皆さまGWはいかがお過ごしでしたでしょうか?
筆者はバイトを全日入れたため休みなしでした(笑)
まるで休んだ気がしない連休でしたが、今週からまた張り切ってレンイチ再開していきたいと思います。
今話から『人武祭編』突入です。
第三十三話「花の達人」
スラム街での自警団と墓吐武頭との戦争、そしてスラム街の炎上。
そんな大事件もすっかり里の人々の記憶から薄れ初め、人里は徐々に平穏を取り戻しつつあった。
そして、蓮一は――――
「蓮一ちゃん、お花の水やり終わったら次はお店の前に打ち水してもらえるかしら? 今日は暑いからねぇ」
「はい、わかりました!」
何故か日中から働いていた。それも、自警団ではなく、花屋で。
ここで話は数時間前にまで遡る。
「――あー、取り敢えずスラム街での一件も落ち着いた所で、いつの間にやら人武祭まで一か月を切っていた。今年は少々慌ただしかったが、祭りに向けて改めて気を引き締めてもらいたい」
「ああ、そういえばそんな時期か……」
自警団の朝礼で辻秋が口にした言葉に蓮一は声を漏らした。
確か、人武祭について聞いたのは天体観測の時だった筈。あれからまだ一か月も経ってはいない筈なのに、あの頃の事が妙に懐かしく感じる。
あの後に武村と出会い、妖怪の山で修行し、燃えるスラム街の中決死の戦いを繰り広げたのだ。余りにも濃すぎる時間に体感時間が実際の時間よりも遥かに長くなっていたのだろう。
「わかっているだろうが、人武祭は人間の頂点を決める戦い。当然、里内で腕に自信のある者や他の村や里からも猛者が集まってくるだろう。毎年、その予選は苛烈を極める。だから、自警団と言えど全員が参加できる訳ではない。実力と実績を見て僕が参加する者を審査する事になっている。今日の朝礼を終えた後から早速人武祭の参加者を募ろうと思うから、希望者は僕の元へ来るように、以上」
自警団全体がざわめきで包まれた。
皆やる気は十分なようで、意気揚々と拳を掲げる者や、緊張に表情を強張らせる者など様々だ。
蓮一も彼らと同じく当然人武祭は自分の腕試しも兼ねて出場するつもりでいる。朝礼が終わると早速辻秋の前にできる人だかりに飛び込み、自分の順番を待った。
そして、ようやく蓮一の番が来た時、辻秋は目の前の彼を見て言った。
「……蓮一君。君、実績0、だね」
「え?」
辻秋の言葉に蓮一は首を傾げる。
人武祭に出るには実績と実力が必要、と辻秋は言っていた。それは蓮一自身も承知している。そして、その点に関して蓮一は問題ないと考えていた。
しかし、辻秋の口から洩れたのは実績0、という信じ難い言葉。蓮一は一体どういう事なのか頭の中が混乱していた。
実績0。いや、そんな筈はない。これまで自分は確かに戦ってきた筈だ。
村に妖怪が攻め込んだ時は幽香師匠と共に妖怪達を撃退した。
ついこの間は拳鬼を倒して見せた。
これのどこが実績ではないと言うのか。
「あー、それは実績には含めないんだ」
「なんでですか!?」
「それらは君が自警団としてではなく、武人として挙げた成果だからだ。君はあくまで自警団の代表として人武祭に出るのだから、自警団として相応しい実績がなくてはいけないんだ」
「自警団として相応しい実績……?」
「そう。少なくとも、里に妖怪を呼び寄せた挙句、里の入り口で大乱闘なんていう一歩間違えれば里の人々に被害が行くような行為や、武人としてのプライドという私情を優先して燃え盛る街の中で戦う事は自警団として相応しいものではないね」
「う……」
辻秋の言葉が蓮一の心に刺さる。
確かに、自警団とはあくまでも『守る』ための集団だ。しかし、自分の挙げた実績はどれも明らかに守る事ではなく、戦う事を優先していた。
勿論、その戦いの中には誰かを守りたいという気持ちはあった。しかし、今思い返してみれば、蓮一のこれまでの行動は明らかに誰かを守る事より先に、戦いに勝つ事に目が行ってしまっている。
妖怪達が里に入って来た時は幽香に足止めを任せて自分は近隣の住民の避難と、援軍を要請するべきだったし、武村との戦いの時は明らかに私情を優先していた。
それでもこれまで自分が何も言われなかったのは結果的に里への被害や住民の死傷者がでず、結果的に武村を倒した事で全てが上手く一件落着したからに過ぎない。
今までの蓮一の実績は確かに自警団の実績としては相応しくないように思われた。
「――でも、それでも結果的に蓮一は里を守っていますよね、辻秋さん?」
「安里さん?」
諦めて仕事に戻ろうと蓮一が体の向きを変えようとした瞬間に横から安里が言葉を挟んだ。
「それに、蓮一には確かな実力があるのは確かです。実績がないだけで一年待てと言うのは酷すぎませんか? やっぱり機会は『平等』に与えないと」
「…………」
その安里の言葉で辻秋の表情が僅かに変わった。
そして、手元の紙の束を数枚めくると、その中の数枚を破って蓮一に差し出した。
「確かに、蓮一君は確かな実力を持っている。そうだね、誰であれ皆にチャンスは平等にあるべきだ」
「ん……?」
急に今まで諦めムードだった辻秋は一変して協力的な姿勢を取っていた。もう駄目かと思った矢先に光明が差す。
蓮一は辻秋に差し出された紙を受け取り、その内容に目を通す。
「……依頼?」
「そう、自警団には毎日色々な依頼が送られてきていてね、君に渡した紙に書いてあるものは今滞っている依頼なんだ」
「成程、つまりこの依頼で実績を積め、という事ですね?」
「その通りだ、安里君。蓮一君、その紙の依頼を人武祭までに全て消化させればそれを実績として、人武祭への参加を特別に認めよう。ただし、期限までに一つでも依頼が残っていれば受け付けないからね」
「――! はい、有難うございます!」
「よかったな、蓮一」
歓喜の声を上げる蓮一に安里は優しく笑いかける。
「本当、安里さんのおかげですよ。もう駄目かと……」
「長い付き合いだからわかるんだが、あの人は『平等』って言葉に弱いんだ。そこを突けば大抵のことはなんとかなる」
「へぇ、変わった方ですね……」
人ごみから抜けて、未だ人の引かない辻秋の周辺を指さしながら、安里はどこか自慢気な笑みを見せながら言った。
とにかく、安里のおかげで人武祭に出るための希望を手に入れる事ができた。これで何とかなるかもしれない。蓮一は貰った数枚の紙を見て安里に感謝すると共に、安堵の笑みを浮かべた。
「それで? 早速依頼受けに行くんだろ? どれにするんだ?」
「えーっと……じゃあ、これで」
蓮一は貰った紙の中から一枚を適当に選び出し、安里と自分に見えるように手近な机に置いて広げる。
依頼場所は偶然にも自警団の近くだった。そして、その内容は――――
「えーと、なになに?」
「――――花屋の手伝い……?」
そして、現在に至る。
「まさか、人武祭のために花屋の手伝いをする事になるとは……」
日が照り付け、乾ききった地面に柄杓で水を撒きながら蓮一はこれまでの経緯を振り返り、改めて苦い顔を浮かべた。
そんな蓮一の元に、お盆に氷の入った茶を二つ乗せた老婆が店の中から出てきて近づいてくる。
「はい、蓮一ちゃん有難うね。そろそろ冷たいお茶でも飲んで休憩しましょ」
「あ、
ニコニコと優しい笑みを浮かべる老婆は花代と言って、この花屋の店主であり、蓮一を除けば唯一の店員でもある。
蓮一は花代からお茶を受け取ると、それを一気に飲み干した。今日は特に日中から照り付けが激しいせいか、とても喉が渇く。ついさっき撒いた水も既にほとんど乾いてしまう程に今日は暑かった。
「それでね。今日はお客さん少ないみたいだから、蓮一ちゃんにはちょっと裏の花壇のお手入れを手伝って欲しいのよ」
「いいんですか? 店の方放っておいても?」
「今日は毎日来てくれる常連さんももう来終えてるし、この暑さじゃ大通りの外れにあるこのお店まで足が伸びないと思うの」
「そういう事なら、了解しました」
この花屋で売られている花は全て花代の手により育てられた花である。店の裏の大きな花壇で様々な植物が育てられており、普段は毎日彼女が肥料や水をやり、丁寧に世話をしている。
今日はいつも以上に日差しが強く、そのせいか人通りも少ない。だから店番はもう必要ないと判断したのだろう。
蓮一は花代に連れられて裏口から花壇へと移動した。
「うわ、すごい良い香り」
「うふふ、そうでしょう? 毎日丹精込めて育ててきた私の自慢の子供たちよ」
裏口の扉を開けた瞬間、おおよそ数十種類の花の香りが蓮一の鼻孔をくすぐった。
目の前に広がる大きな花壇は最早庭園と言っていい程で、そこに咲く花達は皆普段の腹や森で見るよりも遥かに美しい花弁を開かせていた。
花を愛でるなどという事を今までした事はなかったし、そうしたいと思う事も今までなかったが、花代の花壇を見て蓮一は初めて花の美しさに見惚れていた。
なんというか、蓮一は花壇の花達から確かな生命力を感じていた。普通に育てているだけではこうはならない。どれ程花代が丁寧に花達の世話をして、花達に愛情を注いでいるのが良くわかる。
それに、ここにある花の香りは以前にもどこかで嗅いだような、そんな懐かしい匂いだと感じたのだ。
だから、こうしていつまでこの花壇の前に立っていても飽きないのだろう。
「ふふ、そこまで気に入って貰えて私とても嬉しいけど、そろそろ花壇のお手入れ手伝って貰える?」
「あっ、すみません! つい!」
「いいのよ。蓮一ちゃんにそこまで気に入って貰えて花達もきっと喜んでいるわ」
本当に嬉しそうに花代はそう言うと、軍手とシャベルを蓮一に渡して、花壇の手入れについて一通り説明を始める。
「――まぁ、やって欲しい事はこれ位かしら。後、肥料だけれど、花壇の隣の倉庫に沢山入っているからバケツに入れて持ってきて貰える?」
「はい、わかりました」
蓮一は大き目のバケツを手に持ち、倉庫の扉を開ける。瞬間、花壇の香りをまとめて吹き飛ばす程の異臭と共にジメジメした熱気が蓮一を襲った。
「ぐおおおおおお!? くっさ! おえぇええ!」
「あらあら、蓮一ちゃん、大丈夫?」
糞尿と腐臭、そしてそれが嫌な湿度と熱気を帯びて蓮一を襲った。
その余りの臭さに思わず蓮一はその場にひれ伏してしまう。花代はそんな蓮一に笑いながら近づいて背中をさする。
「こ、これが……肥料……!?」
「そうよ。牛の糞とか、油かすとかを混ぜ合わせたものよ。これが花の養分になってくれるの」
「は、花の手入れも楽じゃないですね……」
毎日こんなものを土に撒いて、結果あれだけ良い香りの花が育つと言うのだから生命というのは不思議だ、そう蓮一は思った。
その後も――――
「こうして土を掘り返して空気を含ませてあげると、花が丈夫に根を張りやすいのよ」
「へぇ……って、うわあああ! 土の中からミミズ! ミミズですよ、花代さん!? 追い出しますか!?」
「あら、追い出すなんてとんでもないわ。ミミズさんはとっても良い土を作ってくれる働き者なのよ。優しく土の中に戻してあげて」
「ええ!? ニュルニュルして掴みにくいんですが……」
「ほら、男の子なんだから頑張って!」
「は、はい! うわあああ、軍手の中に潜り込んだああああああ! 気持ち悪いいいいい!」
こんなハプニングがあったり。
「え? 抜いちゃうんですか? 折角蕾まで付けたのに……」
「可愛そうだけれど、もうこの子はほとんど枯れちゃってるわ。他の花達に養分を回すためにも早々に抜いてしまわないといけないの」
「花のためとはいえ、なんだか申し訳ないですね……」
少ししんみりしたり。
「あ! 花代さん! この花、すっごく大きな花弁が開いてます!」
「あらあら、それ、昨日までずっと蕾だったのよ。少し開花が遅かったから心配だったけど綺麗に咲いてくれて良かったわぁ」
「そうなんですか! 無事開花して良かったですね!」
ちょっとした成果があったり。
そうして色々と充実した花壇の手入れを終え、夕方近くになって蓮一は店の方の花の様子を見てくるよう花代から頼まれて店の方へと出てきた。
そして、蓮一は店の前の花をじっと見つめる女性の姿をその視界に捉えた。
「あ、い、いらっしゃいませ!」
言い慣れない接客用語をたどたどしく言い終えて、蓮一は慌てて女性の元へと駆け寄る。女性はおおよそ二十台前半といった容姿で、派手な化粧やメイクが目立ち、釣り目も相まってあまり感じのよさそうな印象は受けなかった。
女性は近づいて来た蓮一の方をチラリとみると、立ち上がって笑顔で話しかけてきた。
「君、ここの店員さん?」
「え? は、はい、今はここの店員です」
「ふーん、花代さんいる?」
「え? 花代さん、ですか……? 少し待っててください、今呼んできま――――」
「その必要はないわよ、蓮一ちゃん」
蓮一が花代を呼びに戻ろうと裏口の方へ足を向ける前に、既に花代は裏口から出て来ていた。
「聞き覚えのある声が聞こえたと思えば、やっぱりあなたね、
「ええ、今日こそ納得して頂きたいと思いましてね、例の件」
金平と呼ばれた女性のその言葉で花代の表情が歪む。どうやら、お客様という訳ではなかったらしいと、蓮一は一旦様子を伺う事にした。
「何度来ても、何を言っても無駄よ。このお店は渡せないわ」
「ええ、そう仰ると思いました」
「え? お店を渡すってどういう……」
「嫌だなぁ、人聞きが悪いですよ。花代さんのこの花屋を私の店舗と提携させようという話です」
「つまり、それはあなたの花屋の傘下に入れって事でしょう? 私の花屋を取るのと同じことよ」
どうやら、今この金平という女性は花代の花屋を自分の花屋の支店として買収しようとしているらしい。
「お願いしますよ。どうしても市場を広げるためにこの場所に支店が一つ欲しいんですよ。私の花屋の支店に入ればこれまで以上に花は売れると思いますし、別にこのお店は引き続きあなたに店長をして貰って構いませんよ? あなたにとっても損な話じゃないでしょう?」
「私はあなたみたいに利益とかを求めて花屋をやっている訳じゃないわ。何と言われようとこのお店は決して渡しません」
金平のあらゆる説得を頑なに断り続ける花代に、金平はまるで駄々を捏ねる子供を見るような表情でため息をついて見下ろすと、人差し指を立てて、こう言った。
「では、実際に『見て』頂けませんか? 私の花屋を」
「あなたの花屋を見る、ですって?」
「ええ、近くに支店を構えているのでそこまでお時間は取らせませんし、逆に満足のいくまでいくらでも店内を見て回って構いません。そうすればきっとわかります。私の花の素晴らしさが」
しばらく、花代は考えるような素振りを見せると、もうこれを機に二度と勧誘はしないという条件を出して、金平の経営する花屋を見に行く事にした。
蓮一もついでだからと金平と花代に付いていく事になった。
少し歩いて大通り辺りに出ると、その一角に大きな花屋の看板と店が見えた。看板に『花屋 かねひら』と書いてある事からおそらくはあれが金平の経営している花屋なのだろう。
その店内は大勢の客で賑わい、とても表口から入れるような様子ではなかった。
「あらあら、これでは表からは入れませんねぇ。仕方ないから裏口から行きましょうか。どうぞ、こちらへ」
金平が自慢げにそう言ったのが少し鼻についた。
金平に案内されて扉をくぐった先にあったのは巨大な温室だった。しかも、その中では白衣を着た研究者らしき集団が何やら忙しそうに作業をしている。
「こちらが私の温室です。中では正確な温度調整や害虫の徹底駆除、殺菌を行っており、完璧な生育環境を保っています」
「…………」
その後、温室の中に案内され、色とりどりの花を咲かせる植物を説明されている間も花代は終始無言を貫いていた。
「――そして、実はここでは私が極秘に開発した化学肥料というものを使っています」
最後に、金平は研究員に袋を持ってこさせ、その中に入っている灰色の丸い小石のような物体を見せた。
蓮一も花代も一体これがなんなのか見当もつかない様子でそれを見つめる。
「この化学肥料は従来の有機肥料に比べて根からの養分吸収の効率が良く、より早く、確実に植物を成長させてくれる画期的な肥料です。従来の肥料のような異臭もしませんし、何より効果がしっかり出ます。ほら、見てくださいこの美しい花々を」
そう言って温室中の花を勝ち誇ったかのように金平は見せつける。
そこでようやく花代がその口を開いた。
「害虫や病気を勝手に排除してやって、養分も簡単に吸収できるようにして植物を育てるのがあなたのやり方なのかい」
「ええ、事実、それで美しい花を咲かせられますし、見ての通りお客様にも大人気です。何か問題でも?」
蓮一は店の前の人だかりを思い出す。確かに、花代の店と比べて明らかにこちらの方が繁盛しているように見える。
結果が出ている以上金平の方法を否定はできない。
しかし、蓮一は一つ思った事を口に出さずにはいられなかった。
「……でも、ここにある花、なんか、不自然に綺麗すぎますよね」
「……は?」
金平が眉間に皺を寄せて蓮一の方を睨み付ける。花代も驚いたような表情で蓮一を見つめる。
「なんていうか、まるで作り物みたいっていうか……なんか、植物っぽくない」
「……こ、こ、この……! このガキ、さっきから言わせておけば!」
金平の顔が怒りで歪み、頭に血が上って顔は真っ赤になっていた。
今にも蓮一に殴りかかろうとする金平を慌てて数人の白衣の研究員達が抑えようとする。少し余計に口を開き過ぎたと遅すぎる後悔をする蓮一の耳に次に届いたのは、花代の盛大な笑い声だった。
「あっはははははは! 成程、蓮一ちゃん、そう思うかい! あははははは!」
「は、花代さん……?」
「こ、このババア! お前まで私の最高傑作を馬鹿にするつもりかぁ! こっちが下手に出てやればどいつもこいつも調子乗りやがって!」
「主任、落ち着いて!」
「主任、口調が変わってます!」
「うるせぇ! こいつら一発ぶん殴ってやらないと気が済まないのよ! 離せ!」
すっかり怒り心頭らしい金平が暴れているのを他所に花代は一通り笑い終えると金平に背を向けて温室の出口へと歩いて行った。
「おいこら、まてぇ! 何も分からない癖に勝手な事ばかり言いやがって!」
「わかってないのはあんたさ」
「何ぃ!?」
「こんな花と縁が深くないような子供にまで見破られるようじゃ、あなたの花もまだまだよ。そういう事だから、私はあなたにお店を明け渡すつもりはないわ。約束通り、勧誘にも二度と来ないで頂戴ね」
「こ、この、クソババアア! 絶対に後悔させてやるからな! 絶対に!」
「主任、落ち着いて!」
「あまり興奮されると温室の温度が上がってしまいますから!」
今にも襲い掛かりそうな金平を他所に、花代と蓮一は元来た道を戻って店に帰って行った。
「ごめんなさいね、蓮一ちゃん。面倒事に付き合わせちゃって」
「いえ、こっちこそごめんなさい。俺のせいでいらない恨みを買わせてしまって」
「いいのよ、どうせあの娘の誘いは断るつもりだったのよ。むしろ蓮一ちゃんがハッキリ言ってくれて手間が省けたし、それに、少しスッキリしたわ」
「スッキリした?」
「うふふ、蓮一ちゃん。あなた意外と花を見る目があるわね」
「そうなんですか?」
そうしてその日の仕事はそれで終了し、蓮一は高天原へと帰り、その出来事を食卓で皆に話した。
「ほう、蓮ちゃんが花屋でバイトとは、また似合わんね」
「手伝いです。それに似合わないとはなんですか、似合わないとは」
「ふふ、でも蓮一さんがお花のお手入れしてる所って、ふふっ、想像したら、ふふふっ、ごめんなさい、笑いが……!」
「本当に、似合わないにも程があるわ。絶対にその滑稽な姿私の前には晒さないでよね」
「小夜さんと霊夢まで……っていうか霊夢は流石に言い過ぎだろ!」
そんなに自分が花を愛でるのが似合わないだろうか。ここまで言われると少しショックだ。
「まぁ、それはそれとして、やっぱり花代さんの花よりも金平さんの花の方が売れているのを考えると否定しきれなくて。やっぱり環境を整えて良い肥料を使うのがいいんでしょうか、幽香師匠?」
「……何で私に聞くのよ」
「え、だって花の事なら幽香師匠が一番詳しそうですし」
蓮一は斜め向かいで会話に入らずひたすらにご飯を食べる幽香に話を振った。
幽香は面倒そうな顔で蓮一に視線を向けると一言こう言った。
「……そんなの放っておけばすぐにわかるわよ」
「え……すぐにわかる?」
それ以上の事を幽香は言わなかった。
そして、その数日後、誰の目から見ても明らかに勝敗は決した。
☆
「なんで……何でなのよ……」
金平はもう昼を回るというのに未だに一人も客の入らない店内を見て無気力にそう呟いた。
決してこれは今彼女のいる本店だけの話ではなく、他の三つの支店もほとんど客がはいっていないらしいと連絡があった。
金平はすっかり顔面蒼白になり、ふらつきながらテーブルにもたれかかった。信じられなかった。ほんの数日前まではあんなに売れていた花が今日になって一本も売れない。
花の様子はいつも通り良好だし、値段もできる限り下げた。それでも売れないのは一体何故なのか。金平にはその原因が全く掴めずにいた。
金平は頭を掻きむしってしばらく唸った後、ゆっくりと起き上がり店から足早に出ていく。店員達の呼び止める声にも反応せず、彼女は唯一気がかりな一つの花屋を目指した。
「あのババアの所は、どうなってる!?」
しばらく歩き続け、人里の大通りから少し外れた所にある花屋が見えて来た所で金平はその足を止めた。
「嘘……何でよ……」
遠目に見てもはっきりわかる程に、花代の花屋は大繁盛していた。
今日も真夏日で立っているだけで汗がでそうな温度と湿度にも関わらず、彼女の花屋は軽い行列までできていた。
訳が分からず、金平は走って店内へ強引に割り込む。
そこには忙しそうに花を包む蓮一と花代の姿があった。
「なんで……なんでよ!」
「……あなたかい」
花代が唇を震わせながら立ち尽くす金平の姿を見て素っ気なく声を掛ける。
「もう、二度と勧誘に来ない約束の筈でしょう」
「……今日は、客として来たのよ!」
「だったら、早く一番後ろに並んで頂戴」
「…………」
唇を噛み切ってしまいかねない程に唇を噛む金平は、沸騰しかけている感情を抱えたまま、大人しく列の最後尾へと並んだ。
そして、日も回り、夕方に近づいてきた頃。客もはけていき、店には蓮一と花代、そして金平の三人が残された。
蓮一と花代を前に、金平は今まで押し溜めていた感情を吐き出すように話し始めた。
「ねぇ、なんで私の花が売れないの? 何であなた達の花はあんなに売れているの? ついこの間まで私の花は売れていたでしょ? ねぇ!」
「…………」
「なんとか言いなさいよ! あんたが何かしたんでしょ!? でなきゃ私の花が売れないなんてありえないわ!」
「……弱いんだとさ、あなたの花」
「え?」
花代は納得のいかない怒りに燃える金平に静かに言った。
「あなたの売る花は確かにどれも綺麗で、良い香りよ。でも、いざ買って花瓶に移し替えても、三日持たずに病気にかかったり枯れてしまうって」
「私の花が……? そんな筈……」
信じられないという表情で金平は小さく呟いた。
花代はまるで子供を諭すようにさらに続けた。
「いいかい? 植物だって人間と同じなのよ? 恵まれた環境で、何の不自由もなく過ごせば鈍ってしまう。同じように温室で常に一定の温度下で育てて、最近や害虫も取り除いてやって、しかも肥料も優遇してやれば、いざ外に出た時、あっという間に弱ってしまうのよ。買われた花はせいぜい水を入れた花瓶に入れられる程度。今まで肥料を貰って、最適な温度で暮らしてきた花達はそれじゃもう持たないのよ」
「わ、私が植物のために必死でしていた事は全部裏目に出たっていうの!?」
「そんな事はないわ。確かにあなたのやり方でやればきっと美しい花が咲かせられるでしょう。でも、あなたは植物を甘やかしすぎた。自然から遠ざけすぎたのよ」
自然の中に自生する花は美しい。それは、植物がある程度厳しい環境の中を生きてきたからだ。
植物の逞しさが、生命力を与え、それが美しさとして私達の五感を刺激する。
花代のやり方はおおよそそれに近いものを取っていた。多少肥料や間引きなどサポートはするが、基本的に自生に近い環境で育てる。その結果、ある程度害虫や病気にも耐性ができ、丈夫な根を張る事で、花瓶の中でも長い間持つようになっている。
しかし、金平のやり方はむしろ植物をその自然から遠ざけてしまった。普通なら頻繁に変化する筈の温度を一定にし、植物の敵となる害虫や最近を排除し、吸収しやすい肥料をふんだんに使って育ててしまった。
自然から遠ざけた不自然の中で植物を育てた結果、不自然な造形のような美しさと虚弱性が顕現してしまった。
完璧ゆえに不自然な花は結局長く人々の心を射止める事は叶わなかったのだった。
蓮一の感想もそれに第六感が反応したから出たものであり、花代の花の美しさを知っていたから分かった事だった。
「そんな……私が間違ってるなんて……認めてたまるっかてんのよッ!」
金平は花代から全てを聞いても納得がいかなかった。いや、実際は心の奥底ではわかっていたのかもしれない。だが、どうしても自分の敗北と向き合えなかったのだ。
金平は傍にあった花瓶を手に取ると、花代に向けて投げつける。素早く蓮一が花瓶をキャッチするが、中身の水と花までは対処しきれず、それらは花代の顔面へとぶちまけられた。
花代は自分が濡れている事も意に介さず床に落ちた花を拾って蓮一の持つ花瓶に差すと、速足で金平の元まで歩いていき、平手打ちを食らわせた。
乾いた音が鳴り響き、蓮一と金平は驚愕に一瞬言葉を失う。
「花をぞんざいに扱うようなド素人がわかったような口を利くんじゃないッ!」
「ひっ!」
「え!?」
金平から小さな悲鳴が洩れた。
蓮一から驚愕の声が洩れた。
それだけの怒号だった。蓮一も初めて花代があそこまで怒る所を見た。その迫力は高天原の師匠達とも勝るとも劣らず、まるで気当たりを受けたかのように蓮一の身体まで緊張で硬直していた。
「大体ね、私はあなたの手が気に入らない」
「て……手?」
そう言うと花代は完全にへたれこんでしまっている金平の手を引っ張る。金平の手はネイルやマニキュアで派手にメイクされた綺麗な手だった。
「あなた、この手で一度でも土を触った事あるのかい? 花と土は切っても離せない関係なの。一人前面するのは自分の手を一度でも土で汚してからにしなさい」
「は、はい……」
「それに、その顔も気に入らない」
「め、メイクは控えます……」
「違うわよ、一度失敗しただけで世界の終りみたいな顔してるのが気に入らないの」
「で、でも……もう私の花は売れないし……」
「だったら、何が悪かったのか見つけて改善すればいいだけの話でしょう! これだから最近の若い子は!」
「す、すみません!」
終始、金平は花代に圧倒されっぱなしだった。格付けが完全に済んでしまったのだ。
ほとんどお婆ちゃんが孫に説教している図のようになってしまい、辺りが暗くなるまで花代の話は続いた。
そして、おおよそ言いたいことを言い終えた様子の花代は急に口調をいつもの優しい調子に戻して言った。
「植物を相手にするっていうのは人付き合いに似て難しいわよね。でも、失敗したからあなたのやり方が間違っている訳じゃないのよ。ただ、今回は少しそりが合わなかっただけ。諦めなければ、必ず植物はいつかあなたの努力に応えてくれるわ。だから、頑張んなさい」
「はい……はい……!」
金平の顔は涙でぐちゃぐちゃになっていた。
そして、花代に向けて正座して両手を床に付き、頭を深く下げた。
「――――これまでの御無礼をお許しください、参りました」
☆
「ふぅ、今日がお客さんピークだと思うから、明日からはもうお店に手伝いにこなくても大丈夫よ。本当に有難うね、蓮一ちゃん、とっても助かったわ」
「いえ、こちらこそ有難うございました。色々勉強になったし、凄く楽しかったです!」
「そう言ってくれると嬉しいわ」
店の片付けも終え、そろそろ閉店の時間が近づいてきているが、まだ花代は花を一輪残したまま店を閉めようとしない。
「まだ、お客さん来るんですか?」
「ええ、今日はまだ常連さん来てないの。きっとそろそろ来ると思うけど――あ、来たわね」
「こんばんは、花代さん。それに蓮一」
「…………幽香師匠?」
毎日この花屋に来るらしい常連さん、その正体は風見幽香であった。確かに、毎日どこからか花を買って帰ってくるとは聞いていたが、自警団の近くの花屋とは聞いていたが、まさか、花代さんの花屋だったとは夢にも思わなかった。
「はい、今日はこのお花ね。どうかしら?」
「申し分ないわ。お代、ここに置いておくわね。ついでにこの馬鹿弟子連れて帰るわ」
「幽香師匠、頭掴まないでください」
「あら、幽香ちゃんの弟子だったの!」
「え、幽香ちゃん…………くすっ」
「…………」
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い! 頭が! 割れる!」
「あ、そうだ、蓮一ちゃんにも、これお礼ね」
「え、あ、有難うございます」
最後に花代から一輪の花を受け渡された。
そして、その状態のまま引きずられるようにして幽香と共に蓮一は帰路についた。
高天原に帰ると、幽香はそのまま蓮一の頭を引きずって高天原の裏まで連れてくる。
「蓮一。今回の件であんたも少しは花への理解を深めたようだし、私の秘密の花畑を見せてあげるわ」
「え? あ、そこの板外れるんですか……!」
一見行き止まりに見えたその場所は単純に板が立てかけられただけの見せかけの行き止まりだった。
しかも、その奥から嗅ぎ覚えのある匂いが蓮一の鼻孔をくすぐる。
「あ、これって……」
「感謝しなさい。まだこの場所を知っているのはあんただけよ」
そこには花代の花壇にも負けない位華やかな花園が広がっていた。
「『太陽の花畑』よ。毎日花代さんの花を植えて育てているわ」
「そっか、道理で」
最初に花代の花壇に入った時、その香りに覚えがあった理由がようやくわかった。幽香がここで育てている花代の花の香りが、高天原での修行中に香ってきていたのだ。あまり意識していなかったから気が付かなかった。
「幽香師匠は最初から気が付いていたんですか? 花代さんの花が最終的に勝つって」
「ええ。植物っていうのは人間と似ていてね、愛情を込めて育てれば植物も応えるものなのよ。花代さんは心から花を愛し、理解していた。花に関してだけ言えば達人級と言えるほどにね。だから、たかが温室やら化学肥料やら程度で彼女の花が負けるはずがないと思っていたわ」
幽香は少し誇らしげにそう雄弁に語った。
幽香がここまで人の事を素直に褒める所を蓮一は初めて見た。
四季のフラワーマスターに『花に関しては達人級』と言わしめた。だから、あの時一瞬花代さんから師匠達と同等の気当たりを感じたのだろうか。
『達人』。それになるという事は如何なる分野においても生半可なことではない。
そう、蓮一は今回の件を通して、初めて『達人』の一端に触れたのだ。
武術の分野でなくとも、おおよその達人に共通する点は確かにあるのだ。人間、その可能性の奥深さに触れ、また一つ蓮一は自身の成長を感じていた。
「あんたが貰った花、植えてあげるわ。貸しなさい」
「いいんですか? ありがとうございます!」
太陽の花畑に蓮一が貰った花が植えられた。桃色の花弁が特徴的な花だった。
「幽香師匠、ちなみにこれはなんて花なんでしょう?」
「これは、
その花言葉は「困難に打ち勝つ」、「ひたむきさ」。
それは花代から送られた蓮一へのエールだったのかも知れない。
はい、今回は『達人』に関するお話でした。本当は幽香にもっとスポットライトを当てたかったのですがどうにもうまく行かなかったです。
後数話はこう言った一話(あるいは二話)完結の短編で人里での日常などを描いたり伏線とか撒いておきたいなと考えてます。