東方史上最強の弟子 レンイチ   作:浜栲なだめ

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皆様大変お待たせ致しました。
いよいよ人武祭開始でございます。


第四十三話「五分の一」

 その日の人里は異様な空気を放っていた。

 朝早くから多くの人間が里中を忙しく駆け回り、どこかしらでは罵声すら飛んでいる。

 何処かの家ではいつもは仕事ギリギリの時間まで布団の中に籠城する亭主も、同じく睡魔に身を委ねる子供達も今日に限っては皆母親と同じ位早起きであった。

 昨日の夜から今朝方まで仕事だった者達はいつもならば何があろうと家に帰って数秒経たずに耳障りないびきを立て始めるというのに、今日は眠気覚ましにと朝から酒などかっくらっている。

 年中休むことなく店を必ず開ける働き者のかの店主は、今日は店の前の戸を開けること無く本日休業の張り紙を貼っている。

人々は皆これから始まるであろう年に一度の戦いの祭典に胸を高鳴らせ、今か今かと荒立てる鼻息を抑えきれずにいた。

 それが里全体を覆い尽くしているのだからその日の人里にはある種の熱気のようなものが離れた所からも感じ取れるほどであった。

 無論それは人里から離れていて、かつ高台の位置にある博麗神社からも容易に見て取れただろう。

 

「凄いわね」

 

 博麗神社の入り口の大鳥居から里を見下ろした少女は人里の賑わいと熱気に素直に感嘆の声を洩らした。

 

「あれ? えっと……あなたは確か、霊夢、さんでしたよね?」

「……あなたは?」

 

 名前を呼ばれた少女は後ろから聞こえた声の方向へと振り返り、恐る恐るといった表情でこちらを伺い見る自分より少し年上の少女の姿をその目に捉えた。

 何故か彼女の身体はボロボロで、手足や胴、顔に至るまで包帯やガーゼで治療された傷が見られた。

 そして、何よりも一見気弱そうなその少女の奥底から感じられる威圧的な気を感じ取り、霊夢はそのみすぼらしい傷だらけの少女を記憶に刻み、その名を尋ねた。

 

「あ、そうですよね、思えば初対面ですよね、すいません。私は、小夜っていって……その、高天原で蓮一さんと一緒に修行させてもらっている者です」

「ふーん、そう」

 

 動揺はなかった。

 高天原で修行している蓮一以外の人間の存在など全く認知していなかったから少なからず驚きはあったが、それは霊夢の表情に変化を与える程大きなものではなかった。

 次の言葉を考えあぐねて後ろであたふたしている小夜を見て霊夢は仕方なくもうしばらく会話を続けることにした。

 

「あんたも人武祭にでるの?」

「え? は、はい! もしかして、霊夢さんもですか?」

「霊夢でいいわよ、私も小夜って呼ぶから。ええ、そうね、私も今年はこの人武祭に出場するわ」

 

 霊夢は今まで人武祭に出場したことはなかった。

 これまではほとんどが紫との修行で一杯一杯であったし、さして興味もなかったからだ。だから、今日、この人武祭開始の朝を迎え、霊夢は初めて感じる不思議な気持ちを秘めていた。

 緊張、はない。ただ、胸が高鳴り、血流の回る音すら聞こえるくらいに五感が冴えわたっている。表現しようのない高揚感を霊夢は感じていた。

 

「初めてなのよ」

「え? そうなんですか? 凄いですよ、人武祭は! それはもう盛大に盛り上がって、しかも人武祭以外にもたくさん出店があったり、色んな大会や大道芸が開かれたりで本当に里中お祭り騒ぎですもん!」

「へ、へぇ」

 

 何か霊夢の一言から途端に饒舌になった小夜に多少驚きを見せながら、満面の笑みで語る小夜をしばらく見つめていた。

 しばらくして一通り話し終えた小夜は我に返ったのか、途端に顔を真っ赤にして頭を何度も下げる。

 

「すみません! 調子に乗って喋り過ぎました! 迷惑でしたよね! 本当に御免なさい!」

「別にいいわよ。まぁ、でも、そんなに人武祭に詳しいなら折角だし案内してもらえない? 私、人武祭初めてだから右も左もわかんないのよ」

「はい! 勿論、喜んで!」

 

 我ながら気の利いた返答だった、と霊夢は心の中で自画自賛した。

 案の定、小夜も顔を輝かせて何度も頷いている。

 

「いやぁ、実はここから一人で会場まで行くのも寂しいなぁって思ってたんですよ!」

「私はそうでもなかったけど」

「さぁ、行きましょ――――うぐぁッ!」

 

 聞こえていないのか、それとも、聞こえていないふりをしたのか。霊夢の言葉を意にも介さず、ハイテンションで霊夢の手を引っ張ると、見事に境内の石につまずき、綺麗に顔面から転んだ。

 

「大丈夫?」

「ええ、大丈夫、大丈夫……少し張り切り過ぎちゃっただけですから……本当に、ごめんなさい」

「テンションだだ下がりじゃないの」

 

 おどおどしてたりテンションが上がったり、すぐに下がったり感情の起伏のなんとも忙しい人だと、霊夢は心底呆れた。

 

「ま、まぁ、大丈夫ですよ。私も人武祭は初めてではないので、初出場の霊夢さ……霊夢はきっちり案内させててもらいますから」

「よろしく頼むわよ。というか、そういえばあいつは――――」

 

 鼻血を拭いて笑う小夜を見て、高天原のもう片方の弟子を思い出し、霊夢は小夜にそのことを尋ねようと口を開いた所で言葉が止まった。

 小夜も同じく気がついたらしく、ほぼ同時に二人は博麗神社の入り口とは反対側、高天原に下る階段の方に視線を向けていた。

 まるでこの周囲一帯を包み込むかのような巨大な気を二人とも感じ取っていたからであった。

 やがて、誰かが階段を上る音が聞こえ、ゆっくりとその姿は現れた。

 

「――悪い、俺も今年が人武祭初参加なんだ。ついでに俺も案内してくれないか? 小夜?」

「れ、蓮一さん!」

「……ッ!」

 

 小夜は喜びの声と共に現れた蓮一の方へと夢中で駆けていく。

 一方で霊夢は久々にその姿を見せた宿敵にメラメラと闘志を燃やし始めていた。

 

「いつ帰って来たんですか!?」

「え、今だけど……」

「ふーん、その様子だと、付け焼刃でもある程度修行は積んできたみたいね、蓮一」

「よう、霊夢。会うのは随分と久々な気がするな」

「そうね。一カ月ぶりかしら」

 

 二人の間で火花が散った。

 互いに一瞬で理解したのだ。

霊夢は倒すべき宿敵が、さらに強くなって帰って来たことを。

蓮一は自分にかつての雪辱を晴らそうと天才が本気で自分をねじ伏せに来たことを。

 

「人武祭、出るんだろ?」

「勿論よ」

「ということは当然?」

「あの時のリベンジよ。今度は油断なんて微塵もない。あなたの得意な体術で完膚なきまでに叩きのめしてあげるわ」

「望むところだ」

 

 お互いに威圧的な笑みと共に相手を睨み付ける。

 その間に入れず、小夜は少しの間、どうするか考えあぐねると、二人の腕を掴んで強引に引っ張った。

 

「ま、とりあえずそろそろ時間も危ないので話は会場についてからにしましょうか!」

「ちょ、あんた、気が小さい割に意外とやること強引過ぎない!?」

「なんか、変わったなぁ、小夜」

「そうですかー? まぁ、確かに以前より少しだけ自分に自信が付きましたけど?」

 

 有無を言わせぬ小夜の強引な誘引に、流石の霊夢と蓮一も大人しく会場に向け小夜の後をついていくしかなかった。

 

 

「ここが、人武祭予選会場、『アリーナ』か!」

 

 人里壱番エリアの一角にそびえる一際巨大な建物を前に蓮一は感嘆の声を上げた。

 人里最大の建築物と言われているその巨大なドーム状の建物の中は既に大勢の人間で賑わっている。その中には他の里村からやって来たらしい者が多く目に入った。

 

「この中で予選が行われるんです。入ってすぐに選手受付の案内があるのですぐにわかると思いますよ」

 

 小夜に人ごみの中を先導され、数分かかってようやく入り口の大扉をくぐると、小夜の言った通り、選手登録受付と書かれた大きな看板と右の通路へ進むように示す矢印が見えた。

 しばらく急に人気のなくなった一本道の通路を歩くと、大きく開けた空間に出た。そこには百人近くの大勢の参加者らしき猛者達が集まっている。

 

「お早うございます。人武祭の参加者の方々ですね? こちらの受付へどうぞ」

 

 参加者達の人数に圧倒されかけた三人に横から係員らしき女性が現れ、三人を傍の木のテーブルへと誘導する。

 その後、名前を言って登録確認を終えると、三人は係員からそれぞれ一枚の小さな木札を渡された。それぞれ木札には異なった文字が書かれている。

 

「これを予選開始まで大切にお持ちください」

「あの、これは?」

「今はまだお教えできません。ただ、万が一紛失された場合は強制的に失格となりますのでご注意を」

 

 淡々と言い慣れた口調でそれだけ言うと、係員は三人にお辞儀をしてまた他の参加者の元へと歩いて行ってしまった。

 

「あんた達、木札になんて書いてあった? 私は『ロ』」

「あ、私は『ハ』です」

「俺は、『イ』だな」

 

 それぞれ木札に書いてあった文字を読み上げると霊夢は広場の奥の方を指さす。

 見ると、そこには五つの通路が伸びており、それぞれ入り口の上に『イ』『ロ』『ハ』『ニ』『ホ』と書かれた板が立てかけてある。

 

「どうやら選手はここでグループ分けされるみたいね」

「ということは皆違うので、ここでお別れということになりますね」

「後は、本選でってことか」

「へぇ、予選落ちしない自信でも?」

「ああ、勿論だ。だてに師匠に鍛えられていない」

「この三人で本戦に出場できるといいですね!」

 

 三人はお互いの顔を見合って笑うと、それぞれ背を向けるように身を翻し、それぞれ指定された通路へと歩いて行った。

 ここからは一人の戦い。この数多といる予選参加者をなぎ倒し、本選へと進めるのは僅か一握り。

 

「絶対に勝ち残る……!」

 

 通路を進んだ先の広場へと三人はそれぞれ進んでいった。

 

 

「ここが、選手控室……はぁ、緊張する」

 

 小夜は恐る恐る通路からさっきよりもさらに大きな広場へと顔を出した。

 瞬間、先に選手控えにいた選手達の視線が一気に新たに入って来た小夜に集まる。

 

「…………!」

 

 あまりのプレッシャーに思わず半歩後ろに下がってしまう。

 だが、不思議と震えはない。心臓の鼓動も落ち着いている。

 

「まぁ、幽香師匠に比べれば、ね」

 

 今度はしっかりと第一歩を踏み出し、堂々と選手控室の中に入っていく。

 しばらく小夜の動きを追うように視線が動くのを感じるが、意にも介さぬまま開いている長椅子に座り、逆に自分を睨む選手達を睨み返して見せる。

 それだけで小夜に集まっていた視線はあっさり散開していった。

 小夜はその様子に大きく安堵の溜息を洩らすと、改めて自分の中の変化に驚いた。

 

「はは、あの私が大人数に注目される中を堂々と歩いて、しかも相手を睨み返すなんて……一か月前の私が見たら卒倒するかな」

「――いやぁ、お見事、お見事。度胸あるのね、あなた」

「えッ!?」

 

 いつの間にか隣に華やかな着物に身を纏った赤髪の少女が隣に座っていた。

 流石にここまで派手な人物がいれば目に留まりそうなものだが、いつの間に近づいたのだろうか。小夜は警戒を露わにした。

 

「あら、そんなに警戒しなくてもいいのに、悲しいわ」

「と、突然隣に人が現れたら誰だって警戒します」

「あ、隣座っていい?」

「もう座ってるじゃないですか!?」

 

 変な人に絡まれた。

 

「あなた名前は?」

「え……あの、小夜、といいます」

「ふーん、小夜ちゃんはこの里の人?」

「あ、はい。この里出身です」

「じゃあ、自警団の子なんだ」

「え? あ、はい……そうです、けど」

 

 何故今の会話で自分が自警団だとわかったのだろう。

 

「ん? だってこの里って道場は剣術道場しかないから剣を持っていない無手の女武人なんて自警団で日々鍛えているような女の子しかいないでしょ?」

「ッ!? エスパーですか!?」

 

 容易く小夜の心を読んだかのように理由を説明し始める少女に小夜は立ち上がって驚いてしまう。

 

「うん、エスパーです」

「ええ!? 本当に!?」

「う・そ」

「ええええ!?」

 

 ここまで本当に得体のしれない相手は初めてだった。

 さっきから振り回されっぱなしの小夜を少女はケタケタと楽しそうに笑って見ている。

 

「申し遅れまして、私の名前は小兎姫(ことひめ)。ここから少し離れた小さな村で警察をしているの」

「警察?」

「自警団と似たようなものよ。悪人を追い掛け回して楽しむお仕事」

「自警団はそんなことしてませんよ!」

「えー、そんなこと知ってるよ、冗談よ、冗談!」

「ええええ!?」

 

 話が全くかみ合わない。

 もうどうにかして早く話を断ち切りたいと考えていると、小兎姫は突然、真剣な表情で小夜に顔を近づけてじっとその目を見つめる。

 

「あ、あの……顔が、近いんですけど……」

「ねぇ、あなた本当に自警団ってだけ? 本当は名の知れた武人、もしくはその弟子とかだったりするんじゃないの?」

「――――!」

 

 一瞬で小夜の表情は凍り付いた。

 なにせまだ小夜と出会って数分の小兎姫は勘付いたのだ。小夜の武の根源にある幽香という達人級の武人の存在に。

 

(もしかしたら、この人性格は本当にふざけてるけれど実力は相当上なんじゃ……!?)

 

「あなた……独特の臭いがするわ」

「な、なんの……でしょう?」

 

 恐る恐る小夜は小兎姫の返答を待つ。

 目を閉じて鼻から何かの臭いを感じ取るような仕草を見せると、彼女はゆっくりと目を開けながら言った。

 

「これは、汗ね……!」

「――――なっ!? ちょッ! 何嗅いでるんですか!? やめてください!?」

「くんかくんか!」

「きゃあああああああああ!」

 

 やっぱりただの変な人だ、間違いない。

 それから数分の悶着を経て、ようやく小兎姫は小夜を解放した。

 

「じゃあ、また予選で会いましょうねー、小夜ちゃん」

「で、できればもう二度と関わりたくない……!」

 

 息を荒げながら楽しそうに駆けていく小兎姫の背中を疲れた表情で見送りながら小夜は小さく呟く。

 

「――全く、なにか騒がしいと思ったらお前か」

「え…………なんで、ここに!?」

 

 小兎姫と入れ替わる形で小夜に近づいて来たその男を見て、小夜は驚愕の声を上げずにはいられなかった。

 

 

「ふぅん、ここが選手控えね」

 

 霊夢は通路を出て開いた空間とそこに佇む大勢の武人達を見下ろした。

 同時に控室に入って来た霊夢を注視する視線にぶつかる。

 そうしておおよそ全体を一瞥すると、霊夢は心の中でほくそ笑んだ。

 

(見えてる限り、このブロックには敵はいないわね)

 

 おそらく木札によって分けられた五つのグループ。これが予選を争う相手であることは予想がついた。

 ならば、控室で予選開始までに同じブロックの品定めをしておきたい。

 霊夢は奥の方にいる参加者達の姿を見に行くべく歩き出す。

 が、霊夢の進行方向に参加者を掻き分けて横から出てきた男が丁度進路を遮り、二人はぶつかってしまう。

 

「っ!」

「あ、すみません、大丈夫ですか?」

 

 男の方は微動だにしなかったが、霊夢の方は男に弾かれ数歩後ろによろめいた。

 霊夢にぶつかったことに気が付いた男が霊夢の方に身体を向けていた。

 

「え、ええ、別になんともないわ。私こそごめんなさい。あなたは大丈夫」

「自分、堅固な男なので」

「そ、そう」

 

 霊夢はぶつかった男を見て、改めてその大きさに驚いた。

 男の身長はおおよそ2mを超えており、その身体は筋骨両々。身体中がまるで筋肉の鎧に包まれているようであった。

 

「自分、玄亀(くろかめ)といいます。どうぞよろしくお願いします」

「私は博麗霊夢よ。こちらこそよろしく」

 

 まるで巨人のような手と握手を交わすと、玄亀は一度礼をして、背を向けて何処かへ行ってしまった。

 

「玄亀、ねぇ。あの人は少し要注意かもね――――ん?」

 

 玄亀という大男をマークし、霊夢は彼の後姿に奇妙なものを見た。

 さっきは彼の巨体に隠れていたため気が付かなかったのだろう。彼の背中には巨大な丸い盾が背負われていた。

 玄亀、という名前を思い出し、霊夢は本当に亀のようだと笑ってしまう。

 

「――もし、そこのあなた」

「……私?」

 

 玄亀の背中に気を取られ、肩を叩かれるまで気配に気付けなかった。

 ゆっくりと後ろを振り向くと、美男にも美女にも見違えるような凛々しい顔立ちの侍が後ろに立っていた。

 声色から恐らくは女性だろうが、男装しているのか、男物の袴を着ているため定かではない。

 侍はじっくりと振り向いた霊夢の顔や体を見回すと、口を開いてこう尋ねた。

 

「君は、博麗の血筋の者か?」

「……ええ、そうよ。当代博麗の巫女、博麗靈夢の娘、博麗霊夢。あなたは?」

「申し遅れた。私は明羅(めいら)。流浪の女侍だ」

 

 明羅と名乗ったその女侍は深々とお辞儀をすると、同時に笑ってこう告げた。

 

「昔、君の母親とは一度戦ったことがある」

「…………」

 

 霊夢は何も言わなかった。

 明羅もそれだけ言うと、満足げに笑って早々に背中を向けて霊夢の元から去って行った。

 

「まさか、あの博麗の巫女の娘とまで相対することになるとはな。楽しみにしているよ、博麗霊夢」

 

 そう明羅が背中越しに呟いたのが聞こえた。

 

「へぇ、中々面白そうな相手もいるじゃない……」

 

 

「さて、ここが選手控室か」

 

 蓮一は手元の木札をもう一度確認し、どこか適当な場所で一息つこうと空いているスペースを探そうと辺りを見回す。

 しかし、来たのが遅かったからか、めぼしい場所はほとんど埋まっているようで地面に座るしかなさそうだ。

 仕方ないと諦めて壁際へ向かうと、不意に後ろから声をかけられた。

 

「君、もしかして席を探しているのかい?」

「え? は、はいそうですけど?」

 

 振り向いた先にいたのは、とてもお世辞にも武人とは思えない風貌の赤毛の三つ編みに真っ赤な服の真っ赤な瞳の少女であった。

 あまり歳の差があるようには感じないが、何故かひどく大人びた雰囲気を漂わせる少女は蓮一を見て笑うと、その手を掴んでどこかへと引っ張っていく。

 

「じゃあ、丁度いい。私が椅子を作ってあげるから予選開始までの間、私の話し相手になっておくれ」

「え? ちょっ! ええ!?」

 

 半ば強引に控室の隅に連れていかれると少女は蓮一の手を離し、その手をもう片方の手と共に地面に掲げてなにやら呪文のようなものを唱え始める。

 すると、数秒後に地面から二つの石でできた椅子が生成される。

 蓮一はその光景に目を丸くし、少女はその反応を見てさも嬉しそうに笑った。

 

「これって、魔法、ですか?」

「ああ、その通り。まぁ、魔法が使える人間が居たって不思議じゃないだろう? さぁ、少しばかり座り心地は悪いだろうが座ってくれ」

「は、はい」

 

 促されるままに蓮一は生成された椅子に腰かける。少女も同じようにして腰掛けるやいなや、早速休む間もなく口を開く。

 

「さて、まずは自己紹介といこうか。私の名前は岡崎夢見(おかざきゆめみ)という。君は?」

「俺は、蓮一です」

「そうか、蓮一。君は何でこの人武祭に参加したんだい? 見た所私よりも若いだろう?」

「まぁ、腕試しみたいなものですかね……将来的には、俺はもっと強い奴らをあいてにしなくちゃいけないので」

「ほう、若いのに立派だねぇ」

 

 夢見の受け答えを聞いていると、まるで大人と話しているような錯覚に襲われる。

 人里では見たことがないから恐らくは外から来た人なのだろうが、彼女は今までに出会った事のないタイプの人間であり、蓮一は彼女に対しどう接するべきか戸惑っていた。

 

「え、と、岡崎さんはなんでこの人武祭に?」

「教授、でいい。皆私のことをそう呼ぶ。そうだねぇ、私は……この里にいるらしい八武長とやらが気になって来たんだ」

「八武長が……?」

「ああ、彼らは噂ではなんと人間の身で妖怪を退治しているらしいじゃないか。彼らと戦えば、もしかしたらまだ私の知らない素敵な現象が見られるかも知れないと思ってね」

「は、はぁ……?」

 

 蓮一には夢見の目的は正直まったく理解できなかったが、どうやら彼女も本選まで進むつもりであるらしいことはわかった。

 

「じゃあ、取り敢えず俺と教授はお互い予選中はライバルですね」

「君もやはり本選までいくつもりか。なら、このブロックで気を付けるべき相手が誰か位は知っておくべきだね。ほら、あそこにたむろっている大男達が見えるかい?」

「はい、あれですよね?」

 

 夢見が指さした方向には四人の大男がそれぞれ向かい合っているのが見えた。しかし、決して仲睦まじいという様子ではない。むしろ、闘志を剥き出しにして今にも襲い掛からんと火花を散らしていた。

 おそらくは彼らは人武祭でのライバルなのだろう。

 

「あの四人がこのブロックで最も本選出場を有力視されている豪傑。通称、『四剛』と呼ばれる武人だ」

「四剛……?」

「ああ、左手前から金剛、剛田、右は東剛、剛州。この四人は四年連続で人武祭の最終予選まで残って鎬を削り合っていた四人で、しかも全員が一度本選出場している」

 

 夢見に言われた順にそれぞれ視線を移していくが、それぞれゴリラ、サル、チンパンジー、オランウータンといった感じの風貌の大男達であった。

 蓮一は夢見の説明を聞いた後、ゴリラ――金剛を指さして言った。

 

「あの、金剛って人。確かうちの自警団の人ですよ。見た事あります」

「ほう、自警団なら日々鍛えているだろうし、四剛の中では彼が一番警戒すべき相手かも知れないな。予選の中で彼らの戦いを見る事もあるだろう。彼らと戦う時どうするのかその時によく戦略を練っておくといい」

「それって予選の一番最初で当たったらどうしようもないですよね」

「ネガティブだねぇ。いや、現実主義、と言った方がいいかな。まぁ、その時は自分の力を信じて精一杯戦うしかないな。それとも自信がないのかい?」

「いえ、教授が初戦で当たらないか心配なだけですよ」

「それだけ大口叩ければ上等だ」

 

 お互いに挑発的な笑みを浮かべ、二人が笑い合っていたところで、広場中に突然鐘の音が鳴り響いた。

 

「これは……」

「おっと、時間のようだね。さぁ、いよいよ予選開始だ。お互い頑張ろう、蓮一」

「ええ、教授も頑張って生き残ってください」

「――それでは、これより人武祭一次予選の内容を説明いたします。参加者の皆様にはどうか御静聴の程をお願い致します」

 

 蓮一達が入って来た通路の奥からスーツを着た長身の女性が現れ、参加者に集まるよう呼びかける。

 同時に、彼女の上から巨大なスクリーンが降りて来て、そこに説明補助の図のようなものが映る。その中には受付の時に配られた木札の絵があった。

 

「一次予選の内容、それは、バトルロイヤルでございます」

 

 その言葉に一気に選手達の中にざわめきが起こるが、スーツの女性の手の一振りでそれは制止された。

 

「どうか、御静聴の程お願い致します。バトルロイヤルとは言っても、今年度人武祭出場者全五百名によるバトルロイヤルではなく、五人でのバトルロイヤルとなります」

 

 今度は選手達から疑問の声が洩れ始める中、女性はスクリーンに映った写真を指さす。

 

「現在、選手の皆様はランダムに百名ずつ五つのグループに分かれて頂いております。この一次予選では、この『イ』グループ全百人の中でランダムに五人グループが二十組組まれ、皆様にはそれぞれ割り振られたグループ内で戦闘を行って頂き、五人の中で勝ち残った唯一人が二次予選に進めるルールとなっております」

 

 つまりは、この百人の中から自分の他に四人が敵に選ばれ、それを全員倒さなければならないわけだ。

 スーツの女性はスクリーンを切り替えると、簡潔にこの一次予選の内容をまとめる。

 

「つまり、この一次予選を終えた後、人武祭予選参加者は五百人から百人に。つまり、五分の一にまで減ることになります」

 

 成程、これは思った以上に厳しい。五人の中で勝ち残ればいいとだけ聞けばそこまで難易度は高くないように思えるが、実際はそれを経て五百人の内四百人がこの一次予選で敗退してしまうのだ。

 求められているのはそれだけの修羅場を勝ち抜く力だ。

 蓮一は強く拳を固めた。

 

「これより、皆様に事前に渡した木札が転移装置となり皆様をランダムにステージに振り分けます。ステージは写真のような半径50mの円形ステージで、勝利条件は同じステージ中の全ての相手を戦闘不能、もしくはステージから押し出せば勝利となります。また、相討ちなどにより、唯一人の勝者が確定しなかった場合はその組の予選通過者はなしとなりますので、その点もご注意ください」

 

 説明が終わると同時に、持っていた木札が眩く光始め、やがてそれが参加者の身体全体を包んでいく。

 スーツの女性は最後に深々と頭を下げ、転移される参加者達に言った。

 

「それでは、御武運を」

 

 そして、眩い光が参加者全員を包み込んだかと思うと、その刹那、控室から百名いた参加者は全員跡形もなく消え失せていた。

 

 

 眩しい光に包み込まれてからゆっくりと目を開けると、そこはついさっきスクリーンに映っていた円形のステージの上であった。

 ゆっくりと辺りを見回すと、自分を合わせ、五人でステージの中心に円を作るようにして立っているのがわかった。

 この四人が自分の敵。

 蓮一は思わず笑いがこみ上げていた。

 

「ははっ、初戦からこれか」

「んん? なんじゃいこのガキは?」

「ガハハ、なんだお前ら全員一緒のステージか」

「俺様はついてるぜ。なにせ、初戦からテメェーら全員をぶちのめせるんだからよお」

「まさか四剛が全員集結とはのお。しかし、そんな四剛の中一人ぶち込まれた君は運が悪かったのお」

 

 目の前にいるのはさっきまで夢見が話していた本選出場有力候補の四人、金剛、剛田、東剛、剛州であった。

 目の前の大男達はお互いを牽制し合い、同時に蓮一の方を見てニタニタと笑っていた。

 今は戦闘開始前だからか、手足は動かせないようになっているようだが、明らかに彼らは試合開始と同時に、いの一番に蓮一を排除するよう動こうとしているようであった。

 そんな緊迫状態の中、突然、ステージの上空から陽気な声が響き渡る。

 

『さぁああああああ! 始まりましたよぉ、年に一度の闘いの祭典、人ッ武ッ祭! その一次予選! 今年は一体どんな熱いドゥラマを彼らは見せてくれるのかぁッ!? 実況は私田中太郎こと『T.T.』がお送りいたしまぁす! そして、解説にはなんとこの方! 幻想郷で彼女を知らない者などあんまりいない! 妖怪の賢者、八雲紫様です!』

『よろしくお願い致しますわ』

『いやぁ、紫様! 今日もお美しい! このT.T.、あなたとご一緒出来てもう今生の悔いは一切ございませんッ!』

『あら、じゃあ、妖怪のお食事になってもらおうかしら』

『さて、紫様の重いジョークも炸裂した所で、現在の様子を観客の皆さんにも見て頂きましょう!』

『あら、私ジョークなんて言ったことないのよ?』

『はっはー、重いなぁ。重すぎて私の心がもう折れかけましたよぉ……本当に。さぁて、紫様! 今回の一次予選! 五人バトルロイヤルに関してはどうお考えでしょうか?』

『そうねぇ、まず―――――』

 

 どうやらこのステージにも実況の声や観客の声は届くようになっているらしい。そして、その戦闘風景は逐一録画され、大衆の目に触れている訳だ。

 そして、当然、自警団八武長の全員にも。

 

「しかし、紫さん……あの人何やってるんだ……」

 

 楽しそうに実況と予選に関して会話する紫を見て蓮一は苦笑いを浮かべる。

 そうしている内に上空にカウントダウンが現れ、後三十秒程で試合が開始することを予告する。

 

『おぉっと、見てください。どうやら一人アンラッキーボーイがいるみたいですよぉ、可哀想に!』

 

 その可哀想とか微塵も思ってない喋り方はなんだ。

 

『彼は、今年初出場のルーキー君ですねぇ。しっかああああし! 運命の悪戯か神の気まぐれか! 彼のステージ上にはあの毎年本選出場候補筆頭を連ねる四剛! なんというアンラッキー! 神よ! 一体彼が何をしたというのかあああああ!』

 

「やかましいわッ!」

 

 成程、自分の下剋上などという可能性は微塵も考えられてはいない訳だ。

 

「ガハハハ! まぁ、仕方ないな、坊主。俺ら四剛と同じステージじゃあもうルーキーに勝ち目はない」

「また来年出直すんじゃのお」

「俺様の闘いの邪魔だけはするんじゃねぇぞ?」

「ま! そう気ぃ落とさんと、君、試合始まったらすぐステージから飛び降りてしまえい。そうすりゃ無駄な怪我せんくて済むからのう!」

 

 そう言って笑う四剛の面々。

 迫りくる試合開始の合図。

 丁度いい機会だ。蓮一は心の内でそう呟くと、満面の笑みで大爆笑する彼らの『名前』を声高らかに呼んだ。

 

「おい、ゴリラ、サル、チンパンジー、オランウータン」

「…………ガハハ」

 

 試合開始まであと十秒。

 

「四剛だか、四ゴリラだか知らないが。俺はお前らなんて眼中にない」

「なんじゃとぉお?」

 

 あと八秒。

 

「俺はお前らみたいな雑魚と戦いに来たんじゃない。求めているのはもっと強い相手だ」

「てめぇ、俺様にケンカ売ってんのか……!?」

 

 あと六秒。

 

「俺が目指すのは頂上(優勝)のみ! 山の中腹(本選出場)程度で満足してるような奴らじゃ相手にもならない!」

「おい、君ぃ、それぐらいにしときぃ。俺も流石にぶち殺したくなるけぇのお」

 

 あと四秒。

 

『な、なななななな! なんとおおお!? 蓮一選手、あの四剛をドッッストレエエエエエエトに挑発ううううううッ!? クレイジイイイイッ!』

『いいわね、こういう盛り上がるの好きよ』

 

 あと二秒。

 

「御託はいい――――」

 

 あと一秒。

 

「全員纏めてかかってこい!」

 

 試合、開始。

 試合開始のベルと共に青筋を立てて顔を真っ赤にした四剛が勇んで蓮一に殴りかかってくる。

 当然だろう。あれだけ挑発して怒らせて、矛先を向けさせたのだ。四剛と、観客達全員の注目をこれだけ集めた。

 これで見せてやれる。四剛に、そして、今自分を見ている全ての観客と八武長に。

 さぁ、叩きつけろ。

 ――――宣戦布告を。

 

「――――曼荼羅(まんだら)制空圏」

 

 それからは一瞬のことだった。

 気付けば、飛びかかっていた筈の四人は蓮一の前に皆一様に倒れ、完全に気絶していた。

 観客も実況も、紫でさえも何が起きたのかわからず、会場を静寂が包み込んだ。そして、その数秒の静寂を断ち切ったのは蓮一の勝利を示す試合終了のブザー音。

 その音でようやく、実況が辛うじて我に返り、震える手でマイクを握りなおすと、観客と他のステージで戦っている全ての人々に向け、告げた。

 

「し、信じられない……! 予選開始僅か、三秒! 謎のルーキー、蓮一選手! あの四剛を、まさかの瞬殺ッ! 一次予選、堂々のダントツトップ通過だあああああああああああッ!」

 

 その実況の言葉と同時に爆発したかのように湧き立ち、鳴りやまぬ歓声と拍手。

 その日、誰もが予感した。今年の人武祭の大波乱の幕開けを。

 八月、人武祭。蓮一、覚醒。

 

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