文様両名を見つけた場合は決して気取られぬよう最善の注意を払い、攻撃はしかけず、私に連絡し、その場で監視をすること」

 

 これには、捜索隊の全員に困惑の色が浮かんだ。

 何故捕縛対象を見つけたにも関わらず、ただ傍観を決め込ませさせるのか。

 これも、少し考えればわかる事だが、まぁいい。説明している時間が惜しい。彼らは、というか天狗という種族は上からの命令には必ず従う。

 ここで詳細な説明がなくとも、彼らは必ず命令に従い行動する。問題は無いのだ。

 

「――では、各自、捜索を開始」

 

 椛のその一言と共に、一瞬にして目の前で隊列を組んでいた哨戒天狗達が消え、散開していく。

 これでいいのだ。椛はもう一度笑みを浮かべる。

 おそらくは先の戦闘で彼らは体力を消耗している。優秀な文ならば無理に遠くまで逃げるより、その途中で見つかる事や行き倒れた場合のリスクの方を注視して、どこかで体力を温存するために留まり隠れている筈。

 ならば、こちらは遠慮なく追い詰めに行こう。

 今はもう夕刻。夏の日は長いとは言え、夜になり、辺りが闇に包まれるまでにはそう時間はかからない。

 夜になれば多少なりとも厄介になりかねない。日が沈む前に決着を着ける。

 真っ赤な夕焼けが、山の木々を赤く染め上げ、その所々に夕闇が漂い始めていた。

 

 

 文の父親について尋ねたら、生い立ちやらの話にまで発展してしまった。

 話を聞きながら、徐々に重くなる空気に蓮一は後悔し始めていた。

 

「――後悔する位なら初めから察して聞かないでよ」

「……そんなに顔に出ていたか?」

「顔には出てないけど、細かい挙動を見れば大体どんな気持ちなのか位は読めるわ。言ったでしょ? 天狗の貯蔵図書は全部読みつくしたって。あの中に心理学の類の本も混ざっていたのよ」

 

 なんと多芸なんだろうと、改めて文の膨大な知識に対し、蓮一は素直に感嘆の声を小さく上げた。

 そして、同時に、彼女が見た目に反してかなりのご高齢であった事にも。

 

「妖怪って、一種の詐欺だよな……」

「何、急に?」

 

 文が不思議そうに問い返すが、流石に年齢についての話はできなかった。蓮一にもその程度の気遣いはある。

 しかし、さっきまで柄にもなく心臓を高鳴らせていたのが馬鹿のようであった。つまり、自分は御婆さん以上のご老体と隣同士肩を寄せ合い、緊張していたという事だ。

 見た目は自分と同じ位に見えるのに、とんだ詐欺だ。肌なんてこんなにきめ細かくて、感触だってスベスベではないか。

 蓮一は文と触れ合っている部位の肌を横目で見ながら、小さく溜息を吐いた。

 

「妖怪と人間の年齢感覚を同じにしない方が良いわよ」

「凄いな、心理学。今度俺にも教えてくれ」

「今の状態を無事に抜け出したとしても、絶対に嫌よ」

「何でだよ」

「女性を前に年齢の事を考えるなんて失礼な奴にかける義理なんてないわ」

「くそッ、それがわかってたから口には出さなかったのに……!」

 

 考えただけでも十分に駄目らしいと頭の中のメモに書き足しておく。今後役に立つかは分からないが。取り敢えず、まずはこの山から生きて帰らなければ話にならない。

 文の話を聞いて他愛ない話をしている内に、既に辺りは暗がりが見え始めている。

 

「文、もう夜になる。これからどうするんだ?」

「取り敢えず今日はここで野営よ。交代で見張りを続けるわ」

「危険じゃないか? せめて洞穴とかに……」

「あの哨戒天狗共すら知らない、そんな夢のような洞穴があるのであれば、すぐに移動するわ」

 

 蓮一は言葉を詰まらせた。

 確かに、今自分達を襲ってくるのは獣ではない。自分よりも遥かにこの山に精通しており、かつ知能の高い天狗達だ。

 洞穴なんて真っ先に全て調べられるだろう。そして、洞穴内で見つかった場合、自分達には逃げ道がなくなるのだ。

 考えただけで背筋が凍る。自分が山狩りに出ていた山とは全く違う。あくまでここでは自分達が獲物で天狗らが狩人なのだ。

 

「まぁ、日が沈めば多少は見つかり難くなるわ。私達も闇の中で昼程の視力が発揮される訳じゃないから。それまで見つからない事を祈って今は体力を温存しておきなさい。生きるために」

「……あぁ、そうだな」

「……蓮一、あなた何で父さんの、射命丸刃空の弟子になったの? 私も色々話したんだから、今度はそっちが話してよ」

「え? いや、成り行き、かなぁ?」

「…………え? どういう事?」

 

 蓮一も文と同様、今までの事を自分の生い立ちなども含め、簡単に話した。

 それを聞いて、文は俯いて震えている。

 どうしたのかと、声を掛けようと顔を近づけた瞬間、蓮一の顔面に文の頭突きが入り、さらに凄い力で胸倉を掴まれる。

 

「あんた……柔術やらムエタイやら、空手やらと……天狗が扱う崇高な中国拳法を片手間にやるなッ! この無礼者! 一つに絞りなさいよ!」

「い、いや、別に片手間なんてそんなつもりは……ていうか、声! 声!」

「――ッ! しまった!」

 

 慌てて文は蓮一を掴んでいた手を離して、それを自分の口へと持っていく。

 完全に我を忘れていたようだ。

 恥ずかしそうに押し黙っている文に蓮一は笑いかけながら言う。

 

「そこまで怒るなんて、よっぽど武術が好きなんだな」

「…………そんな事ないわ、私は――――」

「――――おやおや、少し目を離した間に随分と仲睦まじくなられていらしたようですね。お邪魔でしたか、文様?」

「――――!」

 

 何かを言いかけた文の言葉を遮って突然蓮一達の前に降り立ったのは、犬走椛だった。

 警戒は怠っていなかったつもりだったが、やはり、武術的な技術は彼らに一日どころか何百、何千年の長があるらしい。

 文も非常に剣呑な顔つきを見せている。先刻つい出てしまった大声で見つかったのだと後悔しているのだろう。

 

「心配なさらなくとも、別に見つかったのは文様の大声のせいではありません」

 

 心を見透かしたかのように嘲笑を見せると、椛が右手を軽く上げる。

 それと共に、周りの木々から枝葉の揺れる音が鳴り始めたかと思うと、幾枚もの葉と共に、数えきれない人数の哨戒天狗が蓮一と文と椛とを大きく円形に囲むように現れた。

 この人数は幾らなんでもすぐに集められる人数ではない。

 つまりは、とっくに見つかっていたのだ。ただ、彼らはあえて待った。

 仲間を十分過ぎる程に集め、確実に蓮一達を捕えるために、あえてすぐには攻撃せず、その牙を研ぎ、ただ自分達を見下ろしていたのだ。

 自分が今まで見たどんな動物ともまるで違う。ここまで統率され、計算し尽くされた行動を取れる動物群などいない。

 それは獲物ではなく、獲物を狩る狩人がする事だ。

 蓮一は直感した。この相手には勝てない、と。

 

「……チッ、性質(タチ)の悪い」

「とんでもございません。ただ、私達は文様がそこの人間と親しくお話をされておりましたので、邪魔をせぬよう、それが終わるまで待って差し上げたまでです。悪意など微塵もございません。どうせ、これが最後の会話になるのですから」

「それなら、まだ出て来ずに見逃しなさい。私はまだ彼と話しているの」

「そうも、思ったのですが。もう、日が暮れる。このままではじきに夜になってしまう。流石に私達も侵入者如きに夜まで鬼ごっこに付き合う気はありません。貴方ももう十分でしょう、文様? 大人しくして頂ければ、危害は及びません。どうか、その侵入者をこちらにお引渡しください」

 

 椛が言い終わる前に既に文は戦闘態勢を取っていた。

 当然だろう。それに、今の椛の明らかに見下した慇懃無礼な態度は流石に頭にくる。

 蓮一も文に背中を預け、構えを取る。

 その様子に紅葉は一つ小さく溜息を吐く。

 

「わかりました。貴方ならそう来ると思っていました。いいでしょう、完膚なきまでに叩きのめさせて頂きます」

「ふん、見透かしたような口を……!」

「見透かせはしませんが、この目は千里先をも見通す目。今の私には貴方達の千手先の未来も容易く見通せますよ。例えば――――」

「蓮一、もう一度、死ぬ気で掴まんなさい!」

 

 文が再び懐から煙玉を取り出し、地面に叩きつけるように投げる。

 大量の煙幕が椛や周りの哨戒天狗達をも包み込む。

 しかし、周りの哨戒天狗達のざわめきはあれど、椛のその表情は一切崩れない。

 

「ただの煙玉です。陣形を崩さず、その場で待機。もう終わります」

 

 椛の言う通り、煙が晴れ、辺りの視界が開けた時、その目の前には網に捕えられて身動きのできない状態となっている文と蓮一の姿だった。

 

「見通していましたよ。例えば、貴方が懐に隠していた後一つの煙玉で私達の視界を塞ぎにかかる事も。そして、周りを大勢の天狗に囲まれた状態で貴方が唯一の抜け道である真上のルートを選ぶ事も」

「ッ!」

「見張っている間、いくつか周辺に罠を仕掛けさせて頂きました。迂闊でしたね。煙幕で視界が悪くなければ、貴方なら容易く気付けた罠だったでしょうに」

「……全部、お見通しって訳ね」

 

 既にどうしようもなかった。

 煙幕で視界を封じている内に逃げ出せば、その煙幕で逆に罠に気付けなくなり、捕まる。

 正攻法で逃げようとすれば、圧倒的な戦力差で制圧され、捕まる。

 どちらにせよ、何をしようと、もう逃げ道などなかったのだ。

 

「手荒ではありますが、このまま拘束の後、天狗の里に連れて行かせて貰います」

 

 椛がそう言うと、何人かの哨戒天狗が事前に用意していたらしい巨大な箱を持ってくる。その箱の側面に太い縄が取り付けられているのを見るに、どうやらこの箱に入れた自分達を箱ごと持って飛んでいくつもりらしい。

 

「くそ、ここまでね」

「すまん、俺が足を引っ張ったばっかりに…………!」

「何言ってるのよ、別にあなたが悪い訳じゃないわ」

「……いや、俺にもっと力があれば!」

 

 そう、もっと力があれば、きっと。

 武村の顔が頭に過った。

 違う。孤高の道の先に強さなんてない。でも、それを伝えるには言葉じゃ足りない。自分も、それを超える力を持たなければならない。

 自分の信念を貫くためには、力が必要なんだ。

 

「さて、連行しなさ――――」

『力が、欲しいかね、我弟子(ウォーデイーズ)?』

 

 その声は突然どこからともなく響いてきた。

 誰のものか、どこから響いてくるのかまるでわからない。何か、自然全体から語りかけられているような神秘的な声であった。

 周りの哨戒天狗も、常に余裕のあった表情を見せていた椛でさえ、突然の声に狼狽の色を浮かべている。

 

『力が、欲しいかね、我弟子?』

「どこだ! 何者だ、姿を見せろ!」

「……この声は」

「蓮一……この声って、しかも『我弟子』って」

 

 間違いない。

 蓮一は確信と共に、大声で叫んだ。

 

「はい、俺はもっと強くなりたいです! 師父ッ!」

 

 その声が響き渡ると、物凄い竜巻が辺りを包み込んだかと思うと、見慣れた烏天狗がその中心に姿を現した。

 

「――ならば、そのままでいい! 強くなりたいというその気持ちこそ強くなる秘訣ね!」

「し、射命丸刃空……だと……!?」

「射命丸刃空……父さん……?」

 

 千里先も、文の行動の千手先すらも見通した椛にも、この乱入は見通せなかったらしい。

 とんでもない大物の乱入に、すっかり哨戒天狗全員が動揺し、部隊が混乱に包まれていた。

 刃空はその様子を察知し、素早く蓮一達を網から助け出してやる。

 

「遅れてすまんね、蓮ちゃん」

「本当に、もう駄目かと思いました」

「く、くそ! 待て! 全員直ちに戦闘開始、侵入者共を逃がすな!」

 

 我に返った椛が迅速に周りの天狗達に指示を出すと、哨戒天狗達も一目散に武器を片手に刃空へと突っ込んでくる。

 確か、刃空は天狗の内では英雄、風神などと崇められていた筈だが、それを知って尚果敢に飛びかかって来る勇気たるや、敬意を表さずにはいられない。

 

「ふ、わいちゃん相手にここまで果敢に向かって来るとはね。流石はしっかりとした指導がされていると見えるね。でも、今君達と遊んでいる暇はないね!」

「ぐおぉ!?」

「か、風が! 竜巻が奴らの周りを包み込んで……!」

 

 刃空に向かってきた天狗達はその一歩手前で竜巻の障壁に阻まれ、吹き飛ばされてしまう。

 刃空はそれでも竜巻の障壁を破るべく、突撃しては弾かれていく哨戒天狗達をさも満足そうに見つめていた。

 

「じゃ、行くね。二人ともしっかり掴まっているね」

「はい、師父ッ!」

「は、はい……」

 

 一瞬、重力がなくなったかのように身体が浮き上がった感覚の後、蓮一と文の身体にとんでもない速度負荷が掛かる。

 呼吸すらままならず、目を開く事も困難なその状態がおおよそ二、三秒続いたかと思うと、いつの間にか蓮一達は見知らぬ場所に降り立っていた。

 目の前には小さな山小屋が立っている。

 

「嘘、ここ私の家だ」

「え? 文の?」

「よし、無事ついた所で、にとりどん、頼むね!」

 

 蓮一と文が状況を把握できないまま、刃空が誰もいない方向に声を掛けている。

 

「は~い、了解!」

 

 すると、刃空が声を掛けた方向から聞きなれない少女の声で返答が返って来たかと思うと、何か機械が動く様な音が鳴り始め、しばらくすると、また鳴り止む。

 蓮一が様子を伺っていると、声が返って来た方向の茂みがガサガサと揺れ、そこから緑色のキャスケットを被り、水色のワンピースを着た水色の髪の少女が現れた。

 少女は驚く蓮一と文を見ると、笑って近づいてくる。

 

「お、あなたが刃空様の弟子? 初めまして、人間(盟友)。私は河城にとり、この山に住んでる河童の一人ね!」

「あ、ああ、よろしく」

「文様とは実際に会うのはこれが初めましてなので、改めて初めまして!」

「え? ちょっと何言ってるかわかんないんだけど、まぁ、初めまして」

 

 元気に挨拶をされた二人が、若干困惑しながらも取り敢えずは握手をしようと手を伸ばす。

 が、それを見ると、にとりは短めのツインテールを兎のように立たせて、すぐさま二人と距離を取り、何故か刃空の後ろに隠れると、頭だけを出してこちらをじっと見ている。

 

「あ、にとりどんは顔見知りするタイプだから、最初の方はあまりスキンシップとかは勘弁ね」

「あんなにフランクに自己紹介しておいて!?」

「なんか面白そうな奴が増えたわね。まぁ、ところで――――」

 

 文が言葉を切って、刃空の方を見る。

 刃空もその視線の意図を察し、文の方を見つめる。

 

「――父さん、なのよね?」

「ああ、娘よ。こうして会うのはお前が生まれて来て以来ね」

「…………そう」

 

 それ以降、ほとんど文は口を開かなかった。

 初めての父親との対面で恥ずかしがっている様子はなく、むしろ、どうすればいいかわからず、戸惑っている様子だった。

 一方で、刃空も中々普段通りのようなおちゃらけた言動が出ない。彼もまた、成長した娘とどう接するべきか考えあぐねていた。

 その空気に耐えかねて、蓮一が話に入る。

 

「あ、あの、射命丸師父! 取り敢えず親子の再会は置いておいて、今俺達は天狗に追われているんです。ここに居てもいつまで安全かもわかりません。今後の事を先に話しませんか?」

「あ、ああ、そうね。確かに、今はそっちの説明をした方が良いね。取り敢えず、一つ言えるのは、もう何もしなくて大丈夫ね、蓮ちゃん」

「え? どういう事です?」

 

 まだ天狗達に狙われている現状で何故か刃空はもう大丈夫だと豪語した。

 そして、その問いには刃空の後ろで依然として隠れているにとりが代わりに答えた。

 

「さっき、私の作った装置でこの周辺の半径100m範囲を特殊なフィールドで覆ったんだ。このフィールドが発生している限り、それに覆われた範囲に他の生物は近づく事ができない。だから、ここが哨戒天狗様達に嗅ぎつけられる事はないよ!」

「……つまりは防御壁みたいなものがあるって事か?」

「うーん、というよりは、フィールドより外に居る生物はフィールド内の範囲を意識できなくなるの。だからここに向かおうとしても、無意識に通り過ぎていっちゃって、フィールド内部には入れないって感じかな」

 

 理論は難しくて理解し難かったが、取り敢えずこの場所が安全であるらしい保障があるのはわかった。

 文も何も言わないが、取り敢えずはにとりの話を聞いて、納得した様に頷いていた。

 

「ま、そういう事だから、蓮ちゃん、早速当初の目的を始めるね!」

「え? 当初?」

 

 嫌な予感がする。蓮一の額に冷や汗が流れた。

 

「何言ってるね、蓮ちゃん。ここへは修行をしに来たね!」

「い、いや、確かにその通りではあるんですが師父、俺ちょっと哨戒天狗達にボコボコにされて身体中傷だらけだし、もう疲れてへとへとなんですよ。だから、修行は明日からにしませんかねぇ……」

「何と!? 哨戒天狗達に傷を負わされたね!?」

 

 蓮一の言葉を聞いて、刃空が反応を見せる。

 もしかしたら、彼に自分の弟子を労わる気持ちがあれば、自分の頼みを聞き入れて休ませてくれるのかもしれない。

 蓮一は僅かにそう思った。

 

「それは、大変ね! 今すぐ打倒哨戒天狗に向けて修行を始めなければならないねッ!」

「逆効果だったあああああ!」

 

 足を掴まれて森の方へと引きずられながら連れて行かれる蓮一を文とにとりはとても憐れんだ目で見つめていた。

 そして、刃空と蓮一が森の中へ消えると、文が挙動不審なにとりに質問する。

 

「ねぇ、にとり。ところで、さっき『実際に会うのはこれが初めまして』って言ってたでしょ? それ、どういう意味?」

「うっ……えっと、実は、大分前に刃空様から娘の様子を探って欲しいなんて頼まれまして……」

「……え? それってつまりはストーカーしてたって事!? 何年前から!?」

「えっと、二、三十年前位から、かな?」

「ほう」

「い、いや違うんですよ! 私も天狗様のプライベートを覗き見るような真似恐ろしくてできないって言ったんですよ!」

 

 ストーカーの発覚に苛立ちを隠せない文に、慌ててにとりが言い訳を並べ始める。

 

「じゃあ、何で私は実際にストーカー行為受けてんのよ!」

「いやぁ、他ならぬ刃空様からの頼みですし、それに……」

「それに?」

「あの、報酬の方が、ちょっと、弾んでまして……」

 

 にとりは恥ずかしそうに笑いながら、右手の親指と人差し指で輪を作って見せる。

 それに、文は拳を握りしめ、わなわなと震える。

 

「この、この……! このクソ河童がぁッ!」

「ひゅい!?」

 

 文の怒りが有頂天に爆発し、にとりに迫る。

 にとりは驚愕の声を上げながら、ワンピースの腰回りに巻いているベルトを軽く二回押す。

 すると、さっきまでそこにいた筈のにとりの姿が一瞬にして消えた。

 これには文も驚き、その場で立ち止まり、周囲ににとりの姿を探す。

 

『ちょ、ちょっとそういうのは、もっと関係が深まってからというか、まだ勘弁してください!』

「なっ!? へ、変な言い回しするのは止めなさい、コミュ障河童! ていうかどこにいるのよ! 姿見せなさいよ! それもあんたら河童が作った発明でしょ!」

 

 すぐ近くから聞こえてくるにとりの声の位置がどうにも特定できない。

 おそらくはこの音声も彼女の姿が見えないのも河童の種族が得意とする技術開発による産物だろう。

 文はそう推測して、周囲に気を張り、気配でにとりの位置を探り始める。

 

『そ、そうです。特に完全に姿を景色に溶け込ます事で不可視にする事ができる光学迷彩スーツ試作型はかなりの自信作です!』

「自慢するなッ! いいわ、意地でも捕まえてやる!」

 

 かくして、蓮一と刃空が修行へと励んでいる間、文とにとりの壮絶な鬼ごっこが完全に夜となった妖怪の山の中で始まった。

 

 

 妖怪の山頂上付近。基本的に山の頂上付近に里を構える天狗達の屋敷はそのほとんどが断崖絶壁にあったり、飛行できる者でなければ到底辿りつけないような場所に建てられている。

 そして、天狗の中での階級が高い程その屋敷は頂上に近く、また、大きい。

 天魔直属の部下。つまりは天狗の幹部、大天狗の住まう屋敷もまたそのような断崖絶壁の(きわ)に建っていた。

 現在、犬走椛は侵入者の件について一旦報告するために、哨戒天狗隊そのものを管理する大天狗の屋敷を訪ねていた。

 大天狗達の中でも一際長く生き、先々代の頃から天狗の長の腹心として幹部を務め、長らくこの天狗社会を築き上げてきた御老公である。

 その大天狗に椛が詳細な報告を終えると、一つ息を吐き、威光と含蓄を感じさせるような深く刻まれた皺を眉間に寄せて彼は唸った。

 

「そうか、侵入者は取り逃がしたか、うむ……」

「申し訳ございません。私の部隊指揮が至らぬばかりに」

「いや、あの射命丸刃空が助太刀に入ってきたのだ。仕方あるまい。それに、お前の作戦指揮で取り逃がしたと言うのならば、他の者が指揮を取った所で結果は変わるまい」

「勿体ないお言葉です」

 

 終始、膝をつき、頭を上げようとしないまま言葉を返す椛に大天狗は困ったような笑みを浮かべる。

 大天狗が椛を隊長に任命してからもう長い時が流れていた。しかし、彼女の反応は最初に出会った頃から微塵も変化を見せない。

 長い事哨戒天狗隊、またの名を自警隊の統括と管理を任され、何人もの隊長達と言葉を交わし続けてきたが、ここまで変化がない者は初めてだった。

 皆大抵は自分と言葉を交わすうちに、慣れ、親しみのようなものが生まれ、最初は緊張気味に報告をする隊長達も次第に余裕のある口調になったり、時には自分に軽口を飛ばす肝の据わった者まで居た。

しかし、椛だけはその例外だった。

 おそらくは、思考や行動の全てに太い芯を持っているのだ。だから、時間と環境の変化によって彼女の在り方が変化する事はない。

 礼儀を重んじる相手には徹底してその礼儀を貫き通すだけの一貫性を彼女は持っているのだ。そう大天狗は椛を見て思った。

 

「わかった、文様と刃空殿の件に関しては儂が天魔様に話しておく。椛、お前は侵入者の確保と捜索に全力を尽くせ。今後の指揮もお前に任せる」

「はッ!」

 

 そう言って椛は大天狗の屋敷を後にし、里の、自分の部隊の集まる駐屯所に飛んで行った。

 椛が駐屯所に入ると、食事の最中だった哨戒天狗達はその場に立ち上がって椛に敬礼する。椛はそれを見て、駐屯所の中心に立つと口を開く。

 

「今日はもう侵入者の捜索は中止します。明日からまた捜索を始めるので、その方針を伝えます。まず、第一部隊から第四部隊は今日と同様に妖怪の山を捜索。侵入者を発見次第私に連絡する事。そして残りの第五部隊は私について来て山の麓辺りまで下ります」

 

 五つの部隊を総動員しての捜索に、全員に緊張の色が浮かぶ中、一人の隊員が挙手し、椛に質問する。

 

「隊長! 麓まで部隊一つを率いてまで山を下りて一体何をするのでしょうか!?」

 

 おそらくは、暗に全ての部隊を捜索に回す方が効率が良いのではないかと進言しているのだろうと内心で察しつつ、椛は無表情で答える。

 

「私と第五部隊は別件で動きます。詳しい事はその時に説明するつもりだけど、端的に言うのなら――――『河童狩り』です」

 

 こうして妖怪の山に入ってから一日が終わった。

 人間の里にて自警団の不良グループ『墓吐武頭』への全面攻撃が開始されるまで、残り六日。

 

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