「ここが依頼主のいる剣術道場、か」
時刻は早朝、灰色の雲が空を覆う曇天の空の下、蓮一は三つ目の依頼の書かれた紙と目の前の道場とを見比べて、確かに目的の場所である事をよく確認して道場の門へと手を掛けた。
場所はすぐにわかった。人里の剣術道場と言えば今はここしかない。以前はこの里にもいくつかの道場があったらしいが、ある一つの剣術道場が開かれてからというもの、門下生はその道場に集中。結果、全ての剣術道場は全てその一つの道場に合併吸収されたらしい。そんな良くも悪くも噂の堪えぬ名門剣術道場が今回の依頼主であった。
少し重めの門――といっても高天原の門程ではないが――を押して中へ入ると、手入れされた立派な松や鯉の泳ぐ池、大きな庭石などわびさびの伺える風流な和風庭園が広がり、その中心、蓮一から見て真正面に道場の本堂と思われる大きな木造屋敷が見えた。
道場の中からは木刀と木刀のぶつかり合う音やおそらくは道場の門下生達の気合の入った掛け声が聞こえてくる。
「これが里の道場かぁ。高天原とはやっぱり違うな」
道場中から聞こえてくる声と、漏れ出す熱気をその前身で浴びながら蓮一は改めて高天原との違いを実感した。
やはり、道場には何人もの弟子がいるものなのだ。一人の師範に数人の師範代、そして大勢の弟子達。それが本来の一般的な道場の姿と言えるだろう。
しかし、現在の高天原には弟子が蓮一と最近入った小夜とで二人、それに対し師匠が六人。この人数比はやはり異常だ。
決して蓮一はそれが不満な訳ではないが、やはりどうしてもその差は感じてしまうのだ。
「……悲鳴とか断末魔が一切聞こえてこない」
まぁ、普通は聞こえないが。
数ヵ月の高天原での修行生活を経て、蓮一の修行の価値観は少し――というか大分ずれてきている。
「とにかく、道場の中に入ってみるか」
道場の引き戸に手を掛けて蓮一は早速道場の中へと足を進めた。
扉を開けた瞬間、外で感じていた何倍も大きな熱気と声が蓮一を直撃し、一瞬、蓮一はその場でたじろいでしまう。
中では数十人の門下生らしき若者達が板張りの床に汗を振りまきながら血気盛んに木刀を打ち合わせていた。
驚くべきことに、この剣術道場には老若男女様々な門下生がいるらしく、体格差のある青年相手に果敢に斬りかかる少女の姿や親子で一緒に稽古に励む父と子の姿など、様々な人々が武術に励む様子が伺えた。
しばらく、その稽古風景に圧倒され蓮一が道場の入り口で立ち尽くしていると、一人の青年が蓮一に気付き、慌てて駆け寄ってくる。
「すみません、客人にも気付かず! 入門希望の方ですか?」
「あ、いや、違うんですけど、そちらから依頼を受けてやって来ました。自警団の蓮一といいます」
「自警団……!」
その蓮一の言葉に青年は表情を一瞬強張らせると、辺りを見回して他の者が皆練習に集中してこちらに気付いていない事を確かめると、できる限り周りに気取られないように小さく手振りで外に出るよう蓮一に合図を送る。
蓮一も、青年の合図に気付き、周りに気取られぬよう気配を消しつつ外へと出ていく。
そうして蓮一と青年の二人がひっそりと道場から出て青年が音を立てぬようゆっくり引き戸を閉めると、突然青年は蓮一の肩を力強く掴む。
見ると、その表情は安堵と切望の表情で綻んでいた。
「待っていました! よく! よくぞ、来てくれました、蓮一殿!」
「ど、どうしたんですか? 急に?」
まさか、依頼を受けただけでそこまで喜ばれるとは予想している筈もなく、蓮一は青年の嬉々たる様相に困惑の表情を浮かべる。
青年も、蓮一の困惑を察知すると、慌てて肩から手を離す。
「も、申し訳ありません。つい取り乱してしまい!」
「い、いえ……それ程重要な依頼なんですか?」
「……ええ、申し遅れました。自分の名は
岩流と名乗った青年は、すっかり落ち着いた様子で依頼に関して話を始める。
確かに蓮一も、当初の反応から目の前の彼が依頼主である事はわかっていた。しかし、道場の門下生達を代表して、という台詞が妙に引っかかった。
今回の依頼書には依頼内容は詳細には書かれておらず、依頼主が直接口頭で説明する旨が書かれていた。それに加え、道場を密かに出ようとするさっきの様子といい、岩流からはどこか尋常でない警戒心を感じてならなかった。
まるで、誰かの目に付かないようにしたいかのような。
しかし、道場の代表が何故そんな事をする必要があるのだろうか。道場の代表で依頼をしたのならば、あの道場に居た者は彼の依頼の事を知っている事になる。なのに、何故あそこまで警戒していたのかが蓮一にはよく分からなかった。
「助けてください、蓮一殿! このままでは道場が奴に乗っ取られてしまうんです!」
「道場が、乗っ取られる?」
「はい……」
道場が乗っ取られるとはまた穏やかではない響きだ。
蓮一はどういう事か、まずは岩流から事情を聞く事にした。
「はい、事の始まりは、この道場の師範である『一刀斎』様の一言から始まりました――――」
この道場の主、一刀斎は元々ここから遥か遠くの里から幻想郷を転々として来た旅の剣客だったらしく、この里に来るまでは各地で強い剣客と戦いながら旅をしていたという。
そして、長い旅を経てようやくこの東端の里に辿り着き、この里で最も大きな剣術道場に道場破りを申込み、これに勝利する。
旅の終わりを決めた一刀斎は道場破りの戦利品である道場をそのまま自分の剣術道場として開き、他の道場に師範自ら公開試合を挑んでは、その見事な剣術で人々を魅了し、門下生を引き入れていた。他の剣術道場を合併吸収したのはこの辺りの話だ。
その公開試合にも連日連戦連勝を重ね、大量の門下生を迎え入れて次々と他の剣術道場を吸収していくにつれ、現在へと至る。
岩流は数多といる門下生の中でも最古参。つまりは道場の最初の門下生だったらしく、最も長く道場で教えを受け続けた事もあってか、最初に一刀斎から師範代の太鼓判を押され、他の師範代や門下生達からも厚い信頼を寄せられるまでになった。岩流自身もようやく自分の実力に少し自信がついて来た所であった。
しかし、そんなある日、一刀斎は岩流を含めた数人の師範代を集めてこう言い放った。
『私は道場から去る。後の事はお前達に任せる』
「道場から去る? つまり師範を降りるって事ですか?」
「ええ、その後何も言わずに一刀斎様はどこかへ雲隠れしてしまいました。そして、そこからが問題でした」
一刀斎がいなくなった後、道場内は大混乱になった。
道場の実質的なトップがいなくなった。これから自分達は誰の教えを受ければいいのか。混乱した状態のまま、日に日に新しい門下生は増えていく。それだけ大きな道場になってしまっていた。
しかし、肝心の師範がいなければ道場は成り立たない。
そこで、師範代達が集まり、話し合いを行った結果、今いる師範代の中から一人を新たな道場の師範と置く事になった。
そして――――
「師範の候補は私と、もう一人の男のどちらかという事になったのですが、そこから中々意見が分かれて決まらず――」
「――どちらがこの道場の師範にふさわしいか、決闘で決める事になったのさ」
「――!?」
「お前……いつからそこに!?」
道場の裏で話していた蓮一と岩流に、突然道場の影から声が響き、一人の男が姿を現した。
歳はおおよそ岩流と同じ位に見えるが、温厚で柔和な雰囲気を持つ岩流に対し、彼からはそれとは真逆な、攻撃的な威圧感が感じられた。
男は蓮一をまじまじと見つめてから岩流を睨み付けると、歩いていって蓮一と岩流の間に割って入り、岩流の胸倉を掴む。
「おい、岩流! テメェ、自警団の奴に一体何を頼む気だったんだ、ええ!? まさか、決闘の代役にでもなってもらおうとでもしたか、腰抜けめ!」
「ち、違う!」
体格と筋肉量は目に見えて男の方が多く、岩流も男の腕を振り解こうとするが、びくともしない。
苦しそうにもがく岩流を見て蓮一はたまらず仲裁に入った。
「おい、やめろ!」
「ああ? 部外者は黙ってろ!」
蓮一が男の腕を掴み制止させると、男は苛立った様子で胸倉を掴む腕を離し、今度は蓮一に向けて殴りかかって来た。
しかし、蓮一が今まで戦ってきた敵に比べればその男の拳など脅威足りえない。
制空圏も使わぬまま容易く男の腕を掴み、そのまま小手返しで男を地面に叩き下ろす。ズシン、という鈍い音と共に、男は地面に倒れて大人しくなった。
しかし、まだその目から敵意は消えてはいない。
「くそ……! 剣さえあればテメェみたいなガキに遅れはとらねぇってのに……!」
「いい加減にしろ
「……一刀斎殿に帰ってきて貰う、だと?」
弥五郎と呼ばれた青年はゆっくりと地面から立ち上がると、蔑むように岩流を見つめる。
「おいおい、何甘えた事言ってんだ? もうあの人は帰ってこねぇよ。お前か、俺か。どちらかがあの人の後を継ぐんだろうが。現実を見やがれ」
「しかし、今の私では、とても一刀斎様のようには……!」
「だったら、大人しく俺に師範の座を譲りな。俺が師範になった暁にはこの道場をこの人里だけじゃねぇ、幻想郷全体に轟かせてやるよ。師匠よりももっと強く、弟子達を育ててやる。言っとくがお前と違って自信はあるぜ?」
「お前のやり方は……一刀斎様の信念から離れすぎている!」
「知るかよ。師範になりゃ、そいつが次の信念を決めるんだ」
二人の状況を見ていておおよそ蓮一は状況が飲み込めてきた。
岩流は自分が師範となっても一刀斎の時のように上手くやれる自信がない。しかし、かと言って、もう一人の師範候補である弥五郎のやり方は好まないから師範にしたくない。
自分が師範になるのも相手が師範になるのも避けたい。だから、元の師範、一刀斎に戻ってきて貰おうと考えた。
だから、岩流は自警団に一刀斎を連れてくるよう依頼したのだ。確かにそれはおおよそ道場全体の総意でもあるのだろう。
皆急に新しく師範を決めるよりは元の一刀斎が戻って来てくれた方がいい筈だ。しかし、弥五郎だけは違った。
だから、この事がバレて万が一依頼が揉み消されぬようあえて依頼の詳細は書かず、道場に行った時も、弥五郎に自警団に依頼した事がバレないために率先して岩流が来客応対をしていた訳だ。
ようやく話の繋がりが見えた所で弥五郎はフンと鼻を鳴らし、そのまま何も言わずに蓮一と岩流の前から去って行った。
岩流は大きくため息をつくと、蓮一に向けて深く頭を下ろした。
「申し訳ない、蓮一殿。あいつは昔から好戦的で……何とお詫びしたら良いか……」
「いえ、気にしてないですよ。それで、一刀斎様を探すんですよね? 任せてください、できる限り協力しますよ」
「あ、有難うございます!」
岩流は顔を輝かせて蓮一の手を力強く握りしめた。いちいち過剰な感情表現に蓮一は一歩退いてしまう。
「そ、それで、一刀斎様がどの辺りにいるかっていうのは……」
「……あまり確証はないのですが、ここから南の山にある大きな滝。その近くで一刀斎様らしき武人を見かけたと聞きました。もしかしたらまだそこに居るかも知れません」
「わかりました、南の山ですね。今から行ってみます」
「え? でも、南の山の滝というと結構山の深い所ですし、妖怪も出るし危ないのでは……?」
「まぁ、大丈夫です、その辺は」
「は、はあ……そうなのですか」
「では、行ってきます!」
確かに里の外に出るという事は一刀斎の捜索以前に妖怪に見つかるリスクがある。
しかし、妖怪が出たとしても蓮一には戦う力がある。以前のように油断や慢心さえしなければ決して一刀斎の捜索は不可能ではない。大きく胸を張って心配そうな岩流に返事をすると、蓮一は早速人里を出て南の山へと走って行った。
☆
「ここが、南の山か……北の山ほど妖怪はいないみたいだけれど、山自体が相当深い。夜までに帰る事も考えると後一時間が限界か」
南の山。進めど、進めど尚も先の見えぬ木々を掻き分け、蓮一は辺りの音に注意しながら山の中を練り歩いていた。
音に注意して歩いている理由は二つ。
一つ目は自分を襲おうとする妖怪や獣の索敵。山の中でも常に行っていた事だが、妖怪が入る分、より知覚を鋭敏化させる必要がある。
二つ目は水の音を聞くためだ。岩流は、一刀斎は滝の近くにいるかもしれないと言っていた。ならば、近くでは滝の流れ落ちる音が聞こえる筈だ。また、滝ではなくとも水音を聞き取り川でも見つかれば、それをたどる事で滝を見つけられる。
しかし、もうしばらく山の中をそうして歩いているが、一向に水音は掴めず、また、山頂に辿り着く気配どころか、近づくような感じもしない。
北の山や妖怪の山などは勾配が厳しかったから分かり易かったが、頂上に向けて歩いている以上は徐々に道は傾くものだ。それが今感じ取れない。
相当に山が深いか、あるいは――――
「方向感覚が狂ってるか……」
蓮一は足を止めて、ため息を一つついた。
この辺りの木々は広葉樹がほとんどであるためにあまり日の光が地面まで届かず、しかも今日は曇天。ますます光は薄く、最早少し先は闇に包まれて見えない。
南の山の地形はわからないが、おおよそなだらかな勾配でかつ広大な山なのだろう。だとすれば、途中で方向感覚が狂っていてもおかしくはない。
ここは山というより樹海に近い。
そして、こういった場所では磁場が乱れ、人に僅かながら影響を及ぼす。
「今日は一旦引き上げた方がいいか……」
方向感覚が狂っているにしても、山から出る方法はいくつかある。高い木に登って上から里への方向を確認してもいいし、最悪直観に頼ってもなんとかなるかもれない。
何にせよ、今はすぐにこの山から引き上げて対策を取った方がいい。
そう決めて蓮一が一歩足を踏み出したその時だった。
蓮一の足が草を踏む音とは別に、右方から同じく草を踏む音がしたのを蓮一は聞き逃さなかった。
相当山の深い所まで来ているので、里の人間の可能性は低いだろう。
蓮一は音の方を向いて攻撃態勢を取ると、近づいて来る音の主の姿を捉えんと、仄暗い闇を凝視する。
音はどんどん大きくなっていく。近づいてきているのだ。
蓮一の心臓の鼓動が早くなっていき、額に汗が滲む。以前のような慢心も油断は微塵もない。
音がさらに大きくなる。蓮一の鼓動もさらに早くなる。
もうすぐ近づいて来る何かが見える。その時には相手にも自分の姿が見える。
だから、姿が見えた瞬間、攻撃を仕掛ける。
そして、闇がほのかに揺らぎ、そこから何かが出てくるのを捉えた瞬間、蓮一は全身全霊の突きをその影に放っていた。
「山突き!」
両腕を同時に繰り出す突き。片方の拳は相手の顔面に、もう片方の拳は相手の鳩尾に向けて放つ。
おおよそ生物は顔面への攻撃に対して敏感だ。眼球のような柔らかい部位やすべての司令塔である脳がある場所だから本能的に危機感を感じてしまうのだろう。
そんな危機感を利用し、顔面に放たれた突きに相手が気を取られているうちにもう片方の突きを叩き込む、初見必殺の技。
しかし、蓮一のその渾身の突きはいとも容易くその影の両腕で防がれた。
「中々良い突きだ」
「制空圏も使わず……!?」
「でも、直線的すぎる」
掴まれた両こぶしを少し捻られた瞬間、蓮一の身体は抵抗もできないまま宙に回転しながら舞い上がり、そしてそのまま重力に引っ張られ地面に叩き付けられた。
頭から落ちて一瞬、視界が真っ白にフラッシュするが、日々の鍛錬の賜物かそこまで大したダメージではない。
すぐさま起き上がって制空圏を張った時、もう視界の中にさっきの影はいない。
「――当て身」
「え……?」
そして、後ろから聞こえたその言葉と、首筋に走る鈍い衝撃を最後に、蓮一の視界は真っ暗に閉じていった。
☆
蓮一が意識を取り戻したのは、滝が水面を打ち付ける音が聞こえてきたからだった。
薄らと不明瞭な意識で瞼を開く。目に映ったのは夕暮れの空と視界の端で風になびかれ揺れる木の葉だった。
数秒、自分が何をしていたのか思い出せずにいたが、滝の落ちる音を改めて聞いて蓮一は目的を思い出し、勢いよく起き上がった。
「……ここは、どこだ?」
辺りには誰もいないようだった。
さっきまで自分は山の中で近づいて来た何者かと戦い、そしておそらくは負けたのだろう。
しかし、自分はまだ生きているようだ。それに、何故倒れている場所が滝の傍に変わっているのだろうか。
「起きたか、少年」
「――!?」
突然、どこからか声が聞こえ、蓮一は声も出せない程に動転しながらもう一度辺りを見回す。
すると、さっきまで確かに誰もいなかった筈の滝の近くの岩場に、こちらに背中を向けて座る紅白の和装に身を包む黒い総髪の侍が居た。
何故蓮一が侍と表現したのかは、すぐ隣に置いてある一振りの刀の存在と、彼の佇まいから武人の気を感じ取ったからに他ならない。
「……いつからそこに居ました?」
「ん? 私は最初からここに居たが?」
「……え」
そんな筈はない。一度辺りを確認して誰いなかったのは間違いない。
納得のいかない表情を見せる蓮一に、侍は以前背中を向けたまま愉快そうに笑った。
「まぁ、そう不思議がる事でもない。人間、見えているようで実は案外見えておらんものよ」
すると、侍は傍らに置いてあった刀を取ると背中を向けたままの状態で、蓮一に向けて刀を鞘ごと投げつけてくる。
慌てて蓮一が横回転しながら飛んでくる刀を素早く寝転がって避ける。その瞬間、刀が何かに当たったような音がして、蓮一のすぐ後ろで何かが倒れる音がした。
恐る恐る蓮一が後ろを振り向くとそこには頭部を打って気絶している狼が倒れていた。
「……うわ」
「何でお
「……あの、違ったら申し訳ないですけど、もしかして貴方が一刀斎、さんですか?」
侍は蓮一の言葉に少し固まると、今まで背を向けていた身体をゆっくりと蓮一の方へ向ける。
「そうだな、一時期はそう呼ばれてもいた、一刀斎とな」
そう言って、寂しげに笑うその侍は男とも女とも取れる整った顔立ちで、真っ白な肌に真っ赤な目と真黒な髪がよく映える、どこか異形的な美しさをその有体に宿していた。
その顔立ちはまるで二十代のそれだが、言葉使いが古風な所から、実際の歳はかなり上なのかもしれない。
「一刀斎さん、俺は自警団の蓮一といいます。あなたの弟子、岩流さんの依頼で貴方に会いに来ました」
「……そうか、岩流の使いだったか」
一刀斎は蓮一を見て何か得心がいったかのように頷くと、座っていた岩場から降り、蓮一の元まで歩いて来ると、先程投げた刀を手に取って、そのまま蓮一の真正面に腰を下ろした。
「まずは、非礼を詫びよう。最初に出会った時、お主を気絶させたのは私だ。突然攻撃してきたからつい、な」
「いや、それについては俺が早とちりしたのが悪いのでいいんです。それよりも、一刀斎さん、早く道場に戻ってくれませんか? 今大変な事になって――――」
「悪いが、私は道場に戻る気はない」
蓮一の言葉を制して一刀斎はきっぱりとそう言い切った。
しかし、戻らないと言われたからといってここまで来て素直に帰る訳にもいかない。食い下がるように蓮一は言葉を続けた。
「な、何でですか?」
「……剣が、わからないのだ」
「剣がわからない……?」
蓮一は、刀は専門ではない。あくまで無手の武人だからだ。だから、一刀斎の言っている事も正直あまり理解できていなかった。
だが、剣とは侍にとっての象徴。花屋にとっての花で、木こりにとっての斧で、魔法使いにとっての魔法で、ボクサーにとっての拳。
その象徴たる剣がわからない、というのは一体どういう事なのか、蓮一は一刀斎にさらに説明を求めた。
「武人はな、常に歩き続けるものなのだ」
「………」
「常に可能性を広げ、見出し、進化する。それが一流の武人というもの。わかるか、少年?」
「まぁ、俺の周りの人達はそういう人たちばかりなので」
今の一刀斎の話には共感できる点があった。よく考えれば、高天原の師匠達は皆蓮一に修行もつけるが、毎日自分の修行も欠かさない。
各々、技を磨き、試行錯誤しているのをよく見かける。
師匠達のような達人でも、日々修行を欠かさず、自分を高めることに余念がない。いや、だからこそ彼らは達人なのだ。
「しかし、私には如何にして今の剣を昇華するか、わからぬのだ」
「だから道場には戻れないと?」
「ああ、私はもう止まってしまった。落ち目の自分を弟子達に晒す訳にもいかぬ。だから、こうして山にでも籠ってみたが、やはり一向に変わらん。そして、気付いた。私の武人としての
「武人の
何事にも成長と同時に衰えがある。
それは武人も例外ではない。一刀斎は剣がわからなくなった事を武人としての最盛期が終わったとなぞらえた。
常に自分を高めていくべき達人が、その歩みを止めてしまった。衰えを確信してしまったのだ。
だから、彼は道場を師範代達に託し、姿を消してこんな山奥にまで来ているのだ。もう一度、師範足り得る一刀斎へと戻るために山籠もりの修行に来た。しかし、それでも駄目だった。
確かに一刀斎がもう道場に戻らないと言う意図も汲み取れる。
だが、それでも蓮一は諦める訳にはいかなかった。今岩流や道場に必要なのは決して、最盛期の一刀斎その人ではないのだから。
「それでも、いいです。道場に戻ってきてください」
「意外と強情だな」
「最盛期が過ぎたとか、そういう事じゃないんです。今、あの道場にはあなたの存在が必要なんです」
「…………一応、現状を聞かせて貰おうか。今道場がどうなっているのか」
「はい」
それから、蓮一はできる限り詳細に今の道場の現状を話した。今、道場には師範がおらず、一部では混乱状態になっている事、そこで岩流と弥五郎が師範の座を賭け決闘をすることになっている事、岩流や他の門下生は自分や弥五郎ではなく、師範を一刀斎にやって貰いたいと思っている事。
そして、まだ、あの道場には一刀斎という存在が必要であるという事を。
そうして、全てを蓮一が話す間、一刀斎は目を閉じて、一言も喋らずにただ一心に蓮一の話に耳を傾け、話を聞き終えるとしばらく心ここにあらずといった感じで虚空を見つめ、何か決心を宿した目でその視線を改めて蓮一に戻し、言った。
「少年、名はなんと言ったか」
「蓮一です」
「では、蓮一。お主の佇まいから察するに、相当良い師匠についていると見える」
「はい、これ以上ない師匠達だと信じてやみません」
「はは、師を誇れるというのは良い事だ。して、蓮一よ、お主の師匠の中に剣士はいるか?」
「はい、います」
剣士と言えば高天原には一人しかいない。
妖刀振るう、最凶の戦乙女、鈴鹿御前。
「では、その者と戦わせて頂きたい」
「……え?」
真顔で、さらっと、目の前の最盛期の終わった剣士は言った。
「詰まる所、道場破りを申し込む」
「なっ…………! なぁああああああああああ!?」
それは、突然の宣戦布告だった。
後編に続く