東方史上最強の弟子 レンイチ   作:浜栲なだめ

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怪(妖)しい盗人と書いて、怪盗


第三十九話「怪盗 前編」

「おう! お前が噂の蓮一か! 色々と話は聞いてるぜ?」

「は、はあ……」

 

 客間。テンション高く、目の前で引き気味に座る蓮一に迫る無精ひげを生やした男性。それが今回の五つ目の依頼。すなわち最後の依頼の依頼主であった。

 人里で最も大きい商店、『霧雨商店』。その店主『霧雨の親父さん』。本名は不明で里の皆は霧雨の親父さんの愛称で既に定着しているのか誰も下の名前を気にする様子はない。

 商売に関しては店の繁盛具合から見ても彼には商いの才があるらしく、店員や客からの信頼や友好も厚い。

 この里の住民で彼の事を知らないものはいないとまで言われる有名人である。

 そんな霧雨の親父さんと初対面の蓮一はその予想外にフレンドリー過ぎるというか最早馴れ馴れしい彼の対応に圧倒されていた。

 

「そういや、霖之助の奴は元気か? あの野郎、この前俺のとこに話に来たかと思ったらその後は全く顔を出さねぇ。帰ったらあいつにたまには顔出せって言っておいてくれ」

「は、はい」

「そうだ! 高天原と言えば最近小夜ちゃんも入門したって? いやぁ、俺は、あの子が自警団に入団した頃から知ってるが、本当に逞しく、綺麗になったよなぁ。知ってるか? あの子が初めてここに来た時よぉ――――――――――」

 

 やばい、会話の切り口が見えてこない。

 蓮一は延々と話を続ける霧雨に蓮一はどこで依頼の話に戻すか考えあぐねていた。しかし、商売柄か良く回る舌は決して話の流れの切れ目を見せる事無く、いつまでも流れ続ける川のように淀みなく話は続く。

 

「――って訳なんだよ」

「え? あの小夜さんが!?」

「そうだよ、驚きだろ? しかもな――――――」

 

 しかも普通に語りが面白くて引き込まれるのもまたいけない。

 思わず、霧雨と小夜の昔話で盛り上がってしまった蓮一は店内の振子時計が正午を伝える音を鳴らしたところでようやく我に返った。

 おおよそ霧雨商店に入ってからすっかり一時間は話していた計算である。これはいけないと、蓮一は少し強引に話を依頼に戻す事にした。

 

「霧雨さん! そろそろ依頼の件について話を伺いたいんですけど!」

「おっと! そういや、そもそもそれでウチに来てくれたんだったな。悪い悪い、歳をとると話が長くなっていけねぇや」

 

 そう言って霧雨は笑って頭を掻くと、蓮一にしばらく待っているよう言ってから席を立って店の奥の方へと消えていった。

 さっきまで絶え間なく続いていた霧雨の声が聞こえなくなり、途端に沈黙に包まれる客間に蓮一はどこか寂寥を感じていたたまれなくなり、客間を見回して気を紛らわせる。

 

「ん? これは?」

 

 少し埃を被った戸棚の上の方、そこに倒れた写真立てがあるのを見つけた。

 前に倒れているおかげで肝心の写真が見えず、勿体ないと感じた蓮一は立ち上がって写真立てを立てようと戸棚へ向かう。

 

「うわ、大分埃被ってるな。随分と長い間倒れっぱなしだったのか……」

 

 写真立てを手に取った瞬間、綿埃が舞い上がり、思わず蓮一は口を手で覆う。写真立ては木製の額縁にガラスがはめ込まれている素朴な物で、木製部分の劣化具合から相当昔からあったものである事が見て分かった。

そして蓮一が写真立てを立てようとその額縁を上げてそこに入った写真を見た瞬間。

 

「――みぃ~~たぁ~~なぁ~~~~~~」

「ぬわああああああああああああああああああああ!?」

 

 いつの間にか後ろに霧雨が立っていた。

 おかしい、今蓮一の立っている戸棚は客室の出入り口の真横だ。そこに立っていればいくらなんでも霧雨が帰って来た時に必ず気付く筈だ。ましてや後ろを取られるなんてまずありえない。

 蓮一はその驚きのあまり、大声を上げて思わず写真立てを落としてしまう。気付いた時にはもう遅く、慌てて伸ばした手は届く事なく、写真立ては床に落ちて乾いた音を響かせる。

 蓮一は顔を青ざめさせながら急いで写真立てを拾い上げる。

 

「す、すみません!」

「ああ、いや、あはっはっは! 構わねぇよ、どうせ大したもんでもねぇし、元は俺が驚かせたのが悪いんだ、気にしないでくれ!」

「この写真……」

「ああ、やっぱり見ちまったか」

 

 蓮一が申し訳なさげに写真立てを拾い上げ、そこに入っていた写真を見る。

 そこには若い霧雨と、彼と同年代位の美しい女性、そしてその二人の真ん中で無邪気に笑う小さな金髪の女の子の三人が映っていた。おそらくは霧雨の家族の写真だと、蓮一はすぐにわかった。

 霧雨は苦笑いを浮かべながら蓮一から写真立てを受け取る。

 

「これは、昔妻と娘と三人で撮った写真なんだ。まぁ、妻は流行り病で死んじまって、娘も家を出たっきりすっかり消息が掴めねぇ。俺は死んだって思ってるけどな」

「…………」

「ま、まあ、俺の話はいいんだよ! やめようぜ、こういうしんみりした空気はよ、性に合わん! それよか依頼の話をしよう!」

 

 そう言って霧雨は写真立てを元のように倒して置くと椅子の方に戻ると、テーブルの上に抱えていた一冊の古びた本を置く。

 茶色の表紙に金色の文字で題名が書かれているが、所々文字が掠れている上に英語で書かれているために蓮一にそのタイトルは読めない。

 

「これはとあるツテからうちに回って来た代物なんだが、これが何かわかるか?」

「い、いえ……でも、何か普通の本とは異なる気を感じます」

「その通りだ。こいつは普通の本じゃねぇ。こいつは、『魔導書』だ」

 

 魔導書。それはその名の通り魔法について書かれた本。魔法使いにしか読めない物や、普通の人間を魔法使いに目覚めさせてしまう物、人間や妖怪が数秒目を通しただけで発狂してしまうような物まで様々あるが、全てを通して管理の仕方を間違えば大きな災厄に見舞われるという点が共通している。

 しかし、そもそも魔導書を魔法使い以外の人間や妖怪が手に入れる事自体が珍しいために対処法が明確に整っておらず、実際に魔導書が自分の手元に行ってしまった際にはやはり持て余してしまう。

 そういう訳で今回自警団に依頼が来た訳である。

 

「成程、つまりこの魔導書の処分が依頼ですか」

 

 しかし、この依頼はそこまで手こずるようなものではなかった。蓮一には丁度魔法のエキスパートの師匠がいる。

 魔法の森まで行ってこの本を渡して来れば後は魔理沙がなんとかしてくれるだろう。

 しかし、霧雨は首を横に振ると、懐から一枚の紙を取り出して蓮一の目の前に置いた。

 

「実は、それだけじゃねぇんだ」

「……これは?」

「まぁ、読んでもらえばわかるだろうが、所謂予告状ってやつさ」

 

『次の満月の夜。貴殿の持つ魔導書を戴きに参上する』

 

 紙には短くそう綴られていた。

 宛名も何も書かれていない。ただ次の満月の夜に魔導書を盗みに来るとだけ書かれた文字通りの予告状であった。

 

「え? 次の満月って確か……」

「ああ、明日だ」

「成程、これはまずいですね」

「まぁ、そういう事だ。俺としてはこの送り主に売ってやるのも手だとは思ったが、何せ素性の知れない相手だからな。悪用される危険もある。だから、この魔導書をこの怪盗の手から守って欲しいんだ」

「怪盗……?」

「得体のしれない泥棒の事をそう呼ぶんだ」

 

 かくして、怪盗から魔導書を守る準備を始めるべく、一旦蓮一は引き上げる事にした。今回の件は魔導書絡みという事もあってか何か嫌な予感がしたのだ。

 自分以外にも戦力が欲しい。

 そう対策を練るのに没頭していると、霧雨商店を出た所に居た誰かとぶつかりそうになり、蓮一は急ブレーキを掛ける。

 

「うわっ! すいません!」

「い、いや、こちらこそ……」

 

 ぶつかりはしなかったものの、お互いのけぞるようにして後退したためにバランスを崩して尻餅をついてしまった。

 急いで蓮一は起き上がって目の前で尻餅をつく女性に手を差し伸べる。

 ウェーブがかった黒髪の綺麗な女性だった。しかし、蓮一はそれ以外にも彼女に対してどこか目を惹く要素を感じた。

 

「あ、あの? 私に何か?」

「い、いえ……ただなんとなく、何処かで会ったような気がして」

「え……気のせいじゃないですか?」

「……ですよね」

「じゃあ、私はこれで」

 

 既視感。彼女とは初対面の筈なのに何故か以前にも会ったような気がする。直感でそう感じた程度だが、蓮一はその既視感を口に出さずにはいられなかった。

 一方で女性は少し目を逸らして蓮一の考えを否定する。

 初対面、確かにどう考えてもその筈なのに、蓮一は足早に立ち去っていく彼女から目が離せなかった。

 

 

「――それは『恋』ね!」

「ええ、射命丸師父なんですか急に……あと、大事なのはそっちじゃなくて怪盗の話――」

「そんな事はどうでもいいね!」

「どうでもよくないですよ!?」

 

 その夜、帰路についてからいつも通り全員で食卓を囲む中で蓮一が今日の依頼の出来事を話すと、刃空がやたらテンション高く声をあげる。

 

「蓮ちゃんはその女性に一目惚れしたって訳ね?」

「違いますって。だから、以前にもどこかで会ったような気がしただけです」

「運命を感じたって訳ね!?」

「違いますって! 何でそんなに恋に繋げたがるんですか! まぁ、確かに綺麗な人ではありましたけど……あ、小夜さん、おかわり貰えますか?」

「…………」

 

 蓮一が三杯目のご飯をよそって貰おうと小夜に向けて茶碗を差し出す。しかし、いつもとは違い、蓮一が差しだした茶碗を小夜が受け取る事はなかった。

 小夜は無表情で魚の身を崩して口に運んでいる。目の前に掲げられた茶碗に気付いていない筈はないのだが、まるで無視するかのように蓮一と目を合わせようとしなかった。

 静止した空気が蓮一と小夜の間に流れていた。

 

「あ、あの小夜さん……?」

「あ、小夜! 阿八おかわりよ!」

「あ、はーい!」

「ええ!?」

 

 おかしい。蓮一の時は完全に無視だったのに阿八には笑顔で空になった茶碗を受け取って大盛りのご飯をよそう。

 その小夜のいつもとは違う姿に蓮一は困惑の声をあげるしかなかった。

 

「あ、あの……小夜さん……?」

「蓮一さんだけは自分でよそってください」

「理不尽!?」

 

 想像以上に冷たい言葉に蓮一は凍り付く。

 その様子に両隣の靈夢と幽香が肩に手を乗せる。

 

「これは、仕方ないわね」

「黙って自分でよそいなさい。あと死ね」

「仕方ないんですか!? あと幽香師匠、辛辣!」

 

 仕方なく、自分でご飯をよそう蓮一。その間も一切蓮一の方に目もくれずに小夜は黙って箸を進めている。

 

「あの、小夜さん。何か怒ってます?」

「いえ、別に?」

 

 絶対何か怒っている。

 しかし、蓮一には全く身に覚えがなかった。何か小夜の機嫌を損ねるような事をした覚えはないし、そもそも夕食が始まる前まではまだいつも通りの小夜だった。

 

「全く、依頼の最中に女の人の尻を追い掛け回すなんて随分余裕ですね?」

「追い掛け回してないですよ!?」

「良かったですね、運命の出会いに巡り合えて」

「それは射命丸師父が勝手に……」

「でも、綺麗だったんですよね?」

「まぁ、それは確かに……」

「…………」

 

 目に見えてさらに小夜の顔が不機嫌になるのが分かった。

 その様子を見て阿八を除く全員が大きく溜息をつく。

 

「蓮一さん、確か人手が必要と言っていましたよね?」

「え? は、はい! 流石に後一人くらいは味方が欲しいな、と」

「私が行きます」

「え? でも、小夜さん確か他の仕事が……」

「代わりを頼みます! それとも、私じゃ不満ですか?」

「い、いえ、是非よろしくお願いします」

 

 有無を言わせぬ覇気に押され、翌日、蓮一は小夜と共に改めて霧雨商店を訪れた。

 

「おお! 小夜ちゃんじゃねぇか! 今回の依頼小夜ちゃんも引き受けてくれるのか? こりゃ心強いぜ!」

「はい! 怪盗なんて私の蹴り一発で仕留めてして見せます!」

「お、おう、心強いな、本当に」

 

 まだ怒っているのだろうか。

 笑ってはいるが、小夜の言動からはまだ怒りが感じられる。

 

「それで、警備するに当たって、まずはこの店の間取りを見せて頂きたいんですが?」

「ああ、そうだな。今持ってくる」

 

 そう言って、霧雨は店の奥へと入って行った。

 しばらく客間に蓮一と小夜の二人が残され、僅かに気まずい沈黙が流れ始める。

 

「あの……まだ怒ってます?」

「何のことですか? 別に私は何も怒ってませんけど?」

「じゃあ、なんで昨日はあんなに冷たかったんですか? 俺あんまり頭良くないんで昨日ずっと原因考えてたんですけどわからなくて……師匠達に相談したらなんか殴られたり説教されるし」

「……私は大事な依頼の最中なのに他の事に気を取られている蓮一さんが弛んでいるんじゃないかって――――――――」

「本当にそれだけですか!?」

「ひゃう!?」

 

 蓮一が小夜の肩を掴んで詰め寄る。互いの息遣いが聞こえてしまう程の距離しかない。

 小夜は思わず奇声を上げて身体を縮こませて固まってしまう。蓮一の真剣な眼差しに、顔が火照っていくのがわかった。

 

「あ、あの蓮一さん……ちょっと顔が近い……」

「俺、本当察し悪くて、こういうの、言ってもらわないとわからないんです! お願いします、何が悪かったかハッキリ言ってください! 俺絶対に直しますから!」

「いや、だから、その……私は……」

 

 思考が纏まらない。言葉が出てこない。

 小夜の思考回路がショートして頭から煙が出てきたその時。

 

「うおっほん!」

「おわああ! き、霧雨の親父さん!?」

「い、いつの間に……?」

 

 また気付かぬ内に霧雨が二人のすぐ横に立っていた。やはり客間の出入り口から入って来た時に気付きそうなものだが、全く気配を感じなかった。

 霧雨は気まずそうに頭を掻く。

 

「……まぁ、あれだ。そういうのは、人目につかない所で、な?」

「すみませんでした」

 

 二人は声を揃えて頭を下げた。

 

「ところで、昨日も今も一体どこから来たんですか? 客間の出入り口から入って来たのなら気付きそうなものなんですけど……」

「ああ、実はこの部屋には倉庫と繋がってる秘密の隠し扉があってな。もう俺以外は知らないがね」

「隠し扉……」

「まぁ、驚かそうとそこから入って来たんだが、まさか二日連続で気付いてもらえねぇとはな」

「あ、あはは……」

 

 蓮一は苦笑いを浮かべて、早速霧雨の持ってきた間取り図に目を通す。

 流石に大きな商店だけあってかなり複雑な間取りをしているが、考えられる侵入経路は大きく二つであった。

 

「裏口と、正面玄関。随分と両極端ですね」

「窓から入るならもう幾つか候補はありますけど、音でばれかねませんからね。この二つが最有力だと思います」

「魔導書が保管してあるのはこの倉庫だ。この客間の隣にある」

 

 霧雨が今蓮一達のいる客間の隣の大きな空間を指して言う。

 しかし、隣とは言っても、かなり大回りをしないと客間から倉庫の入り口まではたどり着けないようになっている。

 

「うーん、裏口と正面で張っているか、それとも倉庫で待ち構えるか」

「どっちもどっちだな」

「じゃあ、両方やりましょう」

「え!?」

 

 小夜の唐突な一言に蓮一と霧雨の両方が視線を向ける。

 

「今日の夜までに人員を集めればいいんですよね? 任せてください!」

 

 その言葉と共に、蓮一と小夜は一度自警団に戻る事になった。小夜にはどうやらアテがあるようで自警団に戻れば十人程度なら集められそうとの事だった。

 そうと決まれば急いで自警団に戻ろうと蓮一達は勇んで霧雨商店を後にしようとしたが、その足は店の前で止まった。

 

「あなたは昨日の!」

「昨日ぶりですね」

「む……あれが、蓮一さんの言っていた……」

 

 霧雨商店の目の前に昨日蓮一が出会った黒髪の女性が昨日とほとんど同じ位置に立っていた。

 蓮一の言葉を聞いて小夜の表情が僅かに険しくなる。

 

「……負けた」

 

 しかし、すぐにそう一言呟いて肩を落とした。

 女性は蓮一達の方を一瞥すると、すぐに背中を向けて立ち去っていく。

 

「あ、あの!」

「……ただ人を集めるだけじゃ魔導書は守り抜けないわよ」

「――! なんで魔導書のことを……!?」

「…………」

 

 そのまま何も言わず、女性は立ち去って行った。

 その後ろ姿を見て小夜が耳打ちする。

 

「あの、もしかしてあの人が怪盗なんじゃ……? ここに魔導書があるなんて知ってる人なんて限られてますし」

「……うーん、俺はなんとなく違う気がします」

「やっぱり蓮一さん、ああいう大人っぽいタイプが好みなんですか……?」

「な、なんでそんな話に!?」

「だったら、なんであの人の肩持つんですか!?」

「いや、それは……本当に直感としか」

「…………」

「そ、それに! あの人が怪盗だったらあんなアドバイスみたいな事言いますか? あんなこと言ったら普通余計警戒されて盗みにくくなるだけじゃないですか!」

「まぁ、それは確かに……」

 

 多少は納得したものの、まだ小夜はあの女性を疑っている様子だった。

 その後、結局まずは人員を集めておこうという事になってこの話はうやむやのまま終わってしまった。

 そして、その夜。

 

「今日は皆さん、急な助っ人を受けて頂いてありがとうございました!」

「いやいや、小夜ちゃんのためなら俺らはどこへでも駆けつけるぜ!」

「そうよ! 小夜は私達の大事な仲間なんだから、手なんかいくらでも貸すわ!」

 

 総勢二十人の男女混合の自警団団員が霧雨商店の前に集まってきていた。

 自警団内での小夜の慕われ具合がよくわかる。相当の実力者であると共に、自分以上の人望を持っている彼女に蓮一は単純に羨望した。

 

「凄いですね! 一声かけるだけでこんなに人数が集まるなんて流石小夜さん!」

「そ、そうですか……そう褒められると、少し、照れます」

 

 小夜が顔を赤らめて視線を逸らす。

 何はともあれこれだけの人数が居れば侵入経路の二つに留まらず、霧雨商店を隈なく監視できる。これなら怪盗は一歩たりとも店内に侵入する事はできないだろう。

 間取りを参考に小夜と蓮一は霧雨商店の周囲と倉庫近辺に団員達を配備する。

 結果、裏口と正面を五人ずつ団員がまた、二階の窓から入る可能性を考慮して二階に三人。残りの七人は屋敷内を見回るよう配備する事にした。

 実力のある小夜と蓮一は必然的に倉庫前で門番を務める事になった。

 

「……大分夜も更けてきましたね」

 

 全員の配備も終わり、裏口と正面は南京錠で施錠し、完全な防犯体制を整え、後は怪盗が現れるのを待つばかりといった状況下、隣に座る小夜が唐突に呟いた。

 倉庫の前には今小夜と蓮一しかいない。上に釣り下がる電球が廊下を薄暗く照らす以外には周りには何もなかった。

 

「ええ、でも、これだけ厳重なら案外怪盗も諦めて帰ってくれるかもしれませんね」

「ふふ、ですね」

 

 小夜は柔和に蓮一に微笑んだ。

 

「あの、蓮一さん。今日は、というか昨日からすみませんでした。私、変でしたよね」

「……まぁ、変というか、なんというか」

「自分でもよくわからないんです。ただ、蓮一さんが、その、他の……話を……のが……」

「あの、小夜さん、どんどん声が小さくなって聞こえにくいんですけど」

「…………」

 

 最後の方はほとんど膝に顔を埋めているせいで全く声が聞こえなかった。

 しかし、小夜は顔を赤くして再度言い直そうとはせず、そっぽ向いてしまう。

 

「……とりあえず、髪にウェーブ掛けてみようと思います」

「唐突過ぎて意味がわからないんですけど!? 何がどうしてそうなったんですか!?」

「だって蓮一さんはああいうちょっと大人の人がいいんですよね!? いいですよね! 綺麗な黒髪でまつ毛も長くて、肌もきめ細やかで、しかも何よりボインですもんね! 包容力凄そうですもんね!」

「小夜さん!?」

 

 突然、まくしたてるように話し始める小夜に蓮一はどう対応すればいいのか分からずただ涙目になって叫び散らす小夜の言葉を受け止めるしかなかった。

 

「あ、あの、取り敢えず落ち着いて……」

「そうはいきません!」

「いってください! 依頼中ですから! 仕事中ですから!」

「む~~~~」

 

 なんとか頑張って説得してみるもののまだ落ち着く様子はない。

 このままでは依頼に支障をきたすと判断し、何とか小夜を落ち着かせるように言葉をひねり出す。

 

「そ、それに、俺は小夜さんのそのポニーテールも可愛いと思いますけど……」

「な、な、ななななな! 何言ってるんですか、急に!」

「え? いや、あの、小夜さん!?」

 

 逆効果だった。

 小夜はむしろさっきよりも落ち着きを失くし、顔を真っ赤にして立ち上がる。

 

「ももも、もう! し、集中してください! 依頼中ですよッ!?」

 

 こっちの台詞だ。

 

「全く、もう……」

 

 少しだけ落ち着いたのか、小夜はまた座ってうずくまると、前髪を人差し指に巻き付けて落ち着かない様子で顔を半分埋めている。

 とりあえず、もうこの話からは離れよう。強引に蓮一は話を変えるべく口を開いた。

 

「……そういえば、小夜さん。話す時どもらなくなりましたよね」

「え? そうですか?」

「そうですよ。初対面の時は凄い頼りなかったですもん」

「し、失礼な!」

 

 小夜が顔を赤らめながら頬を膨らませる。

 

「でも、今は本当に頼りになってます。今日だってこんなに団員を集めてくれましたし」

「これは、皆がいい人だっただけですよ」

「それでも、以前の小夜さんじゃここまで集まらなかったと思います。小夜さんの心境の変化がここまでの人を惹きつけたんですよ」

「そ、そうなんでしょうか……」

 

 小夜は照れくさそうに笑って、下の方に視線を落とす。

 

「でも、私が変われたのは、蓮一さんのおかげなんですよ?」

「え?」

「蓮一さんが戦う姿を見て、私も強くなろうって決めたんです。だから、今の私は蓮一さんのおかげ、なんですよ?」

 

 小夜はそう言って満面の笑みを浮かべる。

 ようやく落ち着いたかと蓮一も安堵の笑みを返した。薄暗い倉庫の扉の前。誰にも邪魔されない空間。

 それが蓮一には少し心地よく思えた。

 

「蓮一さん、私――――――――」

 

 小夜が何か言葉を言いかけた。

 しかし、その瞬間、その言葉を阻むかのように、異変が起こった。

 

「――! 小夜さん、今何か物音が聞こえませんでしたか……?」

「はえ!? え? そ、そうでしたか!?」

 

 小夜は気が付かなかったようだが、蓮一の耳には確かに聞こえた。

 あれは、『南京錠が壊された音』だ。

 

 

「おい、今の音」

「ええ、私も聞こえたわ」

 

 屋敷を見回る七人の内、二人が正面玄関の方へと駆けつけていた。

 二人とも、確かに正面玄関の方で南京錠が壊された音を聞いたのだ。

 

「正面の見張りはどうしたんだ?」

「皆やられちゃったのかもね……」

 

 その言葉に二人は手にそれぞれ片手剣とナイフを構え、慎重に正面玄関を入ってすぐの商品売り場へと足を踏み入れた。

 この霧雨商店の四分の一程の面積を持つ商品売り場は非常に広大で入り組んだ空間だ。まだ音を聞いてからの時間を考えても倉庫などのある屋敷内には入っていないと考えられるため、怪盗はまだこの商品売り場に身を潜めている事になる。

 扉を開け、ほとんど真っ暗で何も見えない商品売り場に二人は足を踏み入れる。辺りを見回すが、明かりは見当たらない。

 つまりは怪盗側も明かりを持たずこの商品売り場に入って来たことになる。

 

「怪盗が明かりを持ってりゃ、見つけやすかったんだけどな」

「まぁ、流石にそこまで馬鹿じゃないでしょ。電気を付けるわ」

 

 女団員の方が、扉横のスイッチを押して売り場内の電気を付ける。一瞬で売り場内が光に包まれ、見通しが良くなる。

 しかし、未だ人影らしきものは見当たらない。同時に二人は正面玄関の方を見て息をのんだ。

 

「おい、やっぱり、正面玄関が開いてやがるぜ」

「南京錠を壊して入って来たようね。ならば、まだこの売場の中に隠れている筈」

 

 女団員は勝ち誇ったように笑うと、急に売り場全てに届く程の大声を張り上げる。

 

「おい、盗人! この売場に隠れているのはもうわかっているわ! 大人しく出てくるなら少しは罰を軽くしてあげる! 諦めて投降しなさい!」

 

 しかし、女団員の声に返答はない。

 女団員は舌打ちをすると、男の団員に指示をしてレジカウンターから売り場の方へ足を踏み入れる。

 男団員も察したように同じように売り場内へ入り、正面入り口の手前まで移動する。

 この売場は横に長い長方形型をしており、レジカウンターと入り口がそれぞれ頂点に位置し、二つを結んだ辺が長方形の縦辺に当たる。

 つまり、女団員と男団員が同時に横辺になぞって移動しながら捜索を始めれば、売り場内のどこかにいる怪盗は逃げられない。

 

「よし、追い詰めるぞ。気を抜くな」

「あんたもね」

 

 二人は頷くと慎重に売り場内を隅々まで捜索し始める。

 流石にその捜索は完璧で、蟻一匹見逃す事なく捜査網を徐々に縮めていく。しかし。

 

「……ねぇ、おかしいわ」

「……ああ、一体どういう事だ?」

 

 売り場内の捜索が終わったにも関わらず、結局怪盗らしき姿は見当たらなかった。

 売り場内には誰一人いなかったのである。

 

「一体どういうこと? じゃあ、犯人はどこに行ったの?」

「わからねぇよ! とにかくここにいないって事はもしかしたら屋敷内に侵入されたって事じゃねぇのか!?」

『フフ……ウフフ』

「おい、こんな時に何笑ってんだよ」

「は? 私じゃないわよ!?」

「あ? でも確かに今女の笑い声が……」

 

 二人の口論の最中、突然売り場内の電気が全て消え、再び商品売り場が暗闇に包まれた。

 二人は動揺して、辺りを見回すが、暗闇の中では何も見えない。

 

「お、おい! 何だよ、停電か!?」

「冗談じゃないわ、これじゃ迂闊に動けない……」

『フフフ……ウフフフ……フフ……』

「――!?」

 

 次の瞬間、二人は再び聞いた何者かの笑い声に息を呑んだ。

 心臓の鼓動が高まっていき、体が震えだす。

 

「お、おい……なんだ今の声は」

「わ、わからないわよ……だ、誰だ! 今すぐ出てこい!」

 

 女団員が怒号を上げるが、その声に反応はない。

 

――カツ、カツ、カツ…………

 

「……なんだ、これは足音か……?」

 

 笑い声が聞こえなくなったかと思えば、次に聞こえたのは何者かの足音だった。

 しかも、それは少しずつ、ゆっくりとこちらに近づいて来る。

 何か、得体のしれない何かが二人の元へと近づいてきていた。

 

「お、おい……なんだよ、これは! なんなんだよ!」

「わからないわよ!」

 

 パニック状態で二人は叫ぶ。最早そこに戦意はなく、体の震えは止まらない。

 

――カツ、カツ、カツ……

 

「ひい! き、きたあ」

「お、落ち着きなさいよ! 敵の前で背中を見せるなんて自警団としての誇りを――――」

「ぎゃあ!」

「……え?」

『フフ……ウフフフ……』

 

 その笑い声と共に男の声は途切れ、剣が床に落ちる音がした。

 女団員は男の居た方を向いてナイフを構える。

 しかし、その手は震え、剣先が定まらない。女団員はもう立っている事さえできず、その場にへたれこんでしまう。

 

――カツ、カツ、カツ……

 

「はぁっ! はぁっ! はぁっ!」

 

 息は荒く、心臓は爆発しそうだ。向かってくる足音から逃れようと背中をくっつけて、目の前の暗闇をただ見つめる。

 

――カツ、カツ……

 

「…………!」

 

 足音が目の前で止まった。

 女団員は息を殺し、体を縮ませて必死にその足音の主に見つからぬよう身を潜めた。

 しばらくの間、闇の中に静寂が訪れる。

 

――カツ…………カツ、カツ、カツ

 

 足音が遠ざかっていくのを聞き、女団員は胸を撫で下ろし、大きく息を吐く。

 しかし、その安堵が命取りだった。

 力なく、下ろした手がすぐ傍に合ったカートにぶつかり、そこに山積みされていた商品が一つ落ちてしまう。

 カコン、と静かな売り場に音が響くと共に女団員の顔から血の気が引いた。

 

――カツ、カツ、カツ、カツ、カツ

 

 過ぎ去って行った足音がまた戻って来た。

 

「い、いやあ! 来る! 来てる! 誰か! 誰か助け――――」

 

 腰が抜けた女団員は金切声を上げながら這いつくばって逃げようとするが、その頭が何かに掴まれ、強引に身体を持ち上げられる。

 その瞬間、僅かに彼女の横目に映ったのは、半透明な金髪の少女の笑った顔。

 

『見イツケタ』

「いやああああああああああああああああああああああ!」

 

 霧雨商店中に、女団員の断末魔が響き渡った。

 




オカルト、ラブコメ、ホラー。

色々要素を詰め込み過ぎた感が否めない……


今回こそは二編構成にしようとか思ってましたがやっぱり無理でした。

次回『怪盗 中編』
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