世界は常に光と影が渦巻きあっている。
自分が立っている光のすぐ傍には必ず影があり、その影の周りに光がある。光と影は決して分かたれているものではなく、むしろ混ざり合うように両者が存在している。
だから、偶然、いつの間にか光から影へと足をほんの少し踏み込んでしまっても不思議ではないのである。
今まで光しか見てこなかった者が、偶然その光の傍に伸びる影を垣間見てしまっても仕方ないのである。
だから、僕があの時、知らず知らずの内に影へと踏み込んでしまったのも不思議はなかったのかもしれない。
あの、三年前の自警団入団試験の日。僕は世界の影の姿を目撃した。
「へぇ! 自警団に入団しにスラムからとはまた意気の良いこった!」
「いやぁ、はは……」
店の店主らしきワイルドな風貌の男性の陽気な声に、僕は頭の後ろを掻きながら笑みを浮かべた。
僕の生まれはスラムだった。どこぞの娼婦の子供だったが、妹が生まれてから一年経った頃、生活に余裕がなくなり、僕達は二人揃って捨てられた。
それからは妹と二人で物乞いをしたり、盗みをしたりと今日までスラム街で日々ギリギリの食い
自警団に入れば団員として給金が手に入り、寮という形で下宿まで用意される。今の生活からいち早く脱したかった僕は、同じく同年代に敵の居ない程に強くなっていた三つ年下の妹を連れて共に自警団の入団試験を受ける事にした。
スラムで共に助け合って生きてきた仲間達を置いていくのは心苦しいものがあったが、彼らも笑って僕達を送り出してくれた。
僕は自分のためにも、また、送り出してくれた仲間達のためにも必ず自警団に入団する意気込みでスラム街を出て自警団の入団試験を受け、そして熾烈を極める試験を乗り越えてようやく最終試験を残すだけとなっていた。
最終試験までは大分時間があったので、僕は散歩がてらこの一際大きな『霧雨商店』と看板の掲げられた商店に足を運んでおり、そこに並ぶ色んな商品を見て回っていたところを目の前の店主に声を掛けられたのだ。
「今まで大変だったろう。試験には一人で来たのか?」
「いや、もう一人、三つ下の妹も一緒に」
「妹も一緒に自警団の入団試験受けに来てんのか!? 兄妹揃って強いんだなぁ、お前ら!」
「はい、それはもう! 妹は僕より三つも年下なのに僕の技を見てすぐに自分のものにしちゃうんですよ! 小夜は天才じゃな~い、あいつなら試験だって絶対に楽勝――――っと、すいません、急にテンション上がっちゃって……」
仲間にも何度か指摘されたが、僕はほんの少しシスコンらしく妹の事になるとつい喋り過ぎる悪い癖がある。つい、いつもの口癖の『じゃな~い』まで出てしまった。
加えて、僕がスラム出身と聞いても目の前の店主は嫌な顔一つせずに話してくれている。それが接客のためだとしても、心地良くてついつい口が軽くなってしまっていたのもあるだろう。
僕は慌てて口を閉じて店主に謝るが、彼は嫌な顔一つせず、ニカッと真っ白な歯を見せて笑うと、少し待ってろ、と言い残し、机を挟んだ会計から出て、人で賑わう店内へと少しの間消えていったかと思うと、両手にいくつかの商品を抱えて僕の元へ戻り、抱えていたそれらを僕に渡す。
「握り飯と茶の水筒だ。妹さんと二人分あるから仲良く分けて食いな」
「え? そんな、僕金は持ってないじゃな~い!」
僕は慌てて商品を返そうとするが、店主はいいから、と言ってそれを押し付けるように僕に渡す。
「妹思いのお前さんが気に入った。お前と妹さんの少し早めの入団祝いだ、とっとけ。その代わり、何か入り用があれば、是非
「はい! 勿論です! 有難うございます、店主さん!」
「霧雨でいいぜ? お前はなんて言うんだ?」
「俺は、武村です。武村
「そうか、武村一騎か、いい名前だな。入団試験、頑張れよ! 妹さんにもよろしくな!」
「はい、霧雨さん!」
そう言って俺は満面の笑みで挨拶をして店を出ると、早く小夜にも届けてやろうと駆け足で自警団まで戻る。
そして、その途中、僕は不審な声を聞いた。いや、聞いてしまった。
「――で? 例の物は?」
「はい、こちらに」
それは建物と建物の間の薄暗い裏道の方から聞こえてきた。
僕は、その声に足を止め、声の聞こえた方向を向くと、あろう事かその声の主を確かめに行ってしまった。
その時は霧雨さんから親切にして貰った事もあり、気分が高揚していた。そして、僕はどこかで舐めていたのだ。所詮は治安の保たれた地帯だからスラム程の危険はないだろうと。
普段ならそんな不審な声を聞けば、すぐにその場所から離れたのに、その時だけは好奇心を優先してしまった。
「ほう、これが……」
「え、ええ、そこにあるリストの人間がお探しの人間かと」
気配を消しながら様子を見ると、裏道一つ目の角を曲がった袋小路で四人の男が何やら話をしているようであった。
しかも、その内二人はどうやらボディーガードのようで、会話をしている二人の横で立って周囲を警戒しているだけだが、巨体で屈強な男達だった。
話をしている一人の男は身なりが良い貴族らしき男で、少し腰を低くし、機嫌を伺うように何やら相手に書類の束を渡している。
もう一人の男は貴族程身なりの良い男ではないが、不思議な雰囲気を纏っており、貴族の男が腰を低くしている事からもこの男が只者ではない事はすぐにわかった。その男は書類の束を受け取り無表情で目を通すと、懐からずっしりとした革袋を取り出し、それを貴族の男に手渡す。
「今回分の報酬だ」
「ありがとうございます!」
貴族の男がだらしなく頬を緩ませながら革袋を開けると、そこから大きな宝石が数多と輝いているのが見えた。
スラムでもいくらかそういう取引は目撃したが、あれだけの量の宝石を報酬として渡すものは見た事がない。僕も貴族の男と一緒になってその宝石にしばし目を奪われてしまっていた。
そして、それが僕の逃げ遅れた原因だった。
「私はこれで失礼する。そこの物陰でこちらを覗いている少年の処置は君に任せる」
「しまった! バレてた!?」
「なっ!? と、捕らえろ!」
男がそう言い終える前に既にボディガードの二人は僕の目前まで走ってきており、宝石に目を奪われ、逃げられる体勢を取っていなかった僕はあっさりと捕まり、貴族らしき男の目の前に跪くよう、強引に地に押し付けられた。
既に異様な雰囲気の男は消えており、貴族らしき男は僕の髪を引っ張って顔を上げさせ、睨み付ける。
「貴様は、確か自警団の入団試験に来ていたスラムのゴミの一人だな?」
「そういう、あんたは……確かその入団試験の立会人の一人の貴族様じゃな~い?」
男が僕の事を知っていたように、間近で見て僕も男の顔に見覚えがあった事を思い出した。
自警団の入団試験での立会人をしていた数人の里の有力者。貴族の男はその一人であった。
「ふん、私は豊金。貴様らゴミの遥か高みにいる貴族の名だ。よく記憶に刻み付けておけ。まぁ、精々後数分の命だろうが」
それが僕の人生を狂わせた宿敵である豊金との出会いであり、そして、僕がもう後戻りできない程に影に踏み込み過ぎてしまった事に気が付いた瞬間だった。
☆
「博麗『押し双手』!」
炎に包まれたスラムの一角から上げられるその雄叫びと共に爆弾でも落ちたかのような爆音が辺りに響き渡り、建物の一つに巨大な両の手形が付いたかと思うと、建物はいとも容易く粉々になって崩れ落ちた。
他の場所からも似たような轟音と共に次々と建物が倒壊していくのが目に見え、たった今崩した建物の瓦礫に立つ博麗靈夢はなるべく煙を吸わぬよう腰を低くしながら、一つ大きく息を吐いた。
できる限りこれ以上炎を強めぬためにまだ燃え移っていない建築物を片っ端から壊して回る。一見不可能に聞こえても、高天原の達人達が五人も集まればそれは不可能ではなかった。
現在、次々と建築物が倒壊し、おおよそ炎の侵攻は弱まったように見える。
後は一人空へ向かっていった刃空が上手くやってくれればこの火事もなんとかスラム街だけの損傷で事が済むだろう。
「あら、一人休憩とはいい度胸ね。靈夢」
「幽香、そっちも終わったようね」
靈夢の背後に、この炎に熱された空気の中で汗一つ流さずに涼しい顔で立つ幽香の姿があった。
「こっちも終わったよ!」
「これでもう燃えてない建物はないは……ず」
「よし、皆後は刃空殿が上手くやってくれる事を祈って、一旦スラム街の外へ戻ろう」
次々と阿八、鈴鹿御前、霖之助と靈夢の元へと集結し、建物の破壊が終わった事を報告し合うと、急いでスラム街の外へと出た。
スラムの外は自警団や逃げてきたスラムの人々で溢れており、その半分がどこかしら怪我を負っている様子だった。
「あ! 高天原の皆さん! ご無事でしたか!」
「君は、さっきの!」
先刻、霖之助と話した自警団の団員の一人が霖之助の姿に気づき、声を掛けてくる。
しかし、どうやら悠長に話をしているような様子にも見えず、彼の後ろに数人の人々が右へ左へと駆け回っているのが見える。
「こんなに怪我人がいるのか」
「はい、ほとんど軽傷ではあるのですが。何せ応急手当のできる人員がいないものですから。それに、重症の方には数人がかりで人員を投入していますし……」
「成程、了解した。僕も医学には精通している。重症の患者は僕が受け持とう」
「ほ、本当ですか!?」
団員は心底安心したような表情を見せると、早速霖之助の手を引っ張ってどこかへと連れていく。
残された四人は特に応急手当の心得がある訳でもないので、すっかり手持無沙汰になる。
「ね、ねぇ、私達はもう帰っていいんじゃないの? ここで出来ることもなさそうだし」
「う~ん、でも蓮一心配よ」
「それに、なんか鳥人間みたいな妖怪もいたし……ね」
「鳥人間?」
鈴鹿御前の言葉に幽香が反応を示す。
「そう、上半身が梟で~、下半身が人間……みたい、な」
「……そう、それは以前取り逃がした奴かもしれないわね」
幽香が以前に蓮一と共に人里に侵攻してくる数多の妖怪と戦った時、その妖怪達を操っていた謎の妖怪。
結局逃がしてしまっていたが、今の鈴鹿御前の言った妖怪の特徴とそれは非常に一致している点が多い。幽香はその鳥人を仕留めるべく殺気立っていた。
「スラム街とはいえ、人里に妖怪が入っているとなると心配ね。それに阿八の言った通り蓮一の事も心配。さぁ、ならやる事は決まったわね」
靈夢の言葉に他三人が頷いたかと思うと、一瞬でその姿は残像を残して消え、未だ炎の渦巻くスラム街の奥地へと駆け抜けていった。
「――ところで、蓮一の奴は制空圏だけでその武村って奴に勝てるの?」
「何? やっぱり鳥人の方よりも弟子が気になる?」
「そんなんじゃないわよ! ただ、あんたの見解を聞いておこうと思っただけ」
「勝つのは難しいでしょうね」
「はぁ!?」
目にも留まらぬスピードで炎と炎の隙間を走り抜ける中、幽香の問いに靈夢はあっさりと勝てないと答えた。
「でも、それでも勝つために刃空は二つの秘策を託したらしいわ」
「二つ? 制空圏の他に? そんなに詰め込めるだけの時間はなかったわよ?」
「ええ、だから、その二つはまだ未完成でしょうね。でも、その二つが実践で扱えるのなら、未完成でも十分に心強いわ」
「一体、何を会得したっていうのよ?」
「まぁ、行ってみればわかるわ」
靈夢はそう意味深な台詞を残し、さらにスピードを上げる。
幽香は少し不服そうな表情を見せながらも、結局蓮一が気になり、鳥人の方を後回しにして靈夢の後を黙ってついていくことになった。
☆
「射命丸師父? 何ですか、こんな夜中に急に?」
「蓮ちゃん、正直今の蓮ちゃんが制空圏を使えるようになった所で、既に気を操れる段階にいる武村という男には渡り合えども勝てんね」
「…………」
妖怪の山に入って二日目の夜。蓮一は夜中に刃空に起こされ、そう告げられた。確かに武村は武人としては蓮一の格上にあたる存在なのだろう。
蓮一は落胆の声も反論の声も上げず、黙って刃空の次の言葉を待った。
「蓮ちゃん、どんな手を使ってでもその男に勝ちたいかね?」
しばらく答えを考えあぐねた質問だった。武村には勝ちたい。だが、どんな手を使ってでも勝ちたいとまでは言えない。あくまで武人として勝利したい。
だから、武人らしからぬ行為、例えば騙し討ちや多対一などの方法では勝ちたいとは思えなかった。
しかし、勝利できなければ、彼はそのまま孤高の道へと進んでしまう。それもまた蓮一にとっては何よりも避けたいものであった。
やがて、おおよそ一分程度の沈黙を破り、蓮一は答えた。
「どんな手を使ってでも勝利したいとは思いません。ただ、俺はどんな手を使ってでも彼のやろうとしている事を止めたいです」
「……成程、なら、これからわいちゃんが教える事は、片方は勝つために、もう片方は止めるために使って欲しいね」
「一体何を教えて貰えるんですか……?」
「二つの“発動”ね」
結局刃空に教えて貰った二つの秘策は帰還の予定を早めてしまった事もあり、中途半端な出来で終わってしまったが、それでも、今のまま使わずに終わる訳にはいかなかった。
蓮一は迷いなく、その秘策を発動させた。
「秘策其の一! 動の気の“発動”!」
瞬間、蓮一の体内から感情の塊とも言える強い波動が溢れ出す。
そのあまりの圧力に武村は一時足を止め、蓮一も自らの動の気に飲まれぬよう唇を噛み切り、必死で気に抵抗する。
――これで、断たれた経絡が元に戻らなければ……もう、勝つことはできない!
武村は経路、と称していたが、武村の攻撃は経絡を断つものに近かった。経絡とは経脈と絡脈の総称である。古代中国医学において気血の通り道と言われている。
今、武村の鬼拳『羅城門』によりその経絡が立たれ、気血が流れず力が全く入らない状態にある。
ただ、武村のこの『羅城門』という技の恐ろしい点は神経などの内部経路も同時に断ち、その感覚すら失くす事で完全に腕が断たれたかのように感じさせる点にある。
経絡を含めた全ての経路を断裁する技。それが羅城門であった。
しかし、それならば気の『発動』によって少しでも動かぬ両腕に気を流して元に戻す事はできないかという策であった。
案の定、動の気に両腕が痙攣し始め、若干感覚も戻っては来た。
しかし――――
「限界かな? やはり経路は回復していないみたいじゃな~い?」
「く……!」
やはり腕は動かせない。感覚は少し戻ってきたが、それでも経絡は断たれたままで気血が流れない。
勝利を確信した笑みを浮かべながら再び武村は蓮一の目の前に立って拳を振りかぶる。
蓮一は諦めたかのように閉眼してしまう。
――ダメだ、やっぱり、勝てなかった……!
「これでお終いだ!」
武村が拳を蓮一の心臓に向けて振り抜く。これが命中すれば心臓付近の経路が断たれる事によって心臓は強制的な停止に追い込まれる。
つまり、それの意味する所は実質的な死である。
そして、無防備な蓮一の心臓部に武村の拳が撃ち込まれた。
「…………なんだ?」
「…………」
その拳は確かに当たってはいた。しかし、感触が妙だった。
何故か手応えがない。拳は何かに当たって止まっているのに、打ち抜いた感覚がない。まるで空中を舞う木の葉でも殴ったかのような、そんな空の感覚だけが彼の拳に残っていた。
何より、拳が当たったにも関わらず蓮一の体が微動だにしていないのがまずおかしい。普通は後に吹っ飛ぶか、それでも多少は身体が揺れる筈だ。
それなのに、未だ閉眼した蓮一の身体はそこに仁王立ちし、そしてその心臓は力強く脈打っていた。
武村は訳が分からず拳を打ち込んだ箇所を凝視する。そして、それを数秒凝視して、ようやくその違和感の正体に気づいた。
「な、なんだ、これは……!?」
「…………」
武村の拳を限りなく透明な何かが覆っていた。それは徐々に不透明さを増していき、やがて半透明な橙色の両腕のようなものが其処に現れた。勿論、蓮一の両腕はすぐそこに力なくぶら下がっている。
武村は驚愕のあまり、完全に固まってしまっている。
「……すまない、武村」
不意に武村の拳を抑えていた半透明の両腕が消えたかと思うと、いつの間にかその両腕は武村の腹部と顔面に拳の状態で現れていた。
それが、単に現れているのでなく武村を殴っていると彼自身が気づいた時には彼の身体は数メートル先に吹き飛ばされていった。
再び瞳を開き、吹っ飛ばされた武村を見る蓮一のその瞳は右目だけが緋色に染まり、その右腕は浅黒く変色していた。
『蓮ちゃん。その異能は本来、妖怪に対抗するために人間に目覚めた力ね。人に振るえば容易く殺してしまうだけの力を持っているね』
脳内に刃空の言葉が響く。
『わいちゃんはその異能が武村という男に使われない事を祈るばかりね』
――すみません、射命丸師父。やはり、使う事になってしまいました。
「秘策、其の弐。異能『手数を増やす程度の能力』、“発動”……!」
これが二つ目の秘策、二つ目の“発動”。
武村を止めるために、蓮一は武人としての勝利を捨てた。
「ふ、くははははははははははは!」
突然、盛大な笑い声が聞こえてきたかと思うと、武村が起き上がってきて高らかに大口を開けて笑い転げていた。
そして、蓮一の方を獣のようなギラついた好戦的な目で見る。
「いいじゃなぁ~~いッ! 最高だ、蓮一ッ! まさか、異能使いとは恐れ入ったよ!」
「…………」
「まだまだ楽しめそうじゃな~い! いくよ、蓮一ッ!」
武村が再びファイティングポーズを取って蓮一の方へダッシュする。
同時に半透明の両腕が弧を描いて蓮一の正面に掌が構えられる。そして、武村が間合いに入る直前、右足を力強く前に踏み込む。
「ふッ!」
「甘いッ!」
半透明の両腕が前に突き出される。しかし、それを武村は片腕を盾にそれを防ぐ。両腕が武村の左腕に防御され、硬直状態が訪れる。
しかし、蓮一はさらに足を踏み込み、足からの力を背中で増幅させると共に再び打ち出す。
「双纏手ッ!」
「なっ!? ガードを打ち破って、ぐはあああああああ!」
武村の左腕のガードをそのままねじ伏せ、そのまま掌打を彼の身体に押し込むように打ち込む。
武村は身体をくの字に曲げ、その場に膝をつく。
「なんて勁力だ……! まさか防御を突き破ってくるなんて……」
半透明の両腕は全身と繋がっている。だから足腰の力を突きに込める事も可能であり、勁のような全身で作り出す力も乗せる事ができる。
いわば両腕が二本から四本に増えたようなものだ。ただ、その代わり半透明の腕の間合いも変わらないが。
「はは、参ったね。でも、僕に対してこの距離は安心するには早いんじゃないかな?」
「誰がこれで終わりだと?」
「なっ」
素早く相手の間合いの内側に入り、さらに相手の真横に立つようにして自分の右足を武村の右足に絡ませ、半透明の両腕で右手首と首を掴み、そのまま前に勢いをつけて押し、重心を後ろに倒しながら同時に絡めていた右足を掬い上げる。
「大外刈りッ!」
「うッ!?」
武村はそのまま真後ろに頭から落とされた。
土煙が上がるが、武村は起き上がってこない。
「はぁ、はぁ……」
掴んでいた首と手首から手を離し、蓮一は息を整える。
流石にあの連撃ならば確実に気絶している筈。そう蓮一が僅かに安心した矢先だった。
「だから、この間合いで安心しちゃだめでしょ?」
「――!?」
砂煙の中から突然武村の拳が現れ、蓮一の顎を跳ね上げる。さらに立ち上がった武村が立て続けに二発、三発と目にも留まらぬスピードで蓮一の身体中に八発の拳撃を入れる。
「鬼拳『
「させるか……!」
最後の一発の溜めの間に蓮一は制空圏を張り、最後の一撃だけはいなして見せる。
「惜しいな、一発足りない。あと一発、経穴に入れば身体は刀のように真っ直ぐに硬直して動けなくなっていたんだが」
かつて刀鍛冶の娘を嫁に貰うために十腰の刀を一晩で造り上げた鬼がいた。
結局、その鬼は娘に刀を一本盗まれたために十腰の刀を献上できず、悔しくも山へと帰って行ったという。
経穴に打ち込む九発の拳を九腰、最後に刀のように硬直した相手を十腰の刀と見立てた鬼拳、それが十拳厳鬼。
蓮一は冷や汗を流しながら距離を取り、再び構えを取る。
「今、羅城門を放っていれば勝っていたんじゃないのか?」
「いや、羅城門はああ見えて鈍い技でね。きっと今の君じゃ軽く避けられてしまうだろうから、確実に当てられるものを選んだまでじゃな~い」
「どれをとっても一撃必殺。鬼拳っていうのはまるで気が抜けないな」
「ふふ、鬼って奴は拳に華を求めるからね」
二人とも余裕ぶった会話とは裏腹に既に体力は底をついていた。
武村は今まで直撃した蓮一の数々の攻撃によって。蓮一は妖怪の山からの連戦に加え、武村の鬼拳によって。
そして、蓮一にはまた別のタイムリミットがあった。
――あと、一分も維持できないな……。
異能を会得したと言っても、それもあくまで中途半端な状態。実際には威力は動の気で底上げしている状態で、両腕を維持できるのはせいぜい三分が限界だった。
お互いに限界の状態。次の小休止はない。
次の打ち合いが始まれば、次にそれが終わるのはどちらかが地に倒れ伏した時のみだ。
二人ともそれを理解していた。だから、両者の次の攻撃は互いに全力の一撃。
「見せよう、鬼拳の神髄、三歩必殺……!」
「俺にできる最高の一撃。それは師匠達から得た武の集大成だ……!」
前々から考えていた蓮一のこれまでの武を集めた一撃を。調和の活人拳を。
孤高を突き詰めた武村がその先に見た真の必殺の奥義を。修羅の殺人拳を。
――今、ぶつける。
次回、おそらく拳鬼編ラストです。