東方史上最強の弟子 レンイチ   作:浜栲なだめ

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第四十二話「人武祭、来たる」

「――うん、花屋の依頼、妖怪退治の依頼、道場の依頼、子守りの依頼、そして、怪盗の護衛依頼。確かに僕が渡した依頼書の依頼五つを達成している」

「じゃあ……」

「いいだろう、蓮一君の人武祭の参加を認めよう。よく頑張ったね」

「ありがとうございます!」

 

 怪盗との戦いから一夜明けたその日の朝。自警団にて蓮一は達成印のついた依頼書五枚をその手に、辻秋の元に来ていた。

 辻秋も依頼書の依頼が全て達成されていることを入念に確認すると、机の上から一枚の紙を蓮一の前に差し出す。

 

「では、ここに名前、年齢、性別、住所を……ああ、住所は高天原とだけ書いてくれればいいよ」

「は、はい!」

 

 人武祭出場登録。そう書かれた書類に蓮一は緊張気味に筆を走らせ、書き終えたものを辻秋に返す。

 

「よし、これで君も自警団代表として人武祭に出場する選手の一人となった。大会当日までにコンディションをしっかり整えておくこと。まぁ、仕事は普段通りやって貰うけどね」

「蓮一! 聞いたぞ、依頼を全て達成したんだって?」

「安里さん!」

 

 人武祭の登録を終えた蓮一の元に安里が手を振りながら近づいて来た。

 蓮一も安里に向けてブイサインを送りながら満面の笑みで答える。

 

「この短期間であれだけの依頼量をこなすなんて本当に驚きだな」

「いや、安里さんの助言がなかったらチャンスすらありませんでしたから。安里さんのおかげですよ。本当にありがとうございました!」

「まぁ、パートナー、だからな」

「ほら、二人ともそろそろ里の見回りに行って来てくれ。選手といえど特別扱いはしないからね」

 

 そうして辻秋に促され、安里と蓮一は随分久しぶりになる見回りへと里へ出ていった。最近は任務で忙しかったからか随分久々に安里との二人一組(ツーマンセル)の仕事であった。

 最近は様々な依頼で里中を走り回っていたからか、いつの間にか随分と見慣れた風景になっている。

 

「しかし、ここ数週間ですっかり逞しくなったな、蓮一」

「え? そうですか?」

「ああ、初めの頃と比べると随分と頼もしくなった」

「え? そんなに今までの俺って頼りなかったですか……?」

「ああ、だが――――」

 

 安里が言葉を言いかけた所で誰かの手が蓮一の肩を叩く。振り向くとそこには見慣れた人物が立っていた。

 

「あ! 花代さん!」

「おはよう、蓮一ちゃん。今日も元気そうねぇ」

「花代さんこそお元気そうで……って隣にいるのは!?」

「そ、その件は、どうも……」

 

 花屋の依頼でお世話になった花屋の店主、花代。そして、その隣にはかつて花代の商売敵であったはずの人物、金平が恥ずかしげに立っていた。

 

「ああ、そうなのよ。今この金平さんともっと綺麗で逞しい花を咲かせるにはどうすればいいのか二人で研究してるのよ」

「ず、随分仲良くなったんですね……」

「まぁ、私達は花が好きっていうことは共通しているもの。ねぇ、金平さん?」

「は、はい! し、しかし私はあくまで花代さんのお手伝い程度で一緒に研究していると言えるほどの立場では……」

「何言ってるのよ、謙遜しちゃって!」

 

 以前会った時の金平の高圧的な態度はすっかりなりを潜めている。

 まるで今は師弟関係のようだ。

 そう思うと蓮一は笑いを堪えずにはいられなかった。

 

「なッ! 何笑ってるのよ!?」

「い、いや、すいません。以前と別人過ぎて、面白くて」

「あんたのそのどこか人をおちょくった態度は全く変わってないわねッ!」

「まぁまぁ、金平さん落ち着いて。蓮一ちゃん、人武祭に出れることになったんですってね、おめでとう。それを言いたくて声を掛けたのよ。人武祭までには今育ててる花達もお披露目するから是非幽香ちゃんと見に来て頂戴ね」

「は、はい! 勿論、絶対行きますよ!」

「うふふ、なら私も頑張らなくっちゃね。さ、行きましょ、金平さん。じゃ、またね、蓮一ちゃん」

 

 そう言って花代と金平は立ち去って行った。

 二人の背中を見送ってから蓮一は隣の安里に気付いて頭を下げる。

 

「あ、すみません! 途中で話の腰折っちゃって! 何の話でしたっけ?」

「ふふ、いや、やっぱりいい。さ、見回りを続けよう」

「え!? 何ですかそれ! 気になるんですけど!?」

「――あの……」

 

 笑って歩を進めようとする安里を追う蓮一に立て続けにまた声が掛けられた。

 

「あなたは……」

「夫と娘の件ではお世話になりました」

 

 妖怪退治の依頼で出会った夫と娘を亡くした女性。彼女が目の前に立っていた。

 結局夫と娘の骨壺を届けて以来出会っていなかったが、女性はどこか垢抜けた顔をしており、その表情にも以前より血が通っているように見えた。

 彼女なりに夫と娘の死に何か区切りをつけたのかもしれないと蓮一は安堵した。

 

「……すみません、それだけ言っておきたくて、呼び止めてしまいました。お仕事中でしたよね? 失礼しました」

「い、いえ! とんでもないです! ありがとうございます!」

「ふふ。人武祭、頑張ってくださいね。応援しています」

 

 最後にそう笑って言うと、女性は背を向けて歩き去っていった。

 

「――あ! 蓮一殿! 蓮一殿ではないですか!?」

「え、今度は何って、うわ、なんだなんだ!?」

 

 さらに立て続けに蓮一を呼ぶ声がすると思うと、大人数の道場服の少年少女達が蓮一を取り囲むように走ってくるのが見えた。

 それを見て、蓮一は岩流のいる剣術道場の門下生達だとすぐに理解した。

 

「その節は大変お世話になりました! 全員、蓮一殿に、礼ッ!」

「や、やめてください! こんな往来のど真ん中で!」

「謙遜なさらず!」

 

 その後、握手を求められたり、何故かサインを求められたりとしばらく往来のど真ん中で立ち往生していた。

 そして、門下生の一人の声と共にまた列を組んで声を上げながらランニングを再開して蓮一の前から一礼と共に走り去っていく。

 去り際、最後尾にいた一人の門下生が蓮一の前で立ち止まる。

 

「あ、蓮一殿! 実は今朝方、岩流師範からもし蓮一殿と出会ったら伝えてくれと言伝を預かっております!」

「え? 岩流さんから?」

「はい、『人武祭にて会おう』とのことです!」

「人武祭!? 岩流さんも人武祭に出場するんですか!?」

「どうやらそのようです! では、自分はこれで!」

 

 そう言い残し、門下生は既に小さくなっている集団の背を追って走り去って行った。

 

「――大人気じゃねぇか、蓮一」

「うお!? 今度は太一か!? 次から次へとなんだ今日は!?」

 

 次はピクニックの依頼で知り合った少年。太一が蓮一の傍に立っていた。

 

「よ! 人武祭、お前が出場するんだって? 大丈夫かよ?」

「ああ、やるからには優勝を目指す!」

「ま、どうせ予選落ちしちまうだろうけど、仕方ねぇから順平とか他の奴らも連れて見に行ってやるよ! 感謝しろよ?」

「恩着せがましい言い方だな。応援しに行くから、とかもっと可愛い言い方できないのか、お前は」

「ぐああ! 髪をぐしゃぐしゃすんな!」

 

 蓮一は笑いながら太一の頭を掻きまわす。

 

「ちくしょう! 相も変わらず子供扱いしやがって! お前なんて予選でボコボコにされちまえ!」

「お前まだ子供だろーって、もう見えなくなった」

 

 罵声と共に人ごみに紛れていく太一を笑って見送る。

 

「――よう、蓮一! こんな所で奇遇じゃねぇか!」

「うわ! 今度は霧雨の親父さんか!」

「なんでい、その驚き方は? 聞いたぜ? 人武祭、出場するんだってな? ほら、これやるから英気を養っておきな!」

「あ、ありがとうございます、こんなに沢山! いや、今日は本当に知り合いによく会う日だなって思って」

 

 蓮一は袋一杯の食料を霧雨から受け取りながら恥ずかしそうに笑って見せる。

 それを聞いて、霧雨は高らかに笑い声を上げた。

 

「ハッハッハ! そいつはちげぇよ、蓮一。別に今日に限って知り合いばかりに会う訳じゃねぇ」

「え?」

「単純にお前を知ってる奴が増えたってだけの話さ。偶然知り合いばかりに会うって訳じゃねぇよ」

「俺を知る人が……増えた?」

「その通りだ、蓮一」

 

 いつの間にか先に行っていた筈の安里が戻ってきていた。

 

「お前がこれまで里に尽くしてきた頑張りはこういう形で帰ってくるんだ。お前がこれまでやってきたことが一切無駄ではないことの証だ。そして、これを俺達は実績、と呼んでいる」

「実績……」

「自警団は営利目的の団体じゃないからね。自警団の団員にとっては里の人々の信頼、君に向けられる人々の声こそが実績になる」

 

『……蓮一君。君、実績0、だね』

 

 辻秋の言葉が再び思い出される。

 そこでようやく蓮一は理解した。この依頼の目的と辻秋が自分に何を求めていたかを。

 

「ようやく俺は自警団としての実績を残せたんですね」

「ま、蓮一もこの里に溶け込んできたって事じゃねぇのか? ま、これからも里のために頼むぜ!」

「はい!」

 

 背中を叩く霧雨の言葉に力強く蓮一は返事を返した。

 

「あ、人武祭も頑張れよ! 応援しに行くからよ!」

「はい! ん? というか……何で皆俺が人武祭に出場することを知ってるんですか?」

 

 蓮一が人武祭の登録を終えたのは今朝方のことだ。何故それから数時間も経っていないのにこれだけの人々に自分の人武祭出場が知られているのだろうか。

 

「ん? そりゃあ、こいつだよ」

「ぶ、文々。(ぶんぶんまる)新聞!?」

 

 霧雨が懐から出した号外と印字された文の作る新聞、文々。新聞のその一面には大きく蓮一の人武祭の進出の記事が書かれていた。

 

「な、なんだと……!?」

「あ、蓮一じゃない? どうよ、私の新聞は? 良く書けてるでしょー?」

「あ、文!?」

 

 新聞を見て驚愕する蓮一の元に空から文が舞い降りてきた。

 してやったりと言わんばかりのドヤ顔を見せつける文に蓮一は参ったとがっくりとうなだれてしまった。

 

「ま、でもあんたの記事割と受けが良かったわよ? 意外と顔が広くなってきたんじゃない?」

「これは……悪目立ちしてしまうんじゃ……」

「ハッハッハ! まぁ、今の内にライバル共に宣戦布告ってのも悪くないんじゃねぇか?」

「まぁ、こういう経験も悪くはないんじゃないか?」

「安里さんも親父さんも他人事だと思って……」

 

 太陽が眩しい晴天の下、文と安里と霧雨、三人の笑い声と苦笑いの蓮一の姿が煌びやかに映っていた。

 

 

 夕方。見回りを終えた蓮一と安里は自警団に向けてゆっくりと歩を進めていた。

 今日も至って平和。つい一か月くらい前は不良グループとの戦争沙汰になっていたことが嘘のようである。

 

「そういえば、安里さんは人武祭には出ないんですか?」

 

 ふと、蓮一は安里にそう質問した。

 自分よりも自警団の歴の長い安里ならば実績はあるだろうし、実際に戦った事はないが普段の体裁きなどを見ていると実力がないようにも見えない。

 しかし、安里は笑って首を振った。

 

「いやいや、僕は人武祭に出られるほどの実績も実力もないからね。蓮一の応援と人武祭の運営に尽力する予定だ」

「そうなんですか」

「……蓮一」

 

 ふと、安里が立ち止って蓮一の方に顔を向ける。眼鏡が夕日に照らされその目は見えなかったが、真剣な雰囲気に蓮一も何も言わずに立ち止まる。

 

「人武祭でどこまで行こうと考えている?」

「え? それは勿論、優勝です!」

「…………そうか」

 

 安里はそう言うと、大きく息を吐いた。

 

「つまり、この里や自警団、さらには他の里からもやってくる猛者達を薙ぎ倒し、その頂点に立つ自警団八武長に挑もうということだな?」

「はい」

「……蓮一、八武長は強いぞ」

「え? ちょ、安里さん!?」

 

 それだけ言い残し、安里は立ち去って行った。

 

 

「――ということがあったので、師匠! 俺に修行をつけてください!」

「成程、人武祭に向けてさらに力をつけたい、と」

 

 その夜、蓮一は早速師匠、靈夢に修行をつけてもらうよう相談していた。

 安里の言葉もあるが、今の実力で容易く人武祭を制覇できるとも最初から考えていなかった。

 そこで人武祭までの僅かな時間の中で何かできる事はないか、師匠に靈夢を求めたのであった。

 靈夢はしばらく無言で何かを考えていたかと思うと、立ち上がって蓮一を道場の方へと連れていく。

 

「まぁ、そろそろ頃合いだとは思っていたわ。『これ』をやれる位には強くなったでしょうしね」

「これ?」

 

 道場の扉を開けると、そこは以前一刀斎と鈴鹿の戦った畳の敷き詰められた道場ではない、どこかの広い密林の中であった。

扉をくぐってから見返すと、扉だけが外に浮かんでいるような異様な光景がそこにあった。

 

「面白いでしょう? 紫の境界を操る程度の能力で道場の別の扉を別の場所に繋いでもらったのよ」

「本当に何でもありですね……あの人は……」

 

 靈夢が扉を閉めると同時に扉は消滅する。見た所帰り道など見つからないし、そもそもこの密林が一体どこなのかも理解していない以上、もう蓮一は引き返せない。

 

「ここで修行をするんですね!」

「ええ、この密林全体で、ね」

「……そんなに広いスペースが必要なんですか?」

「まぁ、それは蓮一次第よ」

 

 一切崩れない柔和な笑顔が逆に怖い。

 しかも、そう言いつつ靈夢が懐から取り出したのは妖怪退治の際に常に身に着けている鬼仮面。

 蓮一は既に嫌な予感しかしていなかった。

 

「さて、始めるぞ、蓮一。『零点零零零壱(0.0001)%組手』を」

「――――ッ!」

 

 瞬間、広大な密林の一角で謎の大爆発が起きた。

 

 

「あれ? 蓮一さん、いないんですね?」

「あいつなら靈夢と一緒にどこかに行ったわよ。あのぶんならしばらくは」

 

 辺りを見回す小夜に、幽香は背を向けたまま言う。

 

「そうですか、それは好都合ですね」

「は?」

 

 幽香は思わず視線を小夜へと移した。小夜のその目は幽香にしっかりと向けられていた。

 

「幽香さん、いえ幽香師匠、お願いがあります」

「珍しいわね、あんたが私と真正面から対峙するなんて」

 

 以前、小夜と初めて出会った時、幽香は小夜をこれ以上なく威圧してしまっている。そのおかげでそれ以来小夜は幽香を避けるように行動していたし、それを幽香自身もわかっていた。

 だから、高天原に入門した時もきっと自分には武術を教わりに来ないだろうと思っていたのだ。

 しかし、今目の前に自分を恐れている筈の少女が一対一で話をしようと立っている。その変化に幽香は少なからず驚いていた。

 

「私も、もっと強くなりたいんです」

「それなら刃空とか霖之助に教えて貰えばいいじゃない」

「いえ、多分、私の戦い方なら、幽香師匠の武術が一番合っていると思います」

「…………」

 

 否定はできなかった。

 小夜と蓮一の組手を見ていたら高天原の誰もが分かっている事だ。スラムで鍛えられた彼女の戦い方は荒削りながら明らかに幽香の戦い方に類似している部分があると。

 

「お願いします。私に修行をつけてください」

 

 小夜はそう言って頭を床につけた。

 幽香はそれを見下ろしながら、どう断るか考えあぐねていた。

 

「……あんたが思うような高等な武術じゃないわ」

「ですが、師匠が言うほど下等な武術でもありません」

 

 やたら頑固だ。

 幽香は切り口を変える。

 

「何でそこまでして強くなりたいのよ?」

「蓮一さんに追い付きたいからです」

「別に追いつく必要なんてないじゃない。あんたは女なんだし」

「でも、女だから男より弱いなんていうのも違います」

「むぅ……」

「それに、あんまり私が弱いと、私が強いと言ってくれた蓮一さんに悪いですから」

 

 その時顔を上げた小夜は今まで幽香には見せなかったような満面の笑みを向けていた。

 今まで幽香の顔を見る度にひきつった、畏怖の念の混じった表情を浮かべていた小夜が初めて幽香に向けて屈託のない純粋な笑みをこぼしていた。

 

「変わったわね、あんた。以前はもっと頼りない感じだったけど」

「まぁ、色々ありまして」

「……絶対に泣き言を言わない、途中で諦めない、泣かない。約束しなさい」

「――! はい!」

 

 断る筈が結局いつの間にか了承してしまった。

 幽香はため息を吐いて頭を掻いた。

 

 

「あら、まだやっていたの?」

「ん? まぁね」

 

 夜の闇夜の中、紫は闇の中で佇む人影に向けて声を掛けた。

 人影の周りには倒れた紫の式人形が山のように積み重なっている。確か千はあった筈だが、その全てが壊されているようであった。

 雲間から出た月に照らされたその少女の姿を見て、紫は苦笑いを浮かべて思わずため息をついた。

 

「全く、あれだけの式人形を作ってあげたのに一日持たずに全部壊しちゃうだなんて。非道いことするのねぇ、霊夢」

「仕方ないでしょ? 全部呆れるくらい弱かったんだから」

「全く、片付ける身にもなって欲しいわ」

「片付けるのはあんたじゃなくて藍や橙でしょ?」

「じゃあ、その子達の身にもなって欲しいわ」

「じゃあってあんたねぇ……」

 

 相変わらず適当な紫の口調に若干苛立ちの混じった声を上げると、霊夢は袖内から数枚の札を取り出すと、それを人形の積み重なった山に向けて投げ飛ばす。

 札が山に接触した瞬間、眩い光と共に爆発音が辺りに鳴り響き、人形の山は跡形もなく消え去っていた。

 

「ほら、これで文句ないでしょ?」

「夜中に滅茶苦茶やるわね」

「最近霊力は使ってなかったから鈍ってるのよ。だから準備運動ついで」

「まぁ、ここ二カ月位、ずっと泊まり込みで私に体術なんて習っていたものね。一体誰に影響されたのかしらないけれど」

「べ、別に、これからは霊術だけじゃなく体術も出来た方が楽かと思っただけよ!」

 

 扇子を口に当てて笑う紫に、霊夢は声を荒げて言い返す。

 

「――まぁ、何とか祭までには習得できて良かったわ。心配だったのよ。私は体術の才なんてないから」

「まぁ、そうかもしれないわね」

 

 紫が半ば気まぐれに教えた体術は武術の才のある人間でも習得に数年はかかる程度には高難度のものだが、あえて紫はそれを口にはしなかった。

 目の前の少女に余計な慢心や驕りを植え付けないため。

 煥発の過ぎる才は努力を殺す。努力あってこそ才はより高みへと伸びるのだ。それが才に溺れた慢心や驕りで損なわれてはいけない。

 そう考えた紫なりの配慮であった。

 

「じゃあ、もう帰るのかしら?」

「ええ、出場登録もしておかないといけないし、それに好きでこんな辛気臭い所居座らないわよ」

「酷いこというのね」

「本当のことでしょ」

 

 霊夢に催促されて紫がスキマを開く。

 

「じゃあね、霊夢。当日は応援にでも行ってあげるわ」

「別に来なくていいわよ、どうせ――――」

 

 霊夢は仏頂面で言葉を言い切らぬまま、スキマに躊躇なく飛び込んでいき、そして消えた。

 

「どうせ、私が勝つから、とでもいいたかったのかしら?」

 

紫はもう誰もいない目の前を見つめながらそう呟いた。

 

 

「――さて、全員集まっているかな?」

 

 辻秋が扉を開くとそこには机を囲んで座る計八人の男女の姿があった。

 団長である辻秋と守護神、阿八を除く自警団の保有する最高戦力、自警団八武長である。

 

「よう、辻秋さん。今年の出場者はあらかた決まったのかい?」

 

 そう軽々しい口調で尋ねてくるのは第五武長ムサシである。

 辻秋は天井まで届きそうな出場登録用紙を机に置いた。

 

「五百人。それが今回の人武祭出場者の大よその概算だ」

「ほう、去年よりもさらに増えたな」

「ま、別にそいつらの大半予選で消えるんだし、本選から参加の僕らには関係ないよねー」

「いや、それはわからないぞ? アキレス」

 

 だらしなく机に突っ伏している少年、第六武長アキレスに辻秋は不敵な笑みを浮かべて数枚の登録用紙を抜き出して全員に見えるよう広げる。

 

「今年は随分と豊作でね。流し読みで目についただけでも実力者は多い」

「ふうむ、確かになぁ」

「――だが、それでも勝つ」

 

 その言葉と共に全員の視線が最奥の席に座る金色の鎧、第一部長アーサーに向けられる。

 

「常勝無敗。それが我らに課せられた掟。如何なる敵だとしても負ける事は許されない」

「その通りです。私達はただ目の前の敵を倒す、それだけです」

「ラ~ララ~! いいですねええ! 盛り上がってきましたよおお!」

 

 アーサーの一言で、他の武長達も闘志を燃え上がらせている。

 辻秋はアーサーに歩み寄り、彼の持っていた登録用紙を覗きながら言った。

 

「勝つ自信はあるかい?」

「自信などいらない」

 

 持っていた登録用紙を辻秋が覗き見る前に握りつぶすとアーサーは立ち上がり、扉の方へと歩いていく。

 

「常勝無敗。それが結果だ」

 

 そう言い残し、一人アーサーは部屋を出ていった。

 辻秋は丸められた登録用紙を開いて笑う。その登録名には『蓮一』と書かれていた。

 

「意識してるなあ」

 

 そして、八月。ついに人武祭の幕が上がる。

 




先週も触れましたが、作者期末試験のため来週、再来週続けて休載させていただきます。
申し訳ありません。

人武祭本編は八月に入ってからという感じになります。
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