東方史上最強の弟子 レンイチ   作:浜栲なだめ

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第二十九話「乱入者」

「小夜、ここまでだ」

「待って、兄さん。こんなの、間違ってる……!」

 

 自警団と墓吐武頭の全面戦争が始まる三日前の夜。

 武村を止めようとスラムまで来た小夜は彼に決闘を挑み、そして負けた。

痣と傷だらけになりながら地に倒れる小夜はそれでも最後の力を振り絞って武村に、自分の兄に考え直すよう必死に声を掛ける。

しかし、武村は聞く素振りも見せず、倒れた小夜を抱えると、墓吐武頭の基地に向けて歩き出していく。

 

「まぁ、折角お前の方から来てくれたんだ。丁度いい、自警団を潰すまでお前は蚊帳の外に居て貰おう」

「は、離して! 兄さん! どうして? 何でそんなに自警団を……私の居場所を奪おうとするの!?」

「……小夜、自警団はお前が思っているような所じゃないんだ」

「何言ってるの? 何でそんな事が兄さんにわかるのよ!?」

「お前は、ここに居るべきなんだよ」

「スラムに居るべきとか勝手な事言わないでよ! 私を自警団にたった一人取り残していなくなった癖に!」

「…………」

 

 涙を浮かべて声を荒げる小夜の言葉に、武村は視線を外して暗く俯いてその口を閉じた。

 

「ホー、ホー、いけませんねぇ。血を分けた兄妹なのだからもっと仲良くすべきですよ」

「誰だ!?」

 

 突然、闇の中に響く第三者の声に武村はすぐに警戒態勢を取って声の聞こえた方へ拳を向け、小夜を庇うように自分の背中に隠した。

 

「ホー、残念ながらこちらです」

「なっ……!?」

 

 声が聞こえた方とは全く真逆から声の主は二人の前に姿を現した。

 男はブラウンの髪に高い鼻を持ち、彫りの深い顔立ちをした西洋人だった。武村が慌てて男の方へと向き直り、同様に小夜を背中に隠すよう前に出ると、男は不気味な笑みを浮かべ、また口を開く。

 

「ホー、そこまで警戒しなくてもよろしいですよ。私はただ、貴方と話をしに来ただけですから」

「……話だと?」

「兄さん、何だかあの人よくわからないけど危ない気がする。逃げた方がいい……!」

 

 その小夜の言葉に一瞬西洋人の男の目付きが鋭くなったのを武村は見逃さなかった。すぐに戦闘態勢を取り、いつ攻撃が来ても対処できるよう気を張る。

 その様子に男は面倒そうに苦笑すると、小夜の方にゆっくりと視線を向ける。

 

「え? 何? 何だか、急に……意識が……ぼやけて――――」

「小夜!? おい、小夜に何をした!?」

「いえ、少しばかり眠らせただけですよ。私のこれからするお話に彼女の存在は不要ですし、彼女は少しばかり勘が良すぎるのでね。口封じですよ」

「お前が妖怪だってことのかい?」

「……おや、バレていましたか」

 

 少し驚いたような表情を見せる男に、依然、武村は敵意を向けて睨み付ける。

 それに困ったような表情を浮かべると、男は一回指を鳴らす。すると、男の身体全体が黒い霧のようなものに包まれ、その中から身体の上半身が羽毛に包まれた梟、下半身が人間の気味の悪い化物が姿を現した。

 

「へぇ、それがお前の本当の姿か、化物。なんだって急に変身を解いた?」

「ホー、人間は何事も包み隠さず向き合う事に好感を覚えると聞きましたから。最初は人間のように振る舞うことで親近感を得ようと試みましたが、それも正体がバレて意味を失くしましたので」

「それで表情の変わらない梟の癖にあんなに表情豊かに振る舞ってたのか? それに何事も包み隠さずって、人間は変身のことまで考慮してないよ。思ったより面白いな、化物」

「ホーホー、お気に召したようで光栄です。では、私の話を聞いて頂けるでしょうか?」

「わかったよ、お前に敵意がない事は十分に伝わったじゃな~い」

 

 敵のあまりに愚直な姿勢に気を張る事が馬鹿馬鹿しくなって武村はひとまず拳を下ろして目の前の鳥人の話を聞くだけ聞く事にした。

 

「では、早速ですが、私は貴方の力になりたいと思いましてね。何でも自警団を潰したいとか」

「成程、ありがたい話だ。で、僕達みたいのに手を貸して何が望みだい? 生憎、僕らは見ての通りのゴロツキだからね、大した対価は用意できないじゃな~い」

「結構。貴方の命を頂きたいのです」

 

 その言葉で武村と鳥人の周りの空気が変わった。

 決して冗談ではない重い言い方だった。武村は少し笑いを引きつらせながら少しばかり続いた沈黙を埋めるように口早に話し始める。

 

「はは、おいおい、僕の命か。それで自警団を必ず潰してやると? 随分な自信じゃないか、相手には妖怪相手にだって勝つような化物じみた人間もいるんだぜ?」

「ホーホー、化物じみた人間程度に本物の化物を殺す事など不可能ですよ」

「言うじゃないか。いいだろう、自警団を潰した暁には僕の命、持っていくがいいじゃな~い」

「では、契約を」

 

 鳥人のその声と共に武村の目の前に、宙に浮かぶ一枚の羊皮紙が出現する。

 そこには英字で何かが書き綴られており、その一番下には武村の名前が既に記載されている。

 

「名前の隣に貴方の血判を押す事で契約は成立します」

「……ふ、いいだろう、化物」

 

 後ろで眠らされている小夜の方を少し見ると、武村は笑って右の親指の腹を歯で噛み切り、名前の隣に思い切り押し付けてやる。

 

「よろしい。これより私と貴方は契約で固く結ばれる。契約が果たされるその時まで私は貴方の力となりましょう」

 

 武村が血判を押したのを見て鳥人は満足そうにそう高らかに叫ぶ。

 

「じゃあ、これからよろしく頼むじゃな~い、化物」

「ホー、ホー。こちらこそ」

「……ところで、何でこんな回りくどいやり方で僕の命を奪うんだい? 君なら僕位ものの数秒で殺せるだろう?」

「実は貴方の命を頂くのは別の方からそう依頼されたからです。私自身は別に貴方の命は望んでいないのですよ」

「じゃあ、お前の望みは何なんだい? 何故こんな回りくどい契約をした?」

 

 武村の質問に鳥人はその黒一色の瞳を向けて大層嬉しそうに言った。

 

「戦争を起こすために。争いと血の渾沌(カオス)を作り出すために」

 

 雲間に隠れていた月が鳥人を照らすようにまた姿を現した。その鳥人の姿を見て、武村は少なからず今までに覚えた事のなかった気味の悪さを感じていた。

 

 

「やぁ、早かったね。君が一番のりだよ、アーサー」

 

 スラム街の奥にある軒並み背の高い廃屋、その屋上に悠々と座っていた武村は真後ろに立っているアーサーに向けてそう賞賛を送った。

 黄金の鎧を全身に纏い、尋常ならぬ威圧感を発しながら武村の前に立つ彼はその武村に対して一言も言葉を発さない。

 

「お喋りは嫌いかい、アーサー? それとも相当、僕に対しご立腹なのかい?」

「……両方だ」

 

 武村の挑発的な言葉に対してアーサーはそう一言だけ発すると武村の前まで近づき、目の前で止まった。

 武村とアーサー。墓吐武頭と自警団それぞれの実質的な首級が睨み合い、激しく火花を散らす。

 

「一瞬で終わらせてやる」

「おいおい、まだ七人の仲間がここを目指して向かっているんだろう? 彼らの到着を待ってあげなくていいじゃな~い?」

「だからこそ早急にケリを付けなくてはならない。ジャンヌはお前を視野に捉えれば殺しにかかるだろうし、他の面々も嬉々としてお前との決闘を望むだろうからな。他の者は捕縛に向かない」

「僕は一向に構わないけどね」

「黙れ、お前の意向など聞いていない」

 

 アーサーはそう一方的に会話を打ち切ると、右手で手刀を作り、それをゆっくりと天に向けて掲げる。

 

「僕を本気で捕える気なら手刀よりも腰の剣を使った方が良いと思うけどね」

「いや、これで十分だ」

 

 瞬間、突然アーサーの掲げた手刀が強烈な黄金色の光を発して輝き始める。武村は目を瞑りながら何事かと距離を取ろうと後方に下がる。

 しかし、その直後に振り下ろされたアーサーの手刀はその程度で回避できる程生易しくはなかった。

 

「エクスカリバアアアアアッ!」

 

 アーサーの叫び声と共に振り下ろされた輝く手刀は後方に下がっていた武村には掠りもせず、そのまま廃屋の屋上を直撃した。

 だが、その瞬間、建物全体が大きく揺れたかと思うと、建物中に大きなヒビが無数に入り始め、みるみる内に廃屋は倒壊し始めた。

 

「なっ……なんだ、これは……! まさか、手刀で建物一つ破壊するなんて……!?」

 

 驚愕の声を上げる武村。

 そして、二人とも抗いようもないまま倒壊に巻き込まれ、大量の木片や瓦礫と共に地面に向け吸い込まれるように落下していった。

 そして、それを少し離れた地点で見ている者達がいた。

 

「あれは……アーサーの『エクスカリバー』!?」

「あーあ、僕ら辿りつく前に勝負ついちゃってんじゃん、つまんねーの」

「あ、相変わらずテンペストーゾ(嵐のように激しく)な攻撃。まさか建物一つ軽く壊してしまわれるとは」

「ま、あんな攻撃、対処のしようがないわな」

「勝負あったな」

「ああ、残念だが武村とは戦えずじまいだったな」

「うむ」

 

 ジャンヌダルク、アキレス、ジークフリート、クーフーリン、ムサシ、ベオウルフ、ヘラクレス、七人の武長達が黄金の光と共に崩壊してゆく廃屋を見ながら佇んでいた。

 結果は見るまでもなくアーサーの圧勝。それが全員の認識だった。

 いくら拳鬼とはいえどあれではもう戦えない。そう全員が悟ったのだ。

 しかし、この時の七人はいささか不用心が過ぎた。おそらくはたった八人で形勢を逆転させたことで慢心していたのだ。

 そして続けざまにアーサーの圧倒的な力が武村にぶつけられたのを見て完全に安心してしまった。

 だから、あろう事か全員が気を緩めてしまった。戦場の真ん中で。

 

「ホー、ホー。これが噂の『化物じみた人間』達ですか」

「――!」

 

 全員が声を聞くまでその存在に気付いていなかった。

 真後ろに立って自分達をまじまじと観察する梟と人間を足して二で割ったような鳥人の存在に。

 そして、気付いた時には余りにも遅すぎた。

 

「か、身体が……!」

 

 臨戦態勢は誰一人取っていなかった。というよりは取れなかった。

 鳥人と目が合った瞬間、全員金縛りのように身体の自由が利かなくなったのだ。辛うじて口や目は動かせるが、それ以外は微動だに動かせない。

 敵を、妖怪を前にして戦う事も逃げる事もできない状況は恐怖以外の何物でもなかった。

 

「ホーホー、一人たりとも命乞いをしたり恐怖を口にしないのは立派ですね。それが聞きたくて口を動かせるようにしていたのですが」

「何で絶体絶命でもないのに命乞いなんてしなきゃならねぇンだ? 鳥目野郎」

「その余裕がいつまで持つやら」

 

 クーフーリンの挑発に多少苛立ったのか、鳥人は彼の目の前まで歩み寄ると、彼の眼球の手前に細長い針を出現させた。

 

「これからこの針をゆっくり貴方の眼球に押し込んで差し上げましょう。とりあえずは貴方の激痛に苦しむ声で私は満足する事にします」

「…………」

「どうしました? 恐怖で言葉もでませんか? それともようやく理解しましたか? 自分が絶体絶命である事に」

「だからよぉ、何で絶体絶命でもないのに命乞いなんかするんだよ」

「――ッ!?」

 

 そこでようやく鳥人はいつの間にか自分の視界に七人いた筈の武長の一人が消えている事に気付いた。

 クーフーリンは小馬鹿にしたように笑い、鳥人に言う。

 

「後ろだ、鳥目野郎」

「むぅんッ!」

 

 鳥人が後ろを振り向こうと首を回しかけた所で、その頭を巨大な拳が撃ち抜いた。鳥人はあまりの力に首を一回転させ、首から骨の粉砕する歪な音を響かせながら10メートル程先にある寂れた倉庫に吹っ飛ばされ、倉庫の扉と一緒にその中へと消えた。

 そして同時に、クーフーリンの眼球に向けられていた針も消える。

 

「ふぅ、助かったぜ、ヘラクレスの旦那」

「安心するのはまだ早いぞ、クーフーリン。まだ金縛りが解けていないという事は――――」

「ホー、ホー。油断しました。まさかあそこから動ける人間が居るとは」

「まだ……!」

 

 倉庫の中から平然と出て来る鳥人を見据える。

 さっき首が一回転して骨も粉砕音を立てていた筈なのに鳥人は全く問題ないといった風に首を逆回転に一回転させ、元に戻す。

 ヘラクレスを除く六人は依然として動けない状態。

 ヘラクレスは六人の前に出るようにして鳥人と対峙する。

 

「おや、逃げないのですか? 折角貴方は自由なのに」

「命令だからな」

「命令?」

見敵必殺(サーチアンドデストロイ)。我々の行く手を阻む障害は何であろうと捻じ伏せ、制圧する。例外は無い」

「ホー、ホー。ただでさえ短い命をさらに縮めようとするその心理は理解できかねますね」

 

 アーサーと武村の戦いの決着がまだ見えぬ一方で、ヘラクレスと鳥人の命を賭けた一騎打ちの戦いが始まった。

 

 

 時を同じくして人里の中心部に大きく店を構える里一番の人気商店、霧雨商店。

 そこに一人の男の姿があった。

 たくさんの人で賑わう店内の中を慣れた歩調で悠々と歩くその姿を何人かの人間が呼び止める。

 

「お!? お前もしかしてリン坊じゃねぇか!? 久しぶりだな、おい!」

「あ、安原のおじさん。どうも御無沙汰してます」

「あらリンちゃんじゃないの!? 久しぶりねぇ、元気だった?」

「どうも、早瀬さん。そちらこそ腰のご加減どうですか?」

「おや、リン君! どうしたの、急に? 買い物? もしかしてここでまた売り子やってくれるのかい?」

「いや、ちょっと霧雨師匠にお話しがあって……すみません、そろそろ通して貰っていいですか?」

 

 

「ふぅ、皆相変わらずだな。店の品は変わっても店の空気は僕がここで修行してた頃と何も変わっていない」

 

 人だかりから何とか抜け出し、店内の様子を見回しながらかつて霧雨商店で修行をしていた森近霖之助は懐かしい時間を思い返し微笑む。

 そして、そんな彼の目の前にかつての師匠が姿を現した。

 

「おう、霖之助。急にここを訪ねてくるなんて珍しいじゃねぇか」

「霧雨師匠」

 

 未だに彼を見ると自然と背筋が伸びてしまう自分に霖之助は内心苦笑した。やはり修行時代の厳しい指導は身体にしみ込んでいるのだと。

修行時代は、それはもう随分と叱られたものだった。

品物の置き場所を間違えて叱られ、値段を間違えて叱られ、客への対応が悪くて叱られ、店内の掃除が不十分で叱られ、品物を壊して叱られ、配達に時間を掛け過ぎて叱られ、クレーム客と喧嘩になって叱られた。

 彼に声を掛けられる事はすなわち何か怒られる事に等しかった。だから、彼が近づいてくるだけで自然と背筋が伸び、身体が緊張に強張るようになっていったのだ。

 しかし、時には優しい労いの言葉も掛けてくれたし、何よりこの人里で行く当てのなかった自分を半妖である事を認知しつつ、他の人間と同様に接して店に置いてくれたのは彼だけであった。

色々な事があったが、厳しくも時に優しく。理想的な師匠であったと霖之助は今でも感謝と敬意を抱いている。

そして、今蓮一に対して見せている師匠としての霖之助の姿もおおよそ彼のリスペクトなのである。

 そんな霖之助にとってあらゆる意味で頭の上がらない彼の前に立てば、半妖であろうとも多少なりとも緊張してしまうのは仕方のない事であった。

 

「まぁ、奥入れ。その様子だと大事な話なんだろ? 茶出してやるからゆっくり聞かせてくれ」

「はい、ではお言葉に甘えて」

 

 霧雨に奥の部屋に通され、湯飲みに入った茶を出されると、霖之助は一口それを飲み、本題へと口火を切った。

 

「実は、今人里内で問題となっている拳鬼について個人的に調べていまして」

「何でお前がその事知ってる?」

「自警団に僕の弟子がいまして。彼がその拳鬼と闘い、敗れました」

「ああ、確か蓮一っていう坊主、お前の弟子だったのか。どうりで」

 

 霧雨は得心がいったという表情で何度も笑って頷く。

 蓮一は決して霖之助一人が修行をつけている訳では無い。だから蓮一自身に特定の一人の師匠の気質が現れる事は無い。

 霖之助はその得心の理由を問い返した。

 

「だって、あいつ毎朝重そうな重りつけてるじゃねぇか。あれ、お前の仕業だろ? お前ドSだからなぁ」

「師匠には負けますよ」

 

 そう言って笑う二人のドSの姿がそこにはあった。

 

「それで、自慢の弟子を倒した野郎がどんな奴か調べて回ってたっていうのか? そいつは少し過保護が過ぎないか?」

「いえ、僕が気になったのは拳鬼の目的についてです」

「ああ、自警団を潰すって奴な」

 

 霧雨は少しばかり暗い顔を見せて、呟く。霖之助は懐から紙の束を取り出し、彼に渡す。

 紙の束には聞き覚えのない名前とその下に事細かな調査記録が書いてあった。

 

「これは?」

「ここ数週間で墓吐武頭のメンバーに襲われた人々のリストです」

「ほう。よくこんなにたくさん調べたなぁ。襲われた奴の中には自警団の奴もいりゃ、一般人もいるのによ。ん? これは……?」

 

 順番に紙をめくって大雑把にリストを読む霧雨は半分位まで見て何かに気付いたのか一瞬動きを止めると、そこからはさらに早くページをめくってリストの中の全員をチェックする。

 

「おいおい、こいつはどういう事だよ」

「僕が最初に気になったのは、何故今になって彼が動き出したかです。彼が指名手配され、拳鬼の名がついたのは三年前。それからは全く動きがなかったのに、最近になってまた動き始めた。どこか不自然です。それに、蓮一君は何度も見回りに行っていて墓吐武頭のメンバーらしき人間には一度も会った事がないし見た事もないと言っていました。他の団員にも聞いてみると、同じような証言が多数得られました」

「それは、つまりどういう事なんだ?」

 

 霧雨がリストを霖之助に返しながら問う。

 それに霖之助は一呼吸置くと、茶の立てる湯気を見つめながら静かに言った。

 

「つまり、全ては計画的なものだったんです。襲われた人はたまたまではなく、あらかじめ狙われていたんです。そして、襲撃はターゲットが居て近くに自警団がいない、もしくは少ないようなタイミングを見計らって行われていた。だから蓮一君達のようにスラム以外で墓吐武頭を見ていないような団員が多いんです」

「……で、その襲われる奴らの共通点がこれ(・・)か」

 

 リストの全ての頁に共通して書かれていた一文を思い出して霧雨は唸る。

 一体それにどういう意味が隠されているのかはまだ見えては来ない。しかし、これで『議会の時のあの慌て具合』にも合点がいったような気がしていた。

 

「……豊金財閥か。豊金の野郎、一体裏で何をやってやがるんだ?」

「裏でやっている以上はやましい事でしょうね」

 

 今までに豊金に襲われた人間。その全てが豊金財閥の傘下の者達であり、自警団で襲われた団員達の正体に至っては他の里から豊金が雇った傭兵であった。

 豊金財閥の傘下の者ならまだしも、傭兵とはまた穏やかではない。無論、彼らの経歴は豊金が隠していた。

 豊金はそんな者を自警団の内部に送り込んで一体何をしたかったのか。霧雨はさらに深まる謎に頭を抱えた。

 

「さらに、もう一つ。自警団から報告された襲撃記録を統合すると、襲撃地点はおおよそ自警団の近くに集中しています。つまりはこれまで自警団は周りも内部も豊金の息のかかった人間が集まっていた事になります」

「どういう事だ? あいつ自警団にでも攻め込むきだったのか?」

「その可能性は低いでしょう。傭兵は数人ですし、他はまるで戦えない一般人ですから」

「じゃあ、一体……」

「そこまではまだ僕にもわかりません。でも、取り敢えずこの事を豊金と同じ議員である師匠に伝えておこうと思いまして」

「何で俺なんだ? 議員は他にもいるだろ?」

「師匠が一番豊金議員と仲が悪い、と聞きましたから」

「成程、買収されねえってことか。それなら確かに俺が適任だ」

 

 霖之助の言葉に大笑いする霧雨に別れを告げ、霖之助は霧雨商店を出た。

 外を出てリストが懐にあるのを確認し、遠くの空を見上げる。一応、今朝早くに小夜の事と自警団が全面戦争を仕掛ける事は靈夢の式で蓮一と刃空には伝えられた筈だ。

 できれば武村の方に接触したいが、拳鬼の方は蓮一に任せるしかない。自分は拳鬼と戦う可能性のある事はできない。

 『弟子の喧嘩に師匠は出ない』

 蓮一が拳鬼との再戦を望む以上、その師匠である霖之助がその戦いの真っただ中に行く訳にはいかない。

 

「さて、でも豊金さんの方に行っても門前払いだろうし、これは流石にもう手詰まりかな? 拳鬼と豊金さんの間で何があったのかは分からずじまいかな?」

「すみません、その話、もう少し詳しく聞かせてくれませんか?」

 

 突然背後から肩を叩かれながら声を掛けられて霖之助は驚いて振り返る。

 決して気を抜いていた訳ではなかった。そもそも達人級にもなれば人の気配は無意識でも追える。

 しかし、声の主はその気配を一切感じさせぬまま、しかも手の届く距離まで接近を許してしまっていた。

 

「君は……!」

 

 声の主を見て、霖之助は再び驚愕を表情に浮かべた。

 

 

スラム街。倒壊した廃屋の下。以前、その二人は健在だった。

 

「全く、何が他の者は捕縛に向かない、だ。君が一番僕を殺しに来てるじゃな~い」

「まさか、あの高さから落ちて無傷とはな」

 

 アーサーと武村。両者は30メートルの高さから落ちたにも関わらず以前健在だった。普通の人間なら即死級の高さだが、二人は当たり前のように地に立ち、そして拳を構えていた。

 

「しかし、まさか君が『能力』持ちだったとはね。驚いたじゃな~い」

「…………」

 

 種族に限らず、幻想郷には時折特殊な力を持つ者が現れる。彼らの持つ特殊な力を総じて『能力』やら『異能』やらと呼び、アーサーが今さっき使った廃屋を倒壊させる程の力も間違いなく『能力』であった。

 能力には種族由来のものも多く、例えば魔法使いなら『魔法を扱う程度の能力』と魔法使いなら誰もが持っているものが能力となっている者も多い。しかし、こと人間の能力持ちというのは非常に珍しく、この広い幻想郷にも十人もいないと言われるレベルであった。

 

「そういうお前は一体何なんだ。どうやってあの倒壊から生き残った?」

「まぁ、僕のはちょっとしたドーピングじゃな~い」

 

 武村がそう言い終えると同時に彼の身体から黒いオーラのようなものが放出され始める。明らかに能力でない事はすぐに分かった。

 あまりに禍々し過ぎる。能力はその者の本質を映し出す。しかし、今武村が放っているオーラはまるで人間らしさを感じない妖気そのものだった。

 明らかに人間の持つものではなかった。

 

「協力者がいるようだな」

「ああ、今頃他の武長を薙ぎ倒している頃だよ」

 

 武村の言葉にアーサーが小さく反応を示す。

 武村もようやくアーサーから動揺か狼狽に近い反応が見れた事で少しばかりの優越感と余裕が生まれた。

 

「……早々に決着をつけてやる」

「そう言わず、ゆっくりしていきなよ。少しこの力を試してみたいじゃな~い!」

 

 二人が同時に踏み込む。

 アーサーは顎に向けた掌底、武村はレバーフック。ほとんど攻撃の速度は同じ、攻撃軌道も両者直撃コースにあった。

 しかし、どちらも防御に回ろうとはしない。防御しようとすれば後手に回る事になる。それは二人とも譲る気はなかった。

 掌底とフックがみるみる内に近づいていき、互いの攻撃が互いに直撃する瞬間、行動を取ったのはアーサーの方だった。

 突然、アーサーの周りに球状の領域が見えたかと思うと、続けざまに左手が先刻と同じ黄金の光を放ち始め、武村のフックを片手で受け止める。

 同時に武村の顎にアーサーの掌底が直撃し、彼は頭をノックバックさせながら吹っ飛ばされる。

 軽く吹っ飛ばされ、二、三歩ふらつきながら顎を押さえて武村は目の前のアーサーの球状の領域を見つめる。

 

「制空圏、か。面倒臭いね」

「この領域に入った攻撃は一つ残らず打ち落とす」

「成程、確かにその絶対防御は厄介じゃな~い。でも――――」

 

 武村が不敵な笑みを浮かべると、その身体から黒いオーラとは別の激しく燃え盛る炎のような気が放出された。

 それは武村自身の持つオーラ。それを使いこなせるという事は武人として一つの段階を超えた証。

 すなわち、武村は動の気の発動を行った。

 感情を爆発させ、精神と力のリミッターを外す動の気の発動は下手をすれば精神が飲まれ、修羅に落ちる事もあり得る危険なもの。

 しかし、一度修得すれば、尋常ならざる力を引き出す事のできる両刃の剣。

 

「さあ、君が絶対の盾を出すと言うなら僕は絶対の矛で迎え撃とう。矛盾に決着をつける時がきたじゃな~い」

「矛盾などない。より強い方が勝つ、それだけだ」

 

 二人の間の緊迫感がさらに高まり、空気すら打ち震える。

 アーサーは黄金の光の能力に加え、制空圏を発動する事で絶対的な防御力を、武村は鳥人から預かった黒いオーラに加え、動の気を開放する事で絶対的な攻撃力を得た。

 これはすなわち、次の攻撃によりこの勝負の勝敗が決するとも言える状況だった。互いに出し惜しみなしの総力戦。

 アーサーが見事武村の攻撃を捌き切るか、それとも武村が圧倒的攻撃力でアーサーの制空圏を壊してしまうか。

 いずれにせよ、破られればもうそれ以上の攻撃も防御もないのだから、実質的な勝負がつくのである。

 

「ふぅ~」

「コォォォ」

 

 二人が息を整えながらゆっくりと近づいていく。

 そして、ついに二人が足を踏み込んだその時、『それ』は上空から降ってきた。

 

「うわああああああああああああああ!」

「なっ!?」

「何者!?」

 

 丁度アーサーと武村の間に落ちてきた何かは轟音と砂煙を周囲に巻きたてながら、ゆっくりと起き上がって来た。

 煙が晴れる前からその乱入者に対し、武村はこれ以上なく歓喜の表情を浮かべていた。

 そして、煙が晴れ、その姿を視界に捉えると、武村は乱入者に向けて待っていたとばかりに笑いかける。

 

「やあ、待ちくたびれたよ、蓮一君」

「ああ、俺もこの時を待っていた。決着をつけよう、武村さん」

 

 蓮一と武村。史上最強の弟子と拳鬼の視線が火花を散らし、今、ぶつかりあった。

 




誤字修正いたしました

阿法使い→魔法使い

こういう阿呆なミス減らしたいですね、気を付けます
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