東方史上最強の弟子 レンイチ   作:浜栲なだめ

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第二十七話「戦乱の幕開け」

「天魔様、これが新しく自警隊の隊長を務めます、犬走椛で御座います。椛、挨拶を」

「天魔様。ただ今大天狗様より紹介に預かりました、白狼天狗の犬走椛です」

 

 天狗の里の頂上に居を構える天魔の屋敷。

そこで新たな自警隊隊長の就任の儀が開かれていた。白狼天狗と私が口にした瞬間、周りに座る他の大天狗達が困惑の声を洩らす。

当然だろう。私を含む白狼天狗は天狗の社会の中でも下っ端の存在。山で哨戒任務につければ上々。普通は山から人間の里などに移り住み、天狗社会の資金を集める者がほとんどなのだ。山に住めるだけでも珍しいのに、その白狼天狗が他の天狗を率いて自警隊を指揮するというのだ。絶対上下社会の天狗にとってこれは極めて異例な事態だ。

 

「白狼天狗が隊長だと? あんな獣臭い天狗が他の天狗達を統率できるというのか?」

「あんな者を隊長に就かせるとは、猿田彦殿もいよいよ年ですかな?」

「全く、何を考えているのやら」

 

周りの耳障りな小声を無視しながら私が大天狗様に続き頭を下げると、目の前に座る恐ろしく美しい黒髪をなびかせ、薄い笑みを浮かべている天魔様の口が開いた。

 

「皆、その汚い口を閉じなさい」

「――――!?」

 

 まるで心臓を鷲掴みにされたかのような威圧感がその一言に乗せられ、部屋全体を支配していた。

 口々に小言を吐いていた大天狗達は勿論、私自身まで身体が緊張に強張っていた。

 部屋にしばらくの静寂が続くと、天魔様は再び口を開いた。

 

「椛、これから里の警護の全般は貴方に委ねられるわ。その責任を重々自覚し、里の警護に励みなさい。期待しているわ」

 

 さっきとはうって変わり、まるで琴線のような美しい声の音だった。

 思わず顔を上げた私に、天魔様は優しく笑いかけた。ここで、私は天魔様の斜め後ろにある空席だった筈の座布団にいつの間にか座っている少女の姿に気が付いた。

 天魔様と勝るとも劣らぬ美しい黒髪に天狗の礼装とはかけ離れた全体的に丈の短い服。そして、どこか悲壮か退屈を宿した瞳。

 その少女に私の目が釘付けになっている事に気付いた天魔様が、ああ、と納得したような声を洩らす。

 

「椛、これは私の娘の射命丸文よ。気まぐれな子でね。どうやら遅れて入って来たようね」

 

 射命丸文、という名に私は聞き覚えがあった。

 天魔様のご息女で何やらとり憑かれたかのように図書館に籠りっきりで天狗の里にあった蔵書の知識を残らず吸収しつくしたかと思えば、今度は師範代達に武器術の教授を受けているという天狗の里きっての変わり種、そして天才だ。

 

「気難しい子だけど、仲良くしてやって頂戴」

「はい」

 

 私は一切目を合わせようとしない文様の姿を見つめつつ、そう返事を返した。

 

「――――はっ!」

「……参った、私の負けよ」

 

 ある日、森の中で一人、木刀を振る文様の姿を見かけた私は彼女に試合を挑み、そして完膚なきまでに叩きのめしていた。

 負かすつもりだった訳では無い。むしろ、手加減して負けてやろうとさえ考えていた。ただ、彼女の振る舞いがあまりにも腹立たしく、気が付けば必要以上に痛めつけてしまっていた。

 

「……何故ですか?」

「何が?」

「何で、私との試合で貴方が手加減する必要があるのですか?」

 

 口調と表情は冷静さを保っていただろうが、その時の私は柄にもなく憤怒していた。

 別に、例え試合でも互いに全力をぶつけ合うべきなどという暑苦しい思想を文様にぶつける気はない。私だって時には手加減も必要だと思うし、作戦効率を考えれば、常に全力で何かに臨む事はむしろ非効率だと否定するタイプなのだから。

 しかし、目の前の文様に手加減をされて勝ったという事実に私は無性に自分の尊厳を穢されたような苛立ちを覚えていた。

 目の前で私を見つめる彼女はそんな私に無表情でこう答えた。

 

「別に、私はそこまで勝ち負けとかには執着していないのよ」

「……じゃあ、貴方は一体何故武術の修練などやっているのですか?」

「ただの暇潰しよ。私が欲しいのは没頭できる何かだから」

 

 私の表情はもう心の内の爆発しそうな感情を抑えきる事ができそうもなかった。

 だから、その感情の欠片を言葉に乗せてしまった。

 思えば、あの時の私は少し饒舌過ぎた。

 

「成程、所詮お遊びですか。生まれた時から何もかも持っていた、恵まれたお方の言いそうな言葉です」

「少し癇に障る言い方ね」

 

 そこで今まで退屈そうだった文様の表情に、僅かに怒りの色が浮かんできた。

 

「私に手加減されたのが頭に来たのなら謝るわ。でも、生まれた時から全て持ってるだとか、恵まれているだとか、勝手に決め付けるのはやめて」

「違うのですか? 生まれた時から山の頂上に住み、周りから丁重な扱いを受け、何をするにも自由。貴方が恵まれていないなんてどの口が言うのです?」

「身分や自由だけが全てじゃない!」

「それが全ての者もいるんですよ。身分さえあれば、自由さえあれば、どちらか一つでもあれば。私達白狼天狗なんてその典型ですよ」

 

 弱い白狼天狗はその時点で山から捨てられる。それが、上下社会が骨の髄まで根付いた天狗達の決めたルールだった。

 生まれが白狼天狗というだけで個人の能力とは別に底辺と位置づけられ、差別される。里の一定の範囲の出入りは許されず、役割も人里などでの資金集めか山の哨戒かに制限される。

 そして、里に無益、有害と判断されればその時点で天狗社会から追放される。それが白狼天狗という種族である。

 だから、私は生まれた瞬間から死にもの狂いで努力と研鑽を重ねてきた。今日を生きるために。身分があれば、自由があれば、とどれだけ考えた事だろう。

 そして、休む事も許さず、ただ強さだけを追求した結果、私は哨戒天狗の中の誰よりも強くなり、ようやく自警隊の隊長という白狼天狗にかつてなかった地位と自由を手に入れた。

 生まれた時点でハンディキャップを抱えながら、それでも私に圧倒的不利なこの天狗社会でようやく上り詰めてきた。

 そんな私に、生まれた時から周りから丁重に扱われ、何も不自由のない生活を送る事ができる彼女が自分は恵まれていないとほざくのが許せなかった。

 

「貴方はただ恵まれている事を自覚していないだけ。何も知らないだけです」

 

 正直、この一言で私は文様の怒りを貰い、山を下りるか、侮辱罪で処刑されることも覚悟していた。

 しかし、彼女の反応は私の予期したどれとも違った。

 

「……そうね。もう、それでいいわよ」

「え……?」

「それじゃ、もう行くから」

 

 それだけだった。

 怒るでも、悲しむでもなく、ただ、興味を失くした様にそう一言呟き、文様は去っていった。

 さっきまで露わになっていた怒りの表情は欠片もなく、彼女の瞳に私は映らなくなっていた。

 

「――ッ! このッ!」

 

 私は湧き上がる何とも言い表せぬ怒りを近くの木に思い切り叩きつけた。

 負けてはいない、しかし勝った気がしない。普段冷静な私の心は今までにない程に揺れ動いていた。

 

――一体、なんなのだ、この苛立ちは。私は…………

 

 

 

「――じ様! 椛様!」

「――! ……すみません、少し眠っていたようです」

 

 傍らに立つ部下哨戒天狗の一人の声で私は目を覚ました。

 そうだ、今は侵入者を、文様と人間を捕えるために見張りを続けている途中だった。もう彼らがこの河童の作り出した摩訶不思議な空間に立て籠もってからもう六日が過ぎている。

 連日休みなく見張りを続けていれば疲れも出るだろう。しかし、まさか見張りの途中に他の部下達の前でうたた寝など示しがつかない。

 私はバツの悪い顔で起き上がる。しかし、部下の顔はそんな事をまるで気にもせず、興奮で真っ赤になっていた。

 

「そんな事はいいんです! 奴らが! 侵入者が動き始めました!」

「……何ですって?」

 

 見ると、既に何人かの哨戒天狗が今まで一歩も踏み込む事の叶わなかった地帯に次々と踏込み、突入していくのが見えた。

 侵入者が立て籠もり続けて六日目の朝の事だった。

 

「我々に指示を、椛様」

 

 

「本当にこれで良かったね?」

「勿論です、今すぐに帰らないと!」

 

 それは、数刻前の出来事だった。

 六日目の朝。大方修行も形になってきたことで、完成に向けスパートを掛けようと意気込んでいた蓮一達の元に、その矢文は届いた。

 矢文が博麗の式に乗って届いてきた事から、送り主が博麗靈夢である事はすぐにわかった。それに、この妖怪の山に向けて天狗達の監視を掻い潜り、さらににとりの結界装置の干渉を難なく突破してくる力を持つ者など、限られ過ぎている。

 しかし、蓮一達は靈夢からの文のその内容に愕然とした。

 

「早く行かないと……! 小夜さんが!」

 

 小夜がスラムに行ったきり帰って来ない。文にはそれだけが書かれており、それだけで十分すぎる衝撃を蓮一に与えた。

 すぐに帰らなければならない。本来の予定ならば今日一杯を使って修行を完遂させ、全てを仕上げるつもりだった。

 しかし、こういう事態が起こってしまった以上、小夜の身の安全は一刻を争う。それに、この状況を自警団が認知していない筈がない。

 既に戦争が起こってしまっているかもしれない。ならば、今すぐ行かなければならない。そのための修行なのだ。例え修行が完遂していなくても、優先すべきは決まっている。

 

「帰りましょう、今すぐに!」

「わかったね。まぁ、そう言う訳だからにとりどん、頼むね」

「うん……」

 

 蓮一達の後ろの茂みから寂しげな表情を浮かべたにとりが顔を出した。

 にとりはその手に何かのスイッチらしき赤いボタンを持っている。

 

「このボタンでフィールドが解除されるから…………蓮一、もうこれで二度と会えないなんてないよね?」

「ああ、勿論だ、にとり。ようやくお前とも打ち解けたんだしな。また会いに来る」

「……うん!」

 

 にとりが笑ってボタンを勢いよく押す。

 瞬間、何かこの空間を覆っていた何かの気配が消え、辺りが途端に騒がしくなった。

 

「ほら、早く行って! 哨戒天狗達がすぐに向かって来るよ!」

「ああ! 本当にありがとう、にとり!」

「良いって事よ、蓮一(盟友)!」

 

 刃空に襟首を掴まれ、どんどん加速していき、手を振るにとりの姿が遠くなっていく。

 そして、やがてその姿は見えなくなり、視界一杯に空の青と山の緑とが広がった。

 

「このまま飛ばしていくね! 落ちないようしっかり掴まってるね、蓮ちゃん!」

「はいッ!」

「――そんな易々と出られる筈ないでしょう」

 

 やはり、とは思っていたが聞こえて欲しくなかった聞き覚えのある声。

 その声の方向に顔を向ける。

 そこには、嫌と言う程苦しめられた哨戒天狗達の長。犬走椛の姿があった。そして、その隣にもまた見覚えのある姿があった。

 

「え……クラマさん?」

「ゲッ! 天魔!?」

 

 蓮一の驚愕の声と刃空の最高に嫌そうな声が洩れるのがほとんど同時だった。

 

「あら、自分の妻に向かってその反応はないでしょう? もっと喜びなさいな」

「流石に、刃空殿は私には手に余るので、相応の対策をさせて頂きました」

 

 椛とクラマ――改め天魔は不敵な笑みを浮かべた。

 そこまでで蓮一達の逃避行は終わった。あっという間に刃空と蓮一は天魔と椛の怒涛の攻撃に引き離され、地面に叩き落とされた。

 気付けば蓮一は山中にたった一人、数多の哨戒天狗達に囲まれているという絶体絶命の状況にあった。

 

「うわ、これはヤバい」

「さて、さんざん手こずらせてくれたお礼をしないいけませんね」

 

 椛のその言葉と共に周りの哨戒天狗達が武器を手に取り、笑みを浮かべる。

 

「――全員、かかれ」

 

 一方、蓮一のいる地点から少し離れた場所では刃空と天魔がまさに決死の睨み合いをしていた。

 刃空は一刻も早く蓮一の元に向かいたい。しかし、天魔は一切刃空にそんな事をさせるような隙は作らない。

 達人同士だからこそ、互いに不用意には動けない。

 過ぎ行く時間に、募る焦燥。刃空は徐々に精神的にも追い詰められつつあった。

 

「何故、また邪魔をするね、天魔」

「まぁ、私としては蓮一、だったわよね? 彼に恩もある正直見逃しては良いと思ってるのだけれど」

「なら、何でね!?」

「まぁ、やっぱり決着は着けるべきと思うのよ。逃げ勝ちっていうのは私もスッキリしないから好きじゃないの」

 

 天魔は小さく笑って、焦りを募らせる刃空をさらに煽りたてるように続けた。

 

「蓮一か椛か、その決着を見届けてからじゃないとね。まぁ、椛の方は他にも大勢哨戒天狗もいるのだから、無事で済んでいるとは思えないけれど」

「…………ふ」

 

 天魔の言葉を聞き、刃空はさっきまでの様子から一変していやに冷静な表情に戻った。

 天魔は刃空の予想だにせぬ豹変に目を細める。

 

「ふふ、天魔、悪いけどうちの蓮ちゃんは数日前とは段違いね」

「……ふぅん」

「そうね、むしろ丁度良いね。犬走椛、彼女の率いる哨戒天狗達との戦いをもって、この修行は完成するねッ!」

「大した自信ね。あの人間にそこまでの力があるようには感じなかったけれど?」

「誰が修行をつけてると思ってるね?」

 

 天魔と刃空。それぞれに意味深な笑みが宿り、さらに壮絶な睨み合いが幕を開けた。

 

 

「う、嘘だろ!?」

「こいつ……! 数日前とは別人か!?」

「わ、私達の連携攻撃が……」

 

――一撃たりとも当たらないッ!

 

 数多の哨戒天狗がドームのように包囲し、四方八方からその中心へと多角攻撃を仕掛けている。

 普通の人間、妖怪がその様子を見たら、中心で襲われているであろう誰かの無残な姿を連想し、目を逸らす。それだけの絶望的戦況だろう。

 しかし、今、その中心にいるたった一人の人間は、それをまるで軽いスパーリングのような生き生きとした表情で平然と捌き切っていた。

 

「成程、以前とは別人ですね。一体どんな修行をすればそんな劇的な進化が可能になるのやら」

「教えてやろうか?」

 

 哨戒天狗達の攻撃を機械的に捌き切りながら、平然と椛の台詞に蓮一は応答を見せた。

 

「簡単だ。死なない修行を捨てて、本気で死ぬかもしれない修行に日夜馬鹿みたいに励む事だッ! 言っておくが、すごく怖いし、辛いぞッ!」

「得意顔で言う台詞でもないですが……」

 

 実戦のために修行をするのに、修行でも命を賭けたらそれは半ば実戦と同じだ。

 実戦が命を賭けて相手と戦うものならば、蓮一のやっていた修行は命を賭けて自分と戦うもの。

 そんな狂気に身を委ねる気はない。椛は心の中で断言した。

 しかし、それでも今の蓮一がその狂気の修行を経て短期間で明らかな力を手に入れたのは確か。心では否定できても、それを口に出すまでに全否定は椛にはできなかった。

 

――結果が出ているのならば、またこれも一つの方法か。

 

「それに、実は俺の制空圏が完成したのはお前らのおかげでもあるんだ」

「ほう? 私は貴方に何か有益な事をしてあげた覚えはないのですが?」

 

 蓮一が今張っている制空圏は実に見事に洗練されたものであった。

 本当に周囲に蓮一の絶対領域がはっきりと見える。数日でここまでのレベルの制空圏を会得できるとは思えない。

 それ程に一縷の隙もない、実に緻密な制空圏。

 敵ながら見事、としか声が出ない。

 しかし、その完成を手助けしたような覚えは椛にはなかった。常に蓮一達を追い詰め、絶望的なシチュエーションを与え、恐怖を植え付ける。彼らの反抗する気力を削いでいく事こそすれ、制空圏会得のヒントなどそこには微塵もない。

 

「そう、私がやった事なんて、彼らが精神的に弱るように、深く恐怖を刻み付ける事くらいです」

「それだよ」

「はい?」

「恐怖、お前達の恐怖がこの制空圏の迎撃反射を完成させたんだ。『気を張る』って事を、どこから奇襲を仕掛けて来るか分からないお前達の恐怖から学んだ。詰まる所、この制空圏の反射の神髄は、恐怖!」

 

 蓮一は制空圏を張るまでに鷹の目(ホーク・アイ)を、そして、制空圏内の迎撃反射に恐怖を利用し、この実戦で完成させた。

 修業でしか使ってなかったものを、実戦で投入し、その猛威を振るわせる事で、制空圏を真に完成させた。

 

「――さて、そろそろ反撃していいか?」

「――!?」

 

 一瞬だった。

 最初に蓮一の懐に突っ込んでいった哨戒天狗が脳天に拳を打ちおろされ、地面に沈んだ。

 そこからはその繰り返し。蓮一の制空圏を侵した者から容赦なく攻撃を叩き込まれ、地面に沈む。

 数分後、何十人居たかわからない哨戒天狗達は一人残らず蓮一の眼下に倒れ伏していた。

 

「…………ッ!」

 

 流石にこの惨状には椛も言葉が出ない。

 まさか、あれだけの哨戒天狗達が、一人一人厳しい戦闘訓練を受けていた精鋭達が、侵入者の人間一人に傷一つ負わせられずに一人残らず倒されるなど、想像もしていなかった。

 

「実戦でも通用する。これで俺の制空圏は完成した……!」

「…………」

「来いよ、犬走椛!」

「調子に乗らないでください、三下がッ……!」

 

 地に降り立ち、蓮一と対峙する椛。その瞬間、彼女の周囲に球状の空間が現れるのが蓮一には見えた。

 この威圧感、そしてその空間の支配力。

 間違いなく、それは制空圏そのものだった。

 

制空圏(これ)が貴方だけのものだと思ったら、大間違いです」

「……やっぱり一筋縄じゃ行かないか」

「教えてあげますよ、制空圏の本当の戦い方を」

 

 

 蓮一達が里に帰るべく天狗達との戦いを繰り広げている頃。

 スラム街の目の前に、人里には似つかわしくない、武装集団が立っていた。

 

「全員、用意はいいか」

 

 武装集団、それは自警団の一軍。

 そして、その先頭に立つは自警団の団長辻秋と第一武長アーサー。

 いつもと変わらぬ武装とは程遠い着物姿の辻秋と、それとは対照的に全身が黄金の鎧で包み込まれたアーサーの二人が並び立つ姿は誰が見ても圧巻の一言であった。

 普段は絶対に揃っては見られない自警団最強の二人、そして人間最強の二人。

 彼らが先頭に立つだけで、後ろに続く団員達の士気は最高潮に燃え上がる。

 

「全員聞け! 我らの敵、武村はあろう事か我らが同胞、小夜をその汚れた拳で奪い取った! この非道を我々は決して許さない!」

「然り! 然り! 然り!」

「ならば、どうするか! 奪われた同胞を堂々と真正面から取り返す! それこそ我らが王道よ!」

「然り! 然り! 然り!」

「全員、今こそ立ち上がれ、仲間と共に! 仲間のために! 全軍、進めえええええええッ!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおッ!」

 

 アーサーのその一言と共に自警団の全軍がスラム街になだれ込む。

 流石のスラムの荒くれ者達もこれにはどうしようもなく逃げ出すしかない。四方八方に散っていくスラムの人々を傍目に、アーサーは墓吐武頭の本拠地のある深部を一点に見つめて目指す。

 その横に、彼の良く見知った影が現れた。

 

「団員達の鼓舞、ご苦労様です」

「ジャンヌか。どうした、自分の隊に戻れ。いくら皆の士気が高まっているとは言っても、統率のない隊に力はない」

「わかっています。ただ、一つ念押しをしておきたかっただけです」

 

 ジャンヌは横で柔和な微笑みを浮かべる。

 

「アーサー、武村の首級は勿論私に譲って頂けますよね?」

 

 そして、その笑みを維持したまま殺意と怒りに満ちた言葉を吐いた。

 

「……それは現場の判断に委ねる」

「私の小夜に危害を加えたのです。兄だか何だか知りませんが、彼の首級は私が貰わないと気が済まないんです」

「……好きにしろ」

「ご理解頂けて感謝します。アーサー」

 

 言葉にさらに威圧感が増した。

 アーサーはこれ以上何を行っても無駄と判断し、仕方なくジャンヌの提案を許可する事にした。

 別に武村の首級を本当にジャンヌに委ねた訳では無い。

 いざとなれば、自分が先に武村を倒せばいい。そういう自信があるからこそ許可を出したのだ。

 

「ラ~ララ~! またあの方と熱いメロディーを奏でられるのですね!」

「今度はお前か、ジークフリート」

「アーサー(うじ)! 武村氏とは是非、この私が戦いたいのですが!?」

「……隊の統率が乱れる。自分の隊に戻れ」

「無ッ理ッですッ! 私の中の五線譜が彼との熱い戦いを望んでいるのです!」

「わかった、好きにしろ」

 

 仕方ない。面倒だが、士気の高まっているこういう時に隊に乱れを生じさせるような行為は避けなければならない。

 戦闘中はジャンヌに加え、ジークフリートも警戒しなければならない。

 

「……アーサー、少しいいか?」

「…………何だ、ベオウルフ」

「俺は先の調査任務の時、拳鬼と、武村と出会っている。俺は――――」

「わかった! 好きにしろ!」

「あ、ああ」

 

 ベオウルフの言葉を聞き終えぬままアーサーは声を張り上げた。

 ベオウルフの方は一体何事かと狼狽しながら、その場を離れて行った。

 

「全く、八武長の戦力は心強いが、全員我が強すぎる……!」

 

 

「――――敵、五十、八十、百……数えきれないッス! どうしますか、武村さん!?」

「いや、君そもそも十から先数えられたっけ? 雰囲気で適当言わないで欲しいじゃな~い」

「はっ! そうだったッス……! つい、漫画で読んだ表現が使いたくなって……」

「おい、この非常時にふざけてんじゃねぇぞ、コラ!」

 

 スラム街の背の高い廃屋の屋上。

 そこに武村と宇喜畑、そして、ガラクタを寄せ集めて作った双眼鏡を覗き込むヤスの姿があった。

 ヤスの双眼鏡を乱暴にひったくり、サングラス越しに宇喜畑がその先に見える自警団の大軍を見据える。

 

「……チッ、ヤスの言う事もまんざら嘘じゃねぇな。ありゃ、明らかに百や二百単位でいるぜ? おい、どうするよ武村。このままじゃ本当にやべぇ」

「おいおい、何弱気な発言しているじゃな~い? ここがスラムの外ならいざ知らず、ここはスラム街、僕達の庭みたいなもんじゃな~い」

 

 そう言ってニヤリと武村が笑みを浮かべた瞬間、事態は急変した。

 突然自警団の進んでいたある地帯から煙が舞い上がったかと思うと、そこを進んでいた自警団の大隊が一つ消え失せていた。

 

「おい、武村。こいつは……」

「何、単純な話さ。このスラムの土は痩せて、乾燥し、固い。そして、このスラムの構造は道幅なんて考慮されない建物の乱雑な立ち並びから成る。ならば、落とし穴はかなり効果的じゃな~い」

 

 落とし穴。古典的で使い古され過ぎた罠で今時子供でさえ作るのは珍しい位だ。

 しかし、道幅の狭いスラム街の道ならば落とし穴は道幅一杯に作ってもそこまでの労力にはならず、偶然誰にも踏み抜かれないという事はない。

 そして、乾燥した地面は局所的には固いが、同時に局所的に脆い箇所がある。穴の上部に上蓋のように乗せる事も可能。

 

「敵はこのスラムの構造に不慣れな癖に全力で進撃している。だから自然と先へ先へという思考から道を分かれ、勝手に戦力を分散させてくれる。そこを今みたいな罠で迎え撃ち、特に人数が少ない場所では――」

 

 

「――し、しまった! 待ち伏せか!?」

「へっへっへっ、団体様ごあんな~い」

 

 スラムの端の方で道を分かれ過ぎて戦力が分散しきった部隊が待ち伏せしていたらしい墓吐武頭のメンバーに襲われているのが双眼鏡越しに見えた。

 

「敵はスラムの入り口から入って来た。そこから枝分かれして戦力が分散していくとすれば、最も戦力が減退するのはスラムの両端地帯を進行している奴ら。そこは多勢で押し潰してやればいい」

「問題は真ん中だぜ? 一番戦力が密集しているし、落とし穴で落とすにはちと人数が多すぎる」

「それも考えてあるじゃな~い。ヤス!」

「ほいきた!」

 

 武村に言われ、ヤスが穴の空いたポケットから大きめのスイッチを取り出す。

 それを見て、武村は宇喜畑から双眼鏡を取ると、中心部辺りを見つめて何かを待っている。

 

「…………よし、今だ!」

「ポチっとなっ!」

 

 ヤスが勢いよくボタンを押すと、突然大きな音が響き、中心部の廃屋が次々と火を噴いて崩れる。

 その崩落の回避に中央を進軍していた大隊のほとんどが巻き込まれた。同時に、中央部は燃え盛る炎に包まれ、進軍どころではなくなっていた。

 宇喜畑は唐突な逆転劇に頭が追い付いて行かない。

 

「おい、どういう事だよ……」

「戦力が密集しているって事は集団が密集しているって事さ。そういう奴らの弱点は小回りが利かない事。爆発で建物が崩落してくると分かっても、後ろの集団が邪魔で逃げられない。そして、炎上し、崩落した建物は瓦礫の山、炎の壁となって生き残った部隊の進軍を妨げる」

「それはいい! あんな量の爆薬、一体どこにあったんだよ!?」

「爆薬は少量で済んだよ。物体って奴には必ずそこを崩されると弱いっていう所謂大黒柱って奴があるじゃな~い。スラムのようなボロい廃屋なら尚更その部分が露出する。後はそこに爆薬を仕掛けて、油を撒いておけば、木造がほとんどのスラムの廃屋は良く燃える。風通しもいいしね」

「お前……前々から思ってはいたが本当にスゲエな」

 

 圧巻の一言だった。

 つい数十分前まで圧倒的不利なこの戦況があっという間にひっくり返った。

 それは、武村という男が決して腕っぷしだけで成り上がった訳では無い、真の実力者である事の証明だった。

 

「まぁ、ここまでは順調。本番はここからじゃな~い」

「あ? もう自警団の戦力は半分以下だろ? 奴らの士気は下がっているし、今攻め込めば勝てるぜ!」

「いや、それはまだ早い。八武長の姿がどこにも見えないじゃな~い」

「え? あいつらなら中央の部隊の先陣を切ってたろ? あの崩落に巻き込まれてやられちまったんじゃねぇか?」

 

 武村は何も言わない。

 勿論、その可能性もある。先陣を切っていた彼らには崩落してくる建物から逃げるため後退する事はできない。

 しかし、武村の脳裏に過る不安感がどうしてもその可能性を肯定できなかった。

 本当に八武長を仕留められたのか、それとも。

 

「まぁ、いいじゃな~い。取り敢えず戦局がこちらに傾いたのは間違いない。さぁ、ここからどう出る?」

 

 

「……やってくれたな、武村」

「おかげで後続の部隊と引き離されてしまいました」

「むぅ、武村という男。力にも知力にも長けた武人という訳か」

「厄介だな、どうする、アーサー」

 

 完全に後続の部隊とは連絡も絶たれ、今進める戦力は崩落から逃げ切った八武長達に限られていた。いつの間にか辻秋の姿も消えていたが、彼があの程度の崩落に巻き込まれている筈がないと可能性を除外する。

 

――現存の戦力で打てる手は……。

 

 後ろで爛々と燃え盛る炎を見つめながらアーサーは周りの八武長達を金色の鎧の中から見つめ、腰に差した剣を抜き、天へ掲げる。

 

「やるぞ、ここから反撃する。武村、ここからが本当の戦いだ」

 

 アーサーと武村。

 未だ逢いまみえぬ両雄が戦場を駆け、火花を散らす。

 その惨状たるや間違いなく『戦争』そのものであった。

 




 現在自動車合宿中ゆえ、寄宿舎より投稿しております。

 結構スケジュールがハードなのでもしかすると来週はお休みするかもしれません。
 もしそうなったら本当にすみません。
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