また、新たな東方キャラもこれからどんどん登場させられたらなと思います。
後はもう少し日常的にコミュを深めていくような話も盛り込んでいきたいと思いますので全ての話が修行漬けという訳ではないです。
妖怪退治の修行をしながら蓮一が徐々に博麗神社や周りの人里の中に溶け込んでいくような話にしていこうと思っています。
お暇な時にでもどうぞお付き合い頂ければ幸いです。
第五話「魔法の森」
「ごめんくださーい、慧音先生いますかー?」
人里の寺子屋の前に立つ一人の少年の姿があった。
蓮一である。
霊夢との決闘から早一週間。ずっと寝たきりであったが、ようやく身体が全快した蓮一は軽く身体を馴らすために人里まで師匠の御使いに出てきていた。
「はい、どちら様ですか? ……ああ、蓮一! 久しぶりだな」
しばらくして白髪に青を基調とした装飾を身に纏った上白沢慧音の姿が現れ、蓮一を見ると笑顔で出迎える。
蓮一は軽く挨拶を済ませると右手に持っていた提灯を慧音の前に差し出す。
今はまだ昼前位で提灯など持って歩く必要のない時間帯である。慧音も不思議そうな顔をして提灯について蓮一に尋ねる。
「え、慧音先生が貸してくれたんじゃないですか、この提灯。前回の妖怪退治の時」
「ああ! そういえばそうだったな。忘れていたよ、わざわざ返しに来てもらって済まないな。どれ、茶くらいは出すから上がっていくと良い」
慧音は思い出したかのように手の平に拳を乗せる動作をすると、蓮一に寺子屋の中に入るよう促す。
蓮一としては長居しても寺子屋の授業に支障がでるだろうと早々に帰るつもりだったのだが、慧音にああ言われては無下にも断れない。蓮一は一瞬迷うような素振りを見せたが、結局慧音の厚意に抗えず寺子屋へと上がる事にした。
前回訪ねた時と同様、蓮一は慧音の私室に通され、しばらくして湯気を立てる湯飲みとお茶請けが座っている蓮一の前に置かれた。
「すみません、頂きます」
「ああ、ゆっくりしていってくれ。どうせ今日は寺子屋は休みだしな」
「え? 今日は休みなんですか?」
「ああ、ちょっと考え事があってな」
そう言って茶を啜りながら溜息を漏らす。十畳程の部屋に陽射しが差し込みその慧音の姿を照らす。
物憂げに佇む彼女は不思議と蓮一の目には美しく、儚げに映る。
気を抜くと時を忘れて見惚れてしまいそうになり、蓮一は慌てて慧音を視界から外すように室内の至る所に視線を泳がせる。
すると、不意に机の上の紙の束に目が止まった。
「慧音先生、その考え事というのは机の上にある紙に書かれている事ですか?」
「おっと、私とした事がいらない気を遣わせてしまったな。その通りだ、私は今度これをやろうと思っている」
慧音が机の上から持ってきた紙の一枚目には大きく『課外授業』という文字が書かれ、その下に箇条書きでその授業内容らしきものが数多に綴られていた。
一枚目だけでも遠足、神社見学、植物観察など様々な案があり、その下にも分厚い紙の束がある所から課外授業にかける慧音の熱い思いが伝わってくる。
その中でも特に強調されて丸印が付けてある案が――
「――天体観測、ですか?」
「ああ、そろそろ季節が夏になって夜も過ごしやすい気候になるだろうし子供達に夏の星を見せてあげようと思っていてな」
「いいじゃないですか、天体観測! 俺は学がないんであまりわからないですけど夜空の星をつないで生き物とかを形作ったりする星座っていうのがあるんですよね? あれ俺も興味あります!」
「そうか、じゃあ蓮一も当日は来るといい。誰でも歓迎だからな!」
蓮一の食いつきに慧音は嬉しそうに笑ってから、すぐに何かを思い出したかのようにまた溜息を一つつき、元のテンションに戻ってしまった。
「慧音先生、何かそれについて悩みでもあるんですか?」
蓮一がおもむろに尋ねると蓮一の方を見つめて困ったように眉をしかめて口を開く。
「実は天体観測に必要な望遠鏡を私は持っていないんだ」
「望遠鏡?」
「ああ、遥か遠く遠方を見渡すための道具だ。星というのは私達の居る場所から想像もつかない程に離れていてな、だから星を見るためにはその望遠鏡が必要不可欠なんだ」
一応、蓮一にも望遠鏡という道具には聞き覚えがあった。しかし、とても珍しいものでこの幻想郷に十個も無いと聞く。
その望遠鏡があれば確かに天体観測は大成功だろうが、それを手に入れる方法が思いつかず、慧音はずっと悩んでいたのだ。
「どうにかならないものか……」
「それ、俺が探してきます」
「え? 蓮一がか?」
頭を悩ませる慧音を前にいつの間にか蓮一はそう宣言してしまっていた。自分でも何故こんな無茶な約束をしようとしているのかわからない。ただ、気付いたらそう口が勝手に動いていたのだ。
「いや、蓮一。流石にそれは無茶だし、私の問題に蓮一を巻き込むなんて……」
「いえ、何人か知り合いにあたってみます。俺も望遠鏡探し手伝わせてください!」
「だが……その、迷惑じゃないのか?」
「とんでもないです、俺も慧音先生の課外授業、是非受けてみたいんです!」
蓮一がそう言い切ると、慧音は心底安堵の籠った表情になり、蓮一の協力を了承した。慧音としても一人で背負いこんでしまって辛い部分があったのだろうと心の中で思いながら、早速蓮一は寺子屋を出て博麗神社へと走って行った。
☆
「望遠鏡、ねぇ」
全速力で人里から博麗神社に戻った蓮一は早速縁側で戯れていた師匠と最近蓮一と共に全快した霊夢に事の事情を説明し、情報を求める。
二人とも望遠鏡という単語を聞いて腕を組んで唸り声を上げ、眉間に皺を寄せる。
「流石にそんな珍品、私も母さんもどこにあるかなんてわからないわよ。蓮一、あんた安請け合いしすぎよ!」
「す、すまん。慧音先生が困ってるのを見ていられなくて……」
さっきまで師匠と一緒に居た所に水を差してしまったからか、機嫌の悪そうな霊夢に叱責を受け、謝りながらもそこをなんとかと縋る蓮一。その様子を見て不意に師匠が一言呟いた。
「ああ、あそこならあるかもしれないわね、『
「『こうりんどう』? それって何なんですか、師匠?」
師匠の呟いた香霖堂という言葉に霊夢が少し怪訝な顔つきになる。
師匠は立ち上がって一旦室内へ入っていくと、しばらくして幻想郷全土の地図のようなものを引出しから取り出して持ってきて広げる。そして、その中の『魔法の森』書かれている地帯を指差す。
「この魔法の森の入り口にある寂れた道具店の事よ。ここの店主が変わり者で珍しい物を買い取っては店先に置いているから、もしかすると望遠鏡もあるかもしれないわね」
「本当ですか!? 早速行ってきます! この地図、借りていっていいですか?」
「ええ、気を付けていってらっしゃい」
「あ、蓮一! ちょっと!」
快く送り出す師匠とは対照的に霊夢は引き留めるような様子だったが、蓮一は脇目も振らず師匠に教えて貰った香霖堂へとまた全速力で向かって行った。
幸い人里からあまり離れておらず上手くいけば今日中には望遠鏡を手に入れられるかもしれない。そう思うと蓮一の胸の高鳴りは収まらなかった。
今は丁度日が一番高く上がっており、夏の到来を感じさせるような晴天であった。
☆
魔法の森、その入り口付近。
人気のない森の前、場違いな程大きな年季の入った店が一つ立っていた。その前方には看板が立てられ、乱雑な字で大きく香霖堂と書かれている。
その店内、広い室内を贅沢に埋め尽くす様々な道具や薬や機械、彫刻などに囲まれ、香霖堂の店主、
普段からこの香霖堂に来る客は少ない。一応、里の人間が来る事も考えて魔法の森の入り口、比較的安全地帯に店を構えてはいるが、それでも人間達にとって香霖堂のあるこの場所は足を運ぶのを躊躇われるに十分な立地だった。
月内での来客数は一人、この香霖堂の唯一のお得意様と言えそうな人物であり、同時にほぼ唯一の客でもある。
霖之助としてはその『お得意様』を『客』として扱うのには甚だ疑問を感じざるを得ないのだが。
不意に窓辺から陽が差し、薄暗く埃まみれの店内を僅かながら照らし出す。霖之助は読みかけの本を片手で閉じ、目の前の机に置くと、おもむろに掛けていた銀縁メガネを外してハンカチで綺麗に拭く。
「ふむ、なんだろう。今日はなんだか千客万来の予感がするよ」
そう一言呟き、綺麗になった眼鏡を掛けなおしたところで洋風のドアが溜まった埃を巻き上げつつ開いていき、ドアに取り付けられた入店ベルがチリンチリンと音を立てる。
店内にゆっくりと入ってきた客の姿を捉え、若干の驚きと感動を覚えつつ、笑顔でその客に話しかける。
「いらっしゃい、今日は何をお探しかな?」
☆
魔法の森、幻想郷で最大の原生林の森である。森の中は化物茸が胞子を飛ばし、魔力瘴気が漂い、普通の人間ならそこにいるだけで体調を崩す、幻覚を見るなど何かしらの悪影響が及ぼされる。
従って人里から比較的近い位置にあるにも関わらずこの森の周辺をうろつく人間など居る筈もなく、香霖堂への客入りも壊滅的に少ないのである。
しかし、今日に限ってはその魔法の森の入り口をうろつく少年の姿が見えた。
「……ここが、魔法の森。初めてここまで近くに来たな」
改めて魔法の森の中を覗き見るように外側と内側の境界線辺りを蓮一は歩いていた。
明らかに森の中と外では漂う空気が違う。蓮一に霊力など特殊な力を感じ取る所謂霊感というものは乏しいが、それでもこの森の中に漂う濃密な魔力瘴気は嫌でも感じてしまう。
あまりの魔力瘴気に人間は愚か妖怪すら近づかないという魔法の森。その環境の厳しさを蓮一は肌で感じ取っていた。
「さて、問題の香霖堂は……あれか」
少し周辺を歩くと、丁度魔法の森の外側に接するように大きな木造の店舗が建っているのが見えた。おそらくあれが香霖堂だろうと小走りで店の前まで行くと、案の定香霖堂と言う立札が目に入る。
洋風の作りのドアをゆっくり押していくと、ドアに取り付けてあったらしいベルが音を立てて蓮一の入店を知らせる。
「あのー、すいません……」
広々としていたであろう店内には見た事のない品物が適当に並べまくられており、足場が狭い。
店内の奥で安楽椅子に腰かける白髪で眼鏡をかけた男性は入ってきた蓮一に気付くとにこやかにほほ笑んで立ち上がり、狭い足場を手慣れたようにスムーズに進んでいく。
「やあ、こんにちは。香霖堂へようこそ」
「あなたが香霖堂の店主さんですか?」
「ああ、森近霖之助という。今後ともよろしく」
差し伸べられた手を握り返し蓮一も自身の名を名乗ると、早速霖之助と名乗った男は周りの商品を見回して蓮一が何を求めてここへ来たのかを尋ねる。
「あの、ここに望遠鏡はありますか?」
「望遠鏡? また面白いものをご所望だね」
「どうしても必要なんです」
蓮一の言葉に霖之助は少し考える素振りを見せてから蓮一をその場で待たせて店の奥の扉へ入っていく。
そして、数分後、霖之助は奥から大きな円筒を背負って戻ってきた。その円筒状のものは良く見れば鉄の三脚がとりつけてあり、上に向いている方が太く、それから下にいく程細くなっていっている。そして円筒の先端部に大きなレンズがついているのが特徴的で今まで望遠鏡など見た事のなかった蓮一でも一目でこれが望遠鏡だと理解する事ができた。
「丁度、先日入荷していたんだよ。お探しの品物はこれかな?」
「おそらくはそれだと思います。お願いします、それ俺に譲ってくれませんか?」
「もちろんさ、蓮一君は初めてのご来店だからサービスして百円で売ってあげるよ」
「ひ、百円!?」
幻想郷での貨幣価値はおおよそ外の世界の明治時代のものを採用している。百円という額は外の世界の現代価値にして約百万円である。
そんな大金を蓮一が持っている筈も用意出来る筈もない。
「う……もう少し安くなりませんか?」
「流石にこれは貴重品だからね、これ以上は」
「じゃあ、一日だけ! 一日貸して頂けませんか!? 一日だけでいいんです!」
「成程、レンタルか。さて、どうしようかな」
蓮一の必死の説得も霖之助は意に介さず懐から取り出したそろばんを弾いている。
もう為す術ないかと蓮一が諦めようとしたその時、霖之助が突然思い出したように声を上げる。
「あ、そうだ。じゃあ、これから僕の頼むものを集めてきてくれたらこの望遠鏡を一日君に貸してあげるよ。どうだい?」
「本当ですか!? 俺やります!」
「ああ、助かるよ。何、難しい代物じゃないんだ。ここのすぐ近くで採れるしね」
「……え?」
蓮一の額に汗が浮かぶ。霖之助がニタリと笑みを浮かべているのが見える。
この近くで獲れるという事は、それはつまり魔法の森で採れるものという事だ。霖之助は暗に蓮一にあの妖怪すらよりつかない魔法の森の内部へ入ってこいと言っているのだ。
「じゃあ、マダラ茸と魔法杉の葉、七色花を頼むよ。マダラ模様のキノコ、魔力を放散している杉の葉、七色の花弁を持つ花と全て特徴的なものだからすぐにわかるよ」
健闘を祈るとだけ言い残して霖之助に半ば締め出されるように送り出されてしまった。蓮一は目の前に広がる魔法の森を見て顔を引きつらせる。
おそらく霖之助の頼んだものは全て魔法の森原産のものばかりで他の場所では採れない種だろう。元々魔法の森はその地域特有の植生を持つ事でも有名だ。
「……行くしかないのか」
慧音と約束した上に香霖堂まで来た。もう引き下がれない。
その思いを糧に意を決して蓮一は魔法の森へと慎重に歩を進めていった。
その背中を店内から二人の影が見守っていた。一人は当然香霖堂の店主である霖之助。そして、もう一人が蓮一より先回りして香霖堂に来ていた博麗靈夢である。
「良かったのかい? 靈夢?」
「ええ、悪いわね。下手な小芝居打たせたりして」
「名演技だったろう?」
霖之助は隣で蓮一の背中を見つめる靈夢を見て苦笑いを浮かべる。全ては既に決まっていた事だった。
あの望遠鏡、流石に売るとなると金は取るが、普段の霖之助ならツケで済ましてしまうだろうし、一日レンタルだけなら勝手に持ち出して勝手に返してくれればいいとさえ言いかねない。
なので、靈夢は先回りして霖之助に望遠鏡を餌に蓮一が魔法の森へ入るよううまく誘導して欲しいと頼んでおいたのだ。
「君も鬼だねぇ。彼、まだ病み上がりなんだろう?」
「問題ないわ、既に快調の筈よ。だから早速修行に励んでもらうわ。私の弟子一号としてね」
「だからって初っ端から魔法の森は厳しくないかい?」
「大丈夫よ、蓮一の身体作りにはむしろこれ以上ない環境よ。この場所に耐えうるだけの素質を彼は確かに持っている」
妙に自身の籠った口調に霖之助もそれ以上反論はできなかった。所詮、霖之助は数分蓮一と会話しただけに過ぎない。自分以上に蓮一を見てきた靈夢が言うのならきっとそうなのだろうと納得せざるを得なかった。
決して霖之助の不安が晴れたという訳ではないが。
☆
「……くそ」
魔法の森に入ってからまだ三十分経ったか経たないか位だった。しかし、走っていた訳でもないのに息は上がり、足はよろめき、視界がぼやける。
一つも目的の植物を手に入れていないのに既に探索どころではなかった。
「一旦、森の外へ……」
出口に向かって歩き続けている筈だが全く出口に近づいている様子はない。もしかしたら既にキノコの胞子によって幻覚にでもかかってしまっているのかもしれない。
なんとか歩き続けていくが、身体は次第に重くなっていき、立っているのも辛くなってきた。
「嘘だろ……このままじゃ……死ぬ?」
正直魔力瘴気があるとは言ってもそこまで奥に入らなければ悪影響は出ないだろうし、身体に異変を感じたらすぐに引き返して来れば問題ないと高をくくっていた。
しかし、予想以上だった。ここまで魔力瘴気が厳しいものだとは思ってもいなかった。
蓮一は最早自分が立っているのか倒れているのかもわからない状態で自分の行動を後悔していた。
そして、蓮一の意識は瘴気にゆっくり押し潰されていくように消えていく。
「ん? これはまた珍しい。人間が倒れているじゃないか」
意識が途切れる寸前、そんな声がどこからか聞こえた気がした。
☆
幻想郷のどこかの境界の狭間。その空間に大きな屋敷がある。豪勢な日本家屋でその周りには池や石庭、桜の巨木などまでこしらえてある。
そんな空間から隔絶された広大な敷地に住まうのが幻想郷の管理者にして妖怪の賢者、八雲紫である。
紫は茶室で自身の式である藍がたてた茶を啜っていた。
「紫様」
「なにかしら? 藍」
飲みかけの茶を一旦前に置き、紫は目の前の藍に視線を移す。
藍は紫に不安気な視線を真っ直ぐにぶつけている。それを見て紫は内心しまったと舌打ちしていた。
藍は紫に忠実な式である。しかし、忠実すぎるが故その心には必ず紫を気遣う類のものが含まれており、それは裏を返せば常時監視されている事と同義である。それが妖怪としては最上級である九尾の妖狐ならば例え紫でも油断すればその心の内を見透かされかねない。
紫としては主として式である彼女にそのような失態を犯す事は避けたかったのだが、仕方ない。紫は一つ息をついて口を開いた。
「あなたも聞いているわよね、靈夢に弟子ができたこと」
「はい、当代の博麗の巫女ですよね? 存じております」
母娘で名前が同じなので一応の確認に靈夢の方を示す『当代の博麗の巫女』という単語を用いて藍は返答する。
「ええ、その弟子の名前が蓮一というのだけれどね。その子について不可解な点があるのよ」
「不可解な点?」
最近の紫の頭の中はこの件に覆い尽くされていた。妖怪に襲われた辺境の村で見つけた少年。どうせすぐに人里に移住して記憶からもすぐに消えてしまうであろうと思っていた。あの霊夢との決闘を目にするまでは。
威力を加減していたとはいえあの霊夢の攻撃を直接受けて尚立ち続けた常人離れした頑丈さも勿論だが、何より不可解なのは――――
「あの子の右腕に異能が宿っているわ」
「――!? 彼は普通の人間なのでは?」
「その筈なのだけれどね」
あの時紫と靈夢は確かに見ていた。落ちていく霊夢を受け止めるために飛び込んだ蓮一。しかし、明らかにその手は霊夢に届かない位置にあった。
だがその瞬間、突然蓮一の右腕が浅黒く変色し、そしてそこから半透明の腕のようなものが伸び、その手が霊夢を蓮一の方へ抱き寄せたおかげで結果的に霊夢は助かったのだ。
明らかに異能の力。霊夢の空を飛ぶ程度の能力と同系統のものであった。
「でも、彼から異能の気は全く感じられなかった」
異能の力を持つ者には特有の気がある。紫程の妖怪になればその意を感じ取る事も容易い。しかし、蓮一に関しては出会った頃からそのような気は感じていないし、あの右腕を見た後も全く感じない。
蓮一という少年には何かがあるのだ。それを蓮一が知らないのか、それとも知っていて隠蔽しているかも定かではないが、それが紫の中で気になって仕方がなかったのだ。
霊夢ではないが、あれを放っておいてはいけないと直感が囁くのだ。
「成程、確かにそれは気掛かりですね。如何致しますか? 今すぐ私に命じてくだされば彼を今すぐ『消す』事も可能ですが?」
「藍、口を慎みなさい」
藍の殺気を帯びた申し出に、反射的に紫は声を荒げていた。確かに藍の言いたい事もわかる。将来、幻想郷に危機をもたらす因子であれば早々に処理するに越した事はない。
しかし、蓮一はまだその判断ができない不確定因子だ。幻想郷は紫にとって我が子のような存在だ。しかし、幻想郷の在り方とは『全てを受け入れる楽園』なのだ。
例え未来に蓮一が幻想郷に害を為すとしても、それが確定しない限りは幻想郷の在り方に従い受け入れるのが常、そう決めていた。
「……失礼しました」
「いえ、私も少し神経質になり過ぎていたわ、ごめんなさい。あなたの言いたい事もよくわかるけれども、もう少し様子を見させて頂戴。まだ私には彼が敵か味方か判断しかねるのよ」
深く頭を下げる藍に紫も短期過ぎた事を謝る。
少し蓮一の件で心労がたたったのかもしれないと眉間を押さえながらその対処に頭を悩ませる。
『その理由が知りたいんです。何で俺の村が滅ぼされたのか』
不意に頭の中に蓮一の言葉が響く。彼は言った。自分の村が滅ぼされたのには何か理由があった筈だと。
それが蓮一のあの右腕に何か関連のある理由だとしたらどうだろうか。
「……藍、少し仕事を頼んでもいいかしら?」
「――? はい、何なりと」
「妖怪に滅ぼされた、蓮一の居た村について調べて頂戴。村を襲った妖怪についてもできる限り詳しく情報を集めてきて」
「了解しました」
――まずは蓮一の住んでいた村から調べてみましょう。必ず暴いて見せるわ、あの子が一体何者なのかを。
☆
蓮一は今まで嗅いだ事のないような不思議な匂いで目を覚ました。
ほんのり甘いがどこか苦味をも感じさせるそんな香り。薄らと目を開けて周囲を確認すると、どうやら自分がベッドに寝かされている事に気付き、取り敢えず蓮一は安堵する。
一瞬、自分は既に死んでしまったと思ったのだ。魔法の森の魔力瘴気に当てられて。
そこまで考えて、蓮一の脳内にそうなると一体誰が助けてくれたのだろうかという疑問が浮かぶ。魔法の森は人間どころか妖怪すら近づかない森。そこに偶然人が通りかかって助けてくれたというのは都合が良すぎないだろうか。
もしかしたらまだ幻覚の中に居るのかもと想像をしてしまい、その不安から思わずベッドから飛び上がる。
「ん? おお、やっと起きたのね」
蓮一がベッドから勢いよく起き上がった音を聞きつけたのか、蓮一の居る部屋のドアが開いて一人の女性が姿を現した。
ウェーブの掛かった金髪のロングヘアーに紫色のローブを纏っており、前髪が右目をほとんど覆い隠す程に伸びているが、まごう事なく美女の部類に入る顔立ちをしている。
また、紫とは別の神秘性を秘めているような何か底を感じさせない雰囲気を放っており、蓮一は敵か味方か判明するまで警戒態勢を解かぬよう気を引き締めた。
「……随分と警戒されているようだけど、私は森で倒れて死にかけていたお前を助けたのよ? 取り敢えずその態度はないでしょう?」
「え? ああ、そうなのか? すまん、助かった」
頭を下げる蓮一に満足気に笑みを浮かべると、金髪の女性はまた部屋を出て、今度は皿に液体らしきものが入った皿を持ってきて蓮一に手渡す。
中を見ると、白濁の液体の中にたくさんのキノコが入っている――というかキノコしか入っていない。だが、不思議と湯気を立てるそれは蓮一にはとてもおいしそうに見えた。
「私特性のキノコシチューよ。おいしいし、体力回復に大変効果がある。お腹空いているなら食べなさいな」
「キノコシチュー? 初めて聞く料理だな。それじゃあ、お言葉に甘えて頂きます」
一口スプーンでシチューを口に運ぶ。とてもまろやかでクリーミーな味が口に広がり、喉を通っていくのと同時に身体が暖かくなるのを感じる。初めて経験する味だが、とてもおいしい。
蓮一は夢中でシチューを食べ、ものの数分で皿一杯に盛られたシチューを完食してしまった。その食べっぷりに金髪の女性は嬉しそうに笑みを浮かべている。
「気に入ってもらえたようで良かったわ」
「すごく美味しかった。初めて食べたけど、これが西洋料理ってやつか?」
「ええ、そうよ。ところで、お前この近くの人里の人間でしょう? 何でこの森に入っていたのかしら? 人間としてもこの場所が危険だという事は知っているでしょうに」
「いや、実はちょっと事情があって……」
蓮一は取り敢えずここまでの経緯を金髪の女性に話した。つたない説明ではあったが、女性はすぐに理解が出来たようで成程と意味深に何度も頷いている。
「あなた、その香霖堂の店主にこの魔法の森で言われたものを採ってくるよう言われたのよね?」
「ああ、そうだ。確かマダラ茸と魔法杉の葉に七色花だったな」
「……お前の知り合いの中にお前が今日香霖堂へ訪れる事を知っていて且つ、その香霖堂の店主と知り合いである人物はいる?」
「え? ええと……」
突然の質問に蓮一は驚きながらも条件に合う人物を模索する。
今日香霖堂に行く事は急に決まった事だったから多くには話してない。せいぜい師匠と霊夢程度だった筈だ。
では、そのどちらかで霖之助と知り合いである可能性高い方はどちらか。
そんなのは決まっている。
「師匠だな。そもそも師匠に香霖堂の事を教えて貰ったし、俺がそこへ行く事も知っている」
「じゃあ、確定ね。お前はその師匠によってこの魔法の森に入るよう仕向けられたのよ」
「な!? なんでそんな事がわかるんだよ!」
動揺を示す蓮一に金髪の女性は不敵な笑みを浮かべながら一つ一つ丁寧に説明を始める。
「まず、私はその香霖堂によく行くから店主の霖之助とも仲がいいのだけれど、あいつは普通の人間をこの魔法の森に行かせるような奴じゃないわ。この森に普通の人間が入る事の危険性を霖之助が何よりわかっているからよ。だからああして門番のように森の入り口に店を構えているの」
「……成程」
「次に霖之助があなたに頼んだその三種類の植物だけど、そこまで価値のあるものでも使い道のあるものでもないわ。つまり、お前を魔法の森に入らせるための口実として適当に言ったと考えるのが自然ね」
「人間を魔法の森に入れる事をしないような霖之助さんがそれでも適当な口実まで作って俺を魔法の森に行かせたかった理由って……」
ここまでの話を聞き、ようやく蓮一にも話が見えてきた。金髪の女性は蓮一のその様子を見て最後に結論を述べる。
「つまり、霖之助は誰かの頼みでそう取り計らったのよ。そして、それが可能なのはお前が香霖堂へ向かった事を知り、且つお前に香霖堂の位置を教える程度には香霖堂について知っている人物。お前の師匠とやらなわけよ。Q.E.D.」
謎の言葉で締めくくり、金髪の女性は蓮一の肩に手を乗せた。
蓮一は師匠にまんまとはめられていた事にガクッとうなだれる。しかし、ここで新たな疑問が浮かび上がった。
「あれ? でも何で師匠は俺をこの魔法の森に入れるよう誘導したんだ?」
「師匠と言っているけどそれはなんの師匠なんだい?」
蓮一は妖怪退治と言いそうになり、慌てて口を紡ぐ。そんな事を言えば師匠の身元が割れてしまうばかりか、目の前のこの金髪の女性にも警戒心を与えかねない。
取り敢えず、そこまで嘘にならないよう言葉を選ぶ。
「えーと、武術かな」
「……ふーん。ここはね、魔力瘴気で埋め尽くされた地帯で普通の人間には悪影響しか及ぼさない。だが、ある種の素質を持つ者は逆にこの環境に身を置く事で新たな才覚に目覚める事がある」
「新たな才覚……?」
「ああ、その名を『第六感』。森羅万象、その本質を捉える力さ。お前の師匠はその才覚を目覚めさせるためにここへ放り込んだんでしょうね」
師匠にそんな狙いがあるとは思わなかったと感心する中、金髪の女性は顎に手を当てて何かを考えていたかと思うと、突如蓮一に向き直り、ニタリと笑みを浮かべた。
その笑みに蓮一は見覚えがある。ついさっき霖之助がしていた笑みとそっくりだった。
「面白い修行法ね。でも、私ならお前を短期間でもっと昇華させる事ができるわ。お前、騙された腹いせにその師匠の予想以上に成長してそいつを驚かせてやりたくないかい?」
「え? 一体何を言って……」
「お前、名前は?」
「え? 蓮一、だけど」
「よし、じゃあ蓮一。お前は今日からこの魔法の森から出るまでの間、私の弟子になりなさい」
「はぁ!?」
突然の事に蓮一は思わず大声を出してしまった。一体今の会話の流れでどうしたらそういう結論に辿りつくのか理解できなかった。
しかし、経緯を説明しただけで状況を把握し、さらにその裏までも見透かす頭の回転。そしてどこから溢れるのかわからない圧倒的な自信。何故か蓮一には目の前の金髪の女性に修行を見てもらう事に抵抗がなかった。
何か彼女に修行をつけてもらう事でさらに自分は強くなれると、そう直感したのだ。
「……わかった。じゃあ、よろしく頼む。えーと」
いつの間にか蓮一の手が目の前の金髪の女性に向けて伸ばされていた。その手を握り返し、金髪の女性はどう呼べばいいのか考えあぐねている蓮一に名前を名乗る。
「私は