女性団員の悲鳴で、一気に霧雨商店の中の空気は一変した。
辺りから団員達が悲鳴の聞こえた商品売り場の方の方へと多数の足音が響き渡り、夜の霧雨商店を瞬く間に喧騒に包み込んだ。
当然、倉庫の前に陣取る蓮一と小夜にも商店内の異変は察知しており、その表情を強張らせている。
「このまま穏便に過ぎれば良かったんですけど、やっぱり駄目だったみたいですね」
「まぁ、相手は魔導書を狙うような輩ですし、俺も一筋縄で行くとは思ってませんでしたよ」
小夜と蓮一は立ち上がり、臨戦態勢を整え、薄暗い通路を目を凝らして見つめる。
倉庫の正面は一本道だ。少し先がT字に分岐しているが、そこ以外に身を隠せる場所などない。
怪盗とやらが倉庫に向かってくるとしたら、確実に小夜と蓮一の前に姿を現す事になる。
「あ! 小夜殿! 蓮一殿! 無事でしたか!」
大きな足音が近づいて来ると思えば、蓮一と小夜の前に現れたのは団員の男だった。
男は息を切らしながら二人に近づき、現状を報告する。
「今さっき、見回りの団員男女二名と正面玄関の警備を行っていた団員五名が倒れているのが見つかりました。いずれも何か鈍器で殴られたような外傷が見つかりましたが、気絶しているだけで命には別状ないとの事です」
「良かった。怪盗は?」
小夜が男に怪盗の所在を尋ねると、男は弱ったように頭を掻く。
「それが、まだ見つかっていません……商品売り場にいたのは確実なのですが、その後どこに行ったのかはさっぱりです」
「……もしかしてもう屋敷内に入り込んでいるんじゃ?」
「それはありません。悲鳴を聞いてすぐに近くを見回っていた団員が売り場から屋敷への入り口を塞ぎました。それでなくとも裏口にいる以外の全ての団員が正面玄関の方へ集まって来たら隠れようがありません。確実に姿を見られるはずです」
確かに、十人近くの人間が集まってくる中、それらの目を盗んで正面から侵入するのは無理があるかもしれない。
ならばと今度は蓮一が口を開く。
「正面でわざと騒ぎを起こして人を集める隙に裏口に回ったという可能性は?」
「それなら裏口の団員が声を上げます。それに、仮に声一つ上げさせずに倒したとしても裏口の鍵が壊されれば音がなります」
「……確かに」
正面玄関の鍵が壊されたような音は蓮一にも聞こえてきた。倉庫から近い裏口の方ならより鮮明に鍵の壊される音が耳に届くだろう。
という事は、怪盗は果たしてどこにいるのか。三人は頭を悩ませる。
その時だった。
――カツ……カツ……カツ
「――!?」
「れ、蓮一さん!」
「何かが、近づいて来る」
カツ、カツと床を踏み鳴らす音が蓮一達の方に近づいて来るのが三人に聞こえた。
男団員がそれを聞き、忍び足で蓮一達の元から離れ、T字の分岐がある一歩手前まで近づいてから右の壁に張り付くようにして息を潜めた。
おそらく近づいて来る盗人に奇襲を掛けるつもりだ。
蓮一と小夜はその様子を息をのんで見つめる。
――カツ……カツ……カツ
足音は確かに倉庫に向かって迷いなく近づいて来る。
そろそろT字路の所に着く位置だ。
男団員の額が汗ばみ、緊張に表情が強張っている。
――カツ……カツ
「今だ!」
まさに怪盗がT字路を曲がったすぐ先にいる。そう確信した男団員が一気に怪盗が居るであろう曲がり角に飛び出す。
蓮一と小夜も何が起こるのか気が気でない様子で一点を見つめる。
しかし、待てども男団員は帰って来ず、またさっきまで響いていた足音も、男団員の声も全く聞こえない。
「ど、どうしたんでしょう?」
長く続く静寂に小夜が不安げな声を上げるが、蓮一も何も言えない。
あの曲がり角の先で一体何が起こったのか、想像がつかなかった。
二人が沈黙したまま薄暗い通路をただ見つめる事数分。
不意にそれは起こった。
――パリン
「――! え!? 何!? 急にあたりが真っ暗に……!」
「上の電球が落ちて割れた!?」
突然、天井に吊り下げられていた電球が落ちて割れ、倉庫への一本道は暗闇に包まれる。
『フフ……フフフ』
「ひっ! れ、蓮一さん! 今の声! 声!」
「……何か来る」
暗闇の中を女性の笑い声が響き渡る。
「一体どこに――がっ!?」
「小夜さん!?」
隣にいる小夜が床に倒れる音が聞こえた。敵の攻撃を受けて倒されてしまったらしい。
暗闇の中で残った蓮一だけが倉庫の前に立ちふさがり、目視できぬ敵の潜む暗闇を睨んでいた。
「どこだ……?」
――キィ……
「そこか!」
木の板の軋む音が聞こえた方に向けて蓮一が蹴りを繰り出す。
しかし、蓮一の足は何を捉える事もなく、空を切っただけに終わった。さらに、その瞬間、何かが自分の懐に入って来たような感覚と共に、腹部に強い衝撃が走った。
「がっ!?」
それは拳だった。何者かの拳が蓮一の腹部に突き刺さっているのだ。
そのまま、成す術なく、さらに顔面、こめかみと連撃が入り、瞬く間に蓮一は床に伏す事となった。
床に倒れた蓮一の後ろを怪盗らしき何者かが歩く音が聞こえ、同時に倉庫の鍵が壊されたような金属音が響く。
ようやく暗闇に目が慣れ、うっすらと倉庫の扉が開かれていくのが見える。
蓮一は壁に手をつきながら立ち上がり、倉庫の中へ怪盗を追いかける。
倉庫の中は外に比べて冷たい空気が漂っている。その倉庫の中心に、誰かが居るのが見えた。
『やっと、見つけた』
そう言って、手に持つ何かを大切そうに抱きしめる様子がぼやけて見える。
「返せ、それはお前のものじゃない……!」
蓮一の声に少し驚いたように顔を動かし、怪盗は再度蓮一の方へと近づいて来た。
容赦のない蹴りが入り、また蓮一は床に倒れる。
『まさかまだ意識があったなんて、不覚だったわ』
「……成程、暗闇でも正確に目が見えている所を見ると、妖怪の類か」
『随分頑丈な人間ね』
怪盗の足を掴み、蓮一は不敵に笑った。
怪盗は蓮一の手を振り解こうとするが、全くびくともしない。
『仕方ないわね、あんまり手荒な真似はしたくなかったんだけれど』
その瞬間、怪盗の腰から、何かが引き抜かれるのを蓮一が垣間見た瞬間、倉庫は強烈な爆発音と共にその原型をなくした。
☆
「なんだ!? 今の爆発は!?」
正面玄関付近で怪盗の足取りを追っていた他の団員達もその爆発音に驚いて外へ出る。
おおよそ、倉庫があった付近から細い光の柱が一上がったかと思うと、周辺の屋根が吹き飛び、そこから夜の闇を照らす程の大きな炎が燃え盛っていた。
「な、なんなんだ……あれは……」
最早、団員達が対処できる範囲をとうに超えていた。
立ち向かおうという意思すら削ぐほどの惨状の中、唯一蓮一だけが怪盗に立ち向かっていた。
怪盗の足を掴んで離さないという形で。
「な!? まだ離さないつもり!? 死ぬわよ!?」
「空も飛べるのか……相当上級の妖怪だな……だが、ようやくその姿、捉えたぞ!」
宙に浮かび上がり、消し飛ばした倉庫の屋根から脱出する怪盗に対し、蓮一は尚も手を離さなかった。
普通ならばあの爆発の衝撃で吹き飛ばされていてもおかしくない。しかし、持ち前の身体の頑強さで蓮一は耐え抜き、そして燃え上がる霧雨商店の中、ようやくその姿をその目に捉えた。
滅多に見かけない赤い半袖のフリルの付いた『メイド服』を着て、ウェーブのかかった金髪をはためかせる。
怪盗はさながらフランス人形のような、存外美しい少女の形をしていた。
「くっ! 離せ! 重い!」
「本を……返せ!」
片手に魔導書を持つ怪盗は片方の足でぶらさがる蓮一を必死に蹴落とそうとするが、一向にその手を離す素振りを見せない。
彼女の表情に僅かな焦燥が浮かぶのを見た。
「この本はお前達の持つような本ではないの! 大人しく返しなさい!」
「返すのは、お前だ!」
「こいつ、話が通じない!」
焦燥と苛立ちに怪盗は顔を歪ませて、片方の手を腰に回し、そこから再度『何か』を引き抜いた。
「――ッ!」
「いいかげんにしないと、その腕、斬り落とすわよ?」
怪盗の手に握られていたのは短剣だった。柄の三倍ほどの刃を持つ西洋風の両刃の短剣。
それが燃え盛る炎を反射して赤く輝きながら蓮一の腕に向けられていた。
今の状態ではその剣を避ける事はできない。流石の蓮一も彼女の向ける剣先に恐怖の色を宿す。
「さぁ、手を離しなさい」
「……断る!」
『――いいから手を離しなさい、馬鹿弟子。巻き添えを食らいたくなければ、ね』
「ッ!?」
蓮一に向けて剣を振り上げた怪盗に、突然どこからか、大量の星の形をした魔力弾の波が押し寄せ、怪盗の全身を容易く飲み込む。
その拍子に、手を離した蓮一は下に落ちていくが、数メートル落下した所で宙に浮かんで止まる。
困惑する蓮一に宙を歩くようにして黒ローブの女性が近づいて来る。
その姿に蓮一は思わず歓喜の声を上げた。
「魔理沙師匠!」
「久しぶりね、蓮一。それにしても、お前、私と会う時はいつも絶体絶命ね? 趣味なの?」
黒のとんがり帽子から闇に輝く金色の髪を垂らし、片手にいつの間に取り返したのか魔導書を手にした魔理沙は不敵な笑みを浮かべて蓮一の頭を数回軽く叩いた。
☆
「え……それ、魔理沙師匠のものだってことか?」
「ええ、そうよ。以前人里に寄った時に落としちゃってね。ずっと探していたのよ」
予想外に下らない発端に蓮一は呆れてものも言えなかった。
蓮一の怪訝そうな目に魔理沙が少し焦り気味に弁解する。
「し、仕方ないじゃない! 人里なんて歩き慣れてないし、おまけにあの日は色々とばたついてて、落とした事に気が付くのに時間が掛かったのよ!」
「いや、別にそれはもういいんだけど……なんだかなぁ」
「何よ! ていうか、前々から思ってたけど、お前、師匠の中で私にだけは敬語使わないわよね!?」
「ああ、最初会った時は敵かもしれないと警戒してたからな。それに師匠達と違って歳も近そうだし」
「お前よりも遥かに年上よ! 私は靈夢とタメ!」
「え……その割には、体の発育が、乏しいというか……」
「胸の事はほっときなさいよ!」
「まぁ、でももうこの話し方で慣れちゃったし」
「く、あの小夜とかいう女にさえ敬語なのに……」
魔理沙が頭を抱えてしゃがみ込む。魔理沙の魔法で火を消してから、人目を避けて霧雨商店から離れた裏路地で話しているからいいものの、あまり誰かに見られたくはない光景だ。
魔理沙はしばらくうなだれていたかと思うと、突然立ち上がり、蓮一に詰め寄る。少し涙目になっていた。
「とにかく! この魔導書は私ので今日攻め込んできた奴はこれを狙ってる! おそらくは明日も魔導書を奪いに来る筈よ! だから、私と協力してこの魔導書を守り抜く! 私は自分の魔導書を守れて、お前は依頼を達成できる! ほら、完璧!」
「え? あ、ああ。でも、魔理沙師匠が魔導書を持って帰ればそれで万事解決なんじゃ?」
蓮一の言葉に対し、即座に魔理沙から拳骨が降り注ぐ。
「馬鹿じゃないの? 魔導書があろうがなかろうが、怪盗は魔導書が霧雨商店にあると思ってるんだからまた来るわよ!? それで魔導書がないなんて言ったら何するかわからないわよ?」
「あ、そうか……」
「だから、怪盗をしっかり叩きのめして、この魔導書が私のものだと理解させる必要がある。理解したかしら、馬鹿弟子?」
蓮一は無言で頷く。
「さぁ、そうと決まれば早速行動に移るわ。まずは、お前の仲間にして貰わないとね」
魔理沙はそう言って蓮一の方に笑みを向ける。
瞬間、七色の光が魔理沙を包み込んだかと思うと、彼女の姿は全く別人に変化していた。
そして、その姿を蓮一は二度見かけていた。
「その姿、昼の時の……!」
「そうね、昼に霧雨商店前で会ったわね? ごきげんよう、蓮一」
昼に出会った黒髪の女性は悪戯っぽく笑って優雅に挨拶した。
「ま、魔理沙師匠……」
「どう? 驚いて言葉も出ないかしら?」
「変身すると露骨に胸が大きく……!」
「死ね、馬鹿弟子」
魔理沙の指から発射された魔力弾が蓮一を無慈悲に襲った。
「――――しかし、なんでわざわざ変身なんかしてたんですか?」
地に倒れ伏した体勢のまま、ボロボロの蓮一が魔理沙に質問した。魔理沙はその質問に少し顔をひきつらせながら答える。
「……あまり正体を気付かれたくなかったのよ」
「誰に?」
「父さんに」
「…………え?」
そこでようやく蓮一は気が付いた。霧雨魔理沙という名前の中にある霧雨の苗字。
魔理沙は以前、ある商人の娘だったと言っていた。
霧雨の親父さんは、以前は娘がいて、今は行方不明だと言っていた。
ここに来て二つの点が一つに繋がった。
「え、嘘だろ……」
「だから、そのままの姿でいると面倒な事になるかもしれないのよ。理解した?」
「……ああ、わかった」
「じゃ、行くわよ」
確かに、そのままの姿で会う訳にはいかないのだろう。
家出してもう何年も家に帰っていないのだ。そんな親不孝の娘が今更帰ってきて霧雨商店を狙う妖怪を退治するなどどの面下げて言えばいいのだ。
そんな所だろう、魔理沙の考えは。
しかし、蓮一は霧雨商店に会った埃を被った家族写真と、それを見る時の霧雨の親父さんの目を思い出して複雑な気持ちになった。
――でも、霧雨の親父さんは、きっと魔理沙師匠に……
「何やってるの? さっさと行くわよ、蓮一」
「わかってる、魔理沙師匠」
「あ、ていうか他の人間の前でその呼び方やめなさいよ。なんでもいいから偽名を考えなさい」
「わかってる」
――魔理沙師匠も本当は……
そこまで考えて、蓮一は思考を止め、目の前の依頼に頭を切り替えた。
これ以上は自分が介入するような事ではないと判断したからだ。
蓮一は魔理沙の背中を追って、また霧雨商店の方へと戻って行った。
☆
「な、ななな! ななななななななな! なあああああああ!?」
「――という訳で、新しい協力者の
「よろしくお願いします、小夜さん」
「なああああああああああああああああ!?」
「小夜さん、言葉が通じなくなってます。落ち着いてください、本当に」
さっきから『な』と『あ』以外の音を発音しない小夜の肩を掴んで蓮一は必死に彼女を落ち着かせるよう努める事になった。
昼に出会ってから何故か目の敵にしていたらしい女性が目の前に突然現れて協力者になったと言われれば驚くのも無理はないだろうが、それにしても異常な反応ではないだろうか。
一方でさっきから満面の笑みを浮かべ、口調も変えている『魔理子』こと魔理沙は小夜には見えないように蓮一の脇腹を肘でつつく。しかも脇腹の弱い所を的確に狙い撃ってくるので地味に痛い。
(なんだよ! さっきから肘がイイ所に入って痛いんだけど!?)
(馬鹿弟子、何よ魔理子って。お前偽名の意味わかってんの? こんなん聞く人が聞いたら即バレじゃない!)
(いや、でも……小夜さん気付いてないけど?)
(あの子は頭がちょっとアレなのよ! 例外よ、例外!)
(アレとはなんだ! 小夜さんはああ見えてしっかりして――――)
「なななな! ななななななななな!? なああああッ!」
(どう見たらしっかりしてるの、あの娘)
(……今は、その、例外なんだよ)
(つまり少なくとも今は頭がアレな子なのね)
(まぁ、うん)
(…………)
(べ、別に良いだろ、偽名なんてなんでも! それに元の名前に近い方が魔理沙師匠も慣れ親しみやすいだろ?)
(いや元の名前に近いって魔理沙の『沙』を『子』に変えただけでしょ!?)
(じゃあどうすればよかったんだよ! とにかくもう名乗ったんだからこれで通す!)
(ちょ、そんな無責任な――――)
「ちょっと、二人で何コソコソ話してるんですかぁッ!」
「うわ! 小夜さん、いつの間に言語失調から回復して……!?」
「ちゃんと言葉は喋れるんですね……」
「いや、それよりも小夜さん――――」
「何コソコソ話してるんですかって聞いてるんですよぉッ!」
「今度は話が通じない!」
取り敢えず、まずは三十分程度かけて、何故か混乱状態の小夜を正気に戻す作業から後始末は始まった。
その後、夜が明ける手前までかかってなんとか事態の収拾を付けた後、各々霧雨商店の部屋を使って身体を休め、再びあの怪盗が攻め入ってくるであろう夜に向けて備えを始めた。
そして翌日。
「本当に、申し訳ありませんでした!」
蓮一と小夜は帰って来た霧雨に土下座した。
昨日、怪盗との戦闘が起こった時に万が一が起こるといけないという事で警護の間は霧雨には自警団の方で寝泊まりして貰っていた。
そして、一夜明けて店の様子を見に来てみれば倉庫の周辺が半壊状態という有り様である。霧雨の罵声を覚悟して頭を下げた二人だったが、霧雨は何も言わずに二人の肩を叩いて顔を上げさせた。
「いやいや、魔導書を怪盗から守ってくれた結果なんだろ? 店が壊れるくらい痛くも痒くもねぇさ。それよりも、二人に大事がなくてよかった! ありがとうな、二人とも!」
「あ、いえ……」
「そんな……」
二人は俯いて言葉少なく黙り込んでしまった。
てっきり罵詈雑言を浴びせられるものかと思っていた。それに、それが妥当だとも思っていた。
しかし、霧雨は二人を責めずして礼まで言った。
あまりに予想外過ぎて言葉を失ってしまったのだ。
「ま、二人の……特に蓮一のボロボロの姿をみりゃ激しい戦闘があったって事位は俺にもわかる。頑張ってくれた奴らに俺は怒声なんざ浴びせねぇよ」
「親父さん……!」
「まぁ、なんだ、二人ともお疲れさん! 怪盗から魔導書は守りきれたんだし、これで依頼は達成だな!」
「あ……」
霧雨のその言葉に、二人の身体が硬直する。
「ん? どうした?」
「それが……まだ終わっていないんです……」
それから蓮一達は昨日の件に関して説明を始めた。そして、今夜も怪盗が再び現れる可能性が高い事を伝えると、霧雨は深く溜息を吐き、椅子に深く腰掛ける。
「……これは、霧雨商店は建て直しかもな」
「全壊は避けます」
「半壊も避けてほしいんだが……まぁ、この際店の事はいい。相手が妖怪なら益々この魔導書は渡せないしな。その協力者ってのも腕に自信があるみたいだし引き続き任せる!」
「ありがとうございます!」
「ただし、だ」
霧雨がニヤリと笑って人差し指を立てる。
「今夜は俺もここに残る」
「え!?」
突然で突拍子もない提案に蓮一達は驚愕を露わにする。
「とは言っても俺の事は気にしなくてもいい。倉庫に魔導書と隠れてるからよ」
「い、いやいや!? 危険すぎます!」
「危険は十も承知。悪いが、俺も商人の端くれ。テメーの商品はテメーで守りたい。それにお前らを信用してない訳じゃないが、いざという時に魔導書を持って逃げれる奴が一人いるといいだろう?」
「――――私は、反対ですね」
「な、魔理――子さん!」
自分も霧雨商店に残ると言って聞かない霧雨に、突如魔理沙が客間に入ってきて口を挟んだ。出来る限り霧雨との接触を避けると言っていたのに、その想定外な登場に思わず蓮一は危うく偽名を忘れる所であった。
霧雨が驚いた様子で魔理沙を見つめる。
「あ、あんたは?」
「申し遅れました。私が彼ら自警団の協力者、秋雨魔理子と申します。突然不躾に言葉を挟んだ非礼はお詫びいたします。ただ、この店内に今夜残るという件に関してはお考え直し頂きたい」
仰々しい、普段の魔理沙からは考えられない程に丁寧な言い回しであった。
しかし、霧雨は首を横に振って魔理沙の意見にも耳を貸さなかった。
「心配してくれるのはありがたいが、これだけは譲れない」
「……強情、ですね」
「商人を続けるコツは粘り強さだと思っているもんでね」
しばらく魔理沙と霧雨の間で睨み合いが続いたかと思うと、魔理沙の方が溜息をついて肩を落とした。
「……わかりました。この店はあなたのものです。好きになさるといい。しかし、最善は尽くしますが、私達はあなたの身の安全を必ず守れるとは言い切れない。よろしいですね?」
「ああ、それで十分。元々、安全な橋は渡らない主義だ。ハイリスク・ハイリターン位で丁度いい」
かくして、話し合いは終わり、一同は霧雨商店の外に出て、大きく息をつく事となった。
「ちょっと、どうするんですか……魔理子さん?」
「仕方ないです、ああなっでは絶対に首を縦には振ってはくれないでしょうから」
「とにかく、これでより求められるハードルが高くなりましたね……」
今度は魔導書だけでなく、その魔導書と共に霧雨も一緒に守らなければならない。
つまりは倉庫への侵入を許した時点でもう取り返しのつかない事になるだろう。
「まぁ、それならそれで、倉庫には一切近づけさせないような作戦を取るだけです」
「随分自信ありげだな? 自警団が二十人もいて尚容易く倉庫まで到達された程の相手なのに」
「まぁ、相手の手の内位はわかっています」
「え!?」
蓮一と小夜が同時に自慢げに胸を張る魔理沙に顔を向ける。
しかし、魔理沙はもったいぶった様子で口元に人差し指を立てる。
「ま、答え合わせはおいおい話しましょう。それよりもまずは怪盗さんを迎え撃つ準備をしましょう。まず、蓮一さんはこの紙に書いたリストの材料と物品を人里中からかき集めて来て」
「え!? あ、はい!」
「小夜さんは動けそうな他の自警団の方々に声を掛けて私の所に集めてください。やって貰いたい事があるの」
「りょ、了解です」
「さぁ、反撃の狼煙をあげましょう」
生き生きとした魔理沙のその掛け声で、かくして、今夜の決戦への準備が開始された。
☆
「えっと、丸太が6本にマホウダケ12本、塩水30Lに石灰20キロ……か」
一時間後、丸太を紐でまとめて結んで引きずり、体の五倍近くはあるであろう大きなリュックサックの中に塩水の入った瓶と石灰の袋を、そして腰にマホウダケの詰まった皮袋を吊り下げ、汗だくになりながら帰って来た蓮一を待っていたとばかりに魔理沙が出迎えた。
「では、皆さん! 石灰が届いたのでさっき図面で説明した通りにお願いしますね!」
「応!」
魔理沙の声と共に自警団の男達が威勢のいい掛け声と共に蓮一の運んできた石灰をバケツで分配し、各々慎重に地面に撒いていく。
明らかに魔理子の美しい容姿が男達の士気を高めているのがわかった。
蓮一は苦笑いを浮かべながら魔理沙の方へと歩きながら尋ねる。
「これは、一体何をやらせているんだ?」
「巨大な魔法陣を作るのよ。霧雨商店を取り囲むほど巨大な奴をね。あ、塩水は?」
「これでいいか?」
「ええ、十分。塩水は普通の水よりも蒸発しにくい上に含まれる塩分がよく魔力を通すから使い勝手がいいのよね」
蓮一は石灰を下ろして中身が塩水の瓶だけになったリュックを魔理沙の目の前に下ろす。ズシン、と鈍い音を立てるそれに魔理沙は満足そうに頷く。
「一体何をやるつもりなんだ? こんな大がかりな魔法陣で?」
「霧を、作るのよ」
「霧?」
「蓮一、霧がどうやってできるかわかる?」
「さぁ?」
即答で解答を放棄する蓮一に魔理沙は少し苛立った様子で一度咳払いする。
「お前にもわかるように簡単に説明すると、霧っていうのは地面の近くで湿度の高い空気が冷却される事によって発生するの。雲と原理は同じね。今回はその自然現象を魔法の力で無理やり起こしてしまおうという話よ」
そう言うと、魔理沙は蓮一の背負ってきたリュックから塩水の瓶を一本取り出してさらに説明を続けた。
「この塩水を魔法陣の中一杯に撒いて、土の中にしみ込んだ水分を操って気化させ、それを同時に冷却する。要は状態変化と温度変化を同時操作する魔法よ。それによって霧を発生させるの」
「ま、魔法っていうのは随分難しい事を考えなくちゃならないんだな……」
「こんなのは初歩の段階よ。とにかく、この霧があの怪盗を叩きのめす大きな武器になるわ。うふふ」
悪い顔をして微笑む魔理沙に若干引き気味に蓮一は苦笑いを返す。
そして、その様子を遠くから眺めているのが一人。
「…………」
「あら、小夜どうしたの? 浮かない顔して」
「あ、いや……」
ぼーっと蓮一と魔理沙の方を見つめる小夜に心配そうに女団員の一人が声を掛ける。
歯切れの悪い返事を返す小夜の様子に不審を抱き、彼女の視線を追った女団員が蓮一達の方に気が付き、合点がいったように頷く。
「成程ね。あ、そうだ。小夜、魔理子さんに中の準備はあらかた終わったからって報告お願いできる?」
「え? は、はい」
「よし、ならさっさと行った行った!」
小夜の背中を押して女団員は再び屋敷内に入って行った。
小夜は仕方なく、恐る恐るといった様子で蓮一達へと近づく。
「あの、魔理子さん。屋敷の中の準備が終わったらしいです」
「ん? わかりました、ありがとう、小夜さん」
「…………」
「ん? どうかした?」
「あの、魔理子さんと蓮一さんって随分仲がいいようですけれど、もしかして知り合いなんですか?」
それを聞いて、蓮一は首を傾げ、魔理沙はしばらく沈黙したまま小夜を見つめた。
(……なるほど、ね。まぁ、薄々気付いてはいたけれど、この馬鹿弟子も中々隅におけないわね)
「……そんなに仲良くみえますかね?」
(こいつ……まさか気付いてないの!? 嘘でしょ、馬鹿なの? 死ぬの?)
「いや、だって……蓮一さん、魔理子さんにだけは敬語外れますし、なんかお互いに慣れ親しんだ感じがしますよ」
(そりゃ、まぁ、師弟関係の上、一カ月近く一つ屋根の下で共同生活送ってたしね)
「あー……えっと、それは……」
(何返答に困ってんのよ! そんな反応したら余計誤解させるでしょうが! ん? 待てよ? むしろそうした方が、ふふ、面白そうね)
霧雨魔理沙。その行動理念はいつ何時も常に変わらない。
『好奇心』と『面白半分』、である。
「――実はね、私と蓮一は小さい頃からの知り合いなのよ。まぁ、幼馴染という奴かしら?」
「え?」
「……は?」
満面の笑みで蓮一に腕を絡ませる魔理子の爆弾発言に小夜だけでなく蓮一ですら固まってしまっている。
「私が村を離れてしまって以来お互い会えず仕舞いだったけれど、こうして偶然にも再開した、という訳よ。時を経た再開なんて、少し運命的なものを感じちゃうわね」
「え……え……」
「…………おい、魔理子」
若干顔色が悪い小夜を見て、蓮一がついに声を荒げた。
(ちょっと! どういうつもりだ、あんな嘘吐いて! 後なんだ、その豹変ぶりは!?)
(何のことかしら? 私は小夜に私達の仲の良さの理由を勘ぐられたから、それらしい理由を出してあげたのよ。むしろ感謝なさい)
(いや、小夜さんになら魔理沙師匠の事は言ってもいいだろう!?)
(まぁ、数秒前まではそのつもりだったけど。やっぱり気が変わったわ)
(そんな、唐突に!?)
「は、はは……そっかぁ、幼馴染。そ、それなら、お二人の仲の良さも納得ですねぇ、あはは……」
「ち、違うんです! 魔理子は、本当は魔理沙師――――」
「えー、なにそれ、私は魔理沙なんていう名前じゃなくて魔理子よ? 蓮一何言ってるの? おもしろーい」
(そのキャラ、凄いウザイ!)
「ま、魔理子……蓮一……! お互いに、呼び捨て……!」
「ああ、もう!」
何を言っても悪い方向にしか転ばない。
今にもどこかに走り去ってしまいそうな勢いで後ずさっている小夜をなんとか引き止める蓮一。
蓮一と魔理子の関係に少なからずショックを受けて正常な状態とは言えない小夜。
そしてその様子を内心笑って見つめる魔理沙。
状況が混沌としていく中、日没まで残り五時間。
●魔理沙と蓮一の出会い
一回目:魔法の森で蓮一が死にかけている所を魔理沙が助ける。(第五話「魔法の森」)
二回目:死にかけた蓮一とそれを背負う小夜が妖怪に殺されそうになった所を魔理沙が助ける。(第二十話「不死身の男」)
三回目:怪盗に腕を斬られそうになっていた上に上空から落下した所を魔理沙が助ける。
(第四十一話「怪盗 中編」)
蓮一のこのヒロイン感よ