東方史上最強の弟子 レンイチ   作:浜栲なだめ

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第四十九話「第三次予選」

 

『皆さん、本日も早朝からお集まりいただきありがとうございましたああああ! 選手全25名が集まったという事で三次予選の詳しい説明をさせていただきまああああす!』

 

 相も変わらず高いテンションで騒ぎ立てる実況の声は会場の誰の耳にもやかましく聞こえた。

 

『それでは、辻秋さん、よろしくおねがいします!』

『了解しました。皆さん、おはよう。自警団団長、辻秋です。今回は僕から予選のルール説明をさせてもらおうと思います。まずは、選手登録の際に渡されたグローブを全員付けてください』

 

 星の形をしたバッジが右グローブの手首辺りの部位に十個付けられた一組のグローブはそれぞれの手の大きさに合わせて作られているのか、手によく馴染む。

 選手全員がグローブを付けた所で辻秋は説明を再開した。

 

『さて、昨日説明した通り、これから君たちにはそのグローブの星を奪い合って貰います。ただ、そのグローブから星を外すにはある条件を満たす必要があります』

 

 そう言うと、辻秋はモニターカメラに向けて指を三本立ててみせる。

 

『有効打、三発かもしくは気絶。それに反応し、そのグローブの星の一つがロック解除されグローブから落ちます。これをドロップと呼称します』

 

 有効打三発か気絶。それにつき一つの星がグローブから外れていき、それを集めていく仕組みという訳である。

 

『また、自分の星が二つドロップするか、もしくは気絶した場合。その瞬間にワープが発生し、島内のランダムな場所に転送されます。これは一方的なリンチによって星を全損してしまうのを阻止するシステムです』

 

 つまり、星が二つ奪われるか、気絶したその時点でワープし、それ以上立て続けに攻撃されることはないということである。

 48時間という戦闘時間を考えれば、そうやって一筋縄では星は集められないよう仕掛けを作るのは自然だろうが、運が悪ければさらに他の敵の目の前ということもあり得るのだ。

 ワープされるのは一概に良い事とは言えないだろう。

 また、星のドロップ条件は有効打三発か気絶。しかし、気絶した時点でワープされることを考えると、気絶させるのは賢い選択とはいえない。

 

『ちなみに島内には全体に回復魔法がしかれていますから、どんな怪我でもあっという間に治りますし、即死級の攻撃を受けたとしてもその瞬間に回復するので絶対に死にません。気絶ならワープから数秒かからずに目を覚ましますし、複雑骨折や内臓破裂でも一時間程度で完治してしまうので、身体の破壊によるあらゆる無力化は通用しないと思ってください』

 

 どんな怪我でも治る。どんなことをしても死なない。

 この言葉を聞いて観客と選手のどれだけがその残酷さに気が付いただろうか。

 これはつまり、星の奪い合いにおいて、あらゆる手段が解禁されたという暗示でもある。最悪殺しても構わない。殺した瞬間に意識がなくなるので気絶扱いでワープされるのだろうが、それでも星は一つドロップする。

 むしろ今のルールによって多少やり易くなった者もいるのではないだろうか。

 

『あ、言い忘れてましたけれど、ワープされた時点でドロップ条件はリセットです。ワープ以前に有効打を何発貰っていようが、また三発有効打を当てなければ星はドロップしませんので』

「質問良いか?」

 

 ここで、選手の一人が手を大きく上げて質問する。

 

「例えば、ワープが始まるよりも早く十発有効打を入れた場合はどうなる? 星は三つドロップすんのか?」

『いえ、有効打六発分までしか判定されません。そうですね、言い方を変えましょう。いかなる理由に関わらず、一度の交戦で相手から奪える星は最大二つまでです』

「オラも質問だべ!」

『はい、どうぞ』

「ドロップした星ってのはどうやって自分のもんにするんだ? あんたの説明じゃ星はグローブから外れるだけだろ?」

『グローブをよく見てください。星をはめ込む溝が空いているでしょう? そこに星をはめこめば星はロックされます』

「……なるほど、あんがとさんよぉ」

 

 二人目に質問した訛りの酷い男はそれを聞くと、不敵な笑みを浮かべた。

 気味が悪いとは思ったが、蓮一にはその意図は読めなかった。

 

『さて、それでは問題の予選通過条件ですが、昨日聞いている通り、星の保有数をランキング化し、その上位12名までを最大本選出場者人数とします』

「最大、本選出場者人数?」

 

 何か引っかかるような言い方だ。

 他の選手や観客もその言葉に違和感を覚え、会場がざわめきたつ。

 

『説明しましょう。この三次予選を通過できるのは上位12名が最大人数であり、最少人数ではないということです。なんらかの理由で上位12名が確定できない時は本選出場者は10名にも1名にもなります』

「はぁ!?」

 

 これには選手達から威圧的な罵声が飛んできた。

 当然だろう。予選通過枠が今の説明で不明瞭になってしまったのだから。

 

『まぁ、順を追って説明しましょう。例えば1位から11位までが一人ずつ居て、12位が同率で二人いるとします。この場合、上位12位までを取ると計13名になってしまいますね? この場合、12位の二人でのサドンデスなどの措置はなく、そのまま二人共予選落ちとし、本選出場者は11名となります』

 

 つまり、三次予選の通過は確定した上位12名でなければならないということだ。

 上位12名が確定しない場合は下から切り捨てられ、通過者が12名以下になる可能性もあるのだ。

 

「ちょっと待て! それじゃあ、同率一位が万が一13人いたらどうなる!?」

『まぁ、滅多にはないことですが、その場合は全員が予選落ちです。本選は八武長のみで執り行う事になります』

「な!?」

「ふざけるな!」

「そんな無茶苦茶なルールがあってたまるか!」

「やり直せ!」

 

 選手達から罵詈雑言がモニターの辻秋に飛ぶ。

 しかし、辻秋は柔和な笑みを見せて言った。

 

『皆さん、何か勘違いをしていませんか?』

「なんだと!?」

『この人武祭は人間の頂点を決める戦いでもあるんですよ? つまりは私が求めているのは玉。他の者を圧倒できる実力を持った武人だけです。この予選で同率一位が13名も出るということは、つまりはこの予選に集まった皆さんは結局の所皆同じような実力。玉ではなく、歩であったというだけなのです。私は本選にそのような武人を求めてはいない』

「…………!」

『まぁ、予選通過枠が確定しないという状況で不安になるのはわかります。しかし、同率によって予選落ちする不安が欠片でもあるのなら、もうこの人武祭の頂点にはふさわしくない。今からでも辞退した方がいい』

「ぐ……!」

『もう一度言います。私が求めているのは他を凌駕する玉。それを取りこぼしなく見極めるため、あえて保険として12人まで枠を取っているに過ぎない。本来ならこの予選通過者は一人でも良いと私は考えています』

 

 さっきまでの罵詈雑言の嵐は嘘のように静まり返り、その辻秋の言葉だけが静かに響き渡っていた。

 

「ふふ、いいね、面白いじゃな~い!」

「拳鬼!?」

 

 静寂の中、笑い声を上げたのは武村だった。

 

「そう、そうこなくっちゃ面白くない! 玉? いいねぇ、だが僕が目指しているのはその程度の場所じゃない」

 

 武村は人差し指を頭上に掲げ、高らかに宣言した。

 

「僕がなるのは、『王』だ! 文句のある奴はかかってこい、全員真っ向から捻じ伏せてやる!」

『ふ、そうです。それでこそ人武祭を戦う者にふさわしい』

 

 それは武村の優勝宣言でもあった。

 瞬間、会場中が一気に歓声の嵐となり、武村に多くの声援が送られてくる。

 

「くそっ! 調子に乗んなよ! 俺だってこんな予選軽く一位通過してやって八武長なんざぶっ飛ばしてやらああああああ!」

 

 武村の言葉に刺激され、また一人の選手が高らかに声を上げる。

 さらに会場の熱気は高まり、次々と選手達は続けて声を上げている。無論、ここで声を出さない者の中にも静かに闘志を燃やしている者が何人もいることが見て取れた。

 流石は武村である。彼の言葉が選手達の闘志に火をつけたのだ。

 

『いい感じに気は引き締まって来たようですね。それでは最後に選手の皆さんをサポートするアイテムの紹介をしましょう。選手登録の際にグローブと一緒に配られたリュックサックの中を見てください』

 

 蓮一はリュックを開くとその中は明らかに外見とは一致しない広い空間が広がっており、大量の食糧やカンテラやマッチなどサバイバルグッズの限りが詰め込まれていた。

 その中に何か見覚えのないモニターを手のひら大に小型化したような端末が入っているのが見えた。

 

『中に端末が入っているのがわかるでしょうか? それを取り出して側面にあるボタンで電源を入れてみてください』

 

 言われた通り端末の右側面についていたボタンを押すと、モニターに島のマップのようなものと選手達の名前がリストになって右に出ている。

 よく見ると、リストの方には名前の横に全員1位と、左に10と書かれている。

 おそらくは順位と星の保有数だろう。

 

『それは島全体のマップと皆さんのランキングを映し出す装置です。ランキングは毎秒更新され、全員今何位なのか、どれだけ星を持っているのかが分かるようになっています』

 

 なるほど、これは便利だ。蓮一は端末に関して驚愕と共に感心した。

 これならおおよその目安を見て体力の配分を考えながら戦う事が出来る。ステージとなる無人島では傷はすぐに回復するとは言っていたが、体力まで回復するとは言っていない。加えて48時間という長い戦闘時間。今回の予選では新たに身に着けた技を使えない点。寝食の時間など諸々の問題を考慮すれば、ペース配分に関して重点を置くのは自然な事であった。

 

『また、そのマップには選手の皆さんが転送後、開始10秒に1回、以降は10分に一回レーダーによるスキャンが行われ、端末のマップ上に選手の現在位置がマッピングされます』

 

 ランキングが分かるうえにこのマップで自分と他の相手の現在位置まで分かる訳だ。10分おきに更新ということを考えると、これでは悠長に寝る事もできない。

 思いの外厳しい戦いになりそうである。

 

『マッピングでは自分以外は個人名まで表示されません。しかし、このレーダーは星の数に応じて感度が増します。つまりは星を多く持っている者程マッピングの際、強い反応が現れ、其の位置も正確にマッピングされるようになっています』

 

 つまりはランキングの高い者程マッピングで個人を特定されやすく、かつ他の相手から狙われやすいシステムなのだ。

 この予選で常時ランキングを上位に保つのは容易ではない事は誰の目にも明らかであった。

 

『それでは、長くなりましたがこれで三次予選の説明は終了です。何か質問は?』

 

 この三次予選のルールをおさらいしておこう。

 島の中での48時間の星の奪い合い。

 星を一つドロップさせるには相手を気絶させるか有効打を三発入れればいい。

 気絶するか星を二つ奪われると自動的に島のどこかにワープし、ドロップ条件もリセットされる。

 島の中ではあらゆる傷は短時間で回復する。

 予選通過ができるのは最大上位12名。同率で通過人数を超えれば過剰分は予選落ち。

 端末で全員の順位と星の保有数、現在位置がわかる。ただし、マッピングは十分に一回の更新で星の保有数によってその感度は変化する。

 

「よし、やるぞ!」

 

 蓮一は拳を握り、改めて気合を入れなおしてリュックを背負いなおす。

 ずっしりと重みのあるリュックサック、おそらく5Kgくらいはあるだろう。二日間これを背負って島中を走り、戦うのもまた骨が折れそうだ。

 

『それでは、質問もないようですし、始めましょうか! 転送され、あなたが目を開いた瞬間から予選は開始です。皆さん、全力を尽くすように』

 

 その辻秋の言葉と共に選手達の身体が光り始める。

 ついに始まる。第三次予選が。

 

『それでは、第三次予選、開始!』

 

 瞬間、視界が真っ白に包まれ、蓮一が次に目を見開いた時には既にそこは見知らぬ森の中であった。

 

 

「――周りに敵、はいないか」

 

 周囲を慎重に警戒しながら、まだ近くには誰もいないことを確認すると、素早く蓮一は木の上に上る。

 幸い、枝が太い樹木ばかりで、リュックサックを背負った状態でも蓮一を支えてくれた。

 

「まずは死角を取る。こんな場所じゃ、いつ誰が襲ってきてもわからないからな」

 

 人間にとって、真上というのは絶対的な死角である。案外、草むらや幹の影に潜んでいる者はいくら巧妙に隠れていても見つかる可能性は高いが、木の上に居る者は姿が丸見えでも案外容易くは見つからない。

 こういう場所での闘いならば即座に木の上に登って敵の死角をとるのは山で多くの獣を相手取って来た蓮一には常套手段と言えた。

 

「お、そうだ。まずは端末で位置確認だ」

 

 転送終了の十秒後には既にレーダーが蓮一達の位置をスキャンしてマッピングを端末に送っている。

 蓮一はなるべく音を立てぬようにリュックから端末を取り出すと、電源を付ける。

 まだ開始十秒経った時点でのマッピングでは選手の特定もできないので、全員の大よその位置確認だけ出来ればいいと思っていた蓮一であったが、マップとランキングを見て驚愕した。

 

「な!? 既に星の数が変動してる!?」

 

 マップには二十五個の赤い点が点灯している。これが位置情報なのだろう。しかし、大半の者はマップに対して点が大きすぎて細かい位置までは分からない。地図の縮尺を考えると、点の中心から半径200m程度までの範囲までしか絞れない。

 しかし、マッピングの表示の一つが他の者よりも僅かに強い赤色を帯びており、その点が小さく、画面をタップするとより詳細な座標まで出てくる。

 また一方では一つの反応が小さく、赤色が薄く、その点がかなり大きい。

 地図の縮尺を考えると点の中心から半径500m程度までは範囲が広がっている。

 

「ランキングだけが変動しているのならまだわかる。だけど、マッピングの感度まで変化しているということは!」

 

 それはつまり、開始十秒以内に既に敵を発見し、有効打を三発以上入れた者がいるということである。

 しかも、奪った者と奪われた者の位置関係は明らかに遠い。つまりは既に一度二つ星を奪われたか気絶させられてワープしたのである。

 蓮一は急いでランキングの欄に視線を動かした。

 現在の一位は星12個、名前は――――。

 

「アイリス! こいつは要注意だな」

 

 それ以外のランキングは23人が同率二位で十個、そして最下位に八個の選手がいた。

 間違いない。このアイリスが開始十秒で既に一人から星を二つ奪い取ったのである。

 

「今まで目立った活躍はなかったが、ここに来て本性を現して来たか……!」

 

 取り敢えず蓮一は端末をチェックし終えるや否や急いでその場から移動することにした。

 既に自分のおおよその現在位置は全員にばれている。開始してから数時間はランキングの上位を狙うよりは自分の近くにいる相手を狙いに来る筈だ。

 自分の近くには二つ程赤い点があった。おそらくは既にこちらに向かってきているに違いない。

 無論、待っていて迎え撃ってもいいが、二人以上の相手が向かってくる以上、一人と戦っている隙に不意打ちという可能性も考えられる。

 とりあえずは場所を移動して様子見、という戦法を蓮一はとった。

 

「――さて、木の上を音を立てないよう移動して来て大体200メートルは動いたか?」

 

 依然として敵の気配はない。

 端末を見るとそろそろレーダーのマッピング更新の時間が迫っていた。

 端末に残り予選時間とレーダーのスキャン時間が書かれているのは非常に助かる。

 

「よし、あと五秒。さぁ、どうなる?」

 

 ランキングには変動はない。

 まだ、アイリス以外は交戦状態にも入っていないようであった。

 そして、五秒後、マッピングが始まり、赤い点がまたそれぞれ移動する。

 さっき、自分の近くにいた二人は僅かに近づいてきていた。

 

「俺の位置はマップ上じゃほとんど変わってないし、これでこの二人は一気に俺の方に攻めてくるな。二人で牽制し合っているのか動きが遅いのは助かる」

 

 蓮一は気を降りると、一目散に走り出した。現在はまだ二人共近くには来ておらず、むしろ三つ巴になることを警戒しているのか、足並みが遅い。

 ならば、まだ相手の足が進まない内にこちらは距離をかせぐのだ。これでもう少し動きをみる。

 上手くすれば二人共うまい具合に倒して星を四つ手に入れるチャンスであった。

 

「アイリスって奴は俺と離れた位置にいるししばらくは交戦はない。なら邪魔が入らない内に近づいて来た二人を――――」

 

 その瞬間、蓮一の真横の茂みからフードを被った人影が飛び出し、蓮一に襲い掛かって来た。

 

「な!? うおおおおおおお!?」

 

 蓮一は声を上げながら殴りかかってくるその拳を、地面を転がる事で回避して見せる。

 

「な、レーダーには何も映っていなかったはずなのに!」

「あんなレーダーを誤魔化す手ならいくらでもあるわよ?」

「――な!? お前は……!」

 

 フードの敵と一緒に茂みから姿を現したのは、現在ランキング一位、そして蓮一が今最も交戦を避けたかった相手、アイリスであった。

 

「なんでだ……今の一瞬で詰められるような距離じゃないはず……」

「あなたが一番よく知っているんじゃない?」

 

 それを聞き、第二次予選で今の現象を引き起こせる手段が蓮一の脳裏に浮かんでいた。

 

「転移魔法!」

「ご明察」

「お前……魔法使いだったのか、しかも声を聞くに女だな?」

「女だからなにか? 殴れないの?」

「いや、拳を固めたなら如何なる者とだって戦うさ」

 

 蓮一は拳を固めて、アイリスとフードの敵に向かい立つ。

 アイリスと一緒に居るフードの選手は一体誰なのだろうか。協力関係を結んでいるようだが、あの選手達の中にそんなことを了承する者がいたようには思えない。

 途端に、何の前触れもなく、フードの敵が襲い掛かってくる。

 

「初動がわからなかった……!?」

「…………」

 

 フードの敵は無言で蓮一に向けて拳を滅茶苦茶に振り抜き続ける。

 制空圏でいなし続ける蓮一だが、フードの蹴りを捉えていなし、隙を作ったところで思わぬ事態が起きた。

 

「甘い」

「なっ!?」

 

 完璧に左からの蹴りを右にいなし、重心を崩したかに見えたフードの足が、急に右から回し蹴りを放ってきたのだ。

 思わぬ攻撃にガードが間に合わず、蓮一に有効打が入った。

 

「嘘だろ……あんな重心の崩れた状態から蹴りを入れられるわけが……!」

「でも、できるの」

 

 間髪入れず、フードは猛攻を始める。さっきの有効打から多少押され気味にはなっているが、この程度の攻撃なら日々高天原での師匠達の組手には遠く及ばない。

 

「そこだ!」

 

 右に大振りしてきた拳を素早くとり、投げようとする。その時、またも蓮一を信じられない事態が襲った。

 

「な……! 持ち上がらない!?」

 

完璧に相手の重心の真下に入り込み、その胴体は蓮一の腰に完璧に乗っている。しかし持ち上がらない。まるで重心が二つあるかのような奇妙な感覚がそこにはあった。

 

「………カカ」

「か、か……?」

 

 そのおおよそ人間の出すような声ではない無機質な音を口から出すと、フードは左手を蓮一の首に回し、軽々と蓮一を逆にエビぞりに持ち上げるとそのままブリッジを決めながら蓮一の頭を地面に叩き付けた。

 

「あら、やり過ぎたわね。気絶しちゃったかしら」

 

 砂煙が舞い上がり、フードと蓮一の姿が見えなくなり、アイリスは砂埃を払いながら様子を見に近づく。

 その途端、砂煙の中から不意に腕が伸びてきた。

 

「――ッ!」

「くそ、逃がしたか!」

 

 寸前で、後ろ飛びで避けたアイリスを見て、いつの間にやらフードを地面に叩き伏していた蓮一は悔しそうな声を上げた。

 

「あの状態からまさか逆に組み伏せられるなんて、やるわね」

「紛い物に負ける程俺は弱くない」

 

 そう言って蓮一はフードの頭を持ち上げてアイリスに見せつける。

 そこには浄瑠璃人形にも似た男の顔を模した人形の潰れた頭があった。

 

「成程、協力者かと思えばただのからくりか。道理で初動もないし、重心を無視した動きをするし、腕を掴んだ時の感触が固い訳だ」

「へぇ、よくわかったね」

「確かにからくりだってわからないうちは脅威だな。初動も、重心も関係ないんだ。化け物に見えたよ」

 

 人形の頭を投げ捨てる蓮一。

 しっかりと四肢が潰されており、これ以上は動きそうにはない。手の内もばれ、絶体絶命化と思われたアイリスは何故か笑い声を上げていた。

 

「すごい、すごい。流石は蓮一ね。聞いた通りの実力だわ」

「何を言ってる? 聞いた通り?」

「でもね、あなたはまだ人形をわかっていないわ。人形は初動も、重心もない。でも、もう一つないものがある」

 

 アイリスが右手を蓮一の方に向けて人差し指を軽く曲げた。

 その瞬間、蓮一の後頭部に強い衝撃が走った。

 

「――人形には、気配もないのよ?」

「なッ……! 二体目!?」

 

 そこには二体目のフードを被った人形が居た。

 さっきの人形に頭から落とされた攻撃はかわし切ったわけではなく、耐えきっただけ。つまりは、今の攻撃が三発目の有効打であった。

 蓮一のグローブから一つ目の星が零れ落ちた。

 

「く、そ!」

「体勢を立て直す間なんて与えないわよ?」

 

 さらに容赦なく人形から攻撃を受け、蓮一は成すすべなくさらに三発の攻撃を食らい、二つ目の星を落とした。

 同時に視界が光に包まれ、その景色が変化する。

 またどこか別の場所にワープさせられた証拠だった。

 

「周りに敵はいない、みたいな……」

 

 気がつけば頭部に受けていたダメージも回復しているのか、少しも痛みは残っていなかった。

 

「くそ! 完全にしてやられた! アイリス、この借りは必ず――――」

「――返せるかしら?」

「え!?」

 

 後ろからアイリスの声が聞こえたかと思うと、再びさっきの人形が上からかかと落としを食らわせてきた。

 状況が全く理解できぬまま、蓮一はあっという間に人形に組み伏せられる。

 

「凄いわね、本来なら今の一撃で気絶しててもおかしくないのに」

「身体は頑丈でな」

「今回はそれが裏目に出たわね」

 

 なんとか人形に組み伏せられているのをどうにかしたいが、関節を極められており全く動けない。

 そして、何も出来ぬまま、アイリスから組み伏せられた状態の蓮一に六発の蹴りが入れられ、また蓮一は二つの星を失い、ワープさせられた。

 次は川の流れる岩場であった。

 

「くそ……なんであいつは俺のワープした場所に」

「――二度ある事は三度あるってね」

「な!?」

 

 また、アイリスが蓮一の後ろに立っていた。

 同時に人形がまた組み伏せようと襲い掛かってくる。

 相変わらずワープ場所を追ってくるように現れる理由はわからないが、とにかく蓮一は目の前の敵に集中した。

 

「まだわかってないのね? 人形は気配がないんだってば」

「あ――――」

 

 すぐ後ろにまで三体目の人形が迫っていた事に気が付いたのはその一秒後であった。

 

「――はぁ、はぁ、またワープ! どうせ、またいるんだろ、アイリス!」

 

 既に星は残り四つにまで減っている。

 このままではアイリスに星を奪い尽くされる。

 

「ふふ、悪いけどその星、全部私が貰うわよ?」

「やれるもんならやってみろ!」

「まだ闘志が残っている。素晴らしいわね。でも、これならどうかしら?」

 

 アイリスが手を大きく広げた瞬間、周りの茂みや木の上からおおよそ三十体はいるであろう人形が現れ、それらが蓮一を取り囲んでいた。

 

「さぁ、星二つ、頂戴」

「く、くそおおおおお!」

 

 そして、十分と持たず、蓮一の持っていた残り四つの星は容易くアイリスの手中に収まった。

 星を全て失ってワープした場所にはまた満足そうにグローブに付けるアイリスがいた。

 

「なんなんだ! なんだってこうもしつこく俺を狙う!」

 

 夢見の話で転移魔法にも相応の魔力を使うことは聞いている。蓮一個人を狙うよりも自分の近くの相手から狙っていく方がよっぽど効率がいいように感じられた。

 

「私はね。今回あなたに会って見たくてこの人武祭に参加したのよ」

 

 アイリスはグローブに星をつけ終えると蓮一の方を見て言った。

 

「以前、私の作った人形――まぁそれ程出来はよくなかったんだけれど――それを貸してあげたんだけれど、聞けば人間に壊されたっていうからね。驚いたわよ」

「なんだ、何の話だ?」

「出来は良くないとはいえ、私の人形のスペックは人間程度に壊される物じゃないのよ? それを人間に壊されたっていうんだから、私のプライドは深く傷つけられた。今回はそのお礼参りという訳よ。まぁ、実際はあなたともう一人いたらしいけど、名前まではわからないらしくてね」

 

 アイリスは蓮一に顔を近づける。

 口元が勝ち誇ったかのように笑っているのが見えた。

 

「魔導書の件ではお世話になったわね、蓮一?」

「お前、まさか! 霧雨商店の時の!」

 

 霧雨商店の怪盗騒動。そして、その時に現れた謎の動く人形。

 蓮一の中で全てがつながった。

 

「そう言えば、自己紹介をしていなかったわね?」

 

 アイリスはそう言うと深くかぶっていたフードを脱ぐ。

 そこには金色の髪をはためかせ、青色の瞳を宿した、人形のような少女の顔が現れた。

 

「私の名前はアイリス改め、アリス・マーガトロイド。七色の魔法使いと呼ぶ者もいるわ。以後、お見知りおきを、脆弱な人間さん」

 

 そう言って優雅にお辞儀をすると、アリスはその姿を消した。

 

「アリス・マーガトロイド……!」

 

 誰もいなくなった草原に、蓮一は力いっぱいに拳を叩きつけた。

 現在、蓮一、ランキング最下位。星の保有数、0。

 

 




人武祭出場者紹介

アイリス(アリス・マーガトロイド)
偽名を使って人武祭に潜り込んだ魔界の住人。ただし、元は人間であり、修行を重ねて魔法使いになった類故、岡崎夢見同様、出場可能。
大会には怪盗騒動の際に蓮一と小夜に壊された自分の人形のお礼参りと、蓮一達への好奇心から。
蓮一のことは夢子から聞いていたため知っていたが、小夜のことは知らない模様。
魔法を使う程度の能力、人形を操る程度の能力を有しており、それを利用して人形戦術に転移魔法を組み合わせ、蓮一の星を根こそぎ奪い取る。
彼女の作った人形は非常に精巧且つ強靭、堅固であり、さらに初動、重心、気配がないため、並大抵の攻撃では傷一つ付けられぬまま圧倒されてしまう。
蓮一と小夜と戦った人形はオートかつ成功とは言えぬ出来のため、あっさり倒されてしまったが、現在彼女の有している数多の人形は全てが傑作の人形達であり、高い戦闘能力を有している。
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