東方史上最強の弟子 レンイチ   作:浜栲なだめ

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第三話「霊夢」

「絶対私は認めないから」

「霊夢、お願いだから、ね?」

 

 夜の博麗神社、境内で壮大な親子喧嘩が行われていた。

 いや、親子喧嘩というよりは娘が駄々を捏ねているのを母がなだめようとしていると言った方が正確だろうか。いずれにせよその様子が荒っぽいのは同じことだが。

 

「私は……母さんが弟子を取るなんて許さない! 珠符(じゅふ)明珠暗投(めいじゅあんとう)』!」

 

 空中に浮かぶ霊夢のかざした手から巨大な陰陽玉が三つ、バラバラの方向に放たれる。しかし、それらは木や神社の屋根にぶつかってバウンドし、不規則な軌道を描きながら三方向から師匠――つまりは靈夢へと襲いかかる。

 

「くッ! 腕を上げたな、霊夢!」

 

 苦しそうな声を上げつつも一つ目の陰陽玉を紙一重で回避、続く二つの陰陽玉は両手の手刀で地面に叩き落とし、見事看破してみせる。

 師匠の勝ち誇った笑みに霊夢が悔しげな表情を見せる。

 そんな超人的な戦闘を前に、蓮一と紫は縁側に座り呑気にお茶をすすっていた。

 

「ふぅ、後どれ位で終わるのかしら、あの親子喧嘩は」

「どちらかが倒れるまでは続きそうな勢いなんですけど……」

 

 止めなくても大丈夫なのだろうかと本気で心配になってくる激しさの戦闘に蓮一は紫の方を見てみるが、依然として紫に二人を止めようという意思は見られない。それどころかむしろ二人の戦いを楽しそうに見ているようにも見える。

 こんな事になったのは蓮一におおよその責任がある。

――三十分前、博麗神社。

 

「で、母さん。そっちの男はなんなの?」

 

 博麗神社内住宅の一室。とりあえずは落ち着いて話をするために全員この一室に集まり、お茶で一息入れていた所である。

 誰が話を切り出すのか、空気が張りつめていた所に第一声を上げたのが師匠、博麗靈夢の娘、博麗霊夢だった。読みは母娘で同じでもその字が旧字体かそうでないかにより区別がなされているようだ。

 実に分かり難い区別の仕方である。何せ生活している中では同じ『れいむ』という音なのだから呼び分けができない。まぁ、蓮一においては靈夢に弟子入りしたのだからそれに準じて彼女の事は『師匠』と呼び改めれば良い話だが。

 

「ああ、紫から聞いていないのね。妖怪に襲われた村で拾った少年よ、名前は蓮一。あなたよりは少し上の年齢なのかしら?」

「それは紫から聞いているわ。問題は何でそいつがまだここにいる訳? 紫、確か今日の昼間にそいつを人里に連れて行くんじゃなかったの?」

「それも、言ったじゃない。博麗神社に行っても靈夢もその子いなかったんですもの」

「で、母さんはそいつと一体どこ行ってたのよ?」

「妖怪退治よ」

「……まぁ、いいわ。それで、なんですぐにでもそいつを人里に連れてかないのよ?」

「蓮一は私の弟子になったからね」

「そこよ! それがわかんないのよ! なんで今まで弟子なんて一人も取らなかったのに、急にこんな奴を!?」

 

 さっきからちゃぶ台を何度もバンバン叩いて怒鳴り声を上げる霊夢は本当に見た目相応の年頃の女の子と言った感じだった。

 しかし、蓮一は霊夢の剣幕よりもそもそも師匠に娘がいた事自体に驚いていた。今までそんな話は一回もしていなかったし、子供がいるような年齢にも見えなかったからだ。それに、それなら師匠の伴侶は一体どこにいるのだろうか、それに何故わざわざ娘と別居などしていたのだろうか。

 

「ちょっと! 蓮一……だったっけ? 聞いてるの? あんたの事で揉めてるんだけど!」

「え? ああ、ごめん。霊夢」

「気安く下の名前で呼ばないで!」

「ああ、呼びやすくて、つい」

「まぁ、霊夢もそれ位にしときなさいな。楽しみだったのはわかるわよ? 早くお母さんに会いたくて修行頑張ってたものね?」

「ちっ、違っ……くはないけど……」

 

 紫の言葉に恥ずかしそうに霊夢は顔を真っ赤にしたまま下を向いてそのまま黙り込んでしまった。紫はそれをさぞ楽しそうに笑って見つめている。

 よくわからないが霊夢の扱いに関しては師匠よりも紫の方が長けているようだ。

 一旦、場が静まった所で紫が一つ咳払いをいれる。

 

「蓮一にも一応説明はしておきましょうか。この子は博麗『霊』夢、そこの博麗『靈』夢の娘にして次期博麗の巫女よ。一年前から博麗の巫女になるため、私の屋敷に泊まり込みで修行をつけていたのよ。たまに修行が一段落したら数日休養に帰ってたりもしているけどね」

「修行なら師匠に任せた方がいいんじゃないですか? 現博麗の巫女な訳だし」

「まぁ、普通はそうするんだけどね。今の博麗の巫女はあまりにも異質というか異端すぎて修行にならないのよね」

「苦労かけるわね、紫」

「全くだわ。まぁ、あなたの博麗の巫女としての在り方も一つの博麗としての姿なんでしょう。今日までちゃっかり生き残っている訳だしね」

「笑えないわ」

 

 蓮一にはいまいち紫が何を言っているのかはわからないが、複雑な事情が混在しているらしい事はなんとなくわかったので、これ以上は深く立ち入らない事にした。

 とりあえずさっきから黙り込んでいる霊夢は博麗の巫女の修行とやらを一段落終えて博麗神社に、母の元に帰省してきたという訳である。

 

「それで、今回は霊夢は何日こっちにいる予定なの?」

「いえ、もう私の所に戻ってくる必要はないわ。修行は全て終わったもの」

「え、早すぎない!?」

「ええ、天才よ。これまでのどの博麗の巫女と比べても間違いなく霊夢の代が最強でしょうね」

「凄いじゃない、霊夢!」

「うん!」

 

 母の賞賛を受けて恥ずかしそうに顔を赤らめる霊夢は嬉しそうに足をばたつかせている。師匠も自分事のように嬉しそうな様子だ。

 その様子を見て蓮一の脳裏に生前の両親の姿が浮かび上がってくる。

 

「まぁ、そう言う訳だから今日からは霊夢と一緒に暮らして頂戴。それで、私は霊夢をここに置いていって代わりに蓮一を里に置いてくるために引き取りに来た訳だけど」

「ええ、その必要はなくなったわ」

「……本気なの? あなたも、蓮一も」

「はい、本気です」

「ええ、もちろんよ。この子になら私が修行をつけても問題ないと思う」

 

 その言葉を聞いて霊夢が一瞬身体を震わせたように見えた。不意に霊夢は立ち上がると師匠の前に立ち、巫女服の裾から一枚札を取り出す。

 その身体からは蓮一と同年代とは思えない程の闘気を放っている。

 

「母さん、喧嘩をしましょう」

「……よし、久々にやりましょうか!」

「ちょ、やめてくださいよ! それに、霊夢はともかく何で師匠はちょっと嬉しそうなんですか!?」

 

――こうして、今に至る。

 

「さて、こっちもこっちで少し話をしましょうか」

「え?」

 

 お茶を啜りながら紫は横目で蓮一を見つめる。その目は静かで無機質な、まるで足元の小石や落ち葉でも見るような目だった。

 それだけで次に紫の口から放たれるであろう言葉が蓮一にとって決して楽しいものでない事は明白であった。自然と蓮一の身体に緊張が走る。

 

「今からでも遅くないわ。弟子入りなんてやめなさい」

「……それは、できません」

「あなた、村を滅ぼしたあの妖怪への復讐のために戦うのでしょう? そんな不純な動機を認める訳にはいかないわね」

「仇を討とうって事は不純なんですか?」

「別に仇を討つ事が不純という訳じゃないわ。人間の中にはそれを善とする輩もいるようだしね。でも、私から言わせればそれは不純というよりは無意味ね。ただでさえ短い寿命をさらに短くする行為なんて」

「……じゃあ、何が不純だっていうんですか?」

 

 紫の否定的な言動に苛立ちを覚えつつ、理性でその感情を殺して蓮一は紫に続けて質問した。

 紫はまた一口お茶を啜ると、夜空の月を眺めながら語り始める。

 

「不純っていうのはね。自分の本心を隠して偽り繕う事を言うのよ。あなたが村を滅ぼした妖怪を倒そうなんて思うのは誰のため?」

「もちろん、あの妖怪に殺された皆や父さんと母さんのために」

「違うわね。あなたがそう思い込んでいる、いえ、思い込もうとしているだけよ」

「そんなことは!」

「誰かからそう言われたの?」

「――!」

「誰からもそんな事は言われていないけど、村の皆が復讐を望んでいるなんて思うの? 妄想も大概になさいな。それはあなたの勝手な考えでしょう?」

「ッ……!」

「それにね、他の村人ならいざ知らず、あなたの両親はきっとそんな事は思わない筈よ。きっとあなたには自分達の分まで幸せに長生きしてくれるよう願う筈だわ」

「あなたに……!」

 

 それは言ってはいけない言葉だった。今求められるべきは理性的な、自分の意思を象徴した言葉だ。ここで感情に任せて吐く言葉は自分を悪い方向にしか導かない。

 しかし、辛い記憶を振り起された挙句、今までの自身の行動を否定され、蓮一にはどうしても爆発寸前の感情を抑える事ができなかった。

 

「あなたに、一体何がわかるんですか……! 俺の両親や村の人達に会った事なんてないのに! 何でそんな事言えるんですか!」

「……ええ、わからないわ。私は予想や予測を述べただけで彼らの本当の意思なんてわからない。そして、それはあなたも同じよ、蓮一。『死んだ皆のため』なんていうのは所詮虚構なのよ。あなたは口のきけぬ死人に自分の都合の良い理由を求めているだけ、そんな偽りの理由が認められると思っているの?」

「ち、違う……!」

「違わないわよ。子供は良いわよね、愚かでも許されるもの。でも、あなたにはもうその愚かさを許してくれる人はいない。子供ではいられない、いちゃいけない。少し考えてみなさいな、今夜、自分としっかり向き合ってみなさい、あなたが戦う理由が本当にあるのかどうか」

 

 そう言い終えると紫は空の湯飲みを置いて立ち上がると、指で空をなぞる。すると、その軌跡に合わせて空間が裂け、別空間が出来上がる。

 完全に意気消沈している蓮一に去り際に紫は言った。

 

「明日、もう一度ここに来るから、その時までに答えを用意しておきなさい……明日はもう少しマシな答えを聞かせてくれる事を期待しているわ」

 

 そして、空間の裂け目は紫を飲み込んで消えてしまった。

 丁度、そこに眠っている霊夢を抱きかかえた師匠が蓮一の元に戻ってきた。

 

「紫は帰ったのね。いやぁ、霊夢は霊力が切れちゃったみたいで途中で寝ちゃってね。寝室に布団を敷かないと……あれ、何かあった、蓮一?」

「いえ、何でもありません、師匠」

「……そう? 何か悩み事とかがあるのなら相談相手になるわよ。まぁ、私もそんな褒められた人生を送ってきた訳じゃないけど」

 

 苦笑いを浮かべる師匠に、蓮一は一歩踏み出していた。やはり、この紫から与えられた問いに答えを出すには自分だけではできない気がしたからだ。

 

「じゃあ、私は霊夢寝かせて来るから何かあったら――」

「すいません、師匠。やっぱり何でもありました」

「ええ!?」

「少し相談事があるんですが」

「……わかったわ、霊夢を布団に寝かせてくるからそこで待っていて」

 

 

「成程、戦う理由ねぇ……」

 

 蓮一は紫に言われた事をほとんどそのまま師匠へと伝えてみた。師匠は難しい顔をして盃の酒を飲み干す。この酒と盃は霊夢を寝かせてきたらしい師匠が蓮一のいる部屋に戻ってきた時に持っていたものだ。

 師匠曰く、何か大事な事のある前日や真剣に考え事をする時に飲むらしい。

 

「それこそ、蓮一自身が決める事なんじゃないの? いや、それができないから相談しているのはわかるんだけどね」

「誰かのために戦うっていうのはそんなに駄目なことなんですか?」

「その誰かが本当にあなたが戦う事を望んでいるのなら、まぁ、別に駄目とは言わないけど、確かに紫の言った通りあなたの父親や母親、村の皆がそれを望んでいるとは思えないわ」

「…………」

 

 蓮一は黙り込んでしまった。心の内ではわかっていた、紫の言っていた事が正しい事を。父親や母親が復讐を望む筈がなかった。今まで両親から目一杯の愛情を受けて育った蓮一にそれがわからない筈がなかった。

 結局紫の言った通り戦う理由を押し付け、偽っていたのだ。それ以外に妖怪と戦う理由が見当たらなかったから。

妖怪と、村を焼いたあの骸骨の武士と戦いたいという意思の根源が蓮一にはわからなかった。

 

「師匠は何のために妖怪と戦っているんですか?」

 

 気付けば、半ば問題から目を背けるように師匠に話を振っていた。

蓮一からの質問に師匠は少し目を細める。あまり触れない方が良かったのかもしれないが、既に口から発せられた言葉はもうなかった事にはできないし、この質問は蓮一自身が紫からの問いに答えを出すためにも遅かれ早かれしていた質問だった。

 師匠は少しだけ思慮してから盃にもう一杯酒を注ぎ、それを一気に飲み干す。

 

「楽しいからよ」

「……え?」

「この上なく楽しいのよ、妖怪退治という奴が。自らの武の全てをぶつけ、妖怪と生死を賭けて戦う事が私にとっての幸福そのものなの……狂ってるでしょ?」

「……はい」

「正直でよろしい。でもね、蓮一。これが私のまごう事なき本心、(まこと)。だからこそ私の戦う意志は決して揺るがないのよ。万人が納得するような戦う理由を取り繕う事は簡単にできるわ。でも、その偽りの心は見た目こそ美しくとも脆い。それではすぐに戦えなくなるわ」

「それは俺が紫さんに戦う理由として答えた復讐の事を言っているんですか?」

「あなたがそう思うのならそうなのかもしれないわね。蓮一、あなたのその闘志が真である事を私は知っている。必要なのはその真の自分を曝け出す勇気よ」

「真の自分を曝け出す……勇気……」

 

 蓮一はそう言って考え込むのを、師匠が慈しむような眼差しで見つめる。その視線に気付き、蓮一と師匠との目が合う。

 

「あなたの真が万人に受け入れられるとは限らないわ。全否定される事だってあるかもしれない。でもね、大切なのは万人に肯定される事でなく、自分が肯定できるものである事よ。あなたの真をぶつければ紫も理由の如何に関わらずあなたを認めてくれる筈よ」

 

 そう言って師匠は酒瓶と盃を持って立ち上がる。ここから先は自分で考えろという事だろう。

 師匠が部屋から出ていく寸前、蓮一はその背中を呼び止め、言う。

 

「師匠、俺……師匠に弟子入りして良かったです」

「――ええ、ありがとう」

 

 蓮一の言葉に一瞬驚いたような顔をしてから穏やかな笑みを見せて師匠はそう言って今度こそ部屋から立ち去って行った。

 蓮一は寝室に戻ると、灯りを消し、部屋の中心で目を閉じ、座禅を組む。昔一度父親にやり方を教わっただけのちぐはぐな座禅だが、心を静めて自身と向き合う。

 蓮一の内面にいる真の自分と。

 長い夜が明けてゆく。

 

 

「おはよう、いい朝ね」

「……早すぎやしませんか、紫さん。まだ朝食前ですよ?」

 

 蓮一が師匠と共に朝食をいつも通り茶の間へ持っていくと、そこには既に我が物顔で座っている紫の姿があった。どうやら朝食を相伴に預かるつもりらしい。

 紫の神出鬼没さには全くもって驚かされるばかりだと蓮一は溜息をつきながら紫の対面の位置に座る。それに紫は少し目を丸くすると挑発的な笑みを蓮一に向ける。

 

「答えは出たのかしら?」

「はい、俺なりに考えました……とりあえず朝食の後に話します」

 

 寝ぼけ眼の霊夢が師匠に連れてこられた所で紫と霊夢を交えた昨日までとは違った賑やかな朝食が始まった。

 いつも通りの焼き魚と味噌汁、白米も今日のように大人数で食べるだけでおいしく感じる。

 そして朝食後、食器を台所に下げ、茶の間に湯飲みを置いて一先ず落ち着いたところでいよいよ蓮一の向かい側に座る紫が本題を切り出す。

 

「ではまず、あなたは妖怪退治の道を引くの? 進むの?」

「進みます」

「でしょうね、それで? あなたのこれから戦う理由というのは一体何なのかしら?」

「……俺は昨夜、自分の本当の気持ち、真の自分と向き合いました」

 

 気を遣ってか、横の師匠も霊夢も口を挟まない。向かい合う蓮一と紫とで一対一で会話をさせる体制がとられていた。

 蓮一からしても師匠に助けてもらわず自分一人で向かうべき場であるうえに、まだ蓮一の弟子入りを認めてない霊夢に聞いておいて欲しい話でもあるため、二人がこうして不干渉の立会人の立ち位置に徹してくれるのはありがたかった。

 

「俺、本当は村の復讐とかはそこまで考えていませんでした。正直、俺はあの妖怪を心から恨んでいる訳でもないんです」

「はぁ?」

 

 紫が蓮一の言葉を聞いて嘲るような反応を示す。当然だ、自分の両親や生きる場所なにもかもを奪っていった妖怪に対し憎悪がないなど信じられない。しかし、蓮一は意にも介さずさらに続ける。

 

「父さんと狩りをしている時に教わったんです。『皆在るように在るだけだ』って」

「在るように在るだけ……?」

「肉食動物が他の小動物を殺すのはその肉食動物が肉食動物として振る舞った結果です。同じようにあの妖怪が村を襲ったのには何か理由があると思うんです。その妖怪の在り方に基づいた理由が」

「妖怪は人を襲うもの、それが妖怪の在り方よ。それ以外に理由などあるの?」

「あの妖怪は去り際に今後も俺を狙うような事を言い残していきました。妖怪は人を襲うという在り方だけでは説明できない執着だと思うんです。何か他にも理由があると思いませんか?」

「……確かに、そうかもね」

 

 紫も村を襲った妖怪については報告を受けているので妖怪がまだ蓮一の事を付け狙っているらしい事は知っていた。だからこそ、蓮一には安全な村への移住を強く勧めていたのだ。

 聞く限りその妖怪には知性がある。ただ人間を食べたいとか暴れたいために人間を襲うような妖怪ではない。なので、蓮一の言った通り何か村一つ滅ぼすだけの理由があるだろう事は紫も考えていた。

 ただ、それを蓮一に伝えるつもりはなかった。それを知ればきっと蓮一が村を襲った妖怪に余計執着する様が目に浮かんだからだ。

 結局は蓮一が自分で気付いてしまい、その配慮も徒労に終わってしまった訳だが。

 

「その理由が知りたいんです。何で俺の村が滅ぼされたのか」

「……どうやって?」

「あの妖怪と直接会って聞き出します」

「そんな事は私や靈夢がやるわ。折角助かった命を何故投げ出そうとするの? 人里に住んで安全な場所で報告を待つという選択肢もある筈よ」

「容易く村一つ滅ぼすような妖怪ですよ。俺がいるせいで里が俺の村のように突然あの妖怪に襲われてもおかしくない。だからそれだけはできません」

 

 蓮一はそこまで言うと両の手を畳について、紫と師匠に向けて深く頭を下げる。突然の蓮一の行動に全員が箸を止めて蓮一の言葉に耳を傾けている。

 

「でも、今の俺には力がない。きっと真実を聞く前にあの妖怪に殺されてしまう。お願いします、真実を知るために俺には妖怪と渡り合えるだけの力が必要なんです!」

 

 紫はしばらく目を瞑って何かを考え込んでいた。師匠はほんの僅かに笑みを浮かべたかと思うと何も言わず茶を啜る。霊夢もその様子を見て蓮一の方に視線を向けつつも何も言わず紫の返答を待つ。

 日が雲間に入り、陽射しが弱まったタイミングでようやく紫は目を開けた。そして、正面に正座する蓮一の目を見る。

 今度は今までの無機質な目ではなく、蓮一の内の何かを見定めるような、探るような

目つきをしていた。

 

「……まぁ、愚かな子供よりは格が上がったわね」

「じゃあ、認めてくれるんですね」

「ええ、まぁいいんじゃない? せいぜい足掻いてみるといいわ」

 

 蓮一は、表では姿勢を直し、多少息を漏らして身体の硬直を解く程度に留めたが、内心では大きくガッツポーズを取っていた。

 昨日散々言われた紫をついに納得させる事が出来た事にある種の達成感を感じていた。しかし、横のむくれた顔の少女はまだ蓮一を認めてないようで、頬を膨らませて横目で睨みをきかせてくる。

 

「妖怪退治の理由なんてどうでもいいわよ、問題は素質があるか否かよ! 蓮一、決闘よ!表にでなさい! 私に万が一勝つような事があれば、私もあなたを認めてあげる!」

「え? 別に俺は霊夢に認めてもらわなくても……」

「いえ、やりなさい、蓮一。あなたの覚悟、行動で示してみなさいな」

「紫さん!?」

「うちの娘は強いわよ?」

「何で師匠もそんなやる気なんですか!?」

 

 空にした湯飲みを置いて、霊夢は自信満々で準備のためかどこかへ走っていった。

 蓮一も周りに逆らえず、結局嫌々戦う羽目になってしまった。一難去ってまた一難。食器を洗う手も自然と鈍ってしまう。

 

「大変な事になったわねぇ、蓮一」

「全然内心ではそんな事思ってない癖に……歴代最強の博麗の巫女なんですよね、彼女って?」

「ええ、天性の才能を持って生まれた子よ。そもそも紫の修行なんてどんなに死ぬ気になったって短縮できるような内容じゃないのよ。紫は内心はショックでしょうね、スパルタ教育には自信を持っていたらしいから」

「天才、ですか。そんな相手にまだ修行もつけてもらってない俺が勝てるんですか?」

「勝てないと思ってちゃ勝てないわ」

「それはそうですけど!」

「蓮一、あなたが話した戦う理由を考えれば霊夢は必ず越えなければならない相手よ。あなたの選んだ道はそれ程に険しい」

「わかっています、でも決めましたから」

「いい顔になったわね。大丈夫よ、あなたにだって素質がある。霊夢といえど全く歯が立たない訳じゃないのよ?」

 

 食器を水で洗い、それを素早く布でふき取りながら、師匠は蓮一に笑いかける。

 

「それじゃあ、師匠らしくここはいくつかアドバイスをしてあげましょうか」

 

 

 博麗神社、境内、中庭。

 紅白の巫女服の少女と着古した着物の少年が向かい合っていた。博麗霊夢と蓮一の戦いが今まさに幕を下ろそうとしている。

 そして、それを縁側で見守る、というよりは観戦している師匠が二人。博麗霊夢の師匠役であった幻想郷の管理者、八雲紫。そして、蓮一の師匠となった博麗の巫女、博麗靈夢である。

 

「先手はあんたにあげるわ。どこからでもかかってきなさい」

「確認する。どちらかが負けを認めるまで勝負を続ける。そして、お前に勝てば俺は正式に師匠の弟子と認めてもらえるんだな?」

「ええ、弟子でもなんでも認めてやるわよ! 私に勝てればの話だけどね。その代わり、あんたが負けたらさっさと人里に行ってもらうわ!」

 

 挑発的な台詞と共にさっきまで何もなかった霊夢の右腕に朱色の札が三枚現れ、真っ直ぐ蓮一に向かって放たれる。

 蓮一は霊夢からの唐突な攻撃に焦りながらも後ろに逃げてこれを間一髪で回避する。

 

「おい! 先手は譲るんじゃなかったのかよ!?」

「敵を前にいつまでもボーッとしてるあんたが悪い!」

 

 問答無用とばかりに次々と霊夢の手から大量の札が放たれ、蓮一を襲う。

 札はどれもどこかに着弾した瞬間、小さな爆発を起こし、その周囲を同時に巻き込んでいく。しかし、境内の地面や建物には傷一つつかない。きっとそういう類の、人にしかダメージを与えない攻撃なのだろうととりあえず理解し、そして心の中で安堵する。

 

――これなら、どこに逃げても神社を荒らしてしまう事はない!

 

「戦いの心得、一つ! まずは敵の攻撃をひたすら避けるべし! 勝つ事の第一歩とはすなわち負けない事である!」

「は、はぁ? あんた急に何言って……」

「うるさい! 口に出した方がうまくいく感じがするんだよ!」

 

 中庭に既に二人の姿はない。霊夢の一方的な攻撃に蓮一がひたすら逃げているうちに既にその戦場は博麗神社全域にまで広がってしまっていた。

 しかし、靈夢と紫達は目の前に紫の能力で複数の空間の裂け目、通称『スキマ』を作り出し、空間と空間とを繋ぐ事であらゆる視点から中継のように二人の戦いの様子を把握する事ができた。

 そして、今紫の隣では蓮一の言葉を聞いた靈夢が笑い転げている。

 

「アッハッハッハッハ! まさか、私の言葉をそのまま叫びだすなんて、ククッ、予想もしてなかったわ、アハハハ!」

「戦いの心得って、あなた……まだ蓮一には修行をつけてもいないんでしょう? 精神論や付け焼刃の作戦だけでなんとかなるような相手じゃないわよ、霊夢は?」

「随分と霊夢を推してくるじゃない? よっぽど自信があるみたいね」

「それはもちろん。私が手塩にかけて育てた子ですもの。応援したくもなるわ」

「あらあら、母親みたいな台詞を言うのね。母親の前で」

「母親でなくとも育て親ではあるもの。情も移るわ」

「ふふ、じゃあ、私はこれから手塩にかける予定の蓮一を応援しようかしら」

「厳しいと思うわよ。もって三十分と言った所かしら」

「まぁ、見てなさいな」

 

 フフフと両者が笑い合って蓮一と霊夢の観戦に臨む。何故かこちらでもそれぞれの弟子を巡って緊迫した空気が流れ始めていた。

 

「くそッ! 逃ーげーるーなッ! 一体どこに隠れたのよ!?」

 

 霊夢が今いるのは丁度神社の裏。ここには祭事に用いる祭具や神酒、また、博麗神社に伝わる宝具や妖怪退治の中で回収した妖具などがまとめて保管されている大きな倉庫がいくつか並んでいるため、隠れるには好都合な立地になっていた。

しかも、霊夢としては最も建物へのダメージに気を遣って戦わなければならない場所。さっきまでは札に込めた霊力を爆散させる事で人体のみにダメージを与えるような方法をとっていたが、ここにはその霊力に反応する物が多すぎる。霊夢といえど迂闊には攻撃ができない状況だった。

 

「さて、どうするか――ッ!?」

 

 突然、嫌な予感が脳裏をよぎり、霊夢はその場から即座に離れる。それと同時に寸前に霊夢居た場所に黒い大きな物体が落ちてくる。

霊夢の天賦の才の一つ、直感。ほとんど未来予知とも言える正確さの危険予知、そしてその直感を心から信じ行動できる行動力が上から落ちてきた物体を回避させたのだ。

これがある限り、霊夢はある程度の攻撃ならば例え不意打ちでも回避する事が可能である。しかし、だかと言って当の本人にその不意打ちに対する驚きや焦燥がない訳では無い。

真後ろに素早く後退していた霊夢はいつの間にか額に滲む冷や汗を拭い、呼吸を荒げながら落ちてきた黒い大きな物体――蓮一の姿を捉える。

 

「不意打ちッ!? 姑息な手を……!」

「戦いの心得、一つ! 奇襲は如何なる敵、状況に関わらず有効な戦法である! 機があれば多用すべし!」

 

 それだけ言うと、蓮一は固めていた右拳を霊夢に向かってその場で振り切ると同時にその手を大きく開く。

 瞬間、蓮一の手から大量の砂が霊夢に向かって放たれる。霊夢の視界がその砂煙により一時的に奪われる。そして、霊夢がその砂煙から脱出し終えた頃には既に蓮一はまた全速力でどこかへと走り去ってしまっていた。

 一人、残された霊夢は冷静に目に入った砂や衣服に付いた砂埃を手で払い取ると、大きく息を漏らす。

 

「……わかったわ。そういう事なら、私も全力でやらなきゃならない」

 

――奇襲の次は目くらまし? まともにぶつかり合う気概もないの? 呆れた。あんな奴、まともに相手する必要なんてないわね。

 

「あんたはまだ母さんに弟子入りしたばかりでなんの技術も持たない素人。そう思っていたからこそ、『これ』は使うまいと思っていたのだけれど……」

 

――そもそも、今私が砂煙で一旦視界を奪われた隙に畳み掛けてこなかったのは何でよ!? 私を……馬鹿にしてるの!?

 

「仕方ないわよねぇ、奇襲なんて決闘においての礼儀を欠いた行動を取るんだから」

 

――巫女服……母さんに仕立ててもらったのにこんな事で汚す事になるなんて……! あんな奴に母さんから教えを乞う資格なんてないわ。

 

「あんたがそういう手も使うって言うんならこっちも容赦しないわよ……!」

 

――降参なんて受け付けない。この私を怒らせた事、死ぬ程後悔させてやるわ。蓮一、取り敢えずあんたは――――

 

「『空を飛ぶ程度の能力』、発動!」

 

――半殺しよ。

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