東方史上最強の弟子 レンイチ   作:浜栲なだめ

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ごめんなさい
前編後編じゃ纏まりませんでした……orz

やっぱり三編構成で行きます。

それでは続きをどうぞ↓


第三十六話「道場破り 中編」

 その日の高天原はどこかいつもとは違った、緊縛した空気を全体に帯びていた。

 道場の外からでもその空気の違いは感じ取れるが、中に入れば最早別世界。戦意と闘気渦巻く古戦場。

 近くから動物や虫、妖怪さえも失せ、夏だというのに雀の囀りも、狐や兎の蠢きも、蝉の鳴き声も聞こえない。

 その日の高天原は実に静かであった。

 

「……蓮一さん、私、今まるで生きた心地がしません」

「ええ、小夜さん。俺もです」

 

 高天原の二人の弟子はまるで雪山の中身を寄せ合って暖を取るかのように縮こまって畳の上に正座をしていた。

 別に寒いからではない。ただ、こうして近くに誰かを感じていないと気を失ってしまいそうなのである。

 一切口を開かず座り続けている、目の前の師匠達のせいで。

 

「……………………」

 

 霖之助、刃空、幽香、阿八、そして、今日一刀斎と道場を賭けた戦いをする鈴鹿。

 博麗靈夢を除く全員が、机を囲んで正座したっきり地蔵のように微動だにしない。

 久々の戦いを前に各々集中力を高めているのか、相手を如何にして倒すか作戦を練っているのか、俯いているために目元に影が差していて表情は窺い知れない。何はともあれ、おかげで蓮一と小夜は師匠達達人級(マスタークラス)の気に当てられ、随分と体力を持っていかれていた。

 このまま二人共もしかしたら決闘前に死んでしまうのではないだろうか。そんな不安すら過るまでに蓮一が本能的に身の危険を感じたその時、空気が変わった。

 

「お早う、皆。朝からなんて気出してんのよ、あんたらは……」

「し、師匠……!」

「巫女様ぁ!」

 

 その時の師匠はまるで、というかそのままの意味で救世主だった。

 師匠の登場に、岩のように動かなかった他の師匠達の首が初めて彼女の方へと向けられる。

 蓮一と小夜の助けを求める視線と以前口を開かぬ高天原の豪傑達。

 その様子を見ると、師匠は大笑いを始めて言った。

 

「え? まさかあなた達、今更緊張してるの? 嘘でしょ!? あっはっはっは!」

「し、仕方ないだろう! こんな事初めてなんだから!」

「そうね! こんな道場らしい事された経験なんて今までなかったね!」

「別に私は緊張なんてしてないわよ!」

 

 えー……ないわー。

 師匠に笑われて慌てふためく霖之助、射命丸、幽香を見て、蓮一と小夜は

げんなりと地面に伏した。

 緊張した程度で弟子二人を殺しかけるのは勘弁してほしい。本当に。

 蓮一は切にそう願いながら、しかし、未だ動きを見せない阿八と鈴鹿の方へと目を向けた。

 

「あの、師匠、阿八師匠と鈴鹿師匠はどうしたんですか……?」

「ああ、阿八は思考停止状態になってるだけよ」

「阿八、ムズカシイコトハヨクワカラナイヨ」

「ああ、なるほど」

 

 そういえば、昨日道場破りに一刀斎が高天原を訪ねる顛末を師匠達に話した時からこんな様子だったかもしれない。

 

「え、じゃあ、鈴鹿師匠は?」

 

 やはり、今日対戦する鈴鹿だけは他の師匠達とは心境が異なる筈だ。彼女だけは本当に集中力を高めていて、最早周りの音すら聞こえていないのかもしれない。

 だが、師匠は苦笑いを浮かべながら蓮一に見えるよう、俯き気味の鈴鹿の頭をゆっくり持ち上げた。

 

「……すぴー……すぴー……」

「この通り、寝てるわ。昨夜は寝れなかったのかしらね」

「……はは」

 

 最早、何か言う気力も尽きて、蓮一は目を閉じ、床に伏した。

 その数分後、高天原はいつも通りの雰囲気を取り戻した。

 

 

「ご、御免ください!」

「あ、岩流さん、ようこそ! 待ってましたよ」

「や、やあ、蓮一殿。今日は、その、本当に一刀斎様が……?」

 

 正午前、高天原を訪ねて来た岩流を蓮一が門を開けて出迎えた。

 少し緊張気味に話す岩流の問いに、蓮一は頷いて答えた。

 昨日、一刀斎に道場破りを申し込まれた後、すぐに道場に向かってその事を岩流に報告していたのだ。

 だから、岩流も今日の道場破りの事は知っており、同時に一刀斎と話す機会ができたと勇んでやって来たのである。

 それでもやはり、しばらく姿を見なかった師と会うのは緊張するのか、肩に余計な力が入っているように見える。

 

「大丈夫ですか? 大分緊張してるように見えますけど」

「はは、いや、申し訳ない。私がしっかりしなくてはならないというのに」

 

 そう言って笑う表情も、どこかぎこちない。

 取り敢えず、門の前で立ち話もどうかと思い、蓮一は客間に岩流を案内する。

 

「……昔からこうなのです。大事な時に限って、心臓の鼓動が早まって、体が硬直する。あがり症とでも言うのでしょうか」

 

 岩流はそう言いながら、滝のように流れている汗を手で拭う。

 別に岩流が闘う訳でもないというのに、とんでもない緊張具合だった。そこで、ようやく蓮一は彼が決闘を避けたがる理由が分かった気がした。

 

「そのあがり症があるから、決闘を避けたいんですか?」

 

 蓮一は客間に案内した岩流に氷の入った茶を出しながら岩流に聞いた。

 岩流は、茶を一気に飲み干して、空になった湯呑を置くと、静かに頷いた。

 

「恥ずかしながら、私は昔から心が弱い。緊張に押し負けて身体が動かせない。試合でも遥か格下の相手に無様に負けた事もあります」

「…………」

「そんな私が、この道場を背負っていけるはずがない。だが、弥五郎に道場を渡せば一刀斎様が築き上げてきた道場は跡形もなく崩れ去ってしまう……!」

「あがり症の事を一刀斎さんに話したことは?」

「いや、とんでもありません。これは私の心の問題です。そのような事で一刀斎様に迷惑をかける訳にもいきませんでしたから、一度も話していません」

「そうやって、周りを気にして抱え込み過ぎるのが良くないんじゃないですか?」

「え?」

 

 岩流は驚いた表情で目の前に座る蓮一を見た。

 蓮一は真剣な表情で、岩流の目を見つめている。その眼に映る自分を見て、鼓動が落ち着いていくのを感じた。

 

「周りなんて気にせず、自分のやりたい様にやればいいんじゃないですか?」

「し、しかし……自分は一刀斎様の教えを受け、こうして師範代にまでなった身。私には道場とこの剣を守る使命があります……」

「使命なんてものはありませんよ」

「そんなことは!」

「少なくとも一刀斎さんは岩流さんに自分の道場と剣を守って貰いたかったから師範代にしたんじゃない筈です」

「そ、それは……」

 

 岩流は口ごもる。

 蓮一は知っている。師匠が弟子に自分の技を伝授するのは何故なのか。少なくとも自分の流派の存続とかそういう理由ではない。

 一刀斎もまた同じである。

 それを、岩流はまだ知らない。

 

「蓮一、一刀斎殿が今到着したらしいわ。皆は道場の方にもう集まっているからあなた達もいらっしゃい」

「はい、師匠」

 

 丁度、話が途切れた所で師匠が来て、一刀斎の到着を知らせた。瞬間、また岩流の表情が強張っていく。

 蓮一との会話で多少は解れた緊張は結局元に戻ってしまったらしい。

 蓮一は立ち上がって岩流に手を貸しながら、一刀斎と鈴鹿の相まみえる道場へと向かった。

 そして、広い屋敷のすぐ隣にそびえ立つ大きな木造の道場の戸に手を掛け、二人は中へと足を踏み入れる。

 そこには既に道場の真ん中で向かい合う鈴鹿と一刀斎の二人の姿があった。

 

「一刀斎様……」

 

 懐かしむようにその名を口に出す岩流を僅かにその視界に移すと、一刀斎は少しばかり口角を釣り上げた。

 既に道場の畳の隅では師匠達が揃って座り、二人の様子をじっと見つめている。

 蓮一は端に座っていた小夜を見つけて、岩流と共にその隣に座った。

 

「小夜さん、今どんな様子なんですか?」

「まだ、二人とも向かい合ったまま何も。ただ、二人とも凄い気当たりです。あの一刀斎さんって何者なんですか?」

「僕も詳細は知らないが、おそらくは僕達と同じさ」

 

 小夜の言葉に、隣の霖之助が答えた。

 

「同じって事は一刀斎さんも、達人級(マスタークラス)……」

「いいや、そのさらに上、特A級の達人級だよ」

「特A級?」

 

 聞きなれない単語に小夜が困惑の色を浮かべている。

 その小夜に今度は幽香が口を開いた。

 

「達人級が束になっても勝てない、達人級の中でも選りすぐりの達人。それが特A級の達人級よ。この高天原の奴らはあらかた全員それね。そして、その私達と同等にタイマン張れる一刀斎とかいうあいつもまた、特A級って訳よ」

「そ、そんなに凄い方なんですね……」

「何よ、私達がもっと弱いとでも思ってたの?」

「い、いえ! そういう意味ではなくて!」

 

 相変わらず、小夜にはまだ幽香に対する苦手意識があるのか、彼女の一挙一動に振り回されている節がある。

 今の言葉も、笑っている幽香を見ればすぐに冗談でからかっているとわかるのに。

 そんな会話をしている内に、鈴鹿と一刀斎の間で、試合形式があらかた決められていたらしい。

 

「――では、使う武器はお互い、木刀のみ、範囲はこの道場内、制限時間は無制限、相手に参ったと言わせるか、戦闘不能にさせれば勝利。これでよろしいかな、鈴鹿殿?」

「ああ、それで……いい」

「じゃあ、審判は私がやるわね」

 

 そう言って、二人の間に師匠が入り、そこに数十本の長さや重さの異なる木刀が立てかけられている巨大な刀架が置かれた。

 

「双方、共に自分に合った重さ、長さの木刀を選ぶといい」

「では、私はこれを」

 

 そう言って一刀斎が手に取ったのは少し長めの木刀。何度か片手で軽く素振りをすると、一刀斎はその木刀を胴に差した。

 

「じゃあ……妾は……これ~」

「え……!?」

 

 そう言って、鈴鹿は一番軽い類の木刀を何故か長さは適当に三本、選び出して右に二本、左に一本差す。

 蓮一と小夜は困惑の声を上げた。

 一刀斎も、目を細めてその様子を観察している。

 

「あ、あんなのいいんですか? 三本も木刀を使うなんて」

「別に選ぶ木刀は一本だけなんて言っていないしねぇ。それに、彼女はあれでいいんだよ」

 

 そういえば、鈴鹿に初めて出会った時、阿八との戦いの中で三振りの刀を袖内に隠していたのを蓮一は思い出した。

 つまり、鈴鹿にとってはあれが自然体という事なのだろう。まだ見ぬ彼女の戦いを蓮一は想像できなかった。

 

「では、これより、一刀斎と鈴鹿御前の試合を開始する。双方構え」

「では、手柔らかに頼む」

「こちらこ……そ」

「――はじめッ!」

 

 師匠の開始の言葉と共に、鈴鹿と一刀斎の試合が始まった。しかし、双方、木刀に手を掛けたまま、微動だにしない。

 試合が始まった後も、そこには静けさだけが漂っていた。

 

「あの、どうしてお二人とも動かないんでしょうか?」

「いや、動かないんじゃなくて動けないのさ、二人とも」

「もうあの二人の間では千を超える攻防が行われているね」

「え……でも、そんな様子は……」

「技撃軌道戦」

 

 いつの間にか、観客席の方へと戻ってきていた師匠がふと、聞いたことのない単語を口に出した。

 

「互いに相手の動きを読み合って、牽制し合う事によって生まれる『見えざる戦い』よ。緊湊に至った蓮一なら少しだけ見えるかもしれないわね。二人が次どう動こうとしているのかを意識してもう一度あの二人を見てみなさい」

 

 妖怪の山で刃空に鍛えられた制空圏。その中には敵の動きを事前に察知するような修行も含まれていた。

 蓮一はその修行の応用で、二人がどう動くのかを重心の偏りから読むように観察を始めた。

 二人とも特A級の達人。蓮一が億集まっても傷一つ付けられないであろう彼女らの動きを読むのは蓮一では難しいが、動く際に重心の変わらない生物など決して存在しない。ただ、その隠蔽が神がかり的に熟達しているだけであり、必ず動くときに重心はどこかに偏っている。

 僅かではあるが、蓮一にもその動きが読める部分があり、それがさらに攻撃の軌道となって視覚に映る。

 恐らくはこれが技撃軌道。そして、それに対して相手がその軌道を潰すように動こうとしているのが辛うじて確認できた。

 今の間に同じような駆け引きが何百行われていたのかわからないが、これが技撃軌道戦なのだ。

 動きの先読み合い。相手が動く度に潰し、自分が動く度に相手が潰しにかかる。だから、両者共未だ動けないでいるのだ。

 達人同士の戦いでは始まって数時間、睨み合いが続く事もあるという。それがまさにこの技撃軌道戦なのだ。

 

「これは……勝負がつくんですか?」

「どちらかが技撃軌道戦に勝てば、後はそのまま詰み将棋のように勝負がつく」

「それまでどれだけの時間が掛かるかは、わいちゃんらにも全く予想がつかんね」

「今の所は互角ってとこね。只者じゃないわ、あの一刀斎とかいう剣士」

 

 このまま決着に数日かかるのではないだろうか。

 皆の脳裏に過ったその不安は、一瞬で解消される事になる。

 ついに、一刀斎の方が一歩踏み出し、鈴鹿へと突進していったのである。

 

「動いた!」

「でも、技撃軌道戦は途中だった筈……!」

「何か策があるのか?」

 

 音すら立てず間合いを詰める一刀斎に、鈴鹿は離れようとするのではなく、逆に同じく間合いを詰めた。

 その瞬間、今度は一刀斎の方が後退を始める。

 

「長刀は間合いが広いが、近すぎる間合いじゃ使えな……い」

「状況判断が恐ろしく早く、正確だな……!」

 

 一刀斎の選んだ長刀は攻撃範囲が広いが、その分近い間合いでは取り回しが難しい。鈴鹿の間合いを詰める判断はまさしく模範解答であった。もし一刀斎の突進に焦って後退していれば逆に追い詰められていただろう。

 だが、今の判断は誰もが正解できるものではない。直前、一刀斎は強引に技撃軌道戦を打ち切って突進してきた。当然、相手は動揺し、少しでも考える時間が欲しいと距離を取ろうとするのが常なのだ。

 それでも、迷いなく間合いを詰めて、長刀の間合いを殺す鈴鹿の判断力はずば抜けていた。

 そして、その結果、今度は一刀斎が後退して間合いを取る側に回った。しかし、鈴鹿の選んだ木刀には短刀から長刀まである。

 つまりは、間合いの制限がないのである。短刀から長刀まで、どれか一つの間合いに入ればその時点で攻撃が可能であった。

 

「遅い」

 

 その鈴鹿の言葉と共に右腰の木刀が目にも留まらぬスピードで一刀斎を真横に凪ぐように振り抜かれる。

 しかし、一刀斎も寸前で木刀を縦に構えて、攻撃を防ぐ。

 スピードも勢いもあったにも関わらず、鈴鹿の木刀はいとも容易く止められた。

 

「軽い木刀は振り抜きやすいが、威力もでない」

「その通り……だな」

 

 またお互い、間合いの外に出て、睨み合いが始まった。

 そして、その僅か数秒の剣戟と駆け引きを見て、観客の蓮一達は感嘆の声を上げずにはいられなかった。

 

「凄い……それしか言葉が出てこない……!」

「まぁ、ここ最近じゃ一番見れる戦いね」

「これが、達人同士の戦いですか……!」

 

 またしばらく両者の技撃軌道戦が始まる。

 が、突然、一刀斎の方は笑って構えていた木刀を下ろす。

 

「鈴鹿と言ったか、もう探り合いはやめにせぬか。こんな戦いでは見ている方も興が削がれよう」

「……確か~に」

「え? 今までの探り合いだったんですか?」

「まぁ、お互い相手の出方を伺うように手の内を隠して戦っていたからね」

「正直、あのままだったら決着に三日はかかったかもしれんね」

 

 今までの技撃軌道戦と数合の剣戟。それだけで最早弟子級である蓮一と小夜には遠く及ばぬ別世界を感じさせる程の衝撃を与えていた。

 しかし、それはまだ探り合いの段階。両者ともに本気など出していなかったと言う。

 脳の処理が追いつかなくなりそうになった所で、師匠が蓮一の肩を掴んだ。

 

「今は理解しようとしなくてはいいわ。ただ、しっかりと目に刻んでおきなさい。あなたの目指す道にあれがあるわ」

「……師匠」

「あ、また動き出しますよ!」

 

 小夜の言葉とほぼ同時に、今度は鈴鹿が動いた。

 しかし、先刻見せた間合いの詰め方とは比較にならないスピードだ。音はないまま、スピードはさっきの倍にまで上がっている。

 おおよそ7メートル程度離れていた二人の距離は一秒かからず、埋まろうとしていた。

 だが――――

 

「はッ!」

「む……!」

 

 鈴鹿の持つ長刀の間合いに一刀斎が入る前に、空気を揺らす程の斬り降ろしが放たれる。

 鈴鹿は寸前で首を上げて回避するが、振り下ろした際に出来た真空で彼女の頬に真っ赤な線が刻まれる。

 

「ようやく、本性を見せてくれたか」

「それは……制空圏、か」

 

 通常は球体の形を成す制空圏。しかし、木刀という武器を持つ一刀斎の作るそれは球体とは程遠い形にあった。

 とにかく、前方に関して長い楕円球を描くその制空圏は卵の形にも似ている。しかし、その先端は鋭く尖り、制空圏全体が一つの刃のように鈴鹿に向けられている。

 

「……おかしい……なぁ」

「何がだ?」

「お前の制空圏、今変化したように見え……たぞ?」

 

 鈴鹿は不思議そうな口ぶりで目の前の一刀斎を指さす。

 一刀斎はとぼけたように笑って、木刀の握られた両腕を頭より高く掲げる。

 

「さて、どうだろうな。もう一度斬りかかって来ればわかるやも知れぬぞ?」

「挑発のつもりか?」

「いやいや、私は間合いに入った瞬間にこの長刀を振り下ろす、それだけだ」

「……面白い!」

 

 鈴鹿が再度間合いを詰めにかかる。今度は制空圏を確実に捉え、その間合いを見切ったうえで、さらにさっきよりも真半身になりながら一刀斎と同じ上段の構えを取って突進している。

 通常、真半身の状態ではどうしても速度が落ち、動作に無駄が生じるものだが、何故か鈴鹿の動きにはそれがない。むしろ、さっきよりもスピードが上がっているようにすら感じる。

 

「鈴鹿の奴、同じ上段斬りで勝負に出たわね」

「ああ、これを制した側が場を制する」

「お前の長刀と私の長刀の長さは同じ。制空圏に入らない限り先手は取ら……れない」

「一刀流奥義切落(きりおとし)之型、『稲妻』」

「――ッ!?」

 

 瞬間、蓮一にも何が起こったのかわからなかった。見えたのは瞬間的に一刀斎の制空圏が生き物のように伸び、鈴鹿をその間合いに飲み込んだ所、そして、その瞬間放たれた落雷にも似た強烈な上段斬り降ろし。

 そして、今までの静けさを破る轟音が道場内を響いた時には鈴鹿師匠は真後ろの道場の壁に叩き付けられていた。

 

「く……!」

「鈴鹿師匠!?」

「……ほう、まさか僅かに受け流されるとは思わなんだ。やるな、鈴鹿御前」

 

 眉間を打ったのか頭部から血を流しながら薄く笑う鈴鹿に、一刀斎は心からの賛辞を送った。

 蓮一は何が起こったのか、師匠達に解説を求めるが、他の面々も驚愕の表情を露わにして狼狽しているように見えた。

 霖之助は落ちかけた眼鏡を人差し指でずりあげながら今の剣戟を説明する。

 

「今、鈴鹿は確実に間合いを読み切り、かつ真半身での突進によって一刀斎殿の剣閃を掻い潜るような体勢をとっていた。あれだけ半身ならば正中線に全身が隠れる。一刀斎殿には線が向かってくるように見えた筈だ。しかし……突然、制空圏が伸びたかと思えば、あの正確無比な上段斬り」

「そこは俺にも見えました。まるで制空圏が生き物みたいに動いて……あれじゃ反応できませんよね」

「いや、反応はしていたね。しっかり防御もしていた。しかし、それを木刀の鎬で抉り落として鈴鹿どんを吹っ飛ばしたのね!」

「え……防御していたのに、それでも防ぎきれなかったって事ですか……?」

「正確には鈴鹿の防御を弾いたという感じだった。鎬で防御を弾き飛ばしたんだ」

「そ、そんな事可能なんですか!?」

「可能よ。あんたもよく知っているでしょ、あの技は」

 

 霖之助と刃空の説明に驚く蓮一に幽香師匠が悔しげにそう言った。

 鎬、すなわち木刀の側面の部分で防御に出た木刀を弾いて自分の斬撃を通す。裏を返せば、もし相打ちになっても、相手の攻撃を弾きつつそのまま攻撃する事ができる、まさに攻防一体の技だ。

 そして、この技を蓮一は確かに幽香から教わっていた。

 自然と、その技名が蓮一の口から零れ出ていた。

 

「――白刃流し!」

 

 拳の回転で攻撃の側面を叩き受け流しつつ同時に攻撃も行う攻防一体の技。今の一刀斎の一撃はまさしくそれの応用であった。

 

「おい、蓮一、聞いていた話と……違うぞ」

「す、鈴鹿師匠!」

 

 鈴鹿は頭の血を拭い取り、再度道場の中心へと戻っていく。

 その表情を見て、一瞬、蓮一は戦慄した。

 

「奴が落ち目? とんでもな……い。今まさにこいつの剣は……最盛期……だ!」

 

 彼女の表情は久々の豪傑に相対し、歓喜の笑みを浮かべていた。

 今の圧倒的な技を受けて尚、彼女は戦いを楽しんで笑っていた。

 

「ふ、この状況で笑うか。お主、心の芯から戦闘狂か?」

「久々に妾も全力で()れそうな相手……これを笑わずにいられるとでも?」

 

 そう言って、鈴鹿は持っていた長刀を再度腰に差してまた一刀斎と相まみえる。

 

「もう、タネは割れた。今度は妾の反撃……ぞ」

「ほう、それは楽しみだ」

 

 不敵な笑みを浮かべる鈴鹿は再度畳を蹴り、一刀斎の方へと向かっていく。先刻程に真半身ではなく、その左手は右腰に差してある長刀にかけられている。

 

「ほう、居合か。制空圏と速度で勝負しようと? 浅はかだな」

 

 そう言って一刀斎は再び木刀を上段に構える。先刻同様、切落を放つつもりだろう。

 両者の距離が近づき、後一歩で鈴鹿が一刀斎の間合いに入るといった所で、再びその制空圏が伸びて鈴鹿を飲み込む。

 それに反応して鈴鹿も木刀を抜いた。

 

「一刀流奥義、『稲妻』!」

「――――ッ!」

 

 鈍い音と共にその両者の剣戟は止まった。

 しかし、鈴鹿も一刀斎も共に吹き飛ばされておらず、二人は近接距離を保ったまま、まるで剣戟を放った瞬間から時間が止まったかのように静止している。

 ただ一つ、動いているものを挙げるとすればそれは――――

 

――カコーン

 

 木と木が打ち合ったような音が道場内に響き渡る。

 それは、一刀斎の手の内にあった筈の長刀が、後ろの道場の木造の壁に当たって落ちた音だった。

 

「あ、相手の木刀を……吹き飛ばした……!」

 

 蓮一の声だけが静かに道場内に響き渡った。

 今の一瞬で如何なる攻防があったのかは蓮一には見えなかった。だが、おそらくは今、鈴鹿は一刀斎の技を打ち破ったのだ。

 

「参ったな。まさか一合打ち合わせただけで完璧に弾かれるとは……」

「言った筈だ、タネは……割れた……と」

 

 鈴鹿は静かにそう一言呟く。

 

「お前の制空圏の変化の正体、それは持ち手の変化、だな?」

「ご名答」

「お前は斬り降ろしを放つ瞬間、それまで両手で握っていた木刀を片手一本で半身になりながら振り下ろしていた。しかも、より間合いを伸ばすためにほとんど人差し指と親指でしか柄を握っていなかっただろう」

「そこまで気付かれていたか」

 

 一刀斎は悔しそうに苦笑いを浮かべ、鈴鹿の言葉を肯定する。

 

「……え? 持ち手を両手から片手にしていた? それだけですか……?」

 

 今の説明を受けて、蓮一の感想は拍子抜け、といった感じであった。

 確かに両手で持つよりは片手で持った方が明らかに間合いは広くなる。しかし、たったそれだけのタネに蓮一は困惑していた。

 そんな蓮一に師匠が口を開く。

 

「しかし、言うは易し、行うは難しよ」

「ああ、通常、持ち手は両手の方が剣先はぶれないし、力の入った斬撃になる筈なんだ。一刀斎殿の使っていた重い木刀ならば、尚更。片手で振り下ろしたりしたら剣に振り回されてまともな斬撃にならない。相当の力と技量がない限りはあんな芸当を達人同士の戦いで活かすなど不可能だ」

 

 蓮一は試合の直前、片手で重そうな木刀を悠々振り回していた一刀斎の姿を思い出した。

 しかも、さらに間合いを伸ばすために持ち手の部分は親指と人差し指のみ。普通あの速度と威力で振り切れば木刀も一緒に手から飛んでいくだろう。

 片手で正確無比に敵を捉え、且つ防御を弾き飛ばす斬撃。一刀斎の奥義の恐ろしさをそこで蓮一は理解した。

 

「……どうした、鈴鹿御前。追撃せぬのか? 言っておくがまだ降参するつもりはないぞ?」

 

 一刀斎がさっきから鈴鹿が丸腰の自分に攻撃を仕掛けてこないのに対し、疑問の声をあげた。

 鈴鹿は振り抜いた長刀を再び腰に差して首を振る。

 

「木刀、拾え」

「情けのつもりか?」

「いいや、さっき、妾を吹っ飛ばした時、お前も追撃してこず、妾が体勢を立て直すまで待っていただろう。その借りを返す」

「成程、私はそんなつもりはなかったのだがな」

「いいから、拾え。これでお互い一対一だ、次で決着をつける」

「ふ、いいだろう。ではありがたく拾わせてもらおうか」

 

 そう笑って一刀斎は木刀を拾いに行く。

 しかし、一刀斎の奥義は既に鈴鹿に見抜かれてしまった。この勝負に勝ち目など残ってはないように蓮一には思われた。

 

「蓮一殿。これで勝負が着いたと思うのはいささか結論が早すぎます」

 

 それまで一言も発さずただ二人の戦いを見ていた岩流が、蓮一の心を見透かしたかのように呟いた。

 

「まだ、一刀斎様は『五天』を出していない」

「え? 五天?」

 

 その数秒、蓮一が岩流の方に目を逸らした間、その僅か数秒の間に一体何が起こったのか分からない。

 まるで竹を割ったような音が蓮一の耳をつんざいたかと思うと、次に蓮一が鈴鹿と一刀斎へ視線を戻した時、再び戦況は逆転していた。

 

「くそ……う!」

「一刀流奥義、五天の一、『妙剣』」

 

 立膝をついて横に凪ぐように両手で木刀を振り払った後の一刀斎、そして、着物の袖口が両断され、焦燥を顔に浮かべて後退する鈴鹿の姿が蓮一の目に映った。

 また逆転。技を破り、タネを明かされても尚、新たな技で形勢を容易く変えて見せた。

 一刀斎という剣士の底が蓮一にはとても深すぎて見えなかった。

 

「『稲妻』はあくまで切落。一刀流の基本の技に過ぎません、一刀斎様の技の神髄は五天と呼ばれる五つの秘剣にあります」

「五つの秘剣……!?」

 

 あの稲妻という奥義でさえ、一つの流派の看板足り得る程の絶技であった。しかし、一刀斎にはまだそれを超える五つの秘剣が残されているという。

 

「全く……お前のような落ち目がいる……か」

「いいや、落ち目だよ。私にはもうこの剣の歩みを止めてしまったのだから。だが、敢えて落ち目の私に言わせて貰うならば――――」

 

 鈴鹿の纏う空気が変わった。

 ようやく手の内全てを曝け出す覚悟を決めた、否、曝け出さなければ勝てないと判断したのだ。

 

「私の剣は既にこれ以上なく完成している。これ以上の剣など、私には想像が出来ぬ」

 

 その時、初めて自分の師匠が負けるかもしれない、という不安が蓮一の脳裏を過った。

 




次回「道場破り 後編」(多分)
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