東方史上最強の弟子 レンイチ   作:浜栲なだめ

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第三十八話「子供」

「今回の依頼は極めて重要故、三人で行って貰おう」

「はい!」

 

 これまでに三つの依頼を達成し、人武祭に出るための依頼も残すところ後二つ。気合を入れて終わらそうと蓮一は意気込んでいた。

 

「一人は安里。君のパートナーだからね、適当だと判断したよ」

「久々にまた一緒に仕事だね、蓮一」

「はい、よろしくお願いします!」

 

 微笑む安里に蓮一も笑顔で返す。ここの所は拳鬼の事と引き続いて依頼の事で単独行動に走る事の多かった蓮一は安里と仕事をするのは一か月ぶりにもなる位だった。

 

「そして、もう一人が――――」

 

 辻秋の後ろから促されて出てくる三人目の仲間を見て蓮一は一瞬目を疑った。

 褐色の肌、一回りスケールの違う巨体、それは蓮一が毎日見ている人物に相違なかった。

 

「阿八だ!」

「よろしくよ!」

「ええええ!?」

 

 まさか達人にして自警団の最高戦力が投入されるとは、一体どれほどの重要依頼なのだろうか。

 蓮一はより一層気を引き締めて依頼主の元へ二人と共に向かった。

 

「――じゃあ、依頼は話した通りですから、その子達の護衛、お願いしますね!」

「ねー、お兄さんこっちであそぼー!」

「うわー! 巨人だ! でっかい巨人がいる!」

「全く、これだから男子は! ちょっとは落ち着きなさいよね!」

「なんだとー!」

 

 そして、拍子抜けして地面に崩れ落ちた。

 だってまさか、これだけの戦力を投入しておいて子供達を近くの野原までピクニックに連れていくだけの任務だなんて思わないだろう。

 いや、確かに里の外に出れば妖怪は出るが、ここまでの人数を投入するほどに危険でもない筈だ。一体辻秋はどのようなつもりでこの人数で依頼に当たらせたのか全くもってわからない。

 一方で依頼主の女性は里の守護神たる阿八が子供達の護衛についてくれるという事で非常にご満悦のようだが。

 

「阿八さんについて頂けるなら私も安心ですわ。夕方までには帰ってきてくだされば結構ですので、どうかよろしくお願いしますね」

「オマエノコドモハアズカッタヨ」

 

 そして何故か漂う犯罪臭。

 

「安里さん、これは明らかに采配ミスじゃないですか?」

「う、うん。まぁ、大丈夫じゃないかな? 人数は多いに越したことはないし?」

 

 そうして、三人は大勢の子供達を連れて徒歩三十分ほどの所にある野原へと歩いて行った。

 

「なー、なー! お前名前なんて言うんだ?」

「お前って……蓮一だ。お前達よりも年上だからな?」

 

 歩いている最中に話しかけてきた少年達の一人に蓮一は名乗る。少年はそれを聞くと蓮一をじろじろと見回して言った。

 

「蓮一って自警団なのによわそーだな!」

「ぐはっ!」

 

 蓮一に精神的攻撃が加えられる。唐突な不意打ちだった。突然後頭部を殴られた程度にはよろめく一撃だ。

 子供が持つ特有の武器、『素直に思ったままを口にだす』。この頃の子供は大方、謙虚、気遣い、空気を読むの3Kがない。

 よって、子供の思いもよらぬ一言が重大な精神的なダメージを負わせるのである。

 何を言っても許される子供だからこその強力な武器だ。

 

「ねー、あなた、安里さんっていうのよね?」

「ん、そうだよ? どうしたの? 俺に何か用かい?」

「いや、ただ、その眼鏡すっごくダサいなって思っただけ!」

「ぐはァ!」

「あ、安里さんッ!」

 

 パリーンという音を立てて彼の心が割れる音が聞こえた、ような気がした。

 向こうでも女の子の容赦ない攻撃、否、『口撃』によって安里がダメージを負わされていた。

 

「おにーさん、何でそんなダサい眼鏡してるの?」

「ぐッ……こ、これは目が悪いから……」

「自警団なのに目が悪いの? ダサーい!」

「ねー、ダサいよねー」

「っていうかおにーさん男っぽくないわよね」

「女々しいっていうかねー」

 

 それ以上は勘弁してやってください。

 蓮一は心の中で女の子の容赦ない口撃によってピクニック予定地の野原に到着する前から精神的に瀕死状態の安里にただただ彼の無事を祈るばかりだった。

 

「おい、蓮一! 何さっきから女どもの方見てんだよ? ひょっとして好きなのか? ロリコンか?」

「お前、どこでそんな言葉を……」

「寺子屋で慧音せんせーが言ってた。最近はそういう人が多いから気を付けなさいって」

 

 寺子屋で何教えてんだあの人は。

 しかし、おそらくはあの人なら悪意なく注意を促すつもりで言ったのだろうから、それはそれで咎め難い。

 

「全く、俺はロリコンなんかじゃない。それにしてもせめてタメ口はやめてくれないか? さっきも言ったが俺は年上だ。目上の人には敬語を使えって教わらなかったか?」

「敬語は人を敬う言葉とも教わったぜ? 俺よわそーな奴は敬わねーから」

 

 このガキ、少し痛い目見せてやろうか。

 握りかけた拳を少年の顔面向けて放とうとする直前で我に返りその拳を自分の頬に向けて振り抜いた。

 これで少しは冷静になれるだろう。

 

「え? 何急に自分殴ってんの? ひょっとしてそれが趣味なのか? Mなのか?」

「違う! どこで覚えた、そんな言葉!」

「慧音せんせーが言ってた」

「だからあの人は寺子屋で子供に何を教えているんだ!」

 

 頭から引きかけた血は簡単にまた昇った。

 そんな蓮一の様子を見て無邪気に笑って少年は言った。

 

「それに、俺はどっちかっていうとあんた達と同じ立場なんだぜ? だから敬語は使わねー」

「は? 同じ立場?」

「そう! こいつら皆ガキだからよ、俺がこいつらの面倒みてやってるんだ!」

「……俺から見たらお前も同じガキだけどな」

「ふん、まぁ見てろよ! この俺が皆をしっかり守ってやるからよ! 今日の護衛なんてこの太一(たいち)様一人で十分だぜ!」

 

 確かに、子供の頃はこんな奴もいたかもしれない。蓮一は自分が彼らと同じ位だった頃を思い出して少し納得した。

 所謂ガキ大将という奴なのだろう。周りの友達よりも少し腕っぷしが強かったり体格が大きかったりすると周りの友達は皆自分に頼ってくる。だから自然と守ってやるという意識も芽生えるものだ。

 大人に憧れる子供なら尚のことそうだろう。

 少しは可愛い所もあるじゃないか、と太一という名前らしい少年を見てて蓮一はほほえましい気持ちになった。

 

「ま、頑張ってくれ、太一」

「お前よか頑張ってるよ」

「こ、この……!」

 

 しかし、数秒で苛立ちに変わった。

 

「ん? そういえば、阿八師匠は?」

 

 今の所、男女合わせて十人程度の子供達を三人でそれぞれ面倒を見ている。蓮一はガキ大将、太一の一人。安里は女の子の方を引き連れている。ならば、阿八は太一以外の男子を相手にしている筈だ。

 阿八は子供達の口撃に撃沈していないか、蓮一は彼の姿を探す。

 

「うわー! すっげえ眺め! 阿八の上に乗ってるとまるで飛んでるみたいだー!」

「次俺! 次俺!」

「阿八! 俺も俺も!」

「はいはい、わかったよ。両肩に二人ずつ乗せるから順番よ!」

「馴染んでる……」

「おー、スゲーなあれ。あの巨人何者だよ?」

 

 太一も目を輝かせて阿八達の様子を見ている。

 

「乗ってみたいのか?」

「なッ……! ち、ちげーし! 誰があんなガキみたいな事されて喜ぶかよ! 俺はこいつらの保護者なんだから!」

「阿八師匠ー! こっちの一人も乗せてくださーい!」

「は? てめぇ! 何言ってやがる! 殴るぞ!」

「お! そっちにも一人いたかよ! オッケーよ、こっち連れてくるよ、蓮一!」

「はーい」

「おい! ちょ、てめぇ! 手ぇ引っ張るな! 離せ! くそ、意外と力つええ!?」

 

 どうだ、一矢報いてやったぞ。

 蓮一はニヤニヤと笑いながら阿八達の方へと顔を真っ赤にして抵抗する太一をずるずる引っ張って行った。

 

 

「よーし! 野原についたし、ここらで皆お弁当にするよ! 皆で座って仲良く食べるよ!」

「はーい!」

 

 阿八のその言葉と共に子供達は楽しそうにはしゃぎながらリュックサックの中からレザーシートと弁当箱、水筒を取り出す。

 蓮一達もそれぞれの弁当を取り出して一緒に昼食をとる。蓮一と阿八の弁当は小夜と靈夢特製の巨大お握り、安里の弁当は木製の二段弁当箱に白米と色とりどりのおかずが詰められている。

 ようやく、一息つけると蓮一と安里が息をついた時、その声は響いた。

 

「ほら、何やってるの? アンコちゃんはこっちに来て私達と食べるの!」

「――!」

 

 蓮一は最初、きっと他の女の子の事を呼んでいるのだろうと気にはしなかった。阿八もお握りを夢中で頬張っている。

 しかし、一人、安里の箸が止まっている。何故か今日は大して暑くもない筈なのに身体中から汗も流れ出ている。

 

「ちょっと、聞こえてるの! アンコちゃん!」

「…………」

 

 おかしい。少女達の視線の先には女の子はいない。安里位のものだ。アンコちゃんらしき少女は見当たらない。

 蓮一の疑問を他所に安里は、今度は必至で箸を動かして弁当をかきこんでいる。

 少女達はむすっとした顔で立ち上がると、安里の元まで歩いて来てその肩を掴んだ。

 

「もー! 安子(アンコ)ちゃん、さっきから呼んでるじゃん! なんで返事しないの!?」

「…………安里さ――――」

「言うな、蓮一」

「…………」

「…………」

 

 蓮一と安里の間に重たい沈黙が流れる。

 お互いに認めたくないのだ。この状況を。

 そういえばさっき少女達に女の子みたいと言われていた事を蓮一は思い出した。

 

「ほら、いくよ、安子ちゃん!」

「あ、ああ……わかった、行くから……行くから、その名前は……」

「早く、安子ちゃん!」

「くっ……!」

「…………安子、ちゃん」

「やめろ、蓮一! その悲しそうな顔と呼び方やめろッ!」

 

 そうして安里は少女に連れられてその場から消えた。

 子供、その本当の恐ろしさを蓮一は今垣間見ていた。

 

 

「――じゃあ、次は妖怪退治ごっこな!」

「おー!」

「おー……」

「おい、蓮一元気ないぞ!」

「おー!」

 

 太一に駄目だしされ、声を張り上げる。

 この子供特有のテンションと体力はなんなのだろうか。鬼ごっこ、花いちもんめ、大根抜き、相撲、と引き続いてこれだ。

 まだ昼を少し回った位だし、帰るには早すぎる。しかし、もう蓮一の気力は尽きかけていた。

 普段の修行に比べればたいした事はないはずなのにこの疲れ方はなんだろうか。体力的というよりは精神的な疲労に近い。

 今まで自分より年下の子供の面倒をみるなんてことがなかったから余計に疲れてしまっているのかもしれない。

 そんな事を考えている間に子供達と阿八の間で勝手に妖怪役と人間役が決まったらしい。

 

「蓮一、お前は人間役な!」

「え? あ、ああ、わかった」

 

 意外だ。てっきり敵役をやらされると思っていたのだ。こういうのは大抵年上の方が悪役を演じるものだと思っていたが、最近の子は違うのだろうか。

 

「じゃ、皆、協力してあいつを喰っちまうぞ!」

「おー!」

「ちょっと待って、俺以外の人間役は!?」

「ほう、妖怪の巣に入っておいて助けが来るとでも?」

「そういう設定なの!? 人間側絶体絶命じゃねぇか!」

 

 最近の子がわからない。

 こういうのは妖怪を悪役にして皆で倒すのが楽しいんじゃないだろうか。

 蓮一は過去の自分を思い返して唸った。

 

「いくぜ、手下ども! こいつの五体引き裂いて五臓六腑をぶちまけさせな!」

「ヒャッハー!」

 

 しかもやり口が無駄にグロい。

 

「五臓六腑とか意味わかって使ってるのか!? どこでそんな言葉を――――」

「慧音せんせー!」

 

 本当に里に帰ったら彼女とは一度話をしなければならない、そう固く決意した。

 

「おらあ!」

「おっと」

「しゃああああ!」

「うわ、あぶな」

「くそ! こいつひょいひょい避けやがる!」

 

 まぁ、とは言っても結局は子供の遊びだ。蓮一対その他全員といえど、子供の攻撃を避けるのは容易い。

 中々攻撃の当たらない蓮一に子供達は一旦距離を取って太一のいる所まで下がった。

 

「ボス! あいつちょこまかと逃げて攻撃が当たりません!」

「ボス!」

「……仕方ねぇ、俺に任せな!」

「お、今度は太一か。そろそろ倒されてやってもいいかな――――」

「阿八! お前も加勢しろ!」

「フー! 絶対ニブッ殺スヨ! フー!」

「倒されてたまるかあああああああああああ!」

 

 阿八師匠の目がもう獣のそれだった。攻撃に当たったら八割くらいの確率で死ぬ。絶対死ぬ。そう確信した。 

 全力で逃げようとする蓮一を二人が同時に追いかけ始める。片方はただの子供。されど片方は達人級。

 あっという間に逃げ道に回り込まれ、蓮一は挟み撃ちにされる。

 

「食らえ! どんぐり爆弾!」

「痛っ! いつの間にそんなにドングリ拾って!?」

「まだまだあるぜ! おりゃ! おりゃ!」

 

 太一は懐からどこから集めてきたのか、数多のどんぐりを取り出してはそれを蓮一に投げつける。

 そして、蓮一がそのどんぐりに気を引き付けられている間に、阿八がその背後に回っていた。

 

「死ンジャウパンチ!」

「うおおおおおおおおお!?」

 

 辛うじて躱す蓮一の耳元を阿八の強烈なパンチが掠る。

 耳元に空気を切る音が響き、蓮一の顔から血の気が失せた。

 

「ちょ、ちょっと阿八師匠……ちゃんと加減してます? 俺、そのパンチ受けたら本当に死んじゃいません?」

「フー! フー! 人間ハブッ殺ズヨ、絶対!」

「人里の守護神が言っていい台詞じゃないですよ!?」

「やれ、阿八! ぶっ殺せ!」

「おま! 太一! 今のこの人は本当に危な――――」

「子供ニハ見セランナイヨパンチ!」

「いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」

 

 役に入り過ぎて自分を見失っているらしい阿八師匠は容赦なく攻撃を続ける。というか子供には見せられないようなパンチを子供の目の前で繰り出さないで欲しい。

 

「く、あ、安里さん! 助けて!」

 

 助けを求めて安里がいるであろう女の子たちのグループが居る方向へ安里を呼びながら走る。

 しかし、そこに居たのは最早安里ではなかった。

 

「うわー、安子ちゃん、かわいー!」

「花冠似合ってるー!」

「この口紅も持ってきて正解だったわねー!」

「あ、私も化粧道具持ってきたから安子ちゃんに使ってあげるね!」

「わ、わーい……あ、ありがとう……嬉しいなー」

「安里さああああああああん!」

 

 そこに居たのは花冠を何重にも被せられ、顔中を口紅やらで塗りたくられた女の子たちの玩具の姿。

 安里ではなく安子ちゃんの姿であった。

 悲痛な叫びを上げる蓮一の肩を大きな褐色の腕が掴む。

 蓮一が冷や汗を流しながらゆっくり顔を向けると、そこには強烈な眼光を発する阿八の姿があった。

 

「捕マエタヨ」

「……あ、ああ……!」

「止めだ! 阿八!」

「六割方死ンジャウヨキック!」

「ゴハァッ!」

 

 阿八の膝蹴りを受けたと共に蓮一の視界は暗くなって、そして何も見えなくなった。

 

「――――――蓮一! 蓮一起きるよ! 蓮一!」

「……はっ!」

「蓮一! 無事だったかよ!」

「……生きてる!」

 

 あの阿八の一撃からずっと目を覚まさなかったらしい。おそらくは生死の境を彷徨っていたのだろう。

 もうすっかり日が回り、夕方になろうとしていた。

 そろそろ戻らなくてはならない。

 

「阿八さん、子供達は?」

「俺が面倒を見ておいたよ」

「安子ちゃん! よく無事で!」

「その呼び方はやめろ!」

 

 すっかり元通りの顔に戻った安里が蓮一に水筒を差し出した。

 どうやら、蓮一が気を失っていた間は二人が子供達の面倒を見ていてくれたらしい。

 

「すみません、迷惑かけちゃって」

「別にいいさ、そのためのパートナーだ」

「そうよ、元はと言えば阿八が楽しくなって蓮一ぶっ倒しちゃったのが悪いよ。反省するよ」

「もう、いいですよ。こうして生還しましたし……じゃあそろそろ帰りましょうか、子供達を集めて――――」

「阿八! 蓮一さん!」

「ん? 君たちは……」

 

 先程の妖怪退治ごっこで妖怪役をしていた少年達だった。

 何やら困ったような様子で蓮一達の元へ走って来た。

 

「た、助けて! 太一が! 順平が!」

「――! 何かあったのか!?」

 

 少年達は最早泣きそうになりながら、事の経緯を話し始めた。

 事が起こったのはつい二、三分前くらいだったらしい。

 最初にそれを見つけたのは太一だった。

 

「ん? おい、あそこ順平の奴がいる」

「あ、本当だ」

「誰かと話してるな? 誰だろ?」

 

 順平は太一と二人の少年の友達で、太一達意外とはあまり会話しない内気な少年だったらしいが、その時の彼は珍しくその三人以外の誰かと話していたらしい。

 もしかしたらこのピクニックで新しく友達が出来て、その子を話しているのかもと少年は思ったらしいが、太一はそうは考えていなかった。

 

「……おい、順平と話してる奴。あんな奴ピクニックのメンバーにいたか?」

「え? うーん、どうだっただろ、よく覚えてない。お前は?」

「俺もー。でもどう見たって俺らと同じ子供だし多分いたんだろ?」

「……なんかおかしいな。あんな奴俺は見た覚えが――――」

「あ、あいつ順平を森の中に連れてったぞ!」

 

 突然だった。それまで二人で楽しそうに話していた順平と謎の少年は突然野原を飛び出して森の奥へと入って行ったのだ。

 少年達もいくらなんでも夕方近くの森の中が危険な事位はわかっている。だから、順平を連れ戻そうという話になった。

 

「じゃ、じゃあ! 俺阿八と蓮一さん呼んでくる!」

「……いや、呼ばなくていい! 俺が順平を連れ戻す!」

「太一!?」

 

 しかし、太一は助けを呼ぶことに反対した。

 そして、順平達が消えていった方を見ると突然走り出し、同じように森の中へ消えていったという。

 

「――俺達、どうすればいいかわかんなくてぇ、ヒグッ」

「どうしよう、順平と太一が死んだら俺達のせいだぁ、グスッ」

 

 経緯を話すうちに罪悪感に苛まれたのか、少年は泣き出してしまった。

 蓮一と阿八はそれを聞いて無言で立ち上がると、少年の頭を撫でる。

 

「大丈夫。俺達がきっと二人を連れ戻す!」

「アバ!」

「安里さんは先に他の子供達を里まで送り届けてください」

「わかった! 任せたぞ、二人とも!」

「はい!」

「アバ!」

 

 安里に力強く返事を返すと共に、二人は同時に地面を蹴った。

 土が抉れ、少年と安里の居た付近を突風が吹き抜ける。

 圧倒言う間に森の中に消える蓮一と阿八。それを少年達は口を開けて見ていた。

 

「阿八師匠! 太一と順平君がどっちに行ったか臭いとかでわかりませんか!?」

「む、難しいよ! もっと分かり易い臭いがないと……」

 

 少年達に教えて貰った方向に走ったはいいものの、二人がそれからどこに行ったのかがわからない。

 せめて何か手がかりが欲しい。

 蓮一と阿八は二人が森に入って行った場所付近で足跡を探すが、一帯が草原である事もあり、砂利道の見当たらぬ森の中では足跡を判別するのは難しかった。

 蓮一が困り果てていると、阿八が掌に何かを拾っては乗せているのが見えた。

 

「阿八師匠? 何拾ってるんです?」

「ん、ほら、どんぐりよ! 向こうに一杯落ちてたよ」

 

 阿八が手の平の五、六粒のどんぐりを見せる。

 

「珍しいよ! ここらにどんぐりの木なんてないから。だからちょっと集めてみたよ!」

「…………阿八師匠、それ、どこで見つけたか詳しく教えてください!」

「ん? 蓮一もどんぐり欲しいのかよ?」

 

 

「ね、ねぇ、もう大分森の奥深くまできちゃったけど……もう暗くなるし、そろそろ皆の所に戻ろうよ!」

「いやいや、この程度で引き返すなんて無理だよ。君が言ったんじゃないか? 度胸を付けたいって。だったらこの程度でビビッてちゃ駄目さ」

 

 順平は今の状況に大きな不安を抱いていた。

 あれだけ両親に暗くなったら森に入るなと言い聞かされていた。妖怪が出るから、と。

 順平は背筋が冷たくなるのを感じた。

 怖い、一刻も早く子の森から出て皆の所へ帰りたい。そう強く思い始めていた。

 

「や、やっぱりいい! 僕皆の所に帰る!」

 

 恐怖を押し殺しながら、順平は前を歩く少年に背を向けてきた道を戻ろうとする。しかし、その肩を素早く前を歩いていた少年が強く掴んだ。

 指が肩に食い込むほど強く掴まれ、思わず順平は身体を震わせた。

 

「駄目だよ。度胸を付けたいんだろ? 臆病者って馬鹿にされたままじゃ嫌なんだろ?」

「た、確かにそれは嫌だって言ったけど……」

 

 きっかけは少年に自分の内気な性格を直したいと相談した事だった。すると、少年は笑ってじゃあ、森の少し奥まで入ってみようと誘った。

 妖怪の出る森の中を渡り歩いたとなればもう誰も自分を臆病者だなんて呼ばない。そう少年に言われて順平は森の中に入った。

 しかし、いくらなんでも危険すぎると気が付いた。あの時の自分は冷静でなかったと自覚した。

 順平は必死に少年の手を振り切ろうと身もだえするが、少年の手は順平の肩をがっしりと掴んだまま微動だにしない。

 まるで自分と同年代の子供の力じゃない。順平は恐ろしくなって甲高い叫び声を上げた。

 

「離せ! 離せよ!」

「ねぇ、何で逃げるの? 順平君? 度胸を付けたいんだろう? なら、もうちょっとだけ森の奥に行こうよ、もうちょっとだけさぁ」

 

 少年の声色が変わり始めていた。徐々に見た目の年齢からかけ離れた太く重苦しい声色へと変わっていく。

 最早順平は恐怖で動く事すらできなかった。震えながら俯いた少年を見つめる。

 

「本当に後ほんのちょっと、奥に来てくれればいいんだ……そしたら――――」

 

 少年が顔を上げた。

 その顔は最早人間の顔をしておらず、目は血走って大きく見開かれ、肌は赤く染まって蛇のような鱗が見えた。そして、その口は耳まで裂けてそこから鋭く尖った牙を覗かせて不気味に笑った。

 

「お前を俺の巣に連れ込んで喰ってやれるからよおおおおおおお!」

「よ、妖怪! た、助けてえええええええ!」

「ひっひっひ! 正体を現すのはもう少し先にしておこうかと思ったが、まぁ、ここまで来たらまず大丈夫。あの蓮一と阿八とかいう奴らもこれないだろう」

「いやだあああああ! 誰かあああ!」

「ひっひ! 呼んでも誰が来るもんか! さてそれじゃその可愛らしい頭を一飲みにしてしまうかねえ!」

 

 両手で肩を掴まれ、順平は一切身動きが取れなくなる。同時に妖怪の頭が胴の二倍程度にまで膨らみ、その大口が彼の頭を飲み込もうと頭上に迫る。

 あまりの恐怖で声も上げられず、いつの間にか失禁していた。

 そして、妖怪の口が順平を飲み込もうとする寸前、木陰から何かの影が妖怪目がけて飛び出して来た。

 

「順平を離せええええ!」

「むむッ!?」

「た、太一ッ!」

 

 大きな木の棒を首根っこの部分に力任せに叩き付ける。同時に木の棒は折れてしまったが、不意打ちが効果的だったのか、驚いて妖怪は順平を掴んでいた手を離す。

 順平はその場に尻餅をついてしまうが、素早く太一が引っ張り上げて走り出す。

 

「待てえええええ! 喰わせろおおおお!」

「う、うわああああああ! 誰かああ! 誰かああ!」

「順平、大丈夫だ! 俺がいる! 今は全力で走れ!」

 

 なんとか混乱状態の順平を落ち着かせようと声を掛けるが、恐怖のあまり太一の声も聞こえていないらしく、その目は四方八方にぶれてまるで焦点が合っていない。

 案の定、下に生えていた木の幹に気が付かず順平は転んでしまう。

 太一が助け起こそうと駆け寄った時には妖怪も目の前だった。

 

「つーかまーえた!」

「ひいいい!」

「く、くそお! 順平には指一本触れさせねぇ!」

 

 太一が懐に手を伸ばし、どんぐりをぶつけようとするが、いくら探ってもどんぐりはない。よくみれば気に引っ掛けたのか着物に穴が開いて、ドングリが零れ落ちていたような跡があった。

 妖怪が太一の焦燥に包まれた顔を見て笑うと、口を大きく開けて二人同時に丸呑みにしようと迫ってくる。

 

「いただきまーす!」

「うわああ! 助けて! 助けて!」

「くっそ……助けてくれえええええ、蓮一!」

 

 妖怪の大口が眼前に迫ってきたその時、その影は太一の前に現れた。

 

「正拳突き!」

「ぐぱああ!?」

 

 瞬間、妖怪が数メートル後ろに吹き飛び、木にぶつかって鈍い音を立てる。

 同時に太一と順平は後ろから抱えられるようにして持ち上げられた。

 

「二人とも無事かよ!?」

「阿八!」

「あ、阿八……?」

「よし、二人とも無事だな!?」

「れ、蓮一……なんでお前ここに――――いてっ!」

 

 突然現れた蓮一と阿八に驚きが隠せず、動揺する太一の額に蓮一から投げられた何かが当たって落ちた。

 それは、太一が集めたどんぐりの一つだった。

 

「このどんぐりを辿ってお前達を見つけられた。そして、よく俺達が来るまで生き残ってくれたな、流石、皆を守ると言い張るだけはある。格好良かったぞ!」

「え、お、おう」

 

 太一は照れくさくなって顔を俯ける。

 最初に会った時と今の蓮一とは全く雰囲気が違っていた。ピクニック中はあんなに頼りなさそうだったのに、今の蓮一は太一の目には何よりも心強い存在に見えていた。

 

「後は、俺に任せろ」

「こ、この、あとちょっとだったのに! 人間が……! 調子に乗るなよ!?」

 

 妖怪が怒りに任せて蓮一の方へ突進してくる。しかし、蓮一は一切怖気づくような様子もない。

 一歩足を前に出して腰を落とすと、向かってきた妖怪の頭を頭上から地面に向けて思い切り打ち抜く。

 

「霊力一点集中拳槌(けんつい)打ち!」

「ギャボッ!?」

 

 妖怪の巨大な頭が蓮一の拳でスポンジのように大きく凹みながら地面にめり込む。鈍い音と大きな揺れを起こしながら顔の半分以上を埋められた妖怪はそれからピクリとも動かなかった。

 

「ふー、よし、帰るぞ!」

「は、はい……」

 

 太一と順平は思わず敬語になっていた。

 

 

「ぐ、ぐぞ……あいつら……よくも! 絶対に仕返しして、苦しませながら食い殺してやる!」

「――やはり、殺していなかったか」

「ん? 何だお前は!」

 

 地面からようやく抜け出し、蓮一達への復讐の炎を燃やす妖怪の目の前に金色の鎧を全身に纏った男が立っていた。

 

「殺さないなら殺さないで、復讐心など湧き立たない程の恐怖で塗りつぶしておくべきだ。それができないなら霊力で滅せばいいのに。実に中途半端で甘い」

「お前は誰だって聞いてんだろうが!」

「ん? 私は人間だ。蓮一のように霊力も使えない、ただの人間」

 

 それを聞くと妖怪はニヤリと笑いながら口から涎を滴らせる。

 

「なら丁度いい。お前を喰ってあの小僧への復讐の腹ごしらえとさせてもらうか!」

「……まぁ、いいだろう。元より私も蓮一の尻拭いのためにお前を叩きのめしにきたのだ」

「いただきまあああああああす!」

 

 妖怪が鎧の男に向かって牙を剥く。それに男は一歩も退かずただ手刀を頭上に振り上げる。

途端、その手刀が淡い金色の光に包まれるのを妖怪は見た。

 

「その人を襲う意思すら湧かぬようになるまで、恐怖と絶望でお前の心を叩き潰してやろう」

「――――――え?」

「――エクスカリバー」

 

 

「よし、なんとか日が暮れる前にはついてよかった」

「アバ! これで依頼完了よ!」

「あ、あの、本当に有難うございました、蓮一さん、阿八さん!」

 

 夕焼けに空が赤く染まる頃、遅れて蓮一達は里に帰って来た。

 四人とも森の中を駆け巡ったおかげで身体中が泥だらけでボロボロだ。

 ようやく、落ち着いた様子で謝罪した順平の頭に軽く拳骨を入れる。

 

「もう、森の中に入るなよ? 今度は多分喰われて死ぬぞ?」

「は、はい。もう絶対に入りません……死んでも」

「いや、死ぬ位なら入れ」

「はい……でも嫌だなぁ」

 

 取り敢えず、良い薬にはなってくれたようなので順平の方は良しとする。問題は太一の方だ。

 

「太一。何で俺達に相談せず勝手に一人で森に入った?」

「……蓮一達に話してたら順平を見失うと思ったから」

「それでお前まで妖怪の餌になってちゃどうしようもないだろ!」

「――!」

 

 蓮一は声を荒げていた。阿八と順平も驚いたような顔で蓮一を見る。

 

「太一。お前の仲間を守りたいって気持ちは立派だが、それがお前の命まで危険に晒していい理由にはならない」

「――ッ! じゃあ、目の前で仲間が妖怪に攫われたのを見ても追うなっていうのかよ!」

「そうだ!」

「な……!」

「だが、その代り俺や阿八師匠みたいな誰かに助けを求めるんだ。仲間を助けるためにできる事は他にもある」

「そんなの……納得できるかよ……!」

 

 太一は拳を固く握りしめた。認めたくないのだ。自分には仲間を守るような力などなかったという事が。結局他の人の手を借りて助けてもらうしかない、自分が弱いと認めるのが嫌だった。

 そして、蓮一もまたそれを理解し、至って当然だとも思った。人の手を借りたくない、自分で何かをやりたい。独り立ちの時期とは誰にでもあるものだ。

 太一にもそういう時期が来ただけなのだ。その思いに正解も間違いもない。だが、太一には知って貰わなければならない事がある。

 それを伝えるため、蓮一は太一の肩を掴み、口を開いた。

 

「太一。誰にだって出来ることと出来ないことがある。そして、何かが出来ないことは決して弱さじゃない。むしろ、自分ができない事を認め、助けを求める事こそ強さだ」

「…………」

「助け合う、人の強さとはそこだと俺は思っている。それをお前にも分かって欲しい」

「……わかんねぇよ、そんな難しい事。俺は子供だし、頭も良くねぇし、でも――――」

 

 太一は顔を俯けて恥ずかしげにボソボソと口を開く。

 

「もう、一人で勝手に飛び出したりしない……その、ごめんなさい」

「ああ、許す!」

 

 顔を真っ赤にして謝る太一に蓮一は笑って答えた。

 そして、翌日。

 

「蓮一! 弟子にしてくれ!」

「昨日の今日でなんだ急に。あと、敬語使え」

 

 自警団の蓮一の元に太一が来ていた。

 

「まぁ、敬語使ってやってもいいんだけどなー」

「敬語はそんな偉そうに使うもんじゃない」

「ま、もうこれで慣れちゃったしこれでいいじゃん!」

「よくないわ! 敬語使えよ!」

「全く、敬語使うだの使わないだの細かい事にこだわってる内はまだまだガキなんだぜ?」

「お前がいうか……!」

 

 相変わらずの憎まれ口に拳骨を振りかざそうとする手を必死に抑えるので精一杯だった。

 そんな蓮一の気苦労などいざ知らず、太一は無邪気に笑って言う。

 

「まー、そういう訳だから俺にも妖怪の倒し方教えてくれよー!」

「昨日も言ったろ? 誰にだって出来る事と出来ない事があるんだよ! 妖怪退治の分野はお前には無理!」

「昨日も言ったろ? そういう難しい話はわからないって! いいから教えてくれよー! 俺が妖怪退治までできるようになったらもう怖い事もないし、あいつらも守ってやれるじゃん?」

「我がままにも程がある」

「子供ってそういうもんだろ?」

「……お前、本当に可愛くないな!」

 

 傍若無人、横行闊歩、慇懃無礼。どこまでも自由で我がまま、それでいて少し大人ぶろうとする。

 そんな太一という子供を見て、短い人生の中、そんな在り方も一時くらいはアリなのかも知れないと蓮一は心の中で思っていた。

 

「っていうか、お前昨日もう一人で勝手に飛び出さないって言ったろ?」

「えー、そんな事言ってませんー! いつ言ったんですかー? 何時何分何秒、地球が何回回った時ー?」 

「本ッ当に可愛くねええええええ!」

 

こんな風になりたいとは微塵も思わないが。

 

 

 

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